〈物語〉シリーズ プレシーズン 【裁物語】   作:ルヴァンシュ

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 しるしスパイダー後半戦、開始。


■ 以下、注意事項 ■

・約壹萬伍仟字。
・〈物語〉シリーズ、アニメ未放送分ノネタバレ有リ。
・他、何カ有レバ書キマス。

■ 黒齣 ■


第肆話 しるしスパイダー 其ノ肆

[013]

 

 

 突如駆けつけて来てくれた斧乃木ちゃんの例外の方が多い規則(アンリミテッド・ルールブック)によってサルベージされた僕たちは学習塾跡へと到着した。大気の暴力を一身に浴びせられつつも、何とか死地からの逃亡に成功したのである。

 

 しかしその移動には代償がある。この例外の方が多い規則(アンリミテッド・ルールブック)離脱版は、爆発的に上昇することでその場からの離脱を可能とする必殺技なのだが、先程大気の暴力と表現したようにその衝撃は馬鹿にならない。

 どれくらい馬鹿にならないかと言うと、生身の人間がブラックアウトしてしまうくらい――或いは、吸血鬼もどきである僕でさえも失神しそうになりかねない程、と言えばその脅威は分かりやすいか。

 つまり、それが代償である。結論を言えば、神原は例に漏れず気絶した。何度も言うように神原は左手以外は全く普通の生身な人間であり、いくらそのメンタル面には特筆すべきものがあるとは言え、気力では生理現象をどうすることも出来ないのであった。況してや神原はこの移動を経験したことはなく、完全に不意打ちだったというのもそれに拍車を掛けていた。

 

「ふう。危ないところだったね、鬼いちゃん」

 

 スカートをはたき、両手を広げてくるりと回転して僕の方を向いた(アニメ版で斧乃木ちゃんがよくやるあのムーブだ)斧乃木ちゃんは言った。

 

「全く、僕が目を離すとすぐにこれだ。何度も繰り返し言うけれど、僕は貴方の保護者じゃあないんだからね。もう少し慎重に行動して欲しいものだ」

「ああ……悪いな」

「そうだね。本当に悪いね。悪いのは鬼いちゃんだね」

「…………」

「鬼畜だね。鬼だね。鬼いちゃんだね。もうこれは悪鬼と呼ぶべきじゃあないかな?」

「そこまで言われなくちゃならないのか……?」

 

 僕が助けられた立場ゆえに反論し辛くなっているのをいいことに言いたい放題の斧乃木ちゃんだった。

 

「まあそんな話は本当にどうでもいいから置いておこうか、悪鬼いちゃん」

「置けてない。引き摺りまくってるぞ」

「言い辛いから悪鬼ちゃんでいい?」

「最早お兄ちゃんという言葉の原型が残っていない!」

 

「そういう訳で悪鬼ちゃん。今から僕たちがおかれているであろう状況について、知りたいだろうからさらっと簡潔に一回だけ説明するからよく聞いてね。聞き逃しがあっても二度と言わないから」

「え? お、おう」

 

 余談もそこそこに、斧乃木ちゃんは即座に話題を変更した。というよりは、話題を元に戻したというのが正しいか。

 僕は慌てて意識を斧乃木ちゃんの話に傾ける。二度と説明しないというのなら、多分本当に説明は一回しかしないのだろう――それに、何やら急いでいるらしい斧乃木ちゃんを引き止めるのは、それこそ悪い。悪鬼ちゃんである。

 

「あの織崎記とかいうなんだかよく分からない奴が本格的に動き出した、っていうのは察してるよね?」

「本格的……なのか? というか、あの鎧の一件以来からこっち、あいつらは本格的に動き出しているように思えたのだけれど」

「違うよ、馬鹿」

 

 ストレートに罵倒された。

 

「あれはあくまでも前哨戦に過ぎない。鎧の件も、何やら鬼いちゃんがまた首を突っ込んだらしいもう一つの件も、あれは全て特定の対象を狙った規模の小さいものだったのさ」

「特定の対象を狙った……いやでも、織崎ちゃんが今回狙ったのは、実質僕一人だぜ。それに、そもそもあいつの目的が特定の人物に対する攻撃だったんじゃあ」

「違うよ、馬鹿」

 

 またストレートに同じ文面で罵倒された。

 

「その特定の対象の中でも、さらに特定の対象だったということだ――鎧の時、あいつが狙ったのは僕と貴方だっただろう? 例えば貴方の妹さんとかを、狙ったりしてたかい?」

「……ああ、そういうことか」

 

 特定の対象というより、特定の集団と呼ぶべきなのかもしれない――今までの攻撃は全て、一箇所に固まっていた数人を狙ってのものであった。

 

「え? じゃあ、つまり――」

「そのつまりだよ、鬼いちゃん。あいつ、とうとう全方位に対して攻撃を仕掛け始めた」

「なっ……!?」

 

 全方位に対して――固まっているところを叩くのではなく、分散している状態でも攻撃する。

 それはつまり――つまり――。

 

「もう安心は出来ないということだよ、鬼いちゃん。油断もしちゃ駄目だし、隙も与えちゃ駄目だということだ。少なくとも僕が確認した限り、この街に住む対象の殆どが攻撃を仕掛けられている」

「っ…………!!」

 

 対象の殆ど――僕、ひたぎ、神原を除いた数名が、僕たちの与り知らぬうちに襲撃を受けていた?

