「それじゃ、今回はメイド、執事焼きそば屋に決定ということで!」
黒板の前に立つ司会の言葉にクラスからは異議なしの意味を込めた拍手が起こる。
長かった夏休みも終了し、我が総武高校では文化祭に向けて出し物の選定や実行委員の選出が各クラスで行われていた。
我がクラスでは先程司会が述べたように、メイド、執事焼きそば屋に決定した。
話し合いが行われている最中も思っていたのだが、なんだよそれ。メイド喫茶や執事喫茶ならまだわかる。しかし、焼きそば屋ってなんだよ!あれか!定番と定番を合わせたら最強なんじゃね?とか安易な考えか!冒険するなぁ……うちのクラスは。
メイドさんや執事が焼きそばを作るのか……何それ見たい!って、俺も結構乗り気だな。
ちなみに実行委員は一年生の頃にやったからという適当な理由で断っておいた。なんでみんな俺にやらせたがるんだろうね。
まあ、そこんところは実行委員の一と明らかに一狙いの田中さんがなんとかやってくれるだろう。
やがてHR終了を告げるベルが鳴り、生徒達もあちこちへとはけていった。
「そーくんっ!」
そんな中、語尾を弾ませながらめぐりが俺の元へやってくる。
うーむ、俺の経験上こういう時のめぐりは厄介ごとを持ってくるが多い。本当であれば何も言わず逃げ出したいところだが、そうしてしまうと涙目のめぐりが教室に取り残されることになり、俺はその日から男子女子問わず冷たい目で見られてしまうのでやめておこう。
「聞きたくないがなんだ……」
「平塚先生がいろいろ手伝えって言ってたよ!」
あの人は俺のことを何でも屋か何かと勘違いしているんじゃないかな。これなら文実やろうとやるまいが関係なかったじゃないか!
「だ、大丈夫だよ!三年生は文実でもそんな重い役割は持たないし、私だってサポート程度しかしないもん!」
確かに例年通りならば、めぐりの言う通り三年生に重い役割は回ってこないだろう。文化祭実行委員長だって生徒会長であるめぐりではなく二年生から選出される。
でもなぁ、頼んできたのが平塚先生だもんなぁ……。
「やっぱりだめかな……?私は最後の文化祭、颯君と一緒に盛り上げたいと思ったんだけど……」
ふむぅ……。そんな顔をされたら俺も嫌とは言えない。めぐりのこの顔を突っぱねることができる人間がいるならば一目見てみたいな。
「まあ、いいんじゃねえの」
「え?」
断られるとでも思っていたのか間の抜けた声をめぐりは出す。
「めぐりの言う通りそんな辛い仕事は回ってこないだろうしな。それに、サポートとは言ってるけど、めぐりのことだから絶対サポート程度じゃ終わらないと思うし、手伝うよ」
こいつの性格や最後の文化祭ということを考えたら少し不安になってきたしね。
多分、こういうことを俺が思うことも平塚先生はお見通しだったのだろう。まあ、断っても無理矢理連れていかれることは間違いないけど。
「ありがとー!颯君ならそう言ってくれるって平塚先生も言ってたー!」
「平塚先生かよ……」
なんなの、あの先生俺のこと好きすぎだろ。
八幡のことも気にかけているみたいだし、比企谷兄弟は平塚先生に好かれる何かを持っているのかもしれないな。
「私も思ってたよー。颯君って優しいから」
「はっはっは!お前だけだぜ!」
「はいはーい。からかわないでよ、もう……」
からかってはないんだけどね。俺は誰にでも優しくできるほど出来た人間じゃないから。
「それじゃ、明日の放課後に初めての会議があるからね」
「了解。とりあえずHRが終わったらめぐりのとこに行けばいいんだな?」
「うん!それで大丈夫だよー」
それだけ伝えるとめぐりは明日の準備があるとかで足早に生徒会室へと向かっていった。
「天気悪いなぁ……」
何も起こらず楽しい文化祭になるといいなぁ……。と俺は空を覆うどす黒い雲を見ながら思った。
なんで自分でフラグ立ててんだ俺は……。
次の日の放課後、俺は昨日めぐりに言われた通り生徒会室へとやってきていた。
「ちーっす」
「あ、颯君!お疲れ様ー」
俺の挨拶にいち早く気づき、めぐりは笑顔で挨拶を返してくれる。その他の生徒会メンバーも各々の作業を続けながら挨拶を返してくれた。
俺が何度も生徒会室に来ていることから嫌な目をされることはない。むしろ歓迎されていると言っても過言ではないだろう。だって、働き手が増えるってそれだけ楽ができるってことだもんね。
「やあ比企谷。来てくれてうれしいよ」
めぐりの次に挨拶をしてきたのは、めぐりの横で生徒会役員に指示を出している平塚先生だった。
「あなたは無理やりにでも連れてきたでしょうに……」
「そんなことはない。もし、城廻の誘いを断るようならちゃんと説得をして納得の上で連れてきたさ」
この人の場合、説得という名の暴力だからな……。平気で拳を腹に突き刺してくるし。
「まあ、君が城廻の頼みを断ることができていたらの話だがね。こうしてここに来ている君には説得など不要だろう」
「……ふん!別にめぐりに頼まれたからじゃないんだからね!」
「本当にお前達兄弟は似ているな」
「光栄です!」
「褒めていないのだが……」
そんな呆れ顔で溜息を吐くアラサーイケメン美人と会話をしていると、生徒会室の中でも一際大きな声と身体の男が近づいてくる。
「おお!来たか比企谷!お前にはしっかり働いてもらうけぇの!いつもの元気があればこれくらいは楽勝じゃろうけぇのぉ!」
独特の大きな声と方言で話す体育教師の厚木先生は俺の背中を叩きながら笑う。
この先生良い先生なんだけど、その立場上俺を注意することの方が多い為そういう時の対応はあまり得意ではない。でもまあ、嫌いじゃないし怒られていなければどうということはないけど。
「勘弁してくださいよー。あくまで俺は手伝いなんですから!それに俺の元気は遊ぶために残してるんです!仕事に使うつもりはありません!」
「がはは!そうかそうか!そんなに仕事がしたいか!よし、ようけ仕事回しちゃるけぇ頑張れよ!」
おい、聞けよ体育教師。
「まずは手始めにこのプリントを会議室まで運んでもらうけぇの!生徒会役員も移動するで!」
聞けって!てか、重!明らかに他の役員より量が多いじゃねぇか!厚木先生め、ここぞとばかりにこき使いやがって!絶対楽しんでるだろ!
