「あッ!
朝。羅刹はすれ違った眼鏡にそんな挨拶をされた。
なぜかこっちを見るなり背筋を伸ばし、礼。
無視して歩き去った後、今度は黒服の知った顔が見えた。
「あ……どうも
「
「俺のことは気にするな
無難な挨拶をする土方、店先にバズーカを構える沖田。そして店の中から聞こえてくる桂の懇願の声。
──全て無視して、彼女は歩き去った。
「……よォ。奇遇だな」
その先で、バッタリ出くわした。
坂田銀時だ。コンビニ帰りなのか、いちご牛乳の入ったレジ袋を片手にさげている。
無視してすれ違おうとしたところで、ガッと左肩を掴まれた。
「ちょっと待った」
「どうした。三億でも落としたか」
「なんで知って……いや、警察庁長官とパイプあるんだったか。そうじゃねぇよ。前からてめーには色々と聞きてぇ事があったんだよ。ここで会ったのも良い機会だ。洗いざらい知ってること全部ゲロッてもらおうか」
──まぁ同じ町に住んでいる以上、起きないハズがないイベントだった。
そも前回、あれだけ意味深な情報を落としていったのだ。こうして二人きりで出くわせば、追及してくるのも当然。
「
「ここで回想に入れと?
「管轄ってなんだ! 回想に管轄もクソもあるか!?」
ある。
いずれ、或いは既に、過去にダイレクトアタックしている絶条ソラ。
まだ今日の時点の彼女は培養液の中だが。
「……別に話してもいいが、その前に人払いを済ませたらどうだ」
「人払い?」
「そこの植え込みにいる忍者」
瞬間、銀時は木刀を突き刺した。
植え込みの中から脳天に木刀が突き刺さったストーカーことさっちゃんがまろび出てくる。
「よしこれで人払いは完了だ。さぁ続き!」
「よ~、銀さん! 一緒にパチ行かない?」
後ろから声をかけてきたグラサンが理不尽に殴り飛ばされた。
ストーカーの死体の横に並んで倒れこむ。
「なんか今日に限って間が悪ィな……こいつでどうだ!」
「あっ! 銀ちゃ~ん! 彼方~! そんなところで何してるアルか?」
「神楽ちゅわーん!? ちょっと今俺たち忙しいから後にしてくれる!? ネ! 頼むよ300円あげるから!!」
羅刹の後方から定春を連れて歩いてきた
恐ろしいタイミングである。バッドタイミングである。なんだって今日に限って、顔見知りの遭遇率がやけに高いのか!
「どうしたアルか銀ちゃん。まさか彼方のこと口説いてたアルか? それともまた借金……」
「違う! 断じて違う! 普通に大事な話があんだよ、な? 頼むからちょっと向こう行ってて!」
「行くも何も彼方、もう行っちゃってるアル」
神楽が指を差した先、地平の向こうに羅刹の姿があった。
恐るべきスルースキルである。銀時は半ギレしながら追いかける。
「待ちやがれテメェェ! 伏線だけバラまいてただで帰れると思うなよ! 俺ァなぁ、ネタバレを良いタイミングまで待っててやるよーな寛容な読者じゃねーんだよ! 今! 今知りたいの!!」
「そういうのはシフト制で投稿中だよ」
「何の話をしてんだてめーは!! こっち来い! 場所変えるぞ!」
ともあれ追いついた途端、銀時は羅刹の左手首を引っ掴んで駆けだした。
その手を振り払うでもなく、流れに身を任せて彼女も走った。
*
──その後、結局かぶき町に安全地帯など無かった。
ファミレスに行けば流れ弾バスーカが飛んできたり、路地裏に行けば過激攘夷志士に絡まれるわ、寂れた神社に赴けば野良猫たちの急襲に遭い、繁華街を歩けば顔見知りのホストやキャバ嬢に出くわし、公園に辿り着けば元気の有り余ったホームレスたちがうろつき、こうなったら吉原だと足を向ければ出迎えた百華の頭に「
「知り合いが多いな」
「お陰様でなッ……!!」
