人はいつ涙を流すのか。
大抵、その時、人は感情に大きな動きがある。
そう、まさに今のような状況だ。
友人は倒れ、僕は立ち竦み、周りを野次馬や心配そうに見つめる人達でできた人だかり。
僕を打つ雨は冷たい。空気は重い。うまく呼吸が出来ない。雨が、涙が、僕の頬を濡らす。
遠くでサイレンが聞こえるが、もう遅い。
この日、僕は大切な友人を失った。
「…ま、…やま、…秋山!」
自分の名前を呼ばれてる事に気付き、裏返った声で慌てて返事をした。
「は、はいぃ!なに!?」
目の前の眼鏡をかけた女の子は肩をすかして、やれやれ、とでも言いたげだ。
「何固まってんのよ、早くこれ終わらすよ」
そう言って彼女が指さした先にあったのは未完成のポスターだった。
そう、僕達は今保健委員の仕事でインフルエンザ予防を呼びかけるポスターの製作中だった。
「はあ、こんなモノ作らないといけないってわかってたらこんな委員会入ってなかったよぉ…」
机におでこをくっつけて文句を垂れる僕をよそ目に、彼女、多田綾香はもくもくと作業を続ける。
「ポスター、手伝わないなら飲み物でも買ってきてよ」
漆黒の瞳が僕の顔を見つめる。
「はぁ?なんで俺が」
「ろくに仕事もしない役立たずの委員長が役に立つチャンスを私が与えたのに、そのチャンスを無駄にするの?」
毒混じりの言葉を僕の心に深々と突き刺しえぐってくる。
結局、午前の紅茶のミルクティーと、コーラを奢らされて、多田のいる教室へと続く廊下を歩く。
教室へ戻るとポスターを完成させ、しばらく暇だったのか、多田は眠っていた。
(こいつ、寝てれば可愛いんだけどなぁ…)
そんなことを思いながら俺は自分用に買ってきた、はちみつレモンで体を温めた。
時は遡って、50分前。
多田に命令されて俺は1階の自販機へと向かう。
その道中、見覚えのあるシルエットが向こうから歩いてくるのが見えた。
「しゅうすけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
俺を視界に捉えたシルエットの主は俺にそう叫びながら駆け寄ってくる。
「お前今までどこに居たんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
そう叫びながら飛びついてきたこいつは大西雅也。
「俺との約束は!?」
そう訴えかけてくる彼の眼は、さながら捨てられた子犬のようだ。
「した覚えなんてないよ」
そう言いながら苦笑いを浮かべる。
「そうでしたてへぺろ☆」
「可愛くないからやめとけ、むしろキモい」
そう言って侮蔑の眼を向ける。彼は中学の時からの知り合いで、日頃から仲良くさせてもらってる。彼は手持ち無沙汰な僕を見て、
「どこか行く途中なの?」
と尋ねてきた。
「ん~、多田の遣いでな、」
と苦笑混じりに言うと、
「そうかぁ、修介も大変だねぇ?」
ニヤニヤしながら手元と顔を大西の眼が行き来する。
「別に、そんなやましいことはないよ」
そうか、と彼は言い残してニヤニヤしたまま行ってしまった。
ジュースの自動販売機の前に来て小銭を入れようとして、気付いた。
「あ、はぁ、金渡されてねぇ…」
そう呟きながら恭しく千円札を自動販売機に入れ、何にしようか迷う。
「…あいつにはミルクティーでいいか。」
とミルクティーのボタンを押すと、ガシャンと音を立ててミルクティーの入った缶が落ちてきた。
それを取り、自分のを選ぼうとすると、ポケットにしまっていた携帯が鳴った。
「もしもし」
「あぁ、私だけど、コーラね。」
それだけ聞こえて電話が切れた。
「あいつ…」
