実況パワフルプロ野球~あの空のムコウまで~ 作:たむたむ11
(――ここ、は……?)
気が付けば隼は暗い世界に閉じ込められたように、一人で何もせずそこに立ち尽くしていた。
意識がハッキリせず、先ほどまで一体何をしていたのかを思い出せない隼は辺りを見回す。
しかし見回しても何も見えない。狭く、暗く。自分の姿すら見えない空間の中にいる。
隼はやがて光を求め、ゆっくりと暗い道を歩き始めてゆく。
(……何か、声が聞こえるな)
しばらく歩いていると、どこからともなく声が聞こえてくるようになる。
どこかで聞いた事のある声と、よく知っている人物の声。
やがてその音のする方角に向かっていくにつれ、隼の視界が黒から白へとフェードして行く。
そして真っ白な空間にたどり着いた隼が見たもの。
それは、ベットに横たわる母親、邑子と小さな赤ちゃん。さらにそれを取り囲む二人の人影だった。
(か、母さん?)
隼は目の前で何が起こっているのかわからず、確かめる為に邑子らの方へと近寄って行く。
邑子は険しい表情を浮かべていた。彼女を取り囲んでいた中年の男女らと言い争っていたからだ。
中年の男女もまた、邑子と同じように険しい表情を浮かべたまま、邑子に向かって罵声を浴びせていた。
「何故中絶しなかった! あの男はお前のやさしさに付け込んだんだぞ!」
「高校も卒業しないであなたはその子を育てる気があるの!?」
しかし、邑子はハッキリとこう言い放つ。
「あの人の事を悪く言わないで! それに私は私の意志でこの子を産んだ、あの人には罪はない!」
隼はその言葉で何となく気づく。
邑子に抱きかかえられてる赤ん坊が、自分であるという事を。
そして、言い争っている人物こそ、邑子の実の父母であるという事を。
しかし、その場にいても隼には何も出来なかった。
赤ん坊の頃と同じように――。
「まあいいわ、もうあなたとは絶縁ですからね」
「うちの家に泥を塗った罪は一生消えんからな、邑子」
やがて話が頓挫し始めると、先ほどまで怒鳴っていた父母は諦めたような表情を浮かべて消えていく。
固まった表情のまま動かなくなった邑子と、不安そうな表情で邑子を見つめている赤ん坊だけがその場に残る。
そして場が静かになった途端、突如赤ん坊が泣き始めそれにつられるように邑子の瞳からも一筋の涙が溢れて行く。
(ああ、母さん……)
涙を流す母の姿を見たのは、これが最初であり最後であった。
邑子は隼の事も、そして見知らぬ隼の父親の事も愛していたのだろう。
しかし、その結果があの未来だと思うと、隼は暗い気持ちになる。
それと同時に、隼は怒りを覚え始めて行く。
(こんなに愛されているのに……、父親は一体どこでどうしているのだ……!)
