銀魂 SF時代劇の彼方者   作:時杜 境

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死んでからが本番なのは主役だけ
吉原


 そこに空は在らず、闇が支配する世界だった。

 地上とは切り離された地下遊郭・吉原桃源郷。

 中央暗部の触手に支えられ、幕府に黙殺される超法規的空間――常夜の街、ともいわれるか。

 

「おい、こっちだ」

 

「御意に」

 

 感情を封殺し、依頼主の近くを歩いていく。

 こんな場所になぞ普段なら決して近づかない。なにせ今はまだ、あの夜王の支配国家なのだから。

 

 一体ここで何をしているのか、と問われれば答えは一つ。仕事である。

 いや、別にこの街で働くとかそういうのじゃない。ただ単に、社会的な位が高い人間から護衛の依頼を受けただけだ。お忍びで、ただし何かあったときのための、最低限の護衛をと。

 

「お侍さん方、ウチに寄ってかないかい。サービスするよ?」

 

「向こうよりこっちの方が楽しいよ。おいでやす」

 

 柵の向こうで女たちが誘いの声をかけてくる。

 それらの全てを無視しつつ、依頼人は目的地へと突き進む。

 

 お忍びとはいったが、依頼主の目的は女でも酒でもない。

 ――会談、取引、そういう類の裏交渉というか、まぁ商い(ビジネス)の話だ。

 

 松平さんから入った仕事ということもあり、私も簡単には断れなかった。

 なにせお得意さまである。ぶっちゃけ生活資金の収入源である。紹介されたのなら、その信用に足る働きをしなければならない。

 

 で、ここからが本題なのだが。

 

「――失礼。鳳仙様はいらっしゃるか。私は先日の取引で――――」

 

 そう、この依頼人の取引相手、よりにもよって夜王(ボス)なのである。

 何やら異星出身であるそうで、やはり裏社会的な事情があるらしい。とっつぁんがそこまでの情報を見抜いていたかは知らないが、まぁ年中フリーな私に押し付ける辺り、察し案件なのは間違いない。

 

 依頼人は紹介文を出し、門番に話を通している。

 門番は吉原自警団「百華」の者たちだ。女性ではあるが、戦闘能力は普通の女性より高いだろう。

 吉原は女の国でもある。荒くれものだって流れ着くことがあるのだし、街を守護する部隊がいるのは不思議なことじゃない。

 

「――確認しました。どうぞ、お通りください」

 

 重い音を立てて門が開かれる。

 怪しまれることもなく、外からの「客人」として招かれた。初っ端から大ボス相手とは内心冷や汗ものだが、なに、鳳仙の相手をするのは依頼人だけだ。私はただ、この人間を護っていればいい話である。

 

 

 *

 

 

 ――元々、吉原炎上篇に関わるつもりはなかった。

 

 だって夜兎である。夜兎三昧である。特にあの三つ編み青年が嫌だ。ちょう面倒。

 夜兎の戦闘狂ほど関わりにくいものはない。何せ全知全能が戦闘特化なのだ。加え、まっとうな戦闘民族だから、まともに地球人が闘り合うと死ぬ。

 

 そして何より鳳仙。その経歴を知ればまずお近づきになりたくないキャラナンバーワンに匹敵する。

 宇宙海賊「春雨」元幹部。夜兎族の王――ゆえに、夜王。

 加え、現在はこの吉原という一個の国の主だ。ここが彼の領域である以上、絶対決定権は鳳仙にある。

 

 だが今日というこの日、別にパイプが崩壊した事件はないし、何より銀髪の天然パーマや、薄汚れた少年だって見ていない。

 つまり物語の幕間。吉原解放の日より、数日前にあたる出来事なのだろう。

 

「――久しいですな若殿。いや、もうそんな歳でもありませぬか。まったく、つくづく時の流れは早いものだ」

 

「左様。私が鳳仙様と初めてお会いになったのも、もう何十年も前のこと。最近は娘も中々素直になってくれず、手を焼いている始末でして。いや、成長を見るたび自分の老いを実感してしまいますなぁ」

 

