八咫烏は勘違う(旧版)   作:マスクドライダー

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お気に入りやら何やらが、おかしい数になってますねぇ……(困惑)
予想外ではありますが、大変に嬉しく思います。
反面胃も痛いですが、とにかく私なりに頑張りますので、応援よろしくです。


今回より箒が登場です。
出番があるかと聞かれれば、幼少期篇ではさほどだと思われます。
IS学園に行く前に、しっかり勘違いしてもらいましょう。


第3話

 夕暮れ時の剣道場に、竹刀同士がぶつかり合う音が響く。ここは篠ノ之道場……モッピーのお家である。ちなみにだが、俺は決してモッピーをディスるつもりでそう呼んでいるつもりはない。箒って、綽名付けるのが難しい名前なんだよねぇ。いくつか候補は考えたけど、結局はモッピーに落ち着いたのである。

 

 篠ノ之道場に居る時点でお察しだが、現在の俺達は小学2年生に進級した。原作イベントであるモッピーの苛められている現場には、遭遇しなかったんだよな。知らない内にイッチーとモッピーが仲良くなってて、俺はイッチーの付き添い程度に道場へと足を運んでいた。

 

 どうしても格闘技の類だけは勘弁だ。さっきから、延々2人の打ち合いを眺めてる。いや、訂正しよう。眺めてるって程の事は無くて、ウトウトしながらたまに様子を見るくらいだ。クッソ……眠い。やっぱり体が幼いせいか、深夜アニメを見るのはキツイか……。まず深夜まで起きとかないといけないし、深夜に起きているのがばれないようにしないとだし……。とてつもなく気を遣うよ……。だけど、ちー姉に見つかるよりはかなりマシだろう。

 

 でも……眠いぃ~……。あっ、ヤベッ……首が定期的にカックンと動き始めた。このまま行くと、寝落ち確定だろう。喋らんし表情が出ないしで、そのうえ居眠りとか……。いくら付き添いでも……それは流石に失礼……Zzz……。ハッ!?ね、寝てない……あたしゃ寝てないよ!あれだ、目を凝らして2人の打ち合いを見て……Zzz……。いかん……逆効果だ。竹刀のリズムのいい音が、耳に心地よくって眠気を誘う。

 

「どうだね黒乃くん。たまには、見ているだけじゃなくてやってみないか。」

(コクン、コクン)

「そうか、解った。箒、支度を手伝ってあげなさい。」

「は、はい。」

 

 へ?何……どうかしたの?モッピーのパパンは、俺にいったい何を問いかけたんだ。そんでもって、1人で何を納得しているのだろう。そうやってボーッとしたままでいると、モッピーが俺の身体をまさぐり始める。ウヘヘヘ……くすぐったいじゃないか、モッピーよ。俺は触られるよりも、モッピーの身体を触りたい。ISにおける未来の筆頭的おっぱい要因だし、ツルペタ幼女の状態は貴重だ。モッピーのまな板を、俺に洗濯させてはくれまいか。

 

 なんて考えていると、俺はいつの間にか防具を纏っている。……なんで?どうしてこうなった!どうしてこうなった!……あれ?本当に、どうしてこうなったんだっけ。イッチー……そんな期待の眼差しで見られたって、俺はこういうのはからっきしだぞ。何より眠いし、もう本当に何が何だか解からない。あれだ、剛な拳よりもストロングな柔の拳の使い手曰く、激流に身を任せどうかする……ってね。

 

 面を被って竹刀を握って立ち上がった俺は、道場の中ほどで構えを取った。見よう見まねだけど、まぁ適当にやっときゃなんとかなるって。こういうのは、ノリとテンションが大事だってじっちゃが言ってたら良いな。見るからにやる気はありますよオーラを醸し出していると、俺の目の前に立ったのはイッチーでなくモッピーだ。あ~ヤッベ、強者オーラ出ちゃったかな~これ。っベーは、マジっべーは。マジ……ヤバくない?初心者だよ、俺。いきなしモッピー相手とか、鬼の所業であって……。

 

「始め!」

「やああああっ!」

 

 いや、始めじゃないよパパン!?何も始まらないって、もうすぐ終わっちゃいますよ!?って言うかモッピーもやああああっ!じゃなくてだね、もうちょっと気合を落してくれたって良いんだよ。手加減されてもお兄さん怒らないから、むしろ喜びの舞を踊っちゃうから。ああ!もうダメだ、本当に眠い。こんな時だって言うのに、足元がふらついて来てしまう。このままでは、手痛い仕打ちを……Zzz……。

