魔法少女と孵卵器(インキュベーター)~規制版~   作:ダル神

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第六十一話 救済の魔女vs鹿目まどか 終幕

「いい? 私の中に蠢く闇をあなたの中に分け与えた。それは人間にはとても耐えられないものかもしれないけれど、この力を使えれば、まどかを救い出せることができるかもしれない」

 

「ちなみに、どのくらいの闇を僕にくれたんだい?」

 

「百分の一くらい?」

 

「ほとんど助けになってない!? 何それ!? 僕役立たずじゃん! ほとんどほむらの負担かわってないじゃん! あんなにかっこつけたのに恥ずかしい!」

 

「……十分よ。あなたのおかげで私は私でいられるのよ」

 

「うん? 何か言ったかい?」

 

「何も言ってないわよ? 役立たずの無能な先輩」

 

「酷い事を後輩に言われた!? もうだめだ生きていけない! そうだ死のう!」

 

「そんな京都行こうみたいな軽いノリで言われても信じられないわ」

 

「誠意を見せろと言うのかこのサディスティック後輩は!? まどかの百分の一でもいいから愛をください!」

 

「即決即断で無理!」

 

「ですよねぇ!」

 

「冗談はともかく、あの闇の殻の穴は私がこの力でこじ開ける。その隙間を通り抜けて、あなたがまどかを救い出すのよ。あなたがそうしないといけない」

 

「勿論だとも」

 

「……そして、あなたの中の闇を集中させるために、どちらかの腕を犠牲にしないといけない」

 

「ああ、やってくれ」

 

「……本当にいいのね? 集中した闇はおそらく高質化して、概念の届かない闇となる。一度その形にしてしまえば取り返しなんてつかないのよ? あなたの腕は一生このままになってしまう。こんな剣をあなたは一生抱えて生きていかないといけないのよ?」

 

「安いもんだよ。片腕一つでまどかを救い出せるのなら」

 

「……わかったわ」

 

 

 

 

 

僕はもう自分だけが戦わないのは嫌だ。

こんな少女達が誰かを傷つけ、誰かに傷つけられる。返り血を浴びて、自身の血を流す。

僕の大切な人達がそんな事になっているのに、僕だけが蚊帳の外なんてもうごめんなんだ。

僕だけが戦わすに。僕だけが手を汚さずにいるなんてもう、うんざりだ。

だから、お願いだから戦わせてくれ。

痛みを、苦しみを分けてくれ。

傷つけられるのも、傷つけるのもきっと凄く苦しいのだろう。

でも、僕はそんなものから逃げ出したくない。

やっと僕もみんなと同じ世界に立つ事ができたんだから。

 

だから、僕は切り裂くんだ。僕を侵食した闇で。

まどかを拘束している、おそらくそう、形作っているだけであろう闇の人形を。

その闇の人形は、巴マミの姿をしていた。美樹さやかの姿をしていた。佐倉杏子の姿をしていた。暁美ほむらの姿をしていた。

これは、ただの人形だと僕はわかっている。

でも、それでも辛かった。苦しかった。

みんなを切り裂くというのは気が狂ってしまうんじゃないかというくらいに苦しかったし、何よりも心が痛かった。それでも、この痛み、この苦しみから逃げてはいけない。もう、僕は傍観者ではいたくないんだ。

 

「キュー……せん…ぱい……!」

 

支えをなくし、崩れ落ちるまどかを抱きとめる。

 

「……まどか。本当によく頑張ってくれたね」

 

この少女は一人で頑張ってきたのだ。ずっと傷つきながら、それでも、一人で戦い続けてくれた。傷つけた張本人である僕がどの面下げて会うべきかずっと考えていたけれど、その必要はなかった。

 

そんなの決まりきっていたのだから。

 

この頑張り屋さんな後輩に感謝を。

 

ありがとう。無事でいてくれて。

ありがとう。こんな僕を先輩と呼んでくれて。

ありがとう。こんな僕を好きになってくれて。

 

「ありがとう、まどか」

 

涙声が恥ずかしくてたまらない。僕は泣き顔だけは見られないように、顔だけを横に向けて、僕の身体に彼女の顔を埋めさせるほどきつく抱きしめる。

 

「……せん……ぱい、わたし……こんなに……みにくいのに……どうして?」

 

まどかは泣きじゃくりながら、呂律の回らない言葉を必死に紡ぎだす。どうして、こんな許されない罪を犯した私なんかをみてくれるのか、そう途切れ途切れにまどかは言うのだ。

 

「馬鹿なことを言わないでくれ。何言ってんだよ。まどか。君はこんなにも可愛い僕の後輩なんだ」

 

まどかの涙が僕の身体に伝う。まどかの暖かさが僕の中を駆け巡る。本当に嬉しい。まどかはちゃんと壊れずにいてくれた。こんなにも生きてくれているんだと僕に教えてくれているようだった。僕もいつの間にか泣いていた。みっともなく大泣きしていた。涙がまどかの頭に零れ落ちないように必死に横を向く。空を見上げて、大声で泣き叫びたいこの気持ちを押さえつけるために歯が粉々になるくらい強く歯噛みして耐えた。

 

僕達はこんなにも生きているんだ。

 

「何が、見てくれますか、だ。何が、救ってくれますか、だ。何が、許してくれますか、だ。そんなの当たり前に決まっているじゃないか。そんなの口に出すまでもないんだよ。僕達はそんな関係を作り上げてきたじゃあないか」

