私の目の前には私がいる。
真っ黒な私。
ここには魔法少女の私と魔女の私しかいない。
魔法少女と魔女が向かい合う。
互いの魂の主導権を賭けた争い。
私は弓を引き、魔力の矢を形成する。魔力を込める度に弓の花びらが開花していく。
魔女も同じく、真っ黒な弓を私に向けて、魔力を込める。真っ赤なバラが花開いていく。
お互いの魔法が限界値に達し。お互いに矢を解き放つ。
雷のような爆音が轟き、台風のような爆風を生み出す。吹き荒れる風がやっと収まり、自分の肩に激しい痛みが走っている事に気がつく。
「……くっ」
自分の肩には小さなバラの棘のような矢が刺さっていたのだから。私は棘で自分の肉が持っていかれる事もかまわずに引き抜く。ぶしゅっと血が噴出す。
爆風がやみ姿を現した魔女の私も肩に矢が突き刺さっていた。私の桃色の矢がしっかりとそこには刺さっていた。
当然の事だけれど、お互いの魔力量も、質も、威力も全く同じなようだ。
「これは長い戦いなりそうだね?」
魔女は私の矢を掴み、握り締め、粉々にしながら言う。
「そうだね」
私は肩の傷口を魔力で回復させながら答える。
「本当にあきらめてくれないの?」
「まさか」
「ねぇ、私。もういいじゃない。あなたはよく頑張ったよ。よく我慢したよ。だから、もうこの私に全て任せてよ。絶対にキュー君を私のものにするからさ」
「だめだよ」
「どうして?」
「もう無理だからだよ」
「何を言っているの?」
「あなただって本当はもう気がついてるはずだよ? 何をしても、どうしようとも。どうしようもないって。だから私はもう終わりにする。終らせる」
「やめて! それ以上言わないで! 殺すよ! 二度としゃべる事ができないくらいに! 滅茶苦茶にするよ!」
私はにこっと微笑む。涙を溢れさせ、遠い目をしながら彼の顔を思い出す。遅かったなんてきっと問題ではないのだと思う。私にはきっと彼を支える事はできないだろう。きっとそれはあの人しかできない事なんだと思う。だから、私は覚悟を決めて、辛い現実を見据えて、それでも明日にむかって生きる事ができるように、言う。
「きっと私じゃあ駄目なんだよ」
「あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!」
魔女の私が頭を掻き毟り、血の涙を瞳から溢れ出させ、その開ききった瞳孔で、私を睨む。その瞳には憎悪が溢れていた。
「それは、とても残念な事だけれど仕方がないよね。それはもう、しょうがない事なんだ。だから、もう終わりにしよう。こんな事は。こんな報われない恋の為に、こんな報われない罪を犯すのは」
「だまれぇ!」
魔力の暴走。魔女の私は全身から大量の魔力を噴出させ、自らの身体を膨張させている。私の魔力量は通常の魔法少女の魔力量とは桁が違うくらいに多い。だから私達には自分の肉体を保つための限界値がある。どれだけ圧縮させようと一度に吐き出せる魔力の量は決まっている。
「がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
しかし魔女の私にはその限界値を大きく振り切ってしまうほどの魔力が帯びている。その身体は軋みを上げ、悲鳴を上げているようだった。その身体はとても少女とは言えない醜い獣のようだった。
魔女は私に向けて、一まわりも二まわり大きな矢を向ける。
「もういい! わかった! もうあなたじゃあ絶対無理!私が全部、全部奪い取ってやる! 邪魔なやつはみんな殺してやる! 何もかも! 巴マミも! 美樹さやかも! 佐倉杏子も! 暁美ほむらも!」
「うん。そんな私も私は受け入れる」
「しねぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
大きな矢は拡散して私に降りかかる。とても相殺できる量でも、威力でもなかった。私は体勢を限りなく低くし、地面すれすれを魔力で飛行する。身体を水平にして、縦横無尽に飛び回る。
「殺す! 殺してやる!」
「酷い顔だよ? それじゃあキュー君に嫌われちゃう」
「黙れ! しゃべるなって言っているだろうが! いいから死ね! 死ね! 死ね! 死ねぇ! 死んじゃええぇ!」
私は右手のひらに魔力を集中させる。荒れ狂う嵐のような矢の大群を凌ぎながら。
右手がどんどん焼け焦げていく。
「あぐぅ……!」
痛みが右手から全身を駆け巡る。魔力の限界値を大きくオーバーしているのだから、肉体に影響が出るのは当たり前なんだけれど。
まだだよ。
私はさらに手のひらに魔力を込める。どんどん手のひらは焼け焦げていく。皮膚がただれ、血が蒸発し、肉が見える。その肉も、どんどん磨耗していく。
