銀魂 SF時代劇の彼方者   作:時杜 境

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宿敵

 夜の闇は深い。

 見廻組を乗せた飛行戦艦は、大洋の上を渡り、着実に黒縄島へと近づいていた。

 というのも、

 

「脱獄、か」

 

「ええ。近藤勲、松平片栗虎、桂小太郎の三名が番兵を殺害し、牢から脱走したとの報せが」

 

 無論その事実は異なっている──

 奈落の暗殺者たちが入り、番兵を虐殺。それに乗じて、番兵を装った囚人三名が脱獄した、というのが真相だ。そこまでの詳細を、こうして部屋で二人、羅刹に説明している佐々木は知らないが。

 

「黒縄島に到着次第、脱獄囚ならびに、その協力者たちの処理にあたってください。当然、アナタは私と来てもらいます」

 

「……了解」

 

 佐々木と信女、見廻組は二手にわかれて、脱獄囚の桂たち、そして彼らを助けにきた銀時たちとを各個撃破する。

 その中で、信女が行く方には奈落も参加している。羅刹を同行させないのは当然の判断だった。

 

退()()()か」

 

「……なんですイキナリ?」

 

「戦の契機が来るのは、土方十四郎の部隊が到着した後だ。あまり体力を消耗しないよう心掛けることだな」

 

「──、アナタ。一体どこまで知ってるんです?」

 

 断片的に零された謎の助言を、しかし佐々木は「謎」で片付けることはしなかった。

 退却戦──そうだ。近藤たちを助けにくる真選組も、幕府の力を削ぎ落とすために戦う佐々木も、いずれにせよ最終的にはあの孤島からの撤退を余儀なくされる。

 

 戦の契機。すなわち本戦。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 奈落たちが来るということは、佐々木たち警察組織……革命、倒幕の火種を根こそぎ殺戮し尽くすことを指す。

 

 まるで未来視でもするように、土方の名を出してまで──体力を温存し、退却戦に備えろという言葉。

 はっきり言って、佐々木の背筋には寒気が走っていた。

 

 目の前にいる者は、本当に人なのか。

 

(からす)が降り次第、私は行かせてもらう。回収は考えなくともいい。今宵、()()()()()()

 

「何を言って……、いや、何を考えているんですか」

 

「さぷらいず」

 

 無表情ピースだった。怖かった。

 羅刹が部屋を出ていく。

 

「……ユーモアが下手すぎませんか……」

 

 佐々木は胃薬を飲んでおくことを決めた。

 

 

 *

 

 

 ──そんなやり取りから、数十分後。

 

(まさか本当に……来るとは……)

 

 佐々木は眼前の光景を、戦慄の念と共に眺めていた。

 すなわち、土方十四郎と近藤勲が並び、自分たちと対峙する様を。

 

 黒縄島の森林地帯だった。闇夜の視界の悪さも相まった戦場で、黒と白の隊服を着た集団が睨み合う。

 いや、黒側には一部、白い隊服を着た者らがいた。ここに来るまでの道中、見廻組の制服に着替え、佐々木の陣営の懐深くまで入り込んだ真選組側の隊士たちだ。

 

「俺と共に生き俺と共に死ね、真選組よ!!」

 

 ──近藤の号令を皮切りに、合戦が始まる。

 佐々木へ真っ先に斬りかかってくるのは、真選組の鬼の副長こと土方だ。

 両者の刀が衝突する──その直前。

 

「ッ!?」

 

 割り込む一撃があった。

 佐々木を庇うように土方の前に立ち、その刃を受け止めた新手。白い制服は一目で見廻組側の存在だと分かる。だが土方が目を見張ったのは、

 

「な──テメェッ!?」

 

「……!?」

 

 土方が驚きの声をあげると共に、遠方でも同じように驚愕したのは松平だ。

 咄嗟に土方は刃を弾き、素早く後ろへ距離をとる。そして現れたその相手を確かに見た。

 

「彼方……!? 一介の用心棒のコイツがなんでここにいる!! 佐々木!」

 

「ああ、最近入った新人隊士ですよ。研修中でしてね」

 

 ──冗談ではない。冗談じゃなかった。

 この局面で出てきていい戦力ではない。伏兵にも程がある。ズルすぎる。

 

「テメェ……つく相手が違うだろうが。とっつぁんの手駒じゃなかったのかよ……!」

 

「義理人情でそちらにつけと? だったら刀を捨て、選挙権でも握ることだ」

 

「あぁ!? 意味が分かんねーよ!!」

 

 構わず切り込む土方。

 相手が誰であろうと臆さず立ち向かえる強さは美点だが、しかし繰り出す一閃はことごとく弾かれる。いっそ丁寧なほどに。的確に。まるで鉄板にでも斬りかかっているようだった。

 

(っ、隙がねぇ……!!)

