あたしは今見滝原市から少し離れた、とある街にいた。なんで、見滝原市から、などと曖昧な説明をしたのは、あたしが思い出したからだ。かつて、その街で生まれ、その街で育ち、その街で希望を知り、その街で絶望を知った。その事を思い出したからだ。でもそれは終わった事で、終わらせた事。だから、すぐにまた忘れるさ。自分の家族の事も。あたしが家族を壊した事も。あたしのせいで家族が死んだ事も。全部、全部忘れるさ。そうすれば、楽になれる。生きる事ができる。生きる事だけ考えられる。
あたしはとある街のコンビニから今日の分の食料を掻払う。魔法少女っていうのは確かに腕力は馬鹿みたいにあるけど、それだけじゃない。魔法。これほど便利なものはないだろう。これを使えば誰もあたしを認識できなくする事も近づけないようにする事もできる。実力行使もできないわけじゃないけど、目立ってしょうがない。目立つのは性にあわない。あたしはコンビニを出る。最近のコンビニは野菜やらフルーツやらも売ってるみたいだ。あたしはその中のリンゴを取り出しかじる。昔、貧乏だった時の事を思い出す。リンゴが晩御飯なんてざらだった。一つの小さなリンゴを妹と二つに分けて食べた。それは、とても、小さくて、満腹とは程遠かった。でも、あたしはリンゴが大好きだった。家族と食べたものはなんでもうまかった。いや……、ちがうな……。飯はなんでもうまい。一人ぼっちじゃない、飯はそう、なんていうか
嬉しいんだ。
だからあたしは家族と一緒に食べた食い物が大好きだ。妹と一緒に食った駄菓子。でも、金がなくてね、10円のんまい棒くらいしか買えなかったな。今じゃあ、なんでも手には入るって言うのに、未練がましくあたしはそんなものを食べ続けるのだ。まったく、それであたしは贖罪のつもりなのだろうか……。家族を弔っているつもりだろうか。あたしが壊したくせに何を今更。あたしが殺した。あたしの願いが殺した。あたしの欲望が殺した。
まったく、ネガティブになっていけないね。なんで今日はそんな事ばかり思い出すんだろう。こんなに心が揺れるんだろう。
目の前にキュウべぇがいた。
あたしの願いを叶えてくれた奴。
あたしに力をくれた奴。
あたしの家族を壊した奴。
だからだろうか。あたしはこいつの事が嫌いなのは。
「なんだい?珍しいね……。あたしに何か用かい?」
「いや、ただね、佐倉杏子に報告しておきたい事があってね」こいつは全く感情がよめない。まるで、最初からないみたいに。
「君の家族の事でね……」
「おい!それ以上しゃべるんじゃねぇ!」
あたしはキュウべぇの首を片手で締めて持ち上げる。それをキュウべぇは何も感じていないようだ。それなのに、ただ無表情に、苦しいな。とだけ言うんだ。気持ち悪い。そこになんの感情も見えないからだ。あたしは手を離しそいつから離れる。
「いいのかい?君の家族の死の真実を知らなくて?」
「まだ言うのかよ……本当にぶっ潰すぞ……。あたしは今気が立ってるんだよ。特に家族って言葉を聞くと捻り潰したくなるんだよ」
「それは怖い」
嘘つけ。そんな事あんたは思っちゃいない。思ってもない事を口にする。だからイラつくんだよ。
あたしはキュウべぇから背を向け、歩いていく。別にどこへいこうというつもりもない。ただ歩く。
「君の家族は巴マミに殺されたんだよ」
あたしは動きを止める。
「君は全く僕の話しを聞いてくれそうにないからね。僕はただ一人ごとを言っているだけさ」
「君の家族は、父親の無理心中で死んでしまったね」
「それは確か君の願いが原因だった。それは確かにそうだ。君の願いを知り、君の魔法少女の姿を見て、君の父親は絶望した。だから死んだ。君を魔女と罵って。君だけを残して、家族みんな火に焼かれて死んだ。首を吊って死んだ。でも、おかしくないかい?なんで君の父親は君の願いを知る事ができたんだい?魔法少女の姿を見られたのだって、その願いが真実なのかを確かめようとした結果に過ぎない。ならば、どこで君の父親は知った?自分の演説を聞いてくれる信者が偽物だと気づいた時はいつだ?自分で気づくことなんてありえない。ならば何故父親はそんな疑惑を持つ?なぜ、そんな非現実的な思考をする?だってそうだろう?
