実況パワフルプロ野球~あの空のムコウまで~   作:たむたむ11

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第二章 第4話「団結」(挿絵あり)※挿絵リメイク

 目覚まし時計のアラームが部屋中に鳴り響き、それを止めると今度は外からカラスの鳴き声が聞こえてくる。

 眠い目をこすりながら、寝間着姿の隼は手に取っていた目覚まし時計を覗き込むように見つめる。

 単針は5と6の間に止まり、長針は丁度6の数字と重なっていた。

 秒針だけがせわしなく動いている時計を眺めながら、眠気を抑え込み体を起こす隼は自分に言い聞かすように呟く。

 

「朝だぁ……、起きないと……」

 

 時刻は早朝五時半、普段よりも早く就寝についた隼は、目が覚めるのも普段よりずっと早かった。

 だが決して、練習時間まで余裕があるわけではない。

 六時にはもう朝食前の練習が始まる予定だ。一人の時は好きな時に練習が出来たが、ここでは団体行動。

 少なくとも春休みの間は、朝から夕方にかけてずっと練習が行われる日々が続く事となる。

 そしてその間、思う存分に練習ができる事を隼は楽しみにしていた。

 隼はベットから降り、その場ですぐ様着替えに入ろうとする。

 その時、ふと思い出したかのように周りを覗くと、少し動揺しているかのようにそそくさとその場から離れて行く。

 

(そうだった、僕女子寮で生活してるんだった)

 

 今の今まで忘れていたように、隼は女子寮に住んでいる事を思い出すと途端に顔を赤らめた。

 昨晩、隼は何度も夢花や物珍しさに集まった他の先輩や同級生に弄られている内に、ふと気づいたら意識を失っていたのだ。

 思い出すだけで恥ずかしい事であるが、こうなってしまうのは仕方ない事だと最初から分かっていた隼。

 せめて意識だけはハッキリと持っていないといけない、そう思った隼はなるべく異性として行動する事に徹する事にしたのであった。

 

「ふー、気を付けないと……」

 

 トイレの中に着替えを持ち込み、二人が起きない内にそそくさと着替えを済ました隼はゆっくりとまた部屋へと戻ってゆく。

 案の定まだ二人は布団の中夢の中。寝息が聞こえ、ゆっくりと熟睡している様子に胸をなで下ろす隼。

 時計を見ると時刻は五時四十分、着替えるだけで十分ほど要してしまった隼は急いで部屋を後にしようとした。

 しかし自分がもう練習に出ようとしているというのにも関わらず、未だに熟睡している二人を目の当たりにし、ふと足が止まる。

 

(そういえば、先輩たちも起こした方がいいのかな……)

 

 男子野球部の部員として、一人だけ勝手に練習場へと向かおうとしていた隼であるが、二人の事が気がかりになりその場で考え込み始める。

 そもそも、男子野球部も女子野球部も朝練の開始時刻は同じなのだ。

 自分がこうして活動体勢へと入っている中、ほぼ同時刻に行われるであろう練習に参加する夢花と涼子は未だに布団の中にくるまっているのだ。

 隼は彼女達より早く布団へと入った為、簡単に目覚める事が出来たが彼女達については分からない。

 果たして、残り二十分の間に二人は起きる事が出来るのだろうか。

 仮に自力では起きれなかったとすると、当然責任は唯一彼女らを起こす事が出来たであろうルームメイトの隼へと向かう事だろう。

 

(でも、もしこれで先輩達が遅刻したら間違いなく野咲先輩に怒られるよなぁ……)

 

 自業自得であるのは間違いないが、夢花にまたその事で難癖をつけられてしまうかもしれない。

 そう思った彼は電燈のスイッチを押し部屋全体を明るくすると、優しく二人を起こし始めた。

 

「起きてくださーい、もうすぐ朝練ですよー」

「んん……、もう朝? ――おはよー、隼君」

 

