実況パワフルプロ野球~あの空のムコウまで~   作:たむたむ11

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第二章 第12話「対男子野球部編②」

 一回が無得点で終了したその後しばらくの間、二人の投手は互いに譲らぬ驚異的なピッチングを見せつけてゆく。

 二回は双方、四番から始まる打線を前にし、袰延は三人をわずか八球で。夢花も三人を二者三振を含むわずか十一球で凡退させ失点ゼロに。

 三回も袰延は六球、夢花は再び十二球とハイペースに試合を進めて行き。僅か二十分で三イニングの守備を終える事となる。

 ここまで両チーム走者を一人も出さず、少ない球数で投げ合っており。袰延はコースへと正確に投げ分ける制球力で相手に凡打を打たせ、0奪三振ながらも、三回終了地点で二十一球の省エネピッチングを披露する。

 対する夢花も球威のある球を投じ、テンポのよい攻めの投球を見せており、三回終了地点で3奪三振。三十球とこちらも十分省エネピッチングで張り合っていた。

 どちらにも言える事であるが、味方の守備が固い為になかなか安打が出ず。しかも早打ち傾向がある打線の為、試合の進行が早く投手の肩が冷める事が無い。

 その為、こういう投手戦になると、試合終盤まで両投手の好投が続く事が多いのだが、そんな試合展開に待ったをかけるように、一人の男が四回表、袰延の前に立ちはだかる。

 

「さて……、次こそは、打たせてもらおうか……!」  

「フン」

 

 打席が一巡し一番打者から始まる四回表、女子野球部の攻撃。

 一番最初に姿を現したのは先頭打者である片倉隼。今度こそ打ち砕いてやると言わんばかりに、鋭いスイングでマウンドに立つ袰延を威嚇する。

 先ほどは内角を抉るシュートを打ち上げてしまった隼だが、今度はそうはさせまいと決意する彼は自分なりに考えながら、打席へと入っていく。

 

「さあ来い、袰延!」

「……ッ!」

 

 悠々と構えて見せる隼と、それを見て顔を顰ませる袰延。

 それは傍から見れば些細な事だった。しかし繊細な袰延からしてみると、隼が仕出かそうとしている事は、かなり重大な事の様にも思えてしまうのであった。

 

(野郎……、右打席に入りやがった……!)

 

 そう、隼は左打席から見た袰延の左腕サイドスローの軌道に不利を感じ、今度は右打席に立ったのだ。

 隼は別に左打席専門という訳では無く、状況に応じて打席を変えるスイッチヒッターだった。

 実際右の打席で構えていても、そのスイングの勢いは凄まじく左打席に居た時と殆ど変わらない。

 誰にも指導されず、好き勝手に練習が出来た彼ならではの特技であるが。隼はこの特技に袰延攻略の糸口を見出していたのであった。

 袰延も隼の狙いには気づいていた。だからこそ隼の取った行動には最大限の警戒をする。

 

(右打席の方が俺の左サイドの軌道が見やすいって事だろうな……、片倉の奴にそんな器用な事が出来るとは思わなかったが、けどそう簡単には打たせるつもりはねぇぜ……)

 

 左腕横手投げの利点と言うのは、左打者からしてみると球の出所が非常に見にくく、球の軌道が掴みにくい事が第一にあげられるだろう。

 それは右腕の横手投げに対し右打者にも当てはまるのだが、打者と言うのは当たり前だが、投手の投げる球を見てから打つものである。

 しかしリリースポイントが視野の死角、背中側となる横手投げは、打者からすると対角線上から投じられる球に比べタイミングが取りづらく、非常に打ちづらい。

 それ故、袰延は言うまでも無く左打者に対しては非常に強いのだ。

 左打者が多い溝浜疾風野球部。強豪チームと名高い選手との紅白戦で完璧に抑えられる程、袰延は左には滅法強い。

 一塁ベースまで近い事で、内野安打が発生しやすいという利点を持つ左打席。しかし袰延は持ち前の守備力で内野安打を防げる上、左腕サイドスローの利点もある。

 その上、変化球も対左打者にとっては厄介な球ばかり。

 身体から離れていく変化で、対角線投球の威力を引き立たせるスライダーやカーブ。おまけに先程、隼にも見せた内角を抉るシュートもあり、多彩な配球で左打者の目を欺く術はいくつも持っているのだろう。

 しかし、右打席から袰延と対峙するとどうだろうか。

 左打席からは逃げる軌道を持つスライダーやカーブも、右打席から見ると内角に向かって来るため見極めが容易になる。シュートも軌道が見やすい為、速球との区別も容易になる事だろう。

