〈物語〉シリーズ プレシーズン 【裁物語】 作:ルヴァンシュ
■ 以下、注意事項 ■
・約貮萬壹仟字以上。
・〈物語〉シリーズ、アニメ未放送分ノネタバレヲ含ミマス。
・他、何カアレバ書キマス。
■ 黒齣 ■
[006]
「八九寺姉さんから頼まれてね」
突如現れたレイニー・デヴィルを突如現れた斧乃木ちゃんが討伐した後。目の前で起きたサプライズの連続に思考が追いつかず、驚愕に身を任せ硬直していた僕に、斧乃木ちゃんが言った。
「は、八九寺が――?」
「そう。あいつ、中々やるじゃないか。ついこの間神様になったばかりなのに、もう権限を使いこなしてる。蛇との相性を抜きにしても、臥煙さんの見立ては間違っていなかったようだね」
斧乃木ちゃんは悪魔の残骸を横目で見つつ、言う。
「八九寺が……なんで君に? 何を? っていうか、どうやって伝えたんだ? どうして――」
思わず捲し立てるように質問してしまう。疑問がまるで尽きない。
八九寺が斧乃木ちゃんを呼んだ理由が、僕にはまるで分からない。八九寺はこの悪魔の件を知らないはずだ。つまり、彼女を呼んだ理由は別にあるということだ。そしてそれは、八九寺の様子がおかしかったことと、何か関係があるのではないのか?
もう一つ、八九寺はどうやって斧乃木ちゃんを呼んだのか。八九寺が僕の家に辿り着いたとは考えにくい。八九寺を降ろしてから暫く経ってはいるけれど、幾ら僕の家に向かっていたとはいえ、まだまだ遠い。徒歩で辿り着くには、時間は不十分だ。それに、家の中に入ることも出来ない筈だ。ちゃんと鍵は閉めておいたのだから。
「さあ、鬼いちゃん。僕をその黄色い車に乗せなよ」
「ちょっと待て斧乃木ちゃん。説明は一切無しなのか」
まさか質問をスルーされるとは思わなかった。この子も意外性のある返しをする子である。
「は? 嘘でしょ? わざわざそんな一から十まで鬼いちゃんに説明しなきゃいけないの? やだよ面倒臭い」
「一から十までとは言わずとも、聞いたことくらいは答えてくれよ」
何も分からないままに従わされるのはごめんだからな。
……あれ? じゃあなんで僕、識崎ちゃんに従おうとしてたんだ? よく考えてみれば、あの子も僕が聞いたことを、何一つ答えていないような気が――する――ような――多分。
「ふむ」
斧乃木ちゃんはちらりと横目で、今度は車内の識崎ちゃんを見た。
……すっげー睨んでるんだが。
何なのだろうか。そんなに僕が誰かと話しているのを見るのが嫌なのだろうか。だとすれば、何故そこまでご執心なのか知りたいところだけれど――あれ? じゃあ、何で僕それを質問しなかったんだ?
あれあれー?
記憶が混濁している――何故だろう、斧乃木ちゃんと話し出した途端、急にあの子に対する疑問が浮かんできたというか……。
「成る程ね。八九寺姉さんの依頼の意味が分かったよ。確かにこれは鬼いちゃんにはどうしようもない状況だ」
「え……?」
僕にはどうしようもない状況?
どういうことだ――どういう状況なんだ、僕――え? 八九寺? なんで八九寺がそんなこと知っているんだ?
「仕方ない。どうやら混乱の最中にある鬼いちゃんに、この僕が懇切丁寧にある程度掻い摘んで説明してやろう。ありがたく思え」
「どうしてそんなに上から目線なのかとツッコみたいところだけれど、ここはぐっと抑えてやる。教えてくれ、斧乃木ちゃん」
「お前も結構上から目線だなおい。背低い癖に、生意気だぞ」
「…………」
君よりは背が高いぞ。
それに、何も知らない人から見れば、寧ろ君の方が生意気な子供のように見えると思うのだが――。
「屁理屈を捏ねるな。なんならその下半身をぶっ飛ばしてやってもいいんだぜ」
「やめろ、もうそれは経験済みだ」
まあ、あの時ぶっ飛ばされたのは上半身だったのだが。
つーか指を向けるのを止めろよ。マジで怖えじゃねえか。
がくぶるである。
「まあいいや。鬼いちゃんのムカつく言動は、ハーゲンダッツのワッフルコーン一個で許してやるよ」
「僕に渡米しろというのか」
無茶振りが過ぎる。流石に冗談だろうけれど。
「は? 今のが冗談に聞こえたの? 頭おかしいよ鬼いちゃん。僕の目を見て。冗談言ってるような目に見えるかい」
「逆に君の冗談言ってるような目を見てみたいよ」
どう足掻いても無表情だろ、君。
「は、まあ冗談として」
「冗談だったのかよ!」
「まずは一つ目の質問からだね」
一つ目の質問――というと、八九寺が斧乃木を呼んだ理由だろうか。
「ぴーすぴーす」
「いや、今更キャラを思い出したように横ピースしなくていい」
いちいちボケを挟まなきゃ気が済まないのか、この子は。
「いちいちツッコミを入れなきゃ気が済まないのか、お前は」
「…………」
ツッコミ役の性である。仕方あるまい。
「八九寺姉さんが僕を呼んだのは、まあ言ってしまえば、貴方が危険に晒されているから――らしいんだよね」
「僕が危険に晒されている?」
「そう。実際来てみて、その情報は間違ってなかったけれど」
斧乃木ちゃんは悪魔の残骸を蹴り飛ばした。
「……いやいや、待ってくれ斧乃木ちゃん。危険に晒されているのは僕じゃなくて、あの子なんだ」
「あの子?」
「そう。君もさっき見てたろ? 金髪のあの子――識崎記っていう子なんだが」
「識崎だって?」
「え?」
斧乃木ちゃんが驚いたように識崎ちゃんを見た。無表情の癖にここまで感情を豊かに伝えることが出来るとは――いや待て、感心している場合じゃない。
この反応――まさか斧乃木ちゃん、識崎ちゃんのことを知っているのか?
「いや、知っているか知らないかで言えば、別に知らないよ」
「じゃあその反応は何だよ」
「名前を聞いたことがあるっていうだけだ――どこで聞いたかは覚えていないけれど、確かに聞いたことはある」
「へえ……?」
斧乃木ちゃんが彼女の名前を聞いたことがある――何故? どうして斧乃木ちゃんが――彼女とどういう関係なんだ?
「いや、別に関係とかはないけれど……まあでも僕が聞いたことあるってことは、十中八九怪異絡みだ」
「怪異絡み……」
怪異絡みと言えば、今まさにあの子は怪異に絡まれているのだけれど――ますます分からない。怪異を引き寄せる体質だったりするのだろうか? 名前を知っているということは、それだけのネームバリューがあるということで――。
「……取り敢えず、あの識崎っていう子のことは横へ置いておこう。これ以上僕に追求されても、答えられることは何もないからね」
「そうか」
「そうだ――じゃあ次、二つ目いくよ。ぴーすぴーす」
「無駄に横ピースをねじ込むのをやめろ」
人差し指と中指をくっ付けてやろうか。
「そんなことしやがってみろ、横ピースからエメリウム光線に変えてやるぞ」
「いや知らねえよ! 勝手に変えろ!」
「いえーい、ビームビームになるぞ」
「好きにしろよ!」
「
「怖え!!」
人差し指だけでもあの破壊力だったのに、二本になったらどうなっちまうんだ。
それはそれとして。
「八九寺姉さんがどうやって僕を呼んだのか、だよね」
「ああ。そうだ」
「これはちょっと考えればすぐに分かるんじゃないかな――考えてみてよ鬼いちゃん」
「え?」
突然難題を仕掛けてくる斧乃木ちゃん――ちょっと考えればすぐ分かる?
