八咫烏は勘違う(旧版)   作:マスクドライダー

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主人公の専用機登場な回。
今回は無駄に長ったらしくなっております。
ほぼ専用機の説明回ですが、それでもまだ書ききれていないんです……。
取りあえずは、専用機がどんな仕様かという事だけ書いてます。






第18話

 俺が代表候補生になる事が決定してから、とにかく忙しいの言葉に尽きる。国の認可やら選手登録やら……何が大変だったかって、代表候補生としての振る舞いを延々説明されたのはきつかった。丸一日使ってやるもんじゃないでしょ……。まぁ、それももうすぐ終わりを告げる。

 

 最後に残されたのは、専用機の譲渡だ。聞いた話によると、俺に専用機を渡したいってところが1件しかなかったとか……。とんでもなく寂しいってか、選択肢が1つしかないってふざけんなと。オーソドックスな性能の機体だと良いんだけれど。

 

「しっかし、アンタもついてるわよねぇ。あの近江重工から声がかかるなんてさ。」

 

 車を運転する昴姐さんは、そんな事を呟いた。近江重工……戦後から日本の機械部品や電子部品……工業をひっくるめた諸々を支えてきたとされるエラ~イ企業である。最近は勿論のことIS産業にも乗り出していて、特に基盤といったような内部部品におけるシェアは凄まじい。

 

 全てを近江グループが担っている訳でも無いが、それでもシェアは世界的に見ても軽く7割は超える……ってウィ〇ペディアに書いてあった。そこらを評して、昴姐さんはついていると言ったのだろう。内部部品を作る会社がISを組んだって、それはいわゆる宣伝効果を狙っての事だろう。

 

 だとすれば、それを渡される俺は期待されていると思っていい。だから嫌なんだよ……。人から期待されるとか、苦手とする分野の1つだ。くれるなら有難く貰っておくけど、負け続きで剥奪とか言われたらどうしよ。今はその近江重工の総本山に向かってるんだが、もう今から胃が痛くて仕方が無いよ……。

 

「お~……でっけーでっけー。アタシも近づくのは初めてだけど、見上げるのに首が疲れちまう。」

 

 俺が自分に大丈夫だと言い聞かせている間に、車は目的地へと辿り着いてしまう。昴姐さんは、どこか無邪気な様子で巨大なビルを見上げた。俺は現実逃避したいので、直視はしませんよ……。そうやって昴姐さんを見ていると、催促されていると思ったらしく咳払いをして歩き出した。

 

「え~っと、確か案内役がだね……っと、居た居た。ゴホン!お待たせ致しました。わたくし、この子の指導をさせて頂いている者で、対馬 昴と申します。本日はお招きいただいて、大変ありがとうございます。」

「ご丁寧にどうも。私は社長秘書を務めています。名は常盤(ときわ) (つぐみ)です。以後、お見知りおきを。」

 

 入り口付近で俺と昴姐さんを待ち受けていたのは、いかにも仕事のできる女といった風体の……20代後半から30代前半ほどの女性だ。適度の長さの黒髪を、ローポジションのポニーテールにしている。他は……黒縁眼鏡に胸は……無いけど、腰つきがセクシー……エロいっ!

 

 後は、どうやら既婚者……チッ!左手には輝くリングがはめられていますよ……チッ!どこの誰だ、こんな綺麗な人を貰ったド幸せな野郎は……。沢山の親戚一同に囲まれながら末永く爆発しろ。それはそれとして、鶫さん……なぁ。……止めとこ、綽名とかつけないでシンプルに鶫さんでいいや。

 

「早速ですが、社長がお待ちです。藤堂様、対馬様、こちらへどうぞ。」

 

 仕事モードに切り替わっている昴姐さんでも、様呼びはむず痒いらしい。背後に立っているから解るけど、ばれないように背中をバリバリ掻いてるもの……。まぁ……プロだよね、鶫さん。所作って言うか雰囲気って言うか……何を取っても秘書そのものだ。

 

 そんな事を考えながら長いエレベーターに乗ると、どうやら最上階に辿り着いたみたいだ。社長室って、どうして高い所にあるんだろうね……素朴な疑問。それは良いとして、鶫さんに先導されて社長室の前に行く。鶫さんが丁寧な様子でノックして見せれば、いよいよ社長とご対面だ。

 

