巴マミは両親を失った。齢12歳で孤独の身になった。彼女の家は比較的裕福で、彼女も中学に進学するという理由で一人暮らしをすることとなった。
僕は驚いた。魔法少女の運命を抜きにしても彼女は波乱万丈の人生を生きているといえる。なのに彼女は涙一つ零さず、泣き言一つなく笑顔で生きている。両親の葬式の時も、魔女と戦い、闘い、死にかけても、彼女は何でもないように微笑むのだ。わからない。理解できない。それともこんな事彼女にしてみたらどうってことない、何でもない事なのだろうか。だから笑っているのだろうか。僕の記憶ではほとんどの少女が魔女と戦う事を苦にしていた。常に命の危険のある生活に精神をすり減らしていた。そうして彼女達は絶望し、魔女になっていた。でも、それは今までの少女がそうであったというわけで必ずしもみんなそうあるわけではない。もしかしたら巴マミは例外であるのかもしれない。特別なのかもしれない。
そうだ。そうに決まってる。僕の判断は間違ってなかった。マミなら魔女になんてならなくて、幸せになれるんじゃないか。幸せでなくても、楽しく、おもしろおかしく笑って生きていけるのではないか。
僕はそう信じたかった。自分の罪を認めたくなくて。誰かを不幸にしたなんて思いたくなくて。そんなことあるわけないのに。でも、この時の僕は本当に、本気で、そんなことを信じていた。
「ティロ・フィナーレ!」
「やったよ!キュウべぇ!私魔女を倒したわ!」
「 うん。すごいね。君はもうベテランだよ。でも、またグリフーシードを落としていかなかったね。」
「そうね。でもまだ魔女になって日が浅いみたいだったからしかたないわよ。」
「どうしてだい?」
「え?何が?」
マミは本当に何を聞いているかわからないように首を傾げてきょとんとしている。ちょっと可愛い。
「日が浅いなら待てばいいじゃないか。そうすればその魔女は成長してきっとグリフーシードを持つことだろう。それともマミは戦いに飢えて、血に飢えて、我慢できないのかい?」
「こら。」
マミは頬を膨らませて僕の頭を軽く叩く。ポカリという擬音が聞こえてきてもおかしくない。
「私を戦闘狂みたいにいわないで。はあ、私そんな風にみえてるの?」
「えっ?違うのかい?さっきの珍妙なかけ声みたいなやつも戦いの楽しさから自然と出た雄叫びみたいなものだよね?」
「うう……」
やばい。マミが涙を浮かべて僕を睨んでる。これはマジ(怒)だ。
「まあ、冗談はさておき……」
めっちゃ睨んでる。
「キュウべぇのバカ〜!あれは技の名前なの!断じて雄叫びでもなければかけ声でもありません!うわーん!何よキュウべぇのほうが珍妙な生物のくせに!ぬいぐるみなのかネコなのか宇宙人なのかはっきりしなさいよ!へんな耳毛なんかついてるくせに!いつかひっこぬいてやる!ていうか今ひっこぬいてやる!」
「ちょっ!いたいいたい!本当にとれちゃうって!ぬいぐるみの材質だけど血だってでるんだよ!」
「それは楽しみだわ!あなたの血の色は何色なのかしら!」
「ごめん!ごめんなさい!すいませんでした!なんかすっごいかわいい女の子がすっごいかっこいい技の名前叫んでいたのでもっとよく知りたいな!と思ったら噛んじゃって悪い聞き方だったかな!!!」
「噛んじゃったならしかたないわね。キュウべぇもすごくかわいいわよ。私の次に。」
「はあ、はあ、はあ。それは……どうも。それで他に技の名前はあるのかい?」
「え?そ、それはこれから考えるわよ。」
意外と底が浅かった。僕はそんな事で耳毛を抜かれそうになったの?すっごい痛いのに。初めて会ったときのピストン踏み殺しを思い出しちゃったよ。
「何よ。何か言いたげね。キュウべぇくん。言いたい事ははっきり言いましょう。」
「いえ!何も!あっ!そういえば!まだどうして魔女の成長を待たないかという話しだったね!」