右手の痛みと荒れ狂う矢の中をそれでも必死に、魔女を見据える。
魔女は完全に自意識を放棄し、考える事を放棄している。瞳はもうすでに白目になっているほどだ。おそらく、周りなんて見えていない。
私は、私の肉体の限界まで魔力を圧縮した矢を向ける。この一矢に私は、賭ける。全ての思いを込める。これが私の攻撃できる魔力の限界。
荒れ狂う矢を、避けるためにあらゆる方向に飛び回っているせいでうまく照準が定まらない。
それなら。
「うぐぅ! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
私はその魔力の圧縮された真っ黒な矢の大群に突っ込む。全身に荒れ狂う矢が突き刺さり、身体には激痛が走る。その矢は私の肉を貫き、骨を砕く。私はこの全てを込めた矢を取りこぼさないように必死に握り締める。
弓を引く姿勢を保ったまま、身体にはいたるところに穴が開き、矢が刺さっている。肩はちぎれ、おなかにはいくつも穴が開き、内臓が零れ落ちそうだ、立てることが不思議なくらいに足には穴が開き、膝は今にも千切れそうで、足首はあさっての方向に曲がっている。
痛すぎて涙が止まらない。瞳にいっぱいの涙を溜め込みながら、それでも私はやっと魔女の目の前に立つことができた。
「これで終りだぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
私は太陽のように光り輝く矢を思い切り引き、ゼロ距離で放つ。
「あがぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
その矢は見事魔女の身体を貫く。魔女はその威力で身体の四肢が崩れ、吹き飛ぶ。
それでも尚矢を噛み千切ろうと、腹部に刺さっている矢に必死に歯を立てる魔女。
「まだまだぁ!」
私は開いた右手をその矢にむけ、思い切り握り締める。
爆音が轟く。その矢を爆散させたのだ。魔女の身体は四散して、その首が転がる。
「……おわ」
った、と言い切る事ができなかった。かわりに出てきたのは血の塊だったからだ。
ざくぅっ、と肉を貫く音が響いたと思ったら、私の背中に痛みが走る。振り返るとそれは赤黒いドレスの絡まった手だった。左手だった。肘から先のない左手だけが、赤黒い矢を握り締め、私の身体を刺し貫いたのだ。この手は間違いなく私の手。私の中の魔女の手だった。さっき吹き飛んだ時、きっと魔女はとっさに魔力を込めていたのだ。
私はさされた衝撃で前のめりになって、倒れそうになるところをギリギリで踏ん張る。もう、何もかもが限界だけれど、ここで倒れるわけにはいかない。魔女の身体を私が捕食して、それで終らせるのだから。分離された私は今一つになるべきなのだから。
「あっはははははっははっはっははっははっははは!」
魔女が甲高い笑い声を響かせ、私を仰ぎ見る。首だけになったそれは異様な光景だった。
「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
私はいつの間にか絶叫していた。別に怖かったわけでも、恐ろしかったわけでもない。ただ全身が燃えたのだ。突如として私の全身が燃え上がり、私は今まで味わった事のない激痛が全身を駆け巡った。私はふらつく足取りで、それでも必死に倒れないように堪えて、辛うじて背中をみる。さっき刺された矢を中心に今まで受けた矢が同調しているのが辛うじて理解できる。全身に襲い来る激痛。燃え続ける体。何が起きているのかわからない。
「あなたの今まで受けた矢を中心に魔力を流し込んでいるのよ! この膨大な魔力が暴走してしまえばあなたの身体は耐え切れない!」
首だけになった魔女は心底嬉しそうに言う。
高密度の魔力の矢が全て私の身体の中に流れ込んで、私の魔力と入り混じり暴走し一度に外に放出されようとしている。私の身体は内部の魔力によって全身を焦がされている。
「あがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
私は両手で頭を抱えながらもがき苦しむ。全身を炎で焼き尽くされるというのは、これほど辛いものだと実感する。悲鳴を上げれば口腔から炎が入り咽を焼き、肺を焦がす。熱で匂いなんて感じる暇なんてなくて、感覚は痛み以外ない。意識が遠のく。痛みすら薄れていって、目の前の景色が曖昧になっていく。
もう、だめだ……。
魔力の炎が身体の中まで広がり内臓が焼き尽くされている。私はもう立っているのも限界でふらつく足が絡まってしまえば崩れ落ちてしまうことだろう。
みんな、ごめんなさい。結局私は……。
―――ちゃんとあなたの口から言いなさい!
