銀さん隠し子事件から数日。
日が落ちて、月が出始めた頃、何かの言い争いをしている万事屋と、傍らでしりもちをついているもっさんを見つけた。
「お、そこのお姉ちゃーん! よかったらわしと遊ば――」
そこでもっさんこと坂本さんの台詞は銀さんと神楽ちゃんによる蹴りで遮られた。
「人が目ェ離した隙にナンパしてんじゃねェェッ!!」
「テメーのために動いてんだヨこっちはアアァッ!!」
どさっと地面に伏す坂本さん。
あの二人からの蹴りなんて絶対に受けたくない。確実にどっか折れるよ。
「す、すみません突然……ってソラさん!?」
「相変わらずだなお前等は。そこのサングラスは何だ。殺し屋か?」
松平さんの「グラサンをかけている奴は皆殺し屋論」である。
無論、オッサンのバカな妄想だ。
「いや違いますけど……今回の依頼人ですよ」
……てことは今日はアニメオリジナル回か。57話の貴重な坂本の登場回でもある。
どうやらこの世界、基本原作沿いで物事は進むらしいがアニオリも時折混ぜてくるらしい。
「――……あり? おんし、どっかで見たことあるような……?」
「まだナンパ続けんのか。確かにコイツァ金はあるけどよ」
「いい加減にするアル! 女はしつこい男は嫌いヨ!!」
まだ私=金ってイメージなのかい銀さんよ。
てか、私やっぱり坂本さんと会ったことあるの?
「この人は用心棒やってる絶条ソラって人で……えと、お知り合いですか?」
知り合い……といっても私の方はせいぜい花見のときに脳裏をよぎった台詞くらい。
しかし、坂本さんの方は何やら「用心棒……」と考え込みながらじっと私の木刀を見つめている。
え、何? 売らないよ?
「あ、思い出した! おんし、あん時食料持っていった
……――ハイ?
戦=攘夷戦争?
前にも桂さんが言ってた感じのやつだが、それに関しては全く記憶がない。
助かったって……え、共闘とかしたの?
その場にいる私を含めた全員が呆然とする中ただ一人、快援隊社長・坂本辰馬だけがアッハッハッと笑っていた。
■
「おまんか、最近
鉛色の空の下には、倒れている武士と思われしき者達と、そこにある光景を眺めるように佇む桂浜の龍・坂本辰馬。
……そして、坂本からやや離れた場所でしゃがみこみ、先ほど
ろくに手入れもしていないのかまとまりのない髪、屍から剥ぎ取ったのか、裾が若干破れているフードつきマントを羽織る様は、まるで娘の境遇そのものが反映されたようである。
自分に声をかけた坂本に対し、少女は何を答えることもなく、口に含んでいたものを飲み込み、立ち上がると脇に抱えていた刀を鞘から抜く。
「待て待て、それは
今にも飛び掛りそうな程じっと睨みつけてくる少女を片手で制する坂本。
しかし一方の少女は剣先を
それを察したのか、坂本は顔をしかめながらもさらに問いを投げる。
「……人を、斬ったことはあるか」
今度の質問には無言でゆっくり頷く少女。
だが刀をしまう気はないらしく、「だから今はお前を斬る」と言いたげに未だ真直ぐ坂本の目を見据えている。もしかすると、今までに何度も訊かれてきた事柄なのかもしれない。
(……だったらどういて、今まで関わった者達はこやつを放っておいたのかのぅ……)
何故何も教えてやらず、こんなところで人から食料を奪う生活をさせているのか。
坂本は奇襲に遭った者達の懐から消えていたのは携帯食料のみで、金銭には全く手をつけられていなかったという話を思い出す。
犯人を見ると、どうやら金という言葉どころかその存在すら知らない様子である。
生きるために、仕方がなく。
剣を振るうことしか知らんのか――ならばこの娘にはまず「
「おまんはまず人を護ることを覚えるぜよ。刀をデタラメに振り回すだけじゃあただの獣と一緒じゃきー」
子を戦に参加させるのに気は乗らんが、このままだと鬼になる――だが、今ならせめて、道を正すことはできるだろう。
眉をひそめる彼女に構わず、坂本は言葉を続ける。
「わしの名は坂本辰馬。課題達成の暁にはたんまり
食料、という響きで少女は相手に敵意がないことを察したのか、カチャリと刀をしまう。
人を疑わない、案外単純なところも残っているのかと口元を綻ばせる坂本。
彼を知る者達からすれば、それはテメーもだろ、というツッコミが入りそうなのだが。
