魔法少女と孵卵器(インキュベーター)~規制版~   作:ダル神

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第五十八話  千歳ゆまvs佐倉杏子 上 (杏子語り部)

あたしは許さない。

今の奇跡のような日常を潰そうとする奴等を。

絶対許さない。

もう、嫌なんだ。あんな世界はもうごめんなんだよ。

家族を亡くしちまった世界なんて。

あたしのせいで死んでしまったはずの家族。

それが、色んな奇跡が重なって、あたしと一緒に生きてくれる家族。マミ、先輩、まどか、ほむらもそして、さやかもいてくれるそんな世界。

その奇跡があたしにとってどれほど尊い奇跡だろうか。

どれほど素晴らしい世界か。

こんなに幸せで、優しくて、暖かい世界。

他に無いよ。絶対誰一人失いたくない。

あたしの幸せを何一つ奪わせはしない。

絶対守ってみせる。

 

「かかってこいよ」

 

あたしは目の前の魔法少女に語りかける。

7,8歳くらいの少女で緑色の髪。手袋をつけ、頭にはネコミミのついた帽子、ふりふりのスカート。まるで童話の世界から飛び出てきたような姿だった。

 

「……ねぇ、キョーコ? 覚えてる? ゆまのこと」

 

千歳ゆまは今にも泣いてしまいそうな悲痛な笑顔で言う

 

「……何言ってんだ?」

 

わけがわからない。なんで敵であるはずのお前がそんな顔をする。

 

「ねぇ、嘘でよね? キョーコ……。忘れちゃったなんて、嘘だよね?」

 

「だから何言ってんだてめぇ! 聞きたいのあたしの方なんだよ! どうしてテメェらはこの世界を潰そうとする! 何が不満なんだってんだ! もう、闘わなくていい世界だったんだぞ! そりゃあ魔法少女に比べたら不便な世界かもしれないけど! それでも偽りの希望に祀り上げられる事も、真実の絶望を押し付けられ事もないそんな世界になったんだ!」

 

「……ちがうよ」

 

千歳ゆまは顔を俯かせ言う。

 

「ちがう、ちがう、ちがう、ちがう! そんな事を言いたいわけじゃない! そんな事を言ってほしいわけじゃあないよ!」

 

「もう、いいかげんにしろよ。さっさっとかかってきな。てめぇらが何を考えてようが、どんな思いがあろうが関係ない。あたしが全部ぶっ潰してやるよ」

 

本当に、幼い小さな体を震えさせ、俯いている千歳ゆま。

突如その身体が闇が噴き出す。ビリビリと腹の底から響いてきそうなほど邪悪な魔力。これほどの魔力があんな小さな身体の中に敷き詰められていると思うと、ぞっとしないぜ。

あたしは魔力で創成した槍を構える。小さな少女に向かって、手加減なしの本気の戦闘態勢をとる。本気でなければ今にもとって食われてしまいそうなほど、その魔力は強大で邪悪な闇を孕んでいたからだ。

 

千歳ゆまは顔をあげる。

しかし、あたしはその少女の顔を見た途端不覚にも気を許し、魔力を乱してしまった。

 

その少女は泣いていたからだ。

最後の希望が。

自分を支えていた最後の希望が、絶望に変わり果ててしまったかのように、顔をグシャグシャに歪めて泣いていたのだから。

 

「……うそつき」

 

しまった。

 

そう思った時にはすでに遅かった。

あたしは幻術にかかってしまった。

千歳ゆまの世界に囚われてしまった。

彼女の、強固な幻惑魔法にあたしの魂は完全に捕えられてしまった。

 

 

 

あたしは周りを見渡す。しかし、深い闇しかそこにはない。さっきまでいた空間ではない。あたし以外ここには何もない。ここが、あの少女の作り出した世界。

昔のあたしと同じ、幻惑魔法。

対象とした存在を惑わす魔法。思いのままに幻覚を見せて、惑わし狂わせる、魔の法。

 

しかし、何にもないな。何かしらの精神攻撃を予想していたんだけど。敵の姿すら現す気配がない。しかもこの世界、造りが雑だ。インキュベーターの催眠の方がよくできているくらいに。

何か、妙だ。まるで、今初めてこの魔法を使っているみたいだ。そういえば先輩があいつは改変前の世界では魔法少女にはなっていなかったと言っていた。この違和感と何か関係があるかもしれない。

 

