──帰ってくれ……
という言葉を、羅刹は十回ぐらい呑み込んでいた。
なんで来た。いや来そうな気はしていたけども。八割強、来る予感はしていたけども。だが「関わるな」などと言ったら絶対に関わってくることを確信していた。だから言わなかった。協力してくれとも、関わらないでくれとも言わなかった。頼むから何事もなく帰ってくれと祈っていた。
祈りは聞き届けられなかった。
この世は、割と、案外、想像以上に、善意に溢れている。
今回の場合、「余計な」、と付けたいのが本音であったが。
それに突き当たる機会は人によって異なり、それによって世界の見方も大きく変わるのだろうが。
彼女の場合、それは「多め」と言えるくらいの当たり率だった。
今回それは致命的かつ最悪な形でホームラン打っていた。
(……あぁ……)
多くの味方、多くの援軍に来た
心強さなど、微塵も感じてはいなかった。
これで仇を滅ぼせたらラッキーだな、という心持ちだった。
(負ける気がする…………)
決着をつける前から此方が大きく優勢。
すなわち、
冷静に敗北フラグを悟っていた。
◆
──そんな彼女の胸中を知る由もない
化物──すなわち、怪物として己に求められている役割を。
「────、」
発する言葉は、ない。
かつて師に教わった教え通り、静かに周囲を取り囲む敵勢を見渡し、見据え。
──無感情に殺気を放つ。
『……ッッ!!』
場の恐怖をコントロールする。
ある者は怯え、ある者は腰が引け、ある者は好戦的な笑みを浮かべ、ある者は殺気を返し、ある者は怒りを向け、ある者は憎悪を高め、ある者は息を呑み、ある者は覚悟と決意を固める。
場の感情、全てが虚一人に向けられる。
それはかつて、彼が人間たちから向けられたものと同じだった。
慣れている。
だから、涼しい顔で流した。
「──ゆくぞォォ、てめーらァァァ!! 狙うはただ一つ!! 虚の首を獲れェェェェ!!」
その号令で総力戦が開始する。
たった一人の化物相手に、全員が立ち向かう。
◆
始めに虚の間合いまで迫ってきたのは、地球人よりも身体能力の高い天人の部隊だった。
春雨十二師団の兵士たち。さまざな星と戦場を駆け抜けてきた、間違いなく宇宙最高の精鋭たち。
──その前線が、一瞬で血の海と化した。
は? と誰かが声を漏らした。無理もない。先ほどまで、つい一瞬前まで隣にいた戦友、知り合い、仲間たちが、刹那で鮮血を噴きながら倒れ込んだのだから。
理屈など単純なもの。虚が先にその集団へと飛び込んだだけだった。そして目にも留まらぬ速さ、常人では追いつけない剣速で集団を殲滅しただけだった。意識の合間と敵影の隙間をかい潜り、斬撃を通して一瞬で屍山血河が生成される。
後はそれが繰り返されていくだけとなる。
その猛進へ上から割り込んだのは春雨三凶星が一人、
刹那に、彼の
虚の心の内を。何を以ってこの戦場に立っているのかを──
「ッ!?」
だが、目撃する直前、その視界は闇に閉ざされた。
目を潰されたのだ、と馬董が理解した時には、他の兵士たちと同じように地面へ倒れ伏していた。
「星芒剣王が一瞬で……!?」
「この化物がァァァ!!」
恐怖に比例して憎悪が強まっていく。
次に虚へ襲い掛かったのは三凶星、
虚は眉一つ動かぬまま、無情に命を斬り捨てていく。
時折、皮膚に傷がつく事もあったが、すぐに再生する。殺気だけで精神をやられた者は棒立ちのまま斬られ、そんな有様を前にして心が挫けた者も後を追い、雄叫びをあげながら挑みかかった者も剣筋を捉えることすらままならないまま、倒れ込んでいく。
次々と。
続々と。
皆揃って、同じように、倒れていく。
「よく暴れる野郎だな!!」
そこで、ようやく虚に拮抗できる存在が到着する。──
宇宙最強と称されるエイリアンハンター。この戦場でもっとも「化物狩り」に特化した規格外であり、原作における虚にも命一つを捨てさせたほどの猛者である。
