八咫烏は勘違う(旧版)   作:マスクドライダー

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2週連続の表裏構成で申し訳ない。
さて、何回かと聞かれれば鷹丸回です。
あと若干の歪み一夏シリーズもですが、そちらは詳しくは裏の方になりますね。


第20話・表

「お疲れ様。今日も良く頑張ったね、黒乃ちゃん。」

 

模擬戦を終え、刹那を待機形態に戻した黒乃ちゃんへと近づく。今日も今日とて黒乃ちゃんの快勝……。まったく君って女性(ひと)は、僕の想像の遥か上を往くんだから。ま、だからこそ僕が惚れ込んでるってのはあるけどね。黒乃ちゃんは、少し間を開けてから首を頷かせた。

 

「ところで黒乃ちゃん。今日はこの後……時間はあるかな?」

「…………?」

「君が良ければ、ぜひ食事にでもと思ってね。ほら、この間のお詫びもまだだしさ。」

 

 僕は唐突にそう問いかけたが、いつ切り出しても同じ事だしこだわる必要はないだろう。つらつらと食事に誘う理由を並べたけど、僕にとってはそんな物ただの口実には過ぎない。今の所は……だけどね。こうやって、徐々に僕と食事に行くってのを黒乃ちゃんにとって当たり前の事にしていかなくちゃ。

 

 だから今は理由はなんだっていい。そのうちに、君と特別な夜を……とでも言えるようになれば。だけどそれはまだ早い。もっとじっくり周りから固めていかないと。どうやったって逃げ場がないくらいに、ジワリジワリと……。断られるのも覚悟したが、黒乃ちゃんは肯定の意志表示をしてくれた。

 

「そうかい、それは嬉しいな。」

「…………。」

「時間にはまだ余裕があるから、黒乃ちゃんはシャワーでも浴びてくると良いよ。僕は少し用事があってさ、少し外すね。あ、時間になったら鶫さんが迎えに来てくれるから。」

 

 黒乃ちゃんが誘いに乗ってくれたおかげか、僕は用事を片付けようと足早に第1ピットを去った。そしてそのまま向かうのは、向こう側の第2ピットになる。何の用事かって、模擬戦相手の監督官みたいな人を言いくるめる事かな。なんたって、今回の子もダメそうだしねぇ。

 

 僕としては大歓迎なんだけど。良い調子に黒乃ちゃんの2つ名は浸透し始めている。八咫烏とは、ジョーンズさんも良い名をくれたものだよ。どういう訳か、皆似たような物を黒乃ちゃんから連想するみたいだし。黒乃ちゃんの悪評は、広まれば広まるほどいい。黒乃ちゃんの良さに気付けるのは、僕さえいれば良いんだ。

 

 おっと、少し話が脱線しちゃったかな。ちゃんと今回はどう流すか考えておかないとね~っと。僕は相手サイドのピットへと向かうが、いつもの調子を崩さない。すると向こうも、やがて話にならないって諦めてくれるし。僕の代理って肩書は、本当に便利な物だ。

 

「やぁ、どうもどうも。今日はお疲れ様です。」

「近江社長……お疲れ様じゃないですよ!?何なんですか、あの藤堂 黒乃とかいう子は!?」

「何かって、ん~……日本の代表候補生ですけど?」

「ふざけないで下さい!あの子の怯えよう……これはもはや国際問題ですよ!」

 

 おやおや、やっぱりダメみたいだね。今日戦ったのは、確か中国の子だったっけ?(くだん)の中国の子は、ベンチに座って自分の身を抱きしめる様にガタガタと震えている。黒乃ちゃんの笑顔はインパクト大だしねぇ……。僕は可愛いと思うんだけど。それにしても、国際問題かぁ……それで本当に脅しのつもりなのかな。

 

「そうですか?どのように解釈してもらっても構いませんけど、それで困るのは貴女達……というか貴女の祖国だと思いますけど。」

「ど、どういう意味です?」

「国際問題に発展させたいのであれば、御勝手にどうぞ。こちらとしても、他国家への部品の納入が捗ります。」

「なっ……!?ちゅっ、中国とは今後取引をしないと……?」

「まぁ、それはそちらの動き次第ですけどね。僕らは全然困りませんし。」

 

 いわゆる大企業ってのを舐めないでほしい。僕のご先祖様が脈々と大きくしたこの会社は、世界規模で大きな影響を及ぼすんだから。もちろん、監督官さんもそれは解ってるだろうけど。正直なところ、中国と取引しなくたって痛くも痒くもない。

 

「……せめて、この子の心のケアはお願いします。」

「ええ、それは勿論のこと全力を持って対処しますよ。必要な物はこちらが全て保証しますから。」

 

