『よォ、暇してんだろ用心棒。来い。今スグに来い。祭りに乗り遅れるぞォ』
──始まったか、と思ったのはそんな松平さんからの呼び出し電話だった。
陽も落ちかけの夕暮れ。それを背負った江戸城を眺められる茶屋で応答する。
「祭り? またキャバクラ遊びですか」
『違っげーよ。念には念を入れて、だ。おめーは警察じゃあねェが……ダチ公の危機に駆け付けるくらいの立ち位置じゃあるだろう』
要は将軍の御触れってことか。
まぁ、松平さんの手駒として連れられたのは、将軍茂々様の話し相手として期待された部分もあるだろう。銀さんたちと関わるまでは、将軍にはそよ姫にとっての神楽ちゃん的な存在がいなかった。私としては別に、そこまで将軍と親しい間柄になれたとは思っちゃいないが、
スキーに遊びに行く程度の仲ではある。
「何をしに行くってんですか」
『国盗りだよ』
「了解」
通話を切る。
持っていた串団子を口に含んで椅子から立ち上がると、左横の松陽が此方を見上げてくる。
「おや、お仕事ですか」
「ああ、見てくる。帰ったら風呂とメシと洗濯やっといて」
「貴方がそこまで言う案件ですか。分かりました、やっておきましょう」
「アンタの一番弟子に会うかも」
その言葉に松陽が動きを止め、少し考えるような間ができる。
銀さんでも桂さんでもない。この世界における彼の一番弟子といえば、──朧だ。
今は奈落に出戻りした、松下村塾ルートで養成された特殊個体朧くんである。
「……そうですか……用心棒さん。できるだけ銀時とは、」
「善処はする。が、期待するな。既定路線じゃあ、ここが顔出しだったからな」
愛弟子たちが相争う。松陽にとって、それは相当辛いことであることは想像に難くない。
が、状況が状況だ。奈落が実質的に虚の手にある以上、朧がこの数年間、どういう扱いをされていたのか、それこそ予想がつかない。
慎重さと迅速な判断が求められる。
そう思いながら──事件の渦中、江戸城へと向かった。
*
城内では、あちこちから爆発音が轟いていた。
坂田銀時を始めとした万事屋3人と、吉原の死神大夫・月詠、見廻組の信女が暴れているのだ。たった5人の猛攻に城内の幕府軍は蹴散らされ、殿中への侵入を許そうとしていた。
──そんな光景を、遠くから真選組は見ていた。
「ここまで殿中でバカ騒ぎ起こすバカは、後にも先にもアイツらだけだろうな」
「なんです土方さん、混ざりたいなら今からでも混ざってきたらいいじゃないですか。大丈夫ですよ土方さんの処刑ならキッチリ俺が務めますから」
「てめーを今この場で処刑してやろうか総悟」
「あのー」
不意に。だった。
間の抜けた呼び声は土方と沖田のすぐ背後から。
声をかけられるまで一切の気配がしなかった。
その事実に戦慄しながら、しかし即座に抜刀しようとしたのは沖田だった。
が、それは果たされない。振り向いて抜刀し切る前に、鞘の末端を掴まれ持ち上げられた。刃は抜きかけの状態で止まり、そこで沖田の動きも停止した。
「……アレ。絶条さん?」
「『彼方』と呼べ。改名したんだ」
そこにいたのは知った顔だった。
目の前にいるのに存在感の薄い女だ。背まで流した灰茶色の髪のハーフアップ。振袖付きの白い着物に、洋風かぶれの短すぎる袴。和洋折衷。腰裏から外套のように着物が流された佇まいは、その腰に妖刀がなければ可憐な花だとでも称されるやもしれない。
剣客。
パッと見の印象でいえばその言葉こそが最も相応しい。
多くの武士、侍、攘夷浪士を見てきた彼らからしても、女の身で用心棒を務めあげる実力者であることは薄々感じていた。
事実たった今、相手が奇襲を仕掛けるつもりでいたなら真選組はどうなっていたか。
「松平さん知らない? なんか呼び出し食らったんだけど」
沖田の刀を離しながら彼女が問う。
一応は味方か、と安堵を得つつ、
「俺たちも似たよーなクチだ。向こうにいる下手人どもが戻るまで警戒態勢さ」
「今度はなにしてんのあの人ら」
「国盗合戦ですよ」
「無謀だな」
バッサリした意見だった。彼女とは顔見知りではあるが、友人といえるほどの親しさはない。あの人たらしで一目置かれている坂田銀時でさえ、彼女の懐には入り込めてはいないようだった。
「流石に“奈落”が出てくるだろ。あいつら全員死ぬぞ」
奈落──天照院「奈落」。
国家の影から関わってきた暗殺組織。同じ幕府側の組織として、その名を彼らも知っていた。