だが星海坊主は虚の視線を受けた途端、怖気を覚えた。
言い知れぬ悪寒。殺気とは異なる、それ以上に強い感情が乗った何か。
遠目からは無感情に見えた
「ッ、ぐォ……!!」
振り抜かれてきた斬撃を番傘で受け止める。
そう、止める。弾き飛ばされずに、夜兎特有の怪力でその場に止める。そしてこの僅かな隙に、彼の馬鹿息子とその部下たる夜兎族の部隊が虚へ突貫する。
はあ、と。
怪物が軽く吐息したのを、星海坊主は見た。
瞬間、虚がその場から飛びのく。距離を作ることで攻撃をかわすと再び踏み出し、意識の間隙に潜って夜兎たちを斬り捨てる。咄嗟に致命傷を腕で庇うなりした神威や星海坊主を始めとした精鋭たちは、追いすがるように虚へと再び迫り、
「っで!?」
神威へ虚の蹴りが突き刺さり、そのまま近くにいた星海坊主を巻き込んで親子共々吹っ飛ばされていく。
虚は流れるように次の動きを作り、続いて襲い掛かってくる夜兎たちを順々に始末する。誰も彼もが血を流しながら崩れ、倒れていく。それを少し遠くから見ていた
「……なんてこった。俺たちはあの怪物一人に滅ぼされるぞ……」
だが彼に浮かんだその絶望を食い破るように、更に虚へ飛び込む者らがあった。
春雨を始めとした天人の部隊は殲滅された。
ならば次に出てくるのは、この
◆
虚の視界にまず入ったのは銀色だった。
銀髪の侍。吉田松陽が拾い、全ての始まりにして中心だと師が語っていた男、坂田銀時。
──そんな情報も、虚にとっては何の意味も持たないが。
斬撃を放つ。それを木刀が受け、切り結ぶ。虚の太刀筋を知っている動きだった。松陽に鍛錬を受けているのだから当然だろう。驚く事でもない。
そこへ、更に追撃の気配があった。背後からだ。かわせば、鋭い一太刀が脇を通っていく。高杉晋助。彼もまた吉田松陽に指南を受けた弟子の一人。完全に銀時ごと貫く気の一閃だったが、銀時もかわしている。互いの呼吸を知っているのだろう。厄介な連携だ。
次いで、死角からの一撃を迎撃した。今度は、青い着物の侍だった。桂小太郎。体の動かし方からして腹部を負傷しているようだったが、それを省みない、かつその上で一切のブレがない太刀筋。それでいて、動きには銀時と高杉の次の攻撃を通すための意図を感じた。
銀時か高杉が一刀を捻じ込み、片方がそれを利用し攻め込み、彼らの意識が届かぬ箇所を桂がカバーするように、或いは彼らの攻撃を繋げるために動く。互いの思考、動きのクセ、呼吸、剣筋、全てを理解し尽くした熟練の剣捌きだった。もしここに更にもう一人、彼らと同等の剣士がいれば、捌ききれずに一瞬で五度は殺されていただろう。
それほどに三人の連携は隙が少なく、合致したピースのように当てはまっていた。この三人で立ち向かえば、それこそ敵勢の数など関係なく一方的に蹂躙できるだろう。剣士として最高の極致ともいえる連携がここに成されていた。当の本人たちは自分の好きなように動いているだけに過ぎない、とでも言いそうな、
羅刹や虚の剣が究極の個の剣技ならば、彼らは仲間の存在を前提とした連携の剣技の極致。
彼らがただの人間だからこそ到達できた武の領域だった。
ところで。
現在この戦場には、彼ら三人を凌駕する剣の使い手がいる。
そう、本来の四人目の代替が務まる者が。
羅刹だ。
「ッッ──!」
黒い殺気だけで周囲にかかる重圧が増した。
精神が出来ていない者はそれだけで嘔吐し、でなくとも武器を取り落とす者が後を絶たない。それを連携、つまり至近距離で食らうとなると、相応の負荷がかかるものだが、
「味方だよなぁッ!?」
「同じ戦地にいるだけの他人だろ」
銀時のツッコミを冷徹に斬り捨てつつ、羅刹が三人に足りない部分の動きを加算、補完する。
付き合いの期間など無に等しい。だが剣を見れば即座にそれに合わせて対応できる。呼吸もクセも思考も解らずとも、経験と技巧と直感だけで彼らに合わせるどころか、三人の潜在能力を引きずり出すレベルのカバーリングが可能だった。
