銀魂 SF時代劇の彼方者   作:時杜 境

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殺意

 上空で二匹の龍が戦っている。

 

 地上からそれを仰いだ時、まず見えるのは閃光だ。その発生源に応じて、空間が揺らぎ、震え、破砕されている。不運にも巻き込まれた墜落の船体はもはやボロボロだった。爆炎と煙を上げながら、更なる破壊の余波を受け続け、その瓦礫を地上へ撒き散らしていた。サンドバッグもかくやという状態だが、それに同情を向けるような者はいない──地上で交戦していた誰もが、「そこ」で行われている龍の食い合いに見入っていたからだ。

 

 坂田銀時も、朧も。

 沖田総悟も、神楽も、今井信女も。

 真選組も、見廻組も、──奈落でさえも。

 

 誰もが、動けなかった。

 船の降下と共に降りてくる、二匹の龍の食い合いを。まるで天災を前にしたように、成す術なく、呆然と眺めていた。

 

「なんだ……あれ……」

 

 かろうじて、そんな声を発せたのは志村新八だった。

 人類の中でもかなり化物じみた連中に囲まれているせいで非常に分かりづらいが、彼とてこの死地に踏み入るだけの資格(強さ)を持つ者。毎日の地道な鍛錬を重ねて培われた精神力は、この異常事態であっても、まだ「自分の意志」を口にできるだけの余裕があった。

 

 或いは、それはまだ彼が発展途上と呼べる段階だったが故に零せた所感だったかもしれない。

 

 彼よりも上にいる者ら──天才剣士と称されるほどの沖田、かつて奈落に所属していたほどの手練れである信女、夜兎族という戦闘民族の末裔たる神楽、数々の戦場を潜り強敵を乗り越えてきた坂田銀時などは、恐怖とは違う次元で上空の様相を眺めていた。

 

 才能と経験と実力があるからこそ、()()()()()()()

 

 上空(あそこ)で行われている戦いが、どれだけ理不尽的で、どれだけ絶望的で、どれだけ人類の域からかけ離れた「災害」なのかを。

 

 何が起こっている?

 誰が戦っている?

 これから一体、()()()()──ッ!?

 

 

 ──船体(ふね)が墜落する。

 直後に彼らは目撃することとなる。

 災害の正体。化物同士の、文字通り、星を壊しかねない戦争じみた戦いを。

 

 

 ◆

 

 

先攻は貰った(烏は死ね)

 

 妖刀を振り抜くと同時に起きたのは攻撃と防衛という動きだった。振り抜かれた彼女の一撃を、虚は左腕を盾にするように構え受け止めることを選んだ。骨が砕けるどころか、その衝撃で前腕が破裂する。だが肉体の損失は彼にとってデメリット足りえない。防御側は防御側でメリットがある。そう、

 

 攻撃を放った彼女に一撃入れられるというメリットが。

 

 下から上へと滑った刃が、羅刹の妖刀を握る右腕を斬り飛ばしに動く。

 瞬間、羅刹は()()()()()()()()()

 

「ッ!?」

 

 フリーになった右腕が斬り飛んでいく。即座に彼女の左腕がその場にある妖刀を掴み取り、上へ斬り上げる。だが先に虚が一歩引いていた。鼻先を掠めて彼の編笠が飛ばされる中、二人の欠損した腕が再生を終える。再び刀身同士がぶつかり合い、衝撃を生んだ。

 

「……長い夜になりそうですね」

 

「喜べ、命日にしてやる」

 

 互いに弾き合い、距離を作る。

 その時、羅刹の背後で爆発が生じた。この船体の動力炉を先ほど破壊したせいだ。立っている地平が大きく傾く。

 

 水平に上下が生まれる。

 それで羅刹の上を取った八咫烏が飛び込んできた。その姿がブレる。連続する意識の合間、その空白に入り込むことによって成される移動法。瞬間移動したかのような錯覚は、対峙する相手に強制的な隙を生じさせ、反応を遅らせる。──だがこの相手にそんな小細工は通用しない。無意識下レベルでの迎撃反応が発動し、死角を取って振るわれた一閃を完璧に弾き返した。