 まぁ……自分1人の判断で、近江重工とのパイプラインを断つわけにはいかないだろう。監督官さんが冷静な人で助かったよ。う~ん、しかし……もっとやり方は考えないとねぇ。こういう手口って、黒乃ちゃんはどう思うんだろう?軽蔑されるのは嫌だなぁ。でも、使える物は使う主義なんだよねぇ。

 

「じゃっ、僕はこれで。後は部下が来ると思いますから。」

 

 余計な時間を取られちゃったな……。僕は1つ扉をくぐると同時に、かなりの速度で社内にある居住スペースへと急いだ。どちらかと言えば、実家よりもここに居る時間の方が圧倒的に長いけど。僕は部屋に入ると同時に、お気に入りの白衣を脱ぎ捨てる。そして、外出用の服が入っているクローゼットを開いた。

 

 そうだなぁ……着てた服は全部着替え直そうか。高いスーツとかいらないと思ってたけど、まさか女性と食事って理由で必要になるとは思わなかったな。僕は1、2回しか着た事のない新品同然のフォーマルスーツ一式へと身を包んだ。よしっ、こんな感じで大丈夫かな。

 

 時間はまだ余裕があるけれど、レディを待つのが男の甲斐性ってもんでしょう。着替えを終えた僕は集合場所へと向かうと、やっぱりそこには黒乃ちゃんの姿は無い。あるのは、いかにも老紳士と言った風体の男性1人だ。この人は近江家専属の運転手さんで、名前は相模(さがみ)さんという。

 

「馬子にも衣装ですな、坊ちゃま。」

「うん?ハハ、そうだね……こんなのはなるべく着たく無いからさ。」

「普段からそうであれば、奥様もさぞ……。」

「ああ、タイム……母さんの話は止めてよ。」

 

 相模さんは、てっきり僕をからかいにきたんだろうと思った。しかし、母さんの話題を振るところを見ると……小言だったんだろう。本当、産んでもらってなんだけど……母さんとは反りが合わない。きっと黒乃ちゃんの存在を知ったら、何が何でも僕から引き剥がしにかかるはずだ。鷹くんにはもっとふさわしい子が~……なんて言ってさ。

 

「社長、お待たせしました。さ、藤堂様……。」

「う~ん、見違えるね……もちろんいい意味で。まるでお姫様みたいだ。」

 

 嫌な考えで頭がいっぱいになっていた僕だが、黒乃ちゃんを見た瞬間にそれは吹き飛んでしまった。軽い調子で取り繕っている僕だけど、とても動揺している。黒いドレスに身を包み、上品なナチュラルメイクが施された黒乃ちゃんは、美しく……そして輝いて見えた。流石は鶫さん……良い仕事をするねぇ。

 

「それでは社長、藤堂様に失礼の無きよう。」

「解ってるよ、鶫さんに仕込まれたんだから。そういう訳で、お手を拝借……お姫様♪」

 

 鶫さんは、僕の社交的マナーの指導もしてくれた。随分昔の事だけど、すっかり身体に染みついてしまっている。どちらにせよ、黒乃ちゃんのエスコートは完璧にこなさないと……。僕はなんとなく戯けるようにして、黒乃ちゃんへ手を差し出す。そのまま車へと導いていった。

 

 車に乗り込むと、移動時間に相模さんの事を紹介しておく。きっと、これから黒乃ちゃんもお世話になる機会があるはずだからね。だけど、少し恥ずかしかったな。なんたって、相模さんが僕の昔話をし始めるんだもの。やんちゃしてたっていうか、子供だっただけにけっこう色々やっちゃってたから……。可愛らしい思い出だと思ってくれれば何よりかな……。

 

「坊ちゃま、目的地にございます。」

「うん、ありがとう相模さん。」

 

 そうこうしている内に、どうやら目的地へと着いたらしい。相模さんが車を停めると同時に、僕はせっせと降車した。黒乃ちゃんが座っている側に回ると、ドアを開けて黒乃ちゃんの手を取る。そして黒乃ちゃんを降車させると、周囲の男性達が少しざわついた。フフ、男だったら反応しちゃうよねぇ。今日の黒乃ちゃんは、本当に美しいもの。

 

 黒乃ちゃんは車から降りると、すぐ目の前に立ちはだかるビルを見上げた。またウチとは違った印象を受けるのだろう。首を元の位置へと戻した黒乃ちゃんは、今度はキョロキョロと周りを見渡す。……もしかして、周りの女性達に見劣りしてるとか思ってるのかな。そうだとすれば的外れもいいとこだけど、僕は黒乃ちゃんに耳打ちする。