「失礼します。社長、お2人をご案内……って、人と会う時は白衣は止めてくださいと何度……。」

「くどいってば、鶫さん。僕はこれが正しい服装だよ。後、僕は代理……。」

「代理でも何でもいいですから、とにかく挨拶をお願いします。」

「ん、了解。よく来てくれたね、黒乃ちゃん。対馬さんも、わざわざ足を運んでいただいて。僕は近江(おうみ) 鷹丸(たかまる)。まぁ、とある事情で社長の代理をやってるんだ。」

 

 社長用の豪華な仕事机に座っているのは、予想に反して若い男だった。その男は何故か白衣を着ていて、自らをあくまで代理だと称する。男は立って俺に近づいて来ると、右手を差し伸べながら自己紹介を始めた。黒乃ちゃんねぇ……馴れ馴れしいなコイツ。

 

 特徴を上げるとすれば、癖毛のように巻いた茶色の短髪……色は染めたんじゃなくって、天然でその色みたいだ。それと、目が細いな。アニメ的表現がされるとすれば、一本線で描かれること間違いなしだ。そんで、本気の時は開いて鋭く描かれる的なね。総合的に見て、爽やか好青年ってところだろう。

 

 鷹丸さん……ね。あれ、そう思って見れば年上の男の人と仲良くなるのって初めてだっけ。いや、そりゃもちろん前世抜きにしての話だけどさ……。ならば、俺にとって兄貴分の称号を与えよう。ありがたく思え、今日から貴方は鷹兄(たかにい)だ!

 

「ん~……近くで見ると、ますます綺麗だね。」

「社長……。」

「あ、ごめんごめん。それじゃ、本題に入ろうか。色々と面倒な事が多いからねぇ……。資料とかは、どうです?対馬さんがやりますか?」

「……そうですね。この子の資料の記入等はいつも私が。」

 

 ……何だコイツ。いきなり綺麗とか言われたけど、中身は男だから響かないからね?まぁ……いいか、スルーしとけば。そうしてソファーに座るように勧められる。昴姐さんには申し訳ないが、いつもそういったのはお任せだ。俺の仕事は自分の名前を記入する程度のことだ。

 

「はい、以上で結構ですよ。」

「それじゃ、お待ちかねの専用機とご対面タイムといこうか。……鶫さん、僕は先に行くから引き続きお2人の案内を。」

「かしこまりました。道が幾分か複雑ですので、はぐれないようご注意ください。」

 

 すると先に出て行ったのは鷹兄だった。随分楽しそうな様子だったけど、何かあったのだろうか。それとは別に、鶫さんの案内で専用機のある場所まで連れて行ってもらえるらしい。鶫さんに棘は無いけれど、余計な事をしない人だな……。無言が堪らなかったのか、昴姐さんが口を開いた。

 

「あの……近江社長は、なぜ白衣を?」

「ああ、あれですか。あの方は、そもそもここの研究員みたいなものです。彼は子供の頃から我が社の機械、部品製造に携わっていますが……それ以来、飛躍的に我が社の技術力は上がりました。」

「近江社長は、先代のご子息ですよね?」

「そうですね。ですが、先代……と言うより、鷹丸様のお父様はご存命です。」

 

 ここでようやく、鷹兄が代理を名乗るかが解った。どうやら鷹兄のお父さんは、放浪癖があるらしい。ある日ちょっと出掛けてくるって書き置きがあって、軽く数年間は音信不通みたいだ。それで、仕事を鷹兄が肩代わりしているそうな。別に珍しい事でないそうな……。自由すぎやしないかね?

 

「それは、なんというか……。」

「まぁ、心配はありませんけどね。鷹丸様は、いわゆる天才という奴ですから。」

 

 天才……か。ありとあらゆる物事において、天才的な手腕を発揮しているんだろう。だから、その……どこか変わり者なのは、天才と馬鹿は紙一重って感じか。そして蛙の子は蛙……。親が変わり者なら、子もそうという事らしいな。

 

 鷹兄が言ってた通りに、かなり歩かされた。やがて社内の雰囲気は、オフィスから工場へと様変わりしていく。先ほど鷹兄が着ていたのと同じ白衣を身に着けた人達を多く見かける。そして最終的には、ピットによく似た場所へとたどり着いた。そこにはブルーシートが被せてある物が鎮座している。これが俺の専用機かな……。

 

「社長、お2人をお連れしました。」

「やぁ、待ってたよ。それじゃ黒乃ちゃん、君の手でこれを退けてくれないかな。」

 