「……じゃあやっぱり、普通に八九寺は僕の家まで来て」
「違う」
「…………」
端的に否定された。後続のコメントもなし。扇ちゃんより酷いぞ。
「……ヒントはくれないのか」
「思い上がるな。貴方如きがヒントをもらえると思っているのかい? 身の程を知れ」
「…………」
ヒント無しかよ……いや分かんねえよ。つーか誰も分からないだろう。読者も首を傾げている筈だ。
「ちっ、読者を縦にヒントを要求するとか、お前最低だな。本当に主人公か?」
「主人公だ」
誰に何と言われようと、出演のオファーが掛からなかろうと、僕は主人公だと主張し続けるぞ。
「しょうがないな――じゃあヒント。八九寺姉さんは何の神様?」
「何の神様……」
八九寺は蛇神の札を呑んで神様になったのだから、蛇の神様――いや、もともと八九寺は蝸牛の怪異だ。蛇を抑制出来るからこそ神に選ばれた――なら、蝸牛の神様?
あれ? この場合、どっちなんだ?
「えー? 今のヒント、僕的には大ヒントだったんだけど。殆ど答え言っちゃったようなものなんだけど」
「いや分からねえよ。八九寺は何の神様なんだよ」
「それくらい考えろよ考え無し。お前の脳味噌は蟹味噌か」
「なんで蟹味噌……」
蟹といえばひたぎだが、そのひたぎ宜しく毒舌を振りまく斧乃木ちゃん。普通の人なら既に激昂しているだろうけれど、僕は寛容なのでこの程度ではカッとなったりしない。というか、僕はこの程度の毒舌、毒舌と認識していない。ひたぎの毒舌と比べれば、随分と可愛いものである。
「貴方、なんでそんな人と付き合ってるの?」
「なんでだろう」
これはこれで中々のミステリーだった。いや冗談抜きで、偶に本当に忘れそうになるから困る。
「いやいや、お前のことなんてどうでもいい。早く答えろ」
「無茶言うな。せめて何の神様か教えてくれ」
「それ言ったらもう答えなんだよ――蝸牛の方」
「蝸牛か」
蛇じゃなかったのか――確かに、千石のような蛇髪にはなっていないようだし、そう考えれば確かに、蝸牛のままであると考えるのが妥当か。
……蝸牛ねえ。
「……迷い牛としての能力の逆を使ったとか」
「もう彼女は迷い牛では無いのだから、迷い牛の力は使えないよ」
つーか逆なんて迷い牛時代でも使えないよ。
斧乃木ちゃんは言った。
マジかよ……本格的に分かんねえぞ。神様……神様……。
……駄目だ、考えても出てきそうにない。こうなったら、もうこのクイズから降りるしかない。
両手を挙げて降伏宣言だ。
「なあ斧乃木ちゃん。ギブアッ」
「ギブアップ制度なんて僕は認めていない」
「…………」
降りることの出来ないクイズらしかった。
「じゃあ土下座する! 土下座するから!」
「土下座すればどうにかなると思ってんじゃねえぞ」
「むう」
流石に僕の土下座芸も、やりすぎていまいち効果が薄くなってきたか。
土下座をやり過ぎたと言うと、まるでプライドのない奴のように見えるだろうが、プライドを捨てなければならない時というものが、この世には存在するのだ。
「土下座を自慢してる人なんて、世界広しといえど流石に貴方くらいだろうね」
「だろうな」
否定しない。
「……しょうがないなあ。じゃあ教えてやるから今すぐアイス買ってこい」
「ごめん、今すぐは無理だ」
「無理なんてのは嘘つきの言葉なんだよ。いいからやってみろよ。鼻血だそうがぶっ倒れようがやれよ」
「危ないネタをやめろ!!」
訴えれたらどうするんだ! っていうかネタが古い!
「その時こそ鬼いちゃんの秘技・DOGEZAだね」
「なんでちょっと格好良さげに言うんだよ」
「ぐだぐだ言ってねえでさっさと買ってこい脳なし。エメリウム光線ぶっ放すぞ」
「ぐだぐだ言ってねえでさっさと教えろ式神童女。スカートめくって中身を詳細に記述してやるぞ」
「うわ怖っ」
斧乃木ちゃんは警戒したのかスカートを抑えた。
「僕は本気だぜ。一度は君に配慮して断念したスカート内の描写だが、今回は一切配慮無しだ。晒し捲ってやる。捲って晒してやる」
「うわキモっ」
斧乃木ちゃんは車のすぐ真横にまで後ずさった。ふっ、勝ったぜ。
……なにか大事なものを失った気もするが、そんなもんは知らん。
「何勝ち誇ってるんだよこの変態。規制されろ、歩く18禁」
「否定したいが否定出来ないな」
いや実際、規制されてるしな……八九寺に。
出入り禁止令、発令中。
「いいだろう、負けだ。僕もわざわざスカートの中身を晒されたくない」
「最初からそう言えば良かったんだ」
え? 既にフィギュアがあるから、それを下から覗けばスカートの中身は見れるって? ふっ、甘いな。斧乃木ちゃんのスカートの真の中身はあんなもんじゃないぞ。
「僕のスカートの中身について語るな。本当変態だね、鬼いちゃんは」
「変態じゃない、紳士だ。いや待て、そう言えばなんでフィギュアと現実で中身が違うんだ? ああいうのって、忠実に再現してるんじゃないのか?」
「鬼いちゃんの方こそ甘いね。フィギュア作成用の撮影をするとき、まさか私服で来ると思ってるの?」
「え? じゃあもしかしてああいうフィギュアのスカートの中って」
「うん。あれ、全部嘘だよ」
「なんと」
「いや、正確に言えば大体嘘だよ。忠実に再現したのをウリにする場合もあるし――でも殆どの場合、あれ全部業者さんが用意したものだよ。言ってしまえば見せパン」
「なんと……」
中々に夢を潰すカミングアウトであった――誤解しないで欲しいのだが、僕はそういったフィギュアを購入したことはないし、仮に購入したとしても、スカートの中身を覗くなんて、そんな卑怯なことはしない。
僕はこれでも一応男だからな。スカートの中身を覗くときは、自分の力で、現実で捲って覗く。
「何でもかんでも正々堂々としてりゃあ許されると思うなよ――まあいいや。話が大分逸れたね」
「ああ。なんでだろうな」
「お前のせいだ」
「…………」
否定出来ない。
なんだかこの一連の会話で僕の人気が著しく低下したように思えるけれど、まあいいや。
今更そんなこと気にしないさ。
「ちょっとは気にしなよ。主人公なんだから」
「主人公だからって人気投票でベスト3に入らなきゃいけないなんてルールは無いんだぜ、斧乃木ちゃん」
某完璧生徒会長みたいにな。
「じゃあ遅くなったけど始めようか。解答篇」
そう言うと、斧乃木ちゃんは語り出した。
[007]
「まず鬼いちゃんは一つ知っておくべきことがある」
「知っておくべきこと?」
「うん。っていうか、知ってて然るべきことの筈なんだけどね」
知ってて然るべき――何だろう?
