銀魂 SF時代劇の彼方者   作:時杜 境

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#師と弟子

 虚(成長前(ショタ))としばらく過ごしていて思った。

 

……コイツ……原作知識持ってる気配なくね……?

 

 覚えているだろうか読者諸兄。現代にて再会した松陽は言った。

 

『生まれた時から未来のことを知っていました』

『といっても、私個人に降りかかる事に関してのみですが』

『最後はええと……どこかの瓦礫地帯の中で、龍穴(りゅうけつ)に身を落とすような光景なんですけど』

 

 以上、証言。

 だが見た限り、今日の彼は切り株に座って、市井で買った冊子を読みふけっている。

 普通だ。実に普通だ。精神がやられてるから未来知識の披露しようもないのかとも思ったが、どうもそんな風には見えない。

 

 じゃあ原作知識の出所を考えれば──ここにいる私しかいないだろう。

 

 松陽、やったか?

 

 もしかしてアイツ、全部知ってましたか? オイ。

 私がタイムスリップすることも、私が原作知識を教えることも、全部知ってましたか、って訊いてんだよオイ! ……オイ!!

 

「先生、これはなんと読むのですか」

 

「あー……ハイハイ」

 

 たぶん絶対に何も知らねーよこれ。純正虚くんに過去改変しちゃってんよ。

 まぁ、一から読み書きを教わってる時点で気付くべきだったか。吸収が早いから、てっきり初心者ヅラ(じゃない桂だ)をしているのかと思ったが、マジで普通に地頭が良いだけかコレ。いかん銀魂読者すぎて脳裏に知ってるミームがよぎってる。あの攘夷志士無敵か?

 

「……先生? どうかしましたか?」

 

「……あー、いや」

 

 気付けば横で穴が開くほどじっと観察してしまっていた。

 どれだけの期間、柱に縛り付けられて迫害を受けていたかは知らないが、彼は人に限らず、動物の視線には敏感なようだ。嫌な特技ねぇ。

 

「昨日の奴とは違うんだなー、と」

 

「……え?」

 

「お前、二日前に煮込み汁、焦がした奴だろ。料理苦手な人格」

 

「……わ、分かるんですか?」

 

「長く一緒にいりゃなんとなく分かるさ」

 

 出会ってから、もう5年以上は一緒にいる。

 それに虚クンには人格を増やす癖がある。これは原作知識で知ってることだけども。

 

「声のトーンとか興味関心とか……それで大体区別はつくさ。自分で思ってるより個性的だぞ、()()()。バレたくなかったなら、もっとちゃんと演技しとくんだったな」

 

 そう言うと、かぁっ……と彼が赤くなる。

 なにその恥じらい。可愛いな。頭撫でようか?

 

「──先生には……なんでもお見通しなんですね」

 

 あ、人格変わったな。

 羞恥がなりを潜め、クール系の虚が出てくる。クール系統は今のところ4人ほど確認されている。さぁ、A・B・C・Dのどーれだ。

 

「……今のお前はAのクール系虫嫌い! どうだ!」

 

「ふふ、残念。違います。──私は、大元ですよ」

 

「へ?」

 

「貴方に名前をいただいた『(うつろ)』です」

 

「あの哲学大好きマンか……」

 

「あからさまに面倒そうな顔しないでくださいよ、もう」

 

 大元だったんかこいつ。他よりかは感情豊かな奴だなー、とは思ってたけど。

 ……いや虚の大元って、つまり、未来のラスボス候補ってことォ!? アレェ!? 別人っすねぇコレェ! もうラスボス就職無理じゃなーい? ヤッター!

 

 なんてな。流石にそれは気が早い。

 あと何百年あるんだ江戸時代まで? それまでに八咫烏ルートに入らない保証なんてどこにもねーんだよ。

 

「先生」

 

「んー?」

 

「先生は、死なないんですよね」

 

「お、殺して試す?」

 

「しませんよ! まったく……そういう事を気軽に言っちゃダメです。というか死なないのは寝相の悪さで確認済みです」

 

 なんで怒られてるんですか?