「ぜつじょ……彼方さんでも敵わない相手ですかィ」
「いや全然やるけど。やれと言われればやるけど。壊滅させるけど」
「意地か本気か分かんねぇよ」
とは口で言いつつ──土方の見解は少し違った。
あの破壊神・松平が重用する手駒。幕府側に属さぬからこそ汎用が効くというのもあるだろうが、彼女一人だけを将軍の護衛につけることもあるのは、逆説、その実力は真選組や見廻組の一組織に匹敵する程度の剣の腕が見込まれているという事でもである。
地球人でありながら、夜兎さながらの宇宙の掃除屋伝説。
詳しい実力のほどをこの目で見たことはないが、紛れもない強者の一角なのは確信できる。
「お~い、いたいた。こっちだぜ」
松平のそんな声が聞こえたと同時、そちらを見た土方と沖田は背を伸ばした。周りにいた他の真選組隊士たちもだ。
乗馬した将軍・徳川茂々がそこにいたが故に。
「用心棒殿」
上から声がかかる。
声がけされた当人は、畏まる様子もなくただ突っ立っていた。──それも当然か。元より幕府にもどこにも属さぬ流浪の剣客。それを理解してか、或いは生来の器の広さが故か、茂々の方も特に気にした様子はなく、
「ご足労いただき感謝する。此度の依頼内容、把握しているか」
「御身の守護では?」
「いや、そちらは間に合っている。余の警護はここにいる者らで充分。そちに任せたいのは……あちらに向かっている者たちだ」
そう言って将軍が目を向けたのは江戸城。
今まさに逆賊と言われ、戦う者たちがいる方面だ。
「余の友人たちを護ってくれるか」
「……。カラスよけ程度にならなりましょう」
「頼んだぞ」
御意、という彼女の応答が聞こえた瞬間、城の方から砲撃の音がした。
*
将軍直々の御下命である。行くしかないのである。
どのタイミングで介入すればいいんだ? なんてことを考えながら城に向かう。
銀さんたちが暴れた後なので、疲弊している兵たちの視線を潜り抜けての隠密突破になる。超簡単。
私が合流をためらうのはワケがある。原作介入における難題、「名言の邪魔になるリスク」だ。
この話において、銀さんが製造する名言はいくつかある。その内の一つが、「約束の指」にかけた「5本の指」だ。
5本=銀さん、神楽ちゃん、新八、月詠、信女である。
私が変なタイミングで行ったら6本になっちまうのだ。これはいけない。
どうしよう。
……原作知識って、変なところで変な気遣いする羽目になるな。
「お」
その時、穴の開いた城内から神楽ちゃんと、重傷の爺さんを背負った新八の姿が出てきた。
ヤッタ~~これならもう名言の後ですね!
早速幕府軍に囲まれ始めているので助けに入る。新八は爺さんを背負っているし、この数百人を神楽ちゃん一人がさばくのは無理がある。傘が弾切れになったら即終了案件だ。
一歩、踏み込む。身を風に溶かす感覚で一気に加速する。
妖刀抜刀。
幕府軍なので命は取らない。気絶でいいな?
「……えッ?」
呆けた声をあげたのは新八か。
この場の誰よりも、いち早く私の気配か姿を察知したらしい。恐ろしい潜在能力め。
構わず作業を開始する。背を向けて隙だらけの団体から始末する。胴、胴、首、首。懐横を神速で通り過ぎるついでに打撃を繰り返し、ズババババーっと奇襲暗殺の要領で、
「……ソラッ!?」
「彼方と呼べ」
累計約197名ほど、その場にドササッと同時にお眠りなさったところで、二人と目が合う。
地面に転がった者たちは、何をされたかも分かっていないだろう。だが援軍の足音が近い。余裕があるのは今の内だ。
「……つ……強い……彼方さんって、こんなに……」
「おい、他の馬鹿たちはどうした?」
「まだ向こうに……えっ、彼方さん!?」
意識の隙を突いて新八の横を通り過ぎる。彼からすれば、突然すぐ横に来たように思えただろう。
爺の様子をちらっと確認するが、息はある。最低限の止血はされているし、問題はなさそうだ。
「さっさと行け。また約束でもあるんだろ」
「……! はい!! 皆のこと、よろしくお願いします!!」
「……彼方! 無茶すんなヨ!!」
背後の声に片手を軽く挙げてから、疾走を開始する。
近付くほど気配が多い。
懐かしい/憎らしい/恨めしい/殺したくなるほどの、鴉の群れが。
破壊された扉から城中に踏み入る。
クナイと流血が飛んでいる。戦場だ。
そして聞こえた。
「……死なぬじゃと!?」
「どうなってやがる……」
「アレは奈落三羽の一羽……
──────なんですって?
