「あなた達、記憶は全て戻っているのでしょう?」
白い魔法少女は言う。
「ええ」
私は頷く。
白い魔法少女は不気味に微笑んだ。
「ふふ、不思議ね。あなたはまるで動じないのね」
そんなの、気にすることができないくらいに、怖いことがあったから。
「あなたの今までの生活も、世界も、全部崩れてしまうかもしれないのに、あなたは決して取り乱さない」
だって、
だって、だって、だって。
「あなたの大切なもののせいかしら?」
白い魔法少女は私に問う。
私は答えない。
でも、本当は、彼女の言うことは全て当たっていて、正しくて、もう、その確信的な物言いから、答える必要もないと思った。
でも、私は、心の中で、明確な答えを浮かべる。
きっと、彼女には、私が今このとき、どんな思考をするかすら、手に取るようにわかるに違いない。
私が、私達が、取り乱せるわけなんてないのだから。
だって、彼が今にも壊れてしまいそうなくらい、取り乱して。
私達のかわりになるくらい。
まるで、みんなの絶望をその身一つで、全部背負っているかのように、彼は一人で絶望しているのだから。
これ以上もなく、絶望しているのだから。
―――巴マミ&美国織莉子
「「「白犬さんと黒犬さん!」」」
マミ、杏子、さやかが驚いたように、白い魔法少女と黒い魔法少女の名前を叫ぶ。
「いえ、ここは、美国織莉子と名乗らせていただきましょうか。この娘は、呉キリカ」
「よろしく、とだけ言っておこうかな」
「………どうしてだい?」
「何がです?」
美国織莉子は問う。
しかし、彼女は知っているはずなのだ。
僕が何を疑問に思っているのか。
否。
むしろ、彼女が問うときは、それは彼女自身がわからないからではない。
彼女は、すでに、何でも知っているのだから。
それは、未来起こるであろう、可能性すら。
膨大な未来を形成する過去すら、全て、知っているのだから。
だから、彼女には、もうすでに理解していて。
もうすでに、知っているのだ。
僕が、その答えにたどり着いている事が。
僕が、その真実を確信して、尚、往生際悪く認めようとできない僕に、問い返しているのだ。
あなたは、一体何がわからないのかと。
もう、全部、全部、気がついているのでしょう?
そう、彼女は言っているようだった。
それでも、僕は、認めることなんてできない。
信じることなんてできない。
どうか、間違いであってくれ。そういう願いを込めて。
だから、僕は問う。
「何故、彼女からもらったはずの、名前を捨てる?」
美国織莉子は薄く微笑んで答える。
その笑顔には、何かを確信したかのような、未来を確信したような笑顔だった。
「ご主人様は、もう、私達の敵になってしまったから」
「「「!?」」」
僕とキリカを除いた少女が驚きを隠せていない。
彼女の言うご主人様とは他でもない、暁美ほむらのことなのだから。
でも、僕はその答えを初めから、知っていて、解っていた。
ただ、弱い僕は誰かに、明確に教えてほしかったのだ。
この現状を。
「はっきりと言いましょう。鹿目まどかさんと、暁美ほむらさんはこの世界の敵になってしまったのです」
「そんな!どういう事なの!?鹿目さんと暁美さんが、何で?」
「そうよ!そんなの嘘よ!まどかとほむらがこんな事するわけがない!」
「あたしも同意だね。あいつらがこんな事をする、理由も、目的も皆目検討つかねぇよ」
「………………」
しかし、僕だけは何も言わない。
明確な理由は杏子の言う通り、皆目検討なんてつかないけれど、僕は、どこかで、もしかしたら、と思っていた。
この世界の理も、法則も、歪められる、そんな絶大な力、この魔法少女も魔女もインキュベーターもいないこの世界で、それでも存在しているとしたら。
そんな非現実な奇跡が実在しているとしたら。
それは、まどかしかいないと思ったからだ。
それは、神様であった、まどか以外到底不可能な事だと、心のどこかで思っていた。
しかし、僕達は彼女と、彼女達と一緒に生き抜いたのだ。
あの絶望の世界を。
あの、幾千の戦いを。
そして、掴み取った日常も。
共に、生きたのだ。
苦しみ、悲しみも、喜びも、幸せも、共に背負ってきたのだ。
いろんな苦しいことがあって。
いろんな辛いことがあって、それでも、負けることなく、強く、生きていた彼女達を僕は知っているし、その強い後ろ姿を誰より、しっかりと見てきた。
だから、そんな事をするとは思えない。
こんな事ができるとは思えない。
できるからと言って、彼女達が実行したなんて、とてもじゃあないが、信じられない。
信じたくない。
「やはり、あなたは知っているようですわね、キュー先輩」
僕は答えることができない。
可能性を知っているからこそ、彼女達がするわけがないという確信もあるのだから。
「いいでしょう、あちらで、二人きりでお話しをしませんか?」
美国織莉子はそう、僕に提案する。
「な!?ちょっと待って、白、じゃない、美国さん!なんで、ここで言えないの?」
マミが少し慌てたように、声を荒げて言う。
「少し、あなた達の知らない情報が現時点で、多すぎる為、彼と話をまとめようと思いまして。少しだけ彼を貸していただけませんか?あなたの愛する、この彼を」
「っ……」
「マミ、大丈夫だよ」
僕はそう言った。
マミは不安そうに、何かを恐れているように、僕を見つめる。
「大丈夫だから、そんな顔はしないでくれ。ただ、真実を確かめるだけだから。安心してくれ、僕は君達のように、いくら絶望しても、魔女にはならない。万が一を考えて、君達の知らなくてもいいこともあるだろうからね。これが無難な選択だよ」
「そうかもしれないけれど、でも、何かいやな予感が」
僕は、渇いた笑顔を浮かべ、小さく首を振る。
ここは、僕ひとりでいいと、そう、言葉で言う代わりに。
もし、万が一、みんなのソウルジェムが濁ってしまえば、それこそ、僕は正気じゃあいられないからね。
「それでは、キリカとしばしご歓談を」
「織莉子相手でなければ、私の話せる言語なんてわずかなものなんだけれどね」
「そう、言わないで、キリカ。頑張ってくれたら、後でご褒美をあげるから」
「また、私を子供扱いするんだから、織莉子は。しかし、なんだか急に、言語を思い出したぞ?電子辞書に負ける気がしない。なんならしりとりでもして、みんなを負かしてしまおうか」
「ふふ、よろしくね、キリカ」
しかし、僕と織莉子がロビーを出ようとしたとき、杏子とさやかが殺気にも似た、強い視線を織莉子にぶつける。
「先輩になにかしたら、あんた、ただじゃあ置かないからね」
さやかは今にも掴みかかろうとする剣幕で言う。
「先輩が、もしも帰らない事があれば、問答無用で、あんたを喰らうからな?」
杏子は頬を吊り上げ、歯をむき出しにして笑う。
「うふふふ、本当に、いい後輩と恋人に恵まれていますわね?キュー先輩?」
「まあね。ありがたい限りだよ。きっと、僕がまだ正気でいられるのは彼女達のおかげさ」
ロビーの奥の個室に入る僕と美国織莉子。
しかし、やはり、長年戦闘経験を積んだ魔法少女の記憶が完全復活している彼女達の勘は馬鹿にできない。
まさか、本当に、彼女が、僕を殺す事を考慮しているなんて。
このときの僕が気がつくはずもなく。
対面式の個室に向かい合わせに座る。