 

 いや、完璧すぎた。読みやすい。動きを誘導された。間髪入れずに虚が掌底を繰り出し、剣士の身を吹き飛ばしにかかる。羅刹はそれに反応しようとし──、直前で止め(キャンセルし)た。

 

「っ、カ」

 

 彼女の体重は軽い。

 まともに掌底を受けて飛ばされ、甲板の壁に激突する。そこへ容赦なく死神の一太刀が追撃した。

 瞬間、彼女は後ろへ身を引く。後方宙返り。甲板の壁を越え、船の外へ。回避というには余りにも自殺的な選択に、虚は目を見開きかけ、

 

 直後、死角から船体が真っ二つに叩き割られた。

 

「──!!」

 

 彼女が持つのは妖刀。極小のアルタナ兵器だ。篭められたエネルギーが斬撃として発生し、虚のすぐ右横を通り抜けていく。甚大なダメージを負った船体が更に誘爆、炸裂する。それによって無数の爆風が生じる中、更に虚が足場としている半分の船体が、船底側から細切れにされていく。

 

「なんと──」

 

 足場が安定性を失くし、崩落する。その中で、虚は見た。眼下、船底の向こう側から、瓦礫を踏んでこちらへ駆け上がってくる修羅の姿を。

 

──なんと自由な……!

 

 中空、瓦礫登り。師が言っていた、「いつかできるようになりたいリスト」の一つだ。──などと、下らない思い出が蘇る。

 

 空中で再び斬撃の連打を交わす。衝突によって互いが弾き飛ばされ、しかし互いに瓦礫を足場に蹴って、一定距離を保ちながら攻撃を連鎖させる。が、

 

──なんか宙を蹴ってませんか……!?

 

 虚は見た。漆黒の剣客が、明らかに瓦礫の無い箇所を()()()こちらに飛び込む様を。

 師ならば空気中のアルタナをどうこうして類似の現象を引き起こすことはできよう。だが彼女はどうやって? 妖刀の力か? 否、異星のアルタナを用いる武器にそんな真似ができるハズもない。ならば考えられるのは──ただの肉体的技術の範囲内か。

 

(無茶苦茶な……!)

 

 思い、苦笑した。化物は化物でも、こんな方向性で思うことになるとは予想外だと。

 やはりあの師の源泉なだけはある。理も常識も何段階か踏み越えているらしい。

 

 実に面白い。

 それはそれとして殺し合うが。

 

 虚の振るった一閃が彼女を捉える。が、やはり見間違いではなかった、空中で身を捻ってかわされる。首を浅く斬られ、八咫烏の仮面が割れる。天地逆さまに身を翻している彼女の右腕からも、鮮血が散った。

 

 赤眼の視線が交差する。

 地上が近い。

 瞬間、虚は片足分しかない大きさの瓦礫の上で身を捻じり、羅刹の胴に回転蹴りを叩き込む。と同時、その左足を掴まれた。死神が絡みついたまま体勢を変え、上から妖刀を虚の心臓に突き入れる。がっ、と血を吐きながらも心臓が蘇生する感覚を覚えつつ、虚も刀を彼女の首めがけて穿った。

 

 頸動脈を断つ。

 その間もずっと両者の視界が回っている。落ち続ける。

 羅刹が虚の刀を掴んだ。瞬間、右足で虚は彼女の身を下から蹴り飛ばし、拘束を逃れる。身を翻して軽く体勢を整える。そこで彼の足裏は大地に着地した。

 

「……まったく、とんでもないじゃじゃ馬ですね……」

 

 というか師と同じ顔なのが一番心臓に悪い。刃を交わす度に精神の中で幾人かの人格が吐血している。

 はあ、と息を吐きつつ、内臓の再生が終わる。器官に溜まった血を吐き出しつつ、おや、と周囲を見た。

 奈落に真選組、それに見廻組が戦っている戦場のただ中だ。誰もが刃を交わしながら、唖然と降りて来たこちらを見つめている。

 

