楽しい時間はあっという間に過ぎていく。それは誰もが感じたことのあるものであり、終わりが近づくと途端に寂しさがこみ上げてくる。
そして今まさしく、俺はそんな状況に陥っていた。
「帰りたくない……」
「颯君ってば駄々こねてないで、帰るよー?」
俺の儚く消え入りそうな呟きに、めぐりはその可愛い声に若干の呆れを含み隣で苦笑いを浮かべる。
先程までは青く澄み渡っていた空も赤く色を変え、あれ程賑わっていた砂浜もそれが嘘であったように静まり返っている。
かくいう俺達も既に水着から着替え、夏らしい私服を身にまとっており、もうすぐにでも帰れる状況だ。
「めぐりー!もっと遊ぼうぜー!まだお日様は沈んでないぞ!」
「そろそろ帰らないと遅くなっちゃうよー……。弟君や妹ちゃんに心配かけちゃダメでしょ?」
うむぅ、それもそうだな……。先日から預かっているガハマちゃん家のサブレの世話を任せっきりというのも悪いしな。
「しゃあないかー……」
「今度は夏祭りに行こうよ。またすぐ遊べるよ?ね?」
めぐりはいつものぽわぽわした笑顔を浮かべ、いつもとは違い結ばずおろしている髪を揺らしながら俺を覗き込む。その笑顔を見ているだけで自然とこちらも笑顔になれる。めぐりの笑顔はそんな笑顔だった。
そうか、夏祭りがあったな。
一昨年の夏祭りは大変だった。何しろ陽乃さんとめぐりが隣にいるわけで、周りの男衆からは妬みの目を向けられ、目を離せばナンパという脅威が二人に襲い掛かる。二人が楽しんでいる間、俺は周りからの視線に耐え、下心丸出しの男共を近づけないように暗躍するのはなかなか骨が折れた。
まあ、そんなことをしなくても陽乃さんならナンパ位一人でどうにかできると思うが、それは一緒にいる男としては格好がつかないしな。
二人の浴衣が間近で見れたのは役得でした。ありがとうございました。
「そうだな!よし、すぐ行こう!今すぐ行こう!」
「まだやってないよ……」
今日何度目かわからない苦笑いを貰ったところで視線を再び海へと移す。そして、隣に立つめぐりへ問いかける。
これだけは何がなんでも聞いておかなければならないよな。
「めぐり、今日は楽しかったか?」
「……颯君」
めぐりは俺の言葉を聞いて少しの間俺を見つめると、いつもとは違う穏やかな声で俺を呼ぶ。
「私が颯君と一緒に居て楽しくないなんてことはないよ。颯君の顔が見れて、話せて、隣で笑っていてくれれば私はそれだけで笑顔になれる。それで、えっと……」
傍から聞けばとてつもなく恥ずかしい言葉の後めぐりは目線を泳がせる。そして、俺へと目線が戻ってくると口を開く。
「今日はすっごく楽しかった。ありがとう、颯君」
目線を彷徨わせる意味があったのかと疑うようなシンプルな言葉。しかし、俺にとってはその言葉が嬉しくて、一番聞きたかった。
うん、満足だ。
「そっか。そんなら良かった!」
「ね、ねえ!」
「ん?どうした?めぐり」
俺が両腕を高く振り上げたところでめぐりが俺を呼ぶ。
「颯君は楽しかった?」
何かと思えばそんなことか。めぐりさんや、それは愚問だぜ。
「……楽しかったに決まってんだろ!また一緒に来ようぜ!」
「……うん!約束だね!」
俺がめぐりといて楽しくないなんてことはないんだから。
「ただいまー」
「わぅ!」
「おーサブレ、ただいま」
愛する我が家へと帰ってきた一番に俺を迎えてくれたのは、愛する八幡や小町でなく、かといって愛猫であるカマクラでもなく一匹のミニチュアダックスフントだった。
この子こそガハマちゃん家の飼い犬であるサブレだ。
ガハマちゃんが家族旅行に行っている間俺達が預かっている。小町が勝手に引き受けたってだけなんだけどね。
まあ、うちは昔犬を飼っていたこともあるし数日の世話位どうってことない。積極的に世話をしていた小町もいることだしな。
とはいえ、予定では今日ガハマちゃんが迎えに来る予定なんだけどね。
そしてこのサブレ、恩人である八幡に非常に懐いているのだが、なぜだか俺にも積極的に絡んでくる。もともと俺はカマクラにも懐かれているし、動物に好かれるフェロモン的なものがあるのだろうか。
「あ、颯お兄ちゃんおかえりー。凄い勢いで飛び出したと思ったら颯お兄ちゃんが帰ってきたからだったんだね」
そうか、俺の帰りを待っていてくれたのかな?くそう、可愛い奴め。
「はっはっは!サブレは可愛いなぁ。うりうりー」
カマクラにやるようにうりうりと撫でてやると気持ちよさそうにすり寄ってくる。ほむ、犬もいいな。
「お持ち帰りぃぃ!」
「いや、ここ家だし……。それにそれは結衣さんに悪いよ」
「確かにそうだな」
サブレの奴がガハマちゃんのことを忘れるなんてことがあったら可哀想だしな。……ないよね?