 

 彼女は抜刀すらしていなかった。()()()()()()()()()()で土方の相手をしているのである。舐められているとかいう次元ではない。やる気がなさすぎる。

 ここは戦場だというのに──まるで稽古場にでも叩き込まれた気分だった。

 

「そこをどけェェ!!」

 

 構わない。振り下ろす。

 だが、それは受け止められた。

 

「ッ……!!」

 

 右手の人差し指と中指、たった二本の指で白刃取りされた。

 刀が──動かない。なんて力だ。人間技の域を超えている。

 だがそんな土方の戦慄を他所に、羅刹は空を仰いだ。

 

「風が変わった」

 

「!?」

 

「爆撃くるぞ」

 

 直後だった。土方の鼓膜に、爆発音が突き刺さった。

 

 

 *

 

 

 ──黒縄島の外、海洋からは見廻組の飛行艦隊が浮上していた。

 奈落の艦隊との砲撃戦が始まる音を、島内にいる誰もが耳にする。

 編み笠に黒装束、錫杖を持つ集団──奈落の(からす)たちの上陸が始まった。

 

 その最中。海上でも一つの狼煙があがっていた。

 真選組の作戦開始から一時間半。いかなる戦況であっても、各自撤退行動に移れという合図だ。

 

 退却が始まったのは真選組だけではない。見廻組も同じだった。

 副長、信女による全部隊への通達命令。ただちに戦場から離脱し、また上空部隊にはその援護と、敵艦隊の牽制を命じた。

 

 そして。

 

 森林の戦場に現れた奈落たちと戦っていた土方は、あるモノを見た。

 奈落たちの一部──新手として現れた小隊規模の集団が、自分たちを無視して、ある一点へと向かい始めたことを。

 

(……!? あいつら、何のつもりだ!?)

 

 彼らが向かう先に視線を向けると、見えたのは白い隊服。

 羅刹だ。

 

 彼女もまた、向かいくる奈落たちを作業のように殲滅していた。まるで手慣れた挙動で、歩くたびに屍が増えていく。異様な光景だった。彼女の周辺一帯だけが、死に満ちている。

 

 その中へ、奈落たちが上から飛び込んだ。

 一人を取り囲むように。たった一人を殺すために。

 動員された量が異常だと誰もが思った。いかなる凄腕だろうと、数のアドバンテージに勝てる人間はいない。集団に囲まれてしまえば、確実に死ぬ。

 

「彼方ァ──!!」

 

 先ほどまでは厄介な敵の筆頭だったが、奈落が現れた以上、今は違う。

 真選組、見廻組、攘夷党にとって、ここで彼女を失うのは大きな戦力の損失だった。

 

 ──羅刹を囲んだ第一陣が、中空で鮮血を撒き散らす。

 それに構わず地上を駆ける第二陣が向かっていく。落ちる第一陣の屍を隠れ蓑に、或いは盾に用い、その隙間から彼女へ一斉攻撃を仕掛ける。当然、羅刹は唯一の退路──すなわち上空への跳躍を選び、

 

「!?」

 

 第一陣の屍どもが、今も死に向かいながら、己の足を、腕を、衣服を、髪を、武器を、掴むのを見た。

 貴様も黄泉に堕ちろ。

 そんな漆黒の目を向けながら。

 

 ──第二陣が突き出した錫杖が、針山のように羅刹(おに)を貫いた。

 

 事はそこで終わらなかった。

 地上に縫い付けられた彼女は、上を見た。遠く、空を飛ぶ船が見える。

 その砲口がこちらに向いていた。ただの砲撃ではない、とすぐに解る。

 

「──、」

 

 羅刹の脳裏をよぎったのは、江戸で虚と万事屋たちが戦う場面(シーン)だった。

 

 アルタナ兵器「晶龍門(しょうりゅうもん)」。

 変異体への特攻を持つ、異星のアルタナの結晶石。そこから抽出したアルタナをエネルギー変換し、光線として放つもの。それに篭められたアルタナは各地の星のアルタナをブレンドしたオリジナル。適合する不死者などどこにもいない。

 

 すなわち、地球のアルタナから生まれた己も虚も、そんな兵器の一撃を受け、細胞の一片まで消し飛ばされれば、どうなるか分からない。

 

 実際、原作でそれと対峙した虚は回避を選び、即座に晶龍門を破壊している。

 

 アルタナ変異体を殺すための術を、天導衆は知っている。

 そも天導衆とは、各星のアルタナを管理する組織。入手困難な結晶石がなくとも、造ろうと思えばいくらでも晶龍門に類似した兵器を造れるだろう。

 

 艦砲から光線が発射される。

 

 終わり()が来る。

 

 

 *

 

 

 殺害などという生易しいものではなかった。

 蒸発。

 彼女を縫い付けていた奈落共々、放たれた光線は全てを焼き払った。

 

「彼……方……」

 

 そこに残ったのは一つのクレーターだけだった。

 他には何も無かった。

 

 ──不死者が蘇る気配は、無い。

 

 

「何故だ……!?」

 

 一部始終の光景を目撃していた土方は思わず言っていた。

 

「あいつが一体何をしたってんだッ!? 俺たちならまだ解る、だが将軍の護衛もやっていた奴を……!」

 

