「人ってさ……本当に辛い事が起きたら涙出ないんだね……」
「おう……」
「もうさぁ、別の銀河系行こうかなって真面目に考えてるんだよ。シナリオ? ラスボス? ハッハッ、ハハハハハハハ――んなモン現実にあるわけねーだろ。ふひ、ふふ、ふひゃひゃひゃひゃ――――」
「こいつァもう、絶望のドン底を突き抜けちまってる感あるな。……次の星、良い精神科あるけど……行く?」
「……バカ言えよ。世の中にゃ、私よりよっぽど辛い思いしてる人もいるだろ……私一人が、患者の枠埋めてちゃあ世話ねーぜ……」
「バッカ、んな事言うモンじゃねぇよ。人間、ツライ時はツライって口にした方がいいんだぜ? 抱え込むのは、こう、よくねぇと俺は思うよ……?」
「ありがとう……貴方みたいに気遣ってくれる人がいただけで、私は幸せ者だよ……」
「お、おい……おい! なぁ団長ォ、マジでこいつヤバそうなんだけど! ハンパに正気なだけ、浮かばれないんだけどぉ!! 何があったのォォ!!?」
そう檻の外で叫び散らしているのは、茶色の後ろ髪を肩まで伸ばし、無精ひげが特徴的な、黒衣をまとう夜兎の男。三十二歳、誕生日二月十日。左腕を義手にしている、春雨第七師団副団長――その名を
その横ではどっかで見た第七師団団長戦闘狂ニキが腹を抱えて爆笑している。
だがそんな二人の様子に、私はツッコミできる気力も、呆れるような精神力も残っていなかった。
ライフはゼロなんてもんじゃない。ロストである。
マジで今異世界転生してえ。切実に。
「――ふぅ、ここまで笑ったのは久々だよ。それにしても生きていた事には驚いたなぁ、番人さん。こんなところに捕まって、何してるのか訊きたいところだけど、まず俺との戦闘からどうやって生き延びたのか、そのカラクリを是非知りたいね」
「ホント……なんであんなやり方しかできなかったんだろうね。過去に戻りたいって偶に思う時はあったけど、今まさに戻りたいよ……やり直したいよ……でもさ、今戻ったら、今日まで抱えてた後悔ってどこに行っちゃうんだろうね……? 人ってさぁ、やっぱ生きるにあたって、抱えてくモン多すぎる気ィするよ……」
「団長ォォォ!! 俺もうコイツ見てらんなァい! 今スグ美味い飯食わせてやりてぇよ切実に!!」
「囚人に情けをかけちゃ駄目だよ阿伏兎」
牢屋の隅で体育座りしている此方を前に、副団長殿は憐れみから涙目、団長野郎はニコニコ笑顔。
嗚呼、副団長の優しさが心にしみる。まるで砂漠で見つけたオアシスのよう。ようやく会いたかった人物に会えたという多幸感に反し、しかしライフポイントは驚異の絶望値。彼への生まれて来てくれてありがとうの気持ちと、はよ世界滅べという相反する感情が心の中でボクシング。今なら新しい人格作れそう。
「鬼兵隊に恩を売ったと思いきや、裏切られて牢の中、か。どう考えてもこいつは被害者だぜ団長? てゆーか、そこにいる元第四師団団長様のオマケだろう、コイツァ」
阿伏兎が目を向けた先の通路の奥には、原作と同じく廃人状態となった孔雀姫・華陀の姿があるのだろう。今も椀とナットを使って、丁半遊びしている音が聞こえてくる。
「被害者ね。でもそうとも言い切れないんだよ。なんせこのお姉さん、今はそこの孔雀姫の用心棒を請け負ってるみたいなんだから。まとめて春雨に幽閉されるのは自明の理さ。真面目というか馬鹿というか、いや、この場合は用心棒として当然の職責を果たしていると言った方がいいのかな」
「……職責、ねえ」
そう――私は鬼兵隊に華陀様を売り渡した後、二人まとめて鬼兵隊に春雨へ売り飛ばされたのである。
裏社会ってコワイねと言いたいが、まぁ想定していたことだ。仕方ない。
おかげで華陀様は例の状態へ陥り、私は意識の底でグッナイしやがった絶条空の諸行を思い出し、こうして牢の中で一人、ブツブツとやっているわけである。
「それに、これでも目覚めた初日よりはマシになった方だよ。その時は一日中、『リィングディンドン』って唱え続けてたらしいし」