 それでも袰延はコースに投げ分ける事が出来るので、右打者を相手取っても十分な投球を行えるのは確かである。

 けれど左打者を相手にするのと比べると、投球時の恩恵は少なくなってしまうのは、違いないだろう。

 右打席で投球をじっと待つ隼を見据えながら、袰延は考える。

 どうすれば打席に立つ勇者、片倉隼の心を折る投球が出来るのかを。

 やがて袰延は一つの結論を出した。

 

(緩急で打ち気を逸らしつつ、内野フライか三振を狙う……。それしかねぇだろ……!)

 

 袰延は隼がどの様なバッティングを狙っているかを考えながら、打ち取る為の配球を組み立てる。

 状況は四回の表、打者二巡目に突入し現在はノーアウト、ランナー無しの場面。

 未だ塁に出ていない両チーム。当然、先頭打者としての役割は塁に出る事が優先される。従って長打の線は薄い。

 甘いコースならばさぞかし飛ぶであろう隼の力強いスイング。しかし確実に塁に出るのが目的ならば、バットに当たらないかもしれないフルスイングよりも、コンパクトなスイングで当てに来るだろう。

 その際、注意すべき事は左打席に比べて一塁まで遠い右打席に立っていたとしても、規格外の脚力を持つ隼ならば、ゴロを打たせれば一塁に到達してしまうかもしれないという事だ。

 以上の事から、ゴロではなく内野フライを打ち上げさせるか、三振を取る事を前提とした配球が無難だと判断する袰延。

 そして投じる一投目。彼は隼に対し、内角への速球で素早くカウントを取りに行く。

 

「……っ!」

 

 一打席目は初球を見送っていた隼であるが、二巡目になると積極的に袰延の球を捉えようと初球からバットを振るって行く。

 しかし、隼が振るうバットは白球を捉えて引っ張って打ったものの、フェアゾーンには飛ばずそのまま左方向に切れてしまう。

 

(無駄だ……! いくら引っ張っても、角度のついた球がインコースギリギリに決まればそうそうフェアゾーンには落ちねェ!)

 

 初球ファールでファーストストライクを取り、傲慢な表情を浮かべる袰延。

 左投手と右打者の位置関係上、内角球と言うのは球の軌道が見やすくなるため、普通なら敬遠されがちのコースである。

 しかしそれは内角球を綺麗に引っ張れる技術を持った打者に対しての事であり、袰延は隼がそこまでの技術をもっているとは思っていなかった。

 左対右の戦いでは、内角球を投じる対角線投球は球の軌道に角度がつく。

 右打席から見る左腕が投じる内角球は、右腕が投じる内角球よりも強く、胸元を抉る感覚に苛まれるのだ。

 隼はその内角球をバットを短く持って思いっきり振り抜いてみるが、結果は力負け。袰延の遅い直球に圧され、フェアゾーンには飛ばせずファールグラウンドにへと飛ばす事しか出来なかった。

 先ほどの打席で、隼は袰延の外に逃げる軌道を目にしている分、その内角球の効果は絶大である。

 打席で悪戦苦闘している隼とは対照的に、ファーストストライクを取った事で心に余裕が生まれていた袰延。

 彼はちぐはぐな隼を目の当たりにし、不敵な笑みを零して見せた。

 

(片倉隼、テメェは経験不足すぎるぜ……!)

 

 そして袰延は勝利を確信する。

 

(いくらコンパクトに振ろうが、打席を変えようが、根本的に相手の球の打ち方を考えられねぇテメェに、俺は負けねぇ!)

 

 袰延はその後、チェンジアップを低めのコースへと投じて行く。先に投じた速球と同じフォームから、キレのあるブレーキングボール。

 流石に隼も緩急のついた球には慣れていなかったのか、緩い球に全くタイミングが合わず空振り。ストライクカウントを増やしてしまう。

 またしてもたった二球でツーストライクに追い込まれてしまったが、それでも隼の心は折れる気配がない。

 ギラギラした目つきで袰延を見据え、打席で構える隼を見て。それが気に喰わなかった袰延は、すぐに勝負を決めに掛かろうと球を投じる。

 

(終わりだ――!)

