「──なんだったんです? 銀時へ行ったあの攻撃は」
あの後──
なんかしっかり晩御飯まで頂いてしまって、弟子たちが眠りについた頃の夜半、縁側に座っていると松陽が右隣にやってきた。
「知りたい?」
「私は貴方の弟子ですから、聞く権利があるのでは?」
「確かにな」
だが、真意は読めてる。
「
「……っ、」
「いや、いいのさ。その反応は酷く正しい。人間として、以前に、知性体として然るべき反応だ。
「先生、貴方は…………人間になるおつもりは、無いんですね」
「そうだな」
私と吉田松陽は相容れない。
師と弟子だが、その上で。
数多ある人格の中で唯一、最も人間に近しい感性を持つに至った彼は、私を恐怖し、怯える側の存在となった。
「でもな。
「──、」
「現に今、一緒にいるだろう?」
松陽は。
何も言わなかった。
いや、言えなかったのかもしれない──多くの人格の特徴に漏れず、どうも彼らは、許容されることに慣れていない。これは感情処理中の沈黙だ。
パチン、と指を軽く鳴らす。
すると庭に光の粒子が舞い始め、幻想的な風景を作り出した。
「これは……」
「空気中に漂ってるアルタナ。変異体進化チャートを押し進めてたら、思ったより人外に寄り過ぎちゃったよ。ハハ、天導衆にでも捕まったら間違いなく生体兵器として使い潰されそうな予感しかしないよな」
いずれ天導衆が消し飛んで世界が平和になったら、この能力を理論化して惑星緑化計画──なんて構想も練っているのだが、どうだろう。禁止カードは禁止カードなりに世界平和に従事したいところだ。
「こんな事が……」
「やっぱ想像力って大事よね。私たちはもっと自分の体に浪漫を見るべきだ」
「浪漫、ですか。はは……」
凄い御方だ、という呟きが聞こえた。
松陽の目は粒子が舞う光景に釘付けだ。こいつも変異体としては規格外級なのだから、やろうと思えば習得できるかもしれない。
将来的に天導衆で実験されることを思えば教えない方がいいけど。
「……先生。私は、人を解ろうとしたんです。人に変わろうと、抗った。そして貴方と別れてから、死してもなお贖えぬ罪を重ねてきたんです」
そうか──知っている。
と言ってしまうのは簡単だったが、彼の語り出した全てを、ただ聞き届けた。
久々の弟子の声を、もっと聴いていたかったのかもしれない。
奉公先が奈落の襲撃に遭ったこと。
奈落に抵抗し、朝廷に捕まったこと。
そこで何百年もの間、暗殺組織の首領として、数多くの人々を殺めてきたこと。
「成程ねぇ。教えてもいない剣術稽古はどこで覚えたのかと思ったら、そういう事か」
「……申し訳ありません。破門、ですかね」
「なんでそんなこと言うんだ。別に我が塾には『殺戮したら破門ルール』はありません」
「ですが……」
「
言うと、言葉が返ってこなくなる。
ぐすっ、となんか聞こえた気がした。……涙腺が随分と脆くなってないかこいつ。
「先生は……優し過ぎます」
「そうだな……まぁ、そっちは私の管轄だからなぁ」
「?」
何せ
こっちでバランス取って丁度いいくらいだろう。おっかないぞー、あいつ。
さて、そういったところも話しておかなくちゃな。
「松陽。空。お前らに話しておくことがある」
◆
──師の言葉を聞いた時、漠然と、後戻りできないような予感がした。
何を話すのかは分からない。
けれど。
それを聞いたら最後、何かが変わってしまうような気がしたのだ。
「
「──ッ!?」
思いがけない名前に、息を呑む。
羅刹。天照院奈落と長年、単独で敵対し続ける死の代理人。
なぜ師から彼女のことが──
「その様子からして面識はあるみたいだな。──アレはお前たちが生み出した存在だ。
「な、何を……」
「お前たちの殺戮は無意味ではかった。お前らがあいつの故郷を滅ぼしたお陰で彼女が生まれ、
「ちょっ……ちょっと待ってください!」
「待たない。飲みこめ。叩きこめ。これからいずれお前は奈落に捕まる。その時、また羅刹の奴が現れるだろう。復讐の念から、お前たちを殺しにな。ま、そこは頑張って生き延びてくれ」
「先生!」
「その後は……えーと、機会があったら金剛星で落ち合おう。後は将軍暗殺事件まで据え置きだ。まー、どこ行ってもたぶん嗅ぎつけて殺しにくる。なんとか凌げ。黒縄島の辺りからなら、私も干渉できると思うから」
待って。待ってほしい。
いや、聞いたことは一字一句漏らさず記憶するけれども──貴方!
