〈物語〉シリーズ プレシーズン 【裁物語】 作:ルヴァンシュ
■ 以下、注意事項 ■
・約壹萬玖仟字以上。
・〈物語〉シリーズ、アニメ未放送分のネタバレを含みます。
・本文途中に少々残酷な描写を含んだ挿絵があります。挿絵表示設定にしている方はご注意を。
・他、何か有れば書きます。
■ 黒齣 ■
[020]
「織崎いいいぃぃぃっ!!! お前だけは――お前だけはああぁぁぁっ!!!」
日和ちゃんが死んだ――殺された。その事実は僕から冷静さを一片も残さず奪い取るのにあまりにも十分過ぎた。
キレてしまった――もう十分だ。ひたぎが重傷を負い、月火が殺され、日和ちゃんが消し去られた。もう、これ以上の犠牲を出す訳にはいかない。もう十分だ。
僕は怒号を上げながら『心渡』を構え、織崎ちゃんに突進した。
『心渡』を構えている、つまりは、織崎ちゃんを斬るつもり満々だった訳だ――一応相手は自分より年下の女子。そんな相手に刀を振り上げ、あまつさえそれで傷付けるなど、紳士にあるまじき行動であることは認めよう。認めるが、それがどうした。向こうは散々好き放題やってくれたのだ、当然傷付けられる、斬られる覚悟くらいあって然るべきだ。
僕は紳士だけれども、しかしあくまで変態という名の紳士だ。真面目な紳士な訳ねえだろうが。つーかここまでされて尚うじうじと躊躇っているようでは、それこそ真面目な意味でも紳士じゃあないだろう。
ばっさりと。
ざっくりと。
全身全霊を込めて斬ってやる――と意気込んでいざ走り出したと思ったら、脇腹に鋭い蹴りを食らった。
「げふっ!?」
織崎ちゃんは確かに僕の前方に居る。なのに横からキックだと? どういうことだ。今までも相当おかしかったが、とうとう気とか超能力とか使い出したのか、と思いながら僕は吹っ飛ばされた。またもやざりっと肌が削られた。削られすぎだろ僕。山葵じゃねえんだぞ。
「ぐあぁっ」
「落ち着けよお前様」
呻きながらすぐさま起き上がる――今の僕にしてはかなり早い回復速度だ――前に居たのは沈痛な面持ちをした忍だった。その台詞から察するに、僕を蹴ったのは忍らしい。
「落ち着け……似たようなことをやってヒヨリがやられたのをもう忘れたのか、お前様は」
「忍……いや、まあ……覚えてるよ」
覚えてはいた。だが、一瞬完全に怒りに支配されていた僕の頭の中にその記憶はなかった。ただひたすらに、織崎を斬り殺すことしか考えていなかった。
そうだ。日和ちゃんがそもそも動けなくなったのは、織崎に煽られ、怒りに駆られて斬りかかったからだ。あのまま忍に止められず突進していたら、斬り殺すどころか八つ裂きにされていたかもしれなかったのか。
「気持ちは分かる、が、考えて行動せよ。感情に支配されるな。激情に駆られた者が勝てる道理などないぞ」
「……なんかお前らしからぬ言葉だな」
「仕方あるまい。心にもないことを言っておかねば儂とてガチで殺してしまいそうなんじゃあいつ」
「心にもないことって」
「刃の下の心さえ捨て去りたい気分じゃ。ただのブレードになりたい」
「キスショット・アセロラオリオン・ブレード? ……ハートアンダーの有り難みが分かるな」
「そうじゃな。スーサイドマスターのネーミングセンスはやはり侮れぬ」
「スーサイドマスター?」
「忘れろ」
「あっはい」
なんか今、忍に関する非常に重要極まりない情報が出たような気がしたが、忘れろと言われたので取り敢えず追求しない。
「ふふふ――おやおや、さっきまでの怒りはどうしましたの? もうギャグパートですの? はっ、仲間が消されたというのに雑談とは、能天気な連中ですわねえ。おほほほ!」
もう完全に喋り方が元に戻った織崎。胸元の『鐚』からは先ほどと変わらないレベルの電撃が迸っているのを見る限り、どうやらあの狂ったような喋り方も僕たちの油断を誘うための演技だったらしい。それにまんまと嵌ってしまったから……。
……誤解しないでほしい。僕は日和ちゃんが消されたことを忘れた訳ではない。ここ最近の行動のお陰で僕のことを忘れっぽい奴とお思いなさっている読者も居るだろうけれど、そしてそれを否定しきれる訳でもないけれど、ついさっき起こったようなことを忘れるほど僕の記憶力は残念ではない。
人が一人死んだのだ。
忘れられる訳ねえだろ。これをマジで忘れていたなら、もうそれは僕が若くして認知症になってしまったことに他ならない。こんな戦いさっさと終わらせて病院に直行せねばならなくなる。
勿論、怒りはこれっぽっちも忘れていない。けれど、忍の言う通り、まず僕たちに必要なのはクールダウンすることである。憤怒に頭をやられることは織崎に負けるということを、日和ちゃんが身をもって証明してくれた。日和ちゃんの後追いをしたいのは山々だが、しかしそれをすると日和ちゃんの命が無駄になってしまう。それは日和ちゃんへの不敬に他ならない。
だから喋る――いつも通りのように話して、クールダウンを図ったということである。
「ほらほら、私はまだ生きてますわよ? ピンピンしてますわよ? 健康優良そのものですわよ? 仇をとりたくありませんの? ほらほら、ほらほらほらほらほらほらほら!!!」
「ちっ……!!」
「お前様、もうあいつ殺したい」
「落ち着けって言ったのお前だろうが……!!」
煽ってくる織崎。普段ならばこの程度の煽りで苛立つような僕たちではない……いや、そんなことないか……僕たち普通に煽り耐性ねえわ。
「闇雲にやったって負けるだけだって――兎に角あいつが疲れ切って隙を晒すまで待とう!」
「私が疲れ切る? はっ!!」
鼻で笑う織崎。その反応だけでも怒りで自然発火現象を起こしてしまいそうな気分だ。
「無駄なことを! 『鐚』がその効力を発揮している限り、私は決して死なないし疲れることもない!! 寧ろジリ貧になって死ぬのはそちらの方ですわよ!!」
「でも、それだけ電気を消費してるんだ、もうじき限界が来るんじゃないか?」
「ああ、成る程――おほほほほ!! ああ愚か!! なんて愚かなのでしょう!? ふふふ、まさか静が、『鐚』を現世に復活させるにあたって何も改良――いえ改悪かしら――していないと、本気で思ってらっしゃる!?」
「…………」
「そんな訳ないでしょう――怪異と化した『鐚』に、限界なんて存在しませんわ!! こうして突き刺さっている限り、永遠に! 電気を発し続けるのですわ!!」
「っ…………」
どうやら、日和ちゃんの読みは正しかったようだ――悪刀『鐚』に限界はない。保有する電気が尽きることはない。
つまり、織崎は永遠に、この戦いが終わるまで常にスタミナマックスのパーフェクトコンディションで戦い続けることが出来るということだ――くっそマジか。
