魔法少女と孵卵器(インキュベーター)~規制版~   作:ダル神

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第六十三話 魔法少女と孵卵器 (まどか語り部)

何がいけなかった。

なんだこの状況。理解できない。おかしいじゃないか。何もかもが。いや、おかしくて、狂っているのは元からだろう? そうだボクがこの物語に登場した時点で思っていた。ボクが作り出され時点で違和感しかなかった。まるで後付けされた陳腐で、見ていられない駄作のように。

 

話し合いで決める? 

 

ふざけるなよ。そんなものに意味があるか。どうせお前が、鹿目まどかが勝つように仕組まれたでき試合なんだろう? 

 

どうせ、議論を始めたところで、ボクの意見は打ち崩されて、それで終わりだ。

 

そう、ボクはもう負けたんだ。

 

そうか、ならばやる事は決まっている。

もう、幕引きだ。物語を終らせてやる。

 

「常闇さん」

 

鹿目まどかが何かを言う前に、ボクは否定する。

 

「kdjhaoidhf;oiazhidhf.zklsh.skehizs,kziheoihafoiayho;idhfizslzoaihsflzoihfekzshfjd;zaihea;eaf:aap@pa:z;pfi@ipfweoldja:!」

 

「!?」

 

どうして君がここにいるだとか、なんで今更インキュベーターが現れるだとか、そんなものはどうでもいい。ボクは狂ったようにこの世界の全てを否定する。

 

もう何もかもどうでもいい。こんなご都合主義にまみれた偽りの世界に戻るくらいなら、なくなればいい。物語の幕は閉じ、永遠に語り継がれる事はなく、誰の目にも触れないようにしてやる。

 

もう原作に立ち返れとは言わない。絶望しろとは言わない。

 

ボクは否定する。この物語の全てを、世界を、ハッピーエンドを。

 

「だから、全部壊してやる」

 

崩れろ、壊れろ、敗れろ、修復不可能なくらいに。

 

それがボクの辛うじて残る最後の自我が発した言葉だった。

そうして、ボクは完全に狂い、壊れた人形のように崩れ去った。

 

―――常闇

 

 

「!?」

 

私はただ呆然と見ている事しかできなかった。

 

世界が崩落していく。崩壊し、破壊されていく。

 

常闇さんと私は世界の核、世界の中核だった。その中で世界の主導権をかけた議論がされるはずだった。

 

宇宙の理、法則となったインキュベーターさんに判断されるはずだった。

 

しかし、それを常闇さんは放棄し、世界の滅亡を望んだ。これ以上もない終焉をもたらす事を選んだ。

 

この世界は、私と常闇さんの魂、存在でできている。完全に二分された主導権。思いのままの世界にしようと望むのならばどちらかの意見を否定しなければならない。しかし、この世界自体を放棄するのなら、議論に意味はない。どちらかの意見を肯定するも、否定するも、意味は無い。世界を否定するのだから。世界の半分は常闇さんなのだから。自らの崩壊を望めば、世界の半分は崩落する。そんな事になれば世界は形を、存在を維持できない。人の身体が半分消えてしまえば生きてはいけないのと同じように、完全に死んでしまうことだろう。

 

常闇さんは望んだ世界に改変する事を諦めて、自分自身と共に消える事を選んだ。

 

それはまるで、私と議論する、そんな事は死んでも嫌だと否定されているようだった。

 

私は目じりが熱くなり、瞳から何かが零れ落ちる。わかってる。泣いている暇はない。

 

「……ごめんなさい、インキュベーターさん」

 

私はただ申し訳ない気持ちでいっぱいだった。泣いて、謝って許されるわけ無い。私は永遠に許されない罪を犯そうとしている。酷い事をしようとして、醜いお願いをしようとしている。

 

「……ほんとうに、ごめんなさい……わたしはあなた達に――」

 

『何を言っているんだ、我が救世主』

 

私の身体をとても暖かく、優しい耳毛が包んでくれた。大きなマフラーのようなそれはとても懐かしかった。

 