「本当にわからないの?そんな危険な存在を放置するなんて、それだけで犠牲者がでちゃうのよ。」
「そうか。そうなんだ。マミはこの街を守りたいんだね。誰かを守る為に戦いたいんだね。」
「ぶー。そうなんだけど、バカにしてるでしょ。やっぱり理解してくれないかしら。わからないかしら。私がそんな理由で戦うのはおかしいかしら。」
「いや。そんな事ないよ。それはきっとマミにしかできない事だよ。それに君らしい理由だよ。優しくて強いがんばりやさんな君らしい戦い方だよ。」
ああ、君は本当に強いな。
強くて優しいな。
本当に羨ましい。
僕にはとても無理だよ。無理だったよ。
誰かを守ることも。誰かを救うことも。
ちっぽけな僕ではとても無理だったよ。
マミは顔を真っ赤にしてまた涙を浮かべている。
まずい!また変なこといっちゃったかな?今度こそ僕の耳毛千切られる?僕は身構えるがマミはこちらに襲いかかってくる様子ではない。
「……もう。やめてよ、そういうの。」
「え?」
「ほら、キュウべぇ早く帰ってケーキでも食べましょ。」
涙を拭って顔を真っ赤にしたまま満面な笑みを浮かべる彼女はとてもかわいかった。
月明かりの下より一層可愛く、そして美しかった。その日の夜僕は見てしまったんだ。
本当の彼女を
それは見てはいけないものだった。
僕は今マミの部屋にいる。しかもマミは今寝ている。
彼女の部屋に入る事は何度もあるけど、彼女が寝ている時に入るのは初めてである。
もし見つかったら耳毛を引っこ抜かれる程度ではすまないかもしれない。
どうして僕がマミの部屋にいるかというと、ただなんとなくとしか言いようがない。
ただ彼女が魔法少女になって一週間がたった。彼女の闘っている姿ではなく、歳相応のあどけない寝顔を見たかっただけかもしれない。
その為に彼女の部屋に忍び込むなんて、もし僕が人間だったなら間違いなく国家権力に拘束されことだろう。
そして僕はマミの顔を覗いた。マミは泣いていた。
声を殺して泣いていた。
枕を濡らしながら。
そこに魔女と戦う彼女はいなかった。
強く優しい戦士はいなかった。
そこには一人の少女しかいなかったんだ。
寂しそうに、嗚咽洩らしながら涙を流す弱弱しい少女しかいなかった。
でも僕はこんな彼女を見たかったわけではない。
全く僕は何を考えていたんだ。
マミだけは特別だなんてそんなことあるわけないじゃないか。まったくふざけるな。
こんな少女が毎日命の危険のある闘いに何も感じないわけないだろう。
家族が死んで、身よりがなくて、一人ぼっちになって寂しくないわけないだろう。
辛くないわけないだろう
悲しくないわけがないだろう
苦しいないわけがないだろう。
彼女はずっと一人で耐えてきたんだ。
誰に頼る事もなく。
本当の自分を押し殺して。
誰にも弱い自分を見せない。
そんな事すら気がつかない。
気づく事ができない。
それが悔しくて、情け無くて、恥ずかしかった。 ああ……ちくしょう。僕の頬に暖かいなにかを感じる。
それは僕の瞳から出ていることに気がつく。
これはなんなのだろう。
僕はマミに何も言うことができなかった。 ただ見てみぬふりをするしかできなかった。何もしてやれなかった。
だってこれは全部僕のせいなんだから。これが僕のしてしまった事で、僕達が今までしてきたことなんだ。救いようもない。なんの希望もない。
僕は朝までずっとマミを見つめた。マミが起きるまで。彼女が泣き止む事はなかった。結局僕の頬に感じた何かはわからないままだったけど。それは朝まで続いた。
朝起きたマミはいつものように僕におはようと言った。
いつものように笑顔だった。
何故か僕はそれが悔しかった。辛かった。苦しかった。そう、この日から続く地獄のような幸せな日々が始まったんだ。