 ブルーシートの端を掴んでいる鷹兄は、俺に引っ張るように促す。俺はしっかりそれを掴むと、思い切り引っ張った。ブルーシートは、バサリと大きな音を鳴らしと宙へと舞う。そこに佇んでいた機体は、なんだろうね……。一言で表現するなら……烏天狗といった様相だ。

 

 目を引くのは、背中の大きなウィングスラスターだろう。どちらかと言えば巨大な翼の骨格みたいな印象を受ける。どちらにせよ、この機体が高機動型である事を示していた。脚部も鳥類の足みたいになっているし、それがますます鳥っぽさを際立てている。他にも細かなディティールは禍々しいっつーか、ダークヒーロー的なスタイリッシュな出で立ちだ。

 

「この機体の名前は、刹那(せつな)って言ってね。見た通りに高機動の第3世代機だよ。その代わりに装甲は薄っぺらいから当たり過ぎは禁物だよ。」

 

 刹那かぁ……かっけぇ名前だな。日本製の機体は、名前が2文字がシンプルでいいよね。だけど、やっぱり高機動の機体みたいだな。俺って、絶叫マシンとか苦手なんだよね。こいつをしっかり乗りこなしてやれるかどうか、今からとても心配だ。

 

「まぁとにかく、乗ってもらったら話が早いよ。鶫さん、アレを渡してあげて。」

「はい。藤堂様、こちらをどうぞ……。」

 

 俺に手渡されたのは、これまた黒一色のISスーツだった。なるほど、特注の専用ISスーツですな。まぁ黒いデザインだし、見た目だけだと汎用の奴とあまり変わらないだろうね。ってか専用機持ちのISスーツに、固有の性能があるかどうかも知らんし。

 

「更衣室は隣接してるから、着替えたら試運転を始めよう。」

「それでは、対馬様はこちらへ。」

「解りました。頑張ってね、黒乃。」

 

 昴姐さんの激励をもらって、俺は更衣室へと向かう。手早くISスーツへと着替えると、早速刹那へと初搭乗だ。ううむ……そういえば、イメージインターフェースを使った機体を動かすのは初めてか。素直に俺の言う事を聞いてくれる機体なら良いが。

 

「初期化やら最適化やらはまぁ……飛びながらやろうね。それの方が君も慣らしやすいと思うけど……どうかな?」

 

 い、いきなりだね鷹兄……。だけどその意見には全面的に肯定かな。え~っと、イメージイメージ……浮いている感覚を意識してイメージするが、これを自然に出来ないようにしないと。浮いた状態からカタパルトまで移動すると、脚部を固定して発進準備はオーケー。カタパルトもオールグリーン……よっしゃ、行くぜ!

 

 ……って、のわああああ!?少しスラスターを吹かしたつもりなのに、何この超加速!?こ、こんなの……飛んでいられる訳が無いじゃん!俺はカタパルトから飛び出したと同時に、機体の安定を保っていられない。そのまま紙飛行機が墜落するかのように、地面へと真っ逆さまに落ちてしまった。

 

『…………。』

「…………。」

『ごめんね、黒乃ちゃん。刹那の調整が不十分だったみたいだ。悪いんだけど、もう1回戻ってもらえるかな?』

 

 う、うう……鷹兄にとてつもなく気を遣わせた。多分俺が下手くそだっただけなのに、鷹兄は刹那の方が悪かったと言ってくれる。見直したよ、鷹兄……これでさっき慣れ慣れしかったのはチャラにしておいてあげよう。ピット内に戻れば、少し待機していてくれとと言われた。

 

 遠くで作業を見守るけど、距離の開きで何を言っているのかは聞き取れないな。……悪口、言われてないと良いけどな……。なんなのあの子、本当に代表候補生なんですか?……とか、代表候補生(笑)……とか。知るかそんなの……俺だって、なりたくてなってる訳じゃないですよーっ!