それにしても解せない。何故魔法少女でもないやつが、ここまでして、魔法少女の世界にしようとする。いや、違うのか。魔法少女じゃないからこそ、魔法少女になったことがないからこそ、その世界に憧れるってものなのかもしれないな。その世界は、こんな真っ暗な世界みたいに絶望でいっぱいなのにな。

 

「ちがうよ」

 

あたしは声のする方に過敏に反応する。

ここは敵の世界。気を抜けば一瞬でもっていかれかねない。

 

「ゆまはそんな理由で、そんなつまらない理由で、こんなことはしないよ」

 

姿はいっこうに現さない。あたしの目の前には闇だけが存在していた。

 

「……キョーコがいてくれない世界なんて意味ないから。ゆまはただキョーコがそばにいてくれるなら、どんな地獄の世界に放り込まれてもかまわない!」

 

なんなんだ、こいつは一体。どうして、そこまで、あたしにこだわる?

あたしはこいつの事なんて何一つ覚えていない。身に覚えなんて何もない。今の世界でも。改変前の世界でも。こいつとあたしは他人でしかない。

 

「……お願い、思い出して、キョーコ」

 

そんな少女の悲痛な願いがあたしの頭の中に流れ込んできたかと思うと。いつの間にかその世界は大きく変わっていた。

 

「なんで! あんたが生まれてきたの!」

 

耳を劈くような甲高い声が響く。

 

「あんたのせいで! パパは帰ってこないでしょうが!」

 

何かを殴りつける鈍い音。

小さな少女が、母親だと思われる、髪の長い目つきの悪い女に殴られている。

 

「この役立たずのバカガキが!」

 

ゆまを口汚く罵倒し、暴力を振るう。

 

ゆまは悲鳴も泣き声もあげる事無くただ蹲り、いつものように蹲り、嵐が過ぎ去るのを待つように母親の怒りが収まるのを待つ。

そんな生活は今では当たり前になっているようだった。

 

顔には煙草のやけどの跡。身体中には痛々しい痣がいたる所にできていて、本当は白いはずの肌は、ほとんど青黒くはれ上がっていた。世間にはばれない様になのか、肌の見える、顔や手足の先などは、怪我の跡がほとんど残らないようになっている。

 

そんな日常的に虐待を強いられてきたゆまの心にはいつしか感情が消えていくのを感じた。

昔は泣いたり、許しを請うたりしていたように思う。

しかし、今ではこれが当たり前。涙すら浮かんでこない。身体中の痛みすらどうでもよかった。

 

これは、ゆまの記憶?

これが、千歳ゆまの人生?

まるで、ゆまの感情と心、情景が直接頭の中に送られてくるようだった。

 

今日も、母親の折檻のすえ、酒が切れたからと外に出て行った。小さな家は母親が暴れたせいでボロボロだった。母親が帰ってくる前に掃除しておかなければ、より酷く殴られてしまう。ゆまはいつも通りに、部屋のかたづけをおこなう。

空ろな瞳で、何も感じていないように。苦痛も理不尽も不幸も全部、全部慣れてしまったかのように。こんなのは当たり前で、これは自分の役割だとさえゆまは思っていた。

 

『酷いもんだね』

 

声が聞こえた。

 

『あんなものが君の母親なのかい?』

 

その声の主はどこにもいない。ここにあるのは、散らかったゆまの家のリビング。しかし、そこには明確に存在するものがあった。それは、ゆま自身と。ゆまの心の闇だった。

 

『君はそれでいいのかい? 辛くはないのかい? 苦しくは、痛くは、悲しくは、悔しくはないのかい?』

 

そんな問いに対して、しかしゆまの答えは。

 

―――わすれた。

 

ゆまの心はもうほとんど死んでいた。苦しみも悲しみも。喜びも幸せも。希望も絶望も。今のゆまにはなかった。この小さな少女の受けてきたものは、そんな人間にとって大切なもののほとんどを枯れさせた。母親から与えられたのは愛ではなく虐待だった。それらは少しずつゆまの感情を奪っていったのだ。彼女の感情は薄れ、磨耗していった。

 

『暖かさも、優しさも、愛情も全て忘れてしまったのかい?』

 

―――……うん。

 

『思い出したくはないかい?』

 

初めて、ゆまの感情がほんの少しだけ動いた。彼女の希薄な感情を少しだけでも揺れ動かせるだけの何かがその言葉にはあった。それがなんなのか思い出してみたいと、ほんの少し思ってしまった。

 

『君の望むままに』

 

その声の主は醜悪な笑顔で、ないはずの顔を歪めていると、ゆまはなんとなく感じた。

 