 ──恐怖と怯え。

 ああ、こういうのでしたね、と虚は慣れた視線に表情を失くし──、

 

「おっと」

 

 背後、上から斬りかかってきた気配に刀を振るう。

 重さ、精度、殺意の強さからして羅刹ではない。これは、

 

「骸ですか」

 

「ッ……!!」

 

 今は白い制服をまとう黒髪の女。

 かつて同じ奈落に属していたもの。当時は部下だったか。

 ロクに命令を聞いてくれたことはない。無感情に見える瞳には、しかし奥底には恐怖がある。それを捻じ伏せて戦える精神力は賞賛すべきだろう。

 

 骸の刃が動く。体重移動で回りつつ、下からの二撃目を狙う動きだ。見え過ぎている故、届く前に片手で刃を取った。そのまま受け身を取ることもできず、勢いのまま彼女は地面に倒れ込む。

 

 次いで、射撃が降ってきたので軽く跳ぶ。崖上から、先の射撃の主だろう、番傘を持った娘が降りてくる。雄叫びをあげながら向かってきたので、振るわれてきた番傘を刀で受け止める。怪力だ。

 ──夜兎か、と珍しく思いつつ、左から頭を蹴り飛ばした。

 

「神楽ちゃんんん!!」

 

 どこぞで彼女の名前らしきものを叫ぶ声が聞こえる。

 そちらには気をやらず、死角から飛んできた一閃を弾き、更にその場から左へ跳躍、移動した。

 向いた正面に立っているのは、真選組の隊服を着た年若い青年だ。こちらを見据えながら刀を構えているが、微かにその身が震えている。

 

「沖田隊長!」

 

「早く逃げろ」

 

 即座に実力差を解したらしい、的確な指示が飛ぶ。

 八咫烏(わたし)の羽は広いですよ、と軽く言葉を作ろうとして、──止める。いつ、どこから羅刹が出現するか分からない。無駄に雑言を交わす余裕がない。

 

 そこで視界の端で骸も起き上がり、神楽と呼ばれた夜兎の娘も立ち上がってくるのが見える。

 正面の青年が動いた瞬間、三者が向かってくると虚は予測し、

 

 

貴様の相手は私だ

 

 

 背後から来た死の刃を受け止めた。

 弾き飛ばされる。真選組の青年の真横を通り、夜兎の娘の背後まで。直後、疾風が再び彼らの横を通った。羅刹だ。未だ地面に着地できていない状態の虚の胴を、更に蹴り飛ばしてくる。

 

「ごっ、──」

 

 到達する。背後の森へ。

 咄嗟に地を蹴り、身を起こして体勢を立て直す。直後、衝撃が来た。妖刀の一撃を刀で受け、弾き、下がる。当然のように着地の足を狙った斬撃が訪れ、更に下がる。流麗な剣閃が、どこまでも追いすがってくる。美しい。

 

 と、虚の背後から複数の人影が飛び出してくるのが見えた。──奈落だ。十余名が果敢にも彼女へ襲い掛かるが、通りすがる間に一人残らず処刑された。もはや一つの嵐だ。死の風だ。

 

「鬼ごっこといきますか」

 

 苦笑し、加速を入れて、虚は身を弾くようにして走り出した。少しでも羅刹(アレ)の速度を止める要素が欲しい。この先にいるのは、そう、

 

「クソったれがぁぁぁぁ!!」

 

 逃げ場もなく、奈落に囲まれている真選組と攘夷党の別動隊だ。

 走ってくる此方の気配と、羅刹の殺気で多くの者が振り返る中、

 

「ちょっと失礼、通りますよ」

 

 通る。

 幾人かを斬ってもよかったが、そんな余裕があるなら、一歩でも先に走り、距離を作るメリットの方を取った。敵を無視し、味方を無視して、戦場の合間を縫うようにして駆け抜ける。