 

「待たせたね、黒乃ちゃん。今度こそ大丈夫だと思うから、行こうか?」

 

 しばらく待つと、鷹兄が準備が出来たと俺を呼ぶ。はぁ……鬱だ。これで飛べなかったら、本当に俺の責任だよ。でもやるしかないし、頑張るか……。俺は渋々ながらも立ち上がって、刹那に乗った。そして先ほどのように、カタパルトへと足を付ける。うん……?でもなんだろ、確かにさっきよりは動かしやすいような……。

 

 ……これは、本当に期待しても良いのかもしれない。俺は刹那のスラスターを吹かして、カタパルトの出撃を開始する。おお、なんかさっきと違ってしっくりくる!そのままカタパルトから飛び出るが、何の問題も無く飛行ができた。これは、打鉄なんかとは比べ物にならないくらい速度だぞ……。

 

『うん、大丈夫みたいだね。ようやく刹那の性能を詳しく説明できるよ。』

「…………。」

『その機体は高機動って言うのは、もう話したよね。それを飛んでみて実感してるとは思うけど、刹那はまだ本気を出してはいないんだ。』

「…………。」

『刹那には、とある新技術を積んである。その名も、クイック・イグニッションブーストって言うんだけどね。』

 

 話を聞くに、俺が前世でプレイしたロボゲーの回避行動に良く似ていた。本来は放出したエネルギーを充填して、それを爆発的に放出するのが瞬時加速だ。しかしこのQIB(クイック・イグニッションブースト)は、刹那のウィングスラスター……雷火(らいか)って名前らしいんだけど……雷火に刹那本体とは別にしたエネルギーを積んでいるそうな。

 

 この雷火は、常にQIB(クイック・イグニッションブースト)用の微量なエネルギーがダダ漏れらしい。だからこそ、この刹那は……急速的かつ連続して瞬時加速が出来てしまうんだってさ。ちなみにだが、発動の際に操縦者の安全面を考慮して、身を守るバリアが自動で張られる。そのバリアにもエネルギーを割く事になるから、とてつもなく燃費の悪い仕上がりになってるな……。

 

『じゃ、試しにやってみようか。やり方は……君に任せるよ。』

 

 操作感覚は、第3世代は乗り手の感覚に委ねられるだろうからね。ん~……一応はちー姉に習ってるからそれで行こうか。とりあえずPICをチェックして~っと、うん……大丈夫そうだ。そんじゃ、右方向にドーン!と瞬時加速してみる。

 

 うおっ、とっとっと……ふらついたけど、真横に急な移動が出来た。これならすぐに調整が効きそうだ。そんじゃ、右、右、前、左……と言った風に、適当な方向へ連続して行う。うん、このくらい出来たら十分だろう。まんまどこぞのクイックブーストだなぁ……。

 

『…………。おっと、ゴメンよ。大丈夫そうかい?問題ないなら、次に行こうか。』

「…………。」

『じゃあ次だね。黒乃ちゃん、刹那は本気を出していないって言ったけど……QIB(クイック・イグニッションブースト)はまだ半分の力だよ。さっきのは連続かつ急速だったけど、今度のは継続的に瞬時加速を行えるんだよ。まぁ、その時点で瞬時加速じゃなくなってるんだけどね。』

 

 つまるところ鷹兄が言いたいのは、瞬時加速の爆発的加速並の速度を継続させ飛び続ける事が出来るって話かな。名称としては、オーバード・イグニッションブーストだとか。実に単純!それにしても、大変な変態機体じゃありませんか……刹那ちゃんってば。

 

『イメージ的には、1回爆発させたエネルギーを途切れさす事無く……爆破の余韻が背中を押し続ける感じ?ハハハ、ごめんね……僕が何言ってるのかわかんなくなってきちゃったよ。』

 

 オーケーオーケー、ヒントは大事よ鷹兄。え~っと、瞬時加速まではやる事は同じ……後は、鷹兄の言葉通り……。そうやってイメージを固めると、雷火から黒い炎が噴き出はじめた。その黒い炎は、雷火の骨組みには収まり切らず……まるで大きな翼を形成しているかのようだ。なんて考えている暇もなく、俺は凄まじいスピードで前へと押し出される。

 

 うおおおお!?刹那のトップスピードは、さっきまでトップスピードでは無かったって事ね!だけど鷹兄達が調整してくれたおかげか、飛べない事も無さそうだ……。って言うか、だんだん慣れて来たぞ……。なるほど、QIB(クイック・イグニッションブースト)は鋭い軌道が描けて、OIB(オーバード・イグニッションブースト)はある程度旋回も三次元飛行もできる訳ね……。どちらにせよ、刹那の名にはふさわしい仕様か。

 

『あっ、ちなみにだけど……OIB(オーバード・イグニッションブースト)中でもQIB(クイック・イグニッションブースト)は可能だから、無理じゃなければ試してみてね。』

 