 

「そ、その殆どって、誰だ」

「まず、八九寺真宵」

「八九寺!?」

 

 いや、エクスクラメーションマークとクエスチョンマークを使ってしまったけれど、しかしこれは意外ではなかった筈だ。今までの戦いで僕たちが勝利するキーとなったのは、言うまでもなく八九寺である。ならば、問答無用で危険視されてもおかしくはない。

 

「千石撫子」

「千石!!?」

 

 エクスクラメーションマークをさらに増やしてしまったが――そういえば、千石もあいつの攻撃対象に入っていたが……よりにもよって……!

 

「千石は、大丈夫なのか!?」

「今はね。あの娘が気付かない内に片付けたから、恐らく被害はないだろう」

「そうか……」

 

 色々故あって、僕は千石と関わる訳にはいかない。だから彼女を助けることが出来ないのだ――この思考がもう烏滸がましくさえあるが。

 

「人は一人で勝手に助かるだけ、ってかい?」

「まあな――あ、そうだ。忍野は? 確かあいつも狙われてた筈」

「そこまでは分からない。あの人に関してはまずコンタクトが取れないからね」

「そっか……」

 

 まあ。

 あいつは普通に大事なさそうな気がするけどな。どうせ今も軽薄な笑いを浮かべている筈だ。聞いおいてなんだけれども。

 

「じゃあ、貝木……いや、臥煙さんは?」

「なんで今貝木お兄ちゃんの名前を出したのに踏み止まったのさ」

「いや、改めて考えたら、あいつの安否はどうでもいいかなって……」

 

 どうでもいいというか、考えるだけ無駄というか――実質命を救われた訳だからそう邪険には出来ないけれど、だからといって僕のあいつに対する好感度が上がるとか、そういうことはないのだから。

 

「臥煙さんは……多分、大丈夫と思う」

「え、ちょっと待って。何その煮え切らない口調」

 

 斧乃木ちゃんにしては妙に濁す発言であった。僕は思わず待ったをかけてしまった――いやだって、よりにもよって臥煙さんのとこでそんな喋り方する?

 

「実は、臥煙さんと連絡がとれないんだよね。圏外とかじゃあなくて……ラインしても返信が返ってこないんだ。既読にさえならない」

「…………」

 

 ラインだの既読だの聞き慣れない文字列はこの際放っておくとして、しかしニュアンスは伝わってくる。

 臥煙さんが返信を返さない? あのデジタルの具現である臥煙さんが?

 

「それ……結構大変なことじゃあないのか?」

「うん。大変なことだ」

「…………」

 

 余りにもあっさりと片付けてくれたが、僕としては堪ったものではない。もうここまで来たら恥も外聞もかなぐり捨てて臥煙さんに助けを請おうと内心思っていた僕であるが、連絡がつかないとなれば話が変わってくる。

 というか、危機感がヤバい。専門家の元締めであるあの人が身動きのとれない状況というのが、どれほど危険なものなのか、という話だ――大変なことどころじゃあ、済まないぞ。

 

「それはつまり……専門家には、頼れないってことなのかい? 斧乃木ちゃん」

「そうだよ、鹿馬」

「いや、ここでそういうボケを挟まなくていいから……」

 

 そういうことらしい。厳密に言えば斧乃木ちゃんが居るけれど、この子はあくまでも式神なのだ。言ってみれば、偽の専門家のようなものである。

 

「絶望した……どう足掻いても負けしか見えない状況に絶望した……」

「悪鬼ちゃんこそ中途半端にボケを挟んでんじゃねーよ。中の人ネタなんて分かる人少ないんだから」

 

 駄目だしを食らう僕。まあ内輪ネタは通じる人と通じない人が居るし、避けた方が無難なのは確かである。

 

「それに、絶望するのはまだ早いよ。今からとっておきの絶望情報を教えてあげよう」

「は? これ以上に僕が絶望することがあると思ってるのか? 僕の絶望は浅いぜ?」

「残念だけど、絶望に底はないんだよ。人は絶望すると、どこまでも堕ちていけるんだ」

 

 斧乃木ちゃんはいつも通りの無表情で、機械的にその絶望情報とやらを述べた。

 

 結果を先に言えば、僕は決して絶望しなかった。ただ、落ちるとこまで落ちて、絶望の底に着陸したというだけの話だった。

 絶望の底は、名前を変えて、ちゃんと存在していたということを認識しただけの、簡単は話だった。

 

「貴方の妹さん――偽物の方が、既に一回殺された」

 

 それを聞いた瞬間僕の体を駆け巡ったのは、憤怒という感情であった。

 

 

 

[014]

 

 

 偽物の方の妹。

 つまりそれは、小さい妹の方を意味していた――阿良々木月火。

 月火が、殺された――。

 

「詳しく説明してくれ、斧乃木ちゃん。どういうことだ」

「うん、分かった。説明してあげるからさ、まずは僕の頭から手を離してくれないかな」

「え? あ……ごめん、つい」

「ついじゃねえよ。万力の如き力で締め付けるな」

 

 僕は斧乃木ちゃんの頭から手を離した。どうやら無意識に斧乃木ちゃんの頭をがっしりと掴んでいたらしい――掴んだというか、締め付けていたらしい。斧乃木ちゃんは痛そうに頭をさすった。

 

「幾ら僕が死体だからって、痛みを感じない訳じゃあないんだよ、全く――いや、詳しく説明も何も、その文面通り受け取ってくれればそれでいい」

「月火ちゃんは……生きてるのか?」

「生きてるよ。気絶してるけどね」

 

 殺されたのにも関わらず生きているかどうかを尋ねる質問をするというのは矛盾しているようではあるが、しかし月火は、死んでも蘇る――言わば不死性を所有している。

 