「未来からってなんですか! それに、わ、私のせいで、貴方は──」
「おっとネガティブ思考は健在か? 何、自分のせいで私をこんな苦しみに満ちた世界に生まれ落ちさせてしまった、辺りかな? 暗い暗い暗い暗い、暗すぎるぞ松陽。私は感謝してるんだぞ?」
「だけど──だって──」
だって、ちょっと待ってほしい。
未来から……未来から来たということだ。この方は。私と出会った時──つまりそれは、千年前から──
「貴方──貴方は、
「理解が早いな優等生。そうだけど、何か?」
「何かって……!」
開いた口が塞がらないとはこの事だ。
自分も──その内にいる“
「な、何を……してるんですか。馬鹿なんですか、貴方はッ!?」
らしくもなく声を荒げているな、と自分でも思った。
弟子に対しても、ここまで怒りを覚えたことはない。ここまで呆れ果てたことはない。
「馬鹿ってゆーな。天才だろうが。つか、ここまでしないと生存フラグ建たねーんだよおめーは。救い辛さの極みだよ。タイムマシンなんて反則技を使わせる時点で理の外だよ。後は黙ってこの救済コンボを受け入れてほしいですね!」
横暴だ。なんて人だ。
やりたい放題やって──
「というワケで後はよろしく。師匠からの課題だと思って励むがいい!」
「~~ッ!!」
流石に拳骨を放った。
が、するりとかわされ、正面から頭を抱えるように抱き締められる。
……嗚呼。
「卑怯、ですよ……」
「師は往々にしてこんなもんだ。お前も弟子にいっぱい迷惑かけるよ」
そうなのか。そうなんだろう。
……私は未熟者ですから。
けれども、嗚呼、こんな私でも出来ることであれば──
「……貴方が私たちを救うというのであれば、私は
「好きにするといいさ。気張れよー、あっちの私はおっかない上に厳しいぞ」
「望むところです」
そういう話をした。
──そこから私の人格は、もう一人の私に押しのけられる。
翌朝。
もう、師の姿はどこにもなかった。
◆
「──はぁ、はぁ、はぁ、はぁッ……」
息を切らしている。右腕の再生を完了させる。一秒前の痛みの残響を押し殺す。
今、私は全力で生き延びていた。
生に、しがみつく。
そんな、何百年もやっていなかったことに、全霊を懸けていた。
──安い言の葉で、我が道程を語るな
──憎悪と失望だけで血を撒き散らすばかりの貴様と一緒にするな
──易々と安楽を与えるとでも思っているのか
「……知らなかった」
なんて、言葉では済まされない。
──知らなかった。知らなかった。知らなかった。知らなかった──!