 

 ──そんな虚の後ろを、羅刹(おに)が追いかけてくる。

 

「っ!? お前なんで生きっ……!?!?」

 

「邪魔だ退け」

 

 羅刹が土方へ最低限の声を作ると共に、奈落たちの死骸が増える。

 一方、真選組たちと交戦していた(からす)たちの優先目標が変わる。羅刹の前へ立ち塞がるもの、攻勢を仕掛けるものと行動を開始し、瞬間、

 

「や か ま し い」

 

 エネルギーの収束があった。直後に轟音と閃光と爆砕が発生する。

 空からの爆撃と、奈落と森そのものを妖刀でまとめて一掃しながら彼女は駆ける。嵐の通り道に巻き込まれた者たちは余波に吹き飛ばされつつ、(みな)呆然とそれを見届けることしかできない。

 

「なんだってんだァ!?」

 

「敵があっちに流れ出した……!?」

 

「向こうだけ戦闘の規模というか世界観が違くないか」

 

「いや、いい! 行け行け! この隙に船に急ぐぞ……!!」

 

 一瞬でほとんど更地と化した森で、しかし切り替えの早い副長の指示が飛び、真選組たちの退却が再開していく。動揺と混乱は激しかったが。

 

 虚を追跡する羅刹の周囲には、奈落の手勢が迫ってきていた。どれだけ払っても払っても出てくる。まるで烏というより虫のようだ。──なぜ自らの命をそんなに粗末に扱えるのか、と羅刹は内心で呆れ、憐み、弔い、

 

「死んでくれ」

 

 直後、向かってきた天の遣いたちの殲滅が始まる。

 踏み込む足は一歩も、一瞬たりとも速度を緩めることはない。それを並行しながら連続で処理作業に移る。

 

 彼女の妖刀を握らない左手には、先ほど真選組の一人から適当に拝借(パク)った真剣があった。二刀流を以ってして、倍の速度で烏の死体が積み上がっていく。

 

 ()()()()()()()()、と徐々に血の河が流れ始める。広範囲攻撃にさえ錯覚する神速の解体作業だ。一人ずつ丁寧に丁寧に命を摘み取っていく。いっそ残虐とすら感じるほどに。殺戮というには余りにも敬意のある葬送。まるで見届け続ける不死者の生の縮図だった。

 

 だが彼女は生きた死神だ。

 どんなに人を凌駕した剣術技巧を持ち得ていようと、数と、執念と、意地の集団を前にしては、少しずつ、少しずつ、その歩みが遅くなっていく。

 

 初めは手首だけになった一人が、彼女の足を掴んだ。

 それを起点に、死が、彼女にのしかかっていく。肉片が彼女を掴み、血がその衣を汚して染みて重みを足していく。

 

 毒針が彼女の皮膚を掠った。結晶石の破片を突き刺された。猛毒を塗った刃が僅かに傷を作った。小さい傷と蓄積する毒物が、徐々に彼女のアルタナを狂わせ、再生能力を落としていく。それが続いて、続いて、続いて────

 

「…………──はぁ、はぁ、はぁ、ハァ…………」

 

 不意に、ガクンと来た。

 羅刹が膝をつき、完全にその歩みを停止させる。酷使した真剣が砕け散る。

 重い。重かった。毒と疲労と重圧。仲間の肉片に、死体に掴まって死んでいった奈落たちが、遂に死神にその足を停めさせた。命を使い潰した連鎖による成果。それらは全て、

 

「お辛そうですね」

 

 ──彼女を黄泉へと送る、八咫烏へと繋げるために。

 

 

 ◆

 

 

 まるで死の女王だ、と虚は思った。

 闇夜の森。そこに奈落たちの無数の死体と、それに掴まれ、両膝を屈した少女の姿がある。

 闇と血と死。

 彼女を取り巻くものはそれしかない。それしか居ない。

 