「ナニソレ怖ァア!! 地球式の精神統一法か何かァァ!?」
「寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリオンアイザック=シュナイダー……」
「また何か別の唱え出してるんだけど!! 意味ワカンねーし怖すぎるだろ地球式精神療法!!」
大丈夫!? と狼狽え続ける副団長の声が今は心の癒しだった。あと二百四十時間ぐらいそこにいてほしい。
「同族でもないのに、随分と彼女の事を気に掛けるじゃないか阿伏兎。お前好みのメガドライブを守護してた人間だからかな?」
「……オイ妙な勘ぐりは止めろ。大体仕事にそんな私情持ち込んでたまるか。ねェ聞いてる? ねぇ! オイ!!」
「じゃあねー、用心棒さん」
もう興味を失くしたのか、彼の上司たる団長はスタスタと踵を返していく。
ああ、そろそろ至福の時間も終わりか。しかしセカンドライフを投げ捨てる前に、こうして前世のメガドライブに対面できたのは不幸中の幸いだっただろう。
「……用心棒さんよォ。俺はアンタの事情も信念も知らねーが、人生は重要な選択肢の連続だ。次何か選択する時は、こんな貧乏クジ引かねーよう気を付けな」
「……」
クールにそう言って、副団長も行ってしまった。
カツカツと、彼らの足音が遠のいていく。
後に残されたのは、憐れな囚人二人だけ。
「……すっとこどっこい。人生、そんな簡単じゃねーんだよ」
はぁ――――、と深く息を吐く。
今までも色々あったが、今回はトビキリだった。詳細は言うに及ばず。まさか用心棒がとんだフラグブレイカーの役職持ちだったとは、誰が思うか。
でも恥を忍んで一つだけ感想を言わせてもらうとだ。
――銀さん、メッチャカッコよかった。
全俺が泣いたとはこの事か。あんな主人公力を見せつけられたら誰でも万事屋陣営に入るわ! 力になるわ! 俺がお前らの万事屋になってやるよもするわ!!
あんな虚実混じる彼女の二枚舌を前にして。
それでも坂田銀時は信じたのだ。信じられたのだ。信じてくれたのだ。
絶条という用心棒そのものを。その魂と矜持を。
カッコよすぎやろ主人公。今度また会えたら借金徴収した後、いくらでもパフェ奢ろう…………
でも信じてくれたのに私ときたらアレですよ?
裏で鬼兵隊と連絡とって回収任せてるときたもんですよ。
オメーは何度裏切れば気が済むんだ。裏切り屋か。ブルータスか。んな職業あるか。
ちなみに鬼兵隊の連絡先、河上万斉の電話番号は、動乱篇の時にかかってきていたアレで繋がったのだ。一度しか電話番号見てなかったのだが、どうやら絶条空という身体の方はばっちり覚えてたらしい。でも万斉さんが携帯マメに変える人だったら詰んでたぞ私。
しかし銀の魂最高だね。私のソウルはダークに染まりつつあるけどね。アノールロンド行けるかな。
……とまぁ、敗北である。大敗北だ。戦闘では引き分け、しかしその信念たる部分では、もう完全に此方の負けだった。ってか全部見抜かれてたレベルだろう。
華陀様という依頼人を裏切りながらもその身だけは護り、かつ戦場の舞台になりかけていたかぶき町から、必要以上の被害を一切出さないよう行動する。
結局のところ、空の目的はそういう事だった。自ら火種になって全ての火種を燃やし尽くす。不器用なんてレベルじゃない。傍から見りゃあ、合理的に損得を度外視する計算の化物である。計算なんて言っていいかも不明だが。
しかし華陀様の配下を皆殺しでもせねば、華陀様の目的は決して変わらない。かぶき町を手に入れるという野望は決して潰えない。彼女は賭け事好きだ。だからどんなに窮地に追い込まれ、後が無くなろうと、小銭程度の残党連れてでも賭けに乗りたがる。原作でもそうだった。
……その原作では「かぶき町」が主題になった物語だった。だがそれをぶち壊してしまった今、もうここが原作の世界線ではないのは確実だろう。
だからって好き勝手しすぎやろうが。本当にこの世界線大丈夫か? 本当に私の知ってるシナリオ、これからなぞってくれるか? ん?
