銀魂 SF時代劇の彼方者   作:時杜 境

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ワンダラー

「ぼ……忘年会?」

 

 この世界に生きていると、「あの回か!」と思うことが偶にある。

 転生者ならではの感覚だろう──そもそも銀魂自体、倒幕までのメインシナリオ以外はサザエさん方式の謎時間軸なので、変なタイミングで懐かしい回が展開されることがままある。

 

「そうよ~。ここ数か月間で色々あったし、忘年会と銘打って皆で一杯やりましょう?」

 

 町中、ばったり出くわしてしまったお(たえ)さんがそんな事を言う。

 にこにこ笑顔だが、四天王篇で私がやらかしたことに怒っている人物の一人だろう。二か月も行方をくらました挙句、白々しい顔で再びかぶき町に戻ってきたのだ。記憶喪失でゴリ押してはいるが、過去をサッパリ忘れて生き直すなど、簡単にこの世界は許しちゃくれない。

 

 荷物を背負ってシャンとして生きろ。

 自分のしでかしたことから目を逸らすな。目ン玉ひんむいて歩け。──みたいな。

 

 実際、今も実情は皆を騙してる最中だ。説教の一つや二つ、受けて然るべきだし、身に覚えがないと言い張っていても、一度くらい謝るべきだとは思う。

 

 思うだけだが。

 

「ソラさんもどうです? お暇でしょう?」

 

「……いやあの、今は『彼方』って通ってて──」

 

「ソラさん?」

 

 許されてねーなこれ。

 頑なに呼び名を変えない。変えてくれない。名前を変えた程度で逃れられると思ってんじゃねーぞコラ、の覇気を感じる。流石はアネゴだぜ。

 

「……日取りは」

 

「今夜。あ、柳生家や月詠(つくよ)さんも来ますから」

 

 全員から怒られろってか? 私、貴方がたヒロイン陣営と関わり薄いよ? 柳生さんに至っては初対面だよ。柳生篇、あったけど削られたからな。原作の方が面白いし。

 

 ──で。

 

 

「もっと酒持ってこいやコラァァァァ!!」

 

 飲み会の会場では、酒の回った銀さんや月詠さんが暴れ散らかしていた。

 既に二次会が始まっていたようで、席にいる皆は酔い始めている顔だ。

 

「あっ、ソラさん! こっちよ~」

 

「あぁ、どうも……」

 

 お妙さんの横に座らせてもらう。あ、物凄い量注がれた。酔い潰してやるの意志を感じる。

 悪いが変異体なのでアルコールは即分解されるのだ。ザルだぜ私は。

 

 

 *

 

 

 絶条ソラ解体計画。

 ──それは彼女を知る面子が計画した、今宵の忘年会の真の企画だった。

 

 かぶき町四天王事件において、たった一人で泥を被り、そのまま一人で行方を眩ませた用心棒。

 つまり、この町は彼女に大きな借りが一つできてしまったという事だ。被害を最小限に抑え、水面下で進行していた衝突をまるまる消し飛ばした強引な手腕は、牙を隠してきた彼女への見方を一変させ、万事屋・神楽によってこう提案された。

 

「あいつ、絶対何か隠してるアル。酒で酔い潰させて本音も何もかも腹の底を私たちでかっさばいてやるアルね」

 

 それはいい、面白そうだ、と一部の周囲の大人たちが乗っかった。

 過去の何もかもを無かったことにして、再び生き直せるほどかぶき町は甘くない。

 

 かまっ娘倶楽部を除いて……スナックお登勢及び万事屋陣営と、溝鼠組と春雨に繋がる孔雀姫。

 四天王のうち三陣営に一度は喧嘩を吹っかけた身。孔雀姫と泥水平子による暗躍が白日の下になった今、用心棒の罪状は一転、かぶき町から外敵を排した守護神だったと話題になったが──

 

 それでも、彼女個人を知る者には納得がいかない。

 素知らぬ顔で戻ってきたことも、なぜ一人で全て抱え込んで、自ら火付け役となって、全てを解決に導いたのか、その真意も。

 

