銀魂 SF時代劇の彼方者   作:時杜 境

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死線

 ――絶条ソラは転生者である。

 

 今更な確認ではあるが、これを大前提にしてくれなければ、私と「彼女」の関係性の話は理解できないと思う。

 

 どうして今、こんなことを言うのか?

 理由は至極簡単。実に簡単なことである。

 

 ()()が出てくる事態になったが故、だ。

 

 

 *

 

 

 馬鹿じゃねぇの、という思考が頭をよぎる。

 しかしその考えは、次の手が来る前に忘れ去る。一瞬でも止まったが最後、かき消えるのは此方の命なのだから。

 

「っふ――――!」

 

 持てる力を使って刃を振るう。

 ()()()()()()()()()()練度、使()()()()()()()()()技術全てを乗せて。

 

「やっぱり強いね。だけど――」

 

 鋼のような拳と鉄のような木刀が交差する。衝撃はやはり、妖刀の力が「粉砕」という形で相殺し切るが、それではまだ足りない。

 

「――本気にならないと、俺には勝てないよ」

 

 脇腹が蹴られ、その威力に人体は耐え切れずに出血する。

 だが怯むことはない。瞬間に素早く彼の懐を通り、背後から一刀を叩き込む。

 ……手ごたえはあった。けれど夜兎族に妖刀の一撃がどこまで通じているか。

 そんなことを考えた途端、既に上へと跳んでいた彼から振り落とされた一撃に、やはり妖刀で対処()()()()

 

「チィ……!」

 

 万全に発揮できない実力に歯噛みする。

 防御に転換できたのは、身体が半分咄嗟に動いたからだ。やはり()()()()()()()()()、剣の速さも大幅に鈍っている。

 

 というか、夜兎の身体能力が異常だ。

 神楽ちゃんも時たま、町中で成人男性と未成年男子を抱えて、建物の屋根を飛び移っている光景を見たことはあるが、彼――神威の振るってくる一撃はまさに死そのものを思わせる。

 

 馬鹿みたいな威力の拳。馬鹿みたいな速度の動き。

 まさしくそれは、多くの戦場を駆け抜けてきた化物。いや、化物が戦場を通して、更に磨きがかかったものというべきか。

 

「解せないね」

 

 互いに獲物を弾き、距離をとる。

 神威の殺気は依然、薄れることはない。むしろ此方を追い詰めるために一瞬ずつ強くなっている気配もある。

 

 ……いや、彼は気付いている。追い詰めれば追い詰めるほど、私の意識が水底へと沈めば沈むほど――目の前の()の剣は、鋭くなっていくことを。

 

「どうして全力を出さないんだい? ()()()()()()()()()()()()()()()()()。それとも、貴方が今立っているその地点が、全力だと勘違いしているのかな」

 

「――――」

 

 血に飢えた獣の勘は鋭い。こと戦いに関するものなら尚更だ。

 私だって解っている。決して勘違いなどしていない。

 だが、どう言われようとも仕方ないのだ。だって、未だ私が表層にいるということは――

 

「だったら、俺が引き出してあげるよ。精々、途中で殺されないように頑張ってね」

 

 ――「彼女」はこの戦いに対し、興味さえ抱いていないということなのだから。

 

 死闘が再開される。

 鋼のようだった拳は、文字通り鋼の凶器となり、鉄のようだった木刀は、真剣を上回る鋭さを帯びた妖刀となって。

 

 ……理由(ワケ)を話すべきだろうか、と思考言語ではなく、感覚として思う。

 けれど話して解ってくれるような相手じゃない。戦闘狂に通じるのは、自分と同等、それ以上の実力で放たれる肉体言語くらいだ。

 

「ぎぃっ……!!」

 

 そこで、思い切り胴体に一撃を喰らう。

 渾身の蹴り技。吹っ飛ばされたのは本日二度目だ。それは背後にあった一枚の戸を破り、奥の壁に激突することで停止する。

 一応私に本気を出させるつもりのためか、胴体に穴は開いていない。……臓器はいくつか潰れたかもだが。

 