 鳥――しでの鳥。不死身の怪異であり、特殊な方法を使うしか殺す手段はない――それが、阿良々木月火の正体なのである。

 

「丁度その時、僕も居合わせていたからね。あのフェニックスが殺されたのは自室でだったから」

「どうして――何が、どうやって、月火ちゃんを殺したんだ」

「僕を今追っ掛けている怪異が、その性質を使って、阿良々木月火を殺したのさ」

「斧乃木ちゃんを追い掛けている……って、斧乃木ちゃん、もしかして今その怪異から逃げてる最中なの?」

「そうだよ、馬鹿」

「な、なんでそれをもっと早く言わなかったんだよ!?」

 

 悪いことどころではない。斧乃木ちゃんの命に関わる問題ではないか。命というか、存在というか。

 つまり斧乃木ちゃんは、その月火を殺した怪異から逃亡しているという切羽詰まった状況でありながら、同じく逃亡していた僕たちを救出してくれたということになる。

 この子は天使か何かなのだろうか? 斧乃木ちゃんの有能さが止まるところを知らないぞ。

 

「どんな怪異なんだ?」

「さあね。でも形だけ見れば阿良々木月火と同類だ」

「同類……人型?」

「鳥型だよ。鳥――烏の怪異だろうね」

「烏……」

 

 烏。

 鳥類カラス科の一グループ。黒い鳥の代表格とされ、不吉の象徴としても知られている。また鳥類の中では最も知能が発達しているとされ、それ故か神話や伝説の登場は多い。

 

「多分八咫烏から分化した怪異と僕は睨んでいる。火を吐いてきやがったからね」

「火を吐いて――」

 

 八咫烏、と言えば、恐らく相当な知名度を誇る怪異伝承だろう。こういった話に疎い僕でさえなんとなくは知っているのだから。

 曰く、太陽の化身だとか、導きの神だとか、三本足だとか――この中の一つくらいは、読者諸兄も聞いたことはあるだろう。

 

「でも、八咫烏って、火を吐くものなのか?」

「そんな話を僕は聞いたことがない。でも、黒くて炎とくれば、太陽の化身とも呼ばれるこの八咫烏をベースとした怪異だろうことは十中八九間違いない」

「ふうん……」

 

 斧乃木ちゃんがそういうのならそうなのだろう――過信するなとは言われたが、ついつい斧乃木ちゃんの言うことを信じてしまう。それに斧乃木ちゃんが言った言わないに関わらず、僕自身炎に関わる鳥といえば、その八咫烏か、或いはヒクイドリ辺りしか思い浮かばないし。

 

「ってことは、三本足か?」

「いや、普通に二本足だよ」

「そうなの?」

「そもそも八咫烏の初出とされる古事記では八咫烏が三本足だ、なんて記述はないのさ。三本足になったのは別の怪異伝承と同一視されたことに由来する」

「へえ……普通の烏とその怪異、見分けがつくのか?」

「僕ら怪異側から見れば一目瞭然だけど、専門家でもない人間側からは見分けがつかないだろうね。外見的には」

 

 斧乃木ちゃんは言った――三本足ならばいざ知らず、二本足となれば普通の烏と大差ない、のだろう。特徴を聞く限りでは……。

 まあ、三本足だからといって見分けがつきやすいかと言われれば、別段そんなことはないのだけれど――足なんて普通注視しないし、気付かなさそうだ。

 

「ただ、普通の烏より少し大きめかな。その程度だよ」

「大きさなんか分かんねえよ――じゃあ、そいつが今ここに向かってるってことか?」

「違う」

 

 今度は馬鹿とは呼ばれなかった――ボケる時間的余裕が少なくなってきたのかもしれない。

 

「多分そいつは僕を見失っている筈だ――じゃあ勿論、他の奴を殺す方向にシフトチェンジするに決まってる」

「なっ……!!」

「だから急いでるって言ってるのさ。あんまりもたもたしていると、また貴方の偽妹が死にかねない。いや、彼女だけじゃなく、阿良々木火憐や千石撫子にも火の手がまわりかねない」

「っ――――!!」

 

 どうやら、思った以上に事態は深刻らしい。甘く見ていたつもりはなかったが、そんな程度の心算では甘かった。甘く見ていたつもりではなく、甘く見てはならなかったのだ。

 月火が何度も死んでいい訳では、決してない。だがしかし、月火と違い、火憐や千石は不死性を持っていない。二人とも、殺されれば普通に死ぬ一般人なのだ。

 

「一般人と言うには、些か逸脱しているような気はするけれどね。ただ蜂の針が刺さったままの阿良々木火憐は兎も角、千石撫子は一時であれ、神様にまでなった存在なんだから」

 

 斧乃木ちゃんが空をちらりと見て言う――そろそろタイムリミットが近付いてきたのだろう。これ以上斧乃木ちゃんを拘束してしまうのは最悪手だ。

 

「そうは言っても、確かに鬼いちゃんの言う通りだ。殺されれば普通に死ぬ――だからこそ、僕は本来こんな所で油を売っている訳にはいかないのさ。今すぐにでも行動を起こさなくちゃならない」

「た、助けてくれるのか?」

「最善は尽くしてみる。でも最悪の状況も覚悟しておいてよね。今の僕はお姉ちゃんと離れているし、100パーセントの力を出せない――しかも相性が悪すぎるしね」

「相性――」

「火を吐いてくるって言ったでしょ?」

 