 隼の声を聞きいち早く目を覚ましたのは涼子、まだかなり眠たげなのかほぼ目は開いていない。

 異性が普通に部屋の中に居る状況にも拘わらず、相変わらず驚く様子一つ見せていない彼女の反応に隼は少し落ち込んでしまう。

 

(もしかして僕、異性として見られてないのかな……)

 

 自分がこんなにも気にして行動しているのにも拘らず、周囲が全く意識してくれない事に不満を感じる隼。

 しかしそんな事を気にも留めていなかった涼子はベットから這い出るように抜け出すと、いつも愛用しているメガネを細い目で探し始めていた。

 涼子はもういつでも活動体勢に入る事が出来るだろう、そう思った隼は今度は未だに起きない夢花の方を見る。

 

「ん……、んっ……」

「野咲先輩も起きてください」

 

 一応目覚めかけているのか、ベットの中で項垂れる様子を見せていた夢花。

 電燈の光が目に入らないように布団に包まりながら、壁の方を向いて横たわっている。

 しかし隼の呼びかけにも全く応じず、再び就寝につこうと枕に顔を埋めている夢花。

 どうやら、彼女は起きる気が無いらしい。

 そう判断した隼は今度は寝ている夢花を布団越しに揺すり、強制的に目を覚まさせようとする。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「朝練に遅れますよ、野咲先輩」

「うぅー、私達いつも遅刻してるからいいのー……、どうせ外寒いし練習効率悪いって……」

 

 訳の分からない理由で寝る事を正当化しようとしている事と同時に、常識人である涼子もほぼ遅刻しているという事実に驚いた隼は思わずツッコミを入れてしまう。

 

「いやいや、それ良くないですって! ……というか、長瀬先輩も居て何いつも遅刻してるんですか!?」

「私も朝は明るくないと起きれないのよー」

 

 ヘラヘラと笑いながらそう語る涼子に唖然とする隼。

 以前から八剣監督がいつも問題を起こすのは二人とは聞いていたが、まさか二人ともこんなに意識が低いとは思わなかったのだ。

 この部屋に良識人など居ない、そう思った改めて隼は決意する。

 自分がしっかりしなくては、――と。

 まずは目の前であからさまに朝の練習をバックれようとする夢花に、きっちりと良識ある姿勢を叩き込まなくてはいけない。

 隼は全く起きようとしない夢花に対し、最後の警告を出す。

 

「野咲先輩、起きないようなら強制的にその布団剥がさせていただきますよ?」

 

 すると、夢花はその言葉に脅威を感じつつも、隼がそんな事出来るわけないと警告に応じぬ構えを見せた。

 

「……隼君っ、寝てる女の子の布団を剥がすなんてデリカシーが無さ過ぎるよねっ? 隼君にそんな事できるかなっ?」

 

 人一倍真面目で、体裁に気を遣う隼の事だ。異性として良識ある範疇でしか行動できない。

 そう考えた夢花は自分が女性である事を前置きしつつも、挑発的な態度で隼にそう言い放つ。

 しかし、その態度が逆に隼に火をつけてしまう。

 

「ちゃんと異性として見ていただいているようで、……でも心配ご無用っ!」

「きゃあっ!?」

 

 隼が布団を掴み力を入れると同時に、小さい悲鳴が室内に響く。

 次の瞬間、布団に包まったまま手を離さずにいた夢花の体は宙に浮かんでいた。

 布団から叩き起こされたわけでも、引きずり降ろされたわけでもなく、浮かびあげられたという状況に困惑した夢花。

 彼女は思わず布団から頭を出し、状況を確認する。

 すると夢花の体は布団越しに、隼にお姫様抱っこの様に抱きかかえられるような形で持ち上げられていた。

 背の低い夢花の体は、隼の強大な力を前にしたら軽すぎたのだ。

 形勢逆転、尚且つ紳士的に振舞っていた隼の勝ち誇ったような笑みを浮かべる姿を前にした夢花。

 もはや自力では脱出不可能、そう思った夢花は何とも言えない表情でじっと隼の事を見つめ返す。

 