 

「……でも、私のせいで」

 

「確かにまどかのせいなのかもしれない。それでもさ」

 

僕も呂律が回らないほど泣き出してしまっている。それでも、この言葉だけは絶対に伝えなければいけない。

 

「まどかだけのせいじゃあないんだ」

 

「……ちがいます」

 

「違わない。君が悪いというのならみんなも悪かったんだ。さやかも杏子もほむらもマミも、そして僕も悪かったんだ」

 

「そんなことない。全部わるいのは、わたしだけなんです」

 

「違うんだよ、まどか。きっと世界も、運命も悪かったんだ」

 

「やめて、お願い。そんな誰かのせいに私はしたくな――」

「だったら!」

 

僕はまどかの言葉を遮る。

 

「だったら、悪いやつなんて誰一人いないんだ。実は誰も悪くなかったんだよ」

 

「……だって……だって」

 

僕はまどかの泣き崩れた顔を見て、僕の泣き崩れた顔を見せる。お互い酷い顔だった。必死に生きたいと望む顔だった。

 

「お願いだ、まどか。頼むからさ痛みを一人で抱え込まないでくれ。僕達はね、君が一人で痛みと苦しみを抱え込んでいるのを知って、死ぬよりも辛かったよ。だから僕達は誓ったんだ。君の苦しみも痛みも絶望も罪も、全部一緒に背負いたいって。いつでも君の隣でありたいって、そう願ったんだよ」

 

「……ぅぅ、ぅうわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん」

 

まどかは泣き崩れた。本当に我慢して、頑張ってきて、押さえつけてきた感情を一度に吐き出しているようだった。まるで赤子が産声をあげた時のように。今、生まれたかのように。

 

 

 

 

「羨ましい……」

 

 

 

 

そんなおぞましい声が響いた。

 

「ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、そんなのずるいよ……」

 

「どうして、あなただけがそんなに優しい言葉をかけてもらえるの? あなただって私と同じくらい醜いはずなのに」

 

僕とまどかは目を見開く。唖然とする。その姿は人ではなかった。幾重にも重なった目玉が蠢き、鼻が、口がいたるところに敷き詰められた。いくつもの顔だけが人の形に凝縮されているようなそれは魔女とは比べ物にならないほどに哀れな姿だった。

 

「「「「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」」」」

 

そのいくつもの口が開き、いくつもの目玉から涙を流し、叫び声は幾重にも重なりハウリングする。闇が溢れる。闇に飲まれる。その存在から雪崩のような抗いようもない闇が押し寄せる。

 

とっさにまどかは僕を掴み空高く跳躍する。あたり一面海のような闇が広がる。

 

僕はその光景を目撃して、絶句する。まるで災害で天災だ。

 

「あれも……私なんです」

 

まどかが消え入ってしまうような声で言う。

僕はあまり驚かなかった。確かにまどかとは似ても似つかないが、それでも彼女の溜め込んだ闇である事はなんとなくわかっていたからだ。これは僕のせいなのだから。僕が仕出かしてしまった罪なのだから。

 

だったら僕が臆するわけにはいかない。

 

「だったら、救ってやらないとな」

 

僕は笑顔で言う。

 

「……え……?」

 

まどかは目を見開いて僕を見る。こいつ正気か? みたいな顔で。

 

「何意外そうな顔をしているんだい? 絶対に救い出すよ。だって君も、あの子も僕の大切な後輩なんだから」

 

「なんで……? 先輩はどうして、そんな……そんな」

 

「ま、まどか?」

 

まどかは僕を抱き上げながら魔力で飛行し、闇から距離をとり続ける。まどかは俯き身体を震えさせ、何故か僕を抱きしめる力がだんだん強くなっていく。

 

「そんなに……そんなに……そんなに」

 

「あの、すいません? まどかさん?」

 

その抱きしめる力はとどまる事を知らない。ぐぉ、やばい、胃袋の中身が出てきそうなんだけど……!?

 

「かっこいいんですかぁ!」

 

「しぬぅぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!」

 

ぐぶぁはぁ! いやいやいや! まどかさん!? 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! まじで死ぬ! 圧死する! 魔法少女の力本気でやばい! お願い自覚して! 普通の人間はダンゴムシよりも優しく抱きしめてくれないと簡単に死んじゃうんだってば!

 

「なんでそんなに優しくするんですか! 大体なんですかあの登場の仕方は! かっこつけすぎですよ! しかも、あんな私を見て、どうして、どうして!」

 

「……す、すいません、まじで、や、やば……ぃ」

 

い、意識が、朦朧と。もう、だめだ。まどかが何を言っているのかすら理解できないほどにやばい。内臓がつぶれる。というか内蔵吐き出しそうなんですけど。骨もみしみしとしっかりときしんでるし。

 

「先輩のばかぁ! 先輩がそんなんだから! そんなんだから!」

 

さよなら、みんな、と走馬灯と共にお別れの言葉を紡ぎだそうとしたところで、闇が押し寄せる。空高く飛行しているはずの僕達にまるで滝のように、押し寄せる。

 

「なんで、あなただけ……」

 

その滝の中から闇のまどかが姿を現す。全てを恨み憎み妬んでいるかのような顔をして。

 

「あなただけがぁああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

僕とまどかは叩き落される。まどかが魔力で障壁を作ってくれたおかげで、地面に叩き落されてもそれほどのダメージを受ける事はなかった。

 

「まどか!」

 

まどかは僕を抱きしめて、着地の衝撃すら守ってくれた。僕は本当に情けない。

 

「大丈夫です。それより、やっぱりあの私は、もう人の形を保つ事やめて、自我を保つ事を放棄しているようです」

 

「そ、それって、どういうこと?」

 

「つまり、魔力の放出限界がないということです」

 

「そんな、まどかのあの途方もない魔力量が一気に!?」

 

「そうです、でも、私もあの私も魔力をほとんど使っています。それでも、魔法少女100人分くらいは残っていますけれど、しかし、そう何度もできないはずです」

 

「それじゃあ、このまま逃げ回ればいいってこと?」

 

「そうなんですけど。ごめんなさい、先輩、私、どうしても……」

 

「わかった、やろう」

 

「せ、先輩?」

 

「あいつも君なんだろ? だったらちゃんと分かり合わないとね?」

 

まどかはまた泣きそうな顔して、それでも必死に涙を堪えて、笑顔で。

 

「はい!」

 

この笑顔が守れるなら僕はどんなことでもする。そう誓ったはずなのに。やっぱり僕は最低なバグだった。どんなに格好をつけても変わらない。変われない。だって、この笑顔はこの世界には二つあるんだって事を僕はまだ理解しているつもりで、全然理解できていなかったのだから。どちらも大切で、見捨てる事なんてできない。この時の僕はまだ何にも理解してはいなかったのだ。戦うとはどういうことなのか。みんなが一体どれほどの痛みを背負って戦っていたのか僕は全然理解していなかったのだ。だから、僕は絶望することとなる。避けようもない、真実に、現実に押しつぶされるのだ。

 

 

 

 

 

「どこぉ、きゅーくん、わたしをみてよぉ」

 

まどかは言った。どうしてもお話する時間がほしい、と。それはつまり闇まどかの肉体を粉砕し、回復している間のその時間。修復している何にもできない、その時間を使ってどうしても伝えたい事があると言っていた。

 

おそらくあのワルプルギスの夜よりも強い闇まどかをボコボコにして大人しくさせないといけない。

 

「きゅーくん、わたしだけを、みてよぉ……」

 

自意識もなく、ただ亡霊のようにさまよう闇まどか。瞳を逆向けて、ほぼ白目で、それはまるで、完膚なきまでに壊れて、狂ってしまった少女のようだった。

 

「僕はここにいるよ」

 

僕は彼女の背後を取る事に成功して、この闇が完全に侵食して硬質化した剣でその首を刈り取ろうとする。

 

首筋に剣の切っ先が触れる瞬間。

 

「キュー君……!」

 

身体全体の瞳が僕を見つめる。ギョロッといくつもの目玉が音を立てて。

 

僕は動きを止める。固まってしまう。

 

その異常な、狂気に満ちたその姿があまりにも恐ろしかったわけでも、まどかの強大な魔力に戦意を蹴落とされたわけでもなかった。

 

ただ、哀れだった。泣いてしまいそうなくらいに可哀想で、今すぐに許しを請いたいくらいに罪悪感でいっぱいだった。

 

僕は、僕のやるべきことをやらないといけない。左手に力込める。変に力んでしまって、身体が震える。僕は今からこの少女を切り刻まなければいけない。それができなくても、囮役として立ち回り、隙を作らなければならない。まどかの残り少ない魔力で、この闇まどかに致命傷を与えられるように。だから、僕は……!

 

「キュー君、キュー君、キュー君、キュー君っ!」

 

まるでスキップでもしてしまいそうなくらいに、喜色満面な笑顔を近づけてくる闇まどか。

 

「っ……」

 

僕はただ、硬直してしまう。何しているんだ僕は。早く、しないと。早く切り刻まないと……。

 

「キュー君!」

 

闇まどかに抱きつかれて、僕の姿を見ただけで、こんなに嬉しそうに、本当に嬉しそうにはしゃいでいる彼女を見て、わかった。

 

僕には無理だ。

 

左手どころか、全身の力が抜けてしまった。まったく情けないどころではない。でも、真正面から彼女を見て、こんな好意的にされてしまって、どうやって彼女を傷つけろって言うんだ……! この娘も僕の大切な後輩なんだぞ……! この娘だって必死に生きていただけなんだ! この娘だって悪くないはずなのに! それなのに、こんな責めたてるようなこと、できるはずがない……。

 

「……なぁ、まどか」

 

「なぁに?」

 

「……もう、こんな事はやめないか」

 

「……え?」

 

「僕の命だったら君にあげるからさ。僕のことならどうしてもいいからさ。だから、世界だけは壊さないでくれないか。……頼むよ」

 

「……何を言っているの? キュー君?」

 

「ごめんな、本当になんて謝ればいいのか、ずっと考えていたけどさ。全然だめだったよ。どうしたら償えるかなんてそんなものに答えは出なかったよ……! 僕はどうしたらいいんだ……? 君をここまで壊してしまって、僕は一体どうしたら……」

 

「ああ、違うよ、キュー君」

 

「え?」

 

「それは私の偽者だよ。あいつがキュー君を騙しているんだよ。キュー君が悪いわけないじゃない。あいつが全部悪いの。だってあいつがこの世界を滅茶苦茶にした張本人で、倒さないといけない最後の敵なの。だから、お願い協力して! キュー君がいたらきっと勝てるから!」