故にそれをやった。
三人の呼吸を読み、それらを元に次の動きを予測、同時に虚が彼らの意識の合間に差し込もうとする攻撃の一手を牽制し、彼の注意が羅刹に向く。が、それは咄嗟の判断による瞬間的な意識の逸れ方ではない。方針の決定だ。やはり、先に羅刹から対処しなければならないと。
(オーバーワークですよ、本当に)
虚からしてみれば勘弁してくれ以外の言葉が出ない状況だった。一人いるだけでも厄介な元攘夷志士四天王、その内の三人も集まった上、彼らに最適な動きを促せる羅刹まで揃い踏み。
滅尽の意志しか感じられない殺意の集団だった。
不死者じゃなかったら泣いている。
そう、不死者。どれだけ彼らが人類の上澄みにいる剣士だろうと、
命は一つ。
死ねるのは一度きり。
常に
人間の強みとは累積と蓄積と補正である。トライアンドエラー。人間が最も弱い時期とは、「何も経験していない状態」であり、時間をかければかけるほど彼らの強みは爆発的な伸びを見せる。
すなわち初見殺しが最もよく突き刺さる。
「ッ!?」
故にまず羅刹の剣閃を潜りながら、自分から高杉の放った攻撃に突き刺されに行った。首が穿たれる中、瞠目した高杉の顔が視界に映る。松陽と同じ目、鼻、口、髪の色。決して彼の精神が弱いわけではない、ただ視覚的動揺と、初見である不死者の戦術に虚をつかれただけ。
だがそれに一切の動揺を見せないのが銀時だった。人の世で生まれ育った高杉や桂よりも、戦と血と死の匂いに慣れ親しんだ感覚が、不死者の戦い方に精神を怯ませなかった。
銀時が繰り出した一撃を、しかし
──た瞬間、後ろへ思い切り虚は跳んだ。
高杉が刀を握る手に力を篭めた瞬間を狙った故に、首に突き刺されていた刃が抜ける。振り降ろされたその一閃は空を斬る。そして、
「逃がすか」
その虚の挙動を読み切っていた羅刹が、宙を蹴って軌道を変えつつ、追いついていた。
彼女の位置は頭上だった。完璧なタイミングで首を刈り取る白刃が振り抜かれ、刹那だけ遅れて虚も右の真剣で迎撃した。やや首元を斬られ、出血する。
「くッ──」
やっぱこの人数はズルじゃないですか!? と内なる人格の一人が叫ぶ。
中空へ弾き飛ばされた羅刹が、しかし再び凄まじい高速機動で宙を駆け抜け、黒い流星と化しながら一瞬で虚の間合いに接近する。なんか空走ってませんか!? というツッコミがどこからか聞こえた。そうでしょう、なんなんですかねアレ、と虚も内心同意しつつ、対応する。
「ぬッ」
──逃亡一択である。
再生力が落ちているのは同じなのだ、時間が経つにつれて彼女の方も弱化する。だから攻撃にはまともに付き合わず、雑兵の集団の方へと迷うことなく飛び込んだ。
「待ッ──ごっ、げふ!!」
「彼方さん!?」
その間に、他を片付ける。
全て。
まず、此方の殺気で動きが鈍い者らから斬り伏せていく。彼らの得物を奪い、二刀を用いて一気に掃討する。跳ぶ。駆け抜ける。その間に先ほど受けた傷がようやく再生し終わる。衝突、加速する。視界にある者を、ことごとく、斬って斬って斬って斬っていく。
どこからか銃弾が飛んできた。方向からして鬼兵隊のものだろう。斬り弾く。万が一にも、先ほど羅刹から弾き飛ばした銃の可能性もある。受けるのは危険だ。銃声には最大限の警戒を張る。
そうやって。
そのように。
虚の影が移動する。彼が通った道には地に転がる者らしか残らない。拝借した得物が駄目になれば持ち替え、状況に応じて更に変えて対処する。白いペンギンのような天人がいた。なぜ
後ろから夜兎の親子と、松陽の弟子たちらしき者らの怒声と殺気を感じるが無視して走る。壮大な鬼ごっこだな、とまた人格の一人が零した。鬼と人の役柄が真逆だが。しかも人数比がまるで合っていないが。色々と間違っている気がする。
