銀魂 SF時代劇の彼方者   作:時杜 境

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蜜月

 穏やかな日々が続いている。

 ──そう、ふと朝の陽射しを浴びながら()はそう思った。

 

 師、ソラによって乗せられた新居こと航空都市戦艦は、表層部こそ人里の外観を造っているが、そこに住む他の住人はいない。居住者は自分と師の二人のみ。彼女曰く、あの空っぽの人里は、箱庭建築に夢中になった結果、出来上がった副産物だという。

 

 時間を持て余した暇人の究極形だった。

 せめてそういうのは電子ゲームで留めるものじゃないのか。いや、彼女がこの戦艦鋳造に着手した時代にそんなものはなかった。だからといって現実にやってしまうものなのか。

 

──計り知れないお人だ……

 

 自分たちが寝床としているのは山中に建てられた武家屋敷だ。

 縁側(えんがわ)から見る景色は、外部の者が見れば絶景と称するもの。

 気流を切って航行する山岳部、緑に覆われた眼下の箱庭都市、この船に住む自分たちだけが独占する、どこまでも果てしなく広がる蒼い空と、それらを平等に照らす陽の光。

 

 誰に邪魔されることもない、終の住処。

 理想郷というものがあるならば、恐らく此処がそうなのだろう、と虚は思う。

 

「──あっ、虚様モードやってる」

 

 と、別の部屋から縁側に出てくる影があった。この都市(ふね)の主たる女性だ。帯の緩んだ長着姿でだらしがない。また作業中にそのまま寝ましたね、と虚は呆れた目になる。

 

 今の発言は、虚の髪型をからかってのものだろう。邪魔だからと前髪を上げていると、いつもそんなことを言う。まぁ単に前髪を下げていると松陽と同じなようで癪だから、というのもあるが。

 

「師よ。少しでも私に威厳というものを感じるのなら、その格好を整えませんか」

 

「整えてー。あとご飯作ってー」

 

 などと言いつつ、またフラフラと屋敷内をうろつき始めるので仕方がない。

 お待ちなさい、あと朝食は既に出来ています、と返しながら、朝の支度を手伝うために彼女の方へ行く。

 

 穏やかな日々だ。

 穏やかで、平穏で──愛おしい日々だった。

 

 

 ◆

 

 

 虚の師の生活スタイルは気まぐれの一言に尽きる。

 

 一日中、何やら自室にこもって作業だけしていたり(コミケがどうとか言っていた)、地上から買い込んだゲームで遊んだり、特に何をするでもなく、虚の剣術が見たいだのとねだってきたり、読書している虚の傍から離れず、ただそこにいる一日だったり。

 

 まるで猫。

 

 自由を体現した、というか体現しすぎな生き方だった。偶に屋敷から姿を消したかと思えば、表層部のエリアに新たな建造物を造ろうとしていたこともある。洋風の城とピラミッドと姫路城を組み合わせたオブジェを! などと正気を疑う事をほざいていたので、流石にそこは全力で止めておいた。師は一体どこを目指しておいでなのだ。

 

 虚が入居し始めた頃には、ひと時も離れず傍に引っ付いていた時間が多かったのだが、あれはあれで心臓に悪かった。前の再会から十年ほど離れ、恋しく想っていたのは己だけではなかった事を知れたのは喜びだったものの、それはそれとして何度か床に倒してしまったのは無理からぬことだろう。

 

 蜜月。

 まさにそう言う他にない至福の時だった。

 

「虚様ー虚様ー」

 

「はいはい、小遣いならあげませんよ」

 

「なんか八咫烏っぽいこと言って」

 

 無茶ぶりである。無茶ぶりだった。酷い大喜利だった。

 というか洗濯物にアイロンかけて畳んでいる最中に後ろから抱き着かれてるというシチュエーションで八咫烏(シリアス)インストールするとか不可能に等しい。ああ背中がなんか柔らかい。

 

 それでも、え~~~~あ~~……と悩むフリして頑張って脳内のシリアス単語帳を開いて熟考する。それでも辛い。無理。幸福度ゲージが天井をブチ抜いている。歯の浮く、どころか溶けるような甘い言葉しか思いつかない。無理。やっぱり無理。まだー? と耳元で囁き声の追撃がくる。

 

 これは何の試練ですか師よ。精神修行の一環ですか!? と叫ぶ人格が出てくる。おい誰かこの中でまだ八咫烏できる人格(やつ)いないのか。

 

『では私が』

 

(よし、任せた!)

