映画を見て、坂上と成瀬がくっつかなかったことに憤慨した勢いで書きました。
映画のラストを否定するつもりはありませんが、僕としてはこの2人のやり取りが好きだったわけです。

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心の叫びを聞いてくれ。

「だって坂上くん、成瀬さんことが好きなんでしょう?」

 

 どこか泣きそうな表情で、しかし彼女はキッと俺を睨みつける。

 その言葉に対して俺は、反射的に否定の言葉を投げかけようとして口を開いた。

 

「いや、俺は成瀬のことはそういう目で……」

 

 見ているつもりはない、と告げるつもりだった。

 しかし、口がその先を開こうとしない。

 まるで誰かにチャックを付けられているみたいだ。

 一体何故だ? 俺は自信の気持ちに問いかける。

 俺は、俺が好きだったのは、目の前の彼女だったはずだ。

 迷って口をつぐんでしまった俺に、仁藤はふっと笑う。

 

「やっぱり。坂上くん、ずっと気づいてなかったんだね」

「俺は……俺が好きなのは……」

「ね?思い出してみてよ。成瀬さんとふれ交の活動を続けてきて、ずっと彼女のことを目で追っていたでしょ」

 

 そうだ。俺はあのちっさくて、そそっかしくて、喋ることもなくて、それでいて感情豊かなアイツに目を奪われていた。

 それはずっと恋愛感情だとかそういうのではなく、むしろ同族意識に近いものだったはずだ。

 昔の俺と同じように心を塞いでしまったそんな彼女に少しでも手を差し伸べたい。そんな一心で、俺は彼女に、力を貸していたんだ。

 俺の心の中を見透かしたように、仁藤は微笑む。

 

「坂上くん、ずっと周りにも自分にも嘘ついてたから、ホントの自分の気持ちが分かんなくなっちゃったんだよ」

「仁藤、お前……」

「言わないで。私、応援するって決めたんだから」

 

 彼女の眼にキラリと光るそれを見て、俺はようやくそこに込められた気持ちを知る。

 でも、もう俺は自分の本心に気づいていた。

 抑えていた気持ちが、心の声が飛び出す。

 

「俺は、アイツが……成瀬順が、好きだ」

「……うん、知ってたよ」

 

 そうしてついに涙をこぼした仁藤が不器用に微笑むと同時に、ちょうど離れたところで何かが落ちるような物音がした。思わず、その方向を見る。

 そこには、いつものように顔を真っ赤にした成瀬が校舎の玄関口に立っていた。

 その足元にはいくつもの学生鞄が転がり、なるほど物が落ちたような音はあれかと納得する。

 成瀬は自身が落としたそれも見えていないのか、テンパったように両手を前に出すと、ぶんぶんと手を振った。

 

「あ、あの、わたし、頼まれていた鞄を持っていくつもりで……2人がいたから、その」

「……今の話、聞いてた?」

 

 こくり、と頷く。そしてその内容を思い出したのか、一層顔を朱に染める。

 そんな成瀬に負けないぐらい、俺は頭の中が茹だったような感覚に身悶えていた。

 今やっと自覚した気持ちを、ようやく心から出した叫び声を、よりによってその相手に聞かれてしまった。

 俺の顔は今どうなっているだろうか。まさか目の前のこいつのように、赤らんだりしているのだろうか。

 俺が言葉に詰まって二の句を継げないでいるのに対して、成瀬も熱っぽい眼で俺を見つめたま動かない。そりゃそうだ。

 そんな固まった俺たちの間に割って入ったのは、先ほどまで涙していたはずの仁藤菜月だった。

 彼女は抑えきれない笑みを隠すように顔に手を当てると、成瀬に向き直った。

 

「ふ、ふふっ……あはは。ね? 成瀬さん、聞いてたのなら話は早いかな」

 

 すたすたと、成瀬の元に足を進める。

 そして彼女の前で足を止めると、優しく微笑みかけた。

 

「ここからは、あなた次第。どう応えるのか、答えないのかもあなた次第よ」

「……でも。これは私の経験だけど、」

「自分が言いたいことは、ちゃんと言葉にしないとダメよ」

「――想いは、言葉にしないと伝わらないんだから」

 

 そこまで言い切ると、仁藤は成瀬の足元に転がった学生鞄を拾い出す。

 そして逆に今まで自分が両手に持っていたゴミ袋を成瀬に預けた。

 

