八咫烏は勘違う(旧版)   作:マスクドライダー

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鈴ちゃん登場な回。
なお箒と同様、原作以前は出番が少ない模様。



どうやら、今年中には原作には入らない事が確定したみたいです。
年内には残り2回、27日と31日に更新します。




第8話

 春といえば、出会いと別れの季節と言う。実際のとこ、俺はモッピーとお別れしたばかりだ。それで春休みが開けて、晴れて進級したのだけれど……。それすなわち、クラス替えを意味する訳で。イッチーは俺の事情を配慮してか、当然の如く俺と同じクラスだ。問題は、俺の隣に居るこの子なんだよ……。

 

「…………。」

「な、何よ……。」

 

 チラリと隣の席を眺めると、そこに座っているのはツンデレチャイナガールこと凰 鈴音ちゃんである。俺の視線を感じたらしく、鈴ちゃんは少しばかりカタコトな喋りで返してきた。日本に来たばっかりだからね、しょうがないね。っていうか、カタコトの方がちょっと可愛いし。

 

 ……って、女の子の話になるとすぐに脱線してしまう。何が言いたいかって、おかしいよね?なんでよりによって、俺の隣に座らせるんでしょうか。転入したばっかりで、こんなのの隣の席にされるとか……俺だったら心が折れる。担任の先生が、藤堂の隣が空いてるな~なんて言って……。

 

 違うんです、俺の隣は空いてるんじゃ無くて、空けさせてもらってるんです。イッチーを除いて、俺としては隣の席には人間が居ない方が楽だ。された方もされた方で、可愛そうだからね……。つまりは、鈴ちゃんは超絶可哀想な事になってるって事だ。う~……なんか、色々と計画がだだ崩れだよ。

 

 鈴ちゃんと円滑に仲良くなるためには、始めは極力関わらないでおこうと思っていたのに。原作イベントにて、イッチーが鈴ちゃんをイジメから助けるわけだ。そうすればイッチー経由で、少しはマシな出会いが鈴ちゃんと出来る……ハズだったんだけどなぁ。今からどうやって仲良くすればいいか、想像がつかないぞ。

 

 それよりも、俺のせいで鈴ちゃんが目を付けられる気しかしない。かといって、喋る事すらままならない俺は力にならないだろう。何気に詰んでる気すらするね。ここから更に、鈴ちゃんはイッチーの事を好きになる訳で。そしたら鈴ちゃんは、イッチーと行動を共にする俺を敵視するだろうし……。

 

 その問題もあるけど、イッチー自体も問題があるんだよなぁ。なんというか、俺のせいでイッチーの社交性が息をしていないんです。何かとイッチーは、俺に対して過保護だ。なんかこう……俺やちー姉以外はどうでも良い感が滲み出ている。そりゃもちろん、イジメが起きていたら止めに入るだろうけどさぁ。

 

 多分イッチーは、黒乃の敵は俺の敵みたいな思考回路になっているはずだ。それで鈴ちゃんが俺に対して否定的な態度を取るとすれば、大変な事になるのが目に見えている。考えれば考えるほどマズイ……。俺の存在のせいで、軽くメインヒロイン1人が離脱してしまう可能性があるなんて……!

 

「じゃ、この問題を……凰。」

「は、はい!」

「この問題を解いてみてくれ。早く日本語にも慣れないとな~。」

「えっと……。」

 

 とか考えていると、隣の鈴ちゃんが先生にあてられた。現在は算数の時間で、今はいわゆる文章題を解いている最中だ。Aさんは、〇〇円のリンゴを3個買いました……的な奴。先生の言い分も解るが、日本に来て日が浅い鈴ちゃんには酷な話しだろう。え~っと、なになに……。

 

 黒板の問題をきちんと確認した俺は、ノートの端に式と答えを記入する。そしてそのまま、軽く机を指先でトントン叩く。それに気づいた鈴ちゃんは、さっき俺がしたようにチラリと様子を窺う。ばれないようにする為か、こっそりと俺のノートを覗き込む。しばらくして鈴ちゃんは、黒板に向かって歩き出した。

 

 鈴ちゃんはチョークを手に取ると、俺がノートに書いた通りの式を黒板にスラスラと書いていく。本当はこういうの、鈴ちゃんの為にはならないんだろうけど……。ま、鈴ちゃんも日本語に慣れればこの程度の問題は造作も無いだろう。そうこうしている間に、鈴ちゃんは黒板の問題を解け終えた。

 