仕方なく、コーラを買い、ついでに自分の飲み物にはちみつレモンを買い、俺は教室へと戻った。
放課後。
談笑しながら歩く生徒や足早に歩く教師達とすれ違いながら目的の場所へと歩く。
目的地、というのも学校の中庭掲示板なのだが、我らが副委員長、多田綾香が完成させたポスターを掲示板に貼りだすのが俺の今日の仕事だ。
「どのあたりがいいかな…」
掲示板だと言うのに掲示物が少なく、貼る場所に困る。
すると後ろから、声がした。
「よう、少年」
高すぎず低すぎず、中性的な声がした。
振り返ると白衣を着た女性が仁王立ちをしてこちらを見ていた。
「保健委員の仕事かい?」
目の前にいる女性は保健室勤務の養護教諭だ。
「はい、多田の使いっぱしりで」
笑いながら答えると先生は鋭く、
「使いっぱしり?それは本来君の仕事では?」
と痛いところを突いてくる。
「うぅ…それは…あはは」
目線を逸らし笑って誤魔化す。
「君は本当に置物委員長だな」
「間違いないですね」
しばらくの沈黙を置き、先生から仕事終わらせるよう催促され、最後に「彼女を安心させたまえ」と含み笑いで言われたのが少し引っかかったが。
掲示物の貼り出しが終わり、多田のもとへ戻ると多田はまた眠っており、うずくまっていた。
「こいつは人が居なくなると眠る癖でもあんのか…」
そう、呟いて自分の着ていたセーターを多田にそっと掛けて、俺は飲み物を買ってくことにした。
自販機まで来て、ミルクティーを買った。
「あんまり飲まないんだけどな…」
そんな独り言を漏らして、多田のぶんの飲み物を選ぶ。
(あいつも同じでいいか)
もう一本ミルクティーを買ってポケットに捻じ込む。
教室へ帰ると多田は起きていた。
「あ、生きてたのな」
「残念だったね、生きてるよ」
そんな捻くれた返答をして多田と俺のミルクティーを机に置く。
「ありがと」
無言でうなずくと俺は自分のを手に取って封を開ける。
そして無言のままお互い自分のを飲み干すと、静寂を破ったのは多田の方だった。
「僕っ子っていいよね」
「は?」
予想外の言葉に驚きながら、俺は缶を机に置いた。
「いやね、小説や漫画、ゲーム、アニメなんかを見ててもね、僕っ子って人気だなって」
「あぁ…お前のとか需要無さそうだな」
と言うと、黙殺された。
それから僕っ子の良さと需要の高さについて熱弁されながら、俺と多田は家路についた。
その日だった。
変わらない朝をむかえた。
いつもと変わらないなんてのは、この無常の世界ではありえない。
いや、むしろ移り変わってゆくのが、いつもと同じことなのかもしれない。
そんなことを考えながらパンをかじる。
「昨夜、女子高生が轢き逃げにあい、重症になる事件が発生しました。」
淡々と読み上げる女性アナウンサー。いくら仕事とはいえ、人が一人はねられてるのに何とも思わないのかと思ったこともあったが、人が死んだショックで泣きながらこのニュースを読み上げるアナウンサーなど見たくないと思ったことを思い出し苦笑した。
「最近こういうの多いわねぇ」
と、目の前に座っていた母が他人事のように呟く。
「修介も気をつけなさいよ?こういうのはいつ自分に起こるかわからないからね」
「大丈夫だよ、轢き逃げなんてレアなケース俺には起こらないよ」
そう言い残して俺は鞄を持ち、家を出た。
補強にムラのある道路を鼻歌を歌いながらゆっくりとした足取りで進んでゆく。
すると後ろから、
「おはよう、今日は機嫌がいいのね」
と朝からは出来れば見たくない顔があった。
「今不機嫌になったよ」
と溜め息まじりに返すと多田は眉を寄せて、こう言い返してきた。