 かぶき町の用心棒でも気取ったつもりか、と。

 そのように考える者らが今宵、彼女に攻勢を仕掛ける────

 

「あらあら、夜はこれからですよソラさん。ささっ、もう一杯」

 

「どうも」

 

「アンタねぇぇ! なんで銀さんと同じ木刀使いなのよ、そら吐きなさいよ、正々堂々、あの人のことが好きだって言ってみなさいよォォォ!! 私と戦うのがそんなに怖いワケェェ!!」

 

「いや向こうがパクッてるだけだし」

 

 左にお妙、右に猿飛あやめ。

 キャバ嬢のお妙は隙あらば彼方のグラスに酒を注ぎ、猿飛こと銀時のストーカーことさっちゃんは、酒の勢いあまってかウザ絡みを続けている。

 

 流石だ、とその様を見て息を呑んでいるのは新八だ。

 

(二人とも、一切の容赦がない……! 酒の回りを促進しつつ、強引に喋らせる! あのソラさんでも、この猛攻に耐えられるのは時間の問題……!!)

 

「オイ新入りィ!! 酒飲めんのかぁ? 私の酒飲めんのかァァ!!」

 

月詠(つくよ)さんもいったァァァ! オーバーキル確定!! 酔い潰れ確定!)

 

「はぁ。じゃあいただきます」

 

「よォーし、じゃあ今から三数えて同時に飲むぞ。負けたらなんか恥ずかしいエピソード話せ」

 

 ドカッ、と月詠がテーブルに置いたのは一升瓶。

 あまりにも拷問である。あまりにも酷である。だがこの場に、それを引き留める者は誰もいない。ここにいる誰もが仕掛け人である故に。

 

「三! にィ、いちッ!! ゴーッ!!」

 

 女子二人によるラッパ飲みが始まる。危険極まりないが、彼方とて各地で用心棒をこなしてきた熟練者。この程度の酒の誘いは珍しくもないのか、応じてゴクゴク飲み干していく。

 

「──よォし、私の勝ッ……」

 

「ソラさんの勝ち~」

 

「なッ!?」

 

 ゴトッ、と月詠が勝利宣言を言い切る前に、彼方が瓶をテーブルに置いた。

 一秒。たった一秒差で、彼女の勝ちだ。

 

(ぜッ……全然酒回ってねェェェ! あの人の胃袋はブラックホールか!? フードファイターって、酒の方もイケるってこと!? まさかッ……ザル!?)

 

「(こいつは雲行きが怪しくなってきたな……)」

 

「(!! 銀さん!)」

 

 新八の横に銀時がやってくる。彼も既に飲んでいるためか、酒気を帯びた顔だ。

 

「で? 恥ずかしい話をどうぞ」

 

「くッ……中々やるな。こうなったら三本勝負じゃ三本勝負! 酒追加ァ!!」

 

「ええ……」

 

 そんな飲み勝負が始まっている横で、新八と銀時は声を潜める。

 

「(野郎、さては酒豪か……ただ酔い潰せば済む話じゃねーみてぇらしい。能ある鷹は爪を隠すとは言うが、奴はその典型だ。財布も器も胃袋もデケェとは、俺らはとんだ魔王に挑んじまったようだな)」

 

「(じゃ、じゃあどうするんですか……あの三本勝負で、月詠さんが勝つのに賭けるしか……?)」

 

「──両者、残り一本!! 白熱してまいりました!」

 

 実況役に転身したらしい姉、妙の声に新八は勝負の方を見る。

 流石にラッパ飲みは疲労してきたのか、どちらもグラスに注いでから飲みを進めている。月詠が優勢だが、時折吐きそうになっており、その隙にスイスイ彼方が酒を進めていた。

 

(マズイ! このままじゃ……!)