「こ、ここからどうするのっ?」

 

 普段とは違い、優勢に立っている隼は余裕の笑みを浮かべると夢花の問いに対し優しめの口調で答える。

 

「そうですね、起きる気がないならそのまま練習場まで送りますよ?」

「は、はははっ。隼君、流石にそんな事しないよ……ね?」

 

 少し怯えたように隼の目を見つめる夢花。

 しかし、隼はいつも通りいたって真剣。まるで冗談を言う雰囲気とは思えない程、真面目な顔で見つめ返してきた。

 その無言の圧力に屈したのか、夢花は涙目になりながらもしぶしぶ起きる決心をする。

 

「わ、わかったよぉ……、朝練行くから降ろしてよぉっ……」

「それでいいんです」

 

 夢花が起きると宣言するのを確認し、隼はゆっくりと夢花を足元から地面へと着地させる。

 隼の拘束から解放されると同時に、布団を自らのベットへと放り投げた夢花はじっと隼を睨みつけて言い放つ。

 

「隼君のいじわるっ! 朝に弱い私をいじめてそんなに楽しいのかーっ!」

「ほらほら、元気出たみたいですしさっさと着替えて練習行ってきてくださいよ。では僕はこれで」

「後で覚えてなさいよーっ!」

 

 隼にしてやられたのが相当悔しかったのか、去り行く隼の背中に精一杯の罵声を浴びせかける夢花。

 一方の隼は夢花を起こす事が出来、意気揚々と練習場へと向かってゆく。

 しかしその間、彼は夢花達を起こした当初の目的を思い出し表情が次第に暗くなって行く。

 

(あれ……、結局野咲先輩の機嫌悪くした事には変わらないんじゃ……?)

 

 結局、後ほど責められるのは変わらない。

 責任感を重視するあまりにとんでもない事をやらかしてしまったと、隼は少し後悔する二日目の早朝。

 重い隼の背中には冷たい風が吹き付けていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……、あれ……?」

 

 朝練開始の予定時刻五分前に練習場に到着した隼は、目の前に広がっている光景に唖然としていた。 

 それは眠気が覚める所の話ではなく。驚き過ぎて逆に意識が飛んでゆきそうな程の事である。 

 人の気配が無い、開始五分前にもかかわらず人っ子一人居ないのだ。

 場所は間違ってはいない筈であり、時間についても八剣からの説明通りに到着している。

 それでも今、この空間に居るのは隼ただ一人だけだった。

 隼はふと今朝の出来事が頭を過ぎる。

 

「まさか……、みんな寝坊してるの……?」

 

 一瞬、隼はそんな事を考えてはみたものの、あまり現実的とは言えないその答えを自ら否定した。

 

「いや、それでも全員が遅刻するなんてない筈……」

 

 正直な話、決められた時間に行動するという事を事前に知らされていれば、普通ならその時間に起きようと努力するものだ。

 もちろん今朝の夢花の様に、最初から行動する気が無い人も存在するだろう。

 しかしそれは極端に稀なケースであり、普通はそんな事を考えず規則に従って行動するよう努めてゆくだろう。

 それなのにもかかわらず現にこの練習場には人っ子一人集まっても居ないのだ、ただの遅刻である筈がない。

 ――きっと、何かがあったのだろう。自分の知らない何処かで。

 隼はこの異様な状況の原因を突き止めるべく、男子寮の方へと向かってゆく。

 野球部員の大半が暮らしているであろう男子寮に行けば、誰か一人はこの状況を知っている者がいるかもしれない。

 しかし、到着した先に待ち構えていたのは隼と同じく訳が分からなさそうに辺りを見回していた八剣であった。

 

「あっ、片倉! お前も部員を探しにここまで来たのか?」

「ええ……、でもその様子じゃあここには居ないようですね……」

 