 

 おろおろしていた人格たちが満場一致で指名する。挙手したのは人格X-36番。いつか師に語った二つの人格傾向、その内の拗らせ野郎ではなく、精神的に成熟した側の人格だ。これはいける。

 

「──いかに抗おうと、皆死ぬ運命(さだめ)……」

 

 ただの心境暴露だった。いや、それっぽく変換できている辺り、この人格の芸のレベルの高さが伺えるものの、翻訳すると「諦めて師の愛を受け入れましょう」となる。お前それでも八咫烏を買って出た人格か!? 精神内でブーイングが起こる。

 

「すごい! それっぽい! もう一声!!」

 

(もう一声!?)

 

 試練という名の拷問が続く。今のが打ち出せる最高点だった。八咫烏ゲージをまた上げなくてはならない。ああ、師が可愛い。どんどん煩悩が出てきてシリアス度が低下していく。

 

 というか先生は我々に何を求めているのか。

 こんな下らない悩みが出てくるのも、平穏の証明だった。

 

 

 ◆

 

 

 ヒマ!

 こういう時は弟子を構う!

 或いは構ってもらう!

 

 いや別に締切が迫ってきているので暇かそうでないかと言えば全然暇じゃないのだが、一周回ってヒマな気分になる時がある。今がそうだ。

 

 つい気分転換に読みふけっていた漫画から顔をあげ、本日も甲斐甲斐しく屋敷のどこかで家事に打ち込んでいるだろう愛弟子を探しに行こうと立ち上がる。

 

 アルタナの気配的にこっちだなー、と足を向ける。変異体はアルタナの塊なのでとても見つけやすいのだ! どうやら庭の方にいるようだ。洗濯物でも干しているのだろうか?

 

「……お、」

 

 辿り着いてみれば──剣を振っていた。

 その様は流麗の一言に尽きる。鮮やかで滑らか、という表現しか出てこない剣の舞。戦場で見るのとはまた違う、厳かな空気がある。これ普通に撮影して動画上げれば稼げるんじゃね? ってぐらいの芸術の域に達した光景なのだが、まだ私だけが独占していたい気もする。

 

 と、そこで鞘に納刀して終わった。

 

「──お粗末様でした」

 

「いやいやいや」

 

 ひとまず拍手を送る。いいもん見ました。いや、偶に見せてもらったりするけど、やっぱなぁ、偶然やってるとこに出くわすのとは、また違った良さがあるわ。

 

「ていうかお前でも鍛錬? するんだね」

 

「使わなければどんな物でも錆びつきますからね。体も剣も。定期的に動いて思い出しておくのは、よくありますよ」

 

「あー武士っぽい」

 

 アスリートな考え方だ。私はもうすっかりインチキ殺法が便利すぎて、しばらく剣とか体術とかサボッている。あかんなぁ。近接戦に持ち込まれたらバケモンみたいな人間に首チョンパられる未来しか見えない。そもそもそんな存在に出くわしたくないが。

 

「よぅし、じゃちょっと運動するか。そういえば私だけラスボス戦やってないしな」

 

「え」

 

 空間を少し捻じ曲げ、亜空間から自前の刀を取り出す。

 あ、大丈夫ですよこの四次元ポケット。家の敷地内でしか使えないから!