 様々な媒体でゾンビは火に弱いというのが通説とされている。その法則はどうやら斧乃木ちゃんにも当てはまるらしかった。

 

「だから、僕がやられた上に阿良々木火憐と千石撫子も死んで、阿良々木月火が死の無限ループに突入してしまうというパターンも一応想定して欲しい」

「したくねえよそんなパターン! そんなもん、地獄絵図じゃねえか!!」

「それ程までに今回の攻撃は苛烈ってことだよ――まあ千石撫子に何かあれば、彼女の中にある蛞蝓の因子がアクションを起こしてくれるかもしれないけれど」

「蛞蝓……」

 

 そういえば貝木がそんなことを言っていたような――確か、蛞蝓豆腐だったか。

 蛞蝓と聞くと八九寺を思い出すが、そうか……いやでも、自然消滅するとか言ってたような……。

 

「だから因子っつってるだろ。状況考えて考察しろ。そんなの貴方が考えるべきことじゃないんだよ。貴方が考えるべきことは、だから別のことだ」

「別のこと?」

「織崎記のことだ」

 

 斧乃木ちゃんは直立不動の姿勢で告げる。告げ続ける。

 

「もう時間が本当にないし質問も受け付けないから、話の腰を折らないでね。ツッコミも禁止相槌も禁止。アーユーオーケー?」

「オ、オーケー!」

 

 こんな切羽詰まった斧乃木ちゃん見たことねえぞ……逆に言えば、それだけかつてない非常事態だということか。

 

「第一、今この町は織崎記の手中に落ちている。あいつが宿しているであろう蜘蛛の怪異に由来する糸が、町中を包み込んでいる。

「第二、その糸の所為で僕たちはこの町から出ることは出来ない。同じく入ることも出来ない。

「第三、これをどうにかするには織崎記を説得するか、或いは怪異の力を保てなくなるほどまでに痛めつける必要がある。

「第四、さっき言った事情で僕はこれ以上貴方に協力出来ない。だから織崎記を倒すのは、鬼いちゃんたちの役目になる。

 

「以上、分かったよね」

「さらっと何てこと言いやがるんだ君は!?」

 

 町が蜘蛛に覆われている!? 出入り出来ない!? 僕にあいつを倒せ!? そんなもん無茶振りもいいところだろうが!!

 

「それこそなんでもっと早く言わなかったんだよ! 超特急で片付けられる話じゃねえだろうが!!」

「貴方がごちゃごちゃ質問して来なければもう少し詳しく話せたんだ。貴方が悪い。悪いのは鬼いちゃんだ」

「くっ、マジかよ……!」

 

 確かに、質問を重ねて話題を膨らましてしまったけれど……斧乃木ちゃんの助けは期待出来ない、その上僕にあの圧倒的な戦力を誇る織崎ちゃんを倒せ?

 無理だろ。

 

「何弱気になってるのさローストチキン」

「料理済みかよ」

「もうチキンは否定しないんだね――貴方、自分が吸血鬼もどきだってこと忘れてない?」

「いや、覚えてるよ。でも今の僕に残されてるスキルなんて――」

「うん、たかが知れてるね。でも今回だけだ。今回だけ、僕が許可をあげる」

「許可?」

 

 斧乃木ちゃんは言った――それは、偽の専門家としては絶対にやってはいけないことだったのだろうと思う。けれど、そんなことを言っている余裕がある程、事態は優しくないのであった。

 

「吸血鬼化――ギリギリまでの吸血鬼化を、専門家として許可しよう」

 

 

 

[015]

 

 

 吸血鬼化の許可を言い渡した後、斧乃木ちゃんは再び跳んだ。阿良々木家か、千石家のどちらへ向かったのかは定かではないが――僕に出来ることは、間に合ったことを祈るしかない。

 

 跳び去る直前、斧乃木ちゃんは言った。

 

「この町の監視役として派遣されておきながらここまで事態の進行を許してしまった全責任は僕にある。貴方が吸血鬼化して、その所為でまた不測の事態が起きたとすれば、それもまた僕の責任にしてほしい」

「全責任……待てよ斧乃木ちゃん、それは言い過ぎだろう。君に責任なんてあるもんか。こんなの、幾ら君でもどうこう出来たような話じゃないだろうに」

「あるんだよ――社会に属するってことはそういうことだ。立場があるということはそういうことなんだよ。甘くないんだ――何か事態が起こったとき、必ず責任問題が発生する。そしてその責任問題は全て、責任者に収束する――当たり前のことだ」

「当たり前って……そんなもんで、割り切れるかよ!」

「感情論なんて何の意味も持たないよ、鬼いちゃん」

「っ!!」

 

 そう言い残し、斧乃木ちゃんは跳躍した。

 

 とても許容出来るような話ではなかった。まだ僕が子供だからそう思うのかもしれないけれど――余りにも無慈悲で、非合理で、不条理な話にさえ思えた。

 だが、思えただけで、僕に何が出来る?

 自分の事だけで手一杯の僕が――それさえも不十分な僕が、そんな圧倒的なルールに対して何か出来ることがあるのか?

