父さん、今更ごめん。こんなに家族を滅茶苦茶にして、アンタを滅茶苦茶にして、力を貸してくれなんて虫が良すぎるよね。
それでもお願いだ、力を貸してくれ。あいつを、ゆまを何とかしてやりたいんだ。こんなあたしに出会うためだけに、ゆまの事なんて微塵も思い出せなかった、こんなあたしの為に、あいつは多くの罪を犯し、傷ついてきたんだ。
だから、お願いします。お父さん。あたしに力を貸してくれ。あたしはどうしても千歳ゆまという不幸な少女を救ってやりたいんだ。
燃え盛る教会は光に包まれ、目の前の悲惨な光景は跡形もなく消える。目の前には笑顔で立っている家族だった。
―――行っておいで、杏子。
「……と、とう……さん」
涙が止め処もなく溢れて、まともに家族の姿すら映せない。
改変前の家族は何をしても、なかった事にはならない。いくら今の世界で家族が幸せそうに暮らしていようが、それでもあたしが家族を滅茶苦茶にしてしまった事は消えてはくれない。この改変前の世界の家族はやはり、悲惨な最期を迎えたはずなのだ。あたしは、絶対に許されないと思っていた。
―――本当にすまなかったな、杏子。
ああ……、あたしは許されていいのだろうか。
―――おねぇちゃん大好き!
―――愛してるわ、杏子。
―――ああ、愛しているよ、杏子。
ちくしょう。泣いている場合じゃないのに、涙がとまらないじゃんか……。
わかってる。泣いている暇もこの気持ちに浸っている時間もない事も。あたしは涙を拭き、今、目の前にある闇を見つめる。
ゆまが幻惑魔法で作り出した世界。あたしの魔力と魂ごと完全に掌握し、惑わし、捕えている。
あたしは目を瞑り、魔力を解放する。
ごめんな、ゆま。あたしはお前のキョーコにはなってやれないんだ。お前が愛し、愛してもらいたかったキョーコには、とてもあたしじゃあなれないんだよ。
きっとそれは代えのきかない大切なものなんだ。
だから、あたしは佐倉杏子として千歳ゆまを迎えにいくことにしたよ。
お前は不幸だったのかもしれない。いけないことをしたのかもしれない。でも、永遠に一人ぼっちになってしまうほどに罪深くはないんだ。
あたしは幻惑魔法を幻惑魔法で相殺する。
幻惑の魔力に関与できるのは同じく幻惑の魔力のみ。
母さん、モモ、父さん。
「いってきます」
―――佐倉杏子
な、なにが起きたの!?
キョーコが突然起き上がった。さっきまで死んでしまったかのようにピクリとも動かなかったのに! ゆまの幻惑魔法に完全に囚われていたはずなのに!
これは、トコヤミにもらった力。最強の力のはずなのに!
ま、まさか!? 本当に目覚めてしまったの!? たったあれだけの幻惑魔法を使っただけなのに!?
『この力はおそらく、数多くある魔法の中で最強だ。それを君に授けようじゃないか』
「ただ、幻覚を見せるだけなのに最強なの?」
『見せようとする対象や精密さが要求されるけれどね。それに、これは君の憧れるキョーコと同じ魔法でもあるんだよ?』
「さすがキョーコだね!」
『まぁ、だからこそ彼女が二番目に厄介なのさ。まぁ言うまでもなく一番厄介なのは、そこの変態だけれどね』
「でも、同じ魔法じゃあゆま、キョーコに絶対かなわないよ? キョーコはすごいんだから!」
「うん、まぁ、その通りなんだけどね。でも、これはいわば保険なんだ。別に君にこの力を十全に使いこなしてもらおうとは思ってないよ。君にはその才能もなさそうだしね」
「ぶー。ぜんぜん意味わかんないよ」
「佐倉杏子はね、この魔法を喪失しているんだよ」
「そんなことがあるの?」
「ああ、彼女は彼女の願った祈りがそのまま絶望に直結しているんだ。この絶望が満ち溢れてしまえば君もどうなるかは知っているだろう? だから彼女は無意識のうちにこの魔法を放棄したんだ。最初の希望と一緒に、この魔法を見ないようにして、なかった事にしたのさ。そうしないと彼女は生きる事が出来なかったんだ」
「それじゃあ、キョーコは力を全部だしきれないってこと? それならゆまでも大丈夫かも!」