「鬼いちゃんがくだらないボケをかます前にさっさと言っちゃうけど――怪異として上級のものは、下位の存在を眷属にすることが出来る」
「くだらないって言うなよ……眷属――」
眷属。下僕。
成る程、僕が知ってて然るべきことだ――まさに僕がその眷属じゃあないか。旧キスショットの――。
「ただし、眷属として影響を与えやすいのは同種。旧キスショットなら吸血鬼、千石撫子なら蛇、そして、八九寺真宵の場合――」
――蛞蝓だ。
斧乃木ちゃんは言った。
蛞蝓。
軟体動物門腹足綱のうち、殻が退化しているものの総称。分類学的には蝸牛と同じ有肺亜綱の柄眼目に属し、蝸牛の一種とも呼べる生物。
確かに――眷属にするには十分だ。
「で、その蛞蝓の眷属が、どう関係するんだ? まさか僕の家の周辺に隠れている蛞蝓に指示して文字を描かせたって訳でもないだろうに」
「そのまさかだよ」
「え?」
「まあ正解だね――なんだよ、やれば出来るじゃないか鬼いちゃん」
「ちょっと待ってくれ、解説を終えるな。納得いってない」
蛞蝓に指示して文字を書かせた――助けを求めたって……いや、どうやって?
「な、蛞蝓が文字なんて、書けるのか?」
「蛞蝓にそんな知能はない――八九寺姉さんの指示通りに動いているだけだよ」
「え……文字を書いたって、どこに?」
「窓に」
「窓!?」
蛞蝓が窓まで這い上がってきて字を書く――なんだそのシュールな画は。
「……どうやって文字を書いたんだよ」
「そりゃあ、粘液で」
「……もしかしてそれ、まだへばり付いてる?」
「うん。掃除してないからね」
「マジかよ……」
八九寺には感謝するが……もっとなんかなかったのか。家に帰ってからやる事が増えたじゃねえか。
「贅沢言うね。助けてもらえただけありがたいと思えば?」
「贅沢とは言うがな斧乃木ちゃん。そんなもん、どうみても怪現象だろうが」
しかも、斧乃木ちゃんが視認できたということは、その粘液が付けられたのは間違いなく月火の部屋の窓。月火の部屋の窓なのだ。賢明なる読者諸君なら、この状況の恐ろしさがよく分かるはずだ。
こうしてはいられない、急いで帰らなければ――と、ここで僕は識崎ちゃんの存在を思い出した。そうだ、識崎ちゃんが居たのだった。
すっかり車の中で待ち惚けを食らわせてしまったが、ネタも明かされたところだし、家まで送ってあげないと――折角築いた信頼関係がパアだ。
「そういえば、礼が遅れていたな。ありがとう、斧乃木ちゃん」
「礼には及ばないよ。でもどうしてもお礼をしたいっていうのなら」
斧乃木ちゃんは車――いや、識崎ちゃんをか?――を、指差した。
「僕もあの車に乗せてほしいな」
「…………」
どうして皆、そんなに僕の車に乗りたがるのだろうか。僕が社会に出る前に、ドライビングテクニックを上昇させようと必死なのだろうか。
「いや、そんなつもりは一切ないよ」
「ないのかよ」
「ある訳ねえだろ。……僕はあの子と喋りたいだけだよ」
「識崎と……?」
珍しい。斧乃木ちゃんが自分から興味を抱くとは。しかもそれが見ず知らずの他人――いや、名前は聞いたことがあるのだったか。
「鬼いちゃんの認識では、どうやらあの子が怪異現象に巻き込まれているように見えているらしいからね」
「巻きこまれているように見えている……?」
違うのか?
斧乃木ちゃんを疑う訳ではない――斧乃木ちゃんは式神とはいえ、怪異の専門家だ。僕の認識なんかよりもよっぽど信頼できるのだけれど。
だが――じゃあ、最初にこの子が悪魔に襲われていたことは、どう説明するんだ? あれはどう考えても――。
「鬼いちゃん」
「なんだよ」
「早く乗れ」
「え?」
「いいから早く乗れ。聞こえないのか」
「急にどうし――」
突然僕を急かし出した斧乃木ちゃん。もしやこの子も八九寺のようにおかしくなったのか――と思ったが、いや全く、おかしくなったのは僕と言わざるを得ない。
どうして気付かなかったのだろうか――あの悪魔の残骸が『残っていた』ということに。
心渡で斬り伏せた時は、破片一つたりとも残さず消滅した悪魔が、何故今回は残っていたのかということに――!
「こ、ろ、す! こ、ろ、す! こ、ろ、す! こ、ろ、す! こ、こ、こ、殺す! 殺す! 殺す!」
「っ――――!!」
僕は絶句した――こんな展開、予想出来てもおかしくはなかった筈なのに。
左右に別れたレイニー・デヴィルの残骸が、肉体が――再び一つに、結合したなんて。
可能性としては、十分あり得た筈なのに――!!