 

「ソラ選手、一切止まりません! お酒を水のように飲んでいる! ああっと、ここで……!?」

 

「!?」

 

 勝利目前まで彼方が迫った時、ゆらりと月詠が立ち上がった。

 あ、ヤバイ、と新八が冷静に思った時には遅かった。

 

「ずェあらァァァ──!!」

 

 ──月詠の振りかぶった一升瓶が彼方の脳天に炸裂する。

 物理的妨害。反則も反則。「それはナシじゃん……」と呟きながら、ぐらっと揺れた彼方の姿が机に突っ伏し、動かなくなる。

 

「月詠さんの勝ち──!!」

 

「はっははははは! 見たかぁー! これが吉原流のテクじゃ!!」

 

「「何がァァァ!?」」

 

 普段はクールかつ自警団の頭目として比較的常識的な人物だが、酒に酔った月詠は誰にも止められない。銀時や新八でも手を焼く暴走っぷりである。

 

「ソラさん、大丈夫ですか? あ、大丈夫っぽいですね。さ、罰ゲームの時間ですよ。恥ずかしいエピソード、いってみよー!」

 

(姉上がいつになく辛辣! 辛辣!! 彼方さんは……あ、ホントに大丈夫そう……?)

 

 妙に支えられつつ起き上がった彼方は、酒、というか破片まみれになりながら呆れた目をしていた。若干流血しているが、丈夫さは人並み以上にはあるらしい。

 

「何……恥ずかしいエピソード? そうっスね、直近ので言えば、知り合いの芋侍が『今すぐ借金を返してみせる』とか言いながら、なけなしの金をパチ屋でスッて財布にあったレシートだけ渡してきた時は、知り合いになったこと自体恥ずかしくなりましたね」

 

 無言で全員の視線が銀髪の侍に向いた。

 両手で顔を覆っている。誰の恥ずかしいエピソードかは一目瞭然だった。

 

「あえてそのエピソードを抜粋するとはやるわね……」

 

「何が? ていうか、さっちゃんさんも見てたんですか」

 

「ソラさん、他には?」

 

「ちょッお前らそこまでにしとけって!! 人の羞恥エピソードとかやっぱ良くないって! 人間関係に支障をきたすって!!」

 

「あからさまに止めに来たなこの人」

 

「え~、そう? じゃあ……ソラさんの昔の話とか? 思えばよく知らないし……」

 

 ──来た。

 流石は姉上、キャバ嬢をしているだけはある、と新八は思う。自然な流れでターゲットの過去の話に話題を振った!

 問題は本人がどこまで乗ってくるかによるが──

 

「ソラさん、ご両親は? 相当腕が立つ用心棒なんでしょう? 道場に通ってたとか?」

 

 一拍、間があった。

 話したくない過去ならば話さずとも良い。あまり沈黙が続くのなら、そう妙もフォローを入れただろうが、

 

「いえ、特には。親兄弟、親類ごと故郷が焼き討ちされたんで、何も残っちゃいませんよ」

 

「────」

 

 さらりと。言われた。

 いや、外見年齢的に攘夷戦争などがあった時代の生まれだ。故郷を失くした話など、今の世では珍しくもない。

 

「剣の腕はあちこち行く中で自然と。生き残るために必要でしたからね。斬った奴らは埋葬してやりましたが、まァ自己満足の弔いですね。人数まで憶えてるし」

 

 あくまでも自然だ。

 悲劇ぶるでもなく、誇るでもない。歩んできた過去を語るだけに注力した声色だった。

 

「すみませんね、暗いでしょ」

 

「あ……いいえ! 此方から聞いておいて、その……人数、っていうのは……」

 

「うん、忘れるワケにはいきませんからね。私がしてきたのは不必要な殺しばかりです。誰もそんなこと知らなくても、忘れ去ったとしても、私は私自身を許しちゃいけないと思うんで。まぁ──趣味のようなモンですね」

 

 趣味、というのか。

 自罰的なその行為を。その記憶を趣味だと言い切る精神性。

 ごく当たり前のように。

 罪の数を数えながら、それでも歩いて生きている。

 律儀といえばいいのかクソ真面目といえばいいのか──

 

「……ねぇ、気になったんだけど」

 

 と、言葉を差し込んだのはさっちゃんだった。

 

「故郷もろとも焼き討ちされた、って言ったわよね。──じゃあ、どうやってアンタは生き残ったの?」

 

 当然の疑問だった。

 そういえば、と指摘されれば気が付く程度の素朴な疑問。

 今の口ぶり的に、どうも子供の身一つで生きてきたようだったが、運よく生き残ったのか。

 

「殺されたけど生き返ったんですよ」

 

 ──。

 ──……?