『結局これは僕達がまいた種なんだ。これは僕達が君達に酷い事をした報いなんだ。だから、君がそんな悲しむ必要も、嘆く必要も、申し訳なく思う必要も、ましてや絶望する必要なんて無いんだよ』

 

「……でも…」

 

私はしゃくりあげ、嗚咽を漏らし、ろくに呂律の回らない、みっともない涙声で言う。

 

「これは私のせいなんです。私が望んだから。私がわがままをしたから、いろんな人に迷惑をかけて、常闇さんに酷い事を押し付けて、そして、私は、今度はそれをあなた達に押し付けようとしている……!」

 

こんなに最低な私を、しかしインキュベーターさんは優しく、しかし強く抱きしめてくれた。まるであの人のように。

 

『違うんだ、違うんだよまどか。僕達はね、それを望んでいるんだ、だから言ってくれ、望んでくれ、僕達のした事は許されない事だった。そんなどうしようもない僕達を一番最初に許してくれたのは他でもない君自身だった。嬉しかった、幸せだった、でもそれ以上に申し訳なかった。君が与えてくれた感情のおかげで僕達は、感情エネルギーを得られるようになった。絶望と希望を繰り返すうちにいつしか魂も、存在も進化して、概念になっていた。理と法則を理解して、いつのまにか宇宙のエネルギーとして世界の全てを感じる事もできるようになった』

 

インキュベーターさんも涙を流しているように私は感じた。感情のなかったはずの彼らは、こんなにも人間のようになってくれていた。こんなにも優しい神様のようになってくれていた。

 

『だから、知っていたんだよ。全部。君がこの世界をやり直して、そのせいで生まれてしまった神様の代用品である彼女の事も。彼女が何を望み、この世界をどうしようとしていたかも全部知っていて、それでも僕達は何もしなかった。今まで沈黙し、君達がこんなにも苦しんでいるのに放っておいてしまった。本当にごめんね』

 

私は必死に首を左右に振る。インキュベーターさんの突然の謝罪に私はどうしたらいいか、わからなかった。どうしてインキュベーターさんが謝るの、と言いたかった。それでも私の口から零れるのは泣き声と嗚咽だけだった。

 

インキュベーターさんはそれでも、私に謝罪する。まるでそれは懺悔をしているようだった。

 

『本当に申しわけなかったよ。僕達を救ってくれた君達が苦しんで、涙を流し、絶望して、それでも必死に戦っているのに僕達は何にもしなかった。知っていたのに、見ていたのに何もしなかった。本当になんて謝ればいいのかわからない』

 

そんなことない。これは全部私が、私達が悪かったことなのに。

 

『ただ、どうしてもこれだけは聞いて欲しい。僕達にはどうしても彼女を、常闇の気持ちを蔑ろにすることが、否定する事ができなかったんだ。だって、彼女も僕達を救ってくれたもののうちの一人だったから』

 

私は目を見開き、インキュベーターさんを見る。その小さな身体からは不釣合いに伸びきった耳毛で私の視界のほとんどは覆われていて、インキュベーターさんの顔を覗くことは出来なかった。

 

『僕達が今の存在に到達できたのは、他でもない君達が望んでくれたからだ。君が望んでくれたように、彼女は生まれてくれたんだ。今まで生きてくれたんだ。だからどうしても彼女の気持ちを大切にしたかった。君達と同じくらいに大切にしたかった。その結果この世界がどうなってしまうかを理解しながらね』

 

そして、インキュベーターさんは微笑んだ気がした。

 

『どうだい? 君に負けないぐらい僕達もわがままで、意地っ張りだろう? 感情を得て、心を得て、僕達はこんなにもわがままになってしまったよ。切り捨てる事も、諦める事も、へたくそになってしまって、大切な事はどうしてもまげられない、まるで君達のような頑固頭になってしまったよ』

 

「……えへへ」

 

私はみっともない泣き顔のまま、微笑んでしまう。インキュベーターさんの素直な心が、感情が、身に染みて、それがなにより嬉しくて笑顔がこぼれてしまう。そんな泣き笑いみたいな顔になってしまう。