 

 縁側から庭に飛び降りると同時、アルタナで足周りに靴を生成し、服装も近接戦を意識した着物に切り替える。アルタナ操作で真っ先にマスターした変身術だ。いえーい、アニメっぽーい。

 

 そうやって刀を構え、虚と数メートルの距離をあけて対峙する。

 

「……まさか、我が生涯においてこんな試練が最後に待っていようとはッ……!?」

 

 虚くんは何やら戦慄している。どうしたラスボス。戦う前から顔色が悪いぞ。

 

 ……あの虚と戦闘かぁ……

 脳内でパイプオルガンのBGMが流れ始めるぜ。やばい、なんかこっちも緊張してきたぞ!

 

「……ふ、ふふふ。テンション上がってきたな。行くぞ我が弟子! 一回殺された方の負けな!」

 

「尽力しましょう……!」

 

 というワケで平穏な日常の最中、突然のラスボス戦が始まった!

 

 

 ◆

 

 

「いっくぞぉー!」

 

 ──殺気もなければ敵意も絶無。そんな様子で、ただの好奇心だけで己に向かってくる者を、虚は初めて見た。

 というか自分の師だった。

 悪い冗談だ。いくらその場の思いつきで始まったこととはいえ、愛する者と殺し合うなどと──!

 

 彼女と対峙した時点で、虚の素早さは二段階ぐらい下がっていた。うおー、とソラが向かってきた時点で四段階デバフに悪化した。ダメだ、いくらなんでも彼女を斬ることなどできない。

 

 ならばと、彼を押しのけて前に出る人格がある。比較的、他よりも非情さを残した別の彼だ。よせと叫ぶ前に体の主導権が入れ替わり、振るわれてきた剣を迎撃する。

 

「おおっ」

 

 剣を受け止められ、目の前で彼女の顔が輝く。やめてください本当、もういいですって本当、と精神の中で呟くが、当然ながら届くはずもない。

 

 互いに弾き合い、再び剣撃が交わされる。相変わらず殺気はない。ただ剣を交わし合うのを楽しむような、遊ぶだけの振るわれ方だ。

 

 ──だがこの苦行を一刻も早く終わらせるために、今の人格(カレ)は躊躇わない。

 

「……ッ!」

 

 なけなしの殺気を放ちながら、攻撃に転じる。

 意識の間隙に踏み込む。ガラ空きだ。ソラの視界で虚の姿が虹色の残像となり、消失する。

 

「──あっ! 見たことあるやーつ!」

 

「!?」

 

 完全な死角から放った奇襲を、しかし当然のように弾かれた。

 意味が分からない。確実に獲った一撃を、謎の反応速度で対応された。

 

(嘘でしょう──!?)

 

 ソラの一閃がくる。見てかわせる剣速だ。やはり遊んでいる。少し後ろに体をズラすことで回避し、更に次の攻撃を誘う。馬鹿みたいに素直に乗ってくる。真っすぐな剣筋の一太刀が見えた瞬間、返しの技を放つ。優等生のようにまた素直に防御し、その隙を突いて胴に掌底を入れる。

 

「あぶなぁっ」

 

 が、空振りした。

 ゲームでいえばジャスト回避だ。完全に虚の動きを読んで防御を切り上げ、回避に切り替えた。突き出した彼の左腕とすれ違うように()()、嘘みたいに懐に入られた。

 

「な──、んんっ!?」

 

 やられる、と思った瞬間、虚が感じたのは痛覚ではなく感覚だった。

 一瞬のスキを突いての接吻。唇に触れた突然の柔らかい感覚に呆然となり、胸中に固めていた戦意が解ける。人格たちも騒然となっていた。おい(どれ)だ今きゃあって黄色い声あげたの。

 

「隙だらけー」

 

「あ……」

 

 首筋に、刃が当てられていた。

 一度死んだら負け。殺されてはいないが、実質負けだろう。

 虚が苦笑を零す。

 

「……卑怯ですよ」

 

「暗殺者なら暗殺教室を読むがいい」

 

「次の仕合までには履修しておきましょう……」

 

 あっさり刃が引かれ、互いに無傷で戦いが終結する。

 恐れるだけ杞憂だったようだ。敵いませんね、と表に出ていた虚は溜め息と共に肉体の主導権を手放し、

 

「……みゃ?」

 

 屋敷へ戻ろうとした師の背中を、空が捕まえた。

 