「
殺意の声をあげる、復活した悪魔――だが、斧乃木ちゃんは横ピースなどして戯けながら、蠢めくその体を再び
今度は真正面からの、人差し指での攻撃である――悪魔の上半分どころではない、上から下まで、全てが至近距離の爆発染みた攻撃によって、消し飛んだ。
それを見て想起するのは、あの正弦の壮絶な死に様(まああれはただの人形だったらしいので、死に様とは言えないかもしれないが)だけれど、それを思い出して罪悪感に浸る間もなく、斧乃木は僕の襟首を掴んで走り出した。そして、車のドアを開け、僕を中にぶち込んだ。
「ぐえぇっ!」
潰れた蛙みたいな声を出す――聞いたことがある訳ではないが。
つーか普通に痛え……おもいっきり背中にセレクトレバーが突き刺さった。
「どうしたのです、阿良々木暦? 随分とダイナミックな乗車ですことね」
「君にはこれが自分の意思による乗車に見えるのか!?」
識崎ちゃんにツッコむ僕。
いや、流石に古今東西、こんな乗り方をするドライバーは居ないだろう。いるなら早く免許剥奪されろ。
「ほら、早くアクセル踏めよ」
そう言いながら斧乃木ちゃんが僕を踏みつけ、助手席に滑り込んだ――おい、何勝手に八九寺の指定席に座ってるんだよ。
「いいから早く――またあいつが復活しても知らないよ」
「あ、ああ! 分かってるよ!」
斧乃木ちゃんはシートベルトを締めながら言う――畜生、シートベルトまで締められたら、後ろに誘導出来ないじゃないか。
僕は仕方なく斧乃木ちゃんを助手席に乗せ、車を走らせた。背後から聞こえる殺意に満ちた声から逃げるように。
「こ――ろ――す――」
[008]
斧乃木ちゃんを乗せた。それはつまり、識崎ちゃんとの二人きりの状態が破られたことであり、僕が識崎ちゃんに逆らったということの証明でもあった。
いや、だからどうして、僕は識崎ちゃんに従うことを前提としているのだろうか――そうだ、僕から歩み寄ったのだから、向こうの歩み寄りを拒否するのは自分勝手が過ぎる。これはあの子なりの歩み寄り方、キャラなんだから、尊重してあげないと駄目なのだ――駄目なのか? 駄目なのだろう。駄目だ。
「ふうん、確かに重症だね。鬼いちゃん」
「重症?」
「うん、重症」
「阿良々木暦、そこを左ですわ」
「ああ、分かった」
ぼくはハンドルを切る――向かっているのは識崎の家。僕の家の窓を掃除する前に、まずはこの子を家まで送り届けなくてはならない。
斧乃木ちゃんが乗車することを、快く承諾してくれた識崎ちゃん――あれ、快くだっけ? まあいいか――だけれど、それ以降、僕への指示以外の言葉を全く発しなくなった。やはり僕と二人きりが良かったのだろうか。
「鬼いちゃん、話聞いてる?」
「ん? ああ、聞いてる聞いてる――っていうかそうだ」
「?」
「斧乃木ちゃん。あの子と喋りたいから乗ってきたんじゃなかったっけ?」
確かそんなようなことを言っていた。僕の車に乗りたいからではなく、識崎ちゃんと喋りたいから乗る、と――。
「……そういうところは都合よく覚えてるんだね、鬼いちゃん」
「都合よく?」
「いや、覚えてるっていうか、思い出したって感じかな――」
よく分からないことを言いながら、斧乃木ちゃんは振り向いた。どうせ喋るなら、後部座席に乗れば良かったのに。そうすれば、喋りやすかった筈だ。案外考えなしなところもあるんだな、斧乃木ちゃんにも。
「誰が考えなしだ脳なし。ちょっと黙ってろ」
「阿良々木暦、そこを右ですわ」
「ああ、分かった」
僕はハンドルを切った。
「……識崎記って言ったね。初めまして。ぴーすぴーす」
「…………」
君それ初対面の人に対してもやるのか。
童女の姿だからこそまだギリギリ許されているのだろうけれど、もしも斧乃木ちゃんが童女ではなく中学生、いや、高校生くらいの姿を見だったのなら、もうただの痛い子にしか見えない。
「早速だけど、お前のことを教えてほしい。鬼いちゃんの話だと、お前、悪魔に襲われてたらしいな」
おお。斧乃木ちゃんが何やら専門家らしいことをしようとしている。僕では何の情報も得られなかったが、果たして本業の斧乃木ちゃんなら、どうなのだろうか。
「……それをあなたに教えて、何か私に得がありますの?」
「やましい事が無いなら喋ってみろ。本当に襲われてたのなら、僕がそれを解決してやるよ」
斧乃木ちゃんが珍しくカッコいい事を言っている。
あ、でも――。
「斧乃木ちゃん。でも君、さっきの攻撃失敗してなかったか? 後ろからまだ声が……」
「空気読めよ馬鹿。本当邪魔だなお前。大人しく運転してるだけの装置に殉じろよ」
「いや、僕は運転に命を賭けることは出来ない」
「そういうこと言ってんじゃねえんだよ」
「阿良々木暦、そこを右ですわ」
「ああ、分かったよ」
僕はハンドルを切った――全く斧乃木ちゃんも酷いことを言う。そんなに僕と話したくないのか。識崎ちゃんを少しは見習ってほしいもんだね。
「……識崎記。教えろ」
「先程の会話から察する限り、貴女に教えても何の得も無さそうなので、何も教えることはありませんわ」
「ちっ」
斧乃木ちゃんは舌打ちをする――この程度で舌打ちをするとは、専門家としてどうなのだろうと思うが。
「貴方にだよ、鬼いちゃん」
「え? 僕に?」
僕、何かしたか? 全く身に覚えがないけれど……。
「それだけですの? それだけでしたら降りて頂けませんか、斧乃木余接。私は阿良々木暦と二人きりになりたいんですの」
再び僕と二人きりになろうとする識崎ちゃん――いやだから、なんでそこまで執拗に僕と二人きりで居たいのだ。
「識崎ちゃん――」
「識崎記――」
「――なんでそんなに僕と二人きりになりたいんだ?」
「――なんで僕の名前を知って――」
「それは勿論、阿良々木暦、貴方は私の恩人ですもの。もっと親密な関係になりたいと思うのは、助けられた側からすれば当然の心理ではなくて?」
当然、なのか? ……まあ当然なんだろう。当然だ。というか、僕だって羽川と親密になろうとしたじゃないか。あの地獄から僕を引っ張り上げてくれた恩人、羽川翼――そうだ、そう考えれば、確かに自然なことだろう。
「君の言う通りだよ、識崎ちゃん。僕の考えが足りなかったらしい」
「それで良いのですわ阿良々木暦。もっと考えを無くして下さいまし。ほら、そこを左」
「ああ」
僕はハンドルを切った。
そうか、そうだよな――なら、僕は識崎ちゃんの意向に従おう。経験したことのない感情なら兎も角、経験したことのある感情だ。気持ちはよく分かる――僕と羽川の人徳を同列に語るのは、おこがましいにも程があるけれど。
「じゃあ、そういう訳だから斧乃木ちゃん。降り――」
「それ以上ほざくとその頭カチ割るぞ、阿良々木暦」
「え?」
斧乃木ちゃんを降ろそうと車を停止させた僕――左を見ると、斧乃木ちゃんの人差し指が、僕のこめかみをまっすぐ指していた。
「お、斧乃木ちゃん?」
「黙れって言ってるんだよ――理解力ないなあ。早くアクセル踏め、走らせろ」
「斧乃木ちゃん、どうし――」
「早くしろ」
「っ――――!!」
斧乃木ちゃんは脅すように――というか脅しながら、僕のこめかみにぐりぐりと触った。仕方なく僕はアクセルを踏む。
車は走り出した。
「……脅すなんて、まあ酷い方。こんな方に個人情報を明け渡すなんて、私怖くてとても出来ませんわ」
「そ、そうだぞ斧乃木ちゃん――」
「黙ってろ脳なし――いい加減その猫を脱いだらどう? もうバレバレなんだよ、お前」
バレバレ? 何がバレバレなんだ? というか、猫?
「お、斧乃木ちゃん。猫は羽川――」
「いいから黙れって言ってんだよ無能! 車を走らせることだけに集中すればいいんだよお前は!!」
「っ!?」
斧乃木ちゃんが、怒鳴った――っていうか、怒ってるのか?
感情のない筈の斧乃木ちゃんが、怒鳴るなんて。それは――怪異としてのアイデンティティに関わることなんじゃ――。
「識崎記。曲がり角はないの?」
「……次の曲がり角、右ですわ」
「あ、ああ」
僕はハンドルを切った。
運転中に余所見をするなんて以ての外だけれど、思わず斧乃木ちゃんを横目で見た。あの斧乃木ちゃんが怒鳴るとは――相当である。
ここは斧乃木ちゃんに従うしかない――ここまで斧乃木ちゃんがキャラを崩すとは、尋常ではない。八九寺のようにおかしくなっているとも考えられるが、今は黙ろう。
「漸く分かってくれたみたいだね、鬼いちゃん――さて、識崎記。楽しいお喋りを続けようか」
「……私、別に楽しんでませんの」
「楽しんでるフリも出来ないの? 怪しまれるよ?」
「…………」
一体何をどう怪しまれるのかは定かではないが、斧乃木ちゃんは言った。
「早く猫を脱ぎなよ――衣を脱ぎ捨てなよ。そうすれば楽になるよ」
衣を脱ぎ捨てろとは、何と破廉恥なことを言うのだろう、けしからん!