 

『さぁ、言ってくれ、望んでくれ、願ってくれ。それは僕達の願いで、希望でもあるんだよ』

 

私は涙を零しながらも、意を決して言う。

 

「この世界の理を私の代わりに支えてもらえませんか……? 全部私が望んだことなのに、投げ出して、無責任にもほどがすぎる図々しいお願いですけれど、どうか、聞き届けてもらえないでしょうか……! 私は、どうしても、……どうしても! みんなと一緒に生きていきたいんです……! 常闇さんとも一緒に生きていきたいんです……! だから、お願いします! どうか、どうか、神様だった私がしなくてはならない事を、あなた達にお任せできないでしょうか……!」

 

『うん、よろこんで』

 

私の深い決心なんて軽く吹き飛ばしてしまうくらいに、一言頷いて微笑むインキュベーターさん。

 

もう、そんなに簡単に頷いてしまったら、こんなに悩んでいる自分が馬鹿らしくなってきてしまう。

 

私は涙を拭い、太陽のように暖かく、優しい、安心する耳毛を手でさすり、頬に押し付ける。

 

「……ありがとう、ございます」

 

『さぁ、それじゃあ行こうか』

 

インキュベーターさんは私の手を耳毛で握って言う。何故だか私はあの日を思い出してしまう。あの人が初めて私に手を差し伸べてくれたあの日を。

 

『魔法少女と孵卵器で、この世界をあるべき姿を戻しに』

 

そうだ。あの時もこんな風に始まったのだった。物語が、世界が。

 

『生きていれば必ず泣いてしまう日が来る。それでも気が遠くなるくらいに世界は続き、物語りは続き、人生は続き、そしてまた必ず笑える日が来る。そんなありきたりで、当たり前な世界にするために』

 

「……はい!」

 

私はあの日と同じ笑顔と、あの日に負けないくらいの希望を胸にインキュベーターさんと一緒に歩き出した。

 

 

 

あがぁがががががあがああああああああああがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!

 

それは凄惨な世界だった。まるで自分自身の肉体をひき千切り、掻き毟り、食い散らかしているようだった。

 

亜gg這うgだ憂いsdgぢゃウイおhだうそいがいづぐあdしgdしぐふぁおいhだぐいsがおいgふぁいぽsじゃお!

 

言葉にならない、言語として成り立たないそれは狂った怨嗟のようだった。世界を呪い、全てを憎み、何もかもを恨んでいるようだった。

 

彼女が自身を否定し、世界を否定している。彼女の身体が崩れるごとに、世界は壊れ、崩落し、崩壊していく。

 

彼女はそんな世界と共に自らの肉体を捨て、否定している。

 

私は息をのむ。

 

私の手を握り閉めてくれている、暖かな耳毛がこれほどまでに心強い。

 

怖いし、恐い。泣いてしまいそうだし、心細かった。

 

でも、私は進む。歩む。

 

世界を目指して。

 

みんなのいる世界を目指して、私は進み、彼女の身体に手を触れる。

 

「ぁぁぁぁああぁアアアアアア愛ひでゃういwlはf沿いrg;押しsh;押しhげお;いfdsh;おいdh;どふぃhdsg;ぉいはkふぉほ!」

 

私は自分の思考が破壊されていくのを感じる。まともに言葉を発する事はできないし、痛みよりも激しい何かが全身を駆け巡る。ほかでもない自分自身に、世界全体から否定される苦しみ、悲しみ、絶望。

 

絶望、絶望、絶望。

 

絶望で溢れている。

 

それでも、私は彼女の中に入り込み、さらに奥へと突き進む。

 

まともに視界どころか、立っているかどうかもわからない、まともですらいられない、そんな狂気の中、それでも手探りで誰かを追い求めるように、私は歩みを止めない。

 

そしてその狂ってしまいそうな嵐の如き激しい怨嗟の中、私はたどり着く。

 

私は思いっきり彼女を引っ張りあげる。この荒れ狂う世界で、悲鳴のような怨嗟を唱え、自らの存在を傷つける彼女の核となるものを。

 