「──参りましたとは言ってませんが」

 

「嘘だろお前」

 

「これが漫画と本業の暗殺者の違いです」

 

「うぉー知りたくない! 知りたくない違いだったぁああ!!」

 

 確保した獲物をしっかりと抱えて屋敷へ戻る。

 今日の夜は長引きそうだった。

 

 

 ◆

 

 

 師匠こと私の何気ない楽しみ。

 

 虚ガチャ。

 

 その名の通り、彼の人格ガチャである。今日はどれかな? 誰かな? 初見くんかな? と、日替わりで変わる弟子の様子を見る趣味。これが割とかなり楽しい。

 

 傍目からは二人暮らしに見える生活とはいえ、その実態は同一人物(複数人)と一人である。

 

 まぁ他の人格を殺し尽くしていないという事は、現状の彼に宇宙を終わらせるほどの欲求が薄いということでもあるので安心だが、この奇妙すぎる弟子ハーレムにはまだ慣れない。なんか浮気してる気分になるというか、背徳感がある。

 

 一粒で二度美味しいどころの騒ぎじゃない。

 旦那が多すぎる。

 ハイこれ笑っていいところ。

 

 ある日の彼は、一日中ぴったりと傍にいて離れないこともある。

 またある時は、一人を楽しむように縁側でぼーっと座っていることもある。

 邪魔しちゃ悪いかなと思って放置していたら、いつの間にか背後に立たれていてビックリした。「なぜ構ってくれないんですか?」と拗ねられた。お前も私のこと好きなんかい。

 

「あ、虚様だー」

 

 ある日、廊下で特に意味もなく開始する奈落茶番劇場。

 本日の彼は黒い着流しに後ろ髪を緩く結んだスタイル。奈落時代の松陽っぽい感じだった。

 

「ふ、……──『彁』、精が出ますね」

 

「待て今なんて呼んだ??」

 

 聞いたことねぇ発音が聞こえた気がしたけど。

 なんて字を書いたんすか今? 読者よめたか??

 

「幽霊文字を適当に言っただけです。貴方が奈落に入るなど在り得ませんからね。──それで? 首領の私に如何なる用件で?」

 

「続けてくれるんだ……」

 

 その日は上司と部下ごっこして遊んだ。

 基本的に、どの人格でも私への好感度に変化はないらしい。

 

「そんな事あるの?」

 

「脳が共有される以上、記憶もそうですからね。なので新たな人格が生まれた際、自動的に貴方との記憶で脳を焼かれるという事です」

 

 ぎゅっ、と此方を胡坐の上に抱きかかえたまま、そんな説明をするのは最近生み出されたという人格の一人だった。見下ろしてくる爛々とした赤眼の輝きは人外みが強い。かわいい。世界滅ぼしそう。

 

「……こうしていると、私と貴方以外の全てが煩わしく思えてきますね」

 

「あぁ? おいお前、私の前にいながら私以外を認識してんの? 殺すぞー」

 

「ふっ……ふふ、はははは!! ははっ、は、はぁ──……そうですか、なるほど。私の不徳の致すところでした。あぁ、人を愛するとはかくも面白い。そして不思議な気分です。──そうですか。死なない貴方を愛した時点で、私はもう世界を壊せなくなっていたのですね」

 

 すると、今までにない優しい手つきで頬を撫ぜられる。満足そうにも、口惜しいようにも見える笑みを浮かべながら、目の前の虚は私を見つめていた。

 

「口付けを戴いても?」

 

 願われたので応えてやるとする。とびきり深くて甘ったるいやつを。

 ──と、不意に離れて、声の抑揚が変わった。眼差しの雰囲気も。

 

「……酔ってしまいますよ」

 

 いつもの彼──こと空だった。

 はて、と軽く小首を傾げる。

 

「なんだったのさっきの?」

 

「おや、分かりますか」

 

「笑ってたからね。あんな大声あげて笑う奴じゃないでしょ、大元のお前は」

 