「え~っと、ダイジョウブですか?」

「おっ、よく勉強してるな……偉いぞ~。凰の解いた通り、この問題は……。」

「……ねぇ。」

「…………。」

「……ありがと。」

 

 鈴ちゃんは、授業を続ける先生を尻目に俺へと礼を言った。……グッド!その少し不本意ながらみたいな礼の良い方……パーフェクト!欲を言えば……べ、別に教えられなくったって解ったんだからね!……ってな具合に強がってくれればなおよろしい。ふむ……それにしても、今のはファインプレーだったのかもな。

 

 打算的発想は全くなかったけど、結果的に鈴ちゃんに感謝されたわけだし。親切身を滅ぼす、なんて言ったりするけど……やっぱり人の為になる事はやっていった方が良いね。それでなくても、他人に迷惑をかけてしまう身体なのだから。とにかく俺は、授業そっちのけで鈴ちゃんと仲良くなる計画を立てていくのだった。

 

 そして時間は過ぎて、放課後になった。なのに、俺は絶賛放置プレイをくらっている。なんかイッチーが、他の教室に忘れ物したとか。それで、すぐに取ってくるから教室で待っててくれってさ。な~んか知らないけど、本当にイッチーから待ちぼうけさせられる事が多いなぁ。別に先に帰っても良いんだけど、あの子機嫌悪くなるからね。

 

 もしかしてイッチー、俺の事が好きなの?俺は一応だけど『藤堂 黒乃』としては生きているけど、イッチーに好かれる事はした覚えはない。ま、多くの時間を互いに過ごしてるから……。多分だけど、ホームシックと同じで俺に帰巣性でも感じているんだろう。いや、それもそれで問題か……。

 

「おら、笹食えよ笹!」

 

 どこかで聞き覚えのある台詞が、チラッと教室の奥の方から響いた。え……?今のって、もしかしなくても『アレ』だよね?例のシーンだよね……?な、なんてこった……よりによって今日かよ!思わず俺は立ち上がって、コソコソと奥の方へ足を進める。すると案の定、鈴ちゃんが数人の男子にからかわれている。

 

 あわわわわ……。ろくに対策すら浮かんでないのに、どうしてくれようか。イ、イッチー!イッチーはまだか!教室の入口の方へ振り返ってみても、イッチーが現れる気配なし……。やっぱり、俺が出ていくしかないのか?でも……俺もイジメられてるみたいなもんだ。

 

 そうすると、火に油を注いでしまうよな?あぁ……でも、このまま見過ごすわけにもいかないし。けど、争い事に巻き込まれたくない……ってのも本音だし。俺が心の中でウンウンと唸っている間も、鈴ちゃんは男子にからかわれ放題だ。え、ええい!俺には、見ているだけなんてできない!

 

「うん……?げっ、藤堂!?」

「アンタ……。」

 

 調度良いや。隠れて見てたけど、男子の1人に見つかってしまう。それを拍子に、俺は物陰から姿を晒す。落ち着け、あくまで俺はイッチーが駆けつけるまでの繋ぎだ。その間は、イジメいくないって視線で男子達を見続けるしかない。……って、あれ?おかしいな。なぜ俺が一歩踏む度に、一歩下がるんだい?

 

 男子達ならまだ解るよ?けどね、なんか鈴ちゃんも引いてるんですけど。俺、まだ何もしてないですぜ。いや、別に何かするつもりもないけどさ。俺は鈴ちゃんの前まで出ると、そこで足を止めた。すると、男子達も足を止めた。なんなのさ、お兄さん泣いちゃうゾ。

 

「な、なんだよ……邪魔すんじゃねーよ!」

「そ、そうだ!何のために学校に来てるか解かんねぇくせに!」

「つーか、学校来んな!お前気持ち悪いんだよ!」

 

 うぉう、最近の子供は辛辣な事を言うねぇ。お兄さん軽くショックだ。でもね、君達……言って良い事と、悪い事ってあるんだよ?そうやって悪ぶるのも良いけれど、もう少しは言葉を選ぼうよ。……と訴えるような視線を送ってみる。すると男子達は、またしてもその場から少し引いた。

 

「くそっ!痛い目みないと解らないみたいだな!」

「っ!?危ない!」

 

 いや、だからまだ何もしてないじゃん!?そんな事を言いながら拳を握られたって、俺は困惑するしかないよ。でもって鈴ちゃん。気持ちはありがたいけど、俺を庇ってくれなくても良いのに!鈴ちゃんは俺を押し退けて、両腕を大きく広げて盾になろうとする。慌てて体制を戻すが、もうすぐ鈴ちゃんが殴られる寸前だ。