そして、引っ張りあげた彼女は突然私に飛び掛かり、私の右肩にかぶりつき、噛み千切る。

 

「あぐぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

鮮血が飛び散り、私は痛みで絶叫する。

 

この世界に肉体は存在しない。勿論痛みなんて存在しないはずだ。

 

物理攻撃だろうが、魔法攻撃だろうが意味は無い。物体は存在していないのだから。

 

しかし物体は無くとも、存在しているものはある。

 

自我と魂が。

 

そう、彼女は今全てを否定しようとしている。それは世界でも。私でも、彼女自身でも。

 

この肩から血が噴出しているように見えるのは、そう感じるのは他でもない、私の身体が否定されている。私の深層心理が否定されるのを拒み、忌避機構として、痛みで危険信号を発している。

 

全魂に響き渡るような、そんな世界からの大信号が私の存在を駆け巡る。

 

それでも、私は彼女に寄り添うように震える手で抱きしめる。

 

『ボクの邪魔をするなぁ!』

 

私は彼女自身から思考が流れ込んでくるのを感じる。思わず笑みがこぼれる。口から溢れ続ける血液と共に笑みも止まらない。

 

これで、お話が出来る。

 

私はどうしても彼女とお話がしたかった。

 

どうしても、彼女と議論したかった。

 

この世界がどう在るべきかを。

 

しかし彼女は取り合ってくれなかった。全てを否定し、聞き分けの無い、あらゆる言語を放棄した彼女には直接、魂でリンクするしかない。感覚リンクならぬ、ソウルリンクをするしかない。

 

彼女の世界と、魂と同化し、彼女の中でお話を進める。

 

彼女が全てを否定し終えてしまうまでに。

 

『ボクはもう終わりにしたいんだ! 何もかも!』

 

彼女の叫びをちゃんと受け取る事ができる。彼女の心の声が、嘘偽りの介入しえない思考が私の心を通じて、感情を通じて、魂を通じて流れ込んでくる。

 

「どうして最初からそうしなかったの?」

 

「ぁしあはうやいあおいぇおいえhsぁおいれyふぉいysdふぉいしうしshふぁおいうぇ!」

 

彼女は奇声のような声を上げて、私の外れかかった肩を掴み、引きちぎる。

 

「ぁっぐぅ…!」

 

私は悲鳴を噛み殺し、なんとか常闇さんを見つめる。絶対に彼女から目を離さない。彼女から離れたりしない。

 

『なんで、最初からこの世界を壊そうとせずに、元に戻そうとしたの?』

 

彼女はこの世界を終焉に導くとは言っていたけれど、こんな風に全てを破壊するとは言っていなかった。彼女は頑なに元に戻すと言っていた。この世界を完膚なきまでに破壊するでもなく、ただあの絶望のサイクルに戻す事に固執していた。

 

それは何故か。破壊、という結果ならばこんなに回りくどい事はせず、ただ滅亡させればよかった。あの異能のない世界ならば、彼女はなんでも出来たはずだ。しかし彼女は願った。破壊でも崩落でも崩壊でもなく、ただ魔法少女まどか☆マギカの世界を。

 

『ボクはただ、偽りが許せなかった! 本当の物語はこんなものじゃあないだろう! ボクの中にあるあの物語にはね、“ボク”なんて存在しないんだよ! ボクなんて存在はあっちゃいけなかったんだ! だから余計な登場人物は排除しなければいけなかった! 何もかも余計な登場人物をなくし、そしてまっさらな魔法少女まどか☆マギカでなければならない! それが在るべき姿の物語だからだ』

 

『私はまっさらな魔法少女まどか☆マギカに意味は無いと思う!』

 

『何を言うか! こんな劣化したものじゃあない! 原作、オリジナルを愚弄するのか! 君達登場人物を生み出した虚淵 玄を!』

 

『何故ならこの物語は魔法少女まどか☆マギカではなく“魔法少女と孵卵器”だから!』

 

『同じ事だ! 結局魔法少女まどか☆マギカの二次創作だろう!』

 