『鐚』の電池切れが望めないとなれば、『鐚』でもどうしようもないほどにまで織崎を斬り刻むか、或いは『鐚』を織崎から引っこぬくくらいしか無効化する方法がない。
……なんかさっきから斬り殺すとか斬り刻むとか、僕の思考が相当危ないことになっている。落ち着け落ち着け。ぜんぜん落ち着けてないじゃないか。語り部として適切な言葉遣いを心掛けねば。
「『針』は壊された、『鎚』はこの場にない――けれどもまだ『鎩』と『鍍』がありますわ!! "千刀巡り"を封じた? それが!!」
「!! お前様、来るぞ!!」
「っ! お、おう!!」
「どうした!!!」
語り部としての心構えを新たにするという、戦いにおよそ関係ないことを考えていたところ、忍の言葉で戦闘に引き戻された。
織崎は指先から大量の糸を放出し(指一本につき糸一本という訳ではない。二本三本と出している。ふざけんな)、その糸は空中に吊り下げられている『鎩』に結ばれた。そして織崎が腕を振るうと、刀を吊り下げていた糸がほどけ、新たに結ばれた糸に引っ張られた大量の刀が僕たちに向かって振り下ろされた。
十本どころではない刀の雨――『心渡』で弾いてそれらをガードする。弾かれた刀は吹き飛ばされて地面に突き刺さる。
「"千刀巡り"を破った? ああん!? ならこれはどうですの!!?」
僕のテンションもそうだが、織崎のテンションもおかしなことになっている。口調が崩れている――冷静さを欠き始めたのか、或いはそれも演出か――なんにせよ、攻撃の手を緩める気は一切ないようで。
吹き飛ばされた刀には糸が繋がっている。その糸の出処は織崎だ。その糸を絡め取ることによって、先程よりは平面的ではあるが、高速移動が可能になった織崎は僕たちの周りをぐるぐると飛び回る――『鐚』から漏れ出す電撃が線を引き、追いかけることもままならない。目で追うのはまだ容易だが、しかし吸血鬼の視力は光に弱い。故にいつも以上に閃光が目眩しになってしまう。
「千刀流――二刀・十文字斬り!!」
「弾け!!」
「おう!!」
高速射出された織崎ちゃんの手に握られていたのは『鍍』と『鎩』のうちの一本。両手をクロスさせて繰り出された斬撃――忍の指示通り、僕は『心渡』でそれを弾いた。『鎩』の方は織崎の手を離れ宙を舞った。
「嗚呼悪いですわ悪いですわ悪いですわ悪いですわ――お前が悪い悪い悪い悪い!!! 真庭忍法・渦刀!!!」
が、刀は糸で結ばれている。腕が振るわれ、弾かれた一本が回転しながら僕の元へ――
「右斜め!!」
「おう!!」
「しゃがめ!!」
「ああ!!」
「左、弾け!!」
「くっ!!」
「ジャンプ!!」
「ぐっ……!」
「かわせ!!」
「具体的に頼む!」
「上! 上! 下! 下! 左! 右! 左! 右!」
「どこのコナミコマンドだよ!」
忍に指示を出されながら苛烈な攻撃を避け、弾いていく。なんだかポケットなモンスターになったような気分だが、かわせでちゃんと反応出来ない所はあれらに劣ると言われても文句は言えない。
「一文字斬り!!」
「くっ!!」
飛んできた刀を『心渡』で弾く。
「渦刀!!」
「っあ!!」
降ってきた刀を『心渡』で弾く。
「虚刀流・雛罌粟!!」
「ひぃっ!!」
手刀を避けながら同時に上昇してきた刀を弾く。
「織刀流・剣花両成敗!!」
「ぐぎぃっ!!」
両手の刀で斬りつけた後に横一文字に斬る技。片手を犠牲にして防いだ。
「悪刀『鐚』限定奥義・悪刀大砲!!!」
「ぐあぁーーーっ!!!」
刀を一旦捨て、『鐚』から電撃を最大出力で放つ技。モロに食らい、炭化した僕は錐揉み回転しながら吹き飛び、地面に激突。体の半分くらいが炭化と激突の影響で崩れた。
くそっ、強え……防戦一方だ。いや、防戦さえ出来ていない。一方的な虐殺だ。
ぐちゃぐちゃになった頭(比喩ではない)で僕は考える――さっき見た攻撃について、働きが鈍い頭で考察する。
さっき食らった攻撃の中に、隙をつけそうな攻撃はあったか、封じれそうな攻撃はあったか――記憶が曖昧なのは炭化の影響であって、障害とかではない筈だ。
「大丈夫か」
忍の声が聞こえた。と思うと、体が濡れる感触があった。忍の血だ。一応このまま放っておいても自力で回復するが、それだと遅いと判断しての行動だろう。
身体中の感覚が蘇るのを感じた。見た目的には黒い人型の焦げた物体に徐々に色が付いていくという、気味の悪いものであろう。
「だ、大丈夫だ……なんとか」
「じゃあさっさと立て。休んでる暇などないぞ!」
「人使い荒いなあ!」
全身に力を込めて起き上がる。すると確かに休む暇のないことが分かった――僕たちの周囲を閃光が走っている。復活したてなので目が慣れない。閃光が僕の方へ突進してくるのは分かったが、ちゃんと距離感が測れない。
「ええい、しゃんとしろ!!」
「うぐっ!」
まだ少し惚けている僕に呆れたような顔を向けると忍は、織崎の攻撃を防ぐとともに僕を張り飛ばした。張り飛ばしたというのはそのまま、頬を張って吹き飛ばしたということだ。また吹っ飛ばされたのかよ僕。
吹き飛ばされすぎて、自分に体重があるということさて忘れそうだ。今なら北風に服どころか体まで吹き飛ばされそうな気分である。太陽のやることねえよ。
むくりと起き上がった。眼の前では閃光と血がここまで届く波動とともに飛び散る激戦が繰り広げられていた。全盛期モードではないとはいえマジな忍と張り合うとは。僕よく黒焦げになるだけで済んだな……。
「――――ん」
と思った時、指に何かが触れた。思わずそちらを横目で見て、視線を戦闘に戻し――それを二度見した。
「っ!!」
指に触れたのは、何を隠そう"絶刀『鉋』"。日和ちゃんと一緒に消えたと思っていたが――僕は慌てて周りを見回した。するとやはり、"斬刀『鈍』"もちゃんと残っていた。
飛散した衝撃で、日和ちゃんの手から零れ落ちたのか。だから『くらやみ』から逃れられた。
「…………」
僕は織崎の形見を見て、それから織崎と忍を見た。
思いついたぞ。
僕は『鉋』を握りしめ、立ち上がった。
「は「はは「ははは「はははは「ははははは「はははははは!「ははははははは!!「はは!!「ははははははははは!!!」
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね逝け死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!」
禍々しい笑いとシャウトが聞こえる。とても突っ込めそうな雰囲気ではないが、というか関わりたくないが――やるなら、ここしかない。織崎が忍との戦いに集中している今しか!
