銀魂 SF時代劇の彼方者   作:時杜 境

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夜兎

 ――何かが落ちたような轟音だった。

 普段なら在り得ないイレギュラー。地下遊郭全体に響いた揺れは、客だけでなく、住民たちをも混乱状態に陥れさせるには十分な効力を発揮していた。

 

「……用心棒さん? 何かあったのかい?」

 

「少しタチの悪い侵入者が現れたようです。心配なさらずとも、貴方の身は私が責任をもって護り通します」

 

 至って淡々とした調子を装って報告するが、日輪さんはそこで黙さなかった。

 

「皆は……!? 他の皆は大丈夫なのかい!?」

 

「――現在、怪我人の報告は聞いておりません。これはただの推測ですが、おそらく今の轟音は、外に張り巡らされたパイプの一部が落ちたものかと思われます」

 

 推測ではなく事実なのだが。

 ……しかし遂に始まった。吉原炎上篇――吉原解放篇ともいうべき物語が。

 パイプが落ちた、ということは晴太くんが鳳仙側に捕まったところだろうか。そして、次の流れでは、その確保した者たちが此方の拠点に戻り――きっと、今度はこの城内で轟音が聞こえるようになるだろう。

 

 嫌だなぁ。夜兎との戦闘とか絶対死ねる。

 そもそも連中と地球人は身体の造りからして色々違うのだ。実際戦えば解るかもしれないが、戦闘部族とは、全知全能全てが戦に特化しているものを指し示すもの。

 確かに、激戦を潜り抜けてきた侍ならば対抗することも可能だ。ただし私は違う。私は一介の用心棒であり、()()()()()()()()()()

 

「…………」

 

 故に分かる。分かってしまう。

 私が彼らと戦っても勝利は掴めない。できてせいぜい、その戦闘能力に肉薄する程度だろうと。

 ……まぁ、()()の方なら話は別であろうが。

 

「――用心棒さん。これは、ただの推測なんだけれどね。この吉原で、きっとよくない事が起ころうとしてる。危ない目に遭う前に、あんただけでも先に逃げた方が、」

 

「私は貴方を護るよういわれて雇われました。

 ……ご安心を。たとえ、誰がこの扉まで来ようとも――――」

 

 今の日輪さんにとって私はある意味、死神のようなものだろう。

 会いに来る誰かを追い払うもの。決して彼女を鳥かごから逃がさないよう言いつけられた門番。

 

 ……なら、今はその役割を全うしよう。私にとって、これはただの仕事でしかないのだから。

 吉原の解放? 母と子の再会劇? ――知ったことじゃない。傍観に決め込んでいるのならともかく、こうして舞台で役目がある以上、それを通さなくして何が役者だろうか。

 

 故にその言葉を言い放つ。おそらく、彼女にとって最も好ましくない台詞を。

 

「――決して、通しはしません。貴方は吉原という街を照らす、太陽なのですから」

 

 

 *

 

 

 ――屋敷内での爆音と揺れが収まると、続いて「侵入者」の報告があちこちで飛び交わされるようになっていた。

 屋敷のあちこちで駆け回る百華たちの足音。

 遠方から聞こえる爆発音。

 

 ……メインシナリオとはいえ、あまりの無鉄砲ぶりに思わず嘆息しそうになった。

 紙の上ではなく、こうして「現実」にいる今だからこそ、彼らの行動がいかに無茶なことなのかは理解できる。

 

 世界最強の傭兵部族の頂点――夜王。そんな化物に真っ向から挑んでいく精神は、まず常人ではありえない。不屈の侍といえど、圧倒的な力の差の前では心が先に折れるだろう。

 

 だが、まぁ――真面目に考えたところで無駄なのだ。

 だって宇宙一バカな侍だから。

 いくら真っ当そうな理屈をつけようが、絶対的な現実が目の前にあろうが、立ち上がり続ける限り負けはない。それはこの世界の武士たちが持つ、精神の基本骨子である。

 

「――――そろそろ、か」

 

 春雨の問題児と鳳仙の戦闘は既に終わっている。

 この屋敷に侵入者がやってきたというのなら、それと同時にもう一つの事態も動いている頃だろう。

 

 

「――あーあ、やっぱりいたか。番人さん」

 

 

 近づいてきた気配で顔を上げる。

 後ろで三つ編みに結われた髪、夜兎特有の白い肌。そして、幾多もの戦場を潜り抜けてきた――血の匂い。

 

 ――春雨が第七師団団長、神威が晴太少年を連れて此処にやってきた。

 

「ば……番人ってまさか……数週間前、鳳仙が引き入れたっていうあの……?」

 

 神威の背後、柱の影に隠れている小さい影は晴太くんである。

 見れば、その周辺にはこの周辺の警戒をしていた百華たちの死体が転がっている。まぁ主犯はやはり、今私の目の前に立っている神威の方だろうが。

 