 ……無いだろ。

 

 僕はひたぎと神原を見た。二人とも意識がないという、酷い状態だ。

 …………無いだろ。

 

 無力すぎる――吸血鬼の力を借りないと、恋人さえも守れないなんて、友達の力にさえなれないなんて、情けないにも程がある。

 時間が無いっていうのに――ただ立ち尽くしているだけなんて、嘆かわしいにも程がある。

 

「……だろ? 忍」

「…………」

 

 もういっそ、自虐的とさえ呼べる、凡そ最悪な呼び掛けだったが――僕の影に住む吸血鬼の成れの果ては、それに応えるかのように現れてくれた。

 忍野忍である。

 

「…………」

「……お前を責める気なんてないよ。責められるべきは――責任を負うべきなのは、僕だ」

 

 申し訳なさそうに俯き、黙ったままの忍に、僕は言った。

 織崎ちゃんに囚われていた際、忍はアクションを起こさなかった。けれど、それについてどうして責めることが出来るんだ? あの屋敷には怪異を避ける結界が張られていた訳だし、それにのこのこ付いて行ったのは僕自身だったのだから。

 悪いのは、僕だったのだから。

 

「……これからどうするつもりじゃ、お前様」

「どうするもこうするも無えよ――これ以上、好き勝手させる訳にはいかない」

 

 ひたぎが斬られ、神原も傷を負い、月火は殺され、八九寺、千石、火憐も危機に晒されている。斧乃木ちゃんも、いつ斃れてしまうか分からない。

 

「忍」

「なんじゃ」

 

 織崎ちゃんを倒すべく動けるのは、僕と、そして後二人しか残されていないのだ。いや、その二人でさえ、もしかしたら危険な状況にあるかもしれない。

 けれど――その二人に僕は、賭けてみる。

 

 僕は忍に聞いた。多分その時の顔は、気持ち悪い程にシリアスだったかもしれない。

 

「……扇ちゃんと日和ちゃんが今どこにいるか、分かるか」

「そこにおるではないか」

「え、嘘」

 

 忍が指差した先に停まっていたのは、闇のように真っ黒い色をした、見覚えのある車だった。そしてその見覚えのある車から見覚えのある児女が走ってくる。

 うん……まあ、一目瞭然なんだけれど、忍野扇と神崎日和だった。

 

 なんだろう、嬉しい筈なんだけれど、凄く微妙な顔をしていたと思う。

 こんなすぐ近くまで来てたって……何だよ、さっきまでの僕はなんだったんだよ。気持ち悪いくらいシリアスな顔ってなんだよ。ただ滑稽なだけだったんじゃねえかよ。だだ滑りじゃねえかよ。

 

「やっと見つけました、阿良々木お兄ちゃん! どこへ行ったのかと探しましたよ!」

「うん。なんかごめん、日和ちゃん……」

「何をあたいを置いて行ってしまったのですか! お陰であたいはそこのお姉ちゃんと二人きりになってしまったのですよ!」

「それは本当にごめん、日和ちゃん」

 

 神原の奴、どうやら性欲を抑えきれなかったらしい。いやまあ悲鳴っぽいのが聞こえていた時点で概ね予想出来ていたが……。

 

「じろじろと見られていて、とても心安くありませんでしたよ」

「ああ、実害は無かったのか」

 

 ほっと胸を撫で下ろす。意外とあいつは自制心の効く奴だし、滅多なことはないと思っていたよ。思っていたよ! ちゃんと思ってたよ!!

 

「忍野お姉ちゃんも、お久し振りです。お変わりなきようで」

「うむ。うぬは装いが変わっておるがな」

「はい。阿良々木お兄ちゃんが買ってくれた服です。いたく気に入っております!」

「かかっ、そうかそうか。それは良かったわい」

 

 なんか忍が普通に優しいお姉ちゃんになりきっているのはもう置いておくとして(後で追求してやる)、僕は聞いた。

 

「日和ちゃん、何でここが分かったの? いやそれもそうだけど、何で扇ちゃんと……」

「おやおや? 私が居てはお邪魔でしたか? 阿良々木先輩」

 

 車から降りた扇ちゃんがこっちに歩いて来ながら言った。

 

「いや、邪魔って訳じゃなくてさ」

「はっはー。そうですよねえ。尊敬すべき阿良々木先輩に邪魔扱いなんてされたら、思わず泣いてしまいますよ」

「心にもないことを言うな。……そうじゃなくって、どうして日和ちゃんと合流したんだ?」

 

 場所が分かったのは、あの鎧の件の時と同じ理屈として――どうして日和ちゃんを車に乗せて僕のところまで来たんだ? そんな、僕を助けるようなことを。

 

「そこまで深い敵対関係ではなかった筈ですけれどね、私たちは――深くはありませんが、複雑な敵対関係です」

 

 扇ちゃんは袖をゆらゆらと揺らしながら言う。

 

「いやなに、ここまで事態が進行してしまえば、最早私ではどうにも出来ないと思いましてね。私は安全弁として存在が許されている訳ですし、事態を悪化させるようには動けませんからねえ」

「…………」

「ですから安心してください。今回の私は貴方を止める気はありませんよ。それに、これ以上手を貸す気もありません。静観させて頂きます」

「静観……まあ、下手に妨害されるよりは、よっぽどいいけどさ」

「でしょう?」

 

 扇ちゃんはにこにこと笑っている。とても笑う余裕のない僕とは全くの正反対に。

 

「納得いきませんか?」

「……そりゃあな」

 

 今まで僕を、何らかの形で妨害してきた彼女が、どうして今回は特例じみた行為に打って出たのかが分からない。寧ろ今回こそ、暴走してしまいそうな僕を止めてきそうなものなのに。

 

「ほら、バランスですよ、バランス。バランスを保つため――不肖私はメメ叔父さんの姪っ子ですからね。町全体が人質に取られているような今の状況では、少々バランスが傾いていますから。それに……」

「それに?」

「……いえ、この辺にしておきましょう。確かな理由は実際そんなところですし、この先の展開は読めませんからね」

「あっそ……」

 