 

「……えーと、ソラさん」

 

「ソラじゃない、彼方です」

 

「それ桂さんの持ちネタ! いや生き返ったって何!!」

 

「なんだ、酒の席だからって上手い話でもしようとしたのか。過程とオチの重さが釣り合ってねぇよ」

 

「……」

 

 銀時の批評のような言葉に、彼方が返したのは沈黙だった。

 しかし新八がツッコミを入れたこともあってか、重苦しくなっていた空気が少しは和らぐ。

 それを察知してか、グラサンをかけたオッサンが酒の席に割り込んだ。

 

「なぁに、人は誰しも自分の過去を飾りたがるもんさ。いよっ、不死身の用心棒!」

 

「すまん長谷川さん、今普通に殺意覚えたわ」

 

「なんでェ!?」

 

 はぁ、と溜め息をつきながら彼方が立ち上がった。

 

「ちょっとトイレー」

 

 すたすたと店の厠へ向かい、この場から完全に姿が消える。

 ──残った者たちの視線が合う。

 

「オイ……もしかしてヤベーんじゃねぇのか。結構個人的には渾身のネタだったんじゃねぇのか!? これだから新八は……」

 

「いや銀さんも便乗してただろーが! 誰だってツッコむでしょあれは!」

 

「はぁ~あ、女心をまるで理解していない童貞臭い言い訳アル。アイツが戻ってきたら謝っとけよ新八ィ。実はちょっと面白かったって」

 

「ええぇ!?」

 

「ああいう女は意外とメンドくせーんだよ。一回スベッただけで不機嫌になるんだ、てめーがフォローしねーと駄目だろ」

 

「なんで僕に全責任が押し付けられる話になってるワケ!?」

 

 ──いやしかし、せっかくの飲みの席だというのに、不機嫌になって帰られるのも気まずいもの。

 自分の謝罪一つで埋まる溝ならば……と新八が内心覚悟を決めたところで、

 

「あの()は嘘つくようなタマじゃないだろう」

 

 と。

 この場の年長者、お登勢の言葉に一同静まり返った。

 

「『殺されて生き返った』。そう言ったなら、それが真実なんじゃないのかい。訊かれたことに素直に答えたら冗談扱いされりゃぁ、殺意の一つも覚えようモンさ」

 

「なんだババア。じゃあだったら、あいつ本当に不死身だとでも言うのかよ?」

 

「不死身がどうこうで接し方を変える奴がこの場にいんのかい」

 

「……」

 

 ──話自体は眉唾だが、しかし真っ当な論理だった。

 生き返る。じゃあだったら一度殺して確かめてみよう──などと、冗談でもダチ相手に思うような面子はここにはいない。不死身というのが事実にしろ、彼女が信じている設定にしろ、馬鹿にしたことは謝るべきか。

 

「じゃあ長谷川さんが謝るべきなんじゃね?」

 

「えっ」

 

「確かに酷いコト言ってましたもんね」

 

「ええっ、ちょっ」

 

「普通に殺意覚えられてたアル。命乞いしとけヨマダオ、明日の命はねーぞ」

 

「そんなに!? 俺そんなにマズイこと言っちゃったかな!?」

 

 いいから謝っとけ謝っとけ、と周囲が口を揃える中。

 来店の音がした。

 

 

「すみませーん、こちらに用心棒さん来てませんかー?」

 

 

 そんな間延びした呼び声と共に、銀時が今、最も苦手とする人物が入店した。

 

「っ、お、お前は……!」

 