 

「なっ……!?」

 

 ホワァ!?また一瞬だけ寝てしまった。何やらモッピーの驚く声で目が覚めたが、いったい何があって……ZZZ……。あ、ダメだコレ……。本当に夢か現かって奴だ。俺の意識は、覚醒と寝落ちを反復横跳びが如く繰り返す。既に俺が解るのは、なんとなく立っているという感覚的な事だけだ。更に言ってしまえば、足元がフラフラしているためその感覚すら怪しく感じられる。

 

 なんというかもう……雲の上でも歩いているのではないか、と言っていいくらいには夢心地だ。え~っと、今は何をやってるんだっけ。あっ、そうそうそう……剣道だ剣道。攻撃しなきゃ、いつまでたっても終わらないよね。適当に前に踏み込みつつ、竹刀を振ってみよう。そうすれば隙だらけだろうし、この変な感覚からも逃れられるハズだ。そう思い立った俺は、両足へと最大限の力を込めた。

 

 そのまま飛び出るように前に出ると、竹刀を思い切り縦に振る。するとスパァン!という耳に心地よい音と同時に、俺の手には確かに何かを打った感触が残る。竹刀で防がれたのだろうと思っていたが、いつまでたっても反撃はこない。これは流石に変だと感じた俺は、寝ぼけまなこでモッピーを見た。するとモッピーは、尻もちをついているではないか。もしかして、スリップでもしたのかもしれない。

 

「柳韻さん。判定しないと。」

「あ、あぁ……。面あり、1本!」

 

 はい……?いつの間に、勝負がついていたのだろう。いくら俺でも、面くらい入れられれば目が覚めると思ったのだけど。これは、よほど重症だと思った方がいいな。モッピーは、俺とは真逆で気合いが入り過ぎてしまったのだな。早く助け起こしてあげないと、男たるもの紳士たれ。本当に、いろんな意味で紳士たれ。俺は籠手を外して、モッピーに手を差し伸べた。

 

「す、済まない……。ありがとう……。」

 

 モッピーは俺の手を掴むと、立ち上がろうと身体に力を込めた。手を差し伸べたはいいけど、むしろ俺の方に力が入らないや……。なんとかモッピーが立ち上がるまではもったが、俺は前のめりに倒れそうになる。そのままモッピーに抱きつく形で支えられ……抱きつく?……きたああああ!女の子に触れたああああ!なんという新発見だ。わざとでさえなければ、こうして女の子にも触れるのか!

 

「ちょっ、こら……いきなりなんだ!?」

 

 モッピーは俺を振りほどこうとするが、そう簡単にはいかんぞ。またとないこのチャンスを、しっかりものにしなくては!そうと決まれば、クンカクンカ!面が邪魔でいまいちモッピーの匂いを嗅げないが、俺はとにかく必死で鼻から息を吸う。クンカクンカ!むぅ……女の子特有のフローラルな香り!そしてほのかに感じる胴着に染み込んだ汗の香り!たまらん……病みつきになりそうだ。

 

「い、一夏!これはいったい……どういう事なんだ。藤堂は、その……。」

「さ、さぁ?俺にもよく解らないけど……」

「箒と、健闘を讃えあおうとしているのではないか?」

「父さん……。そう……だと良いですが。」

 

 そうそう、健闘を讃えてるんです。あれさ、言葉と表情で表せないから仕方がないよね。だからどさくさに紛れてとかじゃなくてね、スーハー!これは合法的なあれだからセーフセーフ。モッピーのパパンは、大変に良いことを仰ってくれた。スーハー……スーハー……フヒヒヒヒ……。

 

「黒乃。もう離してやっても良いんじゃないか?」

「そ、そうだ……。藤堂の気持ちは解ったから、いい加減に苦しいぞ。」

 

 俺は止めろと言われれば止める良い子です!少し名残惜しいけど、俺はモッピーを開放した。俺から離れたモッピーは、何かこちらの様子を伺いつつモジモジしている。はは~ん……さては、やっぱり物足りないんじゃないのかい?お兄さんとしてはいつでもウェルカム!さぁ、この胸に飛び込んでおいで!