「いや、それでも彼女はそこら辺の魔法少女とは比べ物にならないほど強い。だから、千歳ゆま。君には闇の創造魔法も付与しておく」
「うん。でも、保険って?」
「ああ、保険だ。彼女は改変後の世界では家族と良好な関係を築いている」
「……………」
「どうかしたかい? ボク達のしようとしていることに、罪悪感でもあるのかな?」
「そんなんじゃないよ。そんな嘘の世界からキョーコを救い出してあげるんだから」
「そうだったね。だから、彼女のトラウマともいえる、願いも希望も克服する恐れがあるんだよ。だから、君に幻惑魔法を授けるんだ。もし万が一佐倉杏子が魔法を取り戻しまった時の為にね。彼女の幻惑の魔力に対抗するには、同じく幻惑の魔力しかないからだよ」
「な、なるほど」
「まぁ、そう深刻になることもないさ。そんな可能性はゼロに近いんだ。それに君に与える創造魔法は、魔法少女のとはレベルが違う。ほとんど戦闘経験のない君でも十分戦えるほどに」
「う、うん」
「ただし、この幻惑魔法は耐性のない存在にはほぼ無敵ではあるが、だからといって絶対に魔法に目覚めていない佐倉杏子には使ってはいけないよ。どんなに危ない状況でもだ。それが引き金になりかねないからね」
「うん! わかった!」
全然ゆまはわかっていなかった。トコヤミの言いたいことをほとんど。ゆまの頭の中にはキョーコにゆまのことを思い出してもらう事しかなかった。思い出してもらえさえすればキョーコは絶対にゆまの味方をしてくれるはずだから。
「ゆま。いくぞ」
しかし、そのキョーコはゆまの記憶をそのまま幻惑魔法として伝えても思い出すことはなかった。
ううん。もしかしたら、キョーコは全て思い出して? それでも、ゆまをみすてる? ちがう! だってキョーコは! ゆまのことあいしてるって! 別の世界? 別人? ちがう! だって、ゆまは! 本当に、おぼえて? だって、だって! キョーコはむかえに。あいして。くれるって!
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ゆまは何がなんだかわからなくなって、創造魔法で作った真っ黒なハンマーを地面叩きつける。轟音が鳴り響く。
「もう! わからないよ! キョーコがわるいんだからね! キョーコは傷つけたくなかったけど! もうしょうがないから! 全力でいくよ! 痛くても知らないんだから!」
杏子は深く瞳を閉じ、呼吸を整え、恐ろしいほどに研ぎ澄まされた瞳でゆまを見据える。
「それでいい」
ゆまは寒気を感じた。悪寒が全身を駆け巡る。恐ろしいのでも、怖いでもない。ただキョーコには何をしても、どんなことをしても無駄なのではないかと思ってしまうほどの差を感じた。大きな差を。
とっさにゆまは幻惑の魔力を放出する。パキンとガラスが割れたような高い音が響いたかと思うと、キョーコの姿は目の前にあったはずなのに、そこにはない。
いける、と思った。いくらとんでもないキョーコと言えども同じ幻惑の魔力を持つゆまにはきかない。あとはトコヤミからもらったこの魔法少女よりも強い創造魔法で!
ゆまは背後から恐ろしいほどまでの魔力を感じる。ううん。感じることができる。さっきまではキョーコの早業幻術で何にも感じないようにされていた。でも、今は違う。今ゆまは幻惑魔法には囚われていない。肌で、全身でキョーコの凄まじい魔力を感じることができる。
ゆまは闇のハンマーの形を変えて、背後のキョーコを捕らえるよう命令する。この闇にただ念じればいい。そうすればかってに闇は形を変え、ゆまの望む結果を与えてくれる。
ハンマーは無数の蛇に変わり、オートでゆまの背後の魔力に飛びつく。
終った。魔法少女はソウルジェムさえ破壊しなければどんな状態からでも回復できる。殺してはいないはずだ。ゆまは振り向く。
「ゆま」
絶句。
その一言しかいえない。そこには平然とキョーコが立っていたどころではなかった。
「無駄だ」
なんて言えばいいのかわからない。言葉が見つからない。今のキョーコは。
ううん。これは本当にキョーコなの?