 

ああ、

 

「そしたら、みんな元通りだよ?」

 

もうだめなのか。

 

「そしたら、また一緒にいられるんだね」

 

この娘は、ここまでの姿で、ここまで終ってしまっても、それでも、僕をとるのか。ここまでされて、こんな事になっているのに、それでも僕を肯定するのか。世界よりも、僕を優先する。それはまるで何かの宗教のようだった。

 

嘘をついている。絶対にばれる嘘を、それでも僕という教えの前で本当だと自分自身を偽って、全てを壊してでも僕と一緒にいられるように全身全霊をかける。

 

きっとこの娘は僕以外の全ての人間を殺すだろう。殺しつくしてしまう事だろう。そこまでに追い詰められている。僕が追い詰めてしまった。

 

「だから、一緒にがんばろ?」

 

その闇まどかの笑顔を見て、僕は僕の覚悟の無さに本気で絶望した。だってそこには僕の守りたい笑顔があったのだから。

 

「ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

僕は蹲って、その場で泣き崩れる。みっともなく、ただ壊れてしまったかのように。ここには、まどかしかいない。本当のまどかしかいない。偽者なんて存在しないんだ。僕は、僕の大切なものを傷つけることができない。僕は大切なものを守る事も救う事もできない。こんな世界で、こんな戦場で、あの少女達は勝ち取ってきたのか。大切なものを守り抜いてきたのか。本当に大切なものを救ってきたというのだろうか。こんな事僕にできるはずがなかった。

 

こんな矮小で、脆弱な、偽者にできるはず無かったんだ。僕は現実に向き合うことなく、理想論を語ってきていたのだ。

 

何も救えないし守れない。

 

「どうしたの? キュー君はもう大丈夫だよ? 私がそばにいるから」

 

彼女は這い寄る闇のように僕を包み込む。それは酷く甘い香りがした。もう何も考えなくていい、そんな何かと交じり合って一つになるような不思議な感覚だった。

 

彼女が僕を侵食する。まるで僕の全てを飲み込んで、同化しているようだ。僕にはそれに抗う力も意思も無かった。ただ呆然とそんな状況を受け入れているように、されるがままになっていた。

 

もうどうしたらいいかわからなかった。

 

本当に僕は何をしたかったのだろうか。

 

 

 

「……ぱい」

 

声が聞こえた。

 

「……せん……ぱい」

 

優しく、強く、正しく、何より希望に溢れた声が聞こえた。

 

「キュー先輩!」

 

僕は目を見開いて声の響く空へと見上げる。その少女は手を伸ばしていた。血だらけになって、いたるところから血を噴出し、今にも千切れてしまいそうな腕を必死に伸ばして、僕を見ていた。

 

「な……なにやってるんだ!? まどか! 腕が! もういい! やめてくれ! 僕のことはいいから! 僕ごとやってくれ! 終らせてくれ! 終らせてやってくれ!」

 

「先輩こそ何言ってるんですか? 絶対に救ってくれるって言ってくれたじゃないですか。私を許してくれるって、見てくれるって言ってくれたじゃないですか」

 

「でも! 君が傷ついている! やめてくれ! 僕は君が傷つくところなんて見たくないんだ! お願いだからその手を引っ込めてくれ! そんな今にも千切れてしまいそうな腕、つかめるわけ無いだろ!」

 

「先輩……。あなたは本当に優しい人です。でもね、先輩。私は傷つきたくないわけではないんですよ」

 

……まどか。

 

「私はあなたから傷つけられたかった。ずっとそれを望んでいた。待ち望んでいたの。でも優しいあなたは私を傷つかないように、悲しまないように、必死になってくれたんですよね? でも、そうじゃないんです。そうじゃないんですよ先輩。私は悲しくても、辛くても、苦しくても、泣いてしまっても、絶望してしまっても、それでも、あなたから傷を与えてほしかった。罰でもない、ただ、生きていくに当たって傷ついてしまう、そんな当たり前の傷跡がほしかったんですよ」

 

まどかは何かに何度も串刺しにされているかのように、身体を小刻みに震えさせ、口から血を吐き出し、いまだ僕へと伸ばす右手が闇に侵食され続け、薄皮一枚で繋がっているのではないかと思うほどに境が切り離されていく。血が噴出し、その熱い太陽のような血のしずくが僕をぬらす。

 

それでも、まどかは僕に笑顔で手を伸ばすのだ。僕はそんな痛々しい光景にどうしたらいいかわからずに、ただ呆然とまどかの真っ直ぐな瞳を見る。

 

「だから、お願い。私を傷つけて」

 

血と一緒に一滴の涙の雫が僕の額へと落ちる。

 

「私はそれをずっと待っていたの」

 

まどかの右腕が完全に千切れ、ぼとりと墜ちて、僕の身体の上に転がり、まどかの顔も闇に隔絶されてしまった。僕は今おそらく闇まどかの身体の中にいる。その闇に完全に囚われてしまったのだ。

 

僕はただ、まどかの身体から切り離された腕を抱え、眺める。切り離された切断部は、ギザギザになっていて、少しずつ何かに食われているかのようだった。それは一体どれほどの激痛だったのだろうか。そんな常軌を逸する激痛の中、それでも僕に手を伸ばし続けていた少女。その姿は僕を救おうとしているように見えて、必死に救いを求めているようにもみえた。

 

僕はその細く小さな腕を握り締める。切り離されていてもまだ暖かい。僕はまどかの温もりをかみ締めるように強くその腕を抱き締める。

 

 

 

 

 

おい。常闇。いるんだろ? 僕の中にいまだお前は蠢いているんだろ? 何してんだよ。僕の肉が必要なら食い漁れ。僕の命がほしいのならいくらでもくれてやるよ。だから膨張しろ、増殖しろ、増長しろ、力をよこせ。肉でも、骨でも、魂でも、いくらでも持っていけ! だから僕に守るための、救うための力をよこせぇええええええええええええ!