「可愛い女の子が朝からおはようと声をかけてくれるなんて他の男なら羨むんじゃないの?何を不機嫌になるの?」
俺は多田の少し先を歩きながら、
「お前が可愛かったらの話な」
そうして歩いているとぽつぽつと雨が降り出した。
俺は多田の手を引き小走りに雨宿りのできる場所へと向かった。
「ここならしばらく雨をしのげるな」
商業施設が多数入っているビルの下で俺と多田は髪を洗い手つきで拭いていた。
「学校、遅刻するわね」
「あぁ、そうだな、連絡しておかないと」
そう言いながら携帯を取り出し、連絡先から学校へと電話をかける。
「――はい、ですから、はい、20分程遅れます、はいわかりました」
電話を切ると多田が俺の眼を覗き込んでいた。
「なんて?」
「気をつけて来いだってさ」
「そう」
素っ気ない返事だ。
こんな返事にももう慣れっこだ。
「私ね、一人称僕にする」
突然、突拍子もないことを言いだし、俺は眼を見開いて聞き返した。
「お前、正気か?風邪でも引いたんじゃないだろうな?」
額に手を当てたり、マフラーを巻いてやったり心配してるふりをする。
「バカにしないで、正気よ」
笑いながらそう返す多田。
「別にかまわんが俺が死んでからにでもしてくれ、友人が僕っ子なんて恥ずかしすぎる」
肩をすくめながら言う。多田は不満そうだが、丁度、信号が変わったので、気にせず話題を変えた。
「ほら、行こうぜ!雨が止むのなんか待ってたら日が暮れるよ!」
と、少し早く歩き出した。
「ちょっと!変わったばっかりで飛び出したら危ないよ!」
大丈夫だって、そう返そうとした瞬間だった。
横から黒塗りのワゴン車が迫っていた。
彼が横断歩道の真ん中に差し掛かろうかというところだった。
その瞬間から世界の、自分の中での時間がゆっくりになっていた。
彼はこちらに視線を向けることなく、横を向いて固まり、私も足がすくんで動けなかった。
そして横から迫るものを視界に捉え、瞬きをしたその次にはもう彼はいなかった。
そこには赤く滲んだ、太いかすれた線と、彼だった。
周りからは悲鳴が上がり、人だかりができ、「誰か救急車を」そう叫び散らす私がいた。
彼の体を抱き、呼びかけるが反応がない。彼の首はありえない方向を向いていた。
涙で視界がかすむ、脳裏に焼き付いた彼の横顔。急に怖くなり彼の体を置き、立ち上がり後ずさる。こんなことになるなら、あんな素っ気ない返事なんてしなかった。ちゃんと天気予報の降水確率を確認して、雲行きを見て、折り畳み傘でも持ってきたのに。
後悔の念ばかり押し寄せてくる。
数時間後、病室で彼の両親と会い、泣きながら謝った。
彼の両親が、秋山の遺体に泣きつき、叫んでいた。
僕は、病室の外の椅子に腰かけていた。
僕には、秋山に謝る時間もなかった。彼とは高校一年の時、保健委員会で初めて出会った。
約一年半、一緒に活動してきた中で一番仲のいい友人だった。僕が冷たく当たっても文句は言っても、離れなかった唯一の人だった。僕はそんな彼に甘えていたのかもしれない。そんな彼との一年半をあのワゴン車は一瞬で奪い去っていった。
彼の病室を出てから、ずっと、ずっと泣いていた。
泣きながら思っていた人はいつ涙を流すのかと。
大抵、その時、人の感情には大きな動きがある、感動したり、ショックを受けたり。
友人が死んだ、自分は何も出来なかった。彼が居た当たり前の過去を思い出した感動と、居なくなったショックで涙が止まらない。
この日、僕は大切な友人を失った。
どうも!初めまして!
望月かざねと申します!
ハーメルンでは最初の作品となる涙と雨楽しんでいただけたでしょうか?
では、また次の作品で!