実況パワフルプロ野球~あの空のムコウまで~ 作:たむたむ11
「な、なんだこの状況は……」
袰延達野球部員が練習をしていると言う大階段に到着した隼一行。
そして、その惨状を目の当たりにし大きく口を開けたまま閉じれずにいる隼。
そこに広がっていた光景には、もはや溝浜疾風野球部たらしい美しさなど一欠けらも残っては居なかった。
「部員が階段に突っ伏して倒れているぞ……」
「辛うじて動いてる部員ももはや意識があるのかすら危ういでやんす……」
「まさか、袰延はこいつらがぶっ倒れるまでこの階段の上り下りを……?」
野口も、矢部も、そして八剣も。目の前で起こっている現状に戸惑いを隠せない様子。
普段人がこんな風にあちこちに倒れて込んでいる風景等到底見れる筈も無く、階段に倒れ込む数十人の部員達にとにかく圧倒されていた。
そしてその脇を平気で素通りし階段を上り下りする他の部員たちもいる。
辛うじて生き残って居るその部員たちもその目からは生気が抜けており、走っているつもりなのだろうがその速度は普通に歩くよりも遅かった。
「取りあえず、このままだと危ないから運ぼう……」
「だな……」
「やんす!」
「こんな光景見られて通報されたらまずい、さっさと運ぶぞ!」
隼達は倒れ込む部員らの下へと急いで駆け寄ると、肩を持ちその場から離れようとする。
ここで倒れたままだと近隣の人らに見つかってしまう、そうしたら通報されかねない。
八剣も必死であったが、結局そうなってしまうと隼達部員も迷惑になってしまう。
隼達は階段の上で倒れ込んでいる部員の一部を階段下の壁側にもたれ掛けるように座らせ、再び階段の上部を目指し始める。
階段のふもと付近だけでも大量の部員が転がるように倒れている、きっと上部にも同じように倒れ込んでいるのだろう。
隼達は急いで上を目指した。長い階段を只管に駆け抜ける。
しかしその途中、先頭を走っていた隼にも階段の悪魔の影響が及び始めた。
「ハァ……、ハァ……。なんて階段だ、こんな階段を何度も上り下りさせるなんて袰延は鬼か……!」
凄まじい階段だった。まだ山頂まで全然及んで無いにも関わらず、隼は既に体力がつきかけていた。
しかし、それは隼だけに限った事であり、残りの三名は平然とした顔でツッコミを入れる。
「いや、流石にまだ登り始めたばかりだぞ……」
「隼クン、しっかりするでやんす!」
「体力無さすぎだろ、片倉……」
相変わらず少ない体力に悩まされていた隼。
するとそんな中、前方から隼と同じようにスローダウンを起こしながら階段を下って来る一人の部員を発見する。
現れたのは一年生の部員。倒れている他の部員よりかはまだ意識はハッキリしているが、肩で息をしておりその動きはとても荒々しかった。
「ぜぇっ……、ぜぇっ……」
「おい、もう走るのをやめておけ……」
今にも倒れそうなその部員の進行を大きな肉体でがっちりと受け止める野口。
しかし、受け止められた部員は野口の胸板に腕をつくと自らの強い意志で野口から離れようとする。
驚いた事に、彼は体力の限界に到達しているにもかかわらず、未だに自分の意志で走ろうとしていたのだ。
苦しそうに息を荒げる部員、彼は野口の胸元で野口にしか聞こえないぐらいの小さい声で叫ぶ。
「止めないでくれぇ……、俺は後四周で終わりなんだぁ……」
「後四周だと!? その体では無理に決まっている!」
大声で叱りつけるように野口は部員に対しそう言うと、抵抗する部員の体を階段から落ちないようしっかりと引き留めた。
この山の頂上までは長い。単なる階段の上り下りであろうと、頂上につき往復するまでにはかなりの体力を消耗する。
普通の人間には一周するだけでもきつい所を、こんな体力の限界が来ている人物が四周も走ろうとするのは正気の沙汰ではない。
冷静な思考が出来ていない部員を前に、野口は必死に説得しようとする。
しかし、思考どころか意識すらほぼ残っていない部員には、野口の言葉は届かなかった。
「時間が無いんだ……、賞金は俺がもら……ううっ……!」
「お……、オイ、大丈夫か!」
「気絶してしまったようだな……、コイツも運ぶぞ!」
賞金、そう呟いた地点で彼は酸欠からかその場で意識を失ってしまう。
八剣と野口は気が動転していたのか、賞金という言葉について何も追及せず部員を下へと避難させていたが、隼と矢部はハッキリと聞いていた。
(賞金……。今、確かにそう言ってた……)
(……もしや、袰延クンにいい様に操られているのでやんすか?)