と思ったけれど、また黙れと言われそうなので黙る。
「正体を晒したらどうだろう? 安心して、別に僕はそれについて怒らないし、殺したりもしないよ。折檻するかもしれないけれど」
比較的柔らかい物腰の癖に物騒なことを言う斧乃木ちゃん――折檻? 識崎ちゃんが何をしたというのだろう? 口には出さず疑問に思う。
「……そこ、左ですわ。そのあと真っ直ぐ行って、突き当たり」
「ああ」
僕はハンドルを切った――真っ直ぐ行けと言われたが、目の前にあるのは先の見えない一本道。家屋の影すらも見えない――それほどに長いということなのだろうか。
「識崎記。お前は何がしたいの? 鬼いちゃんを幻惑して――誘導して、何がしたいんだ」
僕を誘導して? ……ああ、僕を家に呼んで、ということか。いやいや、それについては分かりきっているじゃないか。この子は僕に恩返しがしたいのだと――。
「傀儡みたいに操ってさ――お前からは、蜘蛛の匂いがするのだけれど」
「…………」
蜘蛛?
……斧乃木ちゃんは何を言っているのだろうか。確かに僕は全面的に識崎ちゃんに従う姿勢を示していたけれど、何も傀儡とまで言わなくてもいいじゃないかと思う。
「ねえ、何か言いなよ。それとも何? これ以上何か喋ってボロを出すのを怖がってるの?」
「…………」
だんまりを決め込むのか、識崎ちゃんは喋らない――斧乃木ちゃんは挑発するように、お構いなく喋り続ける。
「だとしたらもう恐れなくていい。ここまでで散々ボロを出してたもの。これ以上出すボロなんて無いでしょ」
ボロとは何なのだろうか――いや、ボロの意味を知りたい訳ではなく、識崎ちゃんがどんなボロを出したのか、という話だ。出すようなボロがあるのか――?
斧乃木ちゃんは、何を言っている?
「だから喋りなよ。黙ってたら分からない。黙っていれば逃げることが出来ると思えば大間違いだぜ、識崎記」
「…………」
斧乃木ちゃんは尚も喋り続ける――それでも、僕のこめかみから人差し指を離そうとしない。
「お前の目的は、なんだ」
「…………」
車内に殺伐とした空気が充満していた。いくら喋るなと言われても、この空気の中運転するのは流石に耐えられない。僕は斧乃木ちゃんに言った。
「お、斧乃木ちゃん。喋っていいかい?」
「……いいだろう」
「窓、開けていい?」
「理由は」
「ほら、空気悪いから……ちょっとだけ換気したいんだけど」
「……許す」
許されたので、ぼくは車の窓を開けた。
開いた窓から冷たい空気が入ってくる――それと同時に、車の走る音がより大きく車内に入ってきた。
斧乃木ちゃんと識崎ちゃんは何も喋らない。何を思っているのか――僕にはまるで計り知れない。
……斧乃木ちゃんは、何を考えている?
……識崎ちゃんは、何を考えている?
……何も考えていないのは、僕だけか?
「……す……」
ん?
何か声が聞こえた――思わず僕は喋ってしまった。
「斧乃木ちゃん、何か言った?」
「何も言ってないよ――ねえ、そろそろ換気は済んだんじゃない? 窓閉めてよ」
「あ、ああ」
僕はパワーウインドウスイッチを押そうとした――集中パワーウインドウスイッチだ。運転手のみが扱える特権的スイッチである。
「――ろ――す――」
「……?」
風に混じり、また声のようなものが聞こえた――何だろう?
僕はブレーキを踏んでしっかり車を停止させてから、窓から顔を出して後ろを見た。そして――『それ』を見た。
「鬼いちゃん? 何勝手に車停めてるの? 早く――」
「斧乃木ちゃん、識崎ちゃん、シートベルト付けろ!!」
「え?」
「とばすぞ!!」
僕はそう宣言してから、アクセルを強く踏んだ。車はどんどん加速し、メーターは法定速度を超えたことを伝えた。
「鬼いちゃん、どうしたの?」
「……どうしましたの」
斧乃木ちゃんと識崎ちゃんが尋ねる――だが、僕はその問いに対し、答えを返すことが出来なかった。
考えなし、脳なしと言われる僕だけれど、理由もなしに法律を破るようなことはしない――ただ、気が動転して、答えるだけの余裕が無かったのだ。
忘れていた――『あれ』のことを。
車を出す前に聞こえた、微かな、しかし確かな、殺意に満ちた声を――!
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!」
またお前かよ――レイニー・デヴィル!!
[009]
気が動転したなどと述べたすぐ後でこんなことを言うのは強がりのように聞こえるだろうし、説得力の欠片もないだろうけれども、正直僕は、この展開にそれほど驚きを感じることは無かった。否、勿論驚愕したし戦慄したのだけれど、しかし始めにこの悪魔と遭遇した時の衝撃に比べれば、幾分か緩和されたものとなっているのは事実である。
再三再四。
同じことを繰り返すと、人というものは否応なく慣れてしまうものなのだ。繰り返しネタというものがあるけれど、あれだって、やりすぎると飽きられてしまうという矛盾を抱えている。
怪異も同じことである。既に二回――神原を含めると四回この悪魔に襲われている身としては、流石にもう慣れつつあるのだ。いやまあ、今回襲われているのは識崎ちゃんなのだが――斧乃木ちゃんは違うと言っていたか? あれ? まあいいか。
しかし慣れると言えども克服することはまた別問題、難題な訳で、トラウマとして脳裏に刻み込まれたこの悪魔を見れば、条件反射的に全力で逃げ出してしまうということは、決して矛盾したことではない筈だ。
「矛盾したことではなくとも、チキンであることの証明にはなるよね」
斧乃木ちゃんが言う。
別に否定する気もないし、僕がチキンであるという命題は、既にあの羽川が証明済み。故に、今更僕がチキンであるという情報が漏れようが何しようが、どうせ読者諸兄は把握済みだろうから気にしていない。
「……貴方が鶏であるということを羽川翼が証明したのは、貴方が地獄と呼ぶあの春休みの出来事ではなくて? あれ、まだアニメ化されてないですわ」
「迂闊だった!!」
そうだった! まだ傷物語はアニメ化されていないのだったーぁぁあっ!!
墓穴を掘った!!
ふざけんな、ただの自白じゃねーか――くそう、映画公開が延期されていなければ、こんな恥をかかずに済んだのに!
「シャフトさんが悪いように仰るのはいけませんことよ、阿良々木暦。有難くも貴方の黒歴史をより鮮明に見せるために延期という汚名を被ってまでクオリティアップに励んでくださっているのに。貴方は寧ろ感謝すべきですわ」
「黒歴史を鮮明に見せられたって、僕はどこに感謝すればいいんだよ」
そもそも人の黒歴史を大画面で見せるな。地上波で流されるのとどっちがいいかと問われれば、まあ微妙なところだけれど。
「それによかったじゃないですの。もう第1部の時期は決まりましたし」
……ん?