 事情を察した八剣と隼、しかし男子寮は既にもぬけの殻となっていた。

 時刻は午前六時十五分を回っており、既に朝練の開始時刻は過ぎているが肝心の男子部員は練習場に来ていない。

 それでは、彼らは何処に消えてしまったのか。

 

「取りあえず、一通り周辺を探してみようかな……」

 

 訳がわからぬまま、何となく男子寮の周囲を物色し始めた隼。

 すると、とある一室だけ何かを隠しているかのように、段ボールで窓を塞いでいる部屋があるのを発見する。

 隼はそれを八剣に知らせると、八剣は苦虫を噛み潰したような顔をしながらこう呟く。

 

「もしかして、あの部屋袰延の居る部屋じゃねぇか?」

「袰延君が?」

 

 袰延と言えば、一年の特待生でとても基礎能力の高い投手である。

 素行こそ悪いものの、割と野球熱心そうな性格である事は隼も記憶していた。

 しかし、その袰延に対し八剣はとても警戒している様子。

 八剣は当時、袰延を特待生で入れる時の様子を隼に語り出す。

 

「袰延は巷ではちょいとした有名人だったんだ、だが環境が違った分普通の球児とは全く態度が違うって言うかなんて言うか……」

「有名人?」

 

 隼は監督の言葉に疑問を浮かべる。 

 と言うのも、先日矢部から聞いていた話では袰延という男は中学時代、野球活動をしていなかったと聞いていたからだ。

 そんな男が何故有名人なのか、またどうやって特待生に迎え入れられたのか。

 隼が気がかりそうに首を傾げていると、八剣は俯きながら袰延の正体を語る。

 

「早い話アイツは中学時代、草野球チームの助っ人として活動を行ってたんだ……。それも、金銭が絡む野球をな」

「え……」

「裏世界の野球ってのがあってだな、奴はその成果に応じて金を貰う違法な野球に関わってたんだ」

 

 隼は袰延が自分と同じような環境に居たのだと思っていたばかりに、その正体を知ると驚きを隠せずにいた。

 八剣の言う裏世界の野球とは、世間を騒がせている違法な野球賭博が蔓延っているその名の通り“裏世界”の野球である。

 度々ニュースでも取り上げられており、隼も多少知識はあった。

 なんでも問題を起こしたり、何らかの理由でチームを離脱し表舞台から姿を消した選手達が集まり、組織に雇われるような形で野球を行っているのだと言われている。

 中には元プロ野球選手であったり、ただの野球小僧であったりと、選手層はピンキリであると言われており。その組織が主催するリーグ戦での勝敗で賭けを行っているのだと言う。

 組織もその賭け事で利益を得ており、巷ではそれで得た利益で何やら怪しい実験をしていると噂である。

 そんな危ない世界に中学生から身を投じ、実力をつけてきた袰延の試合を目の当たりにした八剣。彼はその時の様子を語る。

 

「中学生にしては抜群の制球力と体力、勝つために相当訓練したであろう投球の際全く軸がぶれない安定した下半身、そして小技の上手さ。

 投手四天王のような華やかさこそないものの、その一つ一つが洗練された動きに俺はとんでもない可能性を見出した……。だから俺は奴を表舞台に引っ張り出そうとしたのさ」

 

 八剣がどこでどんな形で袰延の事を知ったのかは知らない。

 しかし隼も同じように才能を見出され入部を認めて貰っただけに、八剣に対し何も言う事は無かった。

 そして八剣は話を続ける。

 

「そしたら奴は特待生での入学を受け入れの条件にこう提示したんだ、“実力の高い奴にしか従わない”ってな。

 俺は溝浜疾風の選手達の実力に自信を持っていた、だからそれを二つ返事で了承した……、が」

 

 八剣は現在の寮の様子を見て、そして先日の試合の事を思い出し、ふと小さく笑みを浮かべながら息をつく。

 