「ごめんね、これだけ捨てに行ってもらっていいかな? こっちのことは、私が何とかするから」

「あ、あの、に……とう……さん?」

「それじゃあ、後は坂上くんに付いていけば、わかるから」

 

 そう言うと、仁藤は足早に立ち去っていってしまった。

 残された俺たち2人は呆然とその後ろ姿を見送ると、思わず顔を見合わせる。

 成瀬はまたもや顔を真っ赤にして俺を見つめた。

 

 

 

 

「それで、さっきの話なんだけど……」

「ひゃ、ひゃぃ……!」

 

 とりあえずはゴミを運んでしまおうと移動した俺たちは、その足で屋上まで来ていた。

 普段は時間を問わず何人かの生徒がたむろしているものだが、さすがに日も暮れて久しいこの時間に屋上に来るような者はいないようだ。

 俺は先ほどに比べると随分と落ち着くことが出来たが、それでも心臓が早鐘のように鳴り響くことは抑えることができなかった。

 そんな俺以上に緊張しているであろう成瀬は、あたふたと目線を泳がせて今にも過呼吸でも起こしそうだ。……というか、さっきからずっと普通に話しているけど、大丈夫なんだろうか。こいつ。

 

「とりあえず聞きたいんだけど、さっきの話ってどこから聞いてた?」

「……あ、あの。坂上くんが『どうして自分を避けるのか』って仁藤さんに、話しかけてたところから……」

「はじめからじゃん」

「ご、ごめんなさい」

 

 いや、謝ることじゃないけど。

 そこまで聞かれてたのならもう隠すこともない。

 俺は意を決して、成瀬の名前を呼びかけた。

 ぴくり、と震える彼女が赤面した顔で俺を上目遣いに見上げる。

 そんな彼女に、俺は震えそうになる舌を抑えこんで話しかけた。

 

「あのな。ちょっと長くなるかもしれないけど、俺の話を聞いてほしいんだ。成瀬に」

 

 語りかけると、顔を真っ赤にさせていた成瀬はじっと俺の顔を見つめる。

 俺が緊張していることも分かってしまっているのか、少し気持ちを落ち着かせたように一つ息をつく。

 

「……うん、いいよ」

 

 薄く微笑んでくれた彼女に心の中で感謝すると、俺は口を開いた。

 

「……ずっと俺は、自分の本音に嘘をついて生きてきたんだ」

「うん」

「前に話したよな。俺がピアノのことで私立の中学校に通いたがったことで、うちの両親が喧嘩したこと。それから、離婚したこと」

「……うん」

「俺はずっと自分の所為でそうなったんだって思って、それからはずっと、争いになるような本音は隠してきた」

「でも、そんな俺を変えてくれたのがお前なんだ」

「……わたし?」

「ああ。お前が、呪いにかかったお前が、それでも頑張ってみんなに心をぶつけてるのを見て、気づいたんだ」

「確かに言葉は人を傷つけるし、簡単に人間関係にヒビを入れてしまう」

「けど、それでも誰かと心から通いあうには、本音で話し合うしかないんだ」

 

「……けど、それでも。わかってくれない人だって、いるよ?」

 

 成瀬はふと下を向くと、暗い声を絞りだすように呟いた。

 

「……ああ、そうだ。でも初めから諦めてたら、なんにも出来ないんだって、そう思ったんだ」

「それは成瀬。お前のおかげなんだ」

「わたしの……おかげ?」

 

 俺の言葉にまんまるな瞳を大きくさせると、彼女は俺の言葉を待った。

 俺はそれに応えるように頷くと、言葉を続ける。

 決して嘘偽りじゃない、俺の心からの本音を。

 

「俺はな、はじめはあのクラスメイトにミュージカルをやらせるなんてどうせ無理だって思ってたんだ」

「あれだけ面倒なことを嫌がってるあいつらに、まさかミュージカルなんてやらせられるわけがないって思ってた」

「けど、そんなあいつらはお前は変えてしまったんだ」

 

「で、でもあれは坂上くんと、仁藤さんと、田崎くんがお願いしてくれたからで……」

「そんな俺たちを変えたのは、間違いなくお前だよ、成瀬」

 

 初めはクラスメイトたちと同じように面倒事を嫌っていた俺や、ふれ交に出ることさえしなかった田崎。

 そんな俺たちが教室の壇上でクラスメイトに頭を下げるなんて、誰が考えただろうか。

 