「あ、(みのる)さん」

 

 ──実。つい先日、彼方が連れて来た雇い主。

 銀時や桂が前にすると挙動不審になる人物筆頭であり、今も銀時は居づらそうな顔をし始めている。

 

「奴なら厠ネ。どうしたアルか。お前も飲みに来たアルか?」

 

「いえ、ちょっとした野暮用で……家で冷凍食品の封印解除を試みたのですが、レンジの蓋がぶっ飛んでしまい……」

 

「なんでそんな事になるんですか……レンジが古びてたとか? というか、それで何で彼方さんを?」

 

「ああ、彼女の家には居候させてもらっていまして。帰宅してから家の面倒を持ち込むのも悪いかと」

 

 ゴフッ……と新八の視界で銀時と神楽がむせた。

 居候。居候だと。成人男女が二人で!?

 

「ア……アンタら、そんな関係だったのか!?」

 

「いや、あくまでも衣食住を共にしているだけというか──」

 

「弁明にならねーよ。アウトだろ」

 

「いやそれ銀さんが言えるクチじゃなくね」

 

「おいお前、ちゃんとアイツの世話できるアルか! 酢昆布ばっか買うような女アルよ!?」

 

「いやそれ神楽ちゃんに対してだけでしょ」

 

「家事は当番制にしてるんですけど……マズイですかね?」

 

 万事屋(ウチ)と一緒だ──新八は妙な親近感を覚える。もっとも万事屋の生活は、いわゆる夫婦生活とか一般家庭などとはまったく異なるものだが。

 

「ソラさん、いつの間にこんな良い人を捕まえて……!?」

 

「なんだ。あの子、男がいたのね。少しでもライバル視して損したわ」

 

「大人だな……僕もいつか妙ちゃんと……」

 

「女ってのは目を離したスキに成長するもんさ。宇宙で一皮剥けてきたようだね」

 

 酔っ払ってコメントできない月詠以外の女性陣からはそんな反応だった。

 まさかもう認めているのか。いや、大して親しくない同性へのリアクションなどこんなものなのか。

 

「ところで……先ほどから、この方はなぜ土下座を……?」

 

 見れば、長谷川(マダオ)が実へ向かって土下座していた。すまねぇ、すまねぇという鳴き声が聞こえる。

 

「軽い気持ちだったんだ……俺はただ、場を和ませようと……!」

 

「はい?」

 

「あぁ、この人もお酒入っちゃってるな……えーと、その──」

 

 新八は軽く説明した。

 先ほど彼方が過去を語るにあたり、死から蘇ったことを話したことから始まった流れを。

 

「あぁ……それはいけませんねぇ」

 

「いけませんでした!? そんなにネタに命懸けてる人でした!?」

 

「違いますよ」

 

 実がその時浮かべた笑みを、新八は忘れない。

 困ったような、寂しそうな笑みを。

 

「とはいえ、仕方のないことです。皆さんに非はありません。ちょっとした行き違いです」

 

「行き違い……?」

 

「不死というのは比喩ではなくてですね、ええと……」

 

 少し、彼が周囲に視線をやった。

 周りに人間がいないのを確認した、と気付くのは、そういった状況に気を配る機会の多い戦う者たちだ。

 そしてこの場にいる者だけに聞こえるように、実が続ける。

 

「いるんですよ、そういう体質の人間が。龍脈の力を浴びすぎて、どんな致命傷からも蘇るようになった個体……変異体と呼ばれるものです」

 

「龍脈って……」

 

 新八は思い出す。

 そう、確かそれは定春の前の飼い主、巫女のアネモネ姉妹から聞いた単語だ。

 地球には龍脈という気の流れが川のようにあり、それを利用して建てられたのが江戸の象徴、ターミナルであると。

 

「彼女には生も死もない。そういうことです」

 

 端的に述べられた答えは、言葉を失うには充分なもの。

 ──つまり──彼女は冗談でもなんでもなく────

 

「おいコラ歩くネタバレ野郎」

 