焦る気持ちが抑えきれず、部員を連れ下へと戻ってゆく野口と八剣をよそにハイペースで駆けだす隼と矢部。
もしやここにいる部員達は、既に袰延に何らかの方法によって洗脳されているのかもしれない。
もし、そんな事が出来るのであれば。もし袰延がそうして部員をいい様に操るのであれば。こんな命の危険にまで発展しかねない事を強要させる彼を、そのまま野放しにする事は出来ないだろう。
隼達は体力の事など忘れ無我夢中で頂上にまで駆け抜けた。
「ぜあっ……、ぜぁっ……」
「隼クン、大丈夫で……やんす?」
山の頂上へと辿り着いた隼と矢部。階段を一気に駆け上った為に先ほど出会った部員と同じように、隼の息が荒くなっていた。
階段を登り切った先で立ち止まり動けずに居た隼を心配する矢部。これから袰延と対峙するというのに気づけば味方は疲弊している隼しかいないのだ。
そして矢部が息を切らしている隼に対し不安な様子を隠し切れずにいる所、突如不敵な笑みを浮かべた男は姿を見せる。
「ふん……、先ほどから下が騒がしいと思っていたら、お前らが来ていたのか」
「ほ……袰延クン!? ……てか、なんで煙草吸ってるでやんす!?」
「そんなの俺の勝手だろう?」
現れたのは袰延だった。
他の部員が大階段で苦戦している中、悠々とした態度で煙草を蒸かしながら隼達の下へと近づいて来る。
そして度が過ぎた袰延の不良行為に戸惑いを隠せない矢部。未成年である以上、煙草を吸うという行為はあってはならない筈だ。
しかし、隼にとってはそんな事はどうでもよかった。息も絶え絶えな隼は苦しそうに表情を歪ませながらも袰延に聞く。
「し……下では……、他の部員が走ってた……、袰延君はどうして……、ここに居る……!」
隼は袰延が野球部の支配している事や不良行為を行っている事に対し、怒っている訳ではない。
ただ、他の野球部員が必死になって階段で練習しているにもかかわらず、目の前に居る男は悠然と煙草を蒸かしているのだ。
許せなかった。途切れ途切れの声にははっきりとした怒りの感情が混じり、苦しそうな表情を浮かべながらもその目だけは袰延の事を睨みつける。
しかし、それでも袰延は悠然とした態度で隼の問いに応じていた。
「おいおい、まるで俺が何もせずにここでのんびりしてたような言いぐさだな」
怒りに震えている隼の表情を察したのか、両手を胸の前で外側に広げてみせおどけたような表情を浮かべた袰延。
誤解されたまま一方的に恨まれるのは流石に嫌なのか、彼はその場で弁明する。
「俺は部員全員見ている中、まず一番最初にこの階段を20周回っているんだぜ?」
「えっ!? 20周もでやんすか!?」
「未だに他の部員は階段を上り下りしているだろうが、俺はもうそれを終えているんだ。誤解されては困る」
大したことではないと言わんばかりに余裕の表情でそう受け答えをする袰延。
しかし、隼や矢部にとってその解答は明らかに常軌を逸したものであり、考えるだけでも恐ろしいものだ。
苦労して登ってきたあの長い階段を20回、連続して上り下りし続けるなどとてもではないができる気がしない。
しかしこの袰延と言う男はあっさりとそれをやってのけているのだ。
力尽き階段の上で倒れ込んでいる部員達を他所に、彼は早々に練習を終え高見の見物をしていたのである。
「でも、袰延君にしかできない事を……、他の部員にやらせるなんて……、あまり感心できないよ……」
それでも納得のいかないような表情を浮かべている隼。
実際、並外れた身体能力を持っている隼でもこんな課題を出されてもクリアできる気がしない。
そんな事を強制されてしまっては、今後生きていけるかどうかも危ういものだ。
しかしそんな隼の主張を受け、袰延は不敵な笑みを浮かべながらこう述べる。
「誤解するなよ、俺は強制などしてない。寧ろ奴らの方からやりたいと言って来たんだぜ?」
「どうせ……、一番抜けに賞金出すとか言って……、釣ったんでしょ……!」
先ほど階段の途中で倒れた部員の残した言葉には、賞金という言葉が出てきていた。
その言葉の意味はこの男にあるのだと推測した隼は、袰延に対しその場でこう指摘する。
すると、袰延は人を小馬鹿にするような笑みを浮かべながら語り出す。
「クックック、その通りだ。ここに居る連中は基本脳筋ばかり、簡単に言い包める事ができる。それにここに来る奴らはポテンシャルは十分、こいつらを最強の戦士に育て上げれば、優勝なぞ簡単に取れるものだ」
「その為なら……、犠牲を伴わない……、とでも言うのか……!」