 彼が思い起こしていたのは、沖田ミツバとのやり取りだった。

 病から回復した彼女は言っていた。「いつか、ソラさんにお礼を言いたい」と。

 ミツバの容態が危なかったあの日。誰もが覚悟していた彼女の病死は、しかし病院に戻れば覆っていた。

 

 傍にいたのはあの用心棒。

 ミツバに何をしたのか、と長らく聞きそびれて、ソラの方も一向にミツバの前に現れようとはしなかった。

 そして今、永遠に彼女らの再会は叶わなくなった。

 

「っ、何の恨みがあって……!!」

 

「恨みなら……あったんでしょうね」

 

「!?」

 

 砲撃の衝撃に吹き飛ばされていた佐々木が、立ち上がりつつ土方の疑問に答える。

 

「彼女は鬼。『羅刹』という名称が奈落(彼ら)に付けられるほどの敵対存在だったようですよ。噂によれば……何百年も前から、奈落の暗殺者たちを各地で殺し回っていたとか。ここまで徹底的に消されるのも当然の末路というものでしょう」

 

 言いつつ、佐々木の中にあったのは一沫の無念だった。

 あの日、あの夜。彼女にその気がなかったとはいえ、愛する妻子を救われた恩義を、返せなかったと。

 

(……いや、或いは……この孤島に連れてくる事こそ、返済として認められたのでしょうか)

 

 死人の真意は、もう分からない。

 彼女が始めからこの結末を予期して佐々木に干渉したのか、一体なんのために此処まで来たのかは──彼ら警察組織の視点では、明らかになることはない。

 

 

 *

 

 

「目標地点到達。頭上です!」

 

「──えーと、あの。ホントに行くんですか!?」

 

 近未来的な内装をしたその空間は、その船の管制室だった。

 乗員は人型でこそあるが、姿は地球人とは大きく異なる。全身タイツのような紫の肌の色で、頭部の顔面には時計の針が描かれたような宇宙人(天人)だった。

 

「ああ、ここまでの協力感謝する。後はもういい。自分たちの故郷に帰るがいい──時の番人」

 

 そして。

 一振りの木刀にしか見えない妖刀を手に、彼女は昇降口(ハッチ)へ向かう。

 

 黒い羽織、着物、袴、ブーツ。

 漆黒一色の装束を着たその者は、開いた扉から眼下を見る。

 

 あったのは孤島。今まさに戦火に焼かれ続けている戦場。

 更にその上空で睨み合う、二つの艦隊。片方は見廻組、もう片方は奈落のものだ。

 だがそれ以外にももう一つ。戦線から外れた位置に、奈落のものと思しき船──先ほど、地上で一人の用心棒を焼き消した船があった。

 

 彼女が躊躇うことなく空中へ身を投げる。

 

 自由落下が始まる。

 

 

 *

 

 

 ──突如として船を揺らした轟音に、八咫烏()は振り向いた。

 

 船上に爆発が起き、誘爆が生じている。

 そんな火の手を逆光に浴びながら、奥から出てくる一人の人影。

 

 足元に、ゴトリと死体が転がった。

 生きている者は誰もいない。甲板にいる両者を除いては。

 

「……酷いことをする。この船、一隻しかない特注品だったんですが。というか、……あの、さっき殺しましたよね?」

 

「蒼崎橙子作戦」

 

「あぁ……寝物語で聞いたことがありますね、ソレ」

 

 虚が思い出すのは遠い幼少時代だ。師がよく語っていた数々の奇天烈なおとぎ話。中でも兄妹が出てくる鬼退治の話は、不死者として生きる上での教訓がよく学べた。パワハラダメゼッタイ。

 

 自分の代わり。自分の人形。

 アルタナと細胞さえあれば、精巧な変異体のクローンが出来上がる。つまり、地上(した)で消し飛ばされた個体(彼女)はそれだった。

 

「絶条ソラはどこにいる」

 

「……? 貴方も知らないんですか」

 

 チ、と軽く彼女は舌打ちする。

 今宵、最も警戒すべき存在。奴が干渉してくるなら此処しかなかった。

 きっと、此方にとって「最も嫌な時」に現れる。それを既に確信していた。

 

「もしや、あの方も殺すおつもりですか。自らが生んだ人格を」

 

「補助としての役割は十全に果たした。もはや生かしておく意味がない」

 

「それは困りますね」

 

 虚が刀を構える。

 穏やかな口調の中に、純然たる殺意を伴わさせて。

 

「ようやく私なりの貴方と戦うべき理由ができました。……死神にしては、随分とありきたりなものになってしまいましたが」

 

「それも奴の策の内だ。他者から与えられた道筋で獲得した理由に、なんの強さがある」

 

「理由はそこにあるだけで全てです。それとも、『強い動機』がなければ貴方は戦えないと?」

 

「……いいだろう」

 

 墜落を始める船の上、彼女もまた得物を構えた。

 両者から放たれる剣気に、思わず地上で顔を上げたのは幾人かの強者だ。

 あの船に、何かがいる、と。

 

「天導衆、天照院奈落──虚」

 

「羅刹」

 

 緊張が限界まで高まる。

 瞬間、始まりの剣撃が天地を震わせた。

 

「「参る」」

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