 ガッ、と。

 不意に実の後ろ首を掴む人影があった。戻ってきた彼方だ。

 

「か……彼方さん。何も喋ってイマセンヨ?」

 

「舌を切り落とされたいみたいだな? 帰りに鋏を買って行こう」

 

「い、いや、皆さんになら、ひた隠しにするより言ってしまった方が気が楽になるかと……!」

 

「────フン」

 

 じろ、と彼方の目が新八たちを見た。一同を見た。

 ぞっとするほど、冷めていた。

 別の生き物に見えるほど。

 

「言いふらすなよ。知った奴は殺さなくちゃいけなくなるからな」

 

「えっ……と…………」

 

「まぁこの面子なら全責任は銀さんの首で許してあげるよ」

 

「オイィ!! コラ、俺一人を生贄にしようとしてんじゃねぇよ!?」

 

「せいぜい仲間の裏切りに怯える日々を送るんだな……」

 

「嫌がらせでしかねーだろ! お前ら、絶対喋るなよ!! 絶対だからな! 銀さんとの約束な!?!?」

 

 銀さんに何の恨みがあるんだこの人……と思いかけて新八は思い直した。そういえば借金があった。既に殺されてもおかしくないほど滞納している。妥当すぎる提案だった。

 

「待つアル。それじゃあ銀ちゃんが裏切った時の首が無いネ」

 

「確かに……それに奴一人の首では軽すぎるのでは?」

 

「ならば銀時が裏切った時はわっちの首を提出しなんし。それでギリ釣り合いは取れよう」

 

「じゃあアンタが裏切ったら私のね」

 

「ならさっちゃんさんが裏切ったら私の首」

 

「ではお妙ちゃんが裏切ったら僕の首だ」

 

「であれば若が裏切った時は私の首を──」

 

 次々と、そんな声が続いていく。

 誰も彼もが保証人となり、固い口約束がここに形成されていく。

 輪から離れ、そろそろと部屋から出た銀時が彼女に告げる。

 

「……あー、結構な奴らが首になってくれるようだぜ?」

 

「アンタ……どんだけ信用ないんだよ……可哀想に……」

 

「ここ俺が憐れまれる場面なの!? こいつらの協力姿勢に感動するシーンじゃないの!?」

 

「人間なんてすぐ死ぬんだよ」

 

 心底呆れた様子で彼女は言った。

 

「だから死に様より生き様の方が記憶のし甲斐がある。そうやってお前らのことは未来まで私が連れていってやる。この地球(ほし)の臨終までな」

 

「……お前」

 

 それは想像を絶する孤独。

 不老不死。永劫一人で背負い続けるしかない生とはそういうもの。

 背負い続けるものは増える一方で、苦しみから解放される終わりは存在しない。

 

 どんな精神論や人生論を語ろうと。

 朽ち果てない身で、ただ一人最後に取り残されたまま、生き続ける。

 

 ……ぞ、とそこで初めて彼の肌が粟立った。

 “生き抜く”という人間ならごく当然の決意を、どれほどの覚悟で言っているのかを理解して。

 

「……お前……!」

 

「ま、星の終わりの前に我が家の問題を解決する必要があるようだが? テメー、今度は何をやらかした」

 

「電子レンジが華々しく散りました。見事な散り様でしたよ」

 

「現代人向いてなさすぎだろお前。あと私はいくつ戦友を失えばいいんだ。もうお前の現代生活は諦めた方がいいのか。石器時代式でしかお前はもう生きられないのか。人間向いてないのか」

 

「そっ、そこまで言わなくてもいいじゃないですか」

 

「このデストロイヤーがよ……生きとし生ける家電全てをブッ壊すまで止まらないのか? ったく、どうやら住処が戦国時代みたいだから私は帰るぜ。金は適当に置いてくから。今日はどうもね。じゃーね」

 

「えっちょっ、おま……!!」

 

「それでは皆さん、また~」

 