「フゥ──フゥ────」
吐血はさっきからしている。止まらない。だが足も止めない。止まらない。
そこで、
「止まれと言っている──!」
先回りしていたらしい桂小太郎が飛び出してくる。
ちょうどいいところに頭が出てきたので、脳天へ拳を叩きつけて首まで地面に埋めた。
「ヅラァ! 何やってんだ!! 先生じゃねぇぞアレ!」
「
そんな馬鹿みたいなやり取りが聞こえてくる。師がいたなら爆笑しているだろうな、と虚は思う。
走る。斬る。進む。蹴る。前へ。刺す。行く。
気力を燃やして、体力を燃焼させて、とにかく動き続ける。敵を倒す。立ち上がってくる者がいなくなるまで。
「うおおおぉぉっ、不老不死に向けてスパーキングッッ!!」
その時、妙な攻撃が飛んできた。真選組の隊士の一人だ。なにやら剣ではなくパンを投擲している。先ほど虚が武器を奪った者だったのかもしれない。だからってなぜパンを武器に。
が、折角の栄養源がきたので、顔面への直撃をかわし、空いていた左手で掴み取って食らってみた。あんパンだった。甘い。もしゃもしゃと師の教え通りよく噛んで呑み込むと、僅かながら再生力が向上した気がした。微小なりともアルタナが混じっていたのだろう。
「あっオイ、アイツあんパン食ってやがるぞ!!」
「ハアアアアア!? 戦ってる最中に飯食らいたぁ、ナメてんのかコラァー!! 私だってお腹空いてんのに!!」
知ったことではない。知ったこっちゃなかった。というかまず食料を武器に使ってる奴に文句を言うべきだろうに。もったいない。
(……止まりませんね)
自分も、彼らも。
鬼ごっことはよく言ったもので、化物の自分のスタミナによく食らいついてくる。一体どこから来る執念なのか。羅刹と彼らの繋がりがそれほど強いものとは思えない。ただの善意で此処に集まっただけの寄せ集めに等しい彼らが、こうも諦めずに立ち向かってくるのはなんなのか。
(……いや、私も同じか)
譲れないものがある。
これはきっと、それだけの話だ。
「くォォォオオらァアア────ッ!! 止まれって言ってんだヨ!!」
その時、どこからか拾ってきたのだろう──大きな破片の岩盤が飛んできた。
夜兎の怪力、恐るべし。進路方向を再設定し、飛んできた岩盤へと跳び、足場に蹴って飛び越える。──そこへ、狙ったかのように第七師団の雷槍、神威が飛び込んできた。
右の拳が来る。ただ受ければすぐさま蹴りが来るな、と思い、正面から左拳をそこへ叩きつけた。
衝突。空気を割り砕くような撃音が響く。ゴギィッ、と先に骨が砕けたのは神威の方だ。夜兎の戦闘本能を露わにした笑みを浮かべる彼に、首狙いで白刃を滑り込ませる。
が、それは横槍の乱入によって弾かれる。星海坊主だ。息子を横から蹴り飛ばすことによって虚の白刃を回避させると同時、番傘が横薙ぎに振るわれてきた。咄嗟に足でそれを受けつつ、一気に空中を吹っ飛ばされる。
「ッ────っはぁ──」
上空には、多少ながらも地球のアルタナが舞っている。灰と汚染粒子も混じっているが、背に腹は代えられない。少しでもエネルギーを取り込み、再生力に当てる。
「そっち行ったぞォ!!」
──そんな星海坊主の声が聞こえる。そうか、と虚は己の着地地点を見やった。
地上で待ち伏せているのは──鬼兵隊か。
「貰ったっス──!」
ミサイル、バズーカ、銃撃を始めとした遠距離攻撃の火力が放たれてくる。
空中では逃げ場がない。再び四肢を斬って足場に移動してもいいが、もう無闇に体内のアルタナを消費できない。故に、
(……空気中の“面”……)
虚はこの場で限界を超えることにした。
羅刹の真似事、ではない。彼女が行っていたことを今、ここで習得する。さんざん見たのだから模倣は不可能ではない。着弾が迫る。空気中の温度や密度を捉える。集中しろ。──出来る。
──上空で爆発が生じる。やったのか、という地上からの声があがるが、