 

僕は全身の激痛をスイッチに、左手を大きくかざす。左手は膨張し、闇を切り裂く。この闇よりもさらに深い、ギラギラと黒く光る刃で、この空間を切り裂いた。

 

「ギャァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

甲高い少女の、魔女の、鹿目まどかの悲鳴が鳴り響く。

 

僕は闇まどかの身体から這い出る。まどかの右腕を抱きかかえ、左腕の剣を黒く輝かせている。

 

「……遅いよ、キュー先輩」

 

ボロボロに傷つけられ、片腕を失い、地面に横たわる後輩はそれでも、太陽のような笑顔だった。

 

「遅くなってごめんな」

 

僕は悲しそうに、申し訳なさそうに言う。

 

「君を傷つけにきた」

 

まどかは本当に嬉しそうに微笑むと、少しだけその瞳を潤ませる。

 

僕は振り向きざまに、僕の背後に立つ闇まどかを切り刻もうとその剣を振りおろすも、硬質な金属音を響かせて受け止められてしまう。

 

「酷いなぁ、キュー君」

 

闇まどかは両腕を人間の歯がいくつも並び立つ異形な剣に変化させ、僕の剣を軽々と受け止めていた。やはり最強の魔女。さっき僕の切り裂いた傷口なんてすぐに修復されている。

 

僕では彼女にほとんどダメージを与えられない。僕如きの理では彼女を討つどころか足止めすらできない。

 

でも、そんなの関係あるか。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

僕は咆える。剣を振り回し、何度も闇まどかに切りつける。それを軽々と受け止められる。僕の渾身の一撃を。

 

「くっそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

しかし、本気の本気で力いっぱい切り付けようにも、闇まどかの身体には傷一つ付ける事はできずに弾かれてしまう。単純に肉体の力が足りていない。

 

「キュー君はかわいいなぁ。その程度の力で本気で私を殺すつもりなの?」

 

チクショウ。どんなに力のある武器を振り回そうと、扱っているものの力、肉体の筋力、馬力が足りていないのだからどうしようもない。振り回し、振り下ろす為の速度も威力も魔法少女と比べるまでも無いほどに脆弱なのだ。

 

「そんな危ない左腕邪魔だよね。私に頂戴」

 

ゾクっと、全身に悪寒が駆け巡る。僕の左腕がいつの間にか、闇まどかの腕に生え並ぶ歯にかぶりつかれている事に気がつく。

 

「させないよ」

 

まどかが左手に光の矢を持ち、投槍のように振りかぶり、ゼロ距離で放つ。左手が焼け焦げるほどの魔力をひねり出しているのが見てわかる。

 

「!?」

 

闇まどかにヒットして、間一髪で僕の左腕はもぎ取られることは無く、地平線の彼方まで吹き飛ぶ闇まどか。余波のエネルギー波で僕までも吹き飛ばされそうなほどの威力。

 

「や、やった」

 

「まだ、なんだ」

 

え、と僕は振り向いてまどかを見る。疲労困憊、満身創痍なほどに呼吸を荒げ、回復も追いついていない様子のまどか。右腕も修復どころか止血すらまともにできていない。

 

「まどか!」

 

僕は慌てて今にも倒れてしまいそうなまどかの身体を支える。

 

「ごめんね。左腕だけじゃあそんなに威力がないんだ。きっとすぐに復活しちゃう」

 

あれで威力が足りないのか……。

 

「……ごめん。本当にごめんな。僕のせいだ。僕が――」

「チュっ」

 

亜jhふぁfは追いf歩ウィfは負いあいはイオは位牌尾hだいdhぱdpだhふぁぴふぁぴhふぁいでゃいはぱ>☆!?

 

「驚きすぎですっ! 戻ってきてください! 本気で死んじゃいますよ!?」

 

はっ! 今何が起きたんだ!? 天使のような柔らかく、優しい感触が僕の唇を包み込んだように感じたが!?