キョーコは髪留めを外していて、その美しい赤髪をおろしている。キョーコの身体からは凄まじい魔力が放出され、その魔力から生み出された存在。ただ純粋に魔力を凝縮させただけの、紅玉のような真紅の光に包まれた天使がそこには立っていた。
キョーコの髪留めを首からペンダントのようにかけていて、真紅の衣を羽織り、真紅の翼を広げ、真紅の槍を持っている。顔はよく見えないが、男だとわかる。
「わぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
ゆまは無我夢中で闇に命令する。どうにかしろ、と。このままじゃあ一瞬で終ってしまう。どういう経緯でそうなったかはゆまにはわからにけれど、キョーコは魔力で戦闘用の人形を生成している。こんなスタイルで戦うキョーコは初めてみるけれど、破壊する対象がキョーコでないのなら遠慮することはない。本気の攻撃に迷う余地はなかった。
闇は武骨な槍のように姿を変え真紅の天使に襲い掛かる。
真紅の天使の身体に触れた瞬間にその闇は溶けてしまったようにこの世界から消失してしまう。ゆまは何度も闇に命令する。
荒れ狂い襲い掛かる闇に対して真紅の天使は全く動じずに、ただ槍を一振り振るう。
瞬間に闇はもぎ取られ、よく見ればゆまが手にしていたはずの仰々しいハンマーすら跡形もなく消えていた。
「あ、……あ、ど、どうして。そ、そんな! ありえない! そうだ! これは幻惑だ! 幻術だ! ゆまはキョーコに惑わされている!」
ゆまは慌てて幻惑の魔力を放出する。幻惑を相殺できるように。でも、肝心の対象が全然見えない。そんな、キョーコはゆまに幻惑魔法をかけていない?
「そ、そんな、こんなことが、幻惑ではなく、現実にこんなことが!? これほどの魔力が!? キョーコ!? いくらなんでもこれは!? こんな魔法少女が!?」
「落ち着けよ、ゆま」
キョーコは静かに、冷たいほどに冷静にゆまを見据える。
「これは、ただの幻惑魔法だよ」
「う、うそだ! だってゆまは、幻惑魔法はきかないはずだもん! ゆまはキョーコと同じ幻惑の力があるから! キョーコの幻惑魔法は打ち消せるはずなんだ!」
「別にお前を幻惑魔法にかけたなんて一言も言ってないよ」
な、なにを言っているの? キョーコは一体何が言いたいの?
「あらゆる存在に対して、思いのままに幻術を生み出し、惑わす魔の法」
そこで、ゆまは思い出す。トコヤミの言葉を。
―――幻惑する対象や精度にもよるけれどね。
「ま、まさか!?」
「あたしは、ただこの世界という存在を惑わしているに過ぎないんだ」
世界を!? 世界を完全に惑わし、幻術を見せている!? 世界が誤認識を起こすほどまでに、完璧な幻術を創造している!?
「人に限らず、あらゆる存在は無意識に認識に対してその形を自ら変えている。ただ強く念じるだけで、奇跡が起きるように。これが魔法の原点。一なる魔法」
キョーコはこの世界を完全に掌握しているとでも言うの!?
「あたしの魔力では世界に対してただ一つの嘘しかつけない。それでもたった一つの嘘だけは真実にできるんだ。だからあたしは騙したんだ。この世界を。この世界のルールと理を惑わしたんだ。ただ、この世界にいるあたしの魔力が大幅に跳ね上がったと世界に、理に、そう認識させるだけでいい。そうすれば、世界はあたしに魔力を与えてくれる。そう思い込んでいるのだから誰も嘘だとは気が付かない」
世界が認識すればそれはどんな結果であれ現実に反映される。キョーコの魔力を絶大だと世界に見せかけているんだ。誤認識した世界はその結果をそのまま現実に変換してしまう! 実際にはキョーコの魔力は変化していないのに! まるでキャラクターが作者を惑わし設定やストーリーを思いのままに改変してしまっているかのように!
これが、キョーコ? ゆまが憧れ、愛し、求めてきた人。いくらなんでも出鱈目すぎる!
もう、ゆまに勝機はないの?
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
そんなの関係ない! ゆまはどうしてもキョーコがそばにいてくれないと嫌なんだ! もう、一人ぼっちはいや!
ゆまは再度創造魔法を使う。ゆまの黒い感情を全て、魔力に変えて、身体が闇に浸食されようが、ソウルジェムが穢れてしまおうが関係ない! ただゆまはキョーコさえいてくれたらそれでいいんだ!