「あのファミレスでお前が野球部の奴らに怒った時だって、クラスのみんなにミュージカルがやりたいって言った時だって、」

「俺たちが思ったこと、感じたことをちゃんと相手にぶつけることができたから、きっとみんな分かってくれたんだと思う」

 

「俺はずっと自分の言葉で誰かが傷ついてしまうことが嫌で、波風を立てないような生き方をしてきた」

 

「俺はお前の本音で行動しようとするところに、ずっと惹かれていたんだ」

 

 

 

「だから……俺は、成瀬のことが好きだ」

 

「……っ!」

 

 俺の言葉に息を呑んだ成瀬が、顔を赤くしてうつむいてしまう。

 しかしすぐに顔を上げると、その真っ赤な顔のままで俺の顔を見つめた。

 

「わたし、わたしは……」

 

 言葉を探しているのか、迷うように顔を上下させる彼女に俺は「大丈夫、ゆっくりでいいから」と、頷く。

 そんな俺に成瀬はすっと目を閉じると、とぎれとぎれに言葉を紡ぎだした。

 

「わたしは、ずっと坂上くんのことを凄い人なんだって憧れてた」

「わたしの考えてたことを当てたように歌を唄ったり、わたしの書いた物語に曲をつけてくれたり」

「仁藤さんや、田崎くんや、クラスのみんなにわたしのわがままを聞いてもらえたのだって、ぜんぶ坂上くんのお陰なんだって思ってるよ」

「それから……わたしのことを頑張ってるって言ってくれた時も、すっごく嬉しかった」

「こんな私でも見てくれる人がいるんだって、教えてくれたから」

 

「……成瀬」

 

「……わたし、坂上くんが思ってるよりずっと性格、悪いと思うよ?」

「俺だって、成瀬が思ってるほど立派な人間じゃない」

「坂上くんを傷つけることだって、いっぱい言うかもしれないよ?」

「俺は成瀬の本音の声が聞きたいんだ」

「わたし、わがままだよ?」

「頑張って受けとめるよ」

 

 そこまで言うと彼女は泣いてるような、戸惑っているような表情を浮かべる。

 震えた声で語り出すその言葉を、俺は頷きながら聞き入った。

 

「わたし……わたし……」

「わたしはね……坂上くんは、仁藤さんが好きなんだって思ってたの」

「わたしなんかより背もずっと高くて、明るくて、クラスでも人気者で……そんな仁藤さんと坂上くんなら、お似合いなんだろうなって……」

「思ってたのに……わたし、だめだったの。そんなはずないのに、わたしじゃなきゃ嫌だって思ってたの。坂上くんの隣りにいるのはわたしじゃないと嫌なの」

「ずっと……ずっと、待ってたの。あの日から、わたしを助けてくれる王子様を……」

 

 言葉に詰まって、目元から涙があふれだす。

 震わせまいと固く食いしばった歯から、すすり泣くような声が聞こえた。

 俺はそんな彼女の姿を見て、身体が勝手に動き出す。

 はじめて抱きしめた彼女の身体は俺よりずっと小さくて、柔らかくて、震えていた。

 

「さ……さかがみ、くんっ?」

 

 驚いたように身体を震わせる彼女に、俺は抱きしめた背中を小さく叩いた。

 成瀬の震えがとまる。

 俺は、その身体を強く抱きしめた。

 

「それでも俺は、成瀬が好きなんだ。そう、心が叫んでるんだ」

 

「わたしも……ずっと前から、坂上くんのことが、好きです」

 

 

 

 

「で……どうしよっか。随分みんなを待たせちゃってるし、クラスでも俺たちのこと話してるかも」

「は、話してる……って?」

「いやほら、こんなイベントの準備の時に男女で抜け出してたら、『そういう』噂にもなるでしょ」

 実際、抜けだして校舎の影でイチャついてた奴らだっていたわけだし。

「ふ、ふぇ!?」

「まあ実際には噂じゃなくて事実なんだけど……こればっかりは、場の流れに任せるしかないか」

「わ、わたし、は坂上くんと噂になるのは……いやじゃ、ない……っ……よ」

「……俺もだよ」

 

「ところで、さっきから気になってたんだけど」

「……?」

「成瀬、ずっと話しているけど、お腹……大丈夫?」

「……!!?っーーーーー!?」

 

 




成瀬ちゃんが罵る下りは、付き合ってからラブホとかでやればいいと思います


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