(なるほど──こういう事ですか)
着地した。
遥か頭上から爆風を感じる。直後、鬼兵隊の方から、
「まだでござる──!!」
再び追撃の爆撃が投下されてくる。だが弾道は真っすぐだ。目を閉じていてもかわせる。故にかわした。突き進む。真っすぐに。ぎょっとする声が聞こえ、散開する合図が放たれる。
その時、視界に糸のようなものが見えた。違う。──弦だ。三味線を得物として持った男が操っている。妙な技だ、と思いつつ、全て断ち切った。
「足止めにもならんかッ!」
「万斉先輩!!」
瞬間、三味線男へ刃を通そうして、──虚は後方へと宙返りするように大きく跳んだ。すぐ真下を、高杉晋助の剣閃が通っていく。チッ、と舌打ちが聞こえた。
「背中に目でもついてんスかッ!?」
「気配で察知されている……あのような者を、あの御仁、単独で如何にして……ッ」
自分のみならず羅刹にも戦慄の目が向けられる中、虚は動く。
まず目撃するのは、追いついてきた一人の夜兎だ。無精ひげを生やした夜兎が番傘を振りつつ、傘に仕込まれた銃弾を放ってくる。当たりかけたその一弾を歯で止めつつ、刃先をその左腕に穿ち抜く。──彼もまた義手だった。一瞬、相手が怯えの表情を見せるも、だが行動は攻撃に転じた。番傘を再び振り抜いてくるが、先に意識の隙に踏み込み、左の足先でその顎を蹴り飛ばした。
「ごがッ……!」
精神力は悪くないですね、と人格の一人が讃える。確かに、この夜兎は種族の戦闘本能でなく、理性で戦った。どこの星の種にも異端がいるということか。
「ウチの副団長に何してんのー」
殺意の乗った間延びした声と共に、神威が来た。
大地を砕く踵落としが虚の髪を掠める。と、更に死角からの一撃を弾いた。高杉だ。銃声。音で銃弾をかわし、続けざまに払われてきた刀の一閃をかわす。万斉、と呼ばれていたサングラスの侍だった。次にまた刃の気を感じ、素早く右足で蹴り飛ばした。武市先輩、という呼び声がしたが目を向けることはない。
再び動いた神威が、虚の動きを制限しにかかる拳を放ってくる。が、逆に左腕を掴み取り、彼そのものを武器のようにして振り飛ばした。ぐへぇ、と起き上がりかけていた先の夜兎が潰れるような音がする。直後に、──星海坊主が来る。
◆
終わらない。
終わりがない。
そんな延々と続く「最終決戦」を、羅刹は遠くから眺めていた。
岩陰に背を預けながら。
(……再生が遅い……)
右手も、心臓も、治り切っていない。表面上の傷は塞がっているが、アルタナの循環が狂い始めている。この地を異星のアルタナで覆った弊害だろう。解っていたことだ。
遠くで戦っている虚が、遂に星海坊主の包囲網を抜けた。どうも心臓に別惑星の結晶石を叩き込まれかけたようだが、寸前に第六感か何かで超回避、原作をなぞるように星海坊主の右腕を斬り落としていた。
神楽の悲鳴が聞こえ、神威もキレているようだが、それに構うことなく虚は戦いの手を、足も、停めていなかった。殺気と敵意をぶつけられる限り、ああしてマラソン感覚でずっと戦い続ける。続けられる。恐らくそのように細胞を制御しながら戦っているのだろう。脅威の継戦能力だ。
遂に立ち上がれる雑兵も底を尽きてきたようで、誰もが倒れていたり、動けはするが戦える気力も体力もない者は、負傷者たちを前線から運び出している。特に既に黒縄島戦で消耗していた真選組の隊士らがそれを担当していた。戦いに向いている土方や沖田などは、未だに前線組についてカバーに回っているようだったが。
──行かないと……
星海坊主が倒れた今、消耗戦に入っている。互いを削り合うだけの戦い。虚も、あともう少し致命傷を負えば、一気に動きが鈍るハズだ。それを、自分が成し遂げなくてはならない。
だから。
立ち上がる。
最後の気力を振り絞る。魂を削る想いで足を立たせ、敵を睨む。
──この状態の「後」で絶条に対抗できるか……?