 

 全てを終わらせるつもりで袰延が投じたのは内角のストレート。

 先に投じた球が緩いチェンジアップである為、目が慣れていない隼にとっては、そのストレートは夢花の剛速球以上に速く感じてしまう事だろう。

 しかし、袰延の予想以上に隼はしぶとかった。

 隼は緩急をものともせず、また再び内角球を思いっきり引っ張り、一球目と同じコースに飛ぶ大飛球を打つ。

 続いて四球目、今度は外角低め。緩めのカーブだがこれは少しコースから外れ見逃してカウントはツーストライク、ワンボール。

 更に五球目は再び外角に速球。これもまた直前に緩めの球を投げていた為に球速差はあったものの、今度は体から遠い筈の外角球を隼が無理やり引っ張り、大飛球のファールを打つ。

 

(クソ……、簡単には終わらせちゃくれねぇか……!)

 

 打ち方を知らないなりに、喰らいつく気持ちは人一倍大きい隼に、今度は袰延が苦戦し出す。

 次に選んだ球はこの打席の二球目に投じ、空振りを誘発させた低めのチェンジアップ。

 袰延にとってはそこまで決め球になるほどの変化はないものの、一度タイミングを外し隼から空振りを取った自信が彼の中にはある。

 次で決めたい、その気持ちがここまで完璧に投球していた袰延の集中力を、少しだけ掻き乱してしまう。

 そして六球目を投じてゆく最中。袰延は白球を左手でリリースした直後に、球が若干甘いコースに向かっていくのを察し、顔を引きつらせた。

 

(くっ! 少し浮く……!)

 

 勝利を確信したのにも関わらず、予想以上に粘られ苦戦してしまった事で集中力が途切れたのか。袰延のチェンジアップはコースのど真ん中へと向かってゆく。

 チェンジアップのように落ちる変化球と言うのは、低めに投じれば投じる分だけキレが増し、変化も大きくなる。

 それは低めに投じようとすればするだけ、腕を振りきった所でリリースをする為であり、その結果投じた球に勢いがつき、変化も生まれやすいのだ。

 その為、落ちる変化球と言うのは低めに投じるのがベターだ。

 しかしその変化球がもし、高めに浮いてしまうとすれば。それはただの棒球に等しい、絶好球となってしまうだろう。

 

「――ど真ん中!?」

 

 予想外の絶好球に戸惑いながらも、隼は振り抜く。

 袰延が見せた、隙の一球を。

 

 

 

(打たれ……、いや、これは……)

 

 袰延は打たれるのを覚悟していた。しかしまだ野球の神様は袰延を見捨てては居なかった。

 コースこそ最悪だったものの、隼は袰延のチェンジアップに惑わされ完全にタイミングを外していた。

 鈍詰まりの当たりを見せ一塁へと駆け出す隼。打ったボールは力無く、三塁方向へと転がって行く。

 処理に時間をかければ内野安打になってしまうだろうこの場面、袰延は急いでボールを追いかけてゆく。

 その瞬間、何故か袰延の脳裏には昔の記憶が蘇って来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――"やっぱ球が遅い投手はダメだな、すぐバットに当てられちゃってさぁ"。

 それは遠い昔、彼が耳にした誰かの声。忘れようとしていた古い記憶が袰延に襲い掛かる。

 袰延は隼の打ち損じを必死に追いかけながら、古い記憶に抗ってみせた。

 

(うるせぇ……! バットに当てられようが、きちんと守れば問題はねぇだろ……!)

 

 

 

 ――"アイツが投げると野手が守備に集中しなくちゃいけなくなって調子狂うんだよね"。

 それは遠い昔、彼が耳にした誰かの声。忘れようとしていた古い記憶が袰延に襲い掛かる。

 袰延は白球にグラブを伸ばしてしっかりと掴みながら、古い記憶に抗ってみせた。

 

(うるせぇ……! それはお前らが打てない言い訳じゃねぇか……!)

 

 

 

 ――"アイツは投げるべきじゃないよな、アイツは一人で野球してるんだもんな"。

 それは遠い昔、彼が耳にした誰かの声。忘れようとしていた古い記憶が袰延に襲い掛かる。

 袰延は投球姿勢に入り一塁方向へと身体を向けながら、古い記憶に抗ってみせた。

 

(うるせぇ……! それはお前らが俺についてこないからじゃねぇか……!)

 

 

 

 

 度重なる忌々しい記憶に苛まれる中、袰延は一塁に白球を転送する前に走者の位置を確認する。

 隼は一塁線の半分付近にまで到達している、普通の打者ならもっと時間が掛かってもおかしくない所を、おかしな速度で走り抜けようとしていた。

 尋常じゃない脚力だ。足だけでここまでプレッシャーを与える人間はそう滅多にいないだろう。

 袰延はすぐさまミットを構える一塁手に白球を投じようとした。

  

(間に合え……!)