「どうやら、この野球部に袰延の進撃を止めれそうな奴が居なかった……、って所かね」

「そりゃあ試合では完封でしたし、調子に乗るのも無理はないでしょうしねぇ……」

 

 監督の言い分に対し、ただただ納得するしかなかった隼は首を上下に振るい相槌を打つ。

 どうやら、この事態は袰延が起こした事で間違いないだろう。

 しかしこのままでは朝の練習どころか、今後野球部の風紀が乱れ存続の危機にまで追いやられてしまうかも知れない。

 とにかく、まずはこの状況を何とかしなくては。隼と八剣が思っていたその時、物陰から二人の男が姿を現す。

 

「成程、袰延の奴が好き勝手にしているのは監督公認だからなのか」

「お、野口。盗み聞きかぁ」

「オ、オイラもいるでやんす……、袰延クンにはついていけないでやんすよ……」

「矢部君も居たんだね」

 

 隼達の前に現れたのはもう一人の特待生、野口一喜。

 そして野口に続くように現れたのは、一番打者入学を果たした矢部明雄。

 彼らはどうもこの騒ぎには乗じていないようで、現にこの寮から姿を現している。

 どうやら、彼らは現在野球部で起きている事件の事情をよく知っているらしい。

 

「それで、お前らしかいない理由ってのはどういう事か説明して貰いたいんだが」

 

 八剣が事情を知る二人にそう問いかけると、野口は鼻で笑うように息をつき小さく口角を上げた。

 

「監督の仰る通り、袰延の仕業ですよ。力づくで野球部全体を従わせて、より強い野球部にしようと息巻いてましたよ」

「やっぱ袰延か、厄介な事になりそうだな」

「ええ、その上監督公認では誰も彼を止める事は出来ないかと」

 

 皮肉を言うかのように監督公認という言葉を呟く野口。

 しかし監督が口出しできない状況では、この先袰延が野球部を支配し大変な事が起こるのは目に見えている。

 野球部を強くしようとしているらしいが、どんな練習を課せられているかはわからない。

 このままでは収集がつかなくなってしまうかもしれない。

 しかしそんな時、隼が何かを決意したような表情を浮かべながら野口に訊く。

 

「ねぇ、袰延君は今は何処にいるの?」

「それを知ってどうするつもりだ、片倉」

  

 質問を質問で返され、隼はしっかりと自分の意見を述べる。

 

「まずは話し合ってみたい、彼の話を聞いて本当に野球部全体の指揮を執る器があるのかを見定めてみたいんだ」

「何故それをお前がする必要があるのだ?」

 

 その返答に対し眉をひそめた野口がさらに説明を求めると、隼は自分の胸に手を当てハッキリと言い切った。

 

「居ないからだよ、“彼より実力のある”って言う部員が、僕以外にはね」

「それは聞き捨てならないな……、だが」

 

 野口はじっと睨みつけるように隼を見つめる。

 彼はまだ隼の事を認めている訳ではないし、その実力の全てを知っている訳でもない。

 故にこれまで数々の実績を残してきた自分が、未だ実力を示していない隼に劣っていると遠まわしに煽られた気がしたのだ。

 しかし、心の底から憎しみを感じていたかと言うとそうでもない。

 何故なら、隼という男からは悪意を感じなかったからだ。

 先日の練習で、隼の持つ身体能力の片鱗を目の当たりにしたのもあったが。隼の発言には裏が感じられない。

 自分自身に相当の自信を持っているからこそ、そのような発言が出来るのだろう。

 少なくとも、今の自分にはない可能性を秘めているのは間違いない、と。野口はそう判断した。

 

(袰延も片倉も、超新人世代が生み出した産物だと言うのなら――、少しばかり期待してみるのも悪くないか……)

 

 野口は少しだけ心許したように表情を和らげると、隼に対してこう告げる。

 