私は目を見開く。ほむらちゃんの声が聞こえた気がした。
―――生きたいって!
―――私達と一緒に生きていきたいって!
……うん。そうだね。生きたい。
私だって生きたいよ。みんなで生きていきたいよ。
私は倒れそうになる身体をふんばる。なぜだか笑顔こぼれてしまう。
私はこんなところで終るわけにはいかない! 生きてほむらちゃんに言うんだ! 生きたいって! ありがとうって!
私はふらつく頼りない足取りでゆっくりと前に突き進む。
「は! なんのつもり? もうあなたは終わりだよ!」
魔女の私はもうほとんど魔力で身体を修復していたけれど、まだ動けるほどには回復し切れていない。
私は突き進む、明確な意思を持って、魔女の元へと足を運んでいく。
「な……に、を」
魔女の顔色が変わる。その瞳には恐怖が入り混じり始める。
「ま、まさか! そんな! あなた正気!?」
私は辛うじて頬を吊り上げる。
「く、来るなぁ! こっちに来るなぁ!」
魔力はいくらでもある。この身体には私のだけではなく、魔女の魔力すら全身を駆け巡っているのだ。それなら、威力は十分だよね。私のあふれ出し、暴走する魔力でも動ける程度までには身体を修復することができた。燃えて修復の繰り返し。でも、これでいい。私の目玉は熱膨張で破裂する。激痛は変わらず駆け巡るも咽が焼けて悲鳴は声にならない。
それでも私は笑わずにはいられない。目の前が真っ暗になっても、どれほど酷い姿だろうとも、それでも私は帰るんだ。みんなのいる世界に。魔法少女なんて関係ない。泣いたり笑ったりして、希望を抱き、たとえ絶望してしまっても、それでもまた笑える日がきっとくるそんな世界に。
「来ないでよ! 化け物! なんで私が、私の邪魔をするのぉ!」
声の響く方に私は足を運び、やっと魔女の目の前に立つ事ができた。魔力は十二分にある。
私は身をかがめて、倒れている魔女の身体に触れる。
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
触れただけで私の全身を焼き焦がす魔力の炎は魔女の身体にまで燃え移る。私は魔女の身体を抱きしめる。愛する我が子を抱き寄せる母親のように。
「ひぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
お互いの全身を焼き尽くす膨大な魔力の炎。こうなってしまえば後は我慢比べ。どちらの精神力が先に尽きるか、この苦痛に耐えきれるかの勝負。
魔女の咽もすぐに燃え尽きて、お互いに声にならない悲鳴が響く。私達の魔力は悲しい事に途方もなくあって、この魔力もとどまることなく暴れまわる。この炎は私達の魔力が尽きるまで燃え盛ることだろう。
どれほどの時間がたった事だろうか。いつの間にか私も魔女も倒れていた。お互い全身黒焦げで、消し炭のようになっていた。あれほどあった魔力もほとんどなくなっていて、私は辛うじてある意識を必死に絶やさないようにして、身体を少しずつ修復していく。
立って歩く事なんてとても無理で、身体を這わせながら魔女の元までいく。
私は魔女の身体を触れる。。私はもう真っ白ではいたくはない。真っ黒な私を否定なんてしたくない。だから私は灰色になりたいのだ。私は決して純白のように純粋でいたくはない。暗黒のように棲んでいたくはないのだ。
白くも黒くもない、中途半端な人間でいたいんだ。だから私達は一つになろう? 神様なんてもう真っ平だよ。
私は意を決して捕食をしようとする。
「まどか」
しかし私は反射的に手を止めてしまう。だって。
「まどか。お願いだ」
だってそこにいたはずの魔女は、キュー君の姿をしていたのだから。
「やめてくれ」
「……あ……」
動け。動け。動け。早く捕食しないと。魔女が回復してしまう。惑わされるな。これは魔女が命辛々、最後の力で、そう見せかけているだけなんだ。キュー君なわけがない。キュー君がこんな事を言うわけがないのだから。
だから、動け!