「俺たちの野球には慣れ合いなんかいらねぇ……。所詮野球は九人いればそれでいい。仲間の屍を踏み越え九つの枠に残る事が出来た奴が、最強の戦士になる事が出来るんだ」
その袰延の言葉を聞き入れた直後、ハッキリとした怒りの感情を前面に出し始めた隼。
袰延の唱える野球は隼の思い描いていた野球とはかけ離れていた。野球とは誰にでもチャンスがあり、皆平等で正々堂々と行うべきであるものだと隼は本気で思っていたのだ。
しかし、それは所詮綺麗事なのだと袰延は突っぱねるように言い張る。
「お前だって知っているだろう? 高校野球はたった一つの試合も落とせねえ勝っても負けても地獄のような日々が続くんだって事をな。……そんな野球で勝つために綺麗事なんていらねぇ。過酷な環境でも生き延びれる奴らだけが勝利を掴むことができるんだよ」
その言葉を聞き、隼はこの学校に入学する前、母親である邑子と高校野球について論議した時の事を思い出す。
以前、隼は邑子から高校野球の厳しさを説き伏せられた事があった。
――長く険しい鍛錬の時を仲間と乗り越えて、たった一度の敗北も許されぬ闘いに身を投じ頂点を目指す。
――それにはどれだけの価値があるものか、と。
しかし、それがこの袰延の言う男の言う、犠牲の上に立つ勝利の事を指しているのなら。隼はそれを認める訳にはいかなかった。
「私は……! 認めたくないっ……! 例えそれが高校野球の縮図なのだとしてもっ……!」
息切れを起こし、酸欠からか眩暈と頭痛に見舞われ。喉はカラカラ、汗はダラダラ。
しかしそんな状態にもかかわらず、隼の目はしっかりと袰延の事を睨みつけていた。
そんな隼の敵意むき出しの態度を受け、袰延の表情から笑顔が消える。
「どうやら……、お前は俺の意見に賛同してくれそうにも無いな……」
すると、今度は無表情のまま矢部の方を睨みつける袰延。
彼は威圧するようにゆっくりと矢部の方へと歩み寄ると、矢部の肩に手を掛け問いかけた。
「お前はどうする、矢部?」
「オ‥‥オ……、オイラでやんす……か?」
じりじりと詰め寄って来る袰延に対し、恐怖で竦み上がってしまう矢部。
詰め寄って来るのが絶世の美女であったならばと、これ程思う事は無いだろうという場面。
実際は超がつくほどの強面がこちらの反応を楽しむかのようにゆっくりと近づいてくるのだ。気が滅入ってしまうのも無理はない。
しかし、それでも矢部は男を見せようと努力した。
「オ……オイラも片倉クンと同じ意見でやんす! もっと仲良く野球がしたいでやんす!」
「そうか、なら消えろ」
その途端、袰延の体がその場で跳躍し宙で一回転。
鞭の様にしなりを上げながら、浴びせ蹴りの要領で袰延の右足が矢部の額を踵が打ち抜く。
「ぎにゃあああ!?」
激しく悲鳴をあげながら、打たれた箇所を抑え込むようにその場に伏せる矢部。
袰延はその場でふさぎ込む矢部を前に、冷酷な宣言を下す。
「俺に従わない奴は、文字通り“消えてもらう”。一番偉い俺に従えない奴はこのチームには要らん!」
そうして、袰延は矢部の図体を前に天高く足を上げ思いっきり振り下ろす。
渾身のかかと落とし、当たれば致命傷は避けられない一撃。痛みに悶えている矢部にはそれを避ける事はできないだろう。
しかしそんな時だった――。
「ぐっ!?」
突如、片足で支えられていた袰延の体が何かに押し倒され、その場から思い切り吹っ飛ばされる。
バランスを崩すものの、倒れる瞬間に受け身を取りすぐ様立ち上がる袰延。そしてふらつきながらも立ち上がる矢部。
彼らが見たものは、もう立つことも困難な様子で、とても苦しそうに顔を歪める隼の姿だった。
隼は残る力を振り絞り袰延を突き飛ばした。矢部の窮地を助ける為、余力を全て使い果たしたのだ。
最後に、隼は矢部に対し精一杯の声量を出しながらこう告げる。
「矢部君、逃げてっ……! ……早くっ!」
「オ……オイラ……! オイラ……!」
矢部は隼の言葉を聞き戸惑いつつも、悔しそうな表情を隠すように顔を俯け階段を駆け下りて行く。
袰延の暴力に矢部は屈してしまったのだ、為す術も無く一方的な暴力に矢部の心は砕け落ちてしまっていた。
そしてあろうことか、自分が助かろうと仲間を犠牲に今こうして逃げている。
自分よりももっと苦しかったであろう隼は体を張ってくれたというのに……。と、そう思いながら矢部はそんな自分に腹立たしさを感じていた。
(隼クン、すまないでやんす……! ……って、あれ?)