 

「先輩の優しさに私は本当に救われているんです。そんな顔しないでください。これは私のわがままなんですから。先輩が謝ることはお門違いなんですっ!」

 

可愛らしく怒るまどか。何言っているんだか、救われているのは何時だって僕のほうだろうに。

 

「それにしてもいきなりすぎるよ。ショック死するところだった」

 

「……本当にそうでしたね。なんかショックです……」

 

何故か落ち込むまどか。

 

「もう! 先輩のバカ!」

 

そして何故だか怒るまどか。

 

「ぷはははは」

「あはははは」

 

お互い久しぶりに本気で笑った気がした。とりあえず帰ったらマミには本気の全裸土下座だなぁこりゃあ。事情を説明すればわかってもらえるだろうか。最悪僕のお尻は差し出す覚悟くらいはしておこう。

 

「先輩、そのぉ……」

 

「うん?」

 

ひとしきり笑った後、まどかが申し訳なさそうにおずおずと尋ねる。

 

「私の右腕、そろそろ返してもらえません……? 早く魔力でくっつけないと魔女の私が帰ってきそうですし」

 

「うわぁ! ごめん!」

 

僕はずっと握り締めていたまどかの右腕を慌てて差し出す。そうだ、まだ終ってはいないのだ。それどころか状況は最悪だ。

 

まどかに手渡す直前、何かがひっかかる。

 

「くっつけ、る?」

 

「はい?」

まどかはきょとんとはてなマークを浮かべそうな顔をしている。

 

「魔力が温存のためにもくっつけたほうがいいんです」

 

「ちょっと待ってくれまどか」

 

僕はまどかの右腕を差し出し、受け取ってもらうと自由になった“僕の右腕”に剣を添える。

 

「先輩?」

 

「一つ試してみたい事があるんだ」

 

僕は自分の右腕を切り取り、鮮血が飛び散り、言うまでもなく激痛が右腕から全身を駆け巡った。

 

 

 

地平線だった地形が崖山の大群へと姿を変えている。いや、詳しく言えば、まどかがこの闇の世界に存在している真っ黒な地面のようなものを叩き壊し、地形を歪ませ、いくつもの岩陰を作ったのだ。

 

だだっ広い空間では奇襲にはむかない。いくつもの障害物を作り、身を潜める場所を作るために。

 

「今度はかくれんぼ?」

 

足音が聞こえる。闇を体内にとりこんでいる僕は夜目がきく。肉体を魔力で補正できる魔法少女は言うまでもない。

 

僕達は真っ黒で真っ暗なこの世界で、お互いの姿を簡単に視認できてしまう。そのための遮蔽物だ。

 

足音が聞こえる。ひたひたと肌で地を這う音が聞こえる。

 

僕は意を決して、岩陰から音もなしに闇まどかの背後を取り、左腕の剣を振る下ろす。

 

「みぃつけたぁ」

 

それを片手でいとも簡単に受け止められてしまう。

 

「今度は逃がさないよ」

 

「くっ!」

 

僕の左腕がその大きな歯が立ち並ぶ腕にかぶりつかれ、引き千切られる。

 

「がぁ……!」

 

ぶしゃぁぁあ、と血しぶきが盛大に上がり、よれよれと倒れ込みそうな足取りで前のめりになる。

 

「もうその手には食わないよ」

 

闇まどかの背中から無数の牙の生えた腕がいくつも伸びて、岩陰から隙を突いて、“両腕”でしっかりと弓を構えて飛び出してきたまどかを捕らえる。

 

「ぁぐあ……」

 

首に、肩に、腕に、足にかぶりつく。

 

「これで、おわりだ――」

 

まどかが首筋を噛まれ、身じろぎ一つできないこの状況で、不適に笑う。頬を吊り上げ、歯をむき出しにして、その眼光を輝かせる。

 

「全魔力開放」

 

と、“僕が”言う。

 

僕の右腕が光を放ち、その溢れ出す魔力の熱で噛み千切られた左腕の止血として肉を焦がす。

 

「そんな、何を、その仰々しい左腕の剣が無くなればキュー君なんて……!?」

 

「そうだよな。そんなダンゴムシより脆弱な人間怖くないよなぁ!」

 

僕は思いっきりその右腕で闇まどかの顔面を殴り飛ばす。

 

「あぎゃぁああ!?」

 

闇まどかの身体はさっきとうって変わって、簡単に吹き飛び、殴った箇所はめり込み、まどかを拘束していたいくつもの腕は千切れて四散する。

 

その僕の身体とは明らかに不釣合いの小さな右腕が桃色の光を放ち、最強の魔女を吹き飛ばした。

 

それとは対照的にまどかの右腕には、その小さな身体には不釣合いに大きな右腕がくっついている。

 

「そ、そんな……!? あなた達まさか!?」

 

そう、僕は分けてもらったんだ。まどかの戦力を、魔力を、馬力を。

 

「肉体の入れ替えっこ!?」

 

魔法少女は基本的には自分の肉体及び、魔法で創造したもの以外に魔力を込めた場合、そこにはロスが生まれる。昔マミがまだ魔法少女になっていないまどかとさやかの身を守るために金属バットに魔力を流していた時がある。マミはしきりに護身用だとか無いよりはマシだとか言っていた。しかしそれはやはりマミが“護身用程度”しか強化できなかったのである。

 

魔法少女の魔力はその宿主の身体の一部、もしくは魔法能力にこそ100%の魔力を込め、その力を発揮できる。

 

「そんな、でも、この力は!? キュー君の肉体では、腕を交換したくらいでは、ここまでの威力になるはずが無い! 体幹の弱いキュー君ではその威力は激減するはずなのに! この威力は間違いなく魔法少女そのもの!」

 

「交換したのは右腕だけじゃあないからね!」

 

僕は間髪いれずに、体勢の崩れた闇まどかを右腕でラッシュの嵐を浴びせる。しっかりと右足の力と“魔力”を込めて。

 

「がはぁ! そん、なぁ! 右足もなんて!」

 

そう、僕の足の力ではまどかの強化したパンチの威力に負けて、体勢は崩れ、その力は逃げてしまうだろう。だから、まどかの右足でそれを支える。

 