隼は純粋な怒りを感じつつも気になった、自分の父親とは何者なのかという事を。
そして、何故自分は生まれたのかという事を――。
「ん……、んん――」
意識が朦朧としている中、ふと隼は目を覚ました。
半開きになっていた瞳をぱっちり開くと、今度はハッキリと視界に現実が広がっている。
見た事のない部屋で見たことないベットで、そして見た事のない衣服を着ながら横たっていた。
「なん……、だ……?」
体を起こし、部屋を見回す隼。
見回すと周囲には大量のベットとカーテンが置かれており、一目でここが病室であるというのがハッキリと解る。
まだ誰も部屋にはいないらしく、隼以外のベットは全てもぬけの殻。
外は既に暗くなり始めており、時計の針は六時をさしている。
「一体何故、……っ!」
何が起こったのかさっぱり思い出せず、立ち上がろうとした隼であったが突如左足に痛みが走った。
そして左足に巻きつけられた包帯を見た途端、隼は自分が何故この様な所に居るのか理解する。
「そうか……、駄目だったのだな……」
隼はセレクションの事を思い出し、大きく溜息をついて肩を落とす。
最も、走っている事などほとんど覚えていないので自分がどの様に走っていたかも知らない為、感想は何もない。
気絶する直前の絶望感と実感の無い失格と言う事実、そして痛みを残した左足だけが、隼には残っていたのである。
しかし、そのおかげで隼は少し救われた気分となった。
「まあ、この足さえ完治すれば野球は続けられるんだ。
落ち込んでいても仕方ない、次を考えなくてはな……」
自分に言い聞かせるように、独り言を呟く隼。
まだまだ未練はあるようだが、隼の心と表情はとても前向きだった。
「そういえば、凄くお腹が空いた……」
そして気持ちが晴れたと同時に、隼は未だかつて感じた事のない空腹感に襲われている事に気づき腹を抑える。
そこまでお腹が減るような時間が経過しているとは思えないが、とにかく隼は飢えていた。
辺りを見渡し食べ物を探し始める隼。
すると、すぐ脇のテーブルに大量の果物が置いてあるのを隼は発見した。
「わわっ、すごい果物……」
今までに見た事も無い程豪勢で大量の果物を目の当たりにし、隼は開いた口が塞がらない。
それはリンゴやバナナと言った比較的よく目にする果物から、隼が今まで口にした事もないマンゴーやメロンといった高級品。
さらには今まで見た事すらない果物まで、バスケット一杯に盛り合わせられていたのである。
「私の……、なのか……?」
飢餓に瀕している隼はもう一度周囲を調べ確認を取る。
しかし何度見てもバスケットは隼のテーブルに置かれており、隼に送られたものだという結論に行き着く。
だが隼はなかなか果物に手を付けられないでいた。
(しかし一体、誰が……、母さんがこんな高級品送ってくるとは思えないし……)
隼が気になったのは、この果物をここに置いた相手の事だ。
ただでさえ知り合いが少ない隼、こんな高級品を送ってくれるほど親しい仲にある人など母親ぐらいしか思い浮かばない。
あれこれ悩み始める隼であったが、そんな事お構いなしに空腹は襲ってくる。
そしてもう、それは我慢の限界だった――。
(もう……ダメだーっ!!)
我慢の限界を迎えた隼が果物に手を掛けた途端、突如病室のドアがガラガラと音を立てて開いて行く。
あまりの出来事につい硬直してしまう隼、悪い事などしてないのに思わず手に取った果物をとっさに隠してしまう。
「あっ、起きてるじゃない!」
「ホントだー! 隼君起きてるー!」
「おばさん、ゆーちゃん、静かにしないとまたナースさんに怒られちゃうよ……」
聞いたことのある声を聞き、隼は思わずハッとした表情を浮かべながら見つめ返した。
そのドアの開いた先に待ち構えていたのは、予想外の面々であった。
「母さん!? そして、溝浜疾風高校であった体育館裏の……な、なんでココに!?」
あまりの出来事に驚愕する隼。目の前にいたのは隼の母、邑子に体育館裏で隼と出会ったあの二人の少女達であったからだ。
すると三人はそれぞれ理由を語り始める。
