オーダーはウサギさんですか?   作:河野将

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第二話「それって小さな奇跡かなAパート」

 夜のラビットハウスは盛況だった。

 店主の手は休む間も無くグラスの水気を拭き取り、手伝いの青山ブルーマウンテンなる女性の足は店内を右往左往。その内、忙しさに感けておっとりとした彼女が目を回すのではないか、と危うんでしまう程の忙しさだ。

 しかし、そんな忙しなさを包むゆったりとしたピアノの旋律は穏やか。折に混じってくる金管楽器の陽気さは客たちにも伝染し、客たちは従業員たちとは反して明る気な笑声を漏らす。

 そんな様相を繰り広げる上では今まさに、青山ブルーマウンテンより先に目を回す少女がいた。

 

「えへへぇリゼ先輩ー」

「おいチノ、どーしてシャロの口にコーヒーなんか突っ込んだんだよ。て、あんまりくっつくなぁ」

「あらあら、シャロちゃんったら大胆」

「リゼちゃん落ち着いて、シャロちゃんはもう泥酔状態だよ、そんな強引に離そうとしたら返って酔いが――」

「……ちょっと、いいですか?」

 

 一転、先までの和やかさが失せてしまった。

 そして喋ったと思われる白いウサギの件で困惑しているモカの元へやって来たのは、白いロングヘアーの少女だった。

 

「は、はい」

 

 眼前に迫ったのは明らかに年下の少女。だが、それでもモカが畏まった返答を口にしてしまったのは、少女が向けてくる怖いくらいに真剣な眼差しが所以だった。

 

「今のは私の特技の腹話術です。ティッピ――この子が喋った訳ではありません」

「は、はあ」

 

 大福か饅頭か。思わず触れてみたくなる程にまん丸で柔らかそうな頬に伝うひと雫の所以が気になるところだが、ひとまずモカは納得した素振りを繕う。

 次いでふと気になって横を見る。

 白いウサギは青ざめた顔相を浮かべつつ、仕切りに頷いているようにも見える動作を繰り返している。

 

「えーっと……ウサギ、で良いんだよね?」

「はい。ティッピィは雌ウサギです。どこからどう見ても、可愛らしい女の子です」

「ならさ、どーして腹話術の時におじさんっぽい声で演じるの?」

 

 その質問は意地の悪さから出た物ではない。本心から気になってモカの口から出たものである。

 しかし、目の前の少女の顔にはみるみる汗が煌き始めてくる。青い瞳は左右へ泳ぎ、分かりやすく焦っているようである。

 

「それは……」

 

 追い込まれた少女は不意に、小さな握りこぶしを口元へ当てがった。恐らくそれは神からの助け舟だったのだろう。

 

「か、可愛いぃっ!」

「うっ――」

 

 黄色い声が上がった次の瞬間、少女の小さな身体は自由を失う。胸から腹部に掛けて襲ってきた衝撃に低い息を漏らすと、少女は自分が抱き締められた、という事実を理解する。

 

「いきなり、何をするんですか……」

「はっ……あまりの可愛らしさに、つい」

 

 咄嗟に拘束を解除し、身を離すモカは苦笑う。

 すると、

 

「えへへ、でしょう?」

「ココアさん。苦しいです、暑いです」

 

 いつの間にかこちらの方へ興味を移していた茶髪の少女――チノと呼ばれる少女の口ぶりから察するところの、恐らくはココアという名の少女が、同じく後ろからチノを抱き締めながら輪に入ってきたのだった。

 チノはあからさまに嫌そうな顔をしながらココアを引き離そうとする。が、その体格差は強くもない拒絶心では埋められないらしく、なかなか手こずっている様子。

 

「ええ。とっても可愛らしい妹さんですね」

「いいえ。本当の姉妹ではありません」

「ふえぇ――そんなキッパリ?!」

「変な誤解を招いてはいけませんから」

「うぅ……チノちゃぁん」

「そんな顔したってダメです」

 

 これではどちらが姉か分からないな、と、モカはじゃれ合う二人を微笑ましく見守ってみる。

 一人っ子として育てられたがゆえに、モカにとっては他人であるチノのことを妹として執拗に愛でようとするココアの行動思念が手に取るようにして分かった気になったのか、告げる。

 

「ココアさんも一人っ子なんですか?」

「え、ううん。私にはお姉ちゃんとお兄ちゃんがいるよ?」

「へっ?」

 

 どうやら小さな勘違いを犯してしまったようだ。

 ココアの行動思念とは末っ子だからこその、妹や弟といった下の姉妹、姉弟への羨望にあった。もしくは姉や兄への憧れや、それに従事した自己への同一視、投影することによってその欲求を満たす為だったのだ。

 

「あ、そーいえばアナタの名前、まだ聞いてなかったよね。良ければ教えてくれる?」

「あ、そうですね。私はモカ、燻島萌香です」

「えぇっ!?」

 

 突如、所在不明の室内に驚嘆の声が響く。

 

「お、おい。どうしたんだよココア、そんな大声を出して」

「あら、また出たの?」

「リゼしぇんぱぁぁい」

「だからひっつくなぁっ」

 

 ただでさえ大きかった両眼を更に見開いて見せるココアの向こうにいた三人のそれぞれとモカは目が合う。別段に何かをした訳でも無いが、言い知れない気不味さを覚える。

 

「ココアさん、耳元で叫ばないで下さい」

「ごめんねチノちゃん。でもね、モカって私のお姉ちゃんと同じ名前なんだよ。すごい偶然だよね」

「え、お姉さんもモカと言うんですか?」

「そうだよ。すっごく優しいお姉ちゃんなんだ」

 

 驚いていたと思った途端、今度は照れたような笑みを浮かべて後頭部へ手を当てがうココア。百面相とは正に、である。

 

  ☆Bパートへ続く☆

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