「ははは!それで八幡はあんなに調子悪そうだったのか」
「ええ、私も少しの間はクッキーを見たくないわ」
あれから少し経ったある日の昼休憩、俺は奉仕部の部室へとやってきていた。
ここに来た時は『本当に来たのね』と呆れたような顔をされたが、今は普通に話をしてくれている。その時は食べていたお弁当も、今では前に来た時と同様に太ももの上に置かれていた。
雪ノ下さんから聞いた話によると、俺が平塚先生と説教を受けている間にガハマちゃんがここを訪れ、依頼をしたらしい。その内容が、クッキーを作ってプレゼントをしたいというものだったらしく、雪ノ下さんがクッキーの作り方を伝授したのだという。
まあ、それが成功したのかどうかは、八幡や雪ノ下さんの様子を見れば一目瞭然だが。
「どうだった?初めての依頼を成功させた感想は」
「どうということはないわ」
俺の質問に淡々と答える雪ノ下さん。
しかし、少し考えるしぐさをみせると僅かに頬を緩ませる。
「でもまあ、感謝されるというのは悪い気分ではなかったわ」
彼女はみんなが思っているような、一線を引かれる高嶺の存在ではないと、尚浮かべる微笑みを見ながら俺は思った。いつもは落ち着いた大人な雰囲気を纏っている彼女だが、今この瞬間は年相応の少女にしか見えなかったのだ。
「さて、そろそろ俺は帰りますかね。話に付き合ってくれてありがとね。また来るから」
「また来るのね……」
少し嫌そうな顔をする雪ノ下さん。
そんなに嫌か。俺は凄く楽しいんだけどなぁ。
「でも、許可しないことも……ないわ」
え?なにこの子。そういう不意打ちをする子だったのか。いやぁ、最近の女の子は侮れんな。
「ツンデレ乙。言われなくても来るよー!てか、最初から許可なんてもらってないし!」
「つ、つん?」
「じゃあねー!あ、八幡のことよろしくねー!」
「あ、ちょっと!」
雪ノ下さんが何かを言う前に退散させてもらった。
「次来るのが俄然楽しみになってきたなぁ」
そんなことを思いながら、俺は口笛を鳴らし廊下を歩き始めた。
その日の夜、リビングで八幡がラッピングされた袋とにらめっこしていた。
「八幡、それどうしたんだ?」
「ああ、兄貴か。いや、この前の依頼主からお礼にってもらったんだが」
なるほど。これが件のクッキーですか。
それにしても……。
「黒いな、なんだその禍々しい物体は」
「兄貴も大概酷いよな。まあ、依頼主が言うにはクッキーらしいが……」
クッキーってこんな黒かったっけ?八幡が言っていた木炭っていうのは本当だったんだな。こりゃ木炭にしか見えんわ。
「食うの?」
「そりゃ、貰ったもんだしな」
八幡は渋々といった感じで答える。
流石は八幡だな。こういう時は律儀なんだから。
「なになにー!お兄ちゃん達何見てるのー?……木炭?」
「お前も酷いな小町」
「ははは!やっぱり木炭にしか見えないよな!」
俺達の話声を聞いて目をキラキラさせながらやってきた小町だったが、この木炭を見てその可愛い顔を歪めてしまった。
やべえな。俺の中で、この物体が木炭で認識され始めている。
「一応食えるとは思うんだがな」
「ねえ、颯お兄ちゃん。あれで火を起こしたら炭火焼できるかな?」
「んー?できるんじゃねぇの?」
「いや、できねえからな?なんか由比ヶ浜が可哀想になってきたわ」
奇遇だな八幡。若干俺もガハマちゃんに申し訳なくなってきたわ。
「まあまあ、ほらお兄ちゃん食べてみなよ。美味しいかもよ?」
「あ、ああ。そんじゃあ」
小町の進言により、八幡はようやくクッキーを袋から取り出す。
うぉ、生で見るとやっぱり木炭にしか見えねぇ。一応ハート形だが、その黒さはやはりおかしい。
「……まずい」
「だろうな」
「だよねー」
クッキーを口にした八幡だったが、予想通りの言葉が出てきた。俺も小町も納得して頷くしかない。しかし、食べられない程ではないのか、はたまた八幡の優しさが発揮されているのかはわからないが、八幡はクッキーを完食した。
「おー。お兄ちゃんが完食した」
「そりゃそうだよな。なんだっけ?俺の為に頑張ってくれたんだ!って勘違いするんだっけ?」
俺は雪ノ下さんから聞いた、依頼の解決の際使った言葉を引用してみた。
「また雪ノ下に聞いたのか……」
「ご名答!よくわかったなー!偉いぞ八幡!」
八幡の頭を撫でながら褒める。
「やめろ鬱陶しい。あれは一般の男だけだ。俺は断じてそんな安易な勘違いはしない」
うーん、捻くれてるなぁ。でもそんなとこが可愛いよ!