「こふっ、げほっ……」

 

 一緒に呼吸器官もやられたか、咳き込みながら吐血する。

 木刀を杖代わりに立ち上がると、向こうから歩いてきた神威の姿が見えた。

 

「……結局応えてはくれない、か。折角期待してたのになぁ」

 

 その言葉を聞き、結論に至る。たとえ、彼に訳を説明したとして――――

 

「じゃ、殺しちゃおうか」

 

 今と同じ言葉を言うに決まっている、と。

 

「ッ……!?」

 

 ()()()。――と、理解した。

 一瞬、どんな動きをしたのか自分でも解らなかった。――認識、できなかった。

 やや屈むような体勢だと気付いた時には、既に剣を振るっている。二、三度続けて放たれてきた攻撃を的確に流し、半自動的に――否、本来身体が覚えている動きのままに前方へと踏み込み、回転斬りを防御に回った彼の腕に直撃させた。

 

「――なんだ、やればできるんだね」

 

 動きの変わった此方にやや目を見開くと、次に彼の口角が上がる。ついでに殺意も上昇しているのを感じ取った。

 

 ――……あの野郎、なんつータイミングで出てきやがった……!

 

 と、思った瞬間、意識と身体が同調する。霞んだ視界に、鮮やかな色彩が戻っていく。

 ……私の意識が、回復した。

 

「ぐッ――!!」

 

 直感だけで刹那の攻撃を防ぎ、奇跡的に次の一撃をかわし、隙を作ることなく一閃する。

 だが、二度目は防がれた。それを予測していたかのように、再び視界が霞んだかと思うと、足は先に彼の攻撃範囲から離脱していった。

 

「逃げられるとでも――?」

 

 それでも、戦闘に乗ってきた夜兎(かれ)の方が速い。

 構えなおす前に懐に入られる。かくいう此方は、彼から離れた直後に視界良好、心身共に疲労困憊。――今度こそ回避する術がないままに、必殺の一撃を身に受けた。

 

「かっ――」

 

 ドッ、と鈍い奇怪な音が体内で響く。痛覚を脳が認識し、一瞬思考が空白になる。

 ……目を見開いたのはどちらだったのか。

 散った鮮血、身体機能の一部が完全に停止するのを自覚すると、

 

 ――瞬間、視界に宙を舞う()()が入った。

 

 神威が此方に突き刺した手刀。

 それは一寸の狂いなく自分の心臓を狙ったものだったが、咄嗟の判断で左手を盾に使ったのだ。……最も、これは私の判断で、だが。

 

「ぃ――――、」

 

 声が零れると同時、右手に握った妖刀で眼前の脅威を両断する。

 向こうが先に勘で動いたためか、刃先は床を切り裂く程度に留まるのみ。

 ……情けない。片手を犠牲にしても、私では彼の動きにはついていけないのか。

 

()()()()()()()……ッ!」

 

 当然の現実を直視し、地を蹴った。

 こんな結果になるのは百も承知なのだ。今更そんな無念がわいて出たところで、何かが変わるわけでもない。

 

 ……そう。どれだけ祈っても、どんなに望んでも。

 (ソラ)の願いが果たされる時は、決して訪れない。

 

「――ぁ、ああ、ああああアアアァァアア――――!!」

 

 咆哮する。

 片腕の激痛も、内側からの無念も、全て押し殺すように。

 

「――――」

 

 一方で、彼は笑っていた。

 心の底から、闘争そのものを愉しむ夜兎(ケモノ)の顔で。

 

 ――幾度目かの、刃と拳の激突が繰り広げられる。

 しかし振るった瞬間に理解した。「ああ、これは無理だ」と。

 種族がどうとかの問題じゃない。経験の差がどうとかじゃない。

 

 単に、足りないだけだ。彼が持っている、闘争への強い思いが。

 

 だから勝てない。

 所詮、私は平和な時代で生きていた人間の記録である。ただの死人が、今を全力で楽しんで生きている生者に勝てる未来など、あるワケもなかった。

 