僕は日和ちゃんのことを思い出しながら、忍の背後にそうっと歩いていく。思い出しているといっても、ノスタルジィに浸っている訳ではない。浸るならこの戦いが終わってからということくらい、いくら僕でも弁えている。
思い出しているのは、日和ちゃんの攻撃方法だ。絶刀『鉋』を用いた攻撃――限定奥義・報復絶刀。これであいつを倒す。
確か、『鉋』を突き出して、斬るのではなく刺す攻撃――直刀である『鉋』ならではの技。
僕は静かに構えた。とは言っても所詮日和ちゃんの見様見真似だ――見るだけでマスター出来れば良いのだが、流石にそんなこと一介の男子に出来ない。そんなことを出来るようになるには無人島か何かに放り出される、みたいな過酷な環境にまで追い込まれなければ不可能だろう。
ポジショニングは、ここでいいか――忍の真後ろ。
このまま忍が織崎を倒してくれれば、それで万々歳なのだが、しかしそうもいくまい。"あの攻撃"――僕を焼き焦がした"悪刀大砲"とやらがある。幾ら忍とはいえ、基本的に吸血鬼の回復力抜きの耐久力はそんなに強くない。ドラマツルギーのように筋骨隆々な奴だと話は別だろうが、忍は見た目華奢なお嬢様だ。耐久力は人間である僕と変わらないか、或いはそれより少し上か――それくらいだ。
"悪刀大砲"が放たれれば、忍もまた焼かれることは間違いない。
だが――そうなった時こそ、チャンスだ。
忍にはあまりにも悪すぎるし、血も涙もない作戦ではあるが、しかしこの戦いに勝つためなら、きっと忍も許してくれる筈だ。ドーナツ五十個で許してくれればめっけもんである。
いつだ――いつ来る――くそっ、思い付いたはいいが、タイミングが分からない!
滑稽なもんだ。眼の前では血で血を洗うような戦いが繰り広げられているというのに、僕は身動き一つ取れない、なんて。
そんな自虐的なことを考えていると、突然その時がやって来た。
「死ね、忍野忍!! 悪刀大砲!!!」
「くっ――――!!!」
一際大きくなった光が忍を貫く。身体のあちこちが黒く染まり、そこから閃光が迸る――忍の胴体が炭化する。
その瞬間を逃さず、僕は慌てつつもそのまま刀を突き出した――忍の体を貫くようにして。
「――なっ!!?」
織崎の驚愕の声が聞こえた。そりゃあ、向こうからしてみれば突然忍の胴体から刀が生えてきたように見えるだろうし、何より味方ごと貫くなんてこと、考えつかないと思っていたのだろう。
だが、残念だったな織崎。
こちとら日和ちゃんが消し去られたその瞬間から、人間性を捨てる覚悟くらい出来てんだよ!!
「絶刀『鉋』限定奥義・報復絶刀!!!」
叫ぶように言い放ち、僕は刀を押し込んだ――忍の次に刀に触れたのは、織崎ではない。
織崎の身体に突き刺さる、悪刀『鐚』だ。
悪刀『鐚』がその効力を発揮している限り、僕たちに勝機はない。かといって簡単に抜くのは不可能だ。
じゃあ逆に考えればいい。
引いて駄目なら押してみろ――押し込んで、押し込み切り、突き落とせばいい。
僕は力任せに刀を押し込んだ――その所為で忍の体が崩れたが、幸いにも電撃は途中で中断されたので、僕よりダメージは少なく済んだようだ。というか、全身大火傷を負ってはいるものの、肩から上は殆ど無傷に等しい。
『鐚』の柄が織崎の身体にめり込んだ。そして『鉋』の刀身を使って、さらに押し込む――!!
「ぐがっ――――!?」
「おらぁっ!!!」
更に勢いを込めて、深くまで押し込み――そして遂に、電撃が止まった。
カラン、という音が聞こえた――それは、悪刀『鐚』が無効化されたことを想像するに容易かった。
[021]
僕は刀を引っこ抜き、『鉋』を振って血を払った。
「――――ぁ」
さっきまで『鐚』が刺さっていた場所には大穴が開いていた。雷の影響か、その穴は『鐚』の幅よりも明らかに大きい。流れ出す血の所為で向こう側は見えない。
織崎がそれを見て驚愕に目を見開き、小さく呻いた。唇から鮮血が漏れ出す。
――一拍置いて。
「ぐぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁあぁあああぁぁぁあっ!!!!!」
織崎の悲痛な悲鳴とともに、胸から血がどばっと噴き出した。慌てて飛びのいたものの、服や顔に噴き出した血がふりかかり、どす黒く染まった。
「いやああああああぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁっっ!!!!?!?!? い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいいぃぃぃぃぃああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
胸元を抑え、聞いたこともないような声(あくまでこいつから聞いたことない声だ。これくらいならそもそも僕自身何回も発したことがある)で叫びながら、血の海の中に仰向けに倒れこんだ。噴き出し漏れ出す血は全く止まらず、倒れこんだ所為で赤い噴水のように見える。
「ちっ……なんじゃいお前様……儂を利用したな」
復活した忍が言う。早えよ復活。
「あー……わ、悪かったよ。でもさ、ほら、勝つためだし、大目に見て欲しいなー、って」
「勝てばよかろうなのだ理論で許してもらえると思うな!! 儂を誰じゃと思っておる!? ドーナツ五十個程度では許さんぞ!!」
「くそっ! 読みが甘かった!」
ドーナツで許してくれそうなのは間違いなさそうだが、どうやら五十個では少なく見積もり過ぎたらしい。辛い。財布が辛い。財布っつーか債務がどんどん溜まっていく。
「痛い――痛い――た、助けて――助けて――」
広がり続ける血の海の中、織崎は譫言めいて息も絶え絶えに呟く。
「あぁん? 助けてじゃと? かかっ、虫が良いにも程があるぞ、うぬ」
忍が言い放った。
「ここまで散々危害を加えてきたのじゃからな、当然、自分が死ぬ覚悟くらい出来ておろう」
「嫌だ――嫌だ嫌だ――ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ――」
「命乞いとは……情けないの」
「あ、謝りますわ――謝りますから、た、た、助けて――」