*
もしかして奈落ってシフトチェンジした?
そう言いたくなる現状だった。
流血、クナイ、粉塵が舞う殿中。
中央階段下には月詠と信女、そして今先ほど上から落とされてきたらしい銀さんが尻餅をついた状態で、階段上を睨んでいた。
そこには前将軍、此度の長篇の元凶・徳川定々という腐ったおっさんがおり。
それを警護するように前へ出るのは、両腕の手甲の装備から一対の短刀を抜いた、黒装束の巨漢──柩だ。
……あの~? 君ィ、出番ここじゃないよね?
最終章、銀ノ魂篇から忘れてたからポッと出てきた感じの、奈落三羽の中でも随一の不遇役と恐れられる不遇キャラ、柩クンだよね?
な ん で 一 国 傾 城 篇 に い る ん だ よ !!??
……おかしいわー。何もかもおかしいわー。帰りたいわー!!
「オイオイ……奈落ってのは化物でも飼ってんのかよ」
「不死の血……」
「!?」
「アイツ……まさか……」
信女ちゃんが意味深な呟きしかできなくなってる!
彼女も彼女で、元は奈落三羽の一羽こと「骸」だ。佐々木さんとの出会いでジョブチェンジしたが、奈落に関してもっとも詳しいのは彼女である。
「……!!」
あ、バレた。
柩の奴と目が合った。粉塵に紛れて銀さんたちの後方で隠密していたがダメだった。
即座に抹殺対象に認定されたのか、柩が階段を蹴り飛ばして飛び出してくる。それを迎撃しようと立ち上がった銀さんが木刀で一閃し、ゴギリとその首の骨を砕く音がした。
「コイツッ……!」
が、止まらない。
折れた首は即座に蘇生する。回復する。
一瞬で生気を取り戻した柩が、しかし銀さんを蹴り飛ばして無視して────此方へやってくる。
そして叫んだ。
「
「どこかで会ったか?」
「「「!?」」」
その瞬間、初めて銀さんたちに此方の存在を認識される。
だが私の目の前には、殺意と敵意をみなぎらせる鴉が一羽。それを、
「死ッ──」
「──死ね」
斬り伏せた。
刹那の内に柩の四肢が
愕然となった顔を眺めながら、最後に心臓を貫けばゴハッ、と死体が吐血した。
得物を引き抜き、念入りに斬首してその辺りに転がしておく。
不完全な不死の肉体で、ここまでのダメージを負えば、再生にも相応の時間がかかるだろう。というか普通に死ぬかもしれない。ついでなら、焼き払って徹底的に始末したくはあったが、
「か……彼方……」
その前に周囲のドン引きレベルがヤバイ。
銀さんは戦場なのに固まってるし、月詠も信女もこっちを凝視している。
それだけではない。
「羅刹……だと……?」
「まさか」
「あの鴉殺しの……」
──それまで無言無表情無感情っぽかった奈落の兵たちが、明らかに怯えたようなヒソヒソ声を出し始めた。
敵も味方もドン引きレベルマックス。
こんな冷たい合流見たことねぇ。なんでお前らに感情あるんだ。矜持を持って私情を排せよ鴉なら。
「なんだ……あの女は……」
「──羅刹。数百年間に渡り、我々『奈落』に敵対してきた者」
……あっちゃいけない声がした。
それは階段上、困惑する将軍の横から。重厚な気配と、圧倒的な威圧感。それは、柩以上にこの場にいてはいけないもの。いるハズがないもの。登場するハズがない存在。
「そんな──まさか……どうして此処に……!?」
一足早く信女ちゃんが絶望の声をあげている。
気持ちは理解できなくもない。本当に笑えない。
「そなた達に、敵対だと……? 馬鹿な。命知らず以前に、そのようには……」
「まさしく。命知らず、とは我々のためにあるような言葉。生も死もない。永劫の時を苦しみ続けなければならない生物。彼女はソレであり、私もまた同じ」
八咫烏を模した漆黒の外套。
被り笠。顔を覆う
紳士的かつ穏やかな声と口調──そこに混在する、人間への果てしない憎しみと失望の念。
「久しいですね。──憶えていますか、私のことを」
天照院奈落先代首領、
……精神の底で拭い難い激情が起き上がる。それに身を任せてしまえば、一時でも楽になるかもしれない。永遠の前には、あまりにも刹那の一時を。
だが覚悟と決意を決める前に、少しだけ内心の自由を行使しよう。
ラスボスがシフトチェンジしてんじゃねーよ!!!!!!
虚「(一国傾城篇に)来ちゃった☆」