「お姉さん、ちょっとそこ退いてくれないかな。日輪太夫に面会者がいるんだけど」

 

「今日、そのような予定は存じません。お引取り願います」

 

「そう言わないで。この子、一応その日輪太夫の子供だって話なんだけど」

 

 ケラケラと顔は笑っているが、放っている気配からは明確な殺意を感じる。

 そういえばコイツが笑いかけた時は、大体殺意があるものだったか――いや、かといって、ここで仕事を放棄するわけにもいかない。

 

「その話が事実であれ、私がここを離れる理由にはなりません。お引取りを――――」

 

 刹那、直感だけで身体が動いた。

 地に突き立てていた妖刀を、即座に左手に持ち替えて防御に回る。

 此方の頭部を狙った一撃。目だけでは追えない速さの蹴りの威力を、確かに星砕は相殺した。

 

「――へえ、やるね」

 

 関心したような声が上がるや否や、次に拳が首に向かってくる。

 それを回避し、続けて襲ってきた左足を刃で流した直後、思い切り彼の首を強打する。

 ……強打を、狙った筈だった。

 

「危ない危ない。その刀、ただの木刀じゃないね?」

 

 あっさり後ろに下がることで避けられ、刃は空を斬る。――彼女だったら、今の一瞬で勝負をつけに行っていただろうに。

 

「お引取り願います。貴方は別に、日輪様の殺害が目的でここに来たわけではないでしょう」

 

「ふぅん、そういう判断基準か。確かに、俺に女を殺す趣味はない。ただ、夜王を腑抜けにした女が、どんな奴か見てみたくなっただけさ。けど――」

 

 そこで、彼の気配が変化する。

 様子見の殺意から、明確な殺気へと。

 

「――強い奴がいるなら、戦わなきゃ損だろう?」

 

 戦闘狂ならではの理論だ、それは。

 などと心情で愚痴りつつ、再び襲ってきた肉体凶器を迎撃する。

 一撃が思っていた以上に速く、重い。地球人でこれに対応できるのは、やはり相当な鍛錬を積んだか、戦を生き抜いた経験がある武士や剣士くらいだろう。

 

「ほう。言いつけ通り働いているらしいな、用心棒」

 

 突如聞こえた第三者の声に、向けあっていた拳と剣が停止する。

 夜王鳳仙。地下遊郭吉原の主にして、夜兎族最強を謳われる老翁。

 強者特有の現象か、たった一人だというのに、その気配だけで場が支配されかかっている。というのは、神威が未だ此方に向ける鋭い殺気を収めていないからだ。

 

「お言葉ですが鳳仙様。私が受けた依頼は『日輪太夫の警護』です。こんな化物問題児の相手は職務範囲外です。このまま続けろというのなら、追加料金を要求することになりますが」

 

「フ、やはり剣の腕に関しては自信があるらしいな。()()()()()()。今この時から、貴様の役目はその小童の排除だ」

 

「……御意」

 

 あっさり死の宣告をされた。お偉いさんの気まぐれほど厄介なものはない。

 

「珍しく気前がいいじゃないか、鳳仙の旦那。まったく、こんな面白そうな奴を一体何処で見つけたんです?」

 

「なに、わしが最初に見出したのはその妖刀の方よ。世に出る紛い物は多いが、本物はその特性上、扱える者は数が限られるのでな」

 

 それ以上情報公開されたらちょっと困るぞクソジジイ。

 

「へぇ、どんな特性なのかな。少し気になるね。――いや、戦いの中で見せてもらおうか」

 

「……ほざけ」

 

 早々使える技能じゃねーから!

 あんまり期待されても困る。かといって、もう彼との勝負を放棄できる地点は過ぎてしまった。こうなれば、全身全霊を以って生き残るしかない――そう、勝利は目的に設定せずに。

 

「じゃ、()ろうか」

 

 ――反応、できなかった。

 気付けば身体が宙を舞っている。そう認識した瞬間、強い衝撃が頭部から全身に走った。

 ……どうやら、すぐ横の壁へと叩きつけられたらしい。それでも夜兎の腕力は尋常なものではなく、そのまま壁を突き抜け、部屋の奥まで吹っ飛んでいくこととなった。

 

「ガっ、く――――」

 

「それじゃ、俺はあっちで遊んでくるから。君も、君の仕事を果たすといい」

 

 今のは晴太くんへと向けた言葉だろう。

 神威の気配は殺気に溢れている。感知しやすいのが救いだが、逆にいうと、救いがそれしか存在しない。

 

 パワーも速さも向こうが圧倒的。ならば、此方が出せる手札は――これまで積んだ経験と、鍛え上げてきた純粋な剣術だろうか。

 

「簡単に倒れないでねお姉さん。今のところ、貴方が一番期待できそうなんだから」

 

 ……さぁ、死闘の時間だ。

 一番戦いたくなかった相手と、せいぜい渡り合ってみせようか。

 

 

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