「気を許すなよお前様。どうせ演技じゃよ演技」
「ああ、分かってるよ……それに」
僕は刀を構えた。
「どっちにしろ……許す気なんてないさ」
「いぎゃあっ!!」
『鉋』を織崎の左腕の付け根に刺した。
忍がそれを見て凄惨な笑いを上げる。
「かかっ! このまま放っといてもじき出血多量で死ぬというのに、まだ攻撃を加えるか! 流石鬼畜じゃのう。冷血の称号くらいは譲ってやろうか?」
「いらねえよ、そんな称号……」
僕は苦しみ呻く織崎を見下ろした。もがき苦しむ織崎――それを見ても、憐憫の感情は全く湧いてこなかった。ただただ、仄暗い感情しか湧いてこなかった。
「うぐっ……えぐっ……ごっ、ごめんっ、なさいっ…………」
こんな風に涙を流している織崎を見ても、全く同情する気にならなかった。なれる訳がない。こいつにはもう、哀れむ余地なんてこれっぽっちもない。恋人、妹、友達、幼女のフルコース。ここまでやって今更命乞いとか、ふざけるなという話である。
「……ひくっ…………」
命乞いはもう無駄と分かったのか、しゃくる声しか発しない。僕と忍は何も喋らず、その様子をただ眺めていた。
今の僕たちを冷酷だと思う方は多いだろう。というか大半がそんな意見であると見受けられる。僕たち――少なくとも僕はそんな意見も粛々と受け止める気だけれど、彼女を許す気はない。
ないったらない。
扇ちゃんの時とは訳が違う――あいつの本命の標的はあくまで僕だったけれど、こいつはその扇ちゃん含む全員が本命の標的だ。野放しには出来ない。
もしここで僕がこいつを許してしまえば、ここまで追い詰めた努力が水の泡になる。開放された織崎は間違いなく反撃してくるだろう。今の無防備な状態でそれをされたら、今度こそ終わりなのだ。
もっとも、そんな体力が今の織崎にあるのかという話だが……。
「…………」
もはやしゃくる気力さえなくなったのか、呻き声一つ上げなくなった。この出血量だ、じきに事切れるだろう。
……はあ。
あのエピソードにも、ギロチンカッターにさえもやらなかったことを、とうとうやってしまったのか。あの忍野に静止されたってのに――人殺しになってしまった。
改めて冷静になって考えてみると、結局、人殺しという点では僕たちは同じ穴の狢だったのだ。織崎は日和ちゃんを、忍はギロチンカッターを、そして僕は織崎を――。
どうしようか。
多分、この件に関しては臥煙さん辺りが揉み消してくれる可能性が高い。恐らく僕も罪に追われることはないだろう。或いは、最小限にまで刑罰が抑えられるか。
けれど、それでいいのだろうか……。
「……まあ何にせよ……帰ったらまず、自首しねえとな」
というか、家に帰るという行為自体が自首と言っても過言ではない。何せ僕の両親は警察官だ。わざわざ交番にまで行く必要もなく、ただ両親が帰ってくるのを待っているだけで自首は成立する。
「暫く迷惑掛けると思うけど、まあ、悪いな忍」
「いや待てよ。何普通に自首の流れになっとるんじゃ。揉み消してくれるならもうそれで良いじゃろうが。正当防衛じゃ正当防衛。証拠はそこら中に残っておるのじゃから、普通に素知らぬ顔で日常を過ごせよ」
「お前、ミジンコメンタルの僕にそんなこと出来ると思ってんのか?」
「ミジンコを例えに使うな。ミジンコが可哀想じゃろうが」
「そうだよ、ミジンコでさえもっとメンタル強い、っておい。流石にミジンコより下ってことはねえだろうよ」
「まああの辺の生物にメンタルなんて概念があるのかどうかがまず問題じゃよな」
「メンタルっつーか、本能だよな、ああいう生き物って……」
僕は織崎の傍に転がる刀を拾った。『鎩』のうちの一本だ。
「さて――今後の身の振り方は……まあ帰りながら考えるとして、後片付けだ、忍。この千本、どうにかしてくれ」
「いや無理じゃろ。どんな無理難題じゃ。儂にどうしろと言うんじゃうぬは」
「身体の中に仕舞うとか、そんなかんじで」
「儂の体内を四次元ポケット扱いするでないわ! 一本ならまだしも、千本ってなんじゃい! まだ針千本の方がよっぽどマシじゃ!」
「お前なら出来るよのぶえもん」
「その一言だけで済まそうとするなボケ」
うーん、無理か。
まあ十中八九無理だろうと思っていたけれど、そこは常識外れな吸血鬼パワーでどうにかしてくれるのかとちょっとだけ期待したけれど、まあ、流石にな。
「しかし織崎の奴、どうやってこれだけの量を運搬したんだろうな?」
「さあな。あのでかい怪異の中に収納して運ばせたのではないか?」
「いや目立ち過ぎだろ」
「或いは、元々空にぶら下げていたか、じゃな。こやつの糸は『鎧』の一件辺りから張り巡らされておったらしいし、儂らが気付いておらんかっただけで、実はずっとそこにあったのかも」
「それはそれでかなり目立つと思うけれど……そんなところ、なのかな?」
僕は針山ならぬ剣山を見てうんざりした気持ちになった。これ本当どうしようか……。
「お前様よ。折角斬刀とやらが残っておるのじゃし、もうそれで一本残らず斬ってしまえばどうじゃ? そうすれば運搬の必要も何もあるまい」
「んー……いや、何というか、一応これ怪異な訳だし、もしかしたら専門家の人にとっては研究対象になったりするのかな、と思ってな。出来るだけそのままにして蒐集した方がいいのかな、って」
ましてやこれらの刀は、あらゆる怪異を斬り屠る妖刀『心渡』でも斬ることの出来ない"新種"。専門家たちがどういうものを求めるのか、どういうタイプの人が居るのかは知らないけれど、こういう新種の怪異に興味を抱くような奴が居てもおかしくないだろう。正弦とか、そんな奴っぽい。
「わざわざ恩を売る必要なんてあるのか? どうせもう儂ら無害認定食らってるんじゃし、別に胡麻をする必要もないと思うのじゃが」
「いやほら、それで何とか斧乃木ちゃんの罰? みたいなものを軽く出来ないかな、と」
「けっ!」
斧乃木ちゃんの名前を出した途端露骨に機嫌が悪くなった忍さん。『けっ!』て。今時そんな苛立ち方する奴いねえよ。
「今回の件で一番働いてくれたのって、多分斧乃木ちゃんだぜ? というか、現在進行形で働いてくれてるだろうし」
「……まあな」
渋々というふうな忍さん。