ゆまの目の前には、見たことのない映像が流れる。まるで映画のスクリーンのような世界だった。ゆまはそんな世界を不思議に思う暇なく、映り出させる画面にかじりついた。そこに答えがある気がした。自分の欲している何かが。

 

そこには血まみれのゆまの両親がいた。臓物を撒き散らせ、身体はいくつものパーツにも分断されていた。そんな光景を呆然と見ているゆま。魔女の結界に迷い込んでしまったようだ。

 

魔女はゆまのその小さな身体に怨念をぶつけようと、その醜い身体をさらけ出す。ゆまは動かない。しかし魔女の攻撃は、ゆまの身体を八つ裂きにすることはできなかった。

 

八つ裂きになっていたのは魔女本人だったからだ。

 

赤い服装に身を包んだ槍を武器とする魔法少女が立っていた。

 

それが、ゆまとあたしの出会いだった。決して、この世界ではない。改変前の世界でもない。ありえたかもしれない、無数の世界線の一つの出会いだった。

 

その映像にゆまはかぶりつくように見ていた。まるで羨むように。

 

あたしは身寄りのないゆまとなし崩し的に、いつのまにか共に暮らすようになった。きっとあたしは、あたしのせいで死んでしまった妹と重ねていたのではないのだろうか。だからどうしても、放っておけなかったのだろう。

 

あたしに与えられた食べ物を美味しそうにがっつくゆま。

あたしと一緒の暮らしは、色んな人達のものを少しだけ掠め取るせこい生き方だけれど、それでも楽しそうなゆま。

食べ物で好き嫌いをするゆまは、あたしに本気で叱られて、今にも泣いてしまいそうなほど落ち込むゆま。

時に魔女と戦わなければいけないそんな、危険な時ですらゆまは幸せそうだった。

画面の中のゆまは優しさを、暖かさを、知っていた。それを見ていたゆまは、今の自分の空っぽさに初めてむなしさを覚えた。

 

しかし、あたしはついに魔女に敗れてしまう日が来てしまう。魔法少女であるならば、絶望に埋もれて魔女になるか、魔女と戦い敗れるしか終わりはないのだから。当然の終わりと言えた。しかし、四肢をもぎ取られ助かる見込みのないあたしはいつの間にか、何にも起こっていなかったかのように平然と立っていた。無我夢中で魔女を倒し、現実世界に返ってみれば謎はすぐにとけた。

 

そこには、魔法少女の姿で立っているゆまがいたのだから。あたしはゆまを叱りつけた。当然だった。あたしは誰よりも他人の為に魔法少女になる虚しさを、愚かさを知っていたからだ。何故そんなことしまったんだ。あれほど、魔法少女にはなると言っただろうが。そんな事を言っていた。

 

ゆまは大粒涙を流し、言う。

 

―――ゆまを一人にしないで。

 

あたしは、がくっと肩を落として、今にも泣き出しそうな顔で。

 

―――バカだなぁ。他人の為に魔法少女になったって……なんにもなりゃあしないのに……!

 

そこから映像は途切れ、早送りされる。

 

そこは、廃墟と化していた。ビルは崩れ、まるで世界の終りの中に、二人の少女が手を重ねていた。その掌には真っ黒に穢れてしまったソウルジェムが二つ。

 

二人の長い魔法少女としての人生の終り。強大な魔女に巡り合い、逃げる事も叶わずに魔力が尽きる。

 

あたしとゆまは穢れが許容量を超えれば魔女となる事を知っていた。だから、お互いの瞳を交わし。お互いのソウルジェムを握り合う。

 

―――キョーコ、また会えるよね? またゆまと一緒にいてくれるよね?

 

―――何言ってんだ、ゆま。

 

―――そんなの当たり前だろ。

 

ゆまは大粒の涙を零し、ボロボロになったあたしの身体に顔を埋める。

 

―――何度死のうが。何度生まれようが。あたし達は一緒だ。これだけは絶対変わらない。

 

あたしは微笑んで、泣きじゃくるゆまの頭を撫でる。

 

―――お前はすぐに泣くからなぁ。心配で放っておけないんだよ。だから、待ってろ。お前がどこに居ようが、必ず迎えにいくからさ。

 

あたしはゆまを抱き上げて、ゆまの瞳を見つめる。ゆまは小さく頷いて、お互いのソウルジェムを握り力を込める。音を立てて崩れるソウルジェム。

 

―――ゆま。

 