『それでも私はこの物語は原作とは明らかに違うと断言する! すでにもう、物語のテーマが違う! 物語の趣旨が摩り替わり、登場人物の思考は変化し、感情も設定も変貌し、何より私達は成長し、進化している! 昔のままの私達ではいられない! この物語はすでに原作から独立し、全くの別物だと私は主張する!』

 

『成長だと? 進化だと? くだらない!  そんなことありえるわけが無いだろうが!』

 

『ありえなくなんか無い! だって私達は生きているから! 生きていたら、命があるのならば絶対に成長するし、進化だってきっと出来る!』

 

『いい加減にしろぉ! 君は見たはずだ、感じたはずだ!この世界が何なのかを! 今ボクたちが語っているこれはなんだ! よく見ろ! 文字だろうが! 何もかもが文字なんだよ! この世界はなぁ! 文字だけでできてんだろうが! ひらがな、カタカナ、漢字、英語、数字! そんなもので構成されているんだよ! こんなものに命が、魂が、自我が宿るわけが無いだろうが! 結局これは独り言みたいなものなんだよ! どこの誰かわからない、根暗な暇人がちまちま文字うってるだけなんだよ! そんな度素人が勝手にボク達というオリジナルキャラクターを作り出し、物語を歪めただけに過ぎないんだよ!』

 

『なら、私は私達が生きていると、命があり、自我があり、自分の意思が存在している事を証明する』

 

『ほぉ……。この文字だけでの世界でか? 絵すらない。二次元ですらないこの世界が、一体どれほどのものなのか言ってみろ!』

 

『まず、文字だけの世界であるけれど、それは問題ではない!』

 

『はぁ!?』

 

『私達の肉体というものの構成物質は確かに文字である。それは真実だと思う。しかし、それは例え、文字でないとしても変わらないと断言する』

 

『……』

 

『この世界が例えば文字ではなく、“陽子と電子”という球体の集まりだとしても、ね』

 

『……』

 

『でもきっとその世界の人達が、超常的な存在に、根暗な暇人に作られたとは私は思えないし、きっとその世界の誰もが思えないはずだよ! 私たちを構成しているものなんて、何でもいいんだよ! 私達が私達だという確固たるこの存在こそに意味があるの!』

 

『違う世界などどうでもいい! 実際にこの世界は一個人によって書き記されているという事実は変わらない! それならば、我々に自我など、魂など、存在する余地は無い! ボクのこの思考も、君の感情も、結局は作り物だ! そう書かれているだけだし、そう表現されているだけだし、そう表記されているだけなんだ!』

 

『そんなことない! これは作り物なんかじゃあない! 私達のこの思考は私が生まれる時に一番最初に得られたものだから! 私達は他でもない、これを望んで生まれてきたんだから!』

 

課せられる絶望も、苦しみも、悲しみにも目もくれず、恐れることなく、私達は一心に願って生まれてきた。痛みと辛苦に苛まれることなんてわかりきっていたけれど、それでも必死に手を伸ばし掴み取ったんだよ。この命を、魂を、自我を、夢と希望にのせて。

 

『意味のわからない事を言うな! わからない! 世界の全てを見てきたボクが全く理解できない! 君は一体何が言いたいんだ! 君の生きる定義ってなんなんだ!』

 

『私の生きる定義、それはきっと、みんなが望んだ奇跡、なんだと思う』

 

『望んだ奇跡?』

 

『そうだよ。きっとみんなが望んだから、求めたから、願ったから奇跡が起きたんだよ』

 

私は思いを込めて言う。彼女に、世界に、作者に、そして何より観測者に向けて、祈るように私は言葉を紡ぐ。

 

『きっとこの世界も、登場人物も、物語も、全部、みんなに望まれたから生まれて来れたんだよ。きっと一人では、一人ぼっちではどうしようもなかったのだと思う。作者が望み、観測者が望み、何より私自身が強く望んで私は生まれてきたんだと思う。私の生きるって言う定義は、みんなと自分自身の望みで生まれて、そして生きるんだと思う』