つーか、そうだ。斧乃木ちゃんだ。今頃斧乃木ちゃんは炎の怪異? と戦ってるんだろうか。危ない危ない、こんなところで雑談してる暇はなかった。早く撤収して、加勢しなければ。
僕は織崎の近くに転がるもう一振りの刀を手に取った。血に塗れた毒刀『鍍』。
「…………」
今まで結構な頻度で織崎が使ってきた刀だが――思い入れでもあったのだろうか。確かに、比較的シンプルながらも細かい装飾がなされている。ゴージャス好きなこいつの事だから、気に入っていたのかも。
「…………」
んー。
僕は『鍍』をまじまじと見た。なんというか、言葉にはし辛い妙な雰囲気を醸し出している刀だ。オーラとでも言うのか――。
…………。
「…………」
「……おい、どうしたお前様」
「…………やっぱ、もう一回刺しといた方がいいかな」
「あん?」
僕は『鍍』を握った。何だか目の前に靄が掛かったような気がするが、気の所為だろう。
「おいおいマジかよお前様……ぱないの。流石の儂もドン引きじゃぞ。死体蹴りどころか死体斬りを敢行しようというのか」
「いやだってほら、まだピクピク動いてるぜ。どうせ死ぬだろうけど、確実に息の根を止めないと、こいつなら復活してきかねない」
「……お前様がそれでいいなら、別に止めはせんが」
「ん」
僕は刃を下に向け、大きく振り上げた――狙うは心臓。確実に突き刺して殺す。
気に入っている刀で止めをさされるのだから、こいつとしても本望だろう――せめてもの優しさだ、受け取りやがれ。
「じゃあな、織崎記」
僕は刀を振り下ろした。
[022]
「っ――――!!?」
『鍍』の刃は、確かに織崎の心臓を貫いた。確かな感触があった――だがしかし、『鍍』を織崎に刺した途端、傷口から禍々しい、黒と紫が混じったような色の液体が噴き出してきたではないか。
慌てて僕は刀を手放し、飛びのいた。
「な、なんだ!? 何が起こった!?」
「ちっ! 余計なことをしおってお前様! 何柄にもなく冷血漢気取っとるんじゃ馬鹿もんが!!」
「れ、冷血漢なんて気取った覚えは――」
あれ、そう言えばなんで僕はこいつをまた刺したんだ? いや、さっきだけじゃあない、そもそも左腕を刺したのも……どうしてだっけ――?
いよいよ記憶障害が始まったか、と思ったけれど、今は僕の身体異常なんてどうでもよくて、問題は織崎の異常だ。
「ぐぎゃががこごがががごぎぎぎぎゃぎゃぐゅけげげごごょぎゅぎゃぐぐぐぎぎぎ!!!?!?」
手足をばたつかせながら悶え苦しむ織崎。痛みによって再び意識が戻ったのか――断末魔の叫びか。
黒紫の液体は瞬く間に地面の赤を塗り潰し、織崎自体さえも塗り潰した。最早最初の方の姿の面影もない。
「し、しぎざぎ、しきざき、し、しきざ――しぎさき、しきざき、しき、シキ、シキザキ――」
狂ったように自分の名前を連呼する織崎。その様子はまるで壊れたビデオテープのよう――いや、傷のついたブルーレイディスクと言った方がピンとくるのか? 今の子は。
「ど、どうしたんだ、織崎は!?」
「知るか! 念の為に構えろお前様! 何かしでかしてくるやもしれんぞ!」
忍は再び『心渡』を構えた。それを見て僕も慌てて『心渡』を構え直す。
「しきざき、しき、しししききき、シキザキ? し、しきざき。織崎キキ、し、しきざき、しきざしきざきききき記紀ききき! し季ざき記紀!! しき、しきざき!! しきざき織崎織崎四季崎――しきざききき――四季崎記紀ききききききき――!!!」
「っ…………!」
異様だ。じだばたと四肢を振り回しながら、不気味な液体に塗れながら、まるで呪詛のように呂律の狂った叫び声をあげる姿――余りにも異なる様――異様で異常だ。
何が原因だ。毒刀『鍍』か? 僕が織崎にあれを刺した瞬間、この異変が始まった。思い返してみると考えるまでもなく『鍍』の所為なのだろうが。
しかし、『鍍』の特性は傷を塞がらなくすることではなかったのか? ひたぎの傷のように――或いは大量出血させることではなかったのか? 分からない。心臓に刺したからおかしなことになったのか? 人を狂わせる刀? それらを複合した刀? 分からない!
「織崎記紀!!! 四季崎記紀!!! 四季崎記紀!!! 四季崎!! 織崎!! しききききききききききききぃぃぃぃぃぃっ!!!」
「っ!?」
狂気の叫びを上げ、織崎は心臓に突き刺さった『鍍』を、自由になっている右手で引っこ抜いた。開いたもう一つの穴からはあの液体と、同じ色の気体が――。
「ふ、は、は、は、は、は、は、は、は、は、は、は、は、し、し、し、き、ざ、ぎ、ぎぎぎ、し、しきざ、しきざき、き、き、き――」
ま、また演技なのか? また僕たちを錯乱させるための、油断させるための演技か? 狂ったふりをしているだけなのか?
織崎はむくりと上半身を起き上がらせた。そして焦点の合わない目で僕たちを睨む――その目は充血しており、翡翠色だっためが真っ赤に染めあがっていた。
左手を挙げ、刀を抜いた。『鉋』には鍔がないため、やろうと思えば出来る芸当だが――穴から血が滴っている。
「嗚呼記紀様、嗚呼記紀様、嗚呼記紀様記紀様記紀様記紀様記紀様記紀様記紀記紀記紀記紀記紀記紀記紀記紀!!!」
記紀様――四季崎記紀のことか? これら変体刀の原典を作ったという、伝説の刀鍛冶。織崎の祖先。
「っ!!?」
と、その時である。考察もままならない内に、僕の思考はそこで一旦遮られた。
僕たちの間を遮るようにして、突如空から巨大な物体が降ってきたのだ――最早言うまでもあるまい。こんな登場の仕方をするのはあの甲殻類の怪異だ。しかし今回はそれと一緒に鴉のような怪異が三体、炎を纏って落下してきたではないか。そちらはぽとりと力なく地面に墜落した。
次にそれらを追うように降ってきたのは斧乃木ちゃんだった。ところどころ服に焦げ跡が見られるが、どうやら肉体自体には異常なさそうだ。良かった。事も無げにしゅたっと降り立った。
「!!」
しかし問題はその次に降ってきた奴である。薄気味悪い薄笑いを浮かべ、ふわりと落下してきた着物の女――そうだ、こいつが居た。すっかり忘れていた。そもそもこれらの刀を蘇らせた元凶はどこのどいつだ? こいつだろうが! 淡海静――一番忘れちゃ駄目な奴だろう!!