 

 しかし、横入りした誰かがパシッと男子の拳を掴んで止めた。そちらの方へ目を向けると、そこに立っていたのはイッチーだった。イッチー……アンタやっぱりイケメンだよ!タイミングがイケメン過ぎだ!流石に主人公は格が違ったってわけだな。

 

「お前ら、黒乃に何しようとした……?」

 

 おっふ、やはり鈴ちゃんに目が行ってないご様子!ど、どないするか……。これで、鈴ちゃんにフラグが建ったかどうかが問題なんだけど。そんな事より、イッチーが今にも男子達に殴りかかりそうだ。変に波風立てなくったっていいんだよ……イッチー。こんな時に何が大事かって、騒ぎにしない事です。アイアム・事なかれ主義者!

 

 俺は急いでイッチーと鈴ちゃんの手を掴むと、教室の外へと走り出す。2人ともそれぞれの都合で、ギャーギャーと騒いでいるがそれは無視!私には何も聞こえんぞ……。とにかく下駄箱の前まで、必死で足を動かしていく。俺が止まったのを確認すると、2人は一斉に俺へと非難を浴びせた。

 

「黒乃、階段まで手を離さないのは止めろよ!?転げ落ちるかと思っただろ!」

「本当よ、どういう神経してんのアンタ!?」

 

 鈴ちゃんが転入して以来は、イッチーと特別会話をしてるのは見かけなかった気がするけどな。この2人、異様に息がピッタリじゃないか。本人達もそれが可笑しいようで、顔を見合わせて互いに微笑を浮かべた。俺への文句はまだあったみたいだけど、事の経緯を鈴ちゃんがイッチーへと説明してくれた。

 

「そっか、そんな事があったのか。」

「ええ、でも大丈夫よ。その子が助けてくれたから。」

「ああ、黒乃は頼りになる奴だからな!」

 

 助けたってか、別に俺は何もしてないんだけどねぇ。そのせいか、2人から送られる眼差しを素直に受け取れない俺が居る。まぁ……鈴ちゃんがそう言ってくれるなら、それはそれで万々歳って事で良いのかな?そう思っていると、鈴ちゃんが俺の目の前で手を差し伸べた。

 

「アタシ、凰 鈴音。さっきは本当にありがとうね。そっちのアンタも。」

「俺は、織斑 一夏。よろしくな。」

「藤堂 黒乃。」

 

 おお、名乗る事が出来た!地味に嬉しいな、これ。俺も驚いているけど、イッチーはもっと驚いてるらしい。事情を知らない鈴ちゃんは、不思議そうに俺との握手を交わしている。しかし、柔らかい手だなぁ……。何だろうか、幼児にも勝るプニプニ感……素晴らしい!

 

「えっと、なんかあったの?」

「そう……だな。黒乃の事情は、また今度話す。それで、凰だっけ?家って何処なんだ?一緒に帰ろうぜ。」

「鈴で良いわよ。途中まで同じ道と思うから、3人で帰りましょうか!一夏に、黒乃!」

 

 イッチーも鈴ちゃんも、コミュ力高いよね。俺だったら、会って間もない人と一緒に帰ろうなんて思いすらしないけど。2人に限っては、一方的な知り合いと言うかなんというか。人となりは嫌でも知ってるから、何の問題もない。それにしても、すんなり仲良くなれて良かった良かった。

 

 これで何の滞りも無く、毎日を過ごす事が出来そうだ。そうしている間にも、2人は靴を履きかえたみたいだ。イッチーに大声で名前を呼ばれたので、俺も急いで2人に続く。何気に原作イベントをこなしたのって、これが初めてじゃないかな。……いろいろと気を遣う。そんな事を学んで、また1つ賢くなった俺氏である。

 

 

 

 

 

 

 親の都合で知らぬ土地である日本に越してきて、凰 鈴音は早々に心が折れそうな状況にあった。なぜかと聞かれれば、大きな要因としては隣の席の人物のせいであろう。鈴音の隣の席は、藤堂 黒乃と言う名の少女だ。彼女の何が問題かと聞かれれば、謎の一言に尽きる。

 

 全く喋らないかと思えば、全く表情を変える事すらない。初めて隣の席に着いた時も、会釈のみで済まされてしまう。鈴音は、黒乃の声を1度たりとも聞いたことが無い。それはクラスの大半に言えた事なのだが、鈴音にはそれを知る由もないだろう。他の女子に聞いても、塩対応しか返ってこない。