分からない。だが、やるしかない。
奴が来る前に、なんとしてでも、片を付ける必要がある。
「……ふー……」
息を吐く。呼吸を整える。脈拍は狂っている。
体は死に体だが、未だ意志は健在。
行く。
◆
戦況は敗着一歩手前だった。
虚が強すぎる。強すぎた。数多の精鋭たちの猛攻撃をいなし続け、かい潜り、即座の殲滅ではなく、
死ぬワケにはいかない。
倒れるワケにはいかない。
その一心で立ち続ける執念は、坂田銀時にも匹敵する強さだった。
「こい、っつ……まだ……!」
「ふぅ──フゥ──……」
彼の再生力はとっくに不調を起こしている。
右手は完全再生せずに骨が露出したままだし、ずっと吐血し続けている。
銀時たちの前に。決して屈さぬ意志の光を赤眼に宿して。
「オイ……いい加減、観念しやがれ……そこまでして、……何のために、そこに立ってる……」
「……問いを返しますが」
返ってくると思わなかった声に、銀時は目を見開く。
初めて、この総力戦が始まって初めて、
個人の──意志がある。
「どこに、倒れる理由があるんですか。私が
「意地……?」
「──あの方を置いて死ぬわけにはいかないじゃないですか」
は? と。
穏やかに、しかし当然のことのように紡がれた答えに、銀時は呆気に取られる。
それを隙として突いてくることはなく、ただ虚は、淡々と、
「ありきたりな理由ですよ──貴方がたがそこにいる理由と、何も変わらない」
「……てめーは、一体……」
何か、自分たちは見誤っていたのではないか。
そんなことを一瞬、銀時は思い、
──突き刺さるような漆黒の殺意に戦慄した。
即座に反応したのは虚だった。不意を突かれた動きではない、ずっと警戒していたものに対応する動きだ。
激音が鳴り響いた。
上から斬りかかってきた羅刹の妖刀と、それを受けた虚の刀が交差し、切り結ぶ。
瞬間、虚は後方へと飛びのいた。羅刹が左手で放ってきた刀の一閃が空振りする中、彼女が着地し、同じ地平に二人が対峙した。
「彼方……!」
ちら、と彼女は主要人物たちの被害状況を見やる。
坂田銀時はまだ……いや、気合で立っているらしいが、ほとんど全滅状態だ。死んではいないだろうが、見覚えのある誰も彼もが流血したまま倒れ伏している。
「──ここで決めるぞ。まだ動けるな」
「……人使いの荒い依頼人だな……!」
化物には化物の
それを垣間見はしたが、坂田銀時がここで味方につく相手は変わらない。
既に吉田松陽は取り戻された。
そして彼方は、松陽が想う相手でもある。
──ならば共闘は必然だった。
互いの呼吸を読む。目配せの必要はなかった。
一気に飛び込んだ。羅刹が虚の一閃に対応、右の素手で──甲の骨を盾のように用いて刀身を叩いて弾く。その両者の相手に銀時が割り込み、虚が放ってきた左拳を片腕で防ぎ、衝撃を殺した。
「──、」
虚の動きが停まる。トドメへ行く声はない。羅刹の妖刀が心臓めがけて穿たれ、それを体をズラして虚が回避し、左の脇腹を掠める。同時に銀時の木刀が彼の首に叩き込まれた。骨の砕ける音がし、だが
「チェックメイト」
声を聞いた。
刹那に上から、虚の胴を貫く一射があった。
「がァッ──」
「装填の撃ち終わりに、充填式で狙撃機構が発動、する……電力使い切るから、これがラストだが──」
致命傷だ。
胴に穴。しかも異星のアルタナ。もはや倒れることしかできまい。
「死んでくれ、化物。お前がいると……何も楽しみに浸れない」
化物の影が倒れていく。
羅刹が最後の一刀を振り下ろす。
──直前、動いた虚の刀が、彼女の右腕を斬り飛ばした。
「な、」
それは執念の足掻きだった。
ようやく、ここで、初めて、羅刹と虚の目が合う。
同じ化物の目をした者同士。決して譲り合えない境界線。
腹を貫かれようと心臓を突かれようと、決して倒れぬ不屈の
しいて言うなら、その足掻きに理由などなかった。