万事屋の旦那が遂に逃避行を始めている──などという噂がかぶき町全土に広まりかけている気配におののきながら、銀時は歩いていた。逃がさないよう羅刹の手を掴んだまま。誤解されるのも止む無しである。なにせ解放したら即逃亡される。
「
「ちょっとやめてくんない冷静に分析するの。
「分析に非ず。事実を述べているだけだ。──だが、取り戻したいものはまだ残っているようだな」
「っ……、」
そこで銀時の足は止まった。
最終的にやってきたのは港だった。停泊している船もない、人気もない、夜の港だ。
黒い海がただそこに広がっている。
これでようやく落ち着ける。
銀時が手を離した。
「さぁ……そろそろ話してもらおうか。てめーが抱えてるネタバレを。銀さんに黙って隠し持ってるもん、ここで全部預けていきな。──そいつは本来、俺が抱えるべきモンのはずだ」
「そうやってなんでも懐に入れようとする。愚直に手を伸ばし続ける。道理で
「御託はもういいんだよ。話さねぇってんなら朝まで俺の剣に付き合ってもらうぜ」
銀時が木刀を握りしめる。
彼女の実力を知りながら、どんな手を使ってでも聞き出すという決意と覚悟。決して折れぬ鋼の魂がそこにはあった。
「坂田銀時。私の生業は用心棒だ。稽古でもない小競り合いで剣を抜く趣味はない。どうしても戦いたいというなら──デッキを用意しろ」
「ハマってんのカードゲーム!? 平和的な趣味だなオイ!!」
「そして何か誤解しているようだ。私は別にお前の要求を断るつもりはない。望むならいくらだって抱えようもない情報を話してやる。それでもまだ喋らない理由が分かるか」
「っ……?」
「
直後だった。
上から、銀時を襲撃する影があった。
地面を割る一太刀が粉塵を生じさせる中、咄嗟に羅刹も銀時も後ろに退避し、襲撃者を目撃する。
「てっ……テメーは……」
「ククッ」
笑い声が、あった。
久々の再会を愉しむような、そんな男の声が。
「よォ──銀時。そのシケたツラ、わざわざ拝みに来てやったぜ」
「……高杉ッ!? てめーがなんで此処に……彼方お前まだ奴らとッ……!」
「口を慎めよ」
己が刀を担ぎながら、彼は言う。
その両の眼で、相弟子を見据えながら。
「こいつは俺らが剣を向けるような相手じゃねェ。喧嘩相手を間違えてる。薄々お前も気付いてるだろ……この女は、俺たちが出来なかった全てを横から掻っ攫っちまった奴だってな」
「お前……何か知ってんのか」
「だとしても、てめェに教えてやる義理はねェよ。どうしても今ここで聞き出したいのなら……」
高杉が剣を構える。
それだけで、両者の空気は決まった。
「俺たちにはやっぱ
「はっ……力づくで聞き出してみろってか。──上等だァ!!」
かくして剣戟の音が鳴り始める。
夜の港は今、彼らだけの戦場と化した。
*
「ひとまずこんな感じで」
──羅刹はコンテナの上にいた。
そこのへりに、腰を据えている者がいる。上から弟子たちの戦いを見ている松陽だ。
「私はもっと平和的なカミングアウトが良かったんですが……せっかく料理も用意したのに……」
「そちらはあの馬鹿どもの喧嘩が終わってからにしましょう。ねっ、先生」
「なんで汝がもうここにいる。──桂」
松陽の左横。そこに、同じようにして腕組みで座る桂小太郎の姿があった。
羅刹の問いに、いやぁ、と松陽は頭を掻く。
「さっき、真選組に追われているところにバッタリ出くわしてしまって……放っておけずについ」
「……気付いていたのか」
「武士たるもの、一度剣を交わせば充分だ。実殿の正体はそこで確信していた。銀時の奴も……解っているはずだ。だが確証を持つために、貴方からの情報を求めたのだろう。羅刹殿」
受け入れの早いことだ。
感心しつつ、羅刹は松陽の横に立った。眼下で繰り広げられる斬り合いを眺める。