 殺戮の道中で、度々森を吹き飛ばす斬撃を放ちもしていたが、あまり連射したいものではないのだろう。仇に使いたいハズの技だ。妖刀にも、あとどれだけのアルタナが残っているか。

 

「死……ね……」

 

 そこで羅刹が膝を立たせ、立ち上がろうとする。

 疲弊はあるようだが、殺意と執念に一切のブレはない。まだ戦い続けるつもりだ。

 

 虚は、黒縄島を離れていく飛行戦艦の方を見た。真選組や見廻組、攘夷党は既に目的を達したようだ。恐らくはそこに、彼らの協力者たちも入っているのだろう。

 

「……誰もいないんですね」

 

 憐憫混じりに零した。

 

「貴方は数多くの者を救い上げてきたというのに、護ってくれる者も、(たす)けに来てくれる者は誰もいない。……かつての私もそうでしたが」

 

 強者の定めか。

 強すぎるが故に──弱い者たちは、「救けよう」などという考えすら湧かない。

 更には不死者、化物だ。そんな者に、誰が手を差し伸べるというのか。同族でもないというのに。

 

 ──それは翻って、彼女自身のスタンスでもある。

 強いが故に、頼る発想がない。助けてほしい、という言葉を吐く機会がない。

 不要だから。

 遠慮とか引け目からとかではなく、合理として、当然のものとして。

 

「私は貴方の生み出した人格(かた)に救われました──貴方は、どうでしたか。私が生み出した吉田松陽(もの)は、貴方に何か与えられたでしょうか」

 

「──あれが救いとなるのは、別の者たち(松下村塾)だけだ」

 

 私には関係がない、と。

 言って、彼女は立ち上がった。

 自らの身に縋る死体を斬り捨てながら。

 

「はぁ……568羽か……一夜にこれほど斬ったのは初めてだな……」

 

「……数えてるんですね、やはり。──何故?」

 

「忘れていいわけがない……」

 

「どうして?」

 

「貴様には永遠に解らん道理だ」

 

 拒絶。

 絶対的な拒絶の言葉だった。相容れない、と睨まれ、また虚の内で血反吐を吐く人格がある。

 つらい。

 

「さぁ……続きだ」

 

「いえ」

 

 虚が軽く手を挙げた瞬間だった。

 ドッッ、と羅刹の背を貫くものがあった。──錫杖の束だ。

 

 彼女が後ろを振り向けば、闇中に奈落の兵たちがそこにいた。

 捕まえたぞ、と無言の内に訴えるように。

 

天導衆(ろうじんたち)が貴方に興味を示していましてね。何しろ、私に次ぐ変異体のサンプルです。徹底的な排除が可能ならばこれを、或いは、機会があれば捕縛を、と命じられていましてね?」

 

「……醜悪だな」

 

「まったく同意見です。私とて本意ではありません。ですがまぁ、彼ら(奈落)から貴方に向けられた憎悪も無視できるものではないでしょう?」

 

「……そうだな。報いを受けるのは道理だ。私に向かってきた彼らは……とても人間らしかった。知識とはまったく違う、己の意志を以って私を殺しに来ていた猛者たちだ」

 

 はあ、と吐血混じりに彼女は息を吐く。

 これまでか、とまるで諦めるように。

 

 不死者の生け捕り。

 この結末を以って、彼女の復讐への道も途絶える────

 

「──参」

 

「?」

 

「弐」

 

「何を……」

 

「壱」

 

 謎のカウント。

 謎の数字。

 発したのは羅刹だ。壱、と言っても静寂だけがあり、何が起こる気配もない。

 ……何だ?