「――惜しかった。けれど、楽しかった。――うん、良い戦いっぷりだったよ、お姉さん」

 

 労いの言葉だろうか、今の彼にしては珍しい温情だ。

 そんなこと思い――そして決着がついた。

 

 右手で必死に掴んでいた木刀は、あっさりと弾き飛ばされて。

 防御する暇を与えることなく、彼の拳が真っ直ぐに私の心臓を貫くと。

 

 ――死の気配を察知する前に、私という存在は即死した。

 

 

 *

 

 

 ――夢ではなく、記憶であると自覚する。

 

 気分としては、水中の中で漂う死骸。

 感覚としては、映画館でスクリーンを観ているようだった。

 

 いや、景色そのものは映画館を想像してもらえればいい。薄暗い闇の中、たった一人席に座って、その画面(きおく)を見つめている。

 今映っているのは、ここまで私が積み上げた転生してからの記録。走馬灯を見ているというよりは、ただの確認作業に近かった。

 

「――――」

 

 特に思い浮かぶことはない。感慨も、後悔も、とうに死人である私には関係ない。むしろ、そういうものを抱くべきは、私の方ではなく――――

 

『……あ、れ』

 

 ノイズが走り、映像が切り替わる。

 聞こえたのは微かな掠れ声。聞いた限り、幼い少女のものだろうと推測する。

 

 映像はどこまでも澄み渡った青い空――文句なしの快晴具合だ。さぞ良い天気だったに違いない。

 まぁ、登場人物の心情も、そう思っているかは知らないが。

 

 澄んだ青空の下には、赤く彩られた血の大地がある。

 そこには老若男女問わず、多くの人間の死体が転がっていた。

 

 少女は知っていた。その死体が誰であるのかを。

 少女は理解できなかった。この光景そのものを。

 

「稀によく見る地獄絵図」

 

 率直な感想はそれだった。

 青い空に赤い地上。コントラストはいいのだが、いかんせん物が物なので地獄絵図と評さざるを得ない。まぁこの世界に転生してから、こういう光景は何度も見たことがあるので、耐性くらいはついている。

 

 唯一、画面の中で生きている少女の年齢は十歳前後だろうか。トラウマ強すぎない? 大丈夫? とか言ってもいいぐらいの強烈な光景だ。まず間違いなくトラウマになると断言できる。

 

 別の声が聞こえたのはその時だった。

 

 

『――おや、まだ生き残りがいたんですね』

 

 

 黒い、影。

 顔は確認できない。声だけなら聞き覚えはあるのだが、前世での記憶が混合している以上、ここでは大した手掛かりにはなりえまい。

 

 しかし突如、映像はそこで途切れた。ホラー映画か。

 画面は真っ暗闇。ノイズのようなものが時折聞こえるが、それ以外はなにもない。

 ……いや。

 

 ――憎い。

 

「まぁ、だろうな」

 

 先の少女のものだろう、音声ではない、直接伝わってくる感情があった。

 それは燃えるような()()。身体に焼け付く鮮烈な思い。

 

 その気持ちには同情できるが、共感はできない。

 人格が違う以上、思うことも考えることも違うのだ。……たとえ、同一の魂を持っていようとも。

 

 ――憎い。憎い。憎い憎い憎い憎い憎い……ッ!

 

 喪失感よりも、悲嘆よりも先に、彼女の中には憎悪が生まれた。

 故郷を滅ぼされた故か、家族も皆殺しにされた故か。

 なんにせよ、彼女は憎んだ。あの黒い人影を。

 

 なるほど。これが、

 

「――これが、()()()()が憎悪を抱いたきっかけか。我ながらすげーことになってんな」

 

 スクリーンに映っていたのは彼女――絶条空、とでもいうべき少女の記憶だ。

 要は、()()()()()()()()。いや、幼少期から中々ハードな人生を経験している。

 故郷を失い、憎悪を抱いて生き続ける。結果だけみるなら、この上ないバッドエンドだ。だがそれでも、映像はまだ消えていない。

 