「おい、兄貴。サブレと兄貴の様子を見たカマクラが凄い勢いで爪をとぎはじめたんだが、どうにしかしてくれ。うるさくてゲームにも集中できん」
「カマクラー!まっておれー!」
「愛だねー」
「アホか……」
うちの愛猫は本当に可愛いなぁ!
「それにしても、颯お兄ちゃん焼けたねー」
「おう、こりゃ風呂が大変だ」
俺は朝よりも明らかに色を変えた肌を撫でながらこれから訪れる苦行を思い溜息を吐く。あれってすごい痛いよね。思わず絶叫しちゃうよ。
「よっぽど友達との海が楽しかったんだねー。ふふふ」
「その笑いはなんだよ」
「別に深い意味はないですよー?ところで颯お兄ちゃん。そのお友達は女性の方ですかね?」
小町はニヤニヤしながら俺に問いかける。小町のことだ、お義姉ちゃん候補だのなんだのと考えているのだろう。
「そうだよ」
「ふふふ、お義姉ちゃん候補が……」
俺の推測が的確すぎて怖い……。
「でも、颯お兄ちゃんが遠くに行ってしまったようでどこか寂しいなー。あれ、涙が。およよ……」
わざとらしくて、あざといなぁ……。海で会ったあの子が霞んでしまうよ。でも、可愛いからおっけー!
「バカかよ。俺は小町を置いてどこかに行ったりしないよ。少なくとも、小町が嫁ぐまではこの家で暮らすよ。たとえ結婚しても嫁を説得してここに住んでもらう」
「そこで意地でもお嫁さんと別居すると言わないのは颯お兄ちゃんらしいね……」
てか、その条件を納得してくれる人じゃないと俺は結婚する気が起こらないです。小町を任せられる男が現れるまでは離れんぞ!うおお!
「でもそっか、お兄ちゃんも颯お兄ちゃんもしばらくは家を出ないんだね」
「予定ではそのつもりだ。大学も家から通えるところを希望してるしな」
「そっかそっか。小町、愛されてるなー!」
小町はそんな軽口を元気よく叩きながら目をそらす。小町なりの照れ隠しなのだろう。
「ああ、愛してるよ」
「はっきり言わなくてもいいよ!恥ずかしいなぁ……」
そんな慌てる小町の様子を見ながら俺は微笑む。
そこで来客を知らせるインターホンが鳴った。さて、サブレさんやお迎えですよ。膝から降りましょうね。
現在、我が家の玄関ではガハマちゃんと我が弟妹の会話が繰り広げられており、ガハマちゃんの手にはサブレの入ったキャリーバックが握られている。
サブレさんや、そんなつぶらな瞳で俺を見ないでください。なんか俺まで寂しくなっちゃうでしょ?
「だそうだ兄貴、小町。一緒に行こうぜ」
サブレと無言で感動の別れをしていると八幡から声がかかる。
サブレとの別れと同時に聞いていた話によると、確かガハマちゃんが八幡を祭りに誘っていたはずだ。俺は小町と目を合わせると小さく頷く。
「小町はこれでも受験生なので遠慮しておきますね」
「俺は友達と行くことになってるから。ごめんな」
「なので今回は二人で行ってきてください!一人で夏祭りに行かせるのはあれなのでお兄ちゃんを連れて!小町は家で大人しくお土産を待ってます!」
あの一瞬のうちに意思疎通ができるのは兄妹ならではだよな!
まあ、俺はもともとめぐりと行く約束をしていたし、八幡達についていくことはできなかったけどね。
その後、ガハマちゃんと八幡はめでたく二人で祭りへ行くこととなり、俺と小町の策略は見事成功した。
あ、ガハマちゃんが帰ったあと、カマクラが一目散に寄ってきました。我慢してたんだね、カマクラ。本当お前は可愛いなぁ!
そのあと滅茶苦茶撫でまわした。
どうもりょうさんです。
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