羅刹
征夷大将軍、徳川
その結果を辿るにあたり、本来ならば次期将軍──
一つ、春雨十二師団を元老の指揮権から切り離し、第七師団団長・神威の旗下に統合したこと。
二つ、忍の故郷・伊賀の里を、春雨が攻撃しなかったこと。
三つ、徳川茂々を江戸から京へ護送する作戦に、鬼兵隊・春雨共に干渉しなかったこと。
以って将軍暗殺篇は発生せず──しかして京へ辿り着いた茂々は、やはり友を信じたが故に友によって殺された。
「元老院と袂を分かった春雨は、宇宙の戦場で元老院がけしかけてきた部隊と交戦を開始しました。この際、元老が宇宙最強のエイリアンハンター星海坊主を雇い、星海坊主の実の息子たる神威殿の抹殺を依頼。はや宇宙最強の親子喧嘩が勃発しようかと思われた時──」
春雨船の食堂にて。
鬼兵隊参謀・武市変平太が箸を片手に現状整理をまとめていた。
その言葉を継ぐように、対面席の羅刹が言う。
「星海坊主は既に、『
「その後、教団は第七師団に協力関係を申請。アルタナを独占する反天導衆の軍として、現在各星でアルタナ解放運動を開始」
「元老院に反目していた第七師団側は、元老院を潰した教団に面子上、協力せざるを得ず、星芒教団は今の第七師団の力なくして解放運動を持続できない。ウィンウィンの関係で今も活躍中」
『死ねハゲ』
『ハゲじゃありません。頭の爽やかなお父さんと言え
『喧嘩しないでくれるぅ?』
通信機越し、今もどこかの星で天導衆側の勢力と交戦している馬鹿親子の会話が聞こえていた。
それを同じテーブルで聞くのは、高杉晋助を含めた鬼兵隊の主要面子である。
「……あの宇宙最強親子、よく協力してくれたっスよね」
「お互いに社会人ですからねぇ。仲は悪くあれど、仕事はこなす真面目さがあるのでしょう。会社の面子がかかってますし?」
最強の夜兎親子の現状はそんなところだった。
常に一触即発の状態だが、仕事の中では私情をなるべく殺しているようだ。
「一方──地球・江戸では徳川茂々の暗殺報道が出回っています。……ここで一つ伺いたいのですが、本当に茂々暗殺を防ぐ手立てはなかったので?」
「前にも言ったが、護送作戦自体は成功する。だが徳川茂々が徳川茂々である以上、いくら腕の立つ用心棒でも防ぎようがない」
「そういう貴方こそ彼の友だったのでは?」
「友人が選んだ道を阻みつつ、その在り方を穢さずに護りきる術を知る知恵者がここにいるのなら、是非とも伺いたいところだな」
「難しい話っスよね……」
来島また子の意見に同意するように沈黙がおりる。それが答えだった。
どんなに手を尽くしたところで、変えられない、否、変わらないものはある。徳川茂々の場合、それが自分の死因に直結してしまった。それだけの話だった。
「……話を続けますと。茂々暗殺によって、一橋喜々が征夷大将軍に即位。江戸の警察組織は一新され、警察庁長官・松平片栗虎ならびにその部下、真選組局長・近藤勲は斬首が決定。喜々公の邪魔者は排除されましたが……まだ江戸には、あの男がいる」
「見廻組局長、佐々木異三郎。以前から一橋派として暗躍しており、現在も喜々と共にその強権を示し、あちこちで反乱勢力を煽っている。倒幕の礎になると共に死ぬつもりだな」
「ッ……!?」
息を呑んだのはまた子だけではない。鬼兵隊の主要面子以外──他のテーブルで話を聞いている他の構成員らも同じだった。
倒幕。
侍の時代の終わり。
「そろそろ明治かぁ……」
ズズ、とコーヒーを啜りつつ呟いた羅刹の単語に、「ん?」と武市が反応した。
「“メイジ”……とは?」
「次の元号名」
「げ、元号まで知ってんすかアンタッ!?」
「五つ先までは。まぁ別の世界の歴史だ、当たるとは限らない」
ふむ、と河上万斉が声をあげた。
「……前から疑問でござったのだが、貴殿にとって我々の世界は創作の一つ。ならば、貴殿自身が生きていた世界の江戸は、どのような歴史を辿ったのでござるか?」
「まず宇宙には地球人しかいない。江戸時代に
「あ、これ異世界だ」
「
「大政奉還、王政復古の大号令、江戸城無血開城……流石に細かい人名までは記憶できていないが、様々な尽力のもと、徳川家は存続したまま、ほぼ和平という形で決着した」
「無血開城……!?」
「和平!?」
「もちろん抵抗勢力は残存したが」
想像つかねぇ~……という所感が口々に呟かれる。
というか天人……天導衆の影響がこの世界では大きすぎるので、参考になるようでまったくならない、余分な知識である。
「……脱線しすぎだ。異世界の出来事なんてアテにするな。今はまず、天導衆の
「彼らと合流して力を貸す、と?」
「いや、他のツテを使う。見廻組局長から回収し損ねていた
「どこでパイプを繋いでいたんですか……」
「──虚を倒せんのか?」
問いを発したのは高杉。
それに、羅刹は一拍置いて。
「“倒す”んじゃない。──生前葬だ」
(超こえぇぇぇぇ────ッ!!!!)