願いがなんでも叶うなんて、何も知らない、しかも大人が信じるわけがない。だったら何故?
巴マミが君の父親に話したからさ。」
「な……!」
「君の父親に全て話したからさ。だっておかしいと思わないかい?そう思わなかったのかい?だってあの事件は君がマミを自分の家に招待してすぐの事だったろう?」
「ふざけんな!……言っちゃあなんだがあれは、馬鹿なあまちゃんさ。あんな馬鹿がそんな事するわけねぇ」
「本当かい?巴マミの家族は全員死んでいてもかい?」
「何?」
「巴マミの家族はね……事故で家族を亡くしているんだよ。まあ、その時彼女は契約したんだけどね。家族を助けるわけではなく。
自分だけ助かる為にね。
故に彼女の家族は蘇らない。彼女は一人ぼっちだ。わかるかい?彼女は疎ましかったんじゃないかい?君が幸せそうにしている姿に嫉妬したんじゃないかな?だから君の家族を潰した。殺した。最高に、これ以上もなく完膚無きまでに。それを見て愉快そうにあざ笑っていたんじゃないかい?」
「な、何言ってんだよ、そんな事、あるわけねぇだろうが……」
しかし、何故かさっきのような、確信を持った、強い、否定や拒絶ができなくなっているのも、事実だった。
あたしは、何を思っている?
そんな事、あるわけなぇ。だって、あいつだぞ?
ただ、家族の名前が出てきて、動揺しちまっているだけだ。
すぐに、すぐに、また忘れる。
忘れて、見ないようにできる。
「「「「「「「「「「「「「「「君は何を忘れたいんだい?」」」」」」」」」」」
なっ!?
いつの間にか、キュウべぇが群れを成していた。
その数は数百は超えている。
あたしはいつのまにか、この群れに取り囲まれていた。
みんな同じ顔。
同じ表情。
それは、気持ち悪いというよりも、恐怖を連想した。
血の気が引いていく。
こいつら一体何をしようとしている?
あたしに、一体何をしようとして、何をさせようとしている?
あたしは、魔法少女に変身して、槍を生成する。
「てめぇら!一体、何企んでやがる!」
「「「「「「「「「「「君は一体何を見ようとしていないんだい?」」」」」」」」」」」」」」」
あたしは、キュウべぇを槍で薙ぎ払う。
鳥肌が立ち、身の毛がよだち、何かをされるという、確信があたしを襲ったからだ。
しかし、この数の前ではなんの意味もなさない。
「「「「「「「「「「「「それじゃあ、僕達が見せてあげるよ、君が目をそむけ続けてきた、真実を」」」」」」」」」」」」」」」
しまった、と思った時にはすでに遅かった。
奴らの瞳をあたしは、見てしまった。
気が付くと、そこは、あたしの昔家族と住んでいた、協会だった。
今ではすでに燃やされたはずの、他でもない父親自身の手で燃やし壊された教会も、あの頃のまま、綺麗に建っていた。
まあ、言うまでもなくここは奴らの作り出した幻術だろう。
しかし、あいつらは一体何がしたいのか全くわからない。
そもそも、あいつららしくない。
そう、らしくない。
あいつらは、確かに、いけ好かない奴らだけど、こんな活動的な事はしないやつだと思っていた。
契約を持ちかけた時も、あいつらは、強行手段には決してでなかった。
そもそも、自ら動こうとする意思がない、そんな感じだったはずだ。
それが、一体何故こんな意味のない事をする?