 

 しかしまたしても、袰延の脳裏に昔の記憶が蘇ってきた。

 

 

 

 ――"お前が打たれて負けたんだ、やっぱりエースはお前じゃない"。

 ――"お前が下手だから負けたんだ、やっぱりエースはお前じゃない"。

 ――"お前がミスしたから負けたんだ、やっぱりエースはお前じゃない"。

 

 その瞬間、古い記憶が、過去のトラウマが、袰延の感情を爆発させる。

 

「俺は負けられねえんだァ!!」

 

 無意識の内に叫んでいた袰延。全神経全筋肉を集中させ、一塁手のファーストミットを目掛け白球を送球する。

 その送球がミットに収まったのと、隼が一塁ベースを踏みつけたのはほぼ同時だった。

 しかし吠えた袰延の気迫が、何としてでも出塁を防ごうという気概が、僅かに隼の塁に出たいという気持ちを上回ったのか。一瞬判断に迷っていた塁審は、走者である隼に対し宣言する。

 

「アウト!」

 

 そのジャッジを聞き、大きく項垂れる女子野球部員一同。

 一方吠えた袰延は声にこそ出さなかったものの、その左手はグッと握りしめており、喜びを隠し切れずにいた。

 袰延の打球反応と守備の上手さが、隼の脚力をも凌駕した形となりワンアウト。

 その後、覚醒したかのように袰延は、バッサリと後続の打者を斬り伏せて行く。

 隼と同じ右打者である矢部は、緩急により空振り三振。

 左打者の町田も、内角へのシュートボールを初球で打ち損じさせ、スリーアウトチェンジ。

 隼にあと一歩のところまで追い込まれた袰延であったが、この回も無安打で切り抜けるパーフェクトピッチング。

 ターニングポイントを切り抜けた袰延は、覚醒した状態のまま、四回裏の攻撃へと備えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

(叫んでいたのは……、やはりそういう事か……)

 

 一方、対峙した隼も袰延の異変には気づいていた。

 勿論、隼は袰延の過去を知らない。袰延が何故勝ちにこだわるのか、負けたくないのかは分からない。

 けれど二度の対決を通じ、確かに分かった事があった。

 

(彼を突き動かしているのは、自分の存在を認めさせたいという明確な"意志"……。それも単なる自己愛ではなく、激しい憎悪に歪められ束縛されたどす黒い"意志"なんだ……!)

 

 この戦いは意志と意志のぶつかり合いだ。

 男子野球部は袰延と共に勝てるチームを目指すという意志を持ち、女子野球部は自身の立場を脅かす男子野球部に名門の威厳を見せたいという意志を主張している。

 隼も、母との約束を果たす為という意志を持っており、野口もジョザの仇を討ちたいからという意志を持って戦いに望んでいるのだ。

 そして袰延も何かしらの意志を持って、対決に望んでいる。 

 隼は母との約束を強く想いながら瞳を閉じて決意する。意志の強さで負ける訳にはいかないからだ。

 

(私は勝つ……! 母との約束を守り、頂点を目指すために、袰延君に、男子野球部に勝利して見せる……!)

 

 決意で満たされた隼は、母との約束や夢花達の想い、そして出会った仲間との絆を背負いながら四回裏の守備へとついていく。

 

 

 双方の意志がぶつかり合う四回の攻防戦。しかし、両チームには少しずつ焦りが生まれてきているのも確かだった。

 一向に点はおろか、安打すら出ない投手戦。場内は重苦しい空気に包まれている。

 この球場、そんな重苦しい雰囲気に呑まれていないのは三名。

 一人は袰延、先程の咆哮以後は覚醒したかのように目を開かせ、バットを見据えている。

 もう一人は隼、決意で満たされた心には、次こそ袰延の球を打とうという意志が宿っている。

 そしてもう一人はとにかく明るい少女、夢花。女子野球部の誰よりも純粋に、勝ちたいという気持ちで動く彼女は只管、前だけを向いている。

 果たして、重苦しい雰囲気をも跳ね除けてしまう三人の意志は、どのように試合を左右していくのだろうか。

 

「……」

 

 覚醒する袰延がバットを握りしめ、ベンチからマウンドを見据えている不穏な雰囲気の中、四回裏。男子野球部の攻撃は始まるのであった――。

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