あと次郎長と平子はどうなっただろうか。
心配だ。不安だ。ただただひたすらに不安だ。
「あ゛――……やってらんねえ」
もうやだお家帰れない。
今までの人間関係リセットして出て来たようなもんだよ。実家に放火してきましたレベルで居たたまれない気持ちだよ。
確かに宇宙逃げようかなとか思ってたけど、こんな形で宇宙に逃げたくなかったわ。
ともあれこうして捕まってしまった以上、後はシナリオ通りの騒ぎが起きるのを待つしかない。
春雨第七師団団長、神威。組織によるその処刑イベントまで。
*
「やっほ~用心棒さん。昨日ぶりだね。元気かい?」
起きてから向かいの牢を見ると、そこには上半身を包帯に巻かれ、手足を枷で拘束された、アホ毛三つ編みの団長がいた。
牢屋の中なので、日にち感覚がさっぱりである。やや寝ぼけた頭を起こし、用意していた台詞を舌にのせる。
「……何やってんの、アンタ」
「おっ、どうやら正気を取り戻したようだね。俺は見ての通りさ。上にハメられてこのザマってわけ。裏切られた貴方の気分、ちょっとだけ分かった気がするよ」
ニコニコ笑顔で吐くその言葉はどこか白々しい。けれども彼がこうしてバッチリ捕まって、手厚い治療を受けて生かされているということは、どうやらこちらの話は筋書き通り進んでいるらしい。
「裏社会あるあるだな。斬れすぎる刃は嫌われるって奴か。海賊なんてやってるからそうなるんだよ」
「……察しがいいね。大正解。貴方も超能力が使えるって類なのかい。あの妖刀に秘密でもあるのかな」
「さてな。得物は白髪の侍んトコにポイしちゃったから分からんよ」
「お姉さんもその侍に会ったクチなの? 宇宙って狭いね」
「ただの近所の債務者だ。偶に殺し合いする程度の仲のな」
「いいなあ。でも奴も俺の獲物だよ。獲物同士で勝手に食い合われちゃ困るよ、もったいない」
そう言う神威の目はマジである。これだから戦闘狂は。
などと言葉を交わしていると、檻の外に新しい気配があった。その人物の正体を、私はもう察している。
「……フ、囚人同士で仲良くお喋りか。余裕があるのか、呑気なのか。化物同士、どこか合うウマでもあったかい」
派手な着物に身を包んだ男の名を高杉晋助。この世界の悪役の代表が、神威を含めてここに揃った瞬間だった。
「わざわざ手当してまで俺を生かしたのは、公開処刑でもして他の連中への見せしめにするためだろう? 日取りはいつ?」
「三日後だ」
言いながら高杉は、奥の牢屋へ向かって歩いて行く。そこにいるのは、ナットを駒代わりに転がしている元孔雀姫。
「……ウフフ、ちょうかはんか……ちょうかはんか……」
「――『
「……うふふ~、
……ありっ?
なんか違和感を覚えた。ここの場面、高杉って賭けに勝ってたっけか。
というか彼、廃人姫華陀様の賭けに勝つ場面なんて、あったっけか?
「へえ、お見事。呪いの博打に勝つなんて。こりゃ良い事あるかもね」
いやお前、そんな台詞言ってたっけ? 直前に変なやり取り挟んだから、運命が狂ったとか? あれれれれ。
「片や殺しても死なねェ化物に、傭兵部族を単騎で殲滅する化物。こんな所にいたら、折角生えたその牙も腐り落ちちまうだろうな」
「……あんた、一体
「さてな」
口角を僅かに上げる総督。あれれれ、そんな台詞台本にありましたっけ。
嫌な汗が背中を伝う。いやでも、源外さんの件とか、紅桜では、そんな変わったコトしてなかったはずだけど――
と、私が冷静にしていられたのもそこまでだった。
「無様に生え残った大層な牙で、どこまでできるか、あちこちをぶらりぶらりさ。だがこんなオンボロ船じゃ、行ける距離なんぞたかが知れている。どうせ乗るなら、てめーのような奴の船に乗ってみたかったもんだな――」
お得意の仲間お誘い台詞を彼が放つ。その内容にも、どこか記憶との齟齬を感じる。
そうして彼が歩き去って行く中で、私は思う。
…………高杉クンって、包帯、してなかった、っけ…………?