 ――生きる。生きないと、あいつを殺せない――――

 

 画面が回復する。少女の歩みが開始する。

 全てを台無しにした者への報復のため。それは無論、故郷や身内を滅ぼされたこともあるだろうが――彼女は、信じているのだ。自分の生きてきた、ささやかで穏やかだった日々の尊さを。

 

 だから殺す。

 たとえ、故郷の皆があの影を恨んでいなくとも。

 ……たとえ、影の人物が既に消え去った後であろうとも。

 彼女は捜し続け、生き続ける。焦がすような憎しみを抱えながら、もう何処にもない、かつての日常を夢に見て。

 

「……なるほどなぁ」

 

 まず、納得した。

 次に同情した。そして、やや――怒りを覚えた。それで、まぁ、恨んだ。世界を。

 

 かくして、少女の放浪の旅は始まったのだろう。

 正直、故郷の土地を離れて何年経ったのかは分からない。私という前世の人格が生まれたのは攘夷戦争真っ只中の時代である。それまで一体、彼女がどこで何をしていたのかは断片的にしか理解できない。

 

 ただ分かっているのは、彼女が他人から食料を奪い、命を繋ぎつつ、ひたすら剣の腕を磨いていたこと。

 

『おまん、そんなトコで何しちょる?』

 

 その折に出逢ったのが、おそらく坂本辰馬。

 それがきっかけで、おそらく彼女は「用心棒」を始めた。剣の腕を磨き、己の目的のために用いていた剣術を、他人のために使うようになったのだ。

 坂本辰馬は、少女に商いという道を教えた。そこからパッタリ少女が一方的に人を斬ることはなくなり、現在のあり方にも影響している。

 

 ――そして。

 

「私、か」

 

 やがて彼女は前世や原作……この世界に関する知識を思い出す。

 その記憶を元に形成されたのが、絶条ソラ(わたし)という人格だ。

 個人的に言いたいことは多々あるが、現在は事実だけを述べるとしよう。

 

 つまり、前世の人格と、今世の人格は()()()()()()()()、という事実を。

 

 前世の記憶で塗り替えるには、あまりにも今世の憎悪は強すぎたのだ。

 平たくいえば二重人格。ただし基本、肉体の所有権は彼女持ちである。それでも、よほど興味を示さない限り、彼女が表層に出てくることはない。

 彼女の目的は、主犯への復讐と剣術磨き。前世(わたし)という人格を得た今、それ以外は大体投げっぱなしだ。

 

 ……単に、彼女には知識がない。

 人と関わる術を、その縁の重要さ、人との関係を利用する、という超基礎的な本能が動いていない。いや、実際は私の方が動かしている、というべきか。

 

「――この機会だから言わせて貰う。私はあくまでお前の前世であり、お前自身じゃない。だから、まぁ……偶には出て来い。これは、お前の人生なんだから」

 

 伝わったかどうかは分からない。

 彼女と私の境界線も、どこにあるかは不明瞭なのだ。ただ、生死の境を彷徨った時は、今みたいに向こうの記憶を垣間見ることもある。

 

「そりゃあ、お前が出て来ないことで、シナリオへの介入はしやすいけどさ。でもやっぱり、それじゃダメだ。お前はお前自身の意志で――」

 

 この知識を活用するなり何なりして、生きるべきなのだ。

 

 ……返事はない。

 だが、今の意見を言って思い当たったことがある。

 

「いや、違うのか。お前はもう、前世(わたし)を利用するっていう選択を……」

 

 ああ、やっぱり私だ、と思う。

 転生しようが何だろうが、本質はきっと変わらない。

 単に、彼女は、そう――原作の知識を有用に使える前世(じんかく)の方が、効率がいいとでも考えたのだろう。

 

「……やっぱお前(わたし)、転生しない方がよかったんじゃない?」

 

 心から皮肉を込めてそう告げると、そこで世界は閉ざされた。

 

 

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