 ていうか君、指導者っぽくなると、ほぼ雰囲気が松陽なんだけど。片鱗感じるんだけど。

 

「私も貴方みたいに、死にません。死ねないし、生きてもいない。でも、いつか……死ぬ時が来たら、私たちと一緒に死んでくれますか?」

 

「ああ、いいけど」

 

 言葉を放つと、“空”が驚いたように目を見開く。

 なんだね?

 

「あの……いや、えっ、い、いいんですか」

 

「え……? だってどうせ他にやることないだろうし……死ぬ時って……なんか出来ることあるっけ?」

 

「あ、いや、そ、そうじゃなくて、その、私みたいな化物と……」

 

「別に化物だろうとそうじゃなかろうと一緒に死んでやるよ。お前は私の弟子なんだから」

 

 今度こそ、“空”が何も言わなくなった。

 ──途端、なにやら泣き始めた。何!? どうしたいきなり!!

 

 そうやってしばらく物言わず彼は泣き続けていた。背中をさすってやったり、頭を撫でることしかできない中、ありがとう、ありがとうございますと、たどたどしく同じことを繰り返していた。

 

 情緒不安定な奴だ……環境のせいだろう。迫害って良くないね。

 

 

 /

 

 

 ──私の師はとても奇特な方だ。

 

 いや、言動や心がけに対する褒め言葉ではない。というか普段のそっちは酷い。怠惰だし、気まぐれだし、勝手だ。珍しいという意味では、我が師に匹敵する人材はそうはいないと思う。

 

 でも、私にとって特別なお人だ。

 

 同じ不死の肉体を持つ同胞。同じ──化物。

 

「別に化物だろうとそうじゃなかろうと一緒に死んでやるよ。お前は私の弟子なんだから」

 

 その言葉を、一生、憶えている。

 気軽に放られた、たった一言を。

 

──化物でもそうでなくとも──

 

 そう、つまり、それは私個人を見て掛けてくださった言葉だった。化物であろうと人間だろうと関係ない。私の永い生涯の終わりには、この方が来てくださる。傍にいてくれる。それを想うだけで、今を生きる苦しみから解放された。それほどの、救いだった。

 

「不老不死に向いてねーよなぁ」

 

 不意に、師は言った。

 この人は急に話を始める。いきなり話題を始めるので、「はい?」と私は一拍、聞くことが多い。

 夜。焚火を囲みながら、倒木に座った隣の師の顔を見上げる。火の灯りに照らされた見慣れた顔は、陰があって美しい。

 

「お前の話。不死者向きの精神じゃねーよなって。自分を護るために自分を量産するほど苦しいんだろう?」

 

 ──う、と言葉に詰まる。

 そうだ。苦しい。死んでも死ねないのは、苦しい。だからいつからか、無数の自分を作った。終わらない苦しみを越えるために、自分を塗り潰すために。

 

 でも今は……

 

「先生がいてくれるなら、平気ですよ」

 

「──え?」

 

「いつか一緒に終わりを迎える時まで、一緒にいてくれるなら……苦しくありません」

 

 はにかみながら言うと、師の動きが止まった。

 ? どうしたのだろうか。火の熱に当てられたのか、顔が赤く見える。

 

「(……まずい。マズイよこれ。やっぱ犯罪スレスレじゃない? いやアウトか? 無理か? 言い訳きかない? きかないくらいなら言い訳せずに背負うべきだな? そうだよな、イマジナリーなもう一人の私、あ、殺意は仕舞ってください……!)」

 

「先生?」

 

「ああ、私でもちょっと変調をきたすことがあるからな。ちょっとセルフで精神を安定させてた。時間ってのは如何なる知性体をも蝕む平等な劇毒よ」

 

 ……また師がよく分からないことを言っているような、割と真理を口にしているような。

 掴みどころのない人だ。本当に、変わっている。

 

 

 ──それから師とは、百年ほど共に旅をした。

 嫌になったら好きなところへ行ってもいい、とは言われていたものの、私はすっかり師に懐いていた。人間には怯えられ、恐怖されるが、この人だけは私と同じだ。私を、恐怖しない。

 

 ずっと一緒にいたかった。

 

 だけども、私の内にも、変わりつつある何かがあった。

 

「人を知りたい?」

 

