銀魂 SF時代劇の彼方者   作:時杜 境

43 / 80
鴉の天災

 ――不可能だと、思った。

 

 歴史の影で、古くから時の権力に仕えた暗殺組織――天照院(てんしょういん)奈落。

 その追手から逃げ切ることが容易でないことを、先生が一番よく解っているはずなのに。

 なにより足手まといになるのは俺だ。それに先生は、誰も殺さずに逃げるつもりでいる。こんな縛りを二つも受けては、脱退など不可能だ。

 

松下村塾(しょうかそんじゅく)。いずれこの松の下に、たくさんの弟弟子が集まってくれるといいですね』

 

 俺は先生に命を救われた。その時に俺は一度死んだ。既になきこの身、この命、あの方のために捨てる覚悟はとっくにできている。

 

「……」

 

 身体を休めている先生を起こさぬよう、先生の刀を手に取る。追っ手の影は、もう崖の下に見えていた。動くなら、今しかない。

 そっと先生から離れ、坂道を下って歩いて行く。

 

 ……ごめんなさい、先生。

 先生の志を護れねば。

 まだ見ぬ弟弟子の志を護れなければ。

 一番弟子なんて、言えないでしょ。

 

 そう決意して、更に足を踏み出そうとした時だった。

 

 ()()()()と、出会ったのは。

 

 

「烏が 一羽」

 

 

 闇の中から。

 憎悪と殺意の入り混じった、平淡で無機質な声が聞こえた。

 

 足を進めようとした先。

 そこには薄汚れ、裾もボロボロになった黒衣をまとう者が立っていた。

 顔は、外套と一体になった頭巾を深く被っているため見えない。背丈は、子供である俺とさして変わらない。だがその身が放つ気配は、ただの人間と言うには程遠い。

 まるで死という言葉を具現化したような。

 死神と呼ばれる奈落よりも、より死そのものとも言えるその存在。

 

 そして俺は目の前の奴の名を、今この瞬間に直感した。

 

()()ッ……!?」

 

 烏を狩る存在。いつからか奈落の前に現れた、天照院最大にして唯一の天敵。

 奈落が、幕府がいかに捜索し抹殺しようとしても、決して手の届かぬ死の御使い。

 奈落に恨みを持つ亡霊の具現か、或いは地上で死をもたらし続ける奈落へ、天が遣わした罰の象徴か。

 

 出会えば必死。

 いかに屈強な部隊といえど、その最後は必ず皆殺し。残る命は一つたりとて存在しない。

 殺された仲間たちが最後に残した、断片的な情報を集めて、ようやくソレには「羅刹」という名称がつけられた。……名称だけで、未だにその正体は掴み切れていないが。

 

 人か、呪いか、亡霊か、現象か。

 必ず烏を殺し尽くす存在が、なぜ今ここに……!

 

「……何の用だ、何が目的だ。まさか先生を追って――」

 

 その先の言葉は続かない。

 気配もなく足音もなく。

 俺のすぐ喉元には、刀の切っ先が突きつけられていた。

 

 ……指先から、体温が冷えていく。眼前には避けようのない死神。

 至近距離で感じる、あまりの殺気の圧に呼吸が浅くなる。

 少しでも身じろぎすれば、殺される。

 一秒後に、俺はかつて見た、見知らぬ「物」になる――

 

「……小烏(こがらす)?」

 

 耳に届いた声が、目の前の死神の言葉と悟るのに数秒かかった。

 声には疑念の色が帯びている。予想外の相手の反応に、こちらも思わず目を瞬いた。

 

「小烏?」

 

 声が再び尋ねる。

 ハッとなって、俺は反射的に、

 

「あ、ああ……」

 

 そう、喉から声を絞り出して肯定していた。

 その答えが果たして正解だったのか。

 スッと喉元から刃が引き、鞘に納められる。

 

「失礼。烏違い」

 

 殺気も憎悪も嘘のように。

 相手が顔を上げる。

 そこには、黒衣をまとった赤眼の少女……らしき者が立っていた。

 

 ……いや、少女!?

 あの羅刹の正体が!? 長らく奈落を壊滅に追い込んできた存在の正体が、こんな――!?

 

 

「――君!!」

 

 

 呼び声は己の背後から。

 それは紛れもない、眠っていたはずの師の声だった。

 

「せんせっ……!」

 

 まずいと咄嗟に振り返った瞬間、

 

「大烏ッ……!!」

 

 目の前を、死の黒風が通り過ぎた。

 その後姿をこの目が捉えた時には遅く。

 斬、と空中に、師の鮮血が舞っていた。

 

「先生ェェェ!!」

 

「――!」

 

 死神の白刃は音より速い。

 再び凶刃が師に迫り来る直前、俺は手に持っていた刀を投げ飛ばす。

 

「止まれ――ッ!!」

 

 死神が刀を避ける。直後、素早く先生が刀剣を掴み取り抜刀した。

 ガキィンッ!! と火花が激しく散り咲く。死神と、死神の刃が衝突する。

 交わされる凄絶な剣舞。その一挙一動は、俺の目では追い切れない。

 

「待ってください、私は――」

 

「問答無用……ッ!」

 

 幾度目かの剣戟が二人の間で行われる。

 先生が本気で相手にしていない――決して殺さぬよう手を抜いているのは明らかだった。しかしそれでも、彼女の剣術も決して師に劣らぬものであることが見て取れる。

 

「ッ――」

 

 先生の腕を刃が掠め、次の瞬間、その刀が弾き飛ばされる。

 トドメの突きが放たれる。

 それは真っ直ぐに、師の心臓を狙った一撃だった。

 