 明らかに異質、異端な人格だった。デッドエンドどころかワールドエンドの選択肢ルートが隣にいたような感覚だ。消えた今だからこそ、振り返って分かる感覚だった。

 

「どうも私の破滅願望が人格を持ってしまったようで。たぶん、今後も定期的に出るでしょうから、先生に対応をお願いしてよいですか?」

 

「むしろ私以外に頼むなよ。とりあえず、出てくる度に愛を教えてやればいいワケね」

 

「ふふ、そういうことです。お願いしますね」

 

 ──まったくもって難儀な性質を持つ弟子だ。

 愛してしまった方にも責任を感じる。実際責任があるので、決して手を離すわけにはいかないが。

 

 どっときた疲労感に、ぐだーっと全体重を押し付けるように背を預けて座り直すと、なにやら嬉しそうな気配がする。そう、気配。笑い声とかじゃなく、この弟子は気配で感情表現する。漫画で言うとアレ、背景のトーンで喜怒哀楽を表現するやつに近い。

 

 基本が無表情だからな……

 ニコニコと松陽のように笑う時は作り笑いか、内心怒っているかのどっちかだ。後者は怖いっす、プレッシャー的に。

 

(うつろ)ー」

 

「はい」

 

「もっとぎゅってして」

 

「……はい」

 

 要求すれば応えるように拘束の力が強くなる。

 抱える、というより抱え込むように体を密着させて、その長い髪の毛が首に触れてくるほど近くなる。身じろぎすれば意図を解したように彼の左手が動き、此方の下顎から持ち上げられる。察しがいいのも考えものだな、と思いつつ、上から重ねられてきた口付けを受け入れる。

 

 数秒そうしていると、やがて重ねる、というより押し付けるように力加減が変わった。また人格(なかみ)が変わったようだ。同じ相手と触れているのに、まるで別人にすり替わったよう。これからも、これが当たり前になっていくのだろう。

 

「──ん……、」

 

 また、力加減というか体勢が絶妙に変化する。唇を食んだままウエストに手が回され、もう片方の手で後頭部を固定される。それでは飽き足らず接触の深みが増す。貪るような動きが伴い始め、堪らなくなってくる。おいこらどんな人格だ、を薄目で視界を開けてみれば、

 

「──、」

 

 赤い眼では、なかった。

 少し接触を離し、欲に目が眩んだ己を恥じるような赤面をする、彼の一人が、

 

「……せんせ……」

 

 居た。

 切なそうな声で此方を呼んで。

 きっと、いやまあ、この彼も、「虚」の一人であることに変わりはない、んだろうけど。

 ていうかそうだよね殺されたワケではねーってか分離しただけであって内部に埋没してる可能性は十二分にあるってーか肉体が分裂してるからややこしい事になってるだけであって────

 

「……うん。……おいで」

 

「!」

 

 頭を撫でると何やら堪らなく嬉しそうな顔になって。

 ハイハイもう何があろうと全員分の面倒を見てやりますよ、と魂に誓いながら、再び始まった触れ合いに応えるべく彼の身を抱き締めた。

 

 

 

「……まさかまだ我が内にあろうとは……」

 

「……いじめないであげてね?」

 

「巧妙に擬態しているので見つけようがないんですよ」

 

「見つけてもいじめないでね……?」

 

 翌朝。縁側に二人で座っていた。

 右隣で前髪を降ろした虚は、はあ、と深々と溜め息をつく。

 

「……まあ、あれも私たちと同じく、『貴方の弟子としての彼』でしょうからね。師としての側面は完全に切り離されていたでしょう?」

 

「うん。可愛かった」

 

「余計な感想ですよ。贔屓ですか」

 

「お前ら皆のことは可愛いと思ってるけど」

 

「……()してください……」

 

 あ、照れてる。

 このこのー、と肘で突っつけば、引き寄せられて黙らされた。

 

「……要するに、未練ですよ。貴方への。恋心、と言ってやった方が分かりやすいですかね」

 

「ああ、一番旺盛だったからな。人が獣になる瞬間を見たよ」

 

「それは私たち全員に刺さるので止してください」

 

「私もかなり頂いてしまったけど」

 

「八咫烏できる人格(もの)がまた減ってしまいましたよ」

 

「いやあー……」

 

「褒めてませんから」

 

 若干遠い目になっていた。人格が沢山あるのも大変だねぇ。自分の色んな姿を見ることになっちゃうんだからな!