全く理解できない。
あたしは、幻術を解こうと魔力を解放するも、相当、深層心理まで掌握されているようで、抜け出すことはとても無理そうだった。
ふぅ、と一息ついて、魔力解放をやめる。
無駄な事はやってもしょうがない。
腹が減るだけだ。
はっ!?
あたしの両手には、食べ物という食べ物がないことに気が付く。
こいつはやばい!
今初めてやばいと感じた!
あたしが餓死しないうちになんとか、脱出しなければ!
しょうがなく、辺りを探索する。
見慣れた懐かしい風景。
まるで新品のような、真新しい椅子がいくつも並べられ、中央には、教卓のような、机に立派なスポットライトやマイクが並べられている。
全く何がしたいんだ、あいつら。
あたしは歩いていく度に、嫌な気分になっていく。
あいつら、帰ったら覚えてろよ。
皆殺しにしてやる。まずそうだから、決して食べないけど。
ああ、それにしても、なんか腹立ったら、腹減ってきたなぁ。
あたしの腹は一体どうなってんだよ、と自分でも時々思ってしまう。
ぐぅ、と腹の音が鳴る。
そして、声が聞こえた。
「おねぇちゃんお腹すいてるの?」
あたしの思考は一瞬停止する。
いや、それどころじゃない。
もしかしたら。体の全機能が一瞬停止したかもしれない。
呼吸、血液の流れすらも。
そして、時は動き出す。
あたしは、自分の体の全毛穴が開くのを感じる。
髪の毛は全て逆立つほどだ。
瞳孔だってきっと開いている。
あたしは限界ぎりぎりまで目を見開く。
眼球が飛び出すくらい。
そして、そこに立っていたのは。
「モモ……」
あたしの妹だった。
なんで、なんで、ここに妹が?
「おねぇちゃん、お腹すいてるなら、はい、これ」
手渡されたのは、リンゴだった。
赤い大きなリンゴ。
あの、まだ、貧乏だった頃のリンゴとは全然違う、大きなリンゴ。こんな大きさ、今だってなかなか手に入らない。
「ねぇ、食べて」
そう、妹が言う。
そう、モモが言う。
あれ、おかしいな、なんで、あたし泣いてるんだろ?
だって、こんなの幻術じゃん。
嘘で、幻術で、幻想じゃん。
モモはだって、死んだはずなんだ。
あの日、この場所で、父親に包丁で腹を刺され、首を吊るされ、そして、協会ごと燃やされたんだ。
あたしのせいで。
あたしが、願ったせいで。
あたしが、希望を信じたせいで。
だから、生きているわけないんだ。
それなのに、わかってるのに、どうして、こんなに、嬉しんだよ。わかんねぇよ。ちくしょう。
「ば、バカ野郎、お前、何も食べてないじゃんかよ。お前が食えばいいだろ?」
涙声になってしまった。
恥ずかしいので、そっぽを向く。
本当は、ずっと、モモを見ていたかったはずなのに、テレとは条件反射のように、意思とは関係なく、働いてしまうものなんだな。
「ううん。モモね、もうお腹いっぱいなの。、だから、おねぇちゃん、食べて?」
「そっか、それじゃあ」
あたしは、モモを今度こそ見る。
ちゃんと、見る。
モモは、あの頃の姿で、あの頃の笑顔で、あたしにリンゴを手渡す。
あたしは、今どんな顔してんだろうな。
どんな顔しながらこのリンゴ食ってんだろうな。
もう、なんか、ここまできたら、恥ずかしさすら感じねぇよ。
モモの顔も涙で霞んで、リンゴの味も感じねぇよ。
「おねぇちゃん、おいしい?」
「ああ、うめぇよ。サンキューな」
あたしは涙ながらに辛うじて言葉を紡ぐ。
「本当?よかった!本当においしい?」
「ああ、当たり前だろ?」
「よかったね、お父さん!おいしいって!
お父さんの頭」
え?
「もっと、食べて、いいんだよ!ほら、まだまだ、たくさんあるからね!」
あたしは、手に持っていたはずのリンゴを見る。
それは、リンゴではなかった。
それは、父さんの首だった。
鬼気迫る表情で、死んでいる、父親の顔だった。
その、頭の部分にあたしの歯形が。
あたしは、口の中に広がる、生臭い、血の味に気が付く。
ぅおぇえええええっ!