 銀時に札束を押し付け、実を引き連れて退店していく彼方。

 風のような去り際に、銀時は立ち尽くす。酒の席では、まだまだ約束の連鎖が続いていた。それも恐らくは、いや確実に、彼女より約束の方が朽ち果てるのが早いだろうに。

 

「じゃあ長谷川さんがチクッたら僕の首で……」

 

「新八がゲロッたら私の首ネ! そういうワケだからソ……アレッ? 銀ちゃん、ソラは?」

 

「……もう行っちまったよ。いや……」

 

 違う。

 これは逆なのだ。

 

「俺たちが……先にあいつを置いていっちまうのか」

 

 

 *

 

 

「なんでバラした?」

 

「ははは」

 

 陽も落ちてきた薄暗い町を歩きつつ、隣人に問うと笑われる。

 ははは、じゃない。

 原作終盤で明かされる特大の設定をネタバレしやがってよぉ……

 

「ああいう話こそ酒の席で消化してしまった方がいいんですよ。まぁ、私は弟子たちには終ぞ言えずじまいでしたが」

 

「お陰で名作になりました、と」

 

「そのようですね。それで、何か変わりましたか?」

 

「なんにも。あの人たちらしい応え方だったよ。──不死の身には、少し堪えるが」

 

 それでも歩くと決めた。決めている。

 ずっと前に……そう、ずっと前にだ。

 

「私ならお供できますよ」

 

「それは弟子に言わせてやれ。アンタが言う言葉じゃない」

 

「言ってはいけませんか?」

 

 ……お節介焼きというかお人よしというか。

 あの主人公の原点に相応しい奴だな。レンジ壊すけど。

 

「正直、嬉しいんですよ。同じ苦しみを分かち合える同胞……いえ、同族の友人が出来たというのは。私の様子が貴方の知る『私』よりおかしくなるのも必然でしょう?」

 

「その勢いで家電を壊すんじゃねぇよ」

 

 とはいえ、まぁ。

 

「ついてきたければ勝手にすればいいだろ。お前、闇落ちしたらあぶねー奴と同一人物なんだし」

 

「一応それに抗った人格なんですがね? 信用ありませんよね??」

 

「ねぇよ。月日が経ちゃ人間変わるだろ。終わりたくなったら先に言えよ。付き合うことはできないが、友人として相談くらいになら乗ってやる」

 

「──、」

 

 まぁ、松陽(コイツ)にできる対策なんてそれくらいだ。後は弟子ズでなんとかして。

 虚の方はなんかこう……物凄い殺意かそれに匹敵する何かで倒してほしい。以上。

 

「“人の一生は、重き荷を負うて遠き道を往くが如し、急ぐべからず”」

 

「徳川家康」

 

「ピンポン正解です」

 

 恐ろしく急な松下村塾の領域展開、私じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 いやなんだいきなり。

 

「貴方は、見届けた全てを背負って往くと決めたんですね。……どうして?」

 

「この身で出来ることといったらそれくらいだろ」

 

「人が、憎くはないのですか」

 

「憎いし大嫌いだ。だから最後まで生き残って評定を下してやるのさ。『お前たちはここまで頑張りました。実に愚かで無意味でした』ってな。屈辱的だろう? 全てを皆殺すより、全て死滅するのを待った方が確実に成し遂げられる復讐だ」

 

「そのぶん、人より何倍も苦しい思いをしてでも?」

 

「知らないのかお前。苦労した後の一杯は美味いんだぞ」

 

 人類滅亡を肴に酒を飲む。

 ──絶対美味いに決まっている。格別に違いない。

 

「……は、その一杯のためだけに? 途方もない時間を歩むと?」

 

「なんだよ、質問が多いな。虚堕ちか? クラスチェンジか? 教え子が泣いちゃうぞ」

 

「いえ……すみません。ところで『師匠』と呼んでもよろしいですか?」

 

「よろしくねーよ。アンタんトコの在校生に殺されるわ」

 

「ふ、……それはいけませんね」

 

 道は続いていく。歩いていく。

 星の終わり。命の(つい)。終点がこの身に追いつくまで。

 

 

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