 思い切って打ち明けた願望に、対面の師はキョトンとした顔だった。

 私の肉体は少しずつ背も伸びて、平均的な成人男性のそれと遜色ないものになっていた。髪は定期的に師に切ってもらっていて、肩ほどまでの長さがあった。

 

「許されない、でしょうか」

 

 海岸沿いの夜。星が瞬いている。

 こんな良い夜は、やはり焚火を囲んで話すのが、私たちの常だった。

 

「いや、お前の人生なんだから私が許すも許さないもないけど……えーと、人間の話が聞きたい、ってのじゃないんだろ? 人間の社会で人間のフリしたいってこと?」

 

「……はい。私は、もっと彼らのことが知りたい。いや……」

 

 これも言ってしまおうか迷ったが、言った。

 

「……人間に、なりたいのかもしれません……」

 

 それはかつての約束を裏切るような願望。

 いつか共に死にたい、と請いながら、自分だけ人間になりたいなどと。

 

「ほぉー。そうなんだ。頑張ってね」

 

 あっさり言われた。

 ……いや待った。流されてないだろうか、今!?

 

「あの、師匠(せんせい)……もしかして拗ねてます?」

 

「拗ねるべき時に拗ねなくてどーする。お前のような優秀な世話がか……いや優秀な弟子を手放すとなると、今後の生活どーしたもんかなーって思ったりしてないよ」

 

「世話係って言いかけましたよね今」

 

「だぁって、お前の考えなんか数年前から察してたぞ? やたら人里に行きたがるし、人間の知り合いを所構わずに作りたがるし。そういうのはなぁ、気を付けないと後々になって『あいつは人間じゃねぇ!』って密告される恐れが──」

 

「分かっています」

 

 分かっている。

 己のような化物が、彼らの世界で正体が割れれば、どんな危険性があるのかは──この百年間、耳にタコができるくらい、何度も何度も教えられた。

 

「……また殺され続けるかもしれないぞ」

 

「そうですね。ですが、承知の上です」

 

「……私は助けに行ってやれないかもだぞ」

 

「どうぞお気になさらず。私の選んだ道に、貴方を巻き込みたくはありません」

 

「……意地張るのとカッコつけるのは違うぞ。ったく……」

 

 ────ああ。

 これほど勝手な事を言う私だというのに、師は許してくださる。あまりにも優し過ぎる。

 

 でもだからこそ私一人で行かなければならないと思った。人間の醜さ、愚かさを知るのは私だけでいい。この方にまで、同じような目に遭ってほしくない。

 

「人間がどんなモンかはお前よりは知ってるよ」

 

「!」

 

 心の内を見透かされたような気がして、私は硬くなる。

 偶に、この人にはこういう所がある。長い付き合い故だろうが、私の心境を言い当てたような言葉を言う。

 

「まぁ……だが、こればっかりは言葉で説明するもんじゃないか。実際に知らないと分からん。行きたいなら行くがいいさ。あーけど、その前に……」

 

「?」

 

「うん、言っとくべきことがあるな。──ちょっと予言してやるよ」

 

 はい?

 師の突拍子さは今に始まったことではないが、後にも先にも、その時を超える奇人ぶりはなかっただろう。

 

「心して拝聴するがいい! あ、他言するなよ。言ったら破門だから」

 

「ええ……?」

 

 天人(あまんと)。攘夷戦争。

 師によると、そういったモノが、これから起きる……というか来るという。

 

「宇宙人、ですか」

 

「そ。あと……もし『一緒に死ぬ』って約束、守れなくても互いに恨まない。おあいこって事にしよう」

 

「えっ? それはどういう……」

 

「お互い何があるか分からないんだ。私は用心棒として約束は護りきるつもりだけど、お前はまだまだ人間の擬態が甘いからな。もし先に死ぬような事があっても私や自分を恨んだりするな、ってこと」

 

「──……」

 

「返事」

 

「は……はい」

 

 師を残して先に死ぬ。

 そんなことになるとは……思いたくないが、もっともな懸念だった。

 

「じゃっ、再会の日取りは……予言が当たった頃がいいな。五百年後ぐらいにしとく?」

 

「ごっ!?」

 

 師よ、あまりにも(こく)すぎます。これから何があるんですか!