また子、並びに聴衆の心が一つになった。
声音に篭められた殺意が尋常ではない。というか倒すことと生前葬の違いが分からない。いやほぼ同義だが。
「策はあると?
「お前たちは一橋派と協力関係だろう。この件で反故にする必要はない。出来ることは全てやった。余計な邪魔さえ入らなければ、勝算はある」
「邪魔が入ったら?」
「排除するだけだ」
「出来なかったら?」
「この世から化物が一匹消えるだけだ。善い事だろう」
「……、」
──善い事、ねェ。
今、この自称化物は知らない内に失言をした。
吉田松陽という、彼女と同じ「化物」を恩師と慕う高杉晋助の前で。あの結成経緯を持つ鬼兵隊の前で。
更に言えば通信機の向こう、「化物」を妻とし、母とする親子がこの会議を聞いている中で。
それを指摘してやるような高杉ではないが。
「黒縄島を経た後は……どうなるか分からない。思いも寄らぬ『見落とし』が出てくる可能性もある。せいぜい命を大事に頑張れ、
「最後の罵倒いる!? 超高圧的な上位存在なんだけど!」
また子のツッコミはスルー。
ガタン、と立ち上がった羅刹は空になったコップを下げにいく。
そして食堂の出口へと足を向け、
「死ぬにしても、看取り人を泣かせるような死に際は晒すなよ」
そんな。
訳の分からないことを言って、彼女は船を立ち去った。
*
「──新人?」
警察庁長官にして見廻組局長、佐々木
そう、と警察庁の廊下を歩く隣で、副長の今井
「実績、実力共に文句ナシ。これからの大仕事の前には丁度いい新人よ」
「アナタがそこまで言う人材ですか。どこで作った友達です?」
「私たちの古い知り合い」
「……?」
咄嗟に思い当たる節がなく、佐々木は眉をひそめる。
そうこうしている内に、新人とやらが待っているという部屋の前についた。
扉が開く。
「どうもお待たせしました。アナタが信女さん推薦という新人の……、」
そこまで言ったところで、佐々木は言葉を止めた。
窓際に設置されたソファに座っていたのは、信女と同じ見廻組の白制服を着た女。
傍らには支給された真剣。足組みした彼女は、凪いだ赤い瞳で佐々木を見た。
「……これはこれは。用心棒さんじゃありませんか。松平公がいなくなったからといって、此方に
「佐々木」
彼女は──羅刹は言った。
次の瞬間、佐々木が瞠目する一言を。
「
◆
──四年前。
幕府の上層部から、佐々木にはある計画が伝えられていた。
徳川御三家の一人、一橋親子の暗殺。
これを成功させ、その護衛任務にあたっていた当時の真選組に全責任を負わせて処刑する。
だがこれに対抗して、当時の佐々木と松平は一計を案じた。
将軍を入れる
つまり計画の暗殺よりも先に攘夷浪士の襲撃を受けることにより、本来の遠征を中止させ、そのまま暗殺計画も未遂に終わらせる。
結果は成功。真選組の処遇も、更には本来暗殺に赴くはずだった奈落の童たちも、人殺しに手を染めることはなかった。
──だが、佐々木の裏切りは
結果、天導衆傘下の暗殺組織「奈落」が動く。
狙われたのは、出産を終えて上京途中だった佐々木の妻とその娘。更にはそこに居合わせるだろう佐々木異三郎。
本来ならば──
佐々木の妻子、ならびにその従者は、奈落の刺客たちによって皆殺しにされる。
そこに遅参した当時の信女は、刺客たちに深手を負わせて一掃する。
刺客たちが撤退した後、ようやく佐々木異三郎は現場に居合わせ──そこに一人いた信女を斬ろうとし、だが斬ることなく、彼女を傍に置き、己の復讐のために倒幕へと動いていくことになる。
ハズだった、のだが。
「……え……?」
信女が現場に到着した時、全ての事は済んでいた。
深夜に転がる死体、死体、死体。
それらはいずれも手練れの刺客たる「奈落」所属の者たちであり──
「一羽 釣れたか」
そこに。
一人の、外套をまとう、同じ年ごろの少女を見た。
(何……?)