「なんでって……、そりゃあ隼の事が心配だからでしょ~」
「そうだよっ! 私のせいで怪我させちゃったんだもんっ! 心配するよっ!」
「監督に聞いたらここに運ばれたって聞いたものだから、とりあえず元気そうでよかったね~」
「「ねー!」」
眼鏡の少女が言うと邑子とリボンの少女が同時に発言を合わす。
邑子と少女らは年は半分程離れているが、それでもかなり仲がよさそうだ。
しかしとても仲睦まじそうに話している三人の姿を目の当たりにし、元々混乱していた隼は更に頭が重くなる。
聞きたいことは山ほどあったものの、まずは隼は一番優先して聞かねばいけない事を聞き出すことにした。
「ねぇ、……母さん具合はどうなの? 病院戻らなくていいの?」
その質問をぶつけた途端、邑子は一瞬隼の表情を不思議そうに眺める。
しかし、その質問の意図を理解したのか。突如大声を出しながら笑い出す邑子は隼に対しこう言い放つ。
「ハハハ……隼ちゃん! ここ私が入院してる病院と同じだよ~ハハハ」
「えええ!?」
今いる病院が母と同じ病院であるという事に驚きを隠せない隼。
病室は違っていたという事はあったものの、母の見舞いに何度も訪れていた病院に運ばれていたという奇遇に、ただただ驚くばかりだった。
兎も角、一番気になっていた事が解明された事で隼は少しだけ落ち着きを取り戻したようである。
「まあ、何はともあれ母さんがここにいる理由は分かった……、で」
隼の視線が他の二人に向けられる。
「貴女達は一体……、それに何故こちらの病院まで?」
隼が次に気になったのは、邑子と共に現れた溝浜疾風で出会った女性二人の事。
セレクションを受ける直前、隼は彼女らを助けた後接触を取っていなかった筈だ。
しかしそれも本人の口から説明があった。
「あの晩、監督に教えてもらったの、傷だらけの金髪のおん……じゃなくて、男の子はいなかったかって!」
「そしたらセレクション受けて気絶して運ばれたって言ってたから、今日ここに来たんだよ」
隼はそれを聞き、またしても疑問が浮かび上がる。
「あの晩……?、今日?」
すると、また邑子は察したのか隼の肩をポンと叩きながら説明する。
「そっか、起きたばかりだから気づいてないのね。
隼ちゃん、あれからもう丸一日経過してたのよ?」
「えええ!?」
再び驚かされた隼の表情を見て、思わず三人とも吹きだしてしまう。
隼はまだ数時間程度しか経ってないと思っていたので、予想以上に眠っていた事に驚かされた。
「どおりでお腹が空いてるわけだ……」
空腹具合が非常に激しかった理由も解明され、また安堵した所に大きな腹の音が響き渡る。
少し恥ずかしそうな表情を浮かべていた隼だが、三人はそんな隼の事をからかうことなく接し始めた。
「せっかくだから、私の持ってきた果物食べなよっ!」
リボンの少女がそう言いながらリンゴを手に取ると、どこからともなく果物ナイフを手に取り皮をむき始める。
どうやら、果物は隼が助けたリボンの少女が持ってきたものらしい。
リンゴの皮を向く手つきは素早く、一瞬で赤い皮が螺旋状を描いて実から離れて行く。
その手さばきにを目の当たりにし、隼は惚れ惚れとしていた。
「すごい手捌き……、この果物も貴女が持ってきてくれたの?」
「うんっ、私の実家が青果店だからねっ!」
嬉々とした表情でそう頷くリボンの少女。
彼女はきれいに向けたリンゴを隼に向けると、満面のドヤ顔を浮かべながら挨拶をする。
「私は
「ああ……、僕の名前は片倉隼、よろしく」
隼がリンゴを受け取りながら、夢花の事を眺めていると横からもう一人の少女が割り込んで来た。
「あ、私は
そう言いながら涼子は夢花の後頭部を掴みながら、隼に対し頭を下げる。
「最初はゆーちゃんと一緒に君のお見舞い行こうって事になったんだけど、さっき病室で君が寝てた時に君のお母さんと出会ってね。
君の事聞かせてもらったよ、申し訳ない事をしちゃったみたいだね……」
「いでで……、涼子ちゃん分かってるからっ!自分で頭下げるからっ!」
夢花は涼子の手を振りほどくと、隼に対し自力で頭を下げる。