もう動く動力源がないのに動いた。それに等しい「何か」だった。
魂が、彼にそうさせた。
「がはッ!!」
虚が羅刹の身を蹴り飛ばした。心臓の上を蹴ったそれに、血を吐きながら灰の上に彼女が転がっていく。
もう、立ち上がれる余力は、ない。
「彼方ァ!!」
銀時が叫ぶ中、しかし──倒れたのは虚も同じだった。
二人の化物は倒れ、最後に戦場に残った生存者は、坂田銀時だけとなる。
彼女に駆け寄った銀時は、だが抱き上げようとする前に、──妖刀を差し出された。
「はやく、 とどめ 、 たのむ」
何を──とは問うまでもない。この後に及んで、まだ羅刹は油断も安堵も欠片もなかった。
まだ、虚が動くと思っている。
「……奴ァ、もう……」
「
強い眼差しと、懇願だった。
たのむ、と再び口がそう動き、彼はそれを引き受けることにした。
妖刀を執り、自分の得物とは違う感覚を覚えながら、銀時は倒れている虚へ近づく。
うつ伏せに、倒れていた。ヒュー、ヒューという呼吸音が聞こえ、まだ生きていることが解る。
羅刹の警戒は正しかった。
「……よォ。言い残したいことはあるか」
倒れたまま、虚はそんな言葉を聞いていた。
体の再生は続けられようとしている。だが圧倒的にアルタナが足りていない。毒素が回り、もはや不死体は維持できていなかった。
只人のように、ゆるやかに死へと向かっていく。
(……言い残したいこと、)
そんなものが、あるのだろうか。あっただろうか。
いつか死にたい、と。
そう願い、そうやって、共に死にたいと思った相手がいた。
──ああ、そういえばと思い出す。
こんな時、何を言えばいいのかを。
口を開く。その声は、静寂の戦場に、小さくも、はっきりと響いた。
“せんせい たすけて”
その時の──
その時の、坂田銀時の心情といったら、なかった。
絶句した。
あれほどまでに暴れていた化物が、あれほどまでに手の付けられなかった怪物が、あれほどまでに彼女に憎まれ続けていた相手が、最期に、こんな。
────こんな
卑怯だった。反則だった。あんまりだった。
心が抉られる。
介錯しようとしていた手に躊躇いが生じる。
彼らしからぬ事だった。敵だと定めた相手に情けを思う。この土壇場で。
あと一手で、全てが決まるこの瞬間に──
「──っ!!」
迷いを振り払い、刃を振り下ろす。
ブッ飛ばされた。
坂田銀時の視界が回る。横から薙ぎ払われた感覚だった。力任せに。
予想外の急襲に、しかし空中で身を翻して彼は着地する。そして見た。
「──お、まえッ……!?」
赤い番傘を持った人影だった。
灰の外套、振袖の白い着物に桜色の羽織。
彼の記憶にそんな格好をする人物に覚えはないが、顔立ちには覚えがあった。
「──、」
虚も倒れ込んだまま、己のすぐ目の前に立つ者を見上げていた。
今の声、この気配、間違いなく──
「──せん、せい……?」
「応よ我が弟子。よく頑張ったな──バトンタッチだ、休んでなさい」
直後だった。灰燼の大地から爆発するように跳ね上がる気配があった。
右腕は再生していない。だが構わなかった。もはや毒が回り切ったこの身そのものが変異体への特攻となる。異星の毒に侵された細胞を取り込ませれば勝機はある、と最後の敵へ向かって駆け出した。
「落ち着けよ」
第六感が警鐘を鳴らし、咄嗟に下がろうとした時には遅かった。
ドッ!! と大地から突き出した槍が彼女の全身を串刺しにする。一瞬だった。身動きが取れなくなり、あらゆる箇所から血液が流れ出る。
「──ッか、」
「加減してるから安心しな。ま、ここまでやっても変異体は死なないけどね」
瞠目し、動きかける銀時を宥めるような言葉がかけられる。
さぁて、と羅刹と同じ顔をした人物は──満を持して登場した絶条ソラは、気楽に言う。
「──ではこれより。ここを決戦の地と定め、真の最終決戦を始めようか!!」
銀時は確信した──どの道ロクなことにならねぇぞこれ、と。