 

「大丈夫、ここに居る誰よりも君は綺麗だよ。」

「…………。」

 

 僕がそう言えば、黒乃ちゃんは控えめなお辞儀を見せる。こういう謙虚なところも、最近の時勢からすれば珍しい。贔屓目に見ても黒乃ちゃん以上の女性は世の中に居ないのではと思えてしまう。だとすると、せめてそれに相応しい男であろう。一応は僕の方が5つ年上なんだしね……。

 

「それじゃ、行こうか。」

「…………。」

 

 出発を促すと、黒乃ちゃんがそっと僕の腕に手を添えた。確かに、正しいのかも知れないけど……黒乃ちゃん、君はもう少し警戒心を持った方がいいと思うよ。何かって、黒乃ちゃんの豊満な胸が僕の腕にグイグイと押し当てられているのだ。わざと……なわけないよねー。それは少し自惚れ過ぎか……。だったら平常心で乗り切るしかない。

 

 特に気にする様子を見せないよう心がけ、最上階のレストランを目指す。辿り着いてみれば、わざわざマネージャーさんが待っていた。父さんがここのお得意様だしね……。僕にはそんなに気を遣わなくても良いんだけど、その父さんの息子なんだから仕方ないかな。

 

 僕らが通されたのは、VIP待遇の個室だ。もっとも個室にしても2人には広すぎるくらいだけど。かなり前から予約しておいたけど、キャンセル待ちとかじゃ無くて本当に良かった。最後に来たのはいつ頃だったかなぁ……。確かISが世に出るのよりも前、家族3人で来たきりだったかも。

 

「黒乃ちゃん、こっちにおいでよ。」

「…………。」

「ここからの夜景、凄く綺麗でしょう?僕には少し眩しすぎるくらいだけど。」

 

 この個室は扉から見て正面に位置する壁が全面ガラス張りになっている。時分は既に夜のせいか、都会は見事な光のアートを作り出す。うん……ここの景色は変わらない。強いて言うなら、開発が進んだのか眩しさが上がっているくらいだろう。またいつか、家族3人で来られればいいけれど……。

 

「…………。」

「黒乃ちゃん……?」

 

 視線を感じて黒乃ちゃんの方を見てみると、ジッと僕の事を見ていた。……それには、どんな意味が込められてるのかな?君と過ごした時間はまだ短い……だからこそもっと後からだと思っていたのに、これじゃあこのくらいなら大丈夫って思ってしまうじゃないか。

 

 気が付けば僕は、黒乃ちゃんの腰に片腕を回してしまっていた。……ここまで来たら引き下がるのもなかなかアレだよね。僕は少しばかりの力を腕に込めると、そっと黒乃ちゃんを抱き寄せる。う~ん、恋しちゃってるねぇ……僕。そうかそうか、人は焦がれている異性と密着すると本当に胸が高鳴るんだねぇ。

 

「……そろそろ席に着こうか。ずっと景色ばっかり見てたってお腹は膨らまないし。」

「…………。」

 

 そのまましばらく夜景を眺めていたけど、僕だって男だしいろいろと限界ってものがある。僕がそう促すと、黒乃ちゃんも首を頷かせて同意した。とか言ってると、なんだかお腹が空いてきた気がする。僕は問題ないけど、黒乃ちゃんは好き嫌いが無いと良いけれど……。

 

 

 

 

 

 

「さぁ着いたよ、お姫様。」

 

 黒乃ちゃんとの楽しい時間はあっという間に過ぎて、現在は黒乃ちゃんの家にほど近い駅だ。少し失敗だったのが、黒乃ちゃんの着替えをウチに置きっぱなしだった事かな。おかげで2度手間になってしまって、夜遅くまで連れ回す結果になってしまった。

 

 本当は家まで送るつもりだったんだけど、それは本人から断りの意志が伝えられた。まぁ、何かあれば刹那もあるしねぇ……。だから今の時代は男の僕らが頼りないって事なんだろう。男性が女性のみを案じるのなんて、今からすれば少し時代遅れなのかな。

 

「今日は無理を言ってごめんね。お姫様は楽しめたかな。」

「…………。」

 

 なんやかんやでお姫様呼びを気に入った僕は、引き続きそう称しながら今日の感想を聞いてみた。すると黒乃ちゃんは、間髪入れずに首を頷かせる。ふと気づいたのだけれど、黒乃ちゃんはどうやら首を動かすタイミングで肯定や否定の度合いを示しているらしい。

 