「本当にごめんっ! その怪我がなければ君は合格出来ていた筈だったのにっ!」
「いや……、怪我が無くても受からなかったかもしれないし……」
隼は夢花たちを責めるつもりは微塵も無かった。
怪我をしたのはあくまでも自分のミスという気持ちが強く、夢花たちはまったく関係ない。
それ以上に、自分が体力をつけてなかった事の方が今回の試験では大きく影響していたのではないかと考えていた。
これには邑子も同じような事を考えていたようで、頭を下げる夢花に対しこう諭す。
「確かに短距離走においての怪我はかなり痛手だし、本来発揮できるはずのパフォーマンスを維持することは難しくなる。
けれど学生野球ではそんな事を言い訳してはいけない。勝負では一度負けてしまえばそこで終わるもの。
例え怪我を負ったとしても、勝ち残れない限りはそこまで……だからね」
「……珍しく厳しいこというね、母さん」
隣で聞いていた隼が、珍しく厳しい事を言う母に少し不満気な表情を浮かべる。
一方、邑子はそんな隼を見て小さく息をつく。
「本当の事だよ、リーグ戦とは違って学生野球は負けたらそこで終わり。
たとえ自分がどんなに打っても負けたら敗者、逆に打てなくても勝てば勝者。
隼ちゃんはまだそれを知らない、たとえ実力を持っていてもそれを学べなくちゃ先には進めない……。
誰よりも強くなるとは、そういう事よ……」
「べ、勉強になりますっ……」
病人とはとても思えない程の迫力に、思わず夢花も涼子も萎縮しながらそれを聞いていた。
すると邑子は息子である隼よりも反応の良い少女達に向かって、今度は語り掛ける。
「女子野球は……、たしかリーグ戦とトーナメント戦があったね。
私は野球部のマネージャー程度の知識しかないけれど、男子に比べれば伸び伸び戦う事が出来る筈よ」
「は、はい!」
「がんばりなさいね、夢花ちゃんに涼子ちゃん。応援しているわ」
邑子が珍しく語っている姿を目の当たりにし、内心驚きながら黙って頷く隼。
あまり母の昔話を聞いた事が無い隼だが、邑子が高校時代に野球部のマネージャーを務めていた事は聞いていた。
なんでもその当時の神奈川では、ある一大選手が高校野球全体を制覇する偉業を達成したと言われているらしく、邑子はその選手と同じ高校であったそうな。
しかし、それ以上邑子の過去はあまり聞かされていない。
今日のように野球の事で邑子にあれこれ言われた事などない隼は、初めて真剣に野球を語っている活き活きとしたその姿に改めて思う。
(やっぱり、母さんは野球好きなんだな……)
隼がそんな事を思っていると、その脇で突如夢花達が時計を見て声を荒げ始める。
「ああっ、もうこんな時間だ!」
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
どうやら面会時間終了時刻が近づいて来たらしく、二人は身支度を済ませると隼と邑子に対して挨拶を済ます。
「隼君、怪我が治ったらまた会ってお礼させてねっ!」
「邑子さんも元気でね」
「今日は楽しかったわ~、二人ともまた会いに来てくれると嬉しいわ~」
「「はい!」」
「またね、野咲さんと長瀬さん」
夢花達が病室から出て行くのを、親子は微笑みながら見守っていた。
彼らの手元に残っている、夢花が残した果物。その香りが部屋一面に広がり二人の脳を刺激する。
再び腹から音が鳴り響くと、察した邑子が優しく隼に声をかけた。
「果物、食べようか」
「……うん」
隼が頷くと、邑子は嬉々とした表情を浮かべながら果物を手に取ってゆく。
その表情に先ほどの厳しさはなく、いつもの優しい母親に戻っていた。
いつも自分の事を第一に思っていてくれた――、優しい母に。
「母さん……」
「なぁに、隼ちゃん?」
隼は邑子の優しい笑みに、改めて自分の想いを誓う。
「野球、頑張るね」
「……うん」
空は闇夜に飲まれ、次第に辺りが暗くなって行く一方。二人の心には決して消えない灯りがともったのであった――。
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