「オイ、待て」
夕暮れ空の下、フッと煙のように立ち去ろうとした人物を呼び止める。
抜けているような気がして全く隙らしきものはない――が、戦いを好む獣というよりは戦い慣れてしまった一般人、という表現が似合いそうだ。
「テメー、神楽のこと護ってくれたらしいな。おかげでそこまで大事にならずに済んだ。礼を言うぜ」
「……どっから聞いたんですか」
「係長っぽい人から」
言うと、深い溜め息をつかれた。
隠していたのか。そうじゃないのならわざわざ俺や神楽に伝える予定はなかったということだろう。
現在、神楽は救護班に手当てを受けている。
深手ではないにしろ、一応のためだ。
目の前の女は、見た限りじゃケロッとしているが、痛みはあるに違いない。早く手当てに行けと言いたいが、そうしたところでコイツが俺の言うことを聞くとも思えない。
……しかし、腰に下げた木刀、そして神楽から聞いた用心棒という職業に、遠目だがチラリと見えたえいりあん相手にあの戦闘力――
「なぁアンタ、もしかして……」
「人違いです」
言い終わる前に即答されたが、無視して質問させてもらう。
「アンタ、『木刀使いの女用心棒』の奴じゃねーか?」
木刀を使い、あらゆる天人の護衛をする女用心棒。
6年ほど前に宇宙の片隅で囁かれていた噂話だが、今ではすっかり聞くことはなくなってしまっている。
木刀といえばあの白髪頭の奴も持っていたが、コイツの方が話の特徴に当てはまる部分も多いし、女の身で用心棒などそうそういるものでもない。
「……木刀使い? なんスかそれ?」
振り返った奴の顔は心底からキョトンとしたものだった。どうやら本当に知らないらしい。
「何ってオメーのことだよ。まさか地球人とは思わなかったがな」
へぇ……と興味を示すどころかどーでもいい、という感想が返ってきそうな答え。
自分のことに関しては淡白な性格らしい。それとも周りの奴等が何をどう話していようがあまり気にしないのか。
「もう宇宙には行かねぇのか? テメー程の実力ならいつか立派なえいりあんはんたーになれそうだがなぁ」
「別にエイリアンハンターとしての予定はありませんけど……えいりあんと戦うなんて地球人の私は身体が持ちませんよ」
ふむ、まぁその通りだ。
いくら強いとはいえ、夜兎のようにすぐ傷が回復するわけでもない。コイツも、ひ弱な生物の一員か。
……なら、もう一つ気になっていたことを訊くとしよう。
「お前、なんで神楽のこと
そう――最初の内はもしかすると、会話の流れで偶然呼ばなかっただけかもしれないと思っていたのだが、ターミナルでの「娘さん」や「迷子」といった呼び方。
それでも十分誰を指しているかくらいは分かったのだが、どうしてもこの女の口から「神楽」といった言葉は出てこなかった。
「……坂田さんみたいなこと言いますね。親バカ同士、どっか似てんですか?」
「神楽だけじゃねぇ、他の奴等にもだ。どうして他人と距離を取ろうとする」
坂田さん……こりゃ、あからさまだな。周りの奴等は「銀さん」だの「銀ちゃん」だのと呼んでいる中で、こいつは「銀」という単語すら口にしない。
神楽はこの女を「友達」だと言っていた。
しかしそれに対するコイツの答えは「ふざけんなクソガキ」、だったか。
当の神楽はただの照れ隠しだと思っていたが、あれは――
「職業病ですよ」
「っつっても、まさか名前を覚えていねェなんてことはねーだろ?」
「……」
おい、なぜそこで黙る。
マジで? まさか名前呼ばないのは単に記憶力の問題?
「大丈夫ですよ
星海坊主、という名を言うか。
しかしそれは仕事をこなしている内に定着した通り名であって、本名じゃない。
それを知ってか知らずか……妙な野郎だ。
「……ならどうして口に出さない。単に嫌いなだけか、照れ隠しか、どっちだっつーんだ」
「どっちでもないですね。私としては……」
言いかけ、言葉に詰まったのか軽く肩を落とす。
寂しさや、悲しさなどはその仕草からは読み取れない。ただ、微かに感じたのが、
「…………困りました。分かりやすい言い訳が思いつかないですね」
――自身に対するどうしようもなさ。
申し訳なさ、ともいうべきか。しかし、きっとそれが真実ではないだろう。単にその表現が近しいだけだ。
「なんだ、言い訳するほどのことがあるのか」
「そうですねー……まぁなんというか、
「?」
妙な言い回しをする。
先に呼ぶ? 誰に対して? 誰より先に?
「別に娘さんたちを嫌ってるわけじゃないです。むしろ面白い。友達になるかは別問題ですけど、ええ、いずれ素直に呼び始める時もきますよ」
ますます訳が分からない。一体こいつは何を思ってそんなことを言うのか。
だが、此方の困惑に反して、彼女の表情は穏やかだ。どこか、達観しているような雰囲気であるのは見間違いか。
「それじゃ、私はこれで。パフェ奢ってくれてありがとうございました」
名は……絶条ソラっつったか。アイツのことだから偽名の可能性もあるが。
「……フン、最近の若い奴ァ、変なのばっかだな」
呟いて反対側の道を見ると、遠くから白髪の奴が歩いてくるのが見えた。