「ばぁか」
私の身体が魔女に触れる事はなく、キュー君の姿をした魔女の手が私の胸を抉り心臓を刺し貫く。
まともに回復しきれていない私の身体はいとも簡単崩れ落ちてしまう。血もろくに流れない。
「後もう少しだったのに、まどかは本当に馬鹿だね」
手を引き抜かれても、私はもう動く余力なんてない。
「そうだ」
魔女はキュー君の姿のまま、その顔を意地悪そうに歪める。キュー君はそんな顔しないと文句を言いたいがそんな力も残っているはずはなかった。
突然私の身体は無理やりに持ち上げられる。力を振り絞り辛うじて横目で、隣を見るとほむらちゃんとマミさんの姿をした闇だった。ほむらちゃんが私の右手を強く握り締め。マミさんが私の左手を縛りあげ、私の左右の足をさやかちゃんと杏子ちゃんが拘束している。
「よく見なよ。まどか。みんなここにいるんだよ? 願いは叶ったかい? 思いは通じたかい?」
私は唇を噛む。空ろな瞳涙を溢れさせる。
「くだらないよ。結局君は何の意味もなかったんだ」
悔しい。何にもできなかった。結局私は何にもできないのかな。
「君の存在は無駄で、無価値で、無意味だったんだ」
無駄で、無価値で、無意味だった。
そんなどうしようもない私。
「だからいいかげん消えてくれないかな、まどか」
私は口を開く。掠れた声で、もう何にもできなくなってしまった私にはもうこれしかなかった。
「こんな、醜い私だけれど、あなたは救ってくれますか?」
私は最後の望みをかけるように。
「こんな弱い、最低な私だけれど、それでも、あなたは私を見てくれますか?」
最後の希望を願うように。
「救いようもない私ですけれど、罪深い私ですけれど、あなたは許してくれますか?」
絶望する事になるだろうけれど、それでも私はやっぱり望んでしまう。希望を。
だって、私は魔法少女だから。
「あはははははははははっは! そんなの決まっているよ」
きっとこれで私はお終い。私の最後の希望はやっぱり絶望に染められてしまうだろう。涙が溢れる。希望が絶望に変わるとき、こんなにも悲しいものなんだね。私の瞳にはキュー君の姿をした魔女が嬉しそうに答える顔が映し出される。
「そんなの、む――」
「確かにそんなの決まりきってるよな!」
魔女の声が絶望を吐き終えようとしたとき、そんな声が響いた。一筋の黒い閃光が私の真上を過ぎ去り、魔女が押しつぶされ、轟音が鳴り響く。
何が起きたの? 突然魔女が何かに押しつぶされた。真っ黒な土煙が巻き上げられて、何も見えない。
声が聞こえた。本当に懐かしい私の最高の友達の声が。
「まどかっ!」
私は空を見上げる。そこには真っ黒な闇に小さな穴が開いていた。そこから木漏れ日のような眩しい光と一緒にほむらちゃんが顔を出す。
「これで私の役目はお終い! あとはそこの先輩と一緒にがんばってね!」
その穴はすぐに閉じてしまったけれど、その希望はたしかに私の心にちゃんと届いていた。
土煙がおさまり、そこに立っていた者が姿を現す。彼の服はボロボロで、穴だらけだった。靴なんてはいていない。左右の袖の長さは不揃いに切り裂かれていて、左手はすでに闇に侵食され、真っ黒な剣のようになっている。きっと色々な無茶をして、怪我をして、傷ついて、それでも立ちあがってくれたのだろう。
「そんなの当たり前だ」
彼はそう言って満足そうに微笑む。
「……キュー……先輩……」
私は堪えきれずに泣き出してしまう。泣きじゃくり、嗚咽を漏らしながら、それでも必死に彼の名を紡ぐ。
「待たせたね。まどか」
私の希望は絶望に相転換されることはなく、より強い希望の光となってくれた。