 今のは食い気味に縦に振ってくれたし、本当に楽しかったと思ってくれているみたいだね。だとすると、連れて行った甲斐があった。でも残念なことに、そうしょっちゅうは連れて行ってあげられないけどね……。僕もそれなりに稼ぐとは言え、定期的にあのグレードのレストランとなると……財布の中身が消し飛んじゃうよ。

 

「あ、そうだ……。君がお酒が飲めるようになったら、また食事に誘っても良いかな?」

「…………。」

 

 すぐすぐとはいかないけど、遠い未来の約束はしてしまっても構わないだろう。僕は今日お酒を飲んだけど、ぜひ黒乃ちゃんと一緒に飲んでみたいものだ。この問いかけにも黒乃ちゃんは肯定してくれる。これは良い調子と思っていいのかな。いかんせん、女の子を口説くのなんて初めてだからなぁ……後で鶫さんに相談してみよっと。

 

 それにしても……黒乃ちゃんがIS学園に行っちゃうと、会う機会は格段に減ってしまう。そこの問題に関してもどうにかしないとねぇ。思いつきで周囲を巻き込む僕だけど、これは流石に1人で解決すべきか。できる事があるとすれば、今から根回しかな?幸い学園に千冬さん以外の知り合いも居るし……。

 

「名残惜しいけど、今日はこの辺りで……。」

 

 お開きにしようとすると、遠くに人影が見えた。注視してみると、あれはどうやら……千冬さんの弟の一夏くん?どうしてこんな所にとは思ったけど、理由はとても簡単に予想がつく。彼はきっと、帰りの遅い黒乃ちゃんが心配で来たのだろう。とりあえず最寄駅に行って、様子を見にきたってところかな。

 

 健気な事だねぇ……いつ現れるかなんて解ったものじゃないのに。僕がそうやって一夏くんの方を見ていると、彼もこっちの事に気がついたみたいだ。それと同時に一夏くんは凄まじい形相を見せて、歩く速度を上げこちらへ歩み寄って来る。さて、どうするべきかな……。僕からすれば、君は嫉妬の対象でしかないんだよねぇ……。

 

 黒乃ちゃんと共に幼少期を過ごし、黒乃ちゃんと同じ屋根の下で10年近くも共に生活していたなんて。間違いなく、黒乃ちゃんにとって彼は大切な人だ。問題は、黒乃ちゃんがどういう認識で大切に思っているか……だけど。君は……そんな顔を見せているんだから、少なからず黒乃ちゃんに対して思う所があるんだね。

 

「気をつけて帰ってね。おやすみ……お姫様♪」

「…………。」

 

 一夏くんに、少しばかり意地悪をしておこう。そう思い立った僕は、去り際に黒乃ちゃんの前髪を手の甲で押し上げ額にキスを落とした。すると一夏くんの足は、ピタリと止まってしまう。黒乃ちゃんの方は、顔を俯かせてモジモジしていた。おや、意外だな……案外僕が思っているよりも男として意識してくれてるのかも。

 

 フフ……これは嬉しい誤算かな。さて、一夏くん……君とはまたゆっくり話そうね。そういう意味を込めて、遠くの一夏くんに微笑みかけておいた。僕の挑発的行動がよほど気に障ったのか、一夏くんは我に返ったかのようにまた歩き始めた。ま、どうやったって追いつける距離じゃないけど……。僕は余裕な態度を崩さずに、車へと乗り込んだ。

 

「……坊っちゃま。」

「うん?どうしたの。」

「あまり感心はしませんな。」

「ハハッ、そうだろうね。でも僕だって人の子って事だよ。それなりに対抗意識くらいはあるさ。」

「左様で……。」

 

 車が走り出すと同時に、相模さんに(たしな)められてしまう。確かにやり過ぎも否めないかもだけど、僕には数少ないチャンスだ。しっかり生かさないと、一夏くんの動き方次第では……僕に勝ち目はないに等しいのだから。まぁ、ライバルの1人や2人居ないとつまらないって事さ。でも何人いようと、僕は負ける気なんてさらさらないけれど。

 

 どんな手を使ってでも……僕は黒乃ちゃんを手に入れる。それこそ一夏くん、君は大いに役立たせてもらうよ。君が黒乃ちゃんを女の子として見ていないうちは……ね。車の窓ガラスに映る僕の表情は、とてもじゃないけどいいものとは言えない。簡単に言えば、悪戯を思いついた悪ガキのような有様だ。

 

 

 






男性のオリキャラなだけに、鷹丸は推し推しでいきますよ。
予想通りに不人気ですけども、好きになってくださいとは言いません。
鷹丸にはいろいろ……と言うか、主に一夏を引っ掻き回す為に居て貰わないとですので。

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