 

「良ければ、その……黒乃と、そう呼んでもいいだろうか?」

 

 あ、なんだ……そういう話ね。うんうん、それはもちろん構わない。俺は首を頷かせて、モッピーの言葉を肯定する。するとモッピーは、嬉しそうな表情を見せた。ふむ……イッチーと一緒の事が多いから敬遠されがちだったが、名前で呼んでくれるなら心配なさそうだな。

 

 それでなくても、目立った友達はイッチーくらいしかいない。前世も友達は少数だったけど、遠ざけられはしなかったからな。俺が教室に入ると、一瞬だけ静かになるもの。そんな環境で、友達が増えるのはありがたい事だ。まぁ……喋られさえすれば、絶対にそんな事はなかったと思うけど。

 

「黒乃くん。君さえ良ければ、本気で剣道をやって見ないか?君ならきっと、すぐに上達するはずだ。」

 

 パパンはそんな事を言うが、正直なところで乗り気ではない。ただ……イッチーとモッピーの視線が痛いのだ。否定をすれば、肯定するまで説得される未来が見える。常々イッチーは、俺も剣道をやれと言っていた。やはり主人公を中心として、世界は回る仕組みなのかもね。

 

 逃げ場はないと悟った俺は、首を頷かせてパパンに返事する。勧誘したのは向こうなのに、パパンはそうかと短く答えるのみだ。イッチー&モッピーは大喜びしてるし、言うことはないか……。痛い事は総じて苦手だけれど、習うからにはしっかり頑張ろう。

 

 その日は時間が遅いとかで、本格的に始めるのは次回からという運びとなった。そういえばだけど、ちー姉の許可なしでも平気だろうか?そのあたりは、イッチーが詳しく話せば大丈夫かな……。着替えてイッチーと共に帰路をいく俺は、そんな事ばかり考えていた。

 

 

 

 

 

 

「父さん、ただいま。」

「こんにちは、柳韻さん!」

「…………」

「ああ、御帰り箒。一夏くんと黒乃くんは、よく来たな。」

 

 長い階段を上ると、境内では父さんが掃き掃除をしていた。快く一夏と藤堂を迎え入れるが、表情は厳格そのものだ。顔に出ないだけだと信じたいが、娘の私ですら父さんのくだけた表情は見た事が無い気がする。そのため怖がられがちな父さんだが、一夏は大して気にした様子は見られない。藤堂は……解からないと言うのが正直なところだ。何やら事情があると一夏から聞いてはいる。

 

 喋る事が不可で、表情をつくる事も不可……。本当に何を考えているか解からないせいか、時折気味悪く感じてしまう。ただ、藤堂は必ず会釈を行う。それだけで、最低限の礼儀は心得ているのだなというのは伝わる。いくら事情があるとはいえ、不遜な態度を行っていいはずも無い。そこらの藤堂の行いは、かなり好感が持てる。仲良くなれそうかと聞かれれば、微妙なところだが。

 

「2人とも、すぐに着替えてきなさい。」

「「はい!」」

「黒乃くんは、いつも通りかな?」

「…………。」

 

 私の家は、神社兼剣術道場だ。千冬さんとの縁もあってか、最近は一夏も通う様になった。そして、一夏ある所に藤堂あり……。藤堂は手習いを受けている訳ではないが、毎度の如く一夏に付き添って来る。それが本意なのか不本意なのかは、それこそ解るはずも無い。一夏が言うには、黒乃は嫌なら着いて来ない……とかなんとか。私としては、どうせ来るなら一緒にやればいいと思うが。

 

 だが、私から藤堂に話しかける事はまずない……。それでなくても引っ込み思案な私は、きっと心のどこかで藤堂を敬遠してしまっているのだろう。それはいけない事だと、頭では解っている。しかし、どうしても1歩が踏み出せない。考えたくない事だが、一夏の事も関連しているに違いない。私は多分だが、藤堂に嫉妬している。いつも一夏に手を引かれ、必ず一夏の背後か隣に居る藤堂の事を、羨ましく思っているのだろう。

 

「箒、何やってんだ?早くいこうぜ。黒乃は、また後でな!」

「ああ、今行く。」

「では、私達も行こうか。」

「…………。」

 

 藤堂は父さんに手を引かれて、道場の方へと向かって行った。私達が着替えている間に、先に藤堂は道場に向かうのが通例だ。……父さんは、藤堂の事についてどう考えているのだろう。ポーカーフェイス同士で、何か通じる所でも……?いや、藤堂が好きで無表情でいるわけでは無いのを忘れてはならん。そんな事を考えていないで、私も一夏を追いかけなくては。

 