「ほら、颯君行くよ」
「めぐり、半分持たない?」
「あははー」
「薄情ものぉぉ!」
俺はそう叫びながら会議室への長い道のりを踏み出した。
叫びすぎて厚木先生に怒られたけど……。不幸だ。
そして、文化祭実行委員が集まる会議室へと到着した俺達は、めぐりを先頭に会議室へ入室していく。俺は厚木先生と平塚先生の後について入室する。
会議室へ入ると、一番初めに目についたのはこちらを見ながら苦笑いを浮かべる一だった。その隣には田中さんもいる。更に奥にはいるだろうとは思っていたが雪ノ下さんの姿も見えた。
そして、俺自身も意外だったのだが、人目につかないように隠れながらこちらを見ている八幡がいた。まあ、八幡が進んで文実なんてするわけがないし、おそらく平塚先生の策略にはまったのだろう。憐れな八幡。あ、俺も同じ感じだったわ。
「それでは文化祭実行委員会をはじめまーす!」
めぐりのほんわか挨拶で文化祭実行委員会の開会が宣言される。
まずはめぐりの紹介があり、その次に委員長の選出。例年通り二年生から選ばれるようで、選出に苦戦していたようだが一人の女の子の立候補により決定した。二年F組と言っていたから八幡と同じクラスの子らしい。
そして、次は各部署決め。
俺は手伝いという形だからどこにも所属しないが、委員は必ずどこかの部署に所属する。おそらくめぐりも全体のサポートという立場になるだろう。
委員長ちゃんが進行を務めることになったのだが、あまり上手くはいっていない様子だ。めぐりのフォローによりなんとか進んでいるといった感じである。
それも何とか終わり、最後に各部署で部長を決める。ちなみに一は既に有志統制の部長に決定していた。はぇぇよ。
八幡と雪ノ下さんは記録雑務。まあ、二人の性格なんかを考えれば妥当ではあるか。
そして、俺はというと委員長としての初めての仕事を終えた委員長ちゃんの傍らに立つめぐりの取り巻きをしていた。横には平塚先生と委員長ちゃんの取り巻きもいる。
めぐり達の話を聞いていると、八幡が外へ出ていくのが見えた為追いかける。
「はちまーん」
「なんだ、兄貴か。もうちょっと戸塚みたいに可愛い声で呼んでくれ。興奮しない」
「俺に戸塚君成分を求めないでくれよ。どんだけ飢えてんだよ」
お兄ちゃん戸塚君に嫉妬しちゃうぞ!
「それにしても意外だなー。八幡が文実なんて」
「俺も好きでなったわけじゃねぇよ。係り決めの時に保健室で休んでたらこうなった」
自業自得じゃん……。平塚先生が担任なのにそんなことしたらそうなるに決まってるのに……。
「まあ、なったもんは仕方ねぇよ」
「そだねー。なんかあったらいいなよ。手伝うからさ」
「じゃあ遠慮なく使わせていただきますよ。お兄様。それにしても、なんで兄貴が生徒会の中にいるんだよ。兄貴は生徒会なのか?」
まあ、もっともな質問だよな。八幡は俺とめぐりが友達だってことも知らないし。
「手伝いだよ。めぐり……生徒会長は一年からの友達でね、いろいろあってちょくちょく手伝ってるんだよ」
「そうだったのか」
「そういうこと。まあ、というわけだから要望とかあったらめぐりに伝えとくから、遠慮なく言ってくれ」
「仕事をあまり回さないでくれ」
「却下」
「くそ……」
そんなの通るわけないでしょうが……。
その後、もう少し話をして八幡は家へと帰っていった。
「あ、颯君。今日はもういいから帰っていいよー」
「了解。お疲れさん」
「うん、おつかれー」
めぐりのお許しも出たし帰るとしますか。明日からも大変そうだし、早く寝よ。
そう思いながら俺は会議室を後にした。
投稿遅れてすみません!