 仄めかすようなこと言うなよ、気になるじゃねえか。

 と思ったけれど、追求はしない。答えてくれるとは思えないし、僕には必要ない情報なのだろうと思うから。

 

「まあいいけどさ……じゃあ、その代わりと言ってはなんだけれど、一つ頼まれてはくれないか?」

「おや。阿良々木先輩が私に頼み事を。おやおや、おやおやおや」

 

 薄笑いは浮かべたままではあるが、どこか驚いたような感情の混じった顔で僕を見る扇ちゃん。

 

「何だよ。僕が誰かに頼み事をするのが、そんなに珍しいか?」

「はい、比較的珍しいと思いますけれど――まさか私をお頼りなさるとは。どういう風で心情が吹き回されたのですか?」

「風の吹き回しと心情の変化を一つに纏めるな……。いや、深い意味はないよ。ただこれを頼めるのは今の所君だけかなって」

「ははあ、そうですか……えっと、では私は何をお願いされるのでしょう?」

「この二人のことだよ」

 

 僕は気絶している神原とひたぎを掌で示した(気絶している奴を顎とか指で示すのは人としてどうかと思ったので)。

 

「二人を、家まで送ってやって欲しいんだ。頼めるかい?」

 

 流石にこの二人を守りながら戦うのは無理がある。ここから先は多分、化物の戦いだ。人間であるひたぎと神原は、言っちゃあ悪いが足手纏いになってしまう。神原に関しては、体纏いと言うべきかもしれないが。

 

「はっはー。恋人と友人を、ある意味宿敵とも言えるこの私に託しますか。ギャンブラーですね、阿良々木先輩」

「ギャンブルって程じゃねえよ。二人をこのまま置いておく方が、よっぽどリスキーなギャンブルだ」

 

 そもそも僕は賭けは好まない。実直に動くタイプなのだ。不確定要素を背負ったまま戦うなんて、とても耐えきれたものではない。

 

「え? でも阿良々木先輩、さっき二人に賭けてみるとかなんとか、思ってませんでしたっけ?」

「何で知ってるんだよ!?」

「私は何も知りませんよー。貴方が知ってるんでーす」

 

 おちゃらけたような口調でいつもの台詞を言う扇ちゃん。この辺りは羽川にない要素だよなあ。

 

「くそっ……さっきのあの一連の流れは相当滑稽だったから、性格を後から改竄することでなかったことにするという計画が大失敗だ」

「はっはー。私の前で、勝手な歴史の改竄は許しませんよー」

 

 言いながら、扇ちゃんはくるりとターンした。無駄にムーブがあざといんだよ君は。萌え袖とか、何なんだ。

 

「了解です。この阿良々木先輩の頼れる後輩である忍野扇、承りました。神原先輩と戦場ヶ原先輩を、見事送り届けてみせましょう」

「えっ? 頼まれてくれるの?」

「あれ? 意外そうですね」

「いや、まあ……そりゃあ」

 

 いつもならこの辺りで何らかの舌戦を仕掛けてきそうなものなのだが……何だ今日の扇ちゃんは。妙に優しいぞ。優しすぎて逆に怖い。

 偽物なんじゃあないかと思えてくる――いや、偽物だろこいつ。

 

「中々酷い偏見をお持ちですねえ、阿良々木先輩。偏見はよくありませんよ?」

「日頃の行いの所為だろうが」

「ははー。ですから言っているでしょう? 私は阿良々木先輩の敵ではなくて、嘘や誤魔化しの敵なのですから。何も貴方を害する為だけの存在ではありません」

「……そう、なのかな」

「そうです」

 

 まあ、扇ちゃんがそういうのならそうなのだろう……なんて一概に片付けられないけれど、ここで言い争っていても何も始まらない。生産性がなさすぎる。

 

「じゃあ……よろしく頼む」

「いえっさー」

 

 と言うなり扇ちゃんは神原とひたぎをひょいと、まるで米俵を担ぐかのようにして持ち上げた。旧老倉家の扉を壊した時といい、実は結構パワフルなんだよな、この子。

 二人を担いだ扇ちゃんはそのまま車へと向い、二人を後部座席に放り込んだ。雑な……。

 

「では失礼しますね、阿良々木先輩――もうこの事態が解決するまでは、きっと会うこともないでしょう。では」

 

 と言いながらひらひらと手を振り(というか袖を振り)、扇ちゃんは運転席に乗り込んだ。エンジンがかかり――扇ちゃんの乗る黒い車は走り去って行ったのだった。

 

 ……正直、拍子抜けした感がある。

 いや、別にこれは扇ちゃんを悪く言う訳ではないのだけれど、彼女が現れると色々面倒というか、時間が掛かると言うか……今回もそれを覚悟したのだが、特に何もなくあっさりと行ってしまった。

 ちょっと、邪険にし過ぎちゃったかな?