「やめろォォオオオッ!!」

 

 気付けば俺は、突き出された刃と、先生の間に割り込んでいた。

 何故、その刹那、彼女の動きに、身体が追い付けたのかは分からない。

 ただただ必死だった。先生のために、と考えていた思考もなく、ひたすらに先生を失いたくないという感情が、俺の身体を動かした。

 

 目を瞑った瞬間。

 ――死をもたらすハズの痛みは、いつまで経っても来なかった。

 

 目蓋を開けると、そこには無感動な表情でこちらを見つめている死神。

 その瞳に底はなく、光さえない赤い虚のようだったが。

 果てしない憎悪と殺意と怒りという意志だけが、そこには在った。

 

「……別物」

 

 ポツリと、静寂に彼女が零した。

 見れば刃は、全く俺の方なんて向いておらず、すぐ後ろの先生の首筋ぎりぎりで、完全に停止していた。

 ……更に言えば、彼女の瞳が見つめていたのも、俺ではなかった。

 

「別人。異物。特例。例外。――理解、不能」

 

「……貴方、は。“羅刹”……なんですか?」

 

 背後から聞こえる師の声は、どこか震えていた。

 恐れというよりは、驚愕の色に近い。

 それに対し、小さな死神は。

 

「皆目知らず。当方、烏を滅すのみ。――だが」

 

 刀が引く。

 殺気も殺意もそのままに、彼女はふと、崖下の方へと視線を動かす。

 

「大烏、肩透かし。想定外に予想外。()()()()()()

 

 失望を帯びた目で、彼女は言う。

 ついでにチッ、と強い舌打ちもして。

 

「故に、彼方(あちら)の大群、鏖殺す」

 

 八つ当たり、と最後に相手はそう言い残し。

 ふわり――と、崖を飛び降り、その幼い体躯を宙に躍らせた。

 

「待っ――――」

 

 先生が手を伸ばすが、届くことはなく。

 落下していった死神の黒影は、下を歩いていた奈落の追手たちに襲い掛かった。

 

 どよめきと混乱の気配が、地上に広がっていく。

 まき散らされる血潮。奈落の精鋭たちが、次々と彼女の手によってその命を刈り取られていく。

 

「……っ、行きましょう、先生。今の内に……!」

 

 肝の冷える出会いだったが、追手の注意が逸れている今が好機だ。

 グイと師の着物の裾を引っ張ると、先生は彼女のいる地上を一瞥する。

 

「……、」

 

「先生!!」

 

 強く声をかけると、ややためらいながらも、先生は視線を切る。

 手早く準備を整え、後ろ髪を引かれる思いであろうそんな師の手を握りながら、俺は足早にその場を後にした。

 

 

 *

 

 

 それから――

 先生は吉田松陽と名乗り、松下村塾という学び舎を始めた。

 旅の道中、いつまで経っても生意気な銀髪の子を拾い、また次の場所へ移動していく内、いつの間にか旅をする弟弟子は、一人二人と増えていた。

 

「だからあの時、朧兄さんの注意をちゃんと聞いていれば……」

 

「ハァ!? ありゃ高杉が先に行ったんだろ! 俺はそれを止めようとして、」

 

「なに人に責任なすりつけようとしてんだ。最初に話を持ってきたのは銀時、お前だろーが」

 

「いやホントに見たんだって! 仙人っぽいの居たんだって! マジで!!」

 

「お前ら、最初から全員乗り気だっただろう。結果がその泥濡れだ。帰ったら早急に風呂に入るように」

 

 ……はぁーい、と揃う三人分の返答。

 毎日問題を起こす困った弟弟子たちだが、おかげでこの日々に飽きがくることはない。

 

「あはは、仙人ですか。私も見てみたかったですね」

 

 隣で微笑する師の顔は、奈落にいた頃では、決して見ることのできなかった、この平穏な日々の象徴だ。

 

 ただ、それでも。

 様々な土地を歩き、門下生が何人増えようとも。

 俺と師の頭には、あの時置いてきぼりにした、一人の少女の姿がチラつくのだった。

 

 

 *

 

 

「――君が居眠りとは珍しいですね、朧」

 

 目蓋を開ける。

 そこは奈落の拠点にある、己にあてがわれた自室だった。

 

「何か夢でも見ましたか?」

 

「……いいえ。今となってはもう不要の、下らぬ過去の記憶です。――虚様」

 

 正座したまま見上げると、そこには赤い眼をした当代奈落の頭首が立っている。亜麻色の髪やその顔立ちは、記憶にあるかつての師と瓜二つ。

 

 幾日が経った。幾月が経った。幾年も経った。

 あの温かな日々の時代から。

 「吉田松陽」は処刑され、その弟子たちは別々の道を歩んだ。

 そして己は、弟弟子たちより一足早く道を決め、再びこの日陰に戻ってきた。

 

「そうですか。私は今も夢を見ています。“未知”たる彼女とまみえる日を――」

 

 かつて。

 少女が探し追い求めていた大烏は、そう言い残して去って行く。

 

「……、」

 

 この胸に抱く意志は、無謀なものかもしれない。無意味であるのかもしれない。

 ――それでも、俺は信じている。

 決して、不可能ではないと。

 必ず彼らと相まみえる時は来る。必ず師は、生きて戻られる。

 

 

 黎明、未だ来らず。

 烏となった男は、闇の中で、今もその日を待ち続けている。

 




~緊急記者会見~
 羅刹「朧くんを松下村塾ルートに叩き込みました。ごめんなさい」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。