当時の信女──
この相手は何だ、と。
装束や現場の状況からして奈落ではない。
地べたに転がるのは、死体以外にも、駕籠を護衛する従者たちがいた。そちらには出血、及び殺害されたような者は一人もいない。ただ気絶しているだけだ。
「貴方は……誰」
「血の匂いがする」
「!?」
「
気付いた時、体が反射で反応していた。
一瞬で接近され、首を狙われた一撃を刃で弾く。
「ぐッ……!?」
直後、鋭い蹴りが骸の胴に入っていた。
吹っ飛ばされた彼女は塀に激突し、吐血する。──だがこれで動けなくなるほどヤワではない。即座に呼吸を、体勢を仕切り直しながら、刃を構えた。
瞬間、刃は一閃のもとに粉砕された。
「あ……」
死ぬ、という強烈な予感が彼女の頭に浮かんだ。
太刀筋が見えない。斬りあうことすら許されない。
抵抗の牙は砕かれ、棒立ちになった自分はもう、殺される以外にない。
すると、首を掴まれた。子供の手だった。信じられない。
ぎち、と呼吸器官が絞められる。
「他の
「っ、あ……い、いば、しょ……?」
「無知ならば用はない」
「ま、」
言え。言え。言え。言え。何か言え。
苦しい。殺される。何か言え。言えばきっと解放される。でも知らない。
「あ、あっち……」
「──虚言。死ね」
終わった。
絶望を覚えながら骸は目蓋を閉じかける。
──だが、不意に。
「ん、」
目の前で鮮血が奔った。
こちらの首を掴んでいた子供の右腕が、横から両断されていた。
刀を振り下ろしたまま、切羽詰まった表情の佐々木がいた。
「ッ……!!」
瞬間、骸は彼に掴まれた。佐々木が謎の子供から大きく離れるように後退する中、骸は激しく咳き込む。自分の首から離れた子供の手首は、妙なことに一瞬で結晶化して消滅していた。
「どうして……」
「こちらの台詞ですよ……どういう状況ですか、これは」
佐々木は動揺を抑えるので精一杯だった。
眼前の「何か」を見る。斬り落としたはずのその右手は、断面から一人でに再生していた。なんだアレは。
更には地に転がる、刺客と思しき死体。
そして血の流れていない、気絶しているらしい妻子の従者。
──ならば、その己の妻子の無事はどうなっているのか。
「私の妻と子は」
「意識は落とした」
と、答えたのは子供だった。
すなわち──あの駕籠の中で、まだ生きていると。
「アナタは何者ですか。なぜ……」
「
それ、というのは……言うまでもなく、骸だった。
佐々木の小脇に抱えられたまま、骸は震えていた。死神の落胤とも言われた子が、まるでただの童のように恐怖で泣いていた。
「……できません。私は警官なんですよ」
「それが何人殺してきたと思っている」
「そちらこそ、何人殺してきたんですか」
「16万と9856羽」
──即答だった。
十六万……十六万? それほどの量の奈落を? 一人で屠ってきたというのか。
「……っ、」
逃げなさい、と佐々木は抱えている子供に言えなかった。
自分から離れた瞬間、あの死神は彼女を殺しに行くだろう。故に、抱えたまま、どうにか綱渡りのような会話を続けるしかなかった。
「なぜ……殺すのですか」
「許されざるもの。自ら終わる事も出来ぬ。
「……私も殺しますか?」
「管轄外。汝の名を問う」
「……佐々木。佐々木異三郎です」
「佐々木──」
む、と少女の能面が初めて変わった。といっても、片眉が下に動いた程度だが。
そうか、と声がした。
「貴様、
「……私は警官で……彼女は、襲われていた子供だからです」
「ならば──駕籠の中と引き換えに渡せと言ったら、どちらを選ぶ」
「ッ……!!」
二つに一つ。
愛する妻子か、知り合って間もない暗殺者の子か。
どちらを選ぶ。
何と答えればいい。
考えろ、佐々木異三郎──!!