 

「まあ、あやつに対してはあれくらいで丁度良かろうよ。お前様が気を揉むようなことではない」

 

 暫く黙っていた忍が言った。

 

「黒娘のことはさて置き、じゃ。うぬ、どうする?」

「どうするって……日和ちゃん、どうする?」

「え? あたいに振りますか? あたいはただお兄ちゃんたちの指図に従うのみですので……忍野お姉ちゃん」

 

「ほら、お前様がさっさと決めん所為で一周してしまったではないか! どうするつもりなんじゃこの優柔不断!」

「僕の所為かよ!? ……じゃあ、忍」

 

 僕はまず忍に呼び掛けた。戦うことを前提としても、まずやるべきことをやろう。

 

「僕の血を吸え。一滴くらいは残して」

「なんじゃ、ケチ臭いのう。一滴くらい飲ませてくれてもよかろうに」 

「それやっちゃうと本当に取り返しがつかなくなるからな……」

 

 僕の血をもしも一滴残らず吸い尽くされてしまえば、色々面倒なことになる。斧乃木ちゃんにとてもじゃないが背負わせることの出来ないような事態が発生してしまう。

 不測どころの騒ぎじゃあないのだ――それをすれば確実に織崎ちゃんに勝てるだろうが、今度は別の方向から攻撃を受けかねないのである。そうなると、今度は社会的に殺されかねない。

 

「まあよいわ――どうせ血なんて、ポンデリングの五分の一にさえ及ばぬような味じゃしの」

「それは吸血鬼としてどうなんだよ」

 

 問題発言だった。吸血鬼の成れの果てとは言え。

 

「ちゅーか、そもそもなんで儂らはこんな不味いもんを好んで吸っておったのじゃろうな? 今となっては不思議でならん」

「吸血鬼のアイデンティティを吸血鬼が否定するなよ! お前それでも元怪異の王か!?」

「怪異の王? そんな称号知らんわ。儂の肩書きと言えば、ミスタードーナツマスコットキャラクター代表取締役じゃろうに」

「そんな肩書き聞いたことねえよ! つーかそんな役職ねえよ! 百歩譲って仮にあったとしても、その役職についているのはお前じゃなくてポンデライオンさんだ!」

「くっ! ここまで儂がドーナツ好きを推しておるのというのに、まだあやつは台頭しておるのか……もはや太陽を超えた強敵と言わざるを得んな!」

「太陽に対する評価が低すぎる!」

 

 あらゆる方面に喧嘩を売りかねない発言である。スポンサーさんが撤退しかねない程の。

 

「そもそもスポンサーなんざおるのか、こんな小説に」

「スポンサーというか提供は居るよ」

 

 〈物語〉シリーズプレシーズンは、ハーメルンの提供でお送りしております。

 

「申し訳程度の提供文じゃのう……」

「そう言うな。あんまりメタ発言をしすぎると本当に打ち切りにされちまうかもしれないんだから」

「打ち切りに怯える物語というのは如何なものかと思いますけれどね」

「まあ、敵が多そうなのは確かだけどな」

 

 媚びるところで媚びていかねば。

 

 閑話休題。

 

「それじゃあ忍、頼む」

「はいはい」

「吸血鬼が血を飲むのを嫌そうにするな……」

 

 吸血鬼どころか蚊でさえねえじゃねえかお前。

 

 ここで漸く、忍は僕の首筋に齧りついた。鋭い牙が刺さり、血が座れていくのを感じながら、僕は次に日和ちゃんに言った。

 

「日和ちゃん。今回戦うにあたって君の力を借りると思うんだけど、協力してくれるかい?」

「言うまでもございません。勿論です。あたいはお兄ちゃんたちを守る刀なのですから」

 

 と言うと、神崎ちゃんは足元に置かれていた二本の鞘から刀を抜いた。片方は太刀で、もう片方は直刀。

 

「斬刀『鈍』と絶刀『鉋』。ある意味、あたいの同胞達ならぬ同胞太刀――ですね」

「いや、そこまで上手くねえよ」

 

 上手いこと言った、みたいなドヤ顔をしていたので思わずツッコんでしまった。まあ実際そんなに上手くないしな。

 

「……ん? 同胞……」

 

 と、ここで僕は気付いた。そういえば、日和ちゃんはこの完成形変体刀について、一体どの程度まで知っているのだろうか? 日和ちゃんの正体は、『鉋』や『鈍』と同じく完成形変体刀である微刀『釵』。ならば、他の刀の名前や特徴を知っていてもおかしくないのではないか?

 

「日和ちゃん。君、完成形変体刀についてどれくらい知ってるの?」

「はあ。どれくらい、とは」

「つまり、その名前とか特徴とかのことだよ」

「ははあ。……そうですね。全ては知りませんが、何本かの同胞については知っております」

「何本か」

「はい。あたいを除いて、"斬刀『鈍』"、"絶刀『鉋』"、"賊刀『鎧』"――あと、"千刀『鎩』"、"薄刀『針』"、"双刀『鎚』"、"悪刀『鐚』――以上の七振りです」

「な、七振り……」

 

 その多さに思わず動揺してしまった――まさかこんな近くに情報源が居たとは。今まで思い浮かばなかったのが不思議でならない。

 けれど、日和ちゃんは僕のそんな震え声を失望のものとしてとらえてしまったのか、

 

「お役に立てなくて申し訳ありません。惜しむらくはあたいの励み足らず……」

「い、いや。全然そんなことねえよ」

「阿良々木お兄ちゃんのお望みに添えられなかったとあれば、八九寺お姉ちゃんからどのようなお叱りを受けるか……!」

「安心しろ。もし叱られたらその八九寺お姉ちゃんを僕の所まで連れてこい。お仕置きするから」

 

 どうやら八九寺お姉ちゃんは日和ちゃんに何らかのトラウマを植え付けたらしい。許せん。日和ちゃんが叱られようと叱られまいと、後でお説教だ。

 

 僕は日和ちゃんに、七振りの内聞いたことのなかった四振りについて尋ねた。即ち、千刀『鎩』、薄刀『針』、双刀『鎚』、悪刀『鐚』についてである。日和ちゃんはその全てに答えてくれたが、結構細かいところまで把握していた。流石は同胞というべきか。