おっと、この流れは?
「映画『傷物語 Ⅰ 鉄血篇』2016年1月8日、全国ロードショーですわ」
「また宣伝かよ!!」
忍といい扇ちゃんといい、お前らは何に媚びてるんだ!
「全国共通特別前売券とムービーチケットは税込1300円。特典はオリジナルクリアファイルですわ」
「やめろ! 宣伝するな! 僕の黒歴史を拡散するなあ!」
「2015年10月9日より販売開始されておりますので、まだ購入されていない方は是非ご購入あれ。阿良々木暦が羽川翼のスカートの中身を詳細に描写するというお色気表現もありますわよ」
「それネタバレしちゃうともう殆どネタバレしたのと同義じゃないか!?」
それが黒歴史だって言ってんだよ!
「何を仰るやら。貴方よりも羽川翼の方がこの件に関しては黒歴史でしょうに」
ぐうの音も出ない。
そうか、改めて考えると、羽川のあんなシーンやこんなシーンも劇場の大画面で晒されることになるのか。
地獄じゃねえか。
「……急によく喋るようになったなお前」
斧乃木ちゃんが口を挟む。そう言われてみればそうである。
「いえ、別に。黙っていても確かにどうしようもないな、と思いましたもので。貴女が仰ったことでしょう? 斧乃木余接」
ああ、そういうことか。確かに斧乃木ちゃんはそんなようなことを言っていた。言われたことをちゃんと実践しようとしているとは、なんと素直な子なのだろうか。反抗期真っ最中であろう年齢の子にしては素直である。関心関心。
「お前も急に喋るようになったな脳なし。僕は一言も喋っていいなんて許可は出してないぞ」
「え? 人差し指外したから、そういう意味なんじゃなかったの?」
「無駄なところで深読みするな。もっと適切なところで深読みしろ」
適切なところ? どこだ?
「……もういいよ。どうせお前に何言ったって無駄ってことはよく分かったさ――黙っててよ鬼いちゃん。僕は饒舌になった識崎ちゃんと話したい」
「あら、私が話したいのは阿良々木暦ですのよ? 貴女と話したいなどとは一言も二言も三言も四言も五言も六言も七言も八言も九言も言った覚えはありませんの」
九言というか、苦言は呈したいですけれども――識崎ちゃんは言った。
「……お前、いい加減何がしたいのか教えてくれる? そろそろ僕の堪忍袋の尾が切れる」
「堪忍袋とは果たしてどの部位なのでしょう? 無学な私に教えてくださいまし」
「話を逸らすな。そんな部位無えよ。急に喋りだしてどうしたんだ」
「話など逸らした覚えはございませんの」
「会話してよ。そこじゃねえだろ反応するの。お前の意図を僕は聞いているんだ」
「……それよりいいのですか? 阿良々木暦」
「え?」
突如斧乃木ちゃんとの会話――会話になってたか? なってたのだろう。なってた――を切り上げ、僕に呼びかける識崎ちゃん。
「何がだい?」
「窓の外を確認してみては如何?」
「窓の外――」
運転中に脇見をするとはなんたる事か、とは思うけれど、ぼくは識崎ちゃんの言うがままに右を向いた。
斧乃木ちゃんは僕を傀儡と表現したけれど、ならば僕は傀儡であることに感謝した――もしもここで識崎ちゃんに促されなければ、僕の頭は、場合によっては吹き飛んでいたかもしれないのだから。
斧乃木ちゃんに閉めろと言われたが、悪魔の襲来に気を取られ、結局閉め忘れた窓。
その窓から見えたのは。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!」
「っ――――!!」
僕の愛車と並行して走るレイニー・デヴィルだった。
いや待て。
こんなに速いのか――本家自体もこんなに速いのか。嘗て僕が戦った(そして嬲られた)レイニー・デヴィルはまさしく駿足だったけれど、それは文字通り神原駿河の足を使っていたからだと思っていた。
だが、そうではなかったというのか?
悪魔の足――悪魔の脚力を、侮っていた――!!
「鬼いちゃん、頭下げて」
「え!?」
僕を睨む悪魔に圧倒され混乱の最中にあった僕は、斧乃木ちゃんに言われるがまま、僕は慌てて頭を下げた。運転中に前方を見ることを拒否する行動をとるなど言語道断もいいところだが、今は緊急事態ということで大目に見て欲しい。
混乱している時というのは意外と他人の言うことに従ってしまうものなのだから――ん?従う――?
何かが引っ掛かった――だが、その引っ掛かりはすぐに吹き飛んだ。頭上を通り抜けたかまいたちが如き風圧によって。
僕の頭上ギリギリを掠めた斧乃木ちゃんの肥大化した人差し指は、悪魔の顔面に直撃、粉砕した。頭部を失った悪魔は転げ、そのまま置き去りとなった。
「やれやれ、しぶとい猿だね――もうあれ、不死身の怪異ってことでお姉ちゃん呼ぼうかな」
「え? 斧乃木ちゃんって影縫さんを呼べるの?」
もしそうだとすれば斧乃木ちゃんへの態度を改めなければならない。媚を売らなければ。斧乃木ちゃんの怒りを買って影縫さんを呼ばれたが最後、僕はミンチより酷いことになるだろう。モザイク処理をされてしまう。
いや、僕のことは兎も角、もしも影縫さんが来たら、僕の妹が――。
「すぐに媚びを売るなんて発想が信じられないね全く。主人公にあるまじき態度だ――まあ安心してよ。僕からお姉ちゃんに連絡することは出来ない。逆は出来るかもしれないけれど」
「そうか……」
ほっとした。胸をなで下ろす。
「ふん、影縫余弦なら今北極に居るのでしょう? だとすれば、あの方ならどうせ呼んだところで来ませんわよ」
「お前もう隠す気無えな」
隠す気? 斧乃木ちゃんは何を言っているんだ?
……まあ流石に、ちょっと違和感はあるような気がしてきたけれども。
「これでもまだちょっととか、お前本当頭の中お花畑だな。本当に頭カチ割って中身を見てみたいよ」
「やめろ、死ぬ」
か、どうかは正直分からないけれど……いや流石に死ぬだろう。
死ぬよね?