あたしは、胃の中のもの全部吐き出す。
真っ赤な血の塊を吐き出す。
おかしいな、こんなもの食べたはずないのに、なんで、なんで、人間の、肝臓や、大腸みたいなやつが出てきてんだよ。
焼肉食べた覚えはねぇぞ。
「あらら、せかっく食べたのに勿体ない!お母さんの臓器!」
何言ってんだよ、モモ?
「ほら、ほら、今度はモモの手でも食べる?」
見ると、モモの左腕は無残にも引きちぎられ、血しぶきが舞っている。
あたしの左手にはモモの手があった。
おいおいおいおいおいおいおおいおいおいおいおおいおいおいおいおおいおいおいおおおいおおいおいおいおい!
これは、一体、どんな冗談だ?
「だって、おねぇちゃん、モモ達を食べて、生きてるようなものじゃない」
ああ、そうだよ?
「あははははははは、どうだった?モモ達の身体を貪り食う感想は?おいしかった?気持ちよかった?食べられるってどんな気持ちなの?知りたいな?おねぇちゃんに食べられるってどんな感じかな?だから、ほら、はやく、モモも食べてよ?」
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
「あはははははははっはあはははっははあはっははっははははははははっははあは」
小さな顔をぐちゃぐちゃに歪めて、笑う。
パンっ!
その小さな顔は突然弾けた。
スイカをぶちまけたように血が辺りに飛び散っている。
そして、その小さな体からは不釣り合いな、少し大きな顔が現れる。
巴マミの顔が。
「あはははははっは、佐倉さん、ざまぁないわね!私の前であんな光景を見せるから、私、家族の事つい思い出してちゃって、つい、潰しちゃった!あははははははっはははっははははははははっははははあは!最高!人って壊れると、人間食べちゃうんだ!」
うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
あたしは気が付いたら、槍で、滅多刺しにしていた。
巴マミを滅多刺しにしていた。
しかし、巴マミは今度はあたしの、吐き出した内臓から、体だけ、顔だけを再生させ、また嘲笑う。
「どうしたの?あなたの家族を食べたのは他でもないあなた自身よ?」
うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!
あたしは、刺す、刺す、刺す
巴マミを刺す。
お前が!お前が!
全部悪いんだろうが!お前が全部全部!仕組んでたんだな!お前が!この野郎!許せねぇ!この!この!
おらぁ!おら!
死ね!死ね!死ね!死ね!
殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!
はぁ、はぁ、はぁ、
あたしは、もう、何が何だかわからないくらい滅多刺しにした、巴マミの死体を一目見ようと、その肉塊を覗き込むと、それは
あたし、そのものだった
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
そして、気が付いたら、もとのコンビニ近くの公園にいた。
そこにはたった一人だけ、キュウべぇがいた。
そいつに、あたしは問う。
「一つ聞いていいかい?」
「なんだい?」
「あいつは今どうしてる?」
「幸せそうに友達にも後輩にも仲間にも囲まれているよ。楽しそうに生きてるよ。もう彼女は一人ぼっちじゃないからね。そりゃあ幸せだろうね。」
「そうかい」
「ああ、そうだ」
キュウべぇは思い出したように言う。
「そこまで、狂わない方がいいよ?ソウルジェムがすぐ濁っちゃうから。濁りきったら、君は魔女になっちゃうからね?」
「それがどうしたよ」
むしろ、あたしにはそれが似合ってんじゃねぇの?
あたしは方向転換して見滝原市に向かう。
忘れるよりもっと楽になる方法を今日あたしは知った。
誰かを憎めばいい。
あたしの家族を殺した奴を憎んで恨んで殺してやればいい。
覚悟しな巴マミ。今度はあたしが全部奪ってやるよ。大切なもの全部壊してやる。あんたは一人ぼっちで死んでいくのさ。
あたしみたいにね……