 

「いやさぁ……ああいう難攻不落な人格が出てくると、攻略し甲斐を感じちゃってさぁ……まず堕としたくなるよね徹底的に」

 

「奈落の首領としての面目が丸潰れ」

 

「首領じゃないもーん、私の弟子だもーん」

 

「──先生」

 

 押し倒されてお仕置きされてしまった。こいつ段々と沸点が低くなってないか?

 落ち着いたところで今度は膝上に乗せられる。

 

「楽しそうですね」

 

「楽しいからねぇ」

 

 楽しくないワケがない。

 彼ほどの存在を、彼らのような、その気になれば此方を一瞬で手折れる力を持つ者に、こうして心許され、触れることができている状況は、悪くない。

 

 特権の優越感、というものがある。

 あまりよくない感性とは思うが、だって仕方ない。こんなに良い男を伴侶にしたことが幸せで堪らない。同情、憐憫から始まった時空を超えた救出劇だったが、そんなのはもはや切っ掛けでしかなくなった。

 

 今はもう、一人の女として、彼を愛してしまっている。

 

 だから楽しい。

 こうして無意味で無益でなんでもない日常を過ごせているのが──何物にも代えがたく、毎日が楽しくて仕方がない。

 

「……、」

 

 そこで後ろの吐息が近くなる。

 彼を見上げた。

 

 

 ◆

 

 

 虚は見る。

 己を見上げる師の視線を。その眼差しを。

 

「んー?」

 

 ──愛おしむように細められた、その赤い瞳を。

 

 ぞく、と心臓の表面を撫ぜられたような心地が走る。ただ見つめられただけで。

 彼女自身は──いや、気付いている上で改善しようがないだけだろうが、その気配はもはや人のモノではない。

 

 アルタナに触れ、干渉し、龍脈(りゅう)を統べる一族でもない身で、龍脈(りゅう)を自在に操るまでになった変異体。

 

 本人曰く、他人が思うより自由にできるほどの権限ではないらしいが、それでも国の情勢が変わるほどの力ではあるだろう。

 彼女にかかれば、龍脈を暴走させ、星を割ることすら恐らく可能。

 しかしそれをしないのは、人間の世界で培われた彼女の良心あってのもので、もしも──もしも何らかの拍子でその逆鱗に触れる者があれば、次の日にも地球は終末へと向かうのやもしれない。

 

 そう思えるほどの、存在だった。

 虚にとっては。

 伴侶という要素を抜きにしても、彼女は同族の目からしても、強大な存在だ。

 

 そんな存在の、教え子となった。育てられた。惹かれた。永遠の刻を隣で過ごす資格と権利を認められた。

 

 ──それはまるで、人間という脆弱な生き物が、どうしようもないほど上位の存在に見初められた事に、抗いようもない深い感動と歓喜を得るような。

 

 師が聞けば大げさだと言うだろうが、現にそうなのだ。生物の、本能的な部分で、己はこの相手に屈服している。服従すらしている。それそのものを栄誉とすら思うまである。

 

 だから、

 

「うつろ?」

 

 当たり前に名を口にされるだけで、魂が歓喜に打ち震える。

 自分を見ている。見てくれている。それも──永遠に。

 

 ……元より虚の中には師と弟子としての好意、尊敬、羨望はあったものの、ここまでになってしまったのは、やはり先日の「祭り」の一件が大きい。

 

 あの状況下、あのタイミングで(たす)けに入られて焼かれないものがあるだろうか? いや無い、と虚は自分たちと問答して満場一致で可決する。

 

 恋とも愛とも明文化できなかったものが、ここにきて、言葉にすることすら出来ない、強烈な執着心と化してしまった。伴侶と認められてなければ、あらぬ方向に狂っていたところだった。

