第五十四話 常闇の世界から (まどか語り部)
真っ暗だ。
暗くて静かで、何にも見えない。
気が狂ってしまいそうなほど、暗くて寂しい。
まるで地獄のように。
まるで絶望のように。
これは当然の報いなのだろう。
みんなを裏切った私の罰なのだろうか。
そう、私は自分自身の欲望の為に。
彼の事を心底愛してしまって。
ずっと前から好きなはずなのに、気が付いた時にはもう全部遅くて、終わってしまっていて。
だからきっと私はみんなをマミさんを裏切って、望んでしまった。
許されない事を。
醜い事を。
キュー君が大好き。
もっとおしゃべりしたい。
もっと触れていたい。
私のものだけにしたい。
そんな事をずっと私は望んでいて、それでも見ないようにしていた。
しかし、あの日みんなでゲームをした時限界だったのだ。
どんな願いでも叶えてくれる。誰かを好きになって、それを素直に伝えようとしていた、まっすぐなマンションの住人達を見ていたら、いつの間にか自分の気持ちから逃げられなくなっていた。
そして、あの日私は願ってしまいそうになったのだ。
みんなとは似ても似つかない、最低の願いを。
もしかしたら、キュー君を、あんなに大好きで、求めてきたものが、望んでいたことが叶うかもしれない。
ずっと伝えたいことがあった。
でも、それは伝える事すら罪深い事だった。
でも、やっぱり私には願う事すらできなくて。
そんな事を願う事すらできない自分に。
そんなことを願おうとした自分自身に失望した。
もうどうしたらいいかわからなくて、絶望したようにぽっかりとした大きな穴が開いた気がした。
『ボクが、貴女のその願いを叶えて進ぜよう』
そして、全部失った。
ボコリ。
そんな闇の動く音がした。
私は俯いた顔を上げ正面を見た。
ボコリ、ボコリ。
そして、その闇は形を得る。
肉体が出来上がる。
「キュー君を私だけのものにしたい」
それは私だった。
いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
私は何が何だかわからないくらい、無様に転びながらその闇から逃げた。
逃げ惑った。
だってそれは私と全く同じ姿の真っ黒で、醜い闇だったのだから。
おかしくなってしまいそうだった。
怖いよ。
恐いよ。
私はこのまま一人ぼっちで消えてしまうのだろうか。
前にも後ろにも私がいる。
真っ黒な私がいる。
ゆっくりとその真っ黒な手を伸ばす。
真っ黒な私はこの真っ黒な空間に所狭しと生えてくる。
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
地獄。
まさにそんな世界だった。
真っ黒な私で囲まれてしまった。私はついに逃げる場所を失って、蹲る事しかできない。
この身も凍るようなおぞましい光景に泣き崩れ事しかできない。
私は、悲鳴のように泣き叫ぶ。
そんな私に容赦なくその黒い腕は、私の胸を、お腹を貫く。
「あがぁ!?」
私は小さな悲鳴と、口からゴボリと大量の血液を吐き出す。
一瞬何が起こったかわからずに、ただ茫然とその真っ暗な腕と貫かれた私の身体を眺めていた。
そして、少し遅れて全身に激痛が駆け巡る。
「ぉごぼぉお!?」
痛い、痛いよ。
肺を貫かれたせいで、悲鳴を上げているつもりでも口から出るのは血の塊だけだった。
そんな私を見て嘲笑っている、真っ黒な私達。
ズボォ、と鈍い音を立てて私の身体から腕を引き抜く。
鮮血が真っ暗な世界に広がる。
私は崩れ落ちる。ドシャ、と自分の血だまりを巻き上げて。
私の血と一緒に、私の存在が流れでてしまっているかのようにどんどん私の存在は消えていく。
怖いし、苦しいし、痛いし、何より一人ぼっちなのが寂しかった。
きっと私を助けてくれる人はいない。
みんなを裏切ってしまった私にはきっと誰も救いの手は差し伸べてはくれない。
きっと、あの日私に手を差し伸べてくれた彼も私に失望したことだろう。
こんな醜いものだったと落胆したことだろう。
真っ暗な世界に甲高い私の笑い声が幾重にも響き渡った。
楽しそうに嘲笑っているかのように。
もう、駄目だ。
もう、私は存在を保っていられない。
私の魂は真っ黒に染まり切って、この世界は真っ黒なあの頃に戻ってしまう。
あの惨劇のようなサイクルが始まってしまう。
絶望の連鎖が巻き起こってしまう。
ここで私が消えてしまえば、そうなってしまう事はわかりきっている。
でも、ごめんなさい。
貧弱で矮小な私は、一人ではもう持ちこたえられない。
私は存在を絞りつくされ、力なく瞼を下そうとしたとき。
声が聞こえた。
「聞こえるか!まどかぁ!」
私は目を見開く。
私の笑い声の中、一筋の光のような声が聞こえた。
真っ黒な私は、お構いなしに私の身体を刺し貫く。
嘲笑の中、私の肉を引き裂く音の中、私は必死にその声に耳を傾ける。
必死に穴だらけの身体をゆっくりと這わせながら、その声のもとへと近づいていく。
「僕達はここにいる!」
なんで?