 

 という訳で、以下にその四振りについて大雑把に記していこうと思う。僕自身、教えてもらったことについての整理を兼ねて。

 

 千刀『鎩』――"多さ"に主眼の置かれた、いくらでも換えが利く恐るべき消耗品としての刀。その名の通り千本で一本の刀であるらしく、その刀は全てが同じ長さ同じ強度同じ模様であり、そこには一寸の狂いもないらしい。

 

 薄刀『針』――"脆弱さ"に主眼の置かれた、羽毛のように軽く硝子細工のように脆い美しき刀。その薄さは向こう側が透けて見える程で、少し体の軸をずらしただけで壊れてしまうという。

 

 双刀『鎚』――"重さ"に主眼の置かれた、凄まじい質量の塊であり持ち上げることさえ満足に敵わない石刀。その名前は鞘も掴も刃文もなく上下も曖昧なことに由来するらしい。薄刀もそうだが、四季崎記紀はどうしてそんな刀を作ったのだろうか。

 

 悪刀『鐚』――"活性力"に主眼の置かれた、変体刀十二本の中で最も凶悪な一振りであるという。それ以外の情報は得られなかったが、何がどう凶悪で、活性力とはなんなのか――何にせよ、相手にしたくない刀である。

 

 以上が、完成形変体刀の名前と特徴である。最後の悪刀だけは微妙なところだが、新たに三本もの刀の特徴が分かったというのは非常に大きな収穫である。僕は日和ちゃんに感謝の意を述べた。

 と同時に、僕を目眩が襲った――吸血が完了した際に発生する貧血染みた症状だ。首筋から牙が離れたのを感じてから、僕は立ち上がって数度跳ねてみた。感覚を合わせるためである。

 

「よし、これで準備は……万端とは言い辛いけれど、出来たな」

 

 僕は言った。

 

「そうじゃのう。かかっ、怪異の王の血が騒ぐわい」

 

 そう言って忍は肩を回す――今の忍の姿は、影縫さんと戦った時と同じくらいの年齢にまで成長していた。つまり女子高生レベルである。腰あたりまで伸びた髪はそのままに、服は直江津高校の制服を思わせるようなものになっていた。それよりは幾分かゴージャスだが。

 

「……あたいの元あるじ様のらうぜき、重ね重ねお詫び申し上げます」

 

 日和ちゃんはそんな謝るようなことを言って、刀を両手に構えた。

 

 僕は空を見た――吸血鬼度が上がった今なら見える。確かに斧乃木ちゃんの言っていた通りだ。空一面には織崎ちゃんが仕掛けたであろう蜘蛛の糸が其処彼処に広がっていた。

 町を覆い尽くす――死霊蜘蛛とやらの巣。

 

「どうする? このまま、奴を手を拱いて待つか?」

「いや、そんな時間は掛けられない。これ以上斧乃木ちゃんに負担は掛けられないしな」

「では、何から始めましょうか」

「そうだな」

 

 僕は再び空を仰いだ。

 織崎ちゃんが今どこに居るのかは定かではない。探せば見つかるだろうけれど、その探す時間も、今回は省略してやろう。

 僕は言った。

 

「じゃあまず――あの蜘蛛の糸を、ばっさり斬るぞ!!」

「かかっ!!」

「承りました!!」

 

「そうはさせませんわよ!!」

「何だと!?」

 

 勢い込んで戦いを始めようとしたところで、突如頭上からそんなまるで悪の狼藉を止めるヒーローの如き台詞が聞こえてきた。今度は僕だけでなく、忍と日和ちゃんも上を向いた。

 

 僕たちの視線の先――空中に幾重にも張り巡らされた蜘蛛の糸の上。そこではミニスカートを履いた金髪少女、つまりは僕たちの敵である織崎記が腕を組んで仁王立ちし、僕たちを憎々しげに睨んでいた。

 まさに今、戦いの火蓋が切って落とされるといった雰囲気だったのだが……この視点からだと、色々と締まらないのであった。

 




■ 以下、豫告 ■

「神崎日和です!

「おりきゃら初の一人豫告ということで、倦まず弛まず語らせて頂きます!」


「大和言葉という言葉群があるのをご存知でしょうか。

「これはもっぱら、漢語と外来語を除いた日本の固有語のことを指し、今の日本では美しい喋り方であるとされています。

「けれど、これって少しおかしくはないでしょうか? 他の国で美しいとされるのであればまだしも、そもそもその言葉が生まれた国で美しいとするのは、如何なものなのでしょう。

「だってそれってつまるところ、己を己で褒めているだけではありませんか。自分の国の言葉を自分で美しいと思うのは当たり前の感性ですけれど、それを臆さず言ってしまうのは凄いですよね。

「しかもそれが昔の言葉であるというから驚きです。誤解を恐れずに言いますと、それは暗に今話されている言葉が日本にとっては歓ばしくない言葉であるということを意味していると思うのですよ。

「やばい、とか、ぱない、とか、えぐい、とか――でもよくよく考えてみると、そんな風に言葉の善し悪しについて語る国というのは、日本以外には中々ありませんよね。

「そう考えると、それはこの国の特色の一つであって、そんな丁寧とは呼べない言葉たちも日本文化をしっかりと形作っている、支えているものたちなんだなあ、って、思いました。


「次回、裔物語 しるしスパイダー 其ノ伍!」


「そしてこんな風に国の特色とかについて事細かに考えてしまうのも、他からの評価を気にしがちな日本人独特のものなのかもしれませんね」
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