 

 凰さんも無視していいよー。……なんて言われた日には、事情を知らない鈴音もムッときたものだった。とはいえ……海外から転入して来て、ファーストコンタクトが黒乃なのは災難としか言いようがない。鈴音が心の中で溜息を吐いていると、隣から視線を感じた。

 

「…………。」

「な、何よ……。」

 

 チラリと横を見てみると、同じくチラリと黒乃も鈴音を見ていた。驚いた鈴音は、少しキツイ対応をしてしまう。鈴音が何よと返せば、黒乃は視線を黒板へと戻す。コレを見た鈴音は、やってしまったと後悔を露わにする。鈴音は別に、黒乃を毛嫌いしているのではない。むしろ、仲良くなりたいと思っていた。

 

「じゃ、この問題を……凰。」

「は、はい!」

「この問題を解いてみてくれ。早く日本語にも慣れないとな~。」

「えっと……。」

「…………。」

 

 先生に当てられて、鈴音は困惑する。質問の内容は、文字式を解いてみてくれとの事。鈴も中国では文句なしで頭は悪くない方だったが、日本語独特の言い回しに問いの解釈がし辛い。すると、今度は隣から机をノックするような音が聞こえた。様子を窺って見ると、黒乃がノートの端に式と答えを書いてくれていたのだ。

 

 鈴は手早く式と答えを記憶すると、黒板に向かって踏み出す。半ばカンニングも同様の為に、不正がばれないかと鈴は内心でドキドキとしていた。ぎこちない様子で黒板の問いに答えて見せれば、あまり自信なさそうにチョークを置いた。先生の様子を窺うかのように、鈴オズオズと問いかける。

 

「え~っと、ダイジョウブですか?」

「おっ、よく勉強してるな……偉いぞ~。凰の解いた通り、この問題は……。」

「……ねぇ。」

「…………。」

「……ありがと。」

 

 鈴音が黒乃と仲良くなりたいと思えるのは、こういった点に関してが大きかった。言葉や表情は二の次として、単純に黒乃は優しい。これまで何度も助けられたし、世話を焼くような行動も良く見かける。それだけに、感じの悪いありがとうしか言えず鈴音はまたしても後悔を覚えた。

 

 そうして今日も、特に黒乃との仲は進展しない。放課後になると、いつも1人の男子が黒乃を引っ張っていく。そのせいか、鈴音は放課後にチャンスは無いと思っているのだろう。だからこそ、黒乃よりも先にせっせと帰ろうとした時だった。数人の男子が、鈴音の行く手を阻んだ。

 

 何の用かと聞く間もなく、鈴音は教室の奥へと引き込まれてしまった。男子全員が下卑た笑みを浮かべていた事から、だいたい予想はついていた。いわゆる、ちょっかいという奴だ。次々とからかうような言葉を投げかけられるが、鈴音は黙ったままだ。こういう手合いは、相手をするだけ無駄だと解っているから。

 

 ただ、平気かどうか聞かれれば……それはノーだ。気が強い性質の鈴音とはいえ、女の子である。馬鹿らしいとは思っていても、悪気しかない言葉はかなりショックだ。でも、こういった連中はムキになると面白がる。だからこそ、解放されるのをジッと待っていた。しかし、男子の1人が何かに気が付いたようだった。

 

「うん……?げっ、藤堂!?」

「アンタ……。」

 

 苦い顔をしながら、男子は驚いたような声をあげた。鈴音も振り返ってみると、そこには確かに黒乃が立っている。黒乃が見据えているのは、男子達のみ。その瞳はどこか怒気を孕んでいて、男子達はグッと息をのむ。そして黒乃が歩を進め始めた途端に、押し潰されそうな重圧を感じた。

 

 その重圧は黒乃が接近するにつれ、徐々に勢いを増していく。そのせいで男子達は、黒乃が一歩踏む度に、一歩下がらずにはいられなかった。敵意を向けられていない鈴音ですら、なにか息が苦しくなる感覚になる。巻き込ませまいと思っていた鈴音だったが、その背を見守る事しかできない。

 

「な、なんだよ……邪魔すんじゃねーよ!」

「そ、そうだ!何のために学校に来てるか解かんねぇくせに!」

「つーか、学校来んな!お前気持ち悪いんだよ!」

 