 そんな世間話から入り、女をはべらせ、酒を口につけつつ、一見和やかそうな会談が始まる。

 無論私の位置は依頼主の後方、戸の近く。背景に溶け込むようにして気配を絶ち、常に周囲への警戒を続けている。

 

 会談の内容などには興味はないし、たとえ耳に残っていたとしても言いふらすこともない。私はただの用心棒であり、情報屋や密偵をしているわけではないのだから。

 

「さて、それで本題なのですが――――」

 

 雇い主がそう切り出し、やや空気の糸が張る。

 この上なく真面目な話をしているのだろうが、正直なところ、内容を聞くことはできてもそれを正確に把握することはできなかった。裏社会での用語でも入り混じっているのだろう。ならば、真っ当な人の子が理解する必要はない。

 

「――ク。ハハハ! やはり親の血ですかな、貴殿の一族は面白いことを考える」

 

「お褒めに預かり光栄です。では、報酬の方ですが……」

 

「よろしい。酒でも女でも、吉原きっての上玉を用意しよう」

 

 よほど鳳仙がお気に召する会話だったらしい。

 なるほどつまり、表社会から見れば、ろくでもない話だったのだと理解する。

 ――が。そこで問題が発生した。

 

()()()()()()。吉原きっての花魁と、一夜を共にさせて頂きたい」

 

 やめとけ!!

 

 いや、違うマテ、そうじゃない。

 別に日輪さんを批判しているわけじゃない。依頼主よ、その言葉を口にする相手は選べ、と言いたいのだ。

 

「………………」

 

 まだ殺気の気配はない。が、不愉快そうな様子なのは見てとれる。

 ここで冗談です、などと慌てて取り繕えばどうにか間に合う。たぶん、きっと、ギリギリ。

 しかしそんな祈りも虚しく、元若殿は口を閉じることはしなかった。

 

「どうしました? 報酬としては十分だと思いますが。まさか出し惜しみする気――」

 

 そこで、直感的に畳を蹴った。

 これ以上依頼主が馬鹿なことをのたまう前に。

 そしてその後に、()()()で彼が処刑されてしまう前に。

 全身全霊をその一瞬に叩き込み――背後から、雇い主の意識を刈り取った。

 

「ッッ……!!!?」

 

 突然の衝撃により、何が起こったか理解する直前で依頼主が倒れ込む。

 任務達成。損害被害共にゼロ。オーケー?

 

「――失礼致しました。では、報酬は適当に極上っぽい酒を」

 

「ほう? 頭目同士の会談に乱入した割には図太い者よ。地上ではただの護衛が殿の代理を務めるのか」

 

 かけられた声にわずかに精神が震える。

 だが、それを一切表に出すことなく、淡々と言葉を返す。

 

「私はただ、雇い主自らが火の海に飛び込むような愚行を止めただけでございます。()()どちらも護らずとして何が用心棒でしょうか」

 

 此方の言い分に、なるほど、と面白そうに鳳仙が声をあげる。

 あのまま、言葉の先を続けていれば間違いなく依頼主は、夜王から発せられた殺気によって昏倒させられていただろう。となれば、その後はまともな仕事など、できるかも怪しくなる。

 

「役割を果たしただけ、か。しかし……女の用心棒とはな」

 

「剣の腕には自信があるので。いえ、逆にいえばそれしかないのですが」

 

「そう珍しい話でもない。我が国を護っている『百華』の者共も、クナイ投げに関しては一流であるしな」

 

 不愉快な気分は少し晴れたのか、そこで酒を一口飲む鳳仙。

 ……会話できている。成立している。地雷も踏んでいない。やればできるじゃないか、私。

 

「さて。ならば報酬は、貴様の生真面目さに免じ、極上酒に似せたものを用意させるとしよう。優秀な護衛を選んだ若殿は幸運であったな」

 

「――お心遣い、感謝致します。それでは」

 

 若殿の襟首を掴み、ずるずると引きずる形で部屋を退室しようとする。

 向こうの気が変わらない内に、一刻も早くこの国を出なければ。暴君の気まぐれ一つで命が散るなどゾッとしない。

 

「――――その()()、星砕か。また珍しいものを下げているな」

 

 ばれてーら。

 