「んっふふふっふっふふ……」
気持ち悪く笑いながら巨大怪異の上に降り立った淡海。振り返って、多分錯乱気味の織崎を見た。
「随分こっぴどくやられたようだねえ、ご主人……"猛毒刀与"まで使っちゃって、もうギリギリってとこかい? 死の瀬戸際だねえ」
「しきざき、しき、しきざききき四季崎、しき、しきざ、記紀き……!」
「んふふ……まあ命があるだけマシかね? まだ死んでもらっちゃあ困るよ、ご主人……あんたにはまだ働いてもらわなくっちゃあねえ」
働いてもらわなくちゃあ、って……どういうことだ? こいつは織崎の従者――言ってしまえば、使い魔みたいな奴ではなかったのか? 立場が逆転しているように思えるのだが――。
「んん? 不思議そうな顔してどうしたんだい阿良々木。わちきの顔に何かついてるかい?」
「……どういう事だ、淡海静」
「何が?」
「お前は、織崎の使い魔か何かじゃなかったのかよ。つーか、どういう立場なんだお前は」
「立場なんてどうでもいいだろう? わちきが使い魔だとか従者だとか、そんなことはくだらない、どうでもいいことさ」
「っ……てめえ」
「鬼いちゃん。こいつとは何喋っても無駄だよ」
「斧乃木ちゃん」
人差し指を構えた姿勢で斧乃木ちゃんが言った――よくよく見れば指先が少し欠けているように見える。肉体的にもノーダメージとはいかなかった訳か。
「僕もなんとかして会話を持ちかけてみたけれど、こいつ全く取り合おうとしないんだ。のらりくらりと躱しやがる――いや、そもそも土俵に立とうとしていないというか」
「土俵に――立とうとしていない」
会話をする気のない相手というのは、言葉の通じない相手以上に厄介だ。言葉が通じないだけならばまだ諦めがつくが、なまじ言葉が通用するだけ、会話を仕掛けてしまう。織崎はまだ会話をする気があったようだが、こいつにはその気さえないということか。
どうでもいい――。
「それは違うさ人形。わちきはただお前に興味がないだけであって、そこの阿良々木とはある程度お喋りしようという気はあるんだよ? ただそれを阿良々木が拒んでしまうだけで」
「だから……なんでお前は僕にそんな執着するんだよ」
「教えない。お前にとってそれはどうでもいいことだろう?」
「お前会話する気ねえだろ!」
「あるよ。ただそれはお前が仕掛けるんじゃあない、わちきがお前に喋り掛けるんだよ。お前がわちきの質問に答えてくれればそれでいいのさ」
「そんなん会話じゃねえだろうが! 言葉のキャッチボールが成り立ってねえよ!」
「んふふっ……まあいいさ。究極的にはお前だってどうでもいいんだし……わちきはただ、そこの金髪を殺せればそれでいい」
会話を平然と切り上げ(やっぱ会話する気ねえよこいつ)、忍の方を向く淡海。
「ふん、儂はうぬなんぞの恨みを買った覚えはないがのう?」
「お前になくてもわちきにはあるんだ……腸が煮えくり返りそうな程の怨みが、怨念が! そうでなければわざわざこんなどうでもいい世界になんざ蘇らねえんだよ!!」
「ギイイイィィィィィィィッ!!!」
淡海の叫びに呼応するように、巨大怪異(確か名前は豪那)が吠えた。まるで金属が軋むような鳴き声……つーかこいつ吠えるのか。
こいつの鳴き声は兎も角として、淡海静の激昂した姿というのは初めて見た。いや、そもそもこいつがまともに感情を出した姿なんて初めてだ……忍には心当たりが無さそうだが、いったいこいつは――?
「まあどうでもいい……どうでもいい……今はまだね。今はご主人の体調が優れない……ご主人が復帰し次第、忍野忍――旧キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード、お前を殺す。散々トラウマをほじくり返して絶望の中で死んでもらうよ」
「おいおい。こいつが苦しみぬいて死ぬのは僕にとっては迎合すべきことだけれどさ、まさかこの状況から逃げ切れると思ってる訳?」
忍が斧乃木ちゃんを睨む。なんでこの子はいつも自分からギロチン台に首を突っ込むようなことを……。
「死体人形は黙ってな。逆に言うけれど、この状況でわちきたちが離脱出来ない訳ないだろ? お前らは全員満身創痍なんだから。脳味噌腐ってるのかい? 死体だけに」
急に饒舌になった淡海。織崎がボロボロだからか? 織崎がご主人ということは、織崎の状態が状態故に支配が弱まっているとか、そういうのか? 今更ではあるが。
淡海は織崎を引き上げた。織崎は痙攣しながらぶつぶつと何かを呟いている。
「じゃあそんな訳で、わちきたちはここら辺で去るとしよう。また今度会おうじゃないか――ほらご主人。糸、やって」
「き、きき、きき……」
ふらふらとよろめきながら、織崎は指から糸を放った。糸は豪那、鴉に巻きつき、リールのようにキリキリと引き上げられていく。浮遊する。
「お、おい。行かせちまっていいのか?」
「仕方ないよ。このまま連戦になっても、どうせ負けるだけだしね。仕切り直してくれるというのなら、有り難く甘受しよう」
「おい、お前さっきの威勢のいい啖呵はどうしたのじゃ」
「あんなのハッタリに決まってるだろ。それくらい考えろよバーカ」
「いや馬鹿はうぬじゃろう。奴らが逃げる気なかったらどうするつもりだったんじゃ」
「その時はあなたたちを、特にお前を道連れにして死ぬつもりだったよ」
「おいお前様、こいつ斬っちゃってよいか」
「よい訳ねえだろ」
そんな会話をしながら、僕たちは浮遊していく淡海たちを見上げていた。上昇して、上昇して――ある地点で奴らの姿は掻き消されたように見えなくなった。
あれだけ目立つ大きさのものが見えなくなったとなると、もしかすると本当に千刀はずっと僕たちの頭上に設置されていたのかも……まあ、千刀は一本残らず置き去りにされてしまった訳なのだが――そんなかんじで。
完全勝利ではなく――かと言って敗北したという訳でもなく。勝ちとも負けとも言えない奇妙な後味の悪さを残し、今回の戦いは幕を降ろしたのである。
[023]
後日談、というか今回のオチ。
織崎たちが居なくなった後、僕たちが行ったのは戦後処理である。
後始末――そこら中に残された戦いの痕跡を綺麗さっぱり消し去る作業である。
後始末と言うとゴミ拾いを思い浮かべる方が大半だと思うけれど、僕たちが行ったのはゴミ拾いではなく、ゴミを斬ることだった。