 やれってか……やれって言いたいのか!?こんにゃろう……やってやるよ!やればいいんでしょ、やれば!俺は半ギレになりつつ、OIB(オーバード・イグニッションブースト)を維持しながら右、真ん中、左と反復横跳びのように連続してQIB(クイック・イグニッションブースト)を行う。どうだ、これで文句はないでしょ!俺はそう示すために、黒い翼を収めてその場に止まった。

 

『…………。うん、それだけ見せて貰えれば十分だよ。後はゆっくり飛んで、一次移行すれば理想かな。』

 

 オーライ、鷹兄……。それからしばらく、思うがままに刹那で飛びまわってみる。しかしなんというか、やはり目に見えてエネルギーの減りが早い。でもなんとか一次移行まで進んでくれて、これで本格的に刹那は俺の専用機になったって感じだろう。俺は一次移行終了後に、すぐさまピットへと戻った。

 

「おや、待機形態はチョーカーかい。ふ~ん、チョーカーねぇ……。」

「良からぬ事を考えているようなら蹴りますよ。」

「嫌だなぁ鶫さん。僕はいつも良からぬ事しか考えてないですよ、普通の観点しか持って無い人からするとね。」

「そうですか。藤堂様、お疲れ様でした。」

 

 鷹兄の言う通りに、待機形態は黒色のラバーチョーカーだった。首元には、烏の羽らしき装飾品がぶら下がっている。それを見て何を思ったのかは解からないど、鷹兄が鶫さんに注意されていた。鷹兄の返しを見事にスルーした鶫さんは、俺に有難い声をかけてくれる。

 

「明日は模擬戦を想定していますが、予定のほどは?」

「……随分といきなりですね。」

「遅かれ早かれやらないとだめですし、何より相手は既に来日していますからねぇ。向こうの都合もありますし、申し訳ないんですけど……。」

「……どう黒乃、いけそう?」

 

 アッハイ。チクショウ……チクショオオオオ!今日は疲れたな~……なんて思っていたら、突然の死刑宣告じゃないか。くっ、だけど……俺はノーと言えない日本人の典型みたいなもんだ。悲しいかな、気が付いた瞬間には首を縦に振っていた。

 

「ありがとう、本当にいきなりでゴメンね?このお詫びは今度させてもらうから。対馬さんも申し訳ないです。」

「ああ、いえいえ……私は車運転してるだけなんで。」

「では、お2人とも……玄関まで―――」

「いや、大丈夫ですよ。社長と常盤さんも忙しいでしょうし……。ほれ黒乃、着替え着替え。」

 

 ニヤけ顔だから解りづらいけど、鷹兄の口調が本気で悪いと思っている事を物語っていた。ま、まぁ……そこまで悪いと思ってるなら、許してやらん事もないかな……。それで、流れとしてはこのまま解散らしい。鶫さんの丁寧なお辞儀と、鷹兄の気楽なバイバイに見送られ俺と昴姐さんは更衣室へと入った。

 

「しかしまた……とんでもない機体を貰ったもんよ……乗りこなすこの子もこの子だけど……。」

「…………。」

「ああ、いや……何でも無いわよ?うん……何とも無いから。」

 

 何か妙に歯切れが悪いな、珍しい昴姐さんを見た気がする。どうせ俺は詮索できないし、そんなに誤魔化さなくても大丈夫ですよ。しかし……今日はなんだか疲れた。イッチーの手料理が食べたい……でも、今日の夕飯の当番は俺だった。ならば、昴姐さんの車に乗っている間に……メニューを考えとかないとだね。

 

 

 

 

 

 

 ドガシャァン!と、そんな効果音と共に黒乃ちゃんは地面へと激突した。僕の周りの研究員さんや作業員さんは、やっぱりかと言いたげな表情を見せる。と言うのも、刹那はこれまで何人かに譲渡する予定ではあった。しかし、誰1人として乗りこなす事が出来なかったのだ。あまりの高機動型のため、飛ぶことしかままならない。

 

「あの~……社長?」

「鷹丸で良いですよ。言いたい事は解ります。けれど、彼女は僕の個人的理由で諦める訳にはいかないんです。」

 

 研究員さんの1人が、僕に言い辛そうだけど声をかけた。本当……諦める訳にはいかないんだよね。彼女は僕の物にする……この想いは揺るがない。そのためには、取りあえず刹那を乗りこなして貰わないとならないんだ。僕は黒乃ちゃんに呼びかけて、一旦ピットへ戻って貰う。さて……僕の力で、彼女がしっかり羽ばたけるようにしないと。

 