それ以外に交換した部位はないので、当然肩も、背骨も、股関節も悲鳴をあげ、今にもぶち折れそうだけれど、それでも闇まどかにダメージは与えられた。

 

僕は右腕で下から闇まどかの顎を打ち抜き、空に飛び上がったところを、右足のあらかじめまどかが込めておいた魔力とそのリミッターを外し、一気に魔力を放出させる。

 

右足で空高く跳躍し、右足でかかと落としを喰らわせる。

 

「ぐぁがぁあ!?」

 

地面に勢いよく叩きつけられ、地面がその衝撃ではじけ飛ぶ。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

僕は落下速度と自分の全体重、まどかの込めた全魔力を放出させながら闇まどかの腹部を右腕で打ち貫き、地面に大きなヒビと爆音を轟かせる。右腕は闇まどかの身体を貫き地面に深く到達し、結果闇まどかを地面に縫い付ける。

 

「がはぁ……! はぁ、はぁ、はぁ、おしかったね」

 

口から血反吐を吐きながら、闇まどかが不敵に笑う。

 

僕にくっつけたまどかの右腕が貫いた闇まどかの肉体に侵食されている。

 

「これももらうね!」

 

僕も不適に笑う。

 

「“これでいい”んだ!」

 

僕は右足で、地面に縫いつけられた自分の右腕をサッカーボールを蹴るみたいに思いっきり蹴り上げ、切り裂く。切り裂いたと同時にその魔力の熱で僕の肉体を焦がしているので激痛はあるが出血は無い。

 

僕はそこから飛びのいて。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

弓を構え、魔力の矢を形勢するまどかのところに行く。

 

「そんな!? くそ!? 私の腕のせいで、動けない!」

 

今のまどかの右腕は僕のものなので、その腕は弓を持ち、左手に魔力の矢を形成している。その渾身の魔力は指までも焼き尽くし、今にも解き放たれてしまいそうだった。

 

「まだまだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

自分の左腕が焼け焦げるのもおかまいなしに魔力を純粋集中するまどか。

 

「あぐぅ!?」

 

まどかのその腕力に僕のだった右腕は耐え切れず、弓がめり込み引き裂いていく。人間の肉体では弓をささえることもできないのか……! 右足も僕のものなので、体勢にふらつきが見られる。でもそのために、僕は今、ここにいる!

 

僕はまどかの弓を、その切り取ってはいるが、まだ残っているまどかだった右腕の部分で、支える。肘の手前くらいで切り裂いているので、ほとんど僕の肉体と変わらないのだけれど、その平面になっている断面部で必死にまどかの弓を支える。断面部から大量の出血が起こるが気にしてはいられない。

 

まだちゃんとまどかの右足も残っているので、その脚力で、弓のバランスとまどかの体勢を整える。

 

「ぐあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

その弓の引き込む力は予想以上に強く、僕の肉はめり込み、ボキボキっと鎖骨がぶち折れ、肩が、肩甲骨が砕け、背骨が軋む。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

それでも必死にまどかを支える。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

まどかもその矢に全身全霊の魔力を込める。

 

「ああ、いいなぁ。そんなキュー君と一緒に頑張って、支えあい、肉体を共有してまで敵を討てるなんて、本当に羨ましい」

 

僕とまどかは同時に微笑んで言う。

 

「「敵じゃあないよ」」

 

まどかはその矢を左手が千切れると同時に放つ。

 

「「いっけぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」」

 

僕達の希望の詰まったその太陽フレアのような巨大な矢を、しかし闇まどかはそんな魔力の矢なんかどうでもいいように、寄り添い支え合う僕達に手を伸ばし、決して届かない希望の光を羨むように僕達の姿を眩しそうに目を細めて見ていた。その巨大な矢は闇まどかを貫き辺り一帯を粉々に吹き飛ばし、消滅させた。

 

 

 

僕とまどかは足を引きずりながら、互いの崩れた両腕で、身体を支えあい、消し炭みたいになったもう一人のまどかの前に立つ。

 

僕はまどかの腕も足も必要だったけれど、まどかには僕の腕も足もお荷物でしかない。それでもそんな邪魔なものを、足手まといなものを移植しなければいけないほどに、まどかの魔力は限界だったのだ。ないよりはマシだからと、大きくスペックの低い人間の腕と足を移植せざるおえなかったのだ。

 

故にまどかには、もう微塵も魔力は無い。さっきの一撃で文字通り全部出し切ったのだ。回復はおろか、まともに歩く事すらできない。意識すら何時消えてもおかしくないくらい、何時死んでもおかしくないくらいに、ボロボロだった。

 

まどかは、長さの違う足で、危うい足取りで、それでも一歩一歩もう一人のまどかの元へ足を運ぶ。

 

僕は一歩身を引いてそれを見る。僕が近づいていいものではないと思ったから。これは、まどかにとって大切なもので、僕が踏み入れてはいけないものだと思ったから。

 

まどかが一歩一歩ゆっくりと踏み出すごとに、消し炭になったまどかは言う。辛うじて機能する声帯を使って。痛々しい掠れた声でそれでも必死に言う。

 

「……お、ねが……い…しま……す……わたし、を、たべない、で。まだ、きえ、たく、な、い」

 

「大丈夫。私はあなたを捕食するためにここにいるわけじゃないの」

 

「……ぇ?」

 