―――キョーコ。

 

―――愛してる。

 

 

 

 

映像を見ていたゆまは、涙を流す。こんな心が、感情が、まだゆまの中にはあった。この次々と溢れてくる感情は涙として流れているようだった。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!」

 

ゆまは家を飛び出す。夕日が照らすこの時間。人通りは帰りの学生であふれている。そんな中靴も履かずに走り抜ける。

 

ゆまは泣きじゃくりながら。泣き叫びながら。ゴールのない道を走り抜ける。通行人が何事かとゆまを見るが、そんな事は気にしていられなかった。

 

悲しかった。辛かった。虚しかった。そして何より寂しかった。ここにキョーコは居なかった。

 

こんなに辛いのに、苦しいのに、キョーコは一向に迎えに来てくれない。ゆまにとって、あの映像こそが真実であってほしかった。

 

「キョーコぉ……! キョーコ、キョーコ! キョーコ……!」

 

ゆまはあたしの名前を叫ぶ。なんで、迎えてきてくれないの? ゆまはここにいるよ。そんな思いを込めて。

 

いつしか夕日の沈むころ、疲れ果てその場にへたり込んでいた。

 

「……助けて。キョーコ」

 

そのまま闇に沈んでしまうのではないかというほど、落ち込む身体に、とん、と誰かの身体がぶつかった。

 

「おっ? 悪いね。よそ見してた。立てるかい?」

 

そこには、中学校の制服を着たあたしだった。口には、んまい棒をくわえ、にかっと歯をむき出しにして笑い手を差し伸べる。

 

ゆまは呆然とあたしの顔を見つめる。奇跡が起きたと。やっとキョーコが迎えに来てくれたと、打ち震えた。あたしの手を握ろうとしたとき。

 

「ちょっと! なにやってんの! 杏子!」

 

後ろから髪の青い少女が駆け寄る。キョーコと同じ制服だった。その青い髪の少女以外にも、黒い長い髪。ピンク色の髪。黄色の髪。真っ白い髪。そんな色とりどりの髪をした中学生の制服をきた集団が駆け寄ってくる。

 

「ちょっとぶつかっただけだよ!」

 

あたしはさやかに言う。

 

「あんたがぼけーっと歩いてるからでしょうが!」

 

「わかってるよ! だから謝ってんじゃねぇか!」

 

ゆまは、何が起きたか理解できずにただ茫然とあたし達を見つめる。

 

あたしはゆまの身体を抱き上げて立たせてやる。

 

「な? 大丈夫だよな?」

 

ゆまの手に礼のつもりなのか、んまい棒を握らせる。

 

「……ぁ」

 

ゆまは何か言おうにも、口からは何も出なかった。言いたい事はいっぱいあったはずなのに。

 

「うん?」

 

みんなに囲まれている、あたしはゆまに振り向く。

 

「じゃあね」

 

そう言って手を振りみんなを引き連れ立ち去るあたしの後ろ姿を見て、呆然と立ちつくす。

 

キョーコはゆまの事を覚えていなかった。ゆま以外の人達と楽しそうに日常を謳歌していた。ゆまの事を忘れて、違う人達と幸せになる。そんな事が認められはずがなかった。そんな事を認めてしまえば、ゆまは自分自身が壊れてしまう事をわかっていたからだ。

 

母親から酷い虐待を受けても平気な顔をしていられたはずのゆまは、こんなにも弱くなってしまった。幸せを垣間見て、愛される喜びを垣間見て、どうしようもなく弱くなってしまったのだ。一人ぼっちでは生きてはいけないほどに。

 

「……どうすればいいの?」

 

ゆまは一人叫ぶ。

 

「どうしたら、キョーコはゆまと一緒にいてくれるの!」

 

『君が魔法少女になれさえすればキョーコも君をを思い出すんじゃないかな。 千歳ゆま』

 

闇が答える。嬉しそうにその邪悪な感情を揺れ動かす。

 

「なる」

 

ゆまは迷う暇も、考える暇もなく脊髄反射のように答える。

 

「なるよ。魔法少女に。どうすればいいの?」

 

『君の望むままに』

 

 

 

 

あたしはいつの間にか滂沱の涙を流していた。何もかもがつながった。なぜ、千歳ゆまという少女がこんなにもあたしにこだわり、求めていたのか。

 

もう、戦う気力どころか、立っている事すらままならない。あたしの身体に優しい衝撃が走る。ゆまが抱きついていたからだ。

 

「思い出してくれた? キョーコ? ゆまの事思い出してくれた?」

 