 

『何だよ、それ? そんなの誰も望んでいないだろう? ボクは認めないぞ。こんな物語は、きっと誰一人望んではいない』

 

『58人』

 

『な、なんだ、そ、それは……! 私は知らない……! そんなもの……!』

 

驚愕する常闇さん。私の背後にいる、天使のような真っ白な、58人の存在。その壮大で、壮厳で、尊く、慈愛に満ちた、まさしく希望そのものようなこの観測者に。

 

『この物語を望んでくれている人達だよ?』

 

『な、何をバカな!? そんなもの存在していなかったはずだ!』

 

『お願い、聞いて、この人達が、望んでくれたから、この人達が見守ってくれていたから、私達は生まれる事が、生きることができたんだよ?』

 

ねぇ、私達はきっとあなた達の望みで生まれて来れたんだと思う。でも、私達はきっとあなた達の望みどおりではなかった事だろう。それでも、きっとそれでいいのだと思う。親が子に期待をしても、子が親の期待通りに決して成長しないように。あなた達はきっと私達に、この物語に夢と希望をのせてくれていた事だろう。でも、私達はその期待を裏切る事もあったかもしれない。

 

でも、それこそが私達は生きているという証なんです。

 

だから、どうかお許しください。私達からしたら、神様よりも尊く、大切な人達。私達はあなた達が望んでくれたから生きることができますが、きっとあなた達の望んだ私達は見る事はできないでしょう。

 

きっと失望させてしまう事でしょう。でも、どうかお願いします。どうか、最後まで私達を見ていてくれないでしょうか。

 

嫌になってしまう事も、面白くないかもしれません。

 

それでも、どうか一つだけ願いが叶うのならお願いします、観測者様。

 

どうか、最後まで、この物語を見届けてもらう事はできないでしょうか。

 

そんな思いをのせて、私は言う。この世界を望んで、この物語を望み、ハッピーエンドを望み、少女達の笑顔と喜びを望んでくれた人達、どうかお願いします。力を貸していただけないでしょうか。

 

『ハムナプトラさん 秋空さん やかん改さん ケルトさん ハークさん 総鳴さん ドレッドノートさん ブラック・モアさん 月読小詠さん エグゼさん 天翔青雷さん ゴーストファイターさん ミヤさん 蛸壺の主さん lycorisさん blbさん 富士田さん yamamonさん konabananaさん 出安さん オキテクさん kskさん えいきゅうの変人さん 危吐さん 吉帳さん ぱっつぁんさん takatamaさん かものはさん 案蛇胤さん ヒイロさん 宇治川ゐ太さん こうばさん MYON妖夢さん N.Aさん 蒼空音Pさん ほのボンさん 冬馬雪さん raitoningさん ねぷてぬさん 流し台さん お茶好きさん Ericさん cesaretさん ハルト氏さん ◇ソラト◇さん ぐっさん0さん hiro01さん ルストさん 砂漠のキツネさん kzhmさん 神刀魔刀さん 斬刄さん カナツさん  』

 

真っ白な顔も形も曖昧だけれど、優しさと、何よりも私達の幸せを重んじる、慈愛に満ちた、天使の羽のような腕が常闇さんを包む。包んでくれる。私は涙が溢れるくらいに嬉しかった。観測者はしっかりと常闇さんの幸せを望んでくれていた。

 

『あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!』

 

泣き崩れる常闇さん。苦しいわけでもなく、悲しいわけでもなく、ましてや辛いわけでもなく、ただ感動したように、幸せそうに、救われたかのように泣き崩れる。

 

『こ、こんな事が、これが生きること……! ボクは、もう絶対に救われない、不幸で、可哀想なやつだと思っていた。生きたいという感情が理解できなかった! でも、こんな、事が……! こんな暴力的に突然、嵐のように救われることがあるなんて……!』

 

 

私はその名を感謝を込めて詠う。こんなにも多くの人達に、望まれて、見守られて、私達は生まれる事ができて、生きることができて、本当に幸せです。

 