「まあ貴方が死んだところで、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードが復活するのだから、身体が残っていれば生き返ることくらい造作も無いでしょうよ」
「まあ……」
手首から蘇らせるくらいだもんな、あいつ。身体まるまる残ってれば、そりゃあ手首より容易く蘇らせることが出来るだろう。
「鬼いちゃん、惚けてるの? それともガチ?」
「何を言うんだ斧乃木ちゃん。ぼくはいつだってガチだぜ。喋るときもボケるときも君のスカートをめくるときも」
「本当に捲ってんじゃねえよ。運転に集中しろ」
「いや、命懸けの体験をしたおかげで運転に慣れてきた。今なら片手運転だって楽勝だぜ」
「お前がやってるのは片手間運転だ。ナチュラルに童女のスカートを捲るとか、本当に頭おかしいんじゃないのかな」
「おいおい斧乃木ちゃん。僕の頭がおかしくなかった時なんて一時もないぜ」
「自慢するな」
自慢できることではない。そりゃあね。
誤解の無いように注釈を入れておくが、僕はちゃんと前を向いて運転している。あくまでも斧乃木ちゃんのスカートを捲っているだけで、中身はまだ見ていない。安心して欲しい。
「僕が安心できないんだよ。こんなことならあの悪魔にぶっ殺してもらっておけば良かった」
「おいおい酷いことを言うなあ。僕ら、親友だろ?」
「お前と親友になった覚えはない。どこまでいっても友達止まりだよ僕らは」
つーか親友だったらなんでも許してもらえると思うなよ。
斧乃木ちゃんは言った。
「でもさ斧乃木ちゃん。親友である八九寺は、僕の過激なスキンシップにも笑って応えてくれるんだぜ」
「過激って分かってるならやめなよ。あんまりやりすぎると鬼いちゃん、祟られるよ」
「八九寺に祟られる……ふっ、悪くない」
「まず手始めに家中の窓に蛞蝓やら蝸牛が粘液を塗りたくるだろうね」
「最悪すぎる……!」
殺される! 実の妹に殺される!
「そして嬲られた鬼いちゃんの死体を一瞥しながら僕は言うんだ。ざまあみろって」
「助けろよ!!」
「八九寺姉さんはそれを見てこう言うんだ。失礼、這いましたって」
「八九寺も粘液を塗るのか!?」
うーむ、それなら悪くないように思えてきたぞ。八九寺の粘液……いやこれ以上は駄目だ。R-18タグを付けなければならなくなる。
あくまでもこれは健全な小説なのだ。エロティシズムは一切ございません。
「じゃあ僕のスカートから手を放せよ。中身が丸見えのこの状況、どこにエロティシズムが無いっていうのさ」
「私はエロティシズムという言い方よりお色気という言い方の方が好みですわ。無駄に横文字を使う傾向には反対ですの」
「黙ってろ金髪。マジでさっきからどうしたお前、急に会話に参加しやがって」
確かに、そこは少し気になる。さっきまで黙っていた識崎ちゃんだが、あの悪魔が再来して以来、急に喋りだした。どんな心境の変化が?
「別に。私、斧乃木余接とも親交を深めたいと思い始めただけのことですわ」
「今更取り繕っても、だから、遅いんだって。まあもう聞かないけどさ。どうせ聞いても答えないだろうし」
取り繕う? 何を取り繕うというのだろうか? 斧乃木ちゃんもよく分からない……そろそろ僕がおかしいのではないのかと思い始めたぞ。
「それで合ってるよ鬼いちゃん。お前がおかしいんだよ」
「僕がおかしい……?」
どこがだろう? 別に僕は何も間違ったことはやっていないだろうと思う。僕のキャラ的に考えても、常識的に考えてもだ。
「お前のキャラなんて微塵も興味ないけれど、常識的に考えておかしな状況をあなたの左手が作っているということにまだ気付かないのかな。早く放せよ」
「あ、悪い」
僕はスカートから手を離した。そういえばまだ掴んでいたな。すっかり忘れてたぜ。
「もう僕の権限でお前を編集してやろうか。僕は編集長だぞ」
「あ、そういえばそうだった」
だとすれば今のはマズかったか――これでは僕の出番が本格的に削られる。いや、オフシーズンに出禁になった時点で相当削られているようなものだが――。
「正直お前、今回の件で大分ファン減ったと思うよ」
「知らん。これが阿良々木暦だ。僕は自分を偽らずに生きていたいね」
「格好良さげなこと言ってれば許してもらえると思うなチキン野郎。鳥並みの脳みそしか持ってねえ癖に」
「君の罵倒は本当にストレートだな……」
ひたぎみたいにカーブしないだけまだマシだけれども――カーブする罵倒ってなんだよ。
「私はチキンという言い方よりも鶏と言った方が好みですわ」
「お前はなんでそんなに横文字が嫌いなんだよ。金髪の癖に」
「日本文化を重んじているのです。何かおかしいことでも? 碧髪童女」
日本文化を重んじているのか。ならおかしいところは何もないな。ないのか? ないんだろう。ないったらない。
「ないったらないじゃねえよ……なんで僕がツッコミ役をやっているのさ。本来僕はボケキャラなんだけど」
「そりゃあ貴女。分かっているでしょう?」
「何がだよ」
「――
「っ!!!」
斧乃木ちゃんは動揺したように目を見開いた――だろうと僕は想像した。いや、実際に彼女がどんな表情をしていたかなんて計り知れない。表情を、感情を表に出さない斧乃木ちゃんの反応など、とても想像できる訳がない。
じゃあ何故そう思ったのかというと――僕が、そんな表情をしていたからだろう。
――キャラ外れ。
ルール破り。
怪異の――ルール違反。
それが何を意味するのか分かっていた筈なのに――痛い程、痛感していた筈なのに。
目の前に生じたのは――闇。
突然そこにあって、最初からそこにあったような――何もない『くらやみ』。
怪異を――世界を呑み込む、虚無の黒。
黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒。
「っ――――!!」
「っ!!」
僕は絶句した――よりにもよってこの状況で『くらやみ』が生じるなんて――!!
僕は慌ててブレーキを踏む――だが、悪魔からの逃走し、さらにその後調子に乗って上げたスピードが仇となった。
法律違反。
違反を犯した者を罰する――意外でありながら、どこまでも状況にぴったりであった。
「そのまま二人仲良く、消えてくださいまし」
二人仲良く――消えろだと?
識崎ちゃん、君は、一体――!?
「鬼いちゃん!」
「な、なんだ!」
「僕、鬼いちゃんの筋肉が見たいな!」
「この状況で欲望に走るな!!」
今僕らは着実に闇に向かって走ってんだよ!! 危機感持ってくれ!!
僕は思わず目を瞑りかけた――こんな終わりなんて。こんなことなら、もっと主人公らしくしておけば良かった。あと、斧乃木ちゃんのスカートの中身を見ておけば良かった――!!
念じるしか僕に出来ることはなかった。念じたところで、祈ったところでどうこうなるような相手ではないことは重々承知なのに――。
車は減速するものの、闇は迫る――もう、駄目だ――!!
さようなら、千石、神原、火憐ちゃん、月火ちゃん、扇ちゃん、羽川、ひたぎ、忍――。
[010]
「――――あれ?」
思わず間抜けな声が出た。どれだけ走っても、意識がちゃんとある。
いや、暗闇に呑まれたあと、もしかしたらちゃんと意識はあって、呑まれた側は気付かないのかも――などと思ったが、それは無いなとすぐに考えを改めた。
あれ?
僕はまたまた愕然としてしまった――目の前にあった広大な闇は、何故か一瞬のうちに無くなっているではないか。いや、世界を切り取り、無くしたように見える『くらやみ』なのだから、世界が元通りに修正されたというか――。
まさか、僕の祈りが通じたのか?
あれ、そんな話の通じるやつだったのか?
「そんな訳無いだろう」
助手席から斧乃木ちゃんが言う――思わず見てしまったが、その顔はいつも通り平然としている。霧氷のように冷めた無表情。
だが、そんな訳無いなら、どういう訳なんだ?