「もうあんな過ちは犯さない」
あ、なんか八幡のトラウマスイッチを入れてしまったみたいだ。こういう時は関わらないことが先決だ。
「よし!小町、飯だ飯だ!行くぞー!」
「おー!」
小町も何のことかわからず困惑していたが、八幡の様子を見て何かを察したらしく俺に便乗する。
流石我が妹。八幡のことをよく見ているし、俺の意図もすぐさま感じ取ってくれる。だから好きだよ小町!
「颯お兄ちゃん。キモイからニヤニヤするのやめようね?」
「……ぐすん」
お兄ちゃん寂しいぞ小町……。
四限終了を知らせるチャイムが鳴り、教室内にまったりとした空気が訪れる。
ある者は購買へと鬼気迫る表情で走っていき、女子は仲の良い者同士で机を合わせ弁当を広げる。
今日は外が雨の為、いつも一人で昼飯を食べている八幡も教室にいるだろう。まあ、教室にいたとしてもボッチであることには変わりないだろうが。
そういえば、八幡は一人の時に独り言を言っていることが多い。時には一人で熱唱してしまう程だ。今も一人でブツブツと独り言を言っているのだろうか?いや、流石にそれはないか。
八幡から言わせると、ボッチとは思考の達人らしい。おおよそ、今も何かを一人で考えているのだろう。
そんなことを考えながら俺は弁当箱を持ち、立ち上がる。
「あれ?颯君、今日もどっか行くの?」
そんな俺に気づいためぐりが問うてくる。
「ああ、ちょっとな」
「授業には遅れないようにするんだよー」
「了解ですよ。生徒会長様」
そう言うと俺は教室を後にした。
「さて、雪ノ下さんのとこにでも行きますかねー。……お?」
奉仕部の部室へと向かおうとしていた俺の視線の先に、綺麗な黒髪を揺らしながら歩く雪ノ下さんが見えた。その足取りは若干イラついているような感じが見受けられる。
「ふむ……」
興味の沸いた俺は、雪ノ下さんの後を追い始めた。
「ここは……」
雪ノ下さんを追いかけ、到着した場所は二年F組。八幡やガハマちゃんの在籍するクラスだ。
しばらく様子を眺めていると、教室から一斉に生徒が出ていくのが見えた。
なんだあれ。教室でなんかあったのか?
遠目から教室内を眺めてみると、涙目になったガハマちゃんがきつい目をした金髪少女に謝っている姿が見える。その奥には八幡の姿も小さく見えた。金髪少女とガハマちゃんの周りには葉山君をはじめとする、同じグループの奴らと思われる者の姿も見え、その全員が気まずそうな顔をしている。
普通に考えればグループ内の小さなケンカだろう。
金髪少女はガハマちゃんが煮え切らない態度をとる度に機嫌をどんどん悪くしていく。
そして、八幡とガハマちゃんの目が合った瞬間、教室内に雪のような冷たい声が響く。
「謝る相手が違うわよ。由比ヶ浜さん」
それからは雪ノ下さんの独壇場だった。
金髪少女も食って掛かるが雪ノ下さんには敵わない。最後には説き伏せられてしまった。
そんな姿に呆気をとられて八幡なんかは中腰状態で固まっている。八幡、その格好はなんていうか格好悪いぞ。
しかし、助けようと立ち上がったのは称賛に値すると思う。まあ、八幡もこれ以上嫌われようがないとでも思っていたのだろうが、あの姿が見れただけで俺は心が熱くなるほど嬉しかった。
そして、雪ノ下さんは一通り話すと教室から出てくる。壁に寄りかかり静かに目を瞑り、教室内へ耳を傾けていた。そこに八幡も合流し、少しの間二人は会話をしていた。
教室から漏れてきた話を聞く限り、ケンカの原因はガハマちゃんの人に合わせる性格が災いしたのだろう。
彼女の性格が悪いとは思わない。しかし、それを気に食わない者もいるということだ。
ガハマちゃんは昼を雪ノ下さんと一緒に食べる約束をしていたのだろう。しかし、あの集団から抜け出すことができなかった。金髪少女は言いたいことは言えと言っていたが、そんなことを言われて言える者などいないのだ。
まあ、今は雪ノ下さんのおかげで落ち着いて話ができているようだ。
『優美子のことが嫌だってわけじゃないから。だからこれからも仲良くできる、かな?』
『ふーん。いいんじゃない?』
そんな会話が聞こえてきたことで俺はひとまず安心した。それは雪ノ下さんも同じようで、何かを呟き、壁から身を離して歩いて行ってしまった。
「さて、俺はどこに行きましょうかね」
俺も言い合いをしているガハマちゃんと八幡を見届け、歩き始めた。
「それで?なぜ比企谷がここにいる?」
「いやだなー!俺と平塚先生の仲じゃないですかー!」
「だからといって、職員室で飯を食うやつがいるかー!」
ごちそうさまでした。
どうもりょうさんです!
第七話の更新となります!
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