第十話 私は今ちゃんと笑えているのだろうか (巴マミ語り部)
美樹さんが契約した。
美樹さんが魔法少女になってしまった。
あの人は、キュウべぇは、私が悪いなんて事はない。
私が悪かったことなんて一度もない。
そう言ってくれた。
違う、違うそれは違うと、それは勘違いだよ、と。魔法少女に罪なんて一切ない。いつも、悪かったのは僕達インキュベーターだ。と悲しそうに、辛そうに、頑なに、そう言うのだ。
でも違うよ。キュウべぇ。
私が悪かったの。
私のせいで。
私が誘ったから。
私が無理やり誘ったから。
私が弱かったから。
私は寂しくて、誰かと一緒に。
私はただ、仲間がほしくて。
私はただ、友達がほしかった。
分かり合える、隠し事なんてない、強い絆がほしかった。
誰かと一緒に生きていると、そう感じたかった。
馬鹿だ。私。
本当に、馬鹿だよ。
こんな近くに、あなたがいてくれたのにね。
ねぇ、キュウべぇ。
ちゃんと、私は笑えているだろうか?
美樹さんは嬉しそうに笑っている。まるで、付き物が落ちたように、迷いなんてない。後悔なんてない。そんな意思の強さを感じる。
ああ、魔法少女とはこんなにも希望に満ち溢れているのね。
ああ、こんなにも、今にも壊れてしまいそうなほど、儚い希望を輝かせているのね。
ああ、そうだ。
佐倉さん。あなたもそうだった。儚い今にも壊れてしまいそうな幸せはいとも簡単に崩れてしまった。
彼女は魔女にはならなかったけれど、きっと絶望したのだと思う。
きっと、大切なもの全部、全部捨ててしまったのだろう。
きっと、彼女はそうしなければ生きていけなかったのだろう。
辛いことも、悲しいことも全部受け入れて、割り切っていないと、きっと今にも死んでしまいそうだったのだろう。
ならば、何故、私はあの時彼女に何もしてやれなかったのだろうか?
たった、一度の拒絶の言葉を受けたぐらいで、何故、彼女を一人ぼっちで行かせてしまったのだろうか。
そんなのわかってる。
弱い私は、怖かったのだ。
希望が、幸せが崩れてしまうものだということを知るのが怖かった。
現実が怖かったのだ。
希望が絶望に変わってしまうこと。
幸せが一転して不幸になってしまうこと。
そんな当たり前の事を知るのが怖かった。
本当は私は佐倉さんを行かせたわけではない。
拒絶されたから離れたのではない。
私は、逃げたのだ。
彼女から、現実から。
そうでないと、私は生きていけなかった。
これが、わたしの真実。
こんな小さく、脆弱な、ちっぽけな存在がわたしの真実。
今、私は笑っているだろうか?
ちゃんと、笑っているだろうか?
泣いてはいないだろうか?
ちゃんと虚勢は、張れているだろうか?
私は、また、逃げてしまうのだろうか?
彼女から。
美樹さんから。
現実から。
そんなのいやだな。
もう、逃げたくないよ。
でも、私はどうしたらいいかわからないんだよ。
わからない、わからない、わからない、わからない。
ああ、私はちゃんと笑えているだろうか?
美樹さんのように、希望に満ち溢れた笑顔をしているだろうか?
美樹さんを不安にさせていないかな?
ちゃんといつもみたいに、先輩顔になっているかな?
「これからも、魔法少女の先輩として、ご指導、ご鞭撻のほどをお願いしますよっ!マミさん!」
元気よく快活に迷いなく笑う美樹さん。
「ええ、そうね。これからもよろしくね。私は厳しいから覚悟してね」
私は、今彼女のように笑っていられているだろうか?