これは罰だ。いや、彼女こそが私の罰と罪の具現だ。
羅刹。
処刑人。私を殺すもの。
我が師が言っていた、私にとって虚にあたる大元の人格。
まるで鏡映しだ。我が師は私たちを許し、救いとなるのなら、彼女は真逆。私たちを決して許さず、罰し続ける者。これは、
「……存外、キツいですね……」
自分がどれだけ師に甘えていたのかを実感する。どれだけ想われていたのか痛感する。
──そうだ。本来、私は許されざるべき者。こうして師に殺され続けるのが相応しい。
だけど。でも。
「矜持を示す覚悟はできたか?」
──なんて、虚な目をしているのか。
林に逃げ延びたところを追い詰められる。木の幹に背を預けながら、目の前にやってきた少女を見た。
その赤い眼は、怒りと憎悪と殺意が篭められながら、凪いでいた。虚に見えたその眼差しは、しかし、間違いだったと悟る。
……全て、背負っているのか。
明鏡止水。悟りの境地。
それは虚とは似て非なる精神性の極致だ。彼女は既にそこへ至っている。
死という終わりを求める甘さがなく。
弱さを糧にしながら己が技を鍛える。
何一つとして忘れず生き続ける決意。
これが不死者として生まれた者の、あるべき姿だと、そう感じた。
“──松陽。行け”
え、と声を漏らしかけた。
精神の内で、
“あの方から受けた課題を為すためには、お前が必要なのだろう”
……意外だ。意外すぎる。
私を嫌っていただろう彼が、まさかこんな事を言い出すとは。
“お前も気付いているハズだ。我々の中から、あの方の記憶が消えかけている”
そうですね、と返す。
未来から来たあの人。我が生涯の師。それは今、目の前の「彼女」がいずれ生む人格。その存在は、発生の因果が
過去が変われば未来も変わる。
ここで選択を誤れば、私たちの中から完全に師にまつわる記憶が消える。それは、これまで受けて来たいかなる苦痛よりも受け入れがたいことだ。
「……何を」
立ち上がった私に、羅刹が声を零す。
ごめんなさい──また必ず会いましょう。そう、胸中だけで彼女へと呟いて。
──己が心臓を、抉り出した。
◆
そして。
「これが吉田松陽ねぇ……」
「……あ、あの……なんです?」
──宇宙の辺境、金剛星。
そこで再会した「我が師」……絶条ソラと名乗る“過去の我が師”は、しげしげと此方を見つめていた。
買い出しの最中だ。
それ自体はとうに終わって、お互い紙袋を抱えて拠点へ戻す道中──なのだが。
「いや、やっぱ生きて動いてるんだなぁ、って。回想でしか出番のない人だったからね、基本。ああいや、最終章の先のエピローグでは別か」
そんな事を、仰られる。
……実のところ、そんなことを言われてもさっぱりなのだが、彼女を「騙す」にあたり、別の世界の未来だという知識を披露した以上、こうして軽く喋ってくれているのだろう。
再会したあの夜、“
私が本来辿るという流れと、結末を。
故にこうして、私も今の彼女の視点からすれば、「同じような視点」を持つ者同士、というワケだ。
少しの罪悪感はあるが、師弟でない、対等な立場の友人というこの関係は、新鮮だった。
「……貴方にとって、その世界の私ってどういう印象だったんです?」
「弟子に全部丸投げのカス」
ぐはーっ!!
い、今、精神的に一回死んだ。間違いなく死んだ。なんて痛烈な批判、なんて一切容赦のない意見! 師よ……今は羅刹さんと肉体を共有しているが故ですか!?
「す、すみません……」
「まぁ、ここにいるアンタのことじゃないから。でもまー、師匠として弟子を泣かせるのはどうなん? どうなん? ってずっと思ってたからね。本気出せば奈落壊滅させて朧攫って、図々しく皆をハッピーエンドに導けたんじゃね? 無理? とかさ──」
凄い。愚痴が止まらない。
別の私への不平不満がありすぎる。嗚呼、道理で時間逆行を為すのですね、我が師よ。納得です。
「あの……あの子たちは、最終的にどうなったんでしょうか。その世界で。銀時が主役なら、きっと皆無事ですよね?」
「朧は死にます」
倒れかけた。
ぎりぎりで膝に力を入れ、堪える。
「えぇぇぇぇ……!!」
「立派な生き様だったねぇ……だけど、なんかこっちがやらかして、経歴変わってるんでしたっけ。松下村塾の一番弟子ルート? いやー、よかったよかった」
────本当に、もう。お陰さまで。
頭が上がらないにも程がある。先生、やはり貴方……いえ、貴方たちは私の尊敬すべき師匠です。