「い……行って」
そこで、声がした。
小脇に抱えていた童だ。
「いいから……行って。私を庇う必要は……ない」
「──、」
震えも止まらぬまま、何を言っているのかこの娘は。
泣くほど怖がっているだろうに、何を言っているのか。
──そこで佐々木の覚悟は決まった。
刀の剣先を向け、答えを言う。
「アナタが動く前に……どちらも助けます。私の命を懸けて。刺し違えてでも」
「──矜持か」
ようやく、相手の殺気が薄らいだ。
それでもまだ重苦しい空気に、佐々木は意識的に息を吐き出す。
「……いいだろう」
「……はい?」
「その
死神が、真剣を鞘に収める。
そうして跳びあがり、駕籠を蹴って塀を登り、二人の前から姿を消した。
「……はぁー……」
──完全に相手が消えたのを実感した時、佐々木は片膝を折った。
対峙したのは子供だというのに、凄まじいプレッシャーだった。いや、きっとただの子供ではなかったのだろう。腕を生やし直していた辺り、もしかすると……
「……妖怪、か何かだったんでしょうか……」
「……たぶん、羅刹」
「羅刹?」
思い出したの、と助かった黒髪の童は涙を拭いながら言う。
「私たち……
「強かったんですか」
「手も足も出なかった。
それは恐ろしかったですね、と返す佐々木。
その時、駕籠の中から呻き声が聞こえた。ハッとなって駆け寄った彼は、そこにいた護られたものを見て──心の底から安堵した。
◆
「……やはり……アナタだったんですか。『羅刹』は」
現在。
よりにもよって見廻組に入隊しにきた「新人」を前に、佐々木は緊張の面持ちだった。
「気付いていた?」
「いえ、定々公の殿中騒ぎの際、敵方がアナタを羅刹と呼んでいたと、信女さんから伺いました」
「そうか」
佐々木の隣にいる信女は、無表情を保っているが、若干冷や汗をかいていた。
トラウマである。超当たり前だった。
「で……別に私や信女さんを処断しにきたワケではない……んですよね?」
「ああ。しいて言うなら……社会科見学?」
「いや入隊する以上は職務ですよ。見学ってねアナタ。あの時の脅しのせいで離婚することになったんですよ私は」
──一応、今でも妻子との交流はあるものの。
羅刹たる彼女の登場、去り際の文句、更には奈落を始めとした幕府への不信感。再び家族を狙われないようにするため、佐々木はあえて距離を置いていた。離婚という形で。
「家庭の事情まで他責するな。傍で護りきる自信がなかっただけだろう」
「殴り飛ばしますよ。パワーハラスメント覚悟で」
「異三郎、そんな覚悟決めないで。お願いだから黙ってて」
「……トラウマですか、信女さん」
「違うし」
と言いつつ、彼女の片手は佐々木のコートの裾をつまんでいた。
やはりトラウマらしかった。当然だった。
「……天導衆と敵対するアナタが、なぜ
「だって一番楽に戦地に行けるから……」
「まさかのタクシー扱いですか」
要するに見廻組が持つ航空戦艦が目当てだという。完全にイカレている。
というか、
「既に何が起きているか知っているようですね? すみませんが、いくら優秀とはいえ、裏切りが目に見えている方を採用する気は……」
羅刹が無言で佐々木を見据えた。
──無言。そう、無言である。
圧とも付け加えられる。
……見逃してやった恩を忘れたのか、みたいな。
そんな気配だった。
「………………まァ、今回の作戦にねじ込むことくらいは可能ですが」
表向きの経歴は実に問題ない。
先代将軍、茂々の護衛役。また彼女は茂々の京送りにも参加していない。松平が使っていた手駒を、単に佐々木が地位と共に引き継いだ。それくらいの道理は通る。
「そうか。よろしく」
ソファから立ち、刀を腰に差しつつ、羅刹がすれ違っていく。
彼女が部屋から出ていくと、──急に信女が膝から崩れ落ちた。
「!? 大丈夫ですか!?」
「……はぁ、はぁ……はぁ……」
深刻なトラウマの症状である。あの信女が。
無理もない。
「……やれやれ。とんだ大型新人が来てしまったものですね」
しかし戦力として心強いのは確かだった。
軽い頭痛を覚えつつ……佐々木は今日もっとも深い溜め息を