 胴着へと着替え終えた私達は、急ぎ道場へと足を運ぶ。そこには父さんが既に待ち構えていて、いつでも練習が始められる状態が整っていた。私達2人の姿を確認するや否や、すぐさま父さんの指導は始まる。一方の藤堂はと言うと、道場の隅でちょこんと正座で座っている。これも通例で、まるでそこが自分の居場所だと言いたげだ。もう少しは、遠慮をしなくても良いのだが……。一夏も黒乃が気に入っているのならと、あえて何も言わないらしい。

 

 ……こう言っては何だが、藤堂ばかりに気を取られてはいけない。心に揺らぎがあっては、剣道なんてものは出来ないものだ。私は気持ちを切り替えると、意識を父さんの言葉へと向ける。そうして本格的に練習が始まるが、とりわけ何も特別な事は無い。基本的な足の運びや、竹刀の振り方。そういった基本練習をした後に、実戦形式の打ち合いをする流れだ。だが、こういった地味な反復練習こそ強くなる秘訣だろう。

 

「……一夏くん。黒乃くんは、剣道をする気はないのかね?」

「俺も前に勧めてみたんですけど、首を横に振りましたから。黒乃にしては、珍しい完全否定ですよ。」

「藤堂が、どうかしたのですか?」

「私にはどうも、あの子がただ者には思えんのだ。」

 

 私達の打ち合いがいったん止まると、ふと父さんが一夏にそんな事を聞いた。藤堂はイエスかノーを首で応える時があるらしいが、それは稀な事らしい。藤堂が首を横に振って否定の意味を示したと言う事は、よほど剣道をやりたくはないと、そういう事なのだろうか。しかし、父さんのいう事ももっともだ。もしただ者でないならば、その才能をここで腐らすにはもったいない。

 

 私達3人の視線の先にあるのは、藤堂だ。それなりに距離があるためか、向こうはこちらが何を話しているかは聞こえていないらしい。しばらくの間を置くと、ついに父さんが動きを見せた。父さんは藤堂の方へ、静かな足音で近づいて行く。私達はその様子を、固唾を飲んで見守った。

 

「どうだね黒乃くん。たまには、見ているだけじゃ無くてやってみないか。」

(コクン、コクン)

「そうか、解った。箒、支度の手伝ってあげなさい。」

「は、はい。」

 

 一夏は断られたらしいが、父さんの勧めには首を大きく2度動かして肯定して見せた。全く話が違うではないか……。服は……私服の上に防具でも構わないだろう。物は試し程度のものだろうし、父さんだってきっと藤堂にそこまで求めてはいないハズだ。防具をつけると、藤堂はそれなりにやる気なのか自ら面を被って竹刀を握り立ち上がった。道場の中ほどで竹刀を構えると、私と父さんは驚愕を覚えた。

 

「父さん……。」

「ああ、相手は箒だ。」

「え?でも……黒乃は初心者じゃ……。」

 

 剣道を始めたばかりの一夏には、解らないかも知れない。しかし、藤堂の見せた構えは一朝一夕で成しえるソレではなかった。それこそ初めて竹刀を握るとは思えない……。姿勢から何から、どれを取っても完璧だ。私は思わず唾を飲みこむと、警戒心を抱きつつ面を被った。そして私も藤堂の前まで向かうと、剣を構える。その瞬間に、藤堂の姿が巨大に見えた気がした。

 

 これは、プレッシャーという奴なのか?藤堂……お前はいったい何者なんだ。いや、落ち着くんだ。私の気の持ちようが、藤堂を大きく見せるだけに違いない。私が深呼吸を始めると、父さんは始めの合図を待ってくれたようだ。実際に対峙せずとも、父さんにはきっと藤堂の底知れぬ何かを感じているのかもしれない。この状況をいまいち理解していないのは、一夏くらいのものだ。よしっ……父さん、いつでも始めてください。

 

「始め!」

「やああああ!」

「…………。」

「なっ!?」

 

 父さんが右手を振り上げると同時に、私は藤堂へと攻撃を仕掛けた。先手必勝!藤堂には悪いが、一撃で終わらせてもらおう。私は竹刀を藤堂の頭を目がけて振り下ろすまでは、本当にそう思っていた。しかし、あろうことか藤堂は、私が攻撃の素振りを見せる頃には既に攻撃を避け始めていたのだ。私がしまったと思った頃にはもう遅い。藤堂は少し横にずれただけで、竹刀は空振りに終わってしまう。

 