 

「……ソラ」

 

「ほわぁぁ」

 

「なんですかその反応は」

 

 不意打ちだ! 卑怯だ! などと騒ぎ始める恋人を逃がさぬよう抱え直す。

 

 こんな日が続けばいい、と虚は思う。

 いつかは忌んだ永久が──今はこんなにも愛おしいのだから。

 

 されど、と平穏だからこそ夢想することもある。

 師である彼女は、怒らない。いや発露することはあっても、それも数分で収まる程度のものだ。

 ならばその地雷、逆鱗にあたる箇所はなんなのか。

 彼方は分かりやすく仇である己だろうが──ソラが忌み嫌うものは存在しないのか。

 

(まあ、無いに越したことはありませんが)

 

 たった一度の亀裂が全てを無に帰してしまうこともある。

 在り得べからざる可能性だが……懸念を留めておくのは、この間の抜けている師を支える弟子としての、彼の性質だった。

 

 

 ◆

 

 

 時の流れの移ろいは早い。

 人間からして見ても、不死者からしても、過ぎ去るのはあっと言う間だった。

 

 二年。

 その間に、地上の江戸では様々なことがあったらしい。

 

「──うわ、やりやがった大政奉還」

 

「というのは?」

 

「幕府が朝廷に政権を返上したんだよ」

 

 彼方が裏で関わってそうだなぁ、と思う一件だった。

 ネットニュースが伝える関連人物は、桂小太郎を始めとした攘夷派、そして松平公やそよ姫、あの佐々木異三郎。

 一橋派として高杉も喜々と繋がってるだろうから……おそらく其方側から、将軍を説得したのかもしれない。

 

「実質的な倒幕、ですか。時代が変わりますね」

 

「ね~。選挙期間は地上に降りなきゃ」

 

「? そうですね?」

 

 選挙がよく分かってないけど、とりあえず相槌を打ってくれるトコ、私は好きだよ。

 まあ、初代総理大臣はお察しの人物だとしても、次代をどう決めるかはまだ不明だ。

 幕末は終わり、真選組は残り、徳川家も存続し、明治時代が始まるのだろう。

 前世に近くてやっぱ違う、そんな歴史になりそうだ。

 

「ん? 彼方の奴からDMが来てる」

 

「連絡取ってるんですか……」

 

「あいつツイッターしかやってないんだよね。電話もメールもやんないし」

 

 畳でゴロゴロしながらスマホをいじる。

 虚は隣で自分の刀の手入れをやっていた。それなんか異常に丈夫な武器ですよね。髪飾りの剣士から受け継いだ日輪刀だったりしますか? ともあれ珍しい連絡を確認すれば、

 

『万事屋が劇場の見廻りの依頼を引き受けた』

 

 ──それは何の変哲もない、無意味な報告。

 ──だが同時に、世界の運命を分かつに等しい事実の報告だった。

 

「…………」

 

 慎重に、画面をスクロールする。嫌な汗が出てくる。

 起き上がって、息を吸って、三回ぐらい覚悟を決めてから、更に下にあるメッセージを見る。

 

 

『坂田銀時は普通に帰ってきた』

 

 

『だが』

 

 

()()()()()()()

 

 

 無言で天井を仰いだ。

 ああつまり、そういう事だ。私たち──転生者(わたしたち)の、最後の大仕事がやってきた、という事だ。

 

「……先生? 如何(いかが)なさいましたか?」

 

「江戸に降りるぞ」

 

 世界の終焉は忘れた頃にやってくる。

 どうやら──この世界のバカ騒ぎは、まだ終わっていないようだった。

 

「未来を取り戻す時間だ」




ソラの航空都市戦艦
 インフラはアルタナ。水も電気もガスもアルタナから変換している。
 食材などは宇宙通販を使って定期的に船上配達。資金源は千年溜め込んで戦艦鋳造に半分吹っ飛んだソラの貯金。エイリアンハンターを偶にやってがっつり稼いだり株で賄ったりしている。そのうちアルタナ操作理論を特許申請したりする。
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