■
「……そん後のことはよく思い出せんなぁ。ヅラには紹介したんが、金時と高杉はもう戦に向かっちょってて……確か終わった後は報酬の食料だけ持っていつの間にか消えちょってたわなぁ、アッハッハッ!!」
「喫茶珈琲屋」の中で本日会ってから数回目の大笑い。
……てことは、私は坂本さんに会ったのがきっかけで用心棒をやり始めた、ということだろうか。
全然しらねー。思い出せねー。
つまり結局、白夜叉時代の銀さんには会ってなかったのか……けど、どこかで見たような気はしてたんだが……
「……えーとつまり? 私はかつて攘夷に加担したことがある、と……?」
「攘夷に加担、というか
アハハじゃねぇ、全員ってどんな無茶振りだ。そしてそれを受けたのか私は。
ていうかそんなの、ホントに実行とかできたのか。どういう戦闘していたのだろう、とても興味が沸く。
「あ、そういえば金時辺りの頭を踏み台にしちょってたような……」
「…………」
何だよクサレ天パ。そんな目で見るんじゃねえ。
大体私、何にも覚えてないからね、まだ何にも思い出せてないからね。
「あぁ、あと……そんときの戦死者はゼロだったよーな気ィするなぁ。途中で援軍が来たっちゅーのもあったけんど、初陣にしては凄い快挙を成し遂げてたぜよ。全員の生還は中々あるもんじゃないからのー」
全員生還……
もしかすると、原作ではそこで死んでしまった人達もいたのかもしれない。
前世の記憶が戻る前から原作改変じみた行動起こしてたのか……あんまり覚えてないけど。
……剣を振ることしか知らなかった人間に、その力を使って人を護る、ということをもっさんが教えてくれた。
つまり私が今もずっと用心棒の仕事を続けているのは「その方法でしか」生きる術を知らないからなのか。
……やっぱ人として色々問題あるな、私。
「――あの、ていうか何で私だと分かったんですか? 身なりとか、当時と全然違いますよね?」
「そらァおまさん、あの戦の後から『やけに腕の良い女用心棒がいる』っちゅー噂が立っちょったからの。わしが宇宙に行ったときも『木刀使いの女用心棒』て似たよーな話が一部で流れちょったがぜよ」
あぁ、後者は星海坊主さんにも言われたな。
「木刀使い」って、探せば結構いると思うけど……いや「女用心棒」のところはあんまりいないのか。
「しっかしよく喋るようになったのぉ、おんし。あん頃は最低、一言二言で会話終了な人見知りだったじゃけん、いやぁ元気そうで何よりぜよ!!」
余計なお世話だ。
人の懐にズケズケと入り込めるアンタとは違うんだよ。
「オイ辰馬。昔話も程々にして、そろそろこっちの問題に戻るぞ」
タイミングを逃すと本題に入れないと踏んだのか、そこでパフェを食べていた銀さんが口を挟む。
なんでも快援隊の積荷と取引先の金が消失したとのこと。
社長は地球に着くなりフラッと行方不明になってしまったので、今回万事屋に副官である陸奥さんから依頼がきたという。
「
……細かい仕事は全部陸奥さんに任せているらしく、坂本さんはなにも知らないようだ。
頭カラのクセによく昔の話を覚えてたな。これはもう奇跡といっても過言じゃないんじゃないか。
さて、記憶どころかぼんやりしたイメージすら掴めなかったが、仕事を始めたきっかけらしき事柄があった、という事実だけでも収穫である。
以前、桂さんが言っていたこともこれで確証が得られた。妄想かと疑ってごめん。
「……じゃあ、私はこれで。坂本さん、教えてくれてありがとうございました」
「そんな他人行儀にせんでもええわい、昔みたいに呼び捨てでええんじゃぞ?」
――呼び捨て、ね。
なんだ、もう"彼女"は呼んでいるらしい。
「んじゃ、あざっした『声のデカい人』」
「アレェ!? なんか悪化しとらんかそれ!?」
呼ぼうと思ってすぐに実行できるわけでもないのだ。
ていうか坂本さんって色んな呼び名あるし。
桂浜の龍から超楽天家、さらには船上のゲロリスト。もっさんとかね。
席を立ってとっとと店を出る。
次に社長と会えるのはいつだろう。
もっさんは原作でもアニメでも登場回数少ないから次の再会は下手すると数年後とかになるやもしれん。今の内に話を聞けて本当に良かった。