 まぐれだ……きっとそうに決まっている。私はそう思いたかったが、その希望はすぐさま打ち破られた。私がどれだけ速く動こうとも、どれだけ鋭い太刀筋をみせようと、藤堂は私よりも早く回避を始める。その動きはまるで、私がどこへ攻撃するかが解っているかのようだ。私はまるで亡霊を相手にしているかのような、そんな錯覚をおぼえた。

 

(このままでは……!いったん退いて、体勢を……)

「…………。」

「は、速っ……!?」

 

 竹刀を振り続けていたせいか、私はスタミナが切れてしまう。そもそも一撃必殺を狙っていただけに、焦りも大きかったのかもしれない。私は呼吸を整えようと、攻撃を止めて後方へとさがった。しかし、それこそが悪手……藤堂は、私が退くタイミングを待っていたのだろう。私が攻めを止めると同時に、藤堂は凄まじい速度で1歩を踏んだ。一瞬にして間合いを詰められた私は、対処する手立てなどない。

 

 私の頭部に衝撃が走ると同時に、気持ちのいい竹刀の音が鳴り響く。けっこうな威力を持った藤堂のを喰らった私は、尻餅をついてしまう。私は尻餅をついた状態で、様々な事を考えていた。初心者相手に、何も手が出せなかった……。もちろん藤堂を舐めていたつもりはないが、それでも私にだってそれなりのプライドという物が有る。父さんもそれなりに衝撃を受けているのか、固まったまま判定を出さない。

 

「柳韻さん。判定しないと。」

「あ、あぁ……。面あり、1本!」

 

 道場内の静寂を破ったのは一夏で、何度か私や父さんを見てその言葉を放つ。父さんの判定の声と同時に、私には負けという事実が重くのしかかってきた。剣道をやっていて、果たしてこれだけ悔しい思いをした事はあっただろうか。この悔しさは、きっと私がそれだけ驕っていた証だろう。私が唇を噛み締めていると、ふと私の目の前に掌が差し出された。見上げてみると、藤堂が私を引き起こそうとしてくれていた。

 

 私は、その事が純粋に意外だった。表情が出ないだけに、冷たい人間だと勝手に思い込んでしまっていたのだろうか。あまりに意外な出来事だったために、私は悔しさなどどこかへ消えてしまっていた。むしろ何か、悔しさが清々しさに変わったかのような……そんな感覚だ。私は藤堂の手を取ると、またも意外な事が起きた。藤堂の手は妙に温かく、握っているととても安心する。

 

「ちょっ、こら……いきなりなんだ!?」

 

 藤堂が手に力を込めたのに合わせて、私も勢いをつけ立ち上がった。するとどうした事か、藤堂はいきなり私に抱き着いて来たではないか。それでなくてもわけの解からない奴なのに、この行動は私からすれば意味不明だった。腕に力を込めても、なかなか藤堂は離してくれない。私は思わず、一夏に助けを求めた。

 

「い、一夏!これはいったい……どういう事なんだ。藤堂は、その……。」

「さ、さぁ?俺にもよく解らないけど……」

「箒と、健闘を讃えあおうとしているのではないか?」

「父さん……。そう……だと良いですが。」

 

 もし本当に父さんの言う通りならば、とてもに嬉しい事だ。私は何も出来なかったが、それでも剣道を通じて何か感じてくれたのならばこれほどの事は無い。私はギュッと抱きしめられているだけだったが、少しばかり藤堂に倣って腕へと力を込めた。これで私も、それなりに藤堂へ健闘を湛えている事が伝わればいいが。なるほど、この感じ……悪くは無い。

 

 内弁慶の気がある私は、藤堂に負けず劣らず友人は少ない方だろう。そのために、こうしていられる同性の人間など……いた試しがない。藤堂は確かに、何を考えているかは解からない。しかし、そんな事は関係ないのかもしれない。藤堂を異質と思わせるのは、私達が自分を普通だと思いこんでいるから。だとすれば、藤堂は苦しいのかもしれない。それでもこうして、精一杯の想いを伝えようとしてくれている。それにしても……少し苦しい。

 

「黒乃。もう離してやっても良いんじゃないか?」

「そ、そうだ……。藤堂の気持ちは解ったから、いい加減に苦しいぞ。」

 

 一夏も助け舟を出してはくれたが、藤堂は大人しく従ってくれた。この時に、私はようやく一夏の言葉を思い出せた。あれは、私が一夏に藤堂を紹介された時の事だ。少しばかり表情を曇らせる私に、一夏はこう言ったのだ。一夏は表情が出ないだけで、中身はとても優しい良い子だ……と。私はその言葉に半信半疑だったが、まさにその通りじゃないか。優しくも無い人間が、藤堂の様な行いを出来るはずが無い。