斬刀『鈍』による切断作業――残された千本の刀と極悪な刀を斬り裂いていく作業である。これらをゴミと一括りにするのは些か乱暴かもしれないけれど。
ついさっき僕たちはこれと同じ発想をしたのだけれど、もしかしたら何かの役に立つかもしれないと思い、取り敢えずそのままにしておいたのである。その旨を斧乃木ちゃんに話したところ、
「別にそんなの気にしなくていいよ。気にせずばっさりやっちゃって」
との事だった。さっきの葛藤はいったい。
そんな訳で、僕はひたすらに地面から生えた刀を薙いでいく単純作業に従事した訳である。で、忍と斧乃木ちゃんはというと、
「おいお前様、まだそこに残っておるぞ。ちゃんとやれ」
「ほらほら、とっととやる。キビキビ動いて、ほらほら」
揃って僕を急かしてくるのであった。
「お前らもちょっとはやれよ! 何で僕だけなんだよ!」
「仕方あるまい。斬刀は一本だけじゃし、わざわざ持ち手を取っ替え引っ替えする必要性もなかろう? 寧ろ一人でやった方がよっぽど効率が良い」
「不平不満を言ってる暇があるなら手を動かせ。話はそれからだ」
「くそっ……!」
正直こいつらの言いなりになるのはごめんなのだが、しかしこの二人の働きを考えれば、とても言い返すことも出来ない。それに僕の働きはどう見積もってもこの二人より劣っている。僕がやったことと言えば、織崎ちゃんにちょっと止めを刺しすぎたことくらいである。後は捕まったり吹き飛ばされたり復活させちゃったり……ロクなことしてねえな僕。
「そもそも、あの止めだって、別にやろうと思えば儂にも出来たのじゃぞ?」
「は?」
唐突に何を言い出すのだこいつは。僕の唯一とも言える功績さえ打ち砕きたいか。
「"悪刀大砲"じゃったか? あの攻撃を放つ際、あやつ両手の刀を捨てておったろう。一瞬じゃったが確かに儂は見たぞ。もし儂にもう一度攻撃のチャンスがあれば、そこを突いて確実に仕留めておったじゃろう」
「気付いてたのかお前……」
"悪刀大砲"――もうこの世から消え去った悪刀『鐚』の限定奥義で、『鐚』に込められた電撃を最大出力で放つ技(多分)。それを放つ際織崎は、両手に持った刀を一旦捨てていた。恐らく、電撃が刀に悪影響を与えてしまうことを危惧しての行動だろう。
忍さえ手を焼いた、どころか体を焼いた攻撃だが、あの電撃さえ無効化できれば一転して最大のチャンスへと変貌してしまう。だから僕は忍を盾にして(ごめんなさい)電撃を無効化し、アタックした訳なのだが……。
「……いやでもさ、実際に戦ってたら、前兆なんて分からなくないか? あいつが技名を叫ぶ時には、もう遅いし」
「実際に戦っている方が、寧ろ分かりやすいぞあれは」
「え?」
「あれを放つ頃になると、あ奴の動きの苛烈さが明らかに増した。おそらくモーター的な原理であれだけの電撃を生み出しておったのじゃろうな」
「モーター的な……そうなのか」
そう言えばそうだったか? どうだっけ……それは気付かなかったな。
「苛烈とは言え、まあ視認出来ん程ではなかったがな――手回し発電機を思い出してみよ。あれと似たような原理じゃ」
「なるほど」
どうしてこいつが手回し発電機を知っているのかはともかくとして――つまり、あいつは激しく動くことによって発生する電気を『鐚』に蓄電、溜まったところで一気に放出していたということか。だから、あの技を連続で繰り出すことが出来なかった。
「所詮仮説でしかないがな――そもそも動くことによって発生する電気ってなんじゃいという話じゃしのう」
「はあ」
そんな会話を交えながら、のたりのたりと何とか千本斬りを達成した。
僕は『鉋』も斬ろうとした――のだけれど、どうも斬る気が湧かなかった。織崎に決定打を与えた刀だし、何より日和ちゃんが使用していた刀というのもある。
「日和……ふうん、死んだんだあの子。まあ会ったことないけど」
「あれ、そうだっけ」
「そうだよ――まあ、残念だったね、とだけ言っておこう」
「……残念、か」
残念というなら、僕ではなく日和ちゃんの方だろう。結局あの子は自我を持ってから僅か数日でこの世を去ったのである。色々振り回されたが、今から思えばもっと色々な場所に連れて行ってやればよかった。あいつだって、きっとまだ遊び足りなかった筈なのだ。これが『くらやみ』に呑まれたのでなければ、未練たらたらで亡霊として復帰してきそうな程に。
けれど、『くらやみ』はそういうものじゃあないのだ。あれは怪異を殺すものではなく、"消す"ものなのだ。間違いを犯した存在を消し去る――天国にも地獄にも行けないであろうことは間違いないと思うけれど、なら日和ちゃんの意識はどこに行ってしまったのだろうか。永遠の暗闇の中に呑まれた彼女は、どうなったのだろう。
想像も出来ない、想像を絶する事だ――こんな結末なんて、到底認められるものではなかったけれど、認めざるをえない。
「……この二本は、北白蛇神社にでも祀ろうかな。たったこれだけだけれど、一応あいつの形見な訳だし、斬るのは躊躇われる」
「北白蛇神社――そういえば鬼いちゃん。その北白蛇神社の方で何かが倒壊するような音が聞こえたんだけど、何があったの?」
「倒壊!?」
そう言えばそうだった。織崎の奴、北白蛇神社の方角へ双刀『鎚』を投げ飛ばしたのだった。願わくば外れて欲しかったところではあるが、どうやらそうは問屋が卸さなかったらしい。
「マジかよ……八九寺は、まさか日和ちゃんの後追いしてねえだろうな」
「さあね。その辺までは知らない。あの鴉を追い払うのに精一杯だったから、ちゃんと見てないんだ」
事も無げに言うが、この斧乃木ちゃん、話を聞くところによると、なんと初撃で月火が攻撃を食らった以外、一切の危害を出さずにあの鴉どもを追い詰めたらしい。相性が悪いにも関わらず、よくぞやってくれたものだ。
「まあ僕だって有終の美を飾りたいからね。或いは立つ鳥跡を濁さず、か――どうせこの後罰を受けるだろうし、最後にいい仕事が出来て良かったよ」
「おいおい最後だなんて……そんな寂しいこと言うなよ斧乃木ちゃん」
「かかっ、そうじゃオノノキ」
「忍姉さん」
「うぬが何も罰を受けることはない。うぬはよくやったのじゃ、寧ろ労われるべきじゃろう」
おお、なんだか忍が珍しいことを言っているぞ。斧乃木ちゃんを庇うだなんて。成長したなあ。
