魔法少女と孵卵器(インキュベーター)~規制版~   作:ダル神

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第五十七話 壱輪揚羽vs美樹さやか (揚羽語り部)

キュゥべぇが暁美さんと。

美樹さんが壱輪揚羽と。

佐倉さんが千歳ゆまと一対一で対峙している。

全ては鹿目さんを一刻も早く救い出すために。

私はみんなの託された思いを胸に、ついにたどり着いた。

鹿目さんの魂が囚われているという、木の頂上にある真っ黒な果実。

しかし、その果実の前には、彼女が立っていた。

全ての元凶にして、絶望の世界に改変させようと企む闇。

 

私の目の前には鹿目さんが立っている。

真っ黒な魔法少女の衣装で立っている。

 

「やぁ、巴マミ。よくここまで来たね」

私は構わず、マスケット銃で彼女の額めがけて銃弾を放つ。

 

彼女は首を傾けていとも簡単によける。

 

「おいおい、この体は鹿目まどか本人のものだよ? 容赦ないなぁ」

 

ごめんなさい、鹿目さん。あなたの身体は後で私が責任をもって元どおりにするから。

 

「鹿目さんには悪いけど今は一刻を争うの。あなたをさっさと倒して、私は鹿目さんの魂を救い出す!」

 

「できるかな君に?」

 

私は大砲のようなマスケット銃を鹿目さんの身体にむけて。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

放つ。

開戦ののろしを豪快にあげる。

 

---巴マミ

 

 

私はただの人形だったはずだった。

意思も感情もないただの人形のはずだった。

 

「揚羽が本当に生きていたらよかったのにな」

 

そんな声が私の中の何かスイッチのようなものを押した気がした。

しかし私は人形。

その時芽生えた感情も意思もまやかしでしかないのだろう。

それでも私は目覚めてしまった。

彼の念が私を生んだのかもしれない。

私はただの亡霊なのかもしれない。

何が何だかわからない。

それでも自分自身が人形であることは理解していた。

私はただの人形。

木偶人形。

でもそれでも、私は彼の事を愛してしまった。

彼の事が好きでたまらない。

それでも、私の身体では、彼とお話しするどころか、動くことさえままならない。

 

私は神に願った。

どうか、神様お願いします。

私はどうなっても構いません。

一度だけでいいんです。

だからどうか、彼とお話しさせて。

こんなにも私を愛してくれる、彼とお話しさせて。

 

「これは珍しい。前例のない事だ」

 

しかし答えてくれたのは神様ではなかった。

 

「まさか、少女ではない。ましてや人間ではないものに。ただの人形にこんなに強い感情が宿っているなんて」

 

その白い悪魔みたいな存在は私に契約をせまる。

 

「僕と契約して魔法少女になってくれないかな」

 

私に悩む余地も思考する時間も必要なかった。

私のこの願いが叶うのなら。

私は何に何を捧げようとも構わない。

 

ただ、彼と一緒に生きていけるなら。

 

私は願った。

 

人間になりたい、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

何が起こった!? 何が起きた!? 理解できない。この全身を流れる激しい衝撃は一体何なのだ!?

私のほうが圧倒的にあいつを。美樹さやかを圧倒的に捻じ伏せていたはずなのに。

悲鳴を上げ、無様に地面を転がりまわっているのは私のほうだ。矛盾している。おかしい。理屈に合わないじゃないか。こんなの認められるはずが。

美樹さやかが私が幾重にも突き刺した鎌を一つ引き抜く。

ぶしゃっ! と血が噴出す。

 

「がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

その途端にまた私の身体の中に、今まで味わったことのない、何かとてつもない、衝撃が走る。

 

「あんたの感覚リンク魔法は、どうやらあんたから私の一方通行じゃないみたいね」

 

美樹さやかは無表情に、さして興味があるわけでもないとはき捨てるように言う。

 

「今、あんたと私の全ての感覚は共通している。今、あんたの中にあるそれは、私の痛みだ」

 

これが、痛み!? こんな、激しいものが痛み!? だが、そんな馬鹿な!? 私は今まで魔女よりも、魔法少女を多く狩ってきたんだぞ!? ほぼ全ての相手にこの魔法を使えどこんなものは流れ込んできたことはない!

 

「今までこんなことはなかったって顔ね。それは、魔法少女には痛覚遮断能力があるからよ。生まれてから痛みを、人間の感じるあらゆるものが欠如したあんたからは想像もできないことでしょうけどね」

 

また、一つ美樹さやかは突き刺さった鎌を引き抜く。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

しかし何故だ!? 私がこれほどの痛みを受けていると言うことは、例外なく本人の体にもこれと同じ激痛が全身をかけ巡っているはずだ!?

なのに、どうして!? どうして、そんな顔で居られる!? まともで居られる!?