なんで、みんながいてくれるの?
そこにはマミさん、さやかちゃん、杏子ちゃん、そしてキュー君の姿があったのだから。
強くまっすぐに私を見つめていてくれる。
私は、嬉しくて、全ての痛みも恐怖も忘れてしまった。
ただ嬉しかった。
嬉しくて、涙が止まらなかった。
私は、こんなに駄目なのに。
もう、こんなに醜くなって、酷い、目も当てられないような無様な状態なのに、それでも、みんなが私の前に立ってくれている。
私に手を差し伸べてくれている。
こんなにも罪深い私を、何でもないみたいに笑って許してくれる。
これほどまでに嬉しい事があるだろうか。
きっと彼女達はこの世界にいるわけではない。
近くにいるわけではない。
それでも、みんな私を見てくれている。
心は私のそばにいてくれたのだ。
「僕達はどんな絶望にも屈しはしない!
だからまどかも絶対に諦めないでくれ!
君を苦しめた張本人ではあるけれど!
それでも絶対に君を迎えにいくから!
だからそこで僕達を信じて待っていてくれ!」
私は、全身に雷を打たれたような衝撃が走った。
あんなに泣いていたのに、いつの間にか笑顔がこぼれてしまう。
私を刺し貫いている、真っ黒な私の腕を掴む。
真っ黒な私は動きを止める。
真っ暗な私を睨めつけ、魔力を流し込む。
その存在自体を魔力で打ち消す。
真っ黒な私は跡形もなく霧のように世界に霧散する。
もう私に恐怖はない。
恐れるものは何もない。
だって、みんながいてくれるから。
心は、みんなと一緒にあるから。
全身の存在が、立ち返る。
みんな、ありがとう。
私の仕出かしたことは、許されることはない罪深い事だけれど、もう謝るのはやめるね。
弱い私にできることは、絶望に屈することなくみんなを信じて待つことなんだ。
だから、こんなところで無様に倒れているわけにはいかない。絶望なんかに、自分自身なんかに負けるわけにはいかない。
私は魔法少女に変身する。
魔力を解放させ肉体を修復し、さらに弓を創造し、魔力の矢を形成する。
全魔力を解放させ、大量の矢を天高く解き放つ。
その矢は雨のように真っ黒な私達を刺し貫き、彼女達を一掃する。
真っ黒な私達は甲高い悲鳴を上げて、肉体は黒い灰と化し、空に舞い散る。
全て一掃した。
そう思ったが、人影がたった一つ残っていた。
真っ黒な魔法少女の姿をした私。
そして、彼女はきっと。
「ねぇ、あなたいい加減してくれないかな? あなたじゃあキュー君を手に入れられないじゃない。そんなことはもうわかりきっているんでしょう? だったら私に任せてよ。彼は、私のものだ」
私が魔女になったとき出てくるであろう、人格の持ち主だった。
彼女は弓を構え、魔力の矢を形成し、歪んだ笑顔と共に私に向けている。
私も同じく弓を構え、矢を形成する。
彼女は私の闇の部分。私が目を背けてきた、嫌な思いも、黒い感情も全部押し付けてきた、私自身だ。
黒い私。闇に埋もれた私。醜い私。
でも、それが私なんだから。
否定したって、逃げたって、これだけは変わらない。
こんな私でも見捨ててくれない困った先輩たちと友達がいてくれるのだから仕方がない。
「だから、まず私はそんな自分を受け入れることから始めてみようと思うんだ」
そして、お互いが同時に、解き放つ。
幾重にもぶちかりあう、光の矢と、闇の矢。
ここは私の精神世界。
どちらかが屈すれば、それで世界は変わってしまうだろう。
ならば絶対負けるわけにはいかない。
私はもう絶対に絶望には屈しないと、小さな声で私の大切な仲間達に誓う。