 などと思いつつ足を止める。別れの挨拶は口にしたが、まだ相手はそれを許していない。声をかけてきたのは、きっとそういうことなのだろう。

 ……ていうかこの木刀、知ってるのかよ。夜王も通販とか使うんだろうか。や、真面目に考えれば、夜兎を統べる長だったのだし、宇宙関連の品物については知識が深いのかもしれない。

 

「ふむ……? もしや貴様、数年前に噂になっていた女用心棒か。まさか地球人だったとはな」

 

 ……やはり、宇宙海賊団でもあったし、此方の情報は掴んでいたか。

 まったく、優秀すぎるというのも悩みどころである。 

 

「何が、言いたいのですか」

 

「フ、いやなに、少々意外だったものでな。宇宙で名を上げるほどの地球人なぞ、そう多くはない。女というから、何処ぞの戦闘部族かと思っていたのだが――その妖刀の力ならば、なるほど、納得はいく」

 

 答えになっていない。

 どんな星の出身の者だろうと、年を食えば話が長くなるものなのだろうか。勘弁してほしい。とりわけ、相手が夜王となっていては、此方も軽率に口を開くのは憚られてしまう。

 

「――用心棒よ。貴殿を雇う条件を伺おう」

 

 確実に一瞬、心臓が停止した。

 別に殺気を向けられたわけではない。単に、私自身が勝手に止めてしまっただけである。

 

 ……叩きつけられた嫌な予感を堪えながら振り返る。表情はもちろんポーカーフェイスだ。ここで仕事モードを切らせば命はない。

 

「特に、強くは決めておりません。私が判断するのは、生存に役立つものであるか否かです。金はもちろん、最低限食料さえ頂ければ、何も」

 

「生存、か。おかしなことを言う。貴殿ほどの力量の持ち主ならば、死に怯える必要などなかろうに」

 

 そこで、はあ、と出かけた間抜けな声をどうにか押し殺し。

 

「――何を言っているのかは分かりかねますが。私は死に際でもその状況自体を愉しんでみせますよ」

 

 見当違いな解釈に、少しだけ肩の力が抜けかけた。

 死は確かに怖いものだが、私が思う死という終着点の意味はそれだけではない。

 なにせ転生しているということは、一度死んでいるということでもあるのだ。ならば――

 

「ククッ、やはり貴様も狂人の類であったか。これほど酔狂な人の子を見るのは久しぶりだな」

 

 いいから早く要件を言えよクソジジイ。

 ……どうにか喉まで出かかった本音を思考から切り離し、無表情を貫き通す。

 この街の主と、噂は流れていようと一介の用心棒。どちらの立場が上かなど考えるまでもない。

 

「話が逸れたな。では依頼の内容を話そう。

 ――最近、日輪の周辺をかぎ回る者がいると聞く。別段珍しい話でもないが、警戒に越したことはあるまい。短期間だが、貴殿には日輪の護衛を頼みたい。……よろしいかな?」

 

 既に私に選択権はないと分かっているだろうに。

 こういう老人は苦手だ。特に集団の一番上に立てるほどの人種は超苦手だ。

 将軍は別だけど。

 

 頷き、言葉を返す。

 

「であれば、この若殿を無事ご自宅へ送り届けた際には、此方に戻ってきましょう。ここに居る通り、口は固い方なのでご心配なく」

 

 裏社会の密談に同行できるくらいの信用は世間から得ている――という事実をほのめかし、相手の同意を以って今度こそ退室する。

 

 外の空気の軽さといったらない。まるで地の底から一気に空へと顔を出したよう。

 

 身体の底から、心の底から、深海よりも深い溜息を吐いて精神状態をリセットする。夜王に雇われるなぞ誰が思うかフツー。

 しかし自分の立ち位置がこうなると……原作の流れを考えると、やや面倒なことになりそうな気がしてならない。

 

 本当にマジでどうしようもなくなったら行方不明を装って逃げよう。それが一番だ。

 

 ともあれ――これからは日輪太夫の傍にいることになるだろう。

 おそらくは仕事モード全開である。オフとオンの切り替えは大事である。

 ……しばらく、軽い口調は使えなくなることを覚悟しておいた。

 

 




久しぶりすぎる投稿。詳しくは活動報告にて。
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