涙に顔を濡らしているゆま。こんなにまだ幼い心をボロボロに傷つけて、それでもあたしに会うために、そのためだけに、こんな事をしでかしてしまったゆま。

 

あたしはゆまの小さな頭の上に手を置き撫でる。涙を止める事も出来ずに、ゆまの頭の上に雫のように零れ落ちる。ゆまは嬉しそうに眼を閉じる。とても安心しきっている。そんな幸せそうな顔だった。

 

あたしは口を開く。この少女を不幸にしてしまうかもしれないけれど、それでも、あたしは言わなければいけない事があった。

 

「ごめんな。ゆま。それはあたしじゃねぇんだよ」

 

ゆまは目を見開いてあたしを見る。少女の真ん丸な月のような瞳に映し出されるあたしの顔は、ぐしゃぐしゃに泣きはらしたみっともない顔だった。

 

「それは、あたしによく似た別の誰かだ。この世界ではな、あたしとお前は出会わなかったんだ」

 

「……何いってるの? キョーコ?」

 

「ゆま、お前のキョーコはもういないんだよ。ゆま、お前もあの世界にいたゆまではないんだよ。あたし達は別の世界の、全く別人なんだ」

 

それはまるで物語の登場人物を、愛してしまったかのようなものだ。本当はないかもしれない。そんな世界を夢見るのはゆまの歳では当たり前なのかもしれないけれど。物語は物語だ。あたし達の生きるこの世界に飛び出るわけではないし、助けてくれるわけでも、話しかけてくれるわけでもない。所詮はただの映像なのだ。

 

「だからあたしはお前に言わないといけない。こんな事はやめろ。あたし達の大切な日常を壊さないでくれ」

 

「……うそだ」

 

「それでもお前がこの世界を壊し、魔法少女の世界に変えてしまうのなら、あたしはおまえと戦わないといけない」

 

「うそだ、うそだ、うそだ、うそだ! キョーコは嘘をついてる!」

 

「本当なんだゆま。これが真実なんだ。お前とあたしは共に生きる事はなく、今は敵として向かい合っているんだ」

 

「……かわいそうに。キョーコ。きっとあの魔法少女達に騙されてるんだね。でも大丈夫だよ」

 

ゆまの姿が霧のように消える。

 

「キョーコはここで待っているだけでいいんだよ。時期に世界は変わるんだから。ゆまとキョーコが一緒に暮らすことのできる世界が」

 

ここにはまた闇が広がるだけだった。

あたしはただゆまの温もりを噛みしめるように、ゆまが抱きついてくれていた自分の身体をさする。そして、あたしはただ祈るように膝を地面につけ、手を握る。

 

ゆま。わかるよ。親に裏切られるのは辛いよな。実の親から冷たい言葉をかけられるのは、否定されるのは、生きる事を否定されるようなもので。本当に辛くて悲しい事だよな。わかるよ。あたしもそうだった。信じた希望がゴミになるようだった。信じているだけで壊れてしまいそうだった。だから、あたしは捨てたんだ。一番最初の気持ちと一緒に、あたしの得た魔法を。

 

でもさ、ゆま。それじゃあ駄目なんだ。あたし達は親に見捨てられ、否定されても、それでも生きているんだよ。あたし達はこんなにも生きているんだよ。

 

だから、前を向いて生きるために、あたしはもう一度あの希望を信じてみようと思うよ。

 

目をつぶる。あたしの目の前には首をねじり切り取られた、妹と母親の姿が目に入る。あたしは自身のトラウマに引き裂かれそうになる。声にならないくらいに心が痛いし苦しい。

 

あたしの今にも崩れそうな身体をさやかが支えてくれる。

 

「さやか」

 

あたしの身体を先輩が、まどかが、ほむらが、マミが支えてくれる。

 

「……みんな」

 

あたしは涙を堪えてみんな顔を見つめる。みんなまっすぐあたしを見つめて、微笑んでくれる。あたしの心の傷も闇も、みんなが支え、癒してくれた。

 

あたしは目の前に首を吊り、自分の教会に火をつけた父親をみる。もう、一度彼に祈るように。もう、一度あたしは願う。最初の希望。最初の気持ち。

 

「……父さん、力を貸してくれ」

 

あたしの身体は力を取り戻す。魔力が蘇り。

 

そして、思い出す。

 

あたしの原初の魔法、幻惑魔法。

 

ありがとう、みんな、母さん、モモ、そして父さん。

 

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