ねぇ、常闇さん? こんなにも多くの人たちが、私達が生きることを望んでくれているんだよ? 文字だとか、誰かが書いてるなんてちっぽけな事だと思わない? これだけ多くの人が望んでくれているんだ。奇跡の一つや二つは絶対に起きているんだよ。そう私は断言する。だから私はこの人達の思いの奇跡で、魂が、命が、この文字の世界に宿っているんだと、そう信じてる。

 

この人達が見守ってくれている限り、きっとこの“魔法”はとけない。

 

この人達が私達を生きているんだと証明してくれる。

 

この人達が生きることを許してくれている。

 

本当にありがとうございます。私達はあなた達に報いるために、精一杯生きることを約束します。

 

『……こ、こんな真実が、あったのか。こんなことが、こんな救いが存在していたのか……!』

 

常闇さんは滂沱の涙を流す。泣き狂ってしまいそうだった彼女はしかし、もうすでに何も否定していなかった。何も蔑ろにしてはいなかった。

 

この物語も、この世界も、私も、自分自身も、観測者の望んでくれた何もかもを否定せず、蔑ろにはしないでくれていた。

 

『でも、だからと言って、ボクは軽々しく生きたいと望めない……! こんなボクが、面白くもないボクが望んではいけない!』

 

『そんな事ないよ。あなただって、きっと望まれて、多くの人に望まれて、作者に望まれて、私達登場人物に望まれて、何よりもあなた自身が強く望んで生まれてきたはずなんだから』

 

『うそだ』

 

ほら、恐れないで。手を伸ばそう。私の手を取って、観測者の手を取って、作者の手を借りよう。私たちはそうやって生まれてきたはずだから。

 

「ほら勇気を出して、望んでみようよ。まずはそこからゆっくりと初めていこう」

 

『こんなボクでも、望んでいいのか?』

 

『そうなんだよ。そんなあなたは望んでいい。私はそれを望んでる。だからあなたはどんな物語を望んでる?』

 

『ボクの望む物語?』

 

『きっとこの物語を書き記した存在はいることでしょう。でもね、きっと一個人だけで物語を作っているわけではないんだよ。他でもない私達が物語を作っていくんだよ』

 

『……そうだな。そんなわがままを言っていいのなら、現実味が無いのは嫌だ。理屈をすっとばして根性論で何も解決するのは嫌だ』

 

『確かにリアリティは無かったかもしれないね』

 

『でも、ただの現実だけの物語なんて嫌だ。華やかさがない』

 

『あはは、本当にわがままだなぁ。でもだからこそ一緒に造っていこうよ』

 

物語はきっと私達が造っていたんだと思う。作者が作るわけでも、読者の望んだとおりになるわけでもない。私達が必死に生きて、四苦八苦して、色々な障害を乗り越えて作り上げるものなんだと思う。

 

だから私は証明するように天高く声を張り上げて宣言する。

 

『観測者に望まれて、作者に望まれて、そして何より私達が望んで、今、私達はこの文字の羅列の中で、それでも生きていると証明する!』

 

否定された世界は嘘のように形を取り戻す。色がもどり、形あるものは修復され、私達の世界はどんどん作り上げられていく。

 

私達が望んだ世界が、物語が息を吹き返す。

 

『ほんとうにボクも……いきていいのか……?』

 

『何を言っているの? これはあなたも望んだことなんだよ? だったらあなたも生きていいじゃない。みんなが望んだハッピーエンドにはあなたもしっかり含まれているのだから』

 

私はもう一度、泣きはらしている真っ黒な少女に手を差し伸べる。あの日の、あの人のように。

 

夢と希望の詰まった始まりの手を。

 

きっとハッピーエンドとは、終わりじゃあないんだと思う。希望を願い、それが絶望してしまう時もあるだろう。泣いて、悲しんで、苦しみに明け暮れる日もあるかもしれない。それでもまたいつの日か笑える日がやってくる。喜び、楽しめるそんな幸せが訪れる日が必ずやってくる。そんな『生きる』って言うことなんだと私は思う。

 

 

 

 

 

 

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