 

 

 ◆

 

 

「…………色々あったな……」

 

 ふと。

 夕陽に照らし出された松下村塾の前──そこに佇んでいた吉田松陽は、かつての古い記憶を呼び起こして、遠い目になっていた。

 

 古い記憶。

 師と呼んだ、隣にいた誰か。

 

 ──もう声も、顔も、どんな姿だったのかも、思い出せないのに。

 

(今でも“あの方”が、(うつつ)か幻だったのか……)

 

 それほどまでに、この数百年の年月は松陽……或いはその内の“()”を摩耗させていた。

 一つずつ、思い出す。

 師から離れ、人里で勉学に励んでいたところ、奉公先が「奈落」の襲撃に遭ったこと。

 それを我も忘れて返り討ちにした結果、朝廷に罪人として捕らえられ、しかしその腕を買われて、八咫烏(しにがみ)(かお)を与えられたこと。

 

 その殺戮の日々を、実に五百年以上。

 人に殺され続ける時間は“あの方”によって打ち切られたが、人を殺し続けた時間は、“あの方”と過ごした百年間を優に超えてしまった。

 

 百年もあった思い出は、殺戮に身を浸す中で埋もれた。

 人と関わる以上に、人を殺し過ぎた。

 

(……今の私を“あの方”が見れば、なんと言うのでしょうね)

 

 殺戮を続ける虚を止めるために現れた人格(じぶん)

 呆れるだろうか。怒るだろうか。

 それとも、笑い飛ばしてしまわれるのだろうか。

 

(しかし……本当に天人がやってくるとは)

 

 やはり、得体の知れない……不思議な方だった。もしやすると、本当に神の御使いに類する化生だったのかもしれない。

 そんなことを思っていると、遠くの道から四人の小さい影が歩いてきた。

 

「おかえりなさい。皆さん、きちんと門限通りに帰ってきましたね。泥だらけですが……どうしました?」

 

 見下ろすのは、年端も行かない四人の愛弟子。

 その先導を務めてきた“朧”が答える。

 

「はい先生。あっちの馬鹿二人が取っ組み合いになって、俺と小太郎は巻き込まれました」

 

「はいセンセー。俺は勝手に割り込んできた馬鹿を蹴っ飛ばしただけです」

 

「ハイ先生。この鼻クソほじってる馬鹿が勝手に足を滑らせたのが全ての原因です」

 

「先生、俺は全て見ていました。銀時も高杉も田んぼに落ちてたエロ本を取ろうとしただけです。証拠に俺が持ってます」

 

「「なんでてめーが持ってんだよ!!!!」」

 

 キレた二人が桂に殴りかかり始める。

 それを、容赦なく松陽の三発分の拳が沈めた。文字通り地面に。

 

「……朧。皆を風呂に入れてやりなさい」

 

「証拠品はいかがしますか」

 

「生徒たちの宝物を没収するほど狭量な真似はしません。皆さんで仲良く回し読みなさい」

 

 にこりと笑う松陽。

 読めるワケがなかった。というか松陽にバレた時点で捨て去りたかった。むしろ没収してほしかった。

 謎のところで松陽はこういったコトに関しては寛容だ。寛容が故に、弟子たちは遠慮がちになるのだが。

 

 株のように三人分の頭を引っこ抜くと、朧は彼らを引きずりつつ塾の中へ向かう。こういった弟弟子たちの後始末や世話は、朧が一手に担っていた。良い兄弟子である。

 

「さて、替えの衣を用意しなくてはなりませんね」

 

 そう呟きつつ、松陽も入ろうとした時だった。

 ──背後に懐かしい気配を感じた。

 

 素早く松陽は振り返る。人影はそこにあった。当たり前のように。

 被り笠を被った旅装束。使い込まれた外套をまとい、腰には太刀と脇差を揃えている。

 腰まで届くほどあるのは灰茶色の長い髪だ。蜃気楼のような佇まいは人間離れしていて、瞬きすれば、そこから消えてしまうのではないかと思えたほど。

 

「先、生……?」

 

 声をかけると、相手はニヤリと笑った。

 

「調子どう?」

 

 ──それは数百年ぶりの、師との再会だった。

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