「良いだろう教えてやる、奴らは野球部練習場のある山地から西方にある広場付近で練習をしている……」

「そんなにグラウンドから離れてない所だったのか……」

「ああ、付近には山頂に続く大階段があったりするから概ね階段ダッシュでもやっているのだろう」

 

 溝浜高校男子野球部の練習場は山に面しており、その西側と東側には山の頂上に続く大きな階段がある。

 山頂には展望台や休憩スペース、小さな神社があるのだが、その過程である大階段は非常に長く練習には最適だ。

 野球部も極稀に練習として使用する事はあるが、ベースランニングで野球の為の走塁基盤を作り上げるのを最重要とする溝浜疾風野球部にとって、フォームを崩す恐れもある練習場だ。

 それにまだ目覚めて間もない早朝の練習にはあまりにも危険すぎる。八剣は苦い表情を浮かべながら呟く。

 

「参ったな、こっちは親御さんに生徒を預けて貰ってる身だからあまり無茶させたくねーんだよなぁ……」

(なら何故袰延の条件を鵜呑みにしたんだろ……)

(そう思うんなら真っ先に自分が名乗りを上げるべきではないのか……)

(この監督、責任感ゼロでやんすね……)

 

 各々が監督の発言に対し、心の中で突っ込みを入れながらもそのまま話を進めていく四人。

 どうやら隼が袰延と接触し、今後の方針を決める事に決定した様子。

 場所も把握し、今すぐにでも向かえるよう念入りにストレッチをする隼は三人に対しニッコリと微笑みかけた。

 

「じゃ、行ってくるよ」

 

 すると、先ほどまで袰延に対し怯えている様子を見せていた矢部が呼び止める。

 

「オ、オイラも行くでやんす! 片倉クンだけを危険な目に合わせるわけにはいかないでやんす!」

「いいの? あの人怖いから怪我するかもしれないよ?」

「構わないでやんす! 友達の為ならこの命、惜しくないでやんす!」

 

 矢部はそう言いつつも、声からは恐怖で震えているのがハッキリと理解できた。

 しかし、覚悟は本物のようだ。矢部という男がただの臆病者では無い事は確かである。

 そしてその覚悟に応じるように、もう一人の男も二人の下へと詰め寄ってゆく。

 

「ならば俺も行こう、ジョザも現在は奴らの練習場に忍び込ませている。奴らが強硬策に出ても何とかなるだろう」

「体格の良い二人が居れば、オイラも心強いでやんす!」

 

 野口とジョザの参入に、矢部の表情も明るくなる。

 二人とも体格は良く、もしも袰延の逆鱗に触れ集団で襲ってくる事態になっても自力で切り抜けれそうだ。

 矢部も隼も身体能力には自信がある。体力面では心配だが逃げ切る事は出来るだろう。

 心強い味方の参入を受け、気合を入れなおす隼は真っ直ぐ目的地を指さし、意気込んだ。

 

「これより、私達は袰延との接触を図る! 生半可な覚悟は怪我を招く恐れがある、気合を入れていこう!」

「いくでやんす!」

「どうでもいいがキャラ変わり過ぎだろ……」

 

 野口から若干メタ発言が飛び交うものの、気合を入れなおした隼達はゆっくりと目的地へと歩き出した。

 しかし、一人だけ途中から息を潜めるかのように何も発言しなくなり、気配を消していた男の存在を思い出し、三人は再び元へと戻ってゆく。

 戻って来る三人に慌てる様子をみせた男の腕を隼が掴むと、男は駄々をこねる子供のような素振りを見せる。

 

「は、離せ! 俺は怪我したくねえし責任も負いたくねぇんだよ!」

「監督の責任でもあるんですからついてきてくださいよっ!」

「い、いやだぁぁ! 助けてくれぇぇ!」

 

 そのまま隼に引っ張られながら、八剣はずるずると隼一行についていくことに。

 こうして、隼達監督軍の陣営と袰延率いる新野球部軍の接触は行われる事となった――。

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