 すると男子達は、今度は黒乃に罵声を浴びせた。自分よりもよほど酷い事を言われているのに、黒乃は全く動じない。それどころか、まだ男子達を睨む余裕もあるらしい。背中を見ているので定かでは無いが、鈴音はまたしても威圧感を感じた。

 

 しかし黒乃の背を見ていると、不思議な事に安心する。鈴音には、黒乃の背が大きく見える。きっと黒乃は、守る事に慣れているのだろう。だからこそ鈴音は、守ってられてばかりではいられない。小学生とは言え、鈴音は小さな体躯に大きな度胸を秘めている。

 

 自分はとにかく、黒乃への暴言だけでも何とかせねば。鈴音が言い返そうと思っていると、あろう事か男子の1人が黒乃を殴ろうとする。それでも黒乃は、動こうとしない。鈴音は自分でも体が勝手に動いて、黒乃を押し退け男子の前へ立ちはだかる。痛みを覚悟し、鈴音は目を閉じた。

 

「お前ら、黒乃に何しようとした……?」

 

 いつまでも殴られないと思えば、すぐ隣でそんな声が聞こえた。ゆっくり目を開けると、そこにはまた別の男子が居る。その男子は、キツイ表情で拳を受け止めている。鈴音は、この男子に見覚えがあった。いつも黒乃と一緒に居る男子だ。近くで見るのは始めてだが、鈴音にはその横顔が輝いて見えた。

 

 そうやって少しボーッとしていると、黒乃に腕を引っ張られる。とんでもないスピードで黒乃が走るせいか、ろくに抗議する暇すら与えて貰えない。とにかく、余計な事は考えずに走るのみに集中する。それでなくても着いていくだけで大変なのに、気を緩めしだい転倒してしまうのは目に見えていた。

 

「黒乃、階段まで手を離さないのは止めろよ!?転げ落ちるかと思っただろ!」

「本当よ、どういう神経してんのアンタ!?」

 

 黒乃が止まると同時に、鈴音は男子に続いて文句をぶつけた。ほぼ初対面なのに、どこかしっくりくるこの感じ……。鈴音は、男子と顔を見合せ微笑む。それは後にして、この男子にも状況を話さねばならない。鈴音は順を追って、事の顛末を伝える。

 

「そっか、そんな事があったのか。」

「ええ、でも大丈夫よ。その子が助けてくれたから。」

「ああ、黒乃は頼りになる奴だからな!」

 

 黒乃を褒めているのに、男子はどこか自慢気に胸を張ってみせた。しかし、この男子にも助けてもらったのも事実だ。そう言えば、黒乃ともキチンと挨拶をしていなかった気がしてきた。今ならば、素直に自分の気持ちが伝えられそうだ。鈴音は、黒乃へと手を差し伸べる。

 

「アタシ、凰 鈴音。さっきは本当にありがとうね。そっちのアンタも。」

「俺は織斑 一夏。よろしくな。」

「藤堂 黒乃。」

 

 ようやく黒乃の声が聞けて、鈴音はパッと表情を明るくした。嬉しそうに黒乃の手を取るが、どうにも一夏の様子が変になる。それはもちろん、黒乃が声を出したからだ。これがどれだけ希少な事か、鈴音は理解ができていない。あまりに不自然な一夏の様子に、自然に口から疑問がこぼれる。

 

「えっと、なんかあったの?」

「そう……だな。黒乃の事情は、また今度話す。それで、凰だっけ?家って何処なんだ?一緒に帰ろうぜ。」

「鈴で良いわよ。途中まで同じ道と思うから、3人で帰りましょうか!一夏に、黒乃!」

 

 鈴音は、日本に来て初めて心から笑えた気がした。黒乃と一夏、よく解からない2人ではある。しかし不思議と、この2人とは長い付き合いになる気がしたのだ。なんとなくの勘に自信がある鈴音は、1人首を頷かせる。そうして家へと帰った鈴音は、母親に満面の笑みで告げた。

 

「お母さん、アタシね……友達が出来たの!」

 

 

 




黒乃→いじめっ子諭そうとしてるのに引かれる……どういうこった。
鈴→この子、威圧感だけで圧倒してる……。

前書きでも原作突入までに触れましたが、私の見込みではまだまだかかりそうです。
ですので、来年からは更新ペースを上げようと思います。
具体的に言えば、週2回ほど更新できればと……。
年内は週1回更新のペースでいきますが、あしからず。
今年も残すところ後わずか、皆さん健康に気を付けて頑張りましょう。

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