「あなたに見てもらいたかったから。ごめんなさい。本当に今までごめんなさい。私の黒い感情を、嫌な私を全部あなたに押し付けて」

 

「なに、を、いって」

 

「それでもね、そんな弱い私でも、あなたに押し付けることなくありのままの自分も大切にしたいって思ったの。どんな私でも、私を必要としてくれる困った人達が隣にいてくれるって気づいてしまったから。だから、私が私として、ちゃんと絶望を受け入れられるっていうところを他でもないあなたに見てほしかったの」

 

「や、やめて!」

 

まどかはくるっと反転して僕に向き直る。

 

「それならわたしはきえたほうがましだ! しんだほうがましだよ!」

 

まどかは涙を瞳いっぱいに浮かべ、身体を小刻みに震えさす。

 

「……ずっと」

 

僕はそんな光景をただ見つめる事しかできない。目を見開いて瞬き一つせずに、しっかりと聞いてやらなくてはいけない。

 

「……ずっと、ずっと、ずっとぉ」

 

意識がなくなってしまうくらいに身体を震えさせ、縮込めて、俯いて、滂沱の涙を次々と零して、咽を震えさせ、呂律もろくにまわらない。それほどまでに深い絶望の目の前にたった一人で立たされているという事が一目でわかる。その深い絶望に怯える少女は、それでも言葉を紡ぐ。

 

「あなたの事が―――大好きでした」

 

それは告白だった。幼い少女が本気の愛を告白してくれたのだ。

 

「人間として生きる前から、神様のときから、初めて私に手を差し伸べてくれたあの日から、ずっと、ずっと」

 

顔を上げたその少女は本当に酷い泣き顔だった。涙で顔が濡れて、目は真っ赤で、嗚咽をもらし、呼吸もろくにできないくらいにしゃくりあげ、きっとまともに僕の顔も見えていないだろう。

 

「あなたの事が好きだったんです」

 

僕はそんなまどかを見ないでも、今のまどかがどうなってるか鮮明にわかってしまう。

 

何故まどかをまともに見えていないか。何故わかるのか。

 

そんなの僕もまどかと同じくらい泣いて、泣き崩れてしまっているからだ。

 

「ありがとう。凄い嬉しいよ。……本当に気が狂ってしまうほどに嬉しいよ」

 

本当に僕はみっともない。告白されて泣くなんてみっともなさ過ぎる。

 

「でも、ごめんな。僕には今凄い好きな人がいるんだ」

 

まどかはそのグシャグシャに泣きはらした顔で微笑んで。

 

「うん、知ってます」

 

その消し炭になってしまったまどかは本当に炭となって、細かい黒いすすみたいになって、まどかの身体の中に入っていく。完全に心が折れてしまったのだ。

 

でも、言えたよ、私。やっと言えたよ。こんなに遅くなってしまったけれど。多くの人に迷惑をかけてしまって、大切な人達を傷つけて、色々な事が手遅れになってしまったかもしれないけれど、それでも私は、やっとこの気持ちを言う事が、伝える事ができたんだよ――とまどかは空を見上げて言う。

 

ああ、本当によく頑張ってくれたね。こんな僕にもちゃんと伝わったよ。

 

「知っていたんですけれど、やっぱり悲しいな……辛いな……全部自分ひとりで受け止めなきゃいけないって、こんなに苦しい事なんですね」

 

まどかはよれよれと倒れこんで、僕の胸に顔を埋めて泣く。

 

僕はそれを千切られてしまった左腕で、自ら切り落としまった右腕で抱きとめる。

 

うわぁああああああああああああああん、と大きな声を上げて泣き叫ぶまどか。

 

僕も大泣きしながら、この少女の身体を抱きしめる。彼女の頭を撫でるための両腕がない事が、酷く悔しかった。否、僕にはその資格がないというこ――

 

「でも、どうか、今だけは、これで最後だから」

 

僕の両腕が、光に包まれて、元の形に修復される。交換した右足も光に包まれてまどかの身体に戻り、僕の右足が修復された。分裂していた魔力が今一つになったのだ。その魔力は酷く優しくて、暖かくて、それでも悲しみを孕んでいた。

 

「……優しくしてもらえませんか……?」

 

僕は声にならないくらいに泣いて、震える身体で、必死に首を縦に振る。

 

彼女の身体をより強く抱きしめて、声を震えさせて言う。

 

「許してくれるのかい? まどか。君をこんなに傷つけてしまった、こんな僕なのに。それでも、君に触れてもいいのかい?」

 

まどかはもうまともに話す事もできないのか、ただ首を何度も縦に振り続ける。

 

僕も祈る。お願いだ、今このときだけでいい。どうか、まどかを包み込める資格を勇気を与えてもらえないだろうか。

 

「……こんな僕を……好きになってくれて……本当に……ありがとう」

 

僕はみっともなくいつまでも泣き震えながら、それでもまどかの頭を撫で続けた。お互いが泣き止むまで。ずっと。

 

僕達はお互いを傷つけあった。でもそれはお互いが憎かったわけではない。愛ゆえに罰を与えたわけではない。きっと人は大切な人を慮って生きていく。それでも、隣で生きていけばいつか必ず傷つけてしまう日が来るだろう。これは、ただ、お互いが生きていくために、それでも人間らしく傷つけあってしまう、そんな不器用で、当たり前なことなのだ。

 

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