わからない。わからない。わからない。
美樹さんは、上条君の左手を治すために契約した。
当然私達魔法少女の根源であり、起源であるソウルジェムが濁れば、絶望してしまっては終わり。魔女になってしまうことは彼女は知らなかったようだけれど。
それでも。
私が前のお菓子の魔女の戦闘時、あれほど、ひどい怪我を、普通の人間なら間違いなく即死のあの状況でも、平然と生きていられる私を見て、大体の事は彼女も理解しているようだった。
魔法少女となることは、すなわち、人間をやめることなのだと。
普通の少女を捨てて、化け物になってでも、それでも、叶えたい願いがあって、大切な人が彼女にはいたのだ。
ああ、私は笑っていられるだろうか?
そこに、白いマフラーのようなものが、ゆっくりと、私に近づき、私の胸を揉んだ。
もしかしなくても、キュウべぇの耳毛でした。
私は前方の未確認生物の頭蓋を引っつかむ。
「あだあだだあだあだだだだ!」
「あなたは私が考え事をしているときに何をしているのかしら?もう、何もかもぶち壊しじゃない。あなたの頭蓋をぶち壊せば元に戻るのかしら?試してみる?」
さらに彼の頭蓋に力を込める。彼の頭のミシミシという軋む音が心地いい。
「ちょっと待って!待って!本当に、陥没する!僕の頭が!い、いやぁ。何か考え事をしているのなら、その手伝いをっ」
「あらあら、胸を揉まれたら、頭がよく働くなんて初耳ね。初耳ついでにあなたの耳毛でもブ千切ってみましょうか?何かが変わるかも」
「いやいや!何も変わらないよ!そんなことしても僕の外装が変わるだけで、何も変わらないよ!むしろ困ることになるよ!シルエットで僕だとわからなくなっちゃうよ!」
はぁ、私は、キュウべぇを離す。
駄目なのはわかってる。それでも、彼に聞いてしまう。
「私はちゃんと笑えているのかしら?」
弱い私は彼に頼ってしまう。
彼は可愛らしく首を傾げながら答えてくれる。
「いつも通りのキュートな笑顔だよ?」
……………はからずもちょっと嬉しい。
そして、美樹さんの魔法少女の生活が始まる。
いつものように、学校が終れば魔女を探索し、戦う日々。
鹿目さんは前の戦いが相当ショックだったらしく、最近は家で療養中。
鹿目さんまで、魔法少女になってほしくない。
私は、彼女には、絶対に無断で契約しないことを約束して、しばらく見学もお休みしてもらうつもりだ。
美樹さんは楽しそうに、快活な笑顔で私を元気付けてくれた。
でも、その笑顔は長くは続かなかった。
日に日に、美樹さんの笑顔は薄れていった。
時折、見せる辛そうな顔。
それでも、彼女は笑うのだ。
それは明らかな作り笑いで。
空元気だった。
まっすぐな美樹さんは嘘が下手だった。
そんな彼女に私は優しく微笑む事ができているだろうか。
理由はすぐにわかった。あまり、鹿目さんには関わらないほうが、いいのだけれど、彼女自身が私に相談してくれた。
まだ、私は鹿目さんに頼ってもらえるのが少し嬉しかった。
私はまだ、あなたの頼れる先輩でいれるのだろうか。
鹿目さんの話だと、回復した上条君は普通の学校生活を送れるようになったのだそうだけれど、美樹さんがクラスの友達の志筑さんと少し衝突があったみたい。
その理由は恋愛。上条君をめぐった恋争い。
言うまでもなく上条君の事を思い続けた美樹さん。
彼の辛そうな姿が見ていれなくて、彼が壊れていくのがどうしてもいやだった、と、そう美樹さんは言っていた。
それほど彼の事を思う美樹さん。
美樹さんはそれで、上条君と付き合おうと、恋仲になろうと考えたわけではないのだろう。
それでも、彼女の心の奥底では、そんな希望を求めていたのではないのだろうか。
そんな幸せを望んでいたのではないのだろうか。