黒い闇から、ぐちゃぐちゃの身体を辛うじて人の形にとどめた女を作り出す。顔が崩れ、手足の大きさが違う醜い化け物はママに見えた。
「ゆまを一人ぼっちにしないで!」
ゆまはぐちゃぐちゃになってしまった思考の渦の中で、ただ願う。引き裂かれるほどに痛く苦しい中、心の底から願う嘘偽りのない真実を吐き出す。
「ゆま! やめろ! 魔力に食われてる! いいから、もうやめろ!」
突然キョーコが取り乱して、ゆまに言う。ゆまは自分の身体を見てみると。そこには闇がうごめきながら、ゆまの身体を食っていた
「……キョーコぉ……」
ゆまはただキョーコに手を伸ばす。助けてほしかったわけでも救ってほしかったわけでもなかった。ただキョーコに抱きしめてほしかった。愛してほしかった。それだけだった。ゆまはいつでもそれだけだった。
ゆまは身体が真っ黒な闇にどんどん侵食されていく。足の先からどんどん闇が這いより、ゆまの身体を食っていく。でも、そんな事今のゆまにはどうでもいいことだった。ただキョーコがそばにいてほしい。それだけ叶えばゆまはそれでいい。この願いさえ叶えてくれるのなら、ゆまはどうなってもいいし、この世界がどうなってもいい。だから、お願いだから、キョーコ、ゆまのそばにいてよぉ。
闇はゆまの身体を覆いつくし、ゆまの目の前は真っ黒になる。ただ意識が呆然とそこにあるようで、ゆまの身体は完全に闇にのっとられてしまった。
葛藤をそのまま表現するように、キョーコに襲い掛かる闇の人形。
「もう一人ぼっちはいや! みじめなのも! いたいのも! くるしいのも! さみしいのもいや!」
ゆまの身体も魔力もすべてがゆまのものではなくなってしまったけれど、それでも、この感情と意識はゆまのものだった。ゆまが今まで溜め込んで吐き出せることもできなかった心で感情だった。
ゆまの思い通りにはもう動いてくれない人形は、真紅の天使を無視してキョーコ本体に攻撃してしまう。
人形はゆまの感情の起伏に合わせてキョーコに攻撃しているようだった。その醜い拳をキョーコに何度も叩き付ける。
「誰が一人ぼっちにするかよ」
土煙が舞う中、全て今の攻撃を避けずに、魔力もろくに纏わずに生身のまま受け止めたキョーコは、いたるところから血を噴出している。全身ボロボロなのにそれでも片手には人形の拳を掴んでいる。
キョーコはきっと、ゆまの乱した心が生み出した、あんな単調な攻撃なんて簡単に避ける事はできたはずなんだ。もしかしたら高密度の魔力でいとも簡単に、消し去ることもできたかもしれない。
それでもキョーコは受け止めてくれた。ゆまのこの感情ごと。おかしいな、なんで涙が……止まらないんだろう? ゆまの身体は完全にのっとられたはずなのに、涙だけはちゃんと流れてくれていた。
「ゆま、あたしはキョーコみたいにはきっとなれない。あたしはあたしだからだ。ここはゆまの見た世界とは別世界で、あたしはキョーコの別人でしかない。この世界で千歳ゆまと佐倉杏子は今の今まで出会う事すらなかったんだ。でもな、ゆま。あたし達は今出会ったんだよ! たった今、この場で巡り合う事が出来たんだ!」
キョーコぉ。
「キョーコじゃねぇ! あたしは佐倉杏子だ!」
きょ、きょうこ? 杏子ぉ!
「そうだ。そうなんだよ! ゆま! 千歳ゆま! あたしは杏子だ! ただの杏子なんだ!」
杏子が、ゆまの造った闇の人形に、真紅の魔力を流し込む。人形は突然悶え苦しみ、甲高い悲鳴をあげる。
「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
姦しい声が響き終わると、人形は身体が破裂するように内側から膨張をはじめ、はじけ飛んだ。
ゆまの身体は勝手に杏子に攻撃を始める。いくつもの闇の人形を生成し、全てが一斉攻撃を開始する。杏子それを真紅の天使で受け止める。
「父さん、ごめん。ここは頼んだ」
杏子はその天使を父さんと呼んでいた。ゆまの闇を全て、その天使が防ぎ、杏子はゆまの元へとゆっくりと近づいていく。
「ゆま、あたしが必ず迎えに行くよ」
嘘だ、嘘だよ。もう、ゆまは嫌だよ。杏子とは離れたくないよ! だって杏子はそう言っても絶対にゆまを忘れてどっかいっちゃうもん!
杏子がゆまの身体を抱きしめてくれる。
「もう、離さない! この手にお前がいるんだ! 誰が手放すかよ! 絶対にこの手だけは離さない!」
……う、うそだよ。ゆまはだまされないよ?
「嘘じゃねぇ! あたしが絶対にゆまを一人ぼっちにはさせない!」
でも、たとえ嘘だとしても。
「なんて、やさしいうそなんだろう……」
ゆまは全身の身体から力が抜けてしまったかのように、この身を全て杏子に預けてしまう。なけなしの涙を溢れさせて、最後の力を振り絞って杏子の身体に顔を埋める。杏子の温もり、優しさをかみ締めるようにして。
ただ、杏子に抱きしめてもらえたことが嬉しくて、ゆまの気は遠くなっていく。
闇の魔力もそこをついてしまったようで、完全に消えてしまった。
「待ってろ、ゆま」
杏子が優しく頭を撫でてくれるのを感じる。ゆまはそんな幸せの中、ゆっくりと目を閉じて意識が消えていく。
おやすみ。杏子。目覚めたときどうか杏子がそばにいてくれますように……。