「スラスターの出力や、PICに異常は?」

「見られませんね。ついでに言えば、全てにおいて問題は見当たりません。」

「…………。スミマセン、黒乃ちゃんが飛び出してから落ちるまでのデータ……取れてます?」

「あ、はい。一応ですけど、しっかり記録してありますよ。」

「どうも、ありがとうございます。」

 

 ウチの職員さんは、こうやって気が利くんだよねぇ。僕はデータの記録されたタブレット端末を受け取ると、とんでもない事実を目の当たりにした。なるほどね、僕の予想は間違ってなかったみたいだ……。あれだけ短い時間なのに、マニュアル操作、イメージインターフェース操作と共に……とんでもない数の入力回数が記録されていた。

 

「皆さん、少しこれを見てください。」

「こっ、これは……何でこんなに複雑な操作をする必要が?」

「多分ですけど、こうでもしないと機体の方が着いて来てくれないからですよ。」

「つまり反応速度が遅いから、大量の操作で補うしかない……と?」

 

 僕の見解は、最後に研究員さんが言ったのとほぼ同等だった。仮に普通のIS乗りが、マニュアル操作とイメージ操作で50%ずつ、合わせて100%の力でISを動かすとすれば……彼女はどちらも100%だ。マニュアル操作100%のイメージ操作100%で、合わせて200%の操作能力。彼女は普通にISを動かしているつもりでも、単純計算で倍の性能を引き出す事が可能って話。

 

「イメージインターフェースと操作系統の反応速度を限界まで引き上げて下さい。それで彼女は飛んでくれるはずです。」

「ええ!?今でも刹那は……。」

「解ってますよ、僕が設計したんですから。それでも……僕を信じてくれませんか?」

「……そう言われたら、我々には何も言えませんよ……鷹丸くん。」

 

 刹那の操作系統は、考えられないくらいに過敏だ。恐らく既存の第3世代……いや、これから仮に第4、第5と世代が上がったとしても……刹那に勝る反応速度は出せないと自負している。自負しているからこそ、刹那を組み立てた。いつか刹那を乗りこなせる人が現れるって、そう信じて……。

 

 誰でも簡単に動かせてしまう汎用機なんてつまらない。IS操縦者がISを選ぶんじゃ無くて、ISがIS操縦者を選ぶような……。そんな機体が飛んで戦う事は僕の夢だ。だから僕は、ずっと探していた。刹那を、この傍から見れば馬鹿みたいな機体を乗りこなせる女性を。僕の夢を実現してくれる女性を。

 

「待たせたね、黒乃ちゃん。今度こそ大丈夫だと思うから、行こうか?」

「…………。」

 

 僕の夢を実現してくれるのは、君だってなんとなく思うんだ……黒乃ちゃん。あの選考会の映像を見た時に、僕が運命的な物を感じたのはそれだ。僕には解る。君が僕の運命の人だ。だから僕は君に拘る。僕の夢を叶えてくれる君は、僕の傍に置いておきたい……ってね。

 

 再度ピットから、カタパルトに向かう黒乃ちゃんを黙って見守る。やがて黒乃ちゃんは、刹那のスラスター……雷火を全開にしてカタパルトから飛び出た。そして黒乃ちゃんは……落ちる事無く飛行を安定させる。試運転用の練習場を縦横無尽に飛び回る黒乃ちゃんは、なんて……美しい事だろうか。

 

「流石だね、鷹丸くん。君はやっぱり神童だよ。」

「気持ちは嬉しいですけど、その呼ばれ方は好きじゃないんですよねぇ。それに、多分凄いのは僕じゃなくて黒乃ちゃんだ。」

「確かに。でも問題は……。」

「ええ、僕達の刹那は……まだまだあんなものじゃないですからね。」

 

 神童……ねぇ。僕だって才能だけじゃ無くて、人の数倍は努力してるつもりなんだけどなぁ。そういう言葉だけで片づけられるのは、少し寂しい所があるのだけれど……。ま、それは後でも良いか。研究員さんが言った通りに、ここからが本題だ。まだまだ刹那は、本来の性能を発揮してはいない。

 

 これを使いこなせなくても、ぶっちゃけ刹那は戦えるけどね……。それこそ、打鉄なんかは攻撃を掠らせる事すら出来ないくらいには設計したつもりだし。それでも、今から黒乃ちゃんに伝える技術があれば……各国の第3世代も相手じゃ無くなっちゃうかも。

 

「刹那には、とある新技術を積んである。その名も、クイック・イグニッションブーストって言うんだけどね。」

 