しかしその直後、階段を勢いよく下っていた矢部の頭上に突如黒い影が移り込んで来る。
何事かと思った矢部、その場で足を止め頭上を振り向く。
すると空からは袰延に打ちのめされたのか、ズタボロになった状態で意識を失った隼が、矢部の頭上に向かって落下してきたのだ。
「ぎぃぃええええ!?」
隼の衝突を避けきれず、そのままに吹き飛ばされる矢部。勢い止まらず長い大階段を永遠と転がり続けて行く。
しかし突如どこからか現れた巨体が二人の進行方向に立ちふさがると、勢いよく転がって来る二人を自慢の肉体で受け止める。
そして私服姿の男は二人の無事を確認すると、少し安堵の表情を浮かべながら呟く。
「ふぅ……、大事には至らなくてよかったぜ……」
「桐生クン……、ありがとうでやんす……」
「話は後だ、今は隼を病院に運ぶぞ!」
二人を助けたのは、先にこの練習場で張り込みをしていたジョザであった。
ジョザと矢部は気絶している隼を担ぎ、急いで大階段を下り始める。
こうして、この日。袰延率いる新野球部との接触は惨敗に終わってしまったのであった――。
――そして、それから数時間後の事。
「ん……、んん――」
意識が朦朧としている中、ふと隼は目を覚ます。
閉じていた瞳を開くと、窓から来るまぶしい光が部屋の中を真っ白く照らしていた。
見た事のある部屋、見たことのあるベット、そして以前も着た事のある衣服に身を包みながら横たっている。
デジャヴだろうか。以前も同じような光景を目の当たりにしていた事を思い出し、隼は即座に状況を理解した。
「そうか……、また病院送りにされたのか……」
隼はあの後、袰延に脇腹を思いっきり蹴飛ばされ、その衝撃で階段から落とされ意識を失った。
そして以前セレクションの際に病院送りにされた時の様に、今回もまた同じ病院に搬送されたのだろう。
念のため、隼は体を軽く動かしてみたが大した怪我はしていない様子。
精々蹴られた脇腹にうっすらと痣が出来たのと階段から落ちた際に出来た擦り傷ぐらい。
顔は多少腫れており、絆創膏がたくさん貼られているものの、これなら今日中にも練習に復帰できそうだ。
隼は時計を見る。時刻は午前十時、倒れてから約三時間半が経過した辺りだ。
(もう……、練習は始まっているな……)
今は野球部の本練習が始まっている頃だろう。これ以上袰延に好き勝手なことをさせることは出来ない。
隼はベットから身を起こし、ナースコールも押さずにそのまま部屋を出ようとする。
しかしその時、部屋のドアが大きな音を立てて開くと。隼の目の前には一人の女性の姿が飛び込んで来た。
良く見知った顔。久しいような、そうでもないような……。
心配そうに見つめているその女性が隼の胸元に抱き付いてくるのを、隼はただ受け止める事しか出来なかった。
「隼ちゃん……! 学校の子にイジメられたって聞いたよぉ……!」
「母さん……」
同じ病院、つまり邑子が入院している病院とも同じと言う事。
母親に恩返しする為に入学したにもかかわらず、かえって心配させてしまっている事に後ろめたさを感じていた隼。
春の暖かく淡い日差しが、真っ白な部屋と親子の絆と、溢れ出る涙を優しく照らしていた――。
「えっ!? 一週間入院!?」
「打撲は一週間、入院するのが規則ですから」
「なんで一週間も怪我で無駄にしなきゃならないんだー!?」
その後、医師の診断により大した怪我でもないのに打撲しているという理由から、なぜか一週間入院を余儀なくされた隼。
袰延との決着はまだまだ先の事になりそうであった――。
※パワプロ世界では打撲は1週間入院します、怪我率5%ぐらいの練習で1週間を無為にするのはよくある事。
と言うわけで5話目投稿でございますございます!
この一週間はとてもワクワクドキドキな一週間でございました!
初のランキング入りやらお気に入り数がすごい増加した事、それからたくさんいろいろありましたございます!
初心忘れずこれからもがんばっていきますございますので応援よろしくございますです・゚・(ノД`;)・゚・
野球の試合までは後五話程間が空きますございますが頑張って書きますのでよろしくございますです(`・ω・´)
感想・誤字などの報告がありましたらもしよろしければよろしくございますです・゚・(ノД`;)・゚・
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