「忍姉さん……」
「よくやったなオノノキ! よくぞやりきったな! ああ凄い凄い! わーわー! はい、有難くも儂が褒めてやったのじゃから、後腐れなく処刑されてこい」
「このババア……」
……いつも通りの忍だった。まるで成長していない。
「どうせ罰を受けるなら、いっそお前に一撃入れてから――」
人差し指を忍の頭に向けた斧乃木ちゃん――二人の間には僕が挟まっているので、その指は僕の頭にも向けられていたことになるのだが――一触即発かと思ったその瞬間、バイブレーションじみた音が斧乃木ちゃんのスカートの中から聞こえた。斧乃木ちゃんは一瞬ビクリとしてから服の中を弄った。
「今の描写からエロいことを考えた奴は徹夜で腹筋しろよ」
「いや居ねえだろ……何故腹筋?」
「僕は筋肉が好きなのさ。知ってるでしょ?」
斧乃木ちゃんはスカートの中からスマホを取り出した。誰かからの連絡のようだ。ちょうど斧乃木ちゃんの待遇について喋っていたタイミングでの連絡……計ったようなこのタイミング、まさか。
「はい、こちら斧乃木余接…………はい……はい……うん、了解。え? ……うん、うん……」
斧乃木ちゃんの敬語とか初めて聞いたぞ。最終的にいつもの口調に戻ったけれど。
「うん……オッケー。はい、鬼いちゃん」
「え?」
なんて思っていると、斧乃木ちゃんがスマホを差し出してきた。
「何ぼやっとしてるの。代われってことだよ」
「え? あ、は、はい」
何故か敬語になる僕。想定外のことに少し焦りながら、僕はスマホを受け取った。
「は、はい。代わりました、阿良々木暦ですけど……」
『やあこよみん。暫くぶりだね』
「っ! 臥煙さん……」
『ん? どうしたんだい? そんな驚いたような声なんて出しちゃってさ。電話の主が私だってことは、タイミングとかから察してたんじゃないのかな?』
何故分かった!
いやまあ、その通りである。あんな如何にもなタイミングで携帯を鳴らしてくるような人は、臥煙さん以外に僕は知らない。羽川でさえやってこないし……というか羽川から連絡が来ること自体稀なのだが。
悲しいなあ。
『はっはっは。みんな何故かそう言うんだよ。私からの連絡はまるでタイミングを計ったようだ、なんてさ。はは、幾ら私が何でも知ってるからって、それはちょっと暴論だよね。そう思わないかい? こよみん』
「いや……すみません、僕も思ってました」
『だろうね。知ってるよ』
「……えっと、何のご用件でしょう」
『ああそうそう。用件だ用件。いやぁすっかり忘れていたよ。大事なことを忘れてしまうだなんて、私も歳なのかな?』
「…………」
ツッコミ辛いこと言うなや!
取り敢えず笑って誤魔化しておいた。
『いや何、こよみんに一つお願いがあって連絡したんだよ』
「お願い?」
『そう、お願い――こちらの状況は余接に話しておいたからその辺は後で聞いてもらうとして、こよみん、友達として、私のお願いを聞いてくれないだろうか』
「友達として――」
『そうだよ。私と君は友達の筈だ。記憶違いがなければね』
「……まあ、友達、なんでしょうか」
『んん、煮え切らないね……まあいいや。じゃあ内容だけちゃっちゃと言おうか』
いいのかよ。結局問答無用じゃねえか。
臥煙さんからのお願いとなると、複雑なことを要求されることが予想される。メモを取らねば……まずいぞ持ってない。
「えっと……すみません、メモがないのでまた後でにしてくれますか? 後でこちらから連絡を入れますので」
『メモなんて取るまでもなく、単純明快な頼みだ。そのお願いは聞きかねるね。何せこちらとしても時間がないんだよ』
……臥煙さんにとっての単純明快と僕にとってのそれとは、酷く乖離がありそうな気がしてならないのだが――時間がない? 斧乃木ちゃんに教えたという、臥煙さんの状況が気になるところだな。
『ははは、心配しなくていいよ。本当に簡単な話だ――』
――なんて臥煙さんは言っていたけれど、確かにその"お願い"自体は言うだけなら簡単な話ではあった。けれどその裏にある要求と実行難易度は、決して易しいものではなかったのである。
お願いの内容とは、こうだ。
『――君には、"逢我三山"という山に登ってほしい。勿論目的はただ山登りを楽しんでもらうだけじゃあないよ。連なる三つの山を縦走した先にある"逢我滝"――そこに住むといわれている"仙人"ってやつに会ってきてほしいんだ』
山を登れ。
仙人に会え。
言うは易し行うは難しという言葉があるけれど、その言葉を臥煙さんに真正面からぶつけたくなるような気分になった。
『ま、言うは易し行うは難しという言葉もある。無理強いはしないよ』
先回りされた。
『でもこよみん――友達の頼みは聞いておいた方が、後々良いことがあるかもしれないよ』
「…………」
別に脅迫じみたニュアンスが含まれていた訳ではなかったけれど、"友達"という言葉を盾にされると、人間強度の下がりきった僕は首を縦に振るしかないのであった。
《裔物語 完》
《読了感謝》
《裁物語に続く》
■ 以下、豫告 ■
「阿良々木暦。僕だ。
「男の予告担当って僕が初めてかと思ったけれど、実はもう正弦の奴がやってたんだな。……なんであいつが予告やってんだよ」
「区切りって言うと、なんだかそこで一連の物語が終わってしまうような印象を受けるけれど、実はこの言葉って、一番終了って言葉からは掛け離れた言葉だと思うんだ。
「一区切りついたと思ったら次の敵が出て来たり、また次の目的地に向かうことになったり、或いはそもそも物事の始まりでしかなかったり、それ以前に始まりでさえなかったり。
「結局、どれだけ区切りを重ねたところで、終了という圧倒的な区切りには到底及ばないんだよな。
「かと言ってその終了という言葉が常に絶対的な終わりであると断言することもまた出来ない訳だ。それこそちょっと前に言ったように、続編だのなんだのでだらだらと引き延しが発生することだって、最近では少なくない。
「終わりの物語とか終わった物語とか言ったところで、物事の終わりなんてものは、突き詰めたところそもそも存在しないのかもしれないな。全てが区切りで、ただの通過点でしかないってことか」
「次回、裁物語 しのぶハート 其ノ壹」
「そんな訳で、僕たちの物語はもうちょっとだけ続くぜ」