 まぁ我ながら、連続して瞬時加速をしちゃおうなんてぶっ飛んでると思うけれど……君なら解るだろう?黒乃ちゃん。お互いにぶっ飛んでる者同士だからね。そして一通りの説明を終えると、黒乃ちゃんはQIB(クイック・イグニッションブースト)の練習を開始した。結果は、驚くべきものとしか表現できなかった。

 

 僕だって、すぐにやってみせろなんて思っていない。数年かかってでも、いつかは使えるようになってくれれば良いな……くらいに思っていたのに。黒乃ちゃんは、1回口で説明しただけで簡単にこなしてしまった。僕は胸の奥で湧き上がるワクワク感を、必死に抑えて次の工程へ移る。

 

「じゃあ次だね。黒乃ちゃん、刹那は本気を出していないって言ったけど……QIB(クイック・イグニッションブースト)はまだ半分の力だよ。さっきのは連続かつ急速だったけど、今度のは継続的に瞬時加速を行えるんだよ。まぁ、その時点で瞬時加速じゃなくなってるんだけどね。」

 

 瞬時加速と言うか、もはや別の名称を付けた方が良いような気もするけどねぇ。ま、先人が着けた名前だし……一応原理としては瞬時加速と同じだし……ありがたく使わせてもらう事にしようかな。それはさておき、黒乃ちゃんにもう1つの技術に関して伝えないと。

 

「イメージ的には、1回爆発させたエネルギーを途切れさす事無く……爆破の余韻が背中を押し続ける感じ?ハハハ、ごめんね……僕が何言ってるのかわかんなくなってきちゃったよ。」

 

 OIB(オーバード・イグニッションブースト)の説明に関しては、本当にややこしい物だ。だからこそ、別の名前を付けた方が良いかもって話なんだけど。僕の言葉が参考になったかどうかは解からないけど、黒乃ちゃんはOIB(オーバード・イグニッションブースト)を試す準備が整ったようだ。刹那の雷火から黒い炎が噴き出し、巨大な翼を形成する。

 

 もしかするとまた制御が効かないかと思ったりしたけど、いらない心配だったみたいだ。危なげなど全く感じさせずに、黒き翼を翻し……黒乃ちゃんは華麗に舞う。すると、僕の中に好奇心が渦巻いてしまった。黒乃ちゃん、君は僕をどれだけ夢中にさせてくれる?

 

「あっ、ちなみにだけど……OIB(オーバード・イグニッションブースト)中でもQIB(クイック・イグニッションブースト)は可能だから、無理じゃなければ試してみてね。」

 

 かなり無茶なお願いだ。システム上は可能な事になっているけど、そんなの想定はしていない。僕の言葉に反応した研究員さん及び作業員さんは、一斉に騒ぎ出した。何を考えているんだと思っているんだろうけど……そのざわつきは、一瞬にして静まり返る。

 

「な、なんてこった……。」

「私は、夢でも見ているんでしょうか……?」

 

 そう言いたくなるのも無理はない。何と言ったって、黒乃ちゃんは…OIB(オーバード・イグニッションブースト)QIB(クイック・イグニッションブースト)を用いつつ……反復横跳びのように刹那を動かして見せたんだから。決まりだよ、黒乃ちゃん……やっぱり君は、僕が求めて捜し続けた女性だ。君は誰にも渡さない……君は僕の物なのだから。

 

「…………。うん、それだけ見せて貰えれば十分だよ。後はゆっくり飛んで、一次移行すれば理想かな。」

 

 なんて考えていたら、黒乃ちゃんが黒い翼を収めてその場に止まった。流石に十分すぎる物を見せて貰ったよ。僕の言葉に黒乃ちゃんは頷くと、普通の速度で飛行を開始。とは言っても、やっぱり高機動なのは高機動だけどねぇ。しばらく黒乃ちゃんを見守ると、思惑通りに一次移行は済んでくれた。それと同時に、ピットへ黒乃ちゃんが戻ってくる。鶫さんに対馬さんも集まって来た。

 

「おや、待機形態はチョーカーかい。ふ~ん、チョーカーねぇ……。」

「良からぬ事を考えているようなら、蹴りますよ。」

「嫌だなぁ鶫さん。僕はいつも良からぬ事しか考えてないですよ、普通の観点しか持って無い人からするとね。」

「そうですか。藤堂様、お疲れ様でした。」

 