 

「これが、生きるってことだからだ」

 

美樹さやかが一歩ずつ私に向かってくる。

 

「ひっ!」

 

私は感覚リンク魔法を解除して、距離をとろうと、いや、違う、私には完全に理解できない、美樹さやかと言う生きた人間が怖くて溜まらなかった。だから逃げた。この理解できない生き物に。

私の本来の感覚リンク魔法は戦闘では不向きかもしれないが私の中に渦巻いている闇を相手にダイレクトに伝え、その心を破壊するものだ。しかし、美樹さやかにその様子は微塵も見られない。

それどころか、私を哀れんでいるようですらある。

わからない。この人間が理解できない。今まで私が戦ってきた魔法少女は確かに人間であったのだろうが、それでも生きているわけではなかったのだと思い知らされる。

そして、私の魔法の欠点。私の魔法は効果範囲は広げたり狭めたりできるが、基本的にオフにはできない。私の身体に触れられれば、それで相手の感覚とリンクしてしまうのだ。

常闇から受け継いだ力は威力に特化した武器の生成のみ。この状況では、役に立たない。何故ならすでに私の心は折れているからだ。あの激痛に心の底から恐怖している。そんな直接的な方法で戦えるわけがない。

これが、恐怖。人間はこんなものを抱えて生きなければならないのか。痛みと恐怖。こんなものが、存在するのか。

ならば、私には無理だ。これが、生きるというのなら、私にそんなことはできないだろう。

私は肩を掴まれる。言うまでもなく美樹さやかに。

 

「あがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

激痛が走る。美樹さやかは痛覚を微塵も遮断していない。この激痛を受け入れている。若干十四にして、すでにこの痛みを享受している。

 

「逃げるんじゃないわよ」

 

美樹さやかは自らの剣で、私と彼女自身を串刺しにして、縫い付ける。これではもう逃げることすら許されない。

 

私はまたあの人に会いたかった。あの人の笑顔が見たかった。あの人ともう一度だけお話したかった。ただ、それだけだった。そのためだけに、多くの魔法少女を狩ってきた。

 

この改変前の世界から、私はグリーフシードを得るために魔法少女を狩ってきた。勿論魔法少女を殺したらグリーフシードを得られるわけではない。魔法少女は自らの魔力を保つためにグリーフシードを持ち歩いている。運がいいと数個から十数個は持っている。魔女と戦うには不向きな魔法でも、感情のある魔法少女の方が楽に殺せたからだ。否。私の魔法を使えば魔法少女はあっという間に魔女となるのだ。私の中にはそれほどの闇が渦巻いている。

 

私はやはり罪深いことをしてきたのだろうか。許されないことをしてきたのだろうか。わからない。私はただ、あの人ともう一度。

 

「いい加減目を覚ましなさい。あんたには命があるんだから。ただ、あんたは目覚めていないだけ」

 

引っ掴まれ、無理矢理さやかの瞳を見せられる形となる。

彼女の舞う青い髪が。

彼女の海のような澄んだ青の瞳が私の心の全てを見透かしているようだ。

私は彼女の瞳から。感覚リンク魔法から。彼女の人生を知る。

見えてしまう。

好きな男に、本気で恋をして。愛ゆえに魔法少女となり、その愛を告白しようにも、その思いは、愛は成就されない。

本当に愛していたのに。

自分の人生も命も全部かけられる程愛していたはずなのに。

それでも、彼はさやかのもとから離れて、別の女と結ばれた。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

私は美樹さやかの悲痛な人生から目を背ける。私は見る事すらできない。それを彼女は人間として味わい経験したのだ! そんなことがあり得るだろうか! そんな屈辱を! そんな死んでしまうほどの深い傷を、痛みを受けて、それでも、こいつは生きている。

 

生きるとはそういう事なのか?

生きるということは、こんな死ぬほど辛い苦痛を受けてなお立ち上がらなければいけないものなのか!?

 

「だから早く起き上がってみせろ!」

 

美樹さやかは腕を振り上げる。

こいつの人生は痛みと共にある。

痛みと苦しみを与えられ、それでも生きる事ができる。

誰かに傷つけられようと、それでもまた誰かと一緒に居られる本当の強さ。

強すぎる少女。

勝てるわけがない。これほどまでに生きている彼女に。

 

「この大寝坊助がぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

私の顔面がさやかの右腕に貫かれる。

痛みが私の全身を駆け巡る。勿論顔からではない。右腕から止めどなく流れ込んでくる激痛。

私の顔を素手で殴り、粉々に砕けた美樹さやかの右腕の痛みだった。

 

お互いにこれほどの痛みを受けて、傷を受けて、それでも死ねないでいる。

皮肉なことに、私は未だ死んでいないのだ。

私達魔法少女とは、そういう存在だからだ。

 

「安心しなさい。必ず私がどうにかして見せるから。この世界を改変しなくても、それでも、あんたと彼を必ず引き合わせて見せるから。だから、あんたもそんな所で後ろなんて見てないで」

 

顔を潰され視界なんて何にもないけれど、それでも美樹さやかのまっすぐな笑顔が見えた気がした。

 

「まっすぐに前を向いて生きてみなさいよ」

 

彼女らしい太陽のような笑顔が見えた気がした。

 

「みんな、ごめん。後は、まかせた」

そう言って美樹さやかもまた闇の地に沈んだ。

 

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