だから、ただ辛かったのだと思う。
美樹さんは、大切な、ずっと、一途に思い続けた彼を取られてしまうのかもしれない。
そんな思いはきっと膨れ上がって、不安となって、彼女の笑顔を蝕み続けた。
でも、私はそれ以上に怖かった。
彼女の希望が、壊れてしまうのではないかと。
佐倉さんのように。
もしかしたら、魔女のように。
不安は希望を蝕み、いつか絶望に変わってしまうのではないのだろうか。
美樹さんの儚い、今にも壊れてしまいそうなそんな不安定な希望を壊してしまうのだろうか。
嫌だ。
そんなの嫌だ。
嫌だよ、嫌だよ、嫌だよ、嫌だよ、嫌だよ、嫌だよ。
そして、ついに、美樹さんの顔から笑顔が消えてしまった。
私は、美樹さんが見ていれなかった。
とても、辛そうにしている。
とても、悲しそうに、
とても、苦しそうにしている。
私はなにもできない。
私が何を言っても、彼女の心には届かなかった。
私が心配すればするほど、彼女は痛々しく笑うのだ。
引きつった、作り笑いともいえない、そんな悲痛な笑顔を私に向ける。
そんな顔をさせたいんじゃない。
私は一体どうすれば。
わかわない。
わからないよ。
もう限界だ。
私は、笑っているだろうか?
馬鹿だ。そんなのなんの意味も無いのに。
今日は、もう、各自家で休むように美樹さんに言った。
ソウルジェムはこまめにグリーフシードで浄化するようにと、だけ言って。
私は今にも、崩れそうな笑顔で言った。
辛うじて虚勢を張れたと思う。
もう、限界だった。今にも泣いてしまいそうだった。
そして、部屋に帰る。
私は家の明かりもつけずにそのままへたり込む。
しっかりしないと、私が、美樹さんを支えないでどうするの?
さあ、笑うのよ。私。
笑え。笑え。笑え。
ちゃんと笑わないと。
強く、笑顔でいないと、誰が彼女を支えるの?
私の大切な後輩。
私の守りたい人なんだ。
私のせいでこんなことになってしまったんだ。
しっかりしろ。
私がこんな顔でいたら、余計心配させちゃうじゃない。
美樹さんにあんな辛そうな笑顔をさせるわけにはいかないんだ。
だから。
だから、笑え。
強く、正しく、元気付けられるように。
笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。
もう、限界だった。
何もかもが限界だった。
私は笑顔なんて作れるわけもなく、泣いていた。
涙が止まらなかった。
ああ、どうすればいいのか。わからない。
もう、何もかもがわからない。
私はどうすればいいのかわからない。
このまま、壊れて、死んでしまったほうがらくではないのだろうか、そんな危険な発想にいたる、その直前。
とても暖かい優しい耳毛が私を包んでくれた。
真っ白なマフラーみたいな耳毛。
それは言うまでもなく彼のものだった。
「大丈夫だよ。マミ。君は大丈夫だよ」
キュウべぇは優しく、そんな事を言ってくれた。
もう、何もかもダメな私をそれでも大丈夫だと言ってくれた。
私は、自分の中で保ち続けた強い自分が音を立てて崩れた。
虚勢を張り続けた自分が崩れた。
今まで、かみ殺した感情が全部あふれ出す。
私は声を上げてかれに抱きつきながらみっともなく泣いた。
わあああぁぁん、と。
まるで、赤子のように。
弱い私は、彼に泣きつくことしかできなかった。
優しい彼に甘えて頼ってしまう。もたれかかってしまう。こんな生き方ではダメなのはわかっている。
でも、私は彼にもたれかかっていなければ今にも崩れて壊れてしまいそうだった。
「どうしよう、どうしよう、キュウべぇ。このままじゃあ美樹さんがぁ。私がしっかりしないといけないのに。私が笑顔で彼女を支えなくっちゃいけないのに。私、私、なんにもできない」