 チョーカーと言うのは、早い話が首輪だ。刹那そのものが、黒乃ちゃんを繋ぎとめておく首輪だと思うと……顔がニヤけるのを止められない。その考えは、まるまる鶫さんにばれちゃってるみたいだけど。ま、これが僕って人間だって事くらい鶫さんは良く知っている。と言うか僕は、何を言われたところで落ち込む事は無いだろうけどね。

 

「明日は模擬戦を想定していますが、予定のほどは?」

「……随分といきなりですね。」

「遅かれ早かれやらないとだめですし、何より相手は既に来日していますからねぇ。向こうの都合もありますし、申し訳ないんですけど……。」

「……どう黒乃、いけそう?」

 

 鶫さんが黒乃ちゃんに明日の予定を伝えると、対馬さんが訝しむような表情を見せた。まぁ、当たり前だよね。普通は本人と相談して決める事だし。だけど、断られかねないなら先手を打っておくのが僕のやりかただ。それでも断られるのなら、流石に僕も引き下がるけれど……。でも黒乃ちゃんは、有難い事に首を頷かせてくれた。

 

「ありがとう、本当にいきなりでゴメンね?このお詫びは今度させてもらうから。対馬さんも申し訳ないです。」

「ああ、いえいえ……私は車運転してるだけなんで。」

「では、お2人とも……玄関まで―――」

「いや、大丈夫ですよ。社長と常盤さんも忙しいでしょうし……。ほれ黒乃、着替え着替え。」

 

 黒乃ちゃんは勿論だけど、保護者役である対馬さんにも申し訳ないよ。でも多分だけど、本人が望んでやってる事だろうから……迎えを出すとか無粋な事を言うのは止めておこう。対馬さんは鶫さんが苦手みたいで、愛想笑いを浮かべながらそそくさと移動を開始しようとする。僕はそれを手を振りながら見送った。

 

「じゃ、僕らも仕事へ戻ろうか。」

「それは良いですが、貴方が向かうべきはそちらではありません。」

「え~……刹那の稼働データを検証したいんだけど……。」

「貴方ならいつでも出来るでしょう。今は社長業に専念してください。」

 

 僕がそのまま研究室の方の仕事場へ向かおうとすると、白衣の襟を掴まれて捕獲されてしまった。どさくさに紛れて逃げようとしたけど、鶫さん相手にそれは無謀だったかぁ……。僕は渋々ながらも、鶫さんと共に社長室へと戻る事になった。う~ん、そうだなぁ……ばれないよう片手間にチェックする事にしよう。

 

 

 




黒乃→なんとか刹那を乗りこなせる感じか……。
鷹丸→難なく刹那を乗りこなしちゃうなんてねぇ♪



オリキャラである鷹丸&鶫のプロフィール紹介です。





名前 近江(おうみ) 鷹丸(たかまる)
年齢 22歳
外見的特徴 茶色の癖毛 糸目 ニヤけ顔
好きな物 魚介類 機械なら何でも 藤堂 黒乃
嫌いな物 らっきょう 退屈
趣味 機械を弄る 人間観察

世界に誇る大企業、近江重工の御曹司にして現社長代理。彼の父であり実質の社長、近江 藤九郎が失踪中なためである。本人も頑なに代理を自称しており、もっぱら社内でも本来の仕事である機械製作等に打ち込む。あらゆる面において、何をやっても上手くいく……いわゆる天才型の人間。特に機械の2文字が関われば、変わり者特有の柔軟な発想にて類い稀なる才能を発揮する。黒乃が譲渡された専用機、刹那は彼が設計した。


名前 常盤(ときわ) (つぐみ)
年齢 34歳
外見的特徴 スレンダー 年齢不相応に見た目が若い
好きな物 蕎麦 夫 娘 息子
嫌いな物 脂っこい食べ物 虫
趣味 ガーデニング 手芸

12年前に単なる事務員として近江重工へ入社したが、持ち前の美貌が藤九郎の目に留まり半強制的に秘書へ転身させられる。鷹丸とはその時に知り合い、教育係も務めた。それゆえ鶫にとって、鷹丸は弟のような存在である。最近はその弟分の暴走が悩みの種。ちなみに既婚者で子持ち(8歳娘と7歳息子)。夫は同い年で、IT関連会社に勤める出世街道まっしぐらなエリート社員だとか。






はい、本当に長くて申し訳ないです。
前書きに載せた通り、刹那は全ての事柄を紹介し終えていません。
なので、いつか隙を見てこういった形で詳細を書ければと思います。



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