 

 こちらから歩み寄らねば、藤堂はどうしようもないじゃないか。そんな事にも気づかずに、ただ敬遠をしていた私は……なんと恥ずべき行為をしていたのだろう。藤堂は、ずっとこちらへ手を差し伸べてくれていたに違いない。だから私は、今度こそその手を取ろう。だからまず手始めに、名前で呼ばさせてほしいものだ。流石に率直に述べる事は出来ずに、私はしどろもどろながらに藤堂へ告げた。

 

「良ければ、その……黒乃と、そう呼んでもいいだろうか?」

「…………。」

 

 私がそう言えば、藤堂は確かに頷いた。それは明確な肯定の証。あぁ……やはり、藤堂は本当に優しいのだな。私が、一夏関連で嫌な顔をした事も解っているだろうに。そんな事も気にしない藤堂は、もはや器が大きいとか……その辺りの次元なのではないだろうか。藤堂の……いや、黒乃のせっかくの厚意だ。甘えさせて貰うと共に、しっかりその想いに応えられるよう励まなくては。

 

「黒乃くん。君さえ良ければ、本気で剣道をやって見ないか?君ならきっと、すぐに上達するはずだ。」

 

 私達のやり取りが終わる隙を窺っていたのか、父さんが近づき黒乃へ声をかけた。上達と父さんは言っているが、相当にレベルを落した話をしているに違いない。理由は解からないが、黒乃がそういうレベルでは無いことくらいは百も承知なハズだ。父さんの言葉に、黒乃は何も答えない。これはもしや、明確な答えが出て来ないパターンなのだろうか。

 

 黒乃が剣道をする事に肯定的な一夏は、何か期待の眼差しで眺める。私としても、今となっては黒乃と研鑽を積んで行きたい。だからこそ、一夏に負けず劣らずの視線を黒乃へと送った。迷っていたかどうかは定かではないが、しばらくして黒乃は首を縦に振ってくれた。つまりは。これからも黒乃と剣道が出来るという事だ。喜びが爆発した私と一夏は、思わず飛び跳ねながらハイタッチを交わす。

 

「今日は……もう調度良い時間だ。お開きにして、本格的な練習は次回以降としよう。」

「はい、ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

「…………。」

 

 今日は時間も遅いと言う事で、父さんの言葉でお開きとなった。元気に挨拶をする私と一夏。黒乃は、会釈でなく深々と頭を下げた。着替えを行わなくてはいけない一夏と若干のタイムラグはあるが、黒乃と一夏は家路へと着いて行った。道場に残されたのは、私と父さんのみだ。私はそんな父さんの前に、正座で座って見せた。いつも父さんは、練習の総評などをくれる。しかし今日は、なかなか口を開かない。

 

「……励め、そして強くなれ。」

「父さん……?」

「見て解っただろうが、黒乃くんは本物だ。剣を握るために、産まれて来たとも言って良い。」

「…………。」

「才能のある物が努力すれば、それだけ伸びしろはある。だからこそ、励む事を怠るな。自分を律し、いずれ今日の借りを返して見せろ……以上だ。」

「は、はい!ありがとうございます!」

 

 父さんが目も開けずに放った言葉は、私に対する激励の言葉だった。基本的に厳しい父さんにしてみれば、大変に珍しい言葉だ。思わず面喰らってしまうが、私にはとてつもなく力になる言葉だ。自分で言っていて気恥ずかしいのか、父さんはさっさと退場してしまった。最終的に1人取り残された私だが、何度も父さんの言葉を噛みしめる。

 

 そうだ……今のうちに黒乃は私などすぐに追い抜いて、はるか先を進んで行くだろう。だけれどそれに挫ける事無く、ひたむきに強くなる事を怠るなと父さんはそう言いたいのだ。今日は触れる事すら出来なかった。それはもう人生で最大の借りになる事すらありうる。返して見せよう……いずれ、私の力で。よしっ!と自分を激励した私は、ようやく道場を後にした。

 

 

 




黒乃→眠いよぉ……。
篠ノ之親子→やはり天才か……。

柳韻さんって、原作には名前しか登場してませんでしたっけ?
それなら良いんですけど、キャラ付は想像でやってます。
まぁ……箒以上に出番は無いでしょうから、大丈夫……ですかね?

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