彼は泣きじゃくる私の頭を優しく撫でてくれた。私の今まで溜め込んでいたもの全部受け止めてくれる。
私の支離滅裂な泣事を優しく聞いてくれた。
「私のせいなのに。私が、美樹さんを、誘ったから。わたしのせいなのに。私が悪いのに。でも、このままじゃあ美樹さんが魔女に。そんなの嫌だよ。そんなの嫌」
「君が悪いわけないじゃないか。君はいつだってがんばってきたじゃないか」
「でもでも」
「君の笑顔は、とても魅力的だ。それだけで、元気が沸く。でも。だからって、君が笑い続けなきゃいけないわけじゃあないんだよ。泣きたいときは泣いていいんだ」
「でも、このままじゃあ、美樹さんが、魔女に。私、どうしたらいいか……」
「僕はね、決めたよマミ」
「え?」
私は彼の顔を覗き込む。
「もう、自分の罪から逃げないって。何もかも僕が、僕達が悪いんだけれど、それを理由に逃げないって。まあ、開き直るとも言うんだけれどね。君を含めた魔法少女全部僕がなんとかする。だから、手を貸してくれるかい?マミ?僕一人じゃあとても無理なんだ」
優しい彼の瞳は、強く、揺ぎ無い覚悟の光がともっていた。
「本当に、本当に?なんとかなるの?美樹さんも、私も、魔法少女も」
「ああ。僕が一人で全部、根こそぎ救ってやるとはとても言えないけれどね。僕にできる事があるとしたら、せいぜい、舞台を作ることくらいさ」
ああ、彼はどうして、こんなにも強いのだろう。
私はなんて弱いのだろう。
私にできるだろうか。私は彼の作る舞台で、うまく踊ることができるだろうか。
「結局全ては君たちにかかっている。無責任な話で大変申し訳ないけれどね」
「それでも、チャンスをくれる?希望をつむいでくれる?」
「ああ、勿論さ。それだけはやりきってみせる。僕達の仕出かしてしまった事は決して取り返しがつかないことはわかってる。それでも、僕に、僕達に責任をとらせてくれ。君を泣かせるこんなシステムなんて僕と君達で、全部、全部、ぶっ壊してやろう?」
「なら、私はこんな所でへたれ込んでいるわけにはいかないわね」
「なんだ、残念。もう少しこうしていたかったのにな」
「そんないつまでも、あなたによりかかってはいられないでしょう?」
「そんなことはないさ。僕だってマミに寄りかかって生きていきたい。でないと、きっと立つこともできないだろう」
「僕はもう、嘘をつくことに、偽ることに疲れたよ」
「私はもう虚勢を張ることに疲れたわ」
「誰かを偽らなければ生きていけなかった僕と」
「自分を偽らなければ生きていけなかった私」
「きっと、前を向いて、誰かに偽ることなく、自分に偽ることなく生きていくには、お互いがもたれかかって、寄り添って、支えあっていかないと立つこともできないんだ。それほど弱い僕達。これほど脆弱な僕達でも。君と一緒にならば。立って歩いていけるんだ。君となら、どんな運命も、どんな絶望も全部、根こそぎぶち壊すことができるんだと、そう、思う」
キュウべぇはそう言ってくれた。私となら、このどうしようもない、運命を変えることができるのだと。
誰かに頼ってもいいのだと。
あなたを頼って、もたれかかって、寄り添って、生きていいのだと。
私は彼を支える事ができて。
彼は私を支えてくれるのだと。
ああ、こんなにも、希望が見える。
さっきまでの絶望の世界ではない。
彼が、私を、希望のある未来を見せてくれた。
キュウべぇはその耳毛を私の手に差し伸べてくれて。
「さぁ、まずは手始めに、美樹さやかの運命でも変えてやろうか?」
そう、言ってくれた。
私はその希望を、決して離さないように。
決して取り逃がしてしまわないように。
強く、強く。握るのだった。
誰に問うまでもない。
私は今希望に満ち溢れた最高の笑顔をしているに違いない。