「『あれ』は僕がキャラから外れてしまったから生じた――なら、ボケキャラとしての本分を果たせば、『あれ』は消える」
「――――!!」
そ、そうか――そうだった。
『あれ』はそういうものだった――ルール違反を許さないとは言えど、再びルールを守れば見逃してくれるものなのだった。
「そういう点では随分と優しいね――なんて、正直全く思えないけどね」
斧乃木ちゃんの言う通りだ。僕も『あれ』を、認めたくはない。いや、視覚的には認めたくても認められないのだけれど――『あれ』はどこまでいっても、ただの『くらやみ』でしかないのだから。
忍を罰し、八九寺を追い詰め、扇ちゃんを罰しようとした『くらやみ』――幾ら世界のルールだなんだと言われたところで、僕は納得いってない。
全く。
とまあ、『くらやみ』を見事乗り越えた僕らだが、その後僕はアクセルを踏むことはなかった。
別にこの車のアクセルだけ『くらやみ』が呑み込んだとかそういう訳ではなく、純粋に、目的地に到着したからである。
『くらやみ』の所為で見えなかったのか――『くらやみ』が晴れた僕の目に映ったのは、巨大な屋敷であった。
いや、屋敷、というか――『元』屋敷というか。
「し、識崎ちゃん――もしかして、これ?」
「……これですわ」
いやはや全く驚いた――今日は驚きっぱなしである。平常心の阿良々木暦はどこへ行ったのか。
目の前にあったのは、ボロボロに朽ちた屋敷――識崎ちゃんには悪いけれど、言ってしまえば、それはもう廃墟と呼ぶべきものであった。
「……君、本当にここで住んでるの?」
「本当にここに住んでいますの。悪いでしょうか?」
「いや、別に悪くはないけど――」
僕はエンジンを止め、車から降りた。
むう……どこからどう見ても廃墟である。老倉の家よりは大きい――屋敷という表現はあながち間違っていなさそうだ。
「これがお前の家? ボロいね。ボロっちいね。今にも崩れそうだよ。ウケるー」
車から降りるなり斧乃木ちゃんは開口一番にこの屋敷を貶した。いや、ボロいのは認めるけれど……ウケるって。エピソードじゃねえんだから。
「斧乃木ちゃん、少しは気遣いってもんを……」
「気遣い? おかしなことを言うね。こいつは僕らを嵌めて消そうとした奴だよ? どうしてそんな奴に気遣いなんて要るのさ」
「…………」
車のドアを開け、降りてきた識崎ちゃんを、僕は見る。
――そのまま二人仲良く、消えてくださいまし。
流石に今回ばかりは言い訳のしようがなかった――自分に言い訳のしようがなかった。
偽りなく生きていたいとは言ったものの、結局僕は自分を偽った――僕は識崎ちゃんを疑いたくなかったのだ。この一連の黒幕が、彼女であるかもしれないということを――。
その所為で、八九寺や斧乃木ちゃんに多大な、取り返しの付かない程の迷惑を掛けてしまったが――しかし、事ここに至っては、最早どうしようもなかった。
識崎ちゃんは、僕らを睨んだ。
猫を脱ぎ捨てたように――衣を脱ぎ捨てたように。
本来の姿を、晒し出した。
「……予想外でしたわね」
識崎ちゃんは言う。
「まさかトラップを全部回避されるなんて――レイニー・デヴィルも、『くらやみ』も」
「識崎ちゃん、君は一体何者なんだ?」
僕は識崎ちゃんに聞いた。
先程まで斧乃木ちゃんが必死に尋ねていた質問だ――とうとう僕がする時が来た。
「……いいでしょう」
識崎ちゃんは僕らの横をすり抜け、屋敷の扉に手を掛けた。
ガタン、と音を立てて、扉が開いた。
「……お入りなさい。阿良々木暦、斧乃木余接――ここまで来れたご褒美ですわ。ミルクティーの一杯や二杯や三杯や四杯や五杯や六杯や七杯や八杯や――九杯くらい、淹れて差し上げるわ」
識崎ちゃんは屋敷の中に広がる闇の中に消えた。
後に残されたのは、僕ら。斧乃木ちゃんと、僕――。
「……どうする? 鬼いちゃん」
「どうする、って」
「今なら逃げられるよ」
斧乃木ちゃんは僕の車を指差した。奇跡的なことにどこも傷付いていない、新品同然のニュービートル。
「僕はまあ、あいつを敵と認識したから入るけど――鬼いちゃん。貴方はここまで確かに深く関わってしまったけれど、まだ引き返すことができる」
斧乃木ちゃんは言う。僕を諭すように。
「戻るか、それとも愚かにも進むのか――決めるのは、鬼いちゃんだ」
賢明な判断をするのか。
それとも、愚かな判断をするのか。
……僕にとってその二択は選択肢でさえなかった――考えるまでもない。始めから決まりきっている。
僕という愚かな男が選ぶ選択肢なんて。
愚かな選択なんて。
「……行こう。斧乃木ちゃん」
僕は足を踏み出した。
ここまで散々主人公らしからぬ、無様な姿を晒したのだ――ならばここからは、格好良い姿を読者諸兄にお見せしなければなるまい。
人気なんて、どうでもいい。
ただ僕は、一人死地へと向かおうとする童女を、放っておけないだけの愚か者だというだけの話だ。
「……まさにキメ顔でそう言った――って感じだね、鬼いちゃん」
斧乃木ちゃんはそういうと、足を踏み出した。
キメ顔なんてそんな痛い真似、僕には出来ない。
生半可に痛い行動をするくらいなら、全力で痛々し過ぎる行動を僕はとる。
斧乃木ちゃんを守る――そういう意味を込めて僕は斧乃木ちゃんの手を握ろうとしたが、いつもの癖でスカートの端を掴んでしまった。
「…………」
「…………」
格好つかないこと甚だしかった。
■ 以下、豫告 ■
「私だ。
「私ということはつまり、手折正弦であるということなのだが――果たしてそれを天国にいる私を正弦とするか、人形の私を正弦とするかのどちらととるかは、読者諸兄にお任せしよう」
「まさか次回予告に私がキャスティングされるとは、全く長生きしてみるものだ。長生きとはつまり、天国で悠々自適に過ごし続けているということなのだが。
「何かを話せと言われても私に話すことなんて何もない。話すとすれば精々不死身の怪異についてか、折り紙についてか、余接についてかのどれかしかない。
「読者の期待に沿ってみたいところではあるが、しかし残念なことに私は読者の意向を汲むことはできない。ならば私の好きに話せば良いと言われるだろうが、しかし私が話したいことなど何もない。
「挙げたのはあくまで話すことが出来る話題というだけであり、別に私が話したいことなどでは決してないということをまず理解して頂きたい。
「強いて話すとするならば余接の事だろうが、しかし私の知る余接と今の余接は随分とキャラが違うと言うではないか。
「キャラが変わるのが余接のキャラとはいうものの、昔と変わってしまうというのは、昔を知る者としては少々寂しさを感じずにはいられない。
「だが、それこそ余接が人間であろうとしている証であり、あいつはあいつなりに成長しようとしているということだ。だからこそ怪異は美しいし、余接もまた美しい」
「次回、衣物語 しるしメイク 其ノ參」
「しかしながら今のキャラに賛成か反対かと聞かれれば、私は賛成とは言い辛い。これからもキメ顔を続けて欲しい」
■ エンドカード ■
しるしメイク 扉絵風
【挿絵表示】