「座ってはどうですか?」
「仕事中」
おや、と松陽は肩をすくめた。
業務モードだ。遊びがない。
「……先生。僭越ながら申し上げますが、こういうのはグイグイいかないとイカンですよ。そんなささやかな態度では伝わる想いも永遠に伝わらないかと」
「おや小太郎、十年も見ない内に随分と詳しくなったようだね。良い
「な、何を仰いますやら。この小太郎、誓って師の教えに恥じぬ事をしてきたつもりです」
「ぜひ私にも紹介してくださいね。ラーメンも蕎麦も好きですから」
「先生ェェ!!」
一足先に師との再会を堪能している弟子を横に、続いていた下界の戦闘も終わりに向かい始める。
互いに得物を弾き飛ばし、素手になった銀時と高杉が立ち上がっていた。
そのまま殴り合いが始まる。
「侍とは」
「もっともなツッコミだ羅刹殿。だがこういうのは理屈ではないんだ」
「あーあー、あんなに喧嘩して……十年経っても元気がいいですねぇ、あの子たちは」
マジかこいつ、みたいな目を松陽に向ける羅刹だったが、思えばコイツは拳骨で指導したり、剣戟の最中で拳で経穴を突いてくるようなのと大元が同一人物だった。師が師なら弟子も弟子か。
自分だけは理性派ヅラをしている桂も、原作では銀時や高杉以上の狂人的な戦いをしているのだから、やはり松下村塾は脳筋の集まりなのかもしれない。
「ここに朧兄さんがいれば何と言っただろうか……」
「そろそろ介入していたかもしれませんね。君たちの喧嘩を最後に止めてくれるのは彼でしたから」
そういえばこの世界の彼はどんな人物像になっているのだろう、と羅刹は思った。
少なくとも意図せず松下村塾養育ルートに叩き込んでしまったので、人格もそれほど捻くれることなく成長したのだろうか。想像がつかない。
「──俺の勝ちだ」
いくらかの打撃音が続き、一際強い頭突き音がした後──立っていたのは高杉だった。
倒れ込んだ銀時はピクリとも動きそうにない、が。
「ぐ……っ、ォ……」
足が動き、立ち上がろうとしている。
やはりただでは倒れない。もはや体力も気力も使い切っているだろうに、気合だけで立ち上がろうとしていた。
それを高杉も妨害することなく見続け、やがてフラフラになりながら銀時が再び立った。
「……しぶてェな、相変わらず……」
「うる、せェ……てめェらしくもねェ、余計な気ィ、回してんじゃねぇよ……」
拳が軽ィんだよ、などと付け加える銀時。
ならば求める答えにもとうに気が付いているハズだ──ここまでか、と羅刹は思う。
「介入するか?」
「いえ、もうちょっと……もうちょっとだけ! 頑張れ銀時……!」
「先生、楽しんでますよね?」
完全に保護者観戦だった。これは居たたまれない。
剣や拳で伝えるべきものは伝わったはずだ。これ以上の継戦に意味はない。
「いいからさっさと行け」
「あっ」
羅刹が松陽の背を蹴り飛ばした。
が、それに即座に反応したのは桂だった。落下を始める師の下敷きになるように滑り込み、そのまま下で落ちた音がする。
大丈夫ですか!? 俺のことはお気になさらず……! という会話が聞こえた後、完全に気配を殺した松陽が銀時の背後に回った。はいそこまで、という声と共に容赦のない拳骨が下される。
「ぎゃはッ!?」
「あ」
「喧嘩両成敗です。覚悟はできていますね、晋助?」
一撃で銀時が地面に首まで埋まる。拳を握って近寄る松陽に、足がすくんだのかそれとも弟子としての本能か、高杉は動かず、そのまま拳骨を食らって同じように地面にめり込んだ。
「うーむ、いい眺めだ」
しみじみと桂が鬼畜な感想を零す。
だがそれも無理からぬ話だった──ここにようやく、兄弟子を除いた松下村塾の弟子たちが揃ったのだから。