長い戦いが終わり、王子には考えることがあった。

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王子の訪問

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 新たに幕が開かれた「千年戦争」はその幕を閉じた。その結果世界は緩やかに平和を取り戻し、もとの姿へと還りつつあった。無論多少の小競り合いはあるものの、王子一行がその剣を振るっていた時に比べれば天と地の差である。そんな中で、王都にあるキャメロット城はある事件に見舞われていた。

 事件を起こした張本人にとっては、何のことは無い、単なる気まぐれに過ぎないものであったのに対し、周りの反応は天災でも降りかかったかのような大わらわっぷりだった。

 それも無理はない。

 ログレス王国のキャメロット城の主が――アーサー=ペンドラゴン二十一世が書置きを残して姿を消したとなれば。

 既に魔物の襲撃にあった爪跡は修復作業も終わり、かつての王都の城たる姿を取り戻したキャメロット城も主がいなければその城壁も荘厳さもどこか寂しげな気配を漂わせる錯覚を感じさせるほどで。

 しかし外見はそうでも内部はまた違う雰囲気を出していた。主に戦術教官ケイティと政務官アンナの怒気によるものである。

 勢いよく卓に叩きつけられた拳の振動で、王子――いや、いまや王の方が相応しい――の書置きがはらりと床に落ちた。

 さすがは王都の城であり、丹念に磨かれた床はその紙に少しも汚れをつけることはなかったが、『少しばかり城を空けるよ』との書置きに震える空気はいささか剣呑が過ぎるもので。

「……」

 こめかみに青筋を立てるケイティとアンナの怒りの度合いから、王子のそう遠くない未来が悲惨な目に遭うことを確約させたことを物語っていたが、本人にはついぞ知れることはない。悲しきことに。王子が色々な意味合いを含めてこってりと搾られるのは、言わずもがなであろう。

 太陽がその猛威を奮う、夏の日のことである。

 もっとも王子からしてみればいたずらに城を空けた訳ではなかった。ただ、ある明確な目的をもって城を空けたのだったが、それにしても知らせることなく書置きのみを残すとなると、やはり庇いようもない。

 その目的がたとえ戦いを終わらせた皆の顔を巡る旅であったとしても……それぞれの道を見届けるための旅だったとしても、やはり言伝すらしていない以上ケイティとアンナにとってはただの我儘城主であるし、困った胸の恋煩いの源である。

「ふぇっくし」

 と、その王子は呑気にくしゃみ一つをして。

「……風邪ひいたかな?」

 最低限の装備のみで、旅路を一人。

「あ、あそこだ」

 最初の目的地へと、既に到着していた。

 

2

 

 かつてモーティマという山賊頭がいた。少数の腕利きを従えて王子一行を襲撃し、その後は紆余曲折あって王子一行に加わり、その後はその野卑に満ちた外見からは思いもよらぬ料理の腕前によって一行の食事事情を支えた男である。

 非常に嘆かわしいことに、一行の女性陣の料理技能は壊滅的であったためにその活躍はたびたび過分な脚色を添えられてはいるが、それでも一行の貴重な支えの一柱であったことに違いはない。

 彼は争いの終結後、その持ち前の腕を活かして料理屋を開いていた。店名はモーテン。そうでかでかと看板に書いてあった。それを見、若干の苦笑いを零して王子は店内に足を踏み入れる。

 客の来訪を告げる鈴が軽い音色を店内に響かせた。

「らっしゃ……ん?おぉおぉぉ?」

 その声が疑問から確信まで変わるのに大した時間は必要としなかった。

「久しぶり」

「なんだおめぇか!来るなら一言寄越せばよかったじゃねえか。まあ座れよ」

 言われるまま、手近な木製の椅子に王子は遠慮なく腰掛けた。木製のテーブルは手作り感が溢れているが、これはこれで味のある。

「平和に近づいても忙しいのは変わらなくって、なかなか機会を作れなかったから」

 言って、懐から取り出したのは酒瓶だった。こっそりと、キャメロット城から持ち出してきた古酒である。英雄王がこよなく愛したと実しやかに噂されるほどの古酒であり、後にこれが城の保存庫から消えていることを発見したケイティは王子に近いうち必ず一度、しっかりと執拗にみっちりと逃げ場なく際限なくお灸をすえてやろうと固く誓ったとされる……が、それはまた別の話であって。

「今日は、飲みに来たんだよ」

「そうか。当時は十八の若造だったがな。時間が経つのは早いもんだ」

 歳よりじみたことを言いながらモーティマは律儀に表の看板に本日休業と貼り紙をはると、王子に向かい合うようにして腰掛けた。

 さて、この図。すっかり垢ぬけた王子は椅子に腰かけても中々絵になるものだが、モーティマの場合は少々趣が異なった。王子と共にいた頃、モーティマは半裸の恰好だったのだがそれを崩すことは彼の主義に反するらしい。そして料理をするときには必ずエプロンをその上にする。当時その異様な格好に誰もが内心でつっこみを入れざるを得なかったが、とうとうそれは口に出されることなく……つまるところその格好で王子と向き合っているのはシュールレアリスムにも通じる何かを感じるものだった。

 が、既に慣れてしまった王子は構わずモーティマのグラスに古酒を注ぐ。それを遠慮なくモーティマは一気に飲み干した。

「キクな」

「とっておきの虎の子だからね」

「王子様も悪い事をするようになったもんだな」

「戦いの中で、色んなことを教わったからね」

 言いやがる、とモーティマは漏らして大きく息を吐いた。ただそれだけ。古酒が尽きることのない魔法をかけられているわけはなく、やがて酒瓶は垂らすものもなくなり、そしてどちらともなく立ち上がった。互いにあまり喋ることはなく、黙々と古酒を煽るのみの酒盛りはこうして幕を閉じた。

 店を去る直前。

「おい」

「ん?」

「もってけ。酒のつまみにゃ丁度いい」

 モーティマから渡されたのは、ヤモリの丸焼きだった。

「いやこれ酒のつまみって言うか」

「世継ぎはまだだろ?」

 野性味のある笑みが酒のせいで朱く染まり、らしくない愛嬌を出していた。それがおかしくて、王子は少し噴き出してから無言を返事として店を去った。

 古酒が全身を巡る感覚は未だ続き、心地よい酩酊感がある。王子は城をぬけ出した理由を思い返していた。

 誰もが凄惨な戦いに身を置いて、そして終われば散り散りになった。急に顔を見たくなったのは、決してなまぬるい感傷では、ないはずだ。

「次は誰が……」

 火照った身体を風が撫でる。

 まだやるべきことは残っていた。

 


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