 

「私が……これで諦めるとでも思ったのか?」

 

 その声音は、冷めていた。冷めきっていた。

 嵐の前の静けさのように。

 

「天導衆の思惑など見え透いている。奈落、貴様らの意志と命には敬意を表すが、実に下らない。お前たちは自らの用途を誤った。()()()()()()()()()()()()()()()。それを何世紀も省みず、私に殺される理由に疑念もなく、変わろうともしなかった。──それが貴様たちの末路の全てだ」

 

 チカッ、と。

 虚の視界の()で、何かが輝いた。

 

「────まさか」

 

「私はここが決戦の地であり、最期の日だと定めた。この日こそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だからだ。ここで決められなければ、私は江戸中の民を殺し尽くしてでもお前らを引きずり出し、主要人物の全てを排してでも、虚──お前への復讐を果たしに行くだろう」

 

 だから、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 たとえこの星を滅ぼしてでも──貴様を殺してみせる」

 

 

 結果は直後に。

 

 次の瞬間、衛星軌道上から放たれてきた砲撃が、黒縄島を貫いた。

 

 

 ◆

 

 

 虚は咄嗟に、飛びのいていた。

 本能的なものだった。本能と、経験が、()()()()()()叩き込まれてきた天空射撃から、思わず身を退いていた。

 

「な、にが……」

 

 着弾の衝撃に吹き飛ばされ、虚の視界が戻った時。

 その一帯の森は、更地と化していた。集結していた奈落も一人残らず死んでいる。

 ──ただ一人。立っている彼女を除いては。

 

「やはり奈落はただの人間だったな……さて、これでようやく邪魔がいなくなった」

 

 彼女の身には、傷一つなかった。

 しいて言うなら黒い羽織が少し焦げていた程度で、それを脱ぎ捨てる姿が見える。

 

「いや、あの……まさか、今のは……」

 

「──ああ。()()()()()()()()()()()()()()()だ。私やお前はこの通り、直撃したところで無傷だが、ただの人間はそうはいくまい」

 

 羅刹は、万全だった。もはや蓄積した毒もアルタナの不調もない。

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。彼女が行ったのはそれだった。

 

「中古で三億。悪くない買い物だった」

 

 うむ、としみじみ頷く羅刹。

 なんというか、もう、虚は言葉が見当たらなかった。

 

 変異体の不死性はその星の龍脈(アルタナ)によって維持されている。彼女は、それを逆手に取ったのだ。

 

 アルタナを実用的エネルギーに変換できる発明が成されたことによって、この宇宙は飛躍的な発展を遂げた。星間移動、星を破壊する消滅兵器の開発もその一部に過ぎない。

 

 ならば──アルタナを用いた兵器は、変異体にとっては一転、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()となる。

 

 例えば。地表に漂うアルタナを止められ、自身の器に貯蔵したアルタナさえ尽きてしまっても。

 ()()()()()()()さえあれば、変異体は継続的に活動できるのだ。もし仮にこれを無限に続けてしまえば、変異体は、単独で異星の制圧すらも可能となるだろう。

 

 まさに悪魔の発想である。

 

「なんで天導衆はやらなかったんだろうな。不死に目が行き過ぎて気が付かなかったのか?」

 

 つまるところ、彼女が行ったのは()()()()()()()()。その戦略。

 殺意が復讐がなんだと、次元が違う。

 ()()()

 

「だが次はそうはいかない。地球産のアルタナの弾は使い切ったから、次は異星のアルタナ砲が落ちてくるぞ」

 

「!?」

 

「当然、お前の生命反応を感知して的確に投下される。細胞サンプルは松陽と同じだし、登録は簡単だった。私も巻き添えは食らうが、想定内のデメリットだ」

 

「……わざわざ手の内を開示するとは。天導衆が感知して停止に動くとは考えないのですか」

 

「起動は十時間前に完了している。停止命令を送ったところで時限式で自動発射される」

 

 ──勝てない。

 何者も、彼女の憎悪には、勝てない。──止められない。

 

「始めるぞ」

 

 復讐者が、構えた。

 最高の身体状態、体調と、万全を期した彼女が、殺意の刃を向け放つ。

 

ブッ殺す

 

 それに応じて虚も覚悟した──これはもはや、決着が着くまで終わらぬ戦いだと。

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