実況パワフルプロ野球~あの空のムコウまで~   作:たむたむ11

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第一章 第7話「勇者」

 セレクションが終わってから一週間が過ぎたその日、隼はお世話になった病院を退院し自宅へと戻っていた。

 季節は秋真っ只中、次第に青々と茂る銀杏の葉も黄色くなり始めて行く10月の半ば。

 つい先日まで猛暑だの残暑だのと騒いでいたのが嘘のように涼しく快適で、球児たちにとってもつかの間の休息が取れる……。そんな季節。

 

「ふぅ、家では暖房も冷房も使えないから春と秋が一番良いなぁ……」

 

 自宅内では鏡に向かいシャドウピッチングを行いながら、しみじみと秋の夜長の涼しさを堪能している隼。

 球児達にとっては休息の秋とはいえど、隼にとっては活動しやすくなる運動の秋。一日とて無駄にする事は出来ない。

 しばしずっと鏡に向かって練習を続けていた隼、するとそんな彼に一本の電話が掛かってくる。

 時刻はもう夜十時を回っており、もう普通なら電話など掛かってこないような時間帯に突如鳴り響く電子音。

 隼は少し困惑しながらも、電話の方へと向かってゆく。

 

「誰だろ……って、あれ?」

 

 駆け寄った隼は電話に記された送信元の名前を見て、思わず間の抜けた声を上げてしまう。

 そこには書かれていたのは野咲夢花の名前、彼女の携帯から自宅に電話が来たようだ。

 実は夢花らとは退院する前に連絡先を交換していた為、自宅の電話には夢花と涼子の電話番号が登録されていたのであった。

 

「退院したら連絡を寄こすとは言っていたが……、何故この時間に?」

 

 隼は不思議に思いつつも受話器を取り応対する。

 

「もしもし、片倉ですが……」

 

 丁寧な口調で名乗りだす隼。

 相手の事はよく知っているつもりだが、人付き合いをあまりしてこなかったせいかその表情は硬かった。

 一応夜である以上、大声で話す事が出来ない為か若干声のトーンも低め。

 隼は内心、あの元気な夢花であるならば、この状況でもそんな事関係なしに大声でハキハキと返答してくると思いながら電話相手の受け答えを待っていた。

 しかし、電話の向こうから聞こえてきたのは、隼の予想とはかけ離れた人物の声である。

 

「おう、片倉隼だな。退院したんだってな……」

「え、……えっ?」

 

 隼の耳に聞こえてきたのはどう聞いても女性の声ではなく、耳の奥にも響く低音の男の声だった。

 てっきり夢花の天真爛漫な声が聞こえてくると思っていただけに、隼も若干驚きを隠せず受話器を持ったまま固まってしまう。

 発信元は確かに夢花の携帯であった筈。しかも、その相手は隼がつい先日まで怪我で入院していた事を知っているというのだ。

 何が何やら分からない状況を前に硬直し、動かなくなっていた隼。しかしここ数日でいろいろありすぎて慣れてしまったのか、思考までは止まる事が無くなっていた。

 そして全てを踏まえた上で声の人物が誰かを推測すると、隼は一つの答えにたどり着く。

 

「もしかして……、溝浜疾風の八剣監督でしょうか?」

「おう、よくわかったな。野咲の携帯を借りて連絡を取らせてもらったんだ」

 

 隼の予想した通り、電話の主は溝浜疾風高校野球部の監督、八剣凌生であった。

 女子野球部の監督でもある彼ならば、夢花や涼子を伝って隼の事を聞く事もできるし連絡手段も取る事が出来る。

 そして話し方の癖や声などを当てはめると、一番しっくり来るのは八剣である可能性が高いと隼は踏んだのであった。

 

「夜遅くにすまないな、指導が忙しかったり野咲が携帯を探すのに時間かかったみたいでな……」

「そ、そうなんですか……」

 

 電話越しの八剣は溜息交じりにそう呟くと、思いっきり頭を掻き毟りながら苦い顔を浮かべた。

 一方、予想が的中していた隼の方は。何故今更八剣から連絡があったのかと、再び疑問が生じ再び思考に走り始め動かなくなる。

 しかし、その疑問を解消するような手掛かりは見つからないまま八剣は一方的にこう言い放ち電話を切った。

 

「悪いが俺も時間がない、突然だが明日もう一度溝浜疾風に来てくれ。時間は午後ならいつでもいいぜ、それじゃ!」

「ええっ……、ってちょっと!?」

 

 切れてしまった電話に対し、夜中にもかかわらず大声をあげてしまった隼は咄嗟に口を塞ぐ。

 幸い隣人からの壁ドン等はなかったものの、あまりに唐突で自己中心的な八剣の命令には割と本気で怒っている様子。

 ムッとしながら電話を見つめる隼。口の中にたまった息を一気に掃き出しながら受話器を戻すと、その場でこみ上げてくる怒りを抑え込みながら呟いた。

 

「これで大した用事じゃなかったら……、その時は……、その時は……!」

 

 呟きながら使い古された金属バットを思いっきり握りしめた隼。

 しかしそれ以上はいけない事だと察したのか、隼はすぐにバットを手放すと怒りに我を忘れそうになった事を反省しながらシャドウピッチングへと戻って行った――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日、日曜日。せっかくの休日にもかかわらず、隼は約束通り溝浜疾風高校を訪れた。

 時刻はちょうど正午を過ぎたあたりで、指定された時間内で最も早い時間に訪れた事になる。

 さっさと済ませたいと思っているのか、隼は未だ少しムッとした表情を浮かべながらそそくさと正門を抜けていく。

 

「八剣監督は……、どこにいるのかな?」

 

 隼は溝浜疾風高校の校舎内に入り、事務室窓口にて八剣の居場所を聞いてみる。

 すると案の定、現在は女子野球部の練習場に入り浸っていると職員に聞いた隼は前回セレクションを行った会場にへと移動。

 先日のセレクションに使われたグラウンドでは女子野球部の練習が行われているのが確認でき、その中には指導者としての八剣が居て部員を見つめている。

 そして八剣の目線の先で練習している部員の中には、見舞いに来てくれたあの夢花と涼子の姿があった。

 どちらともまだ隼には気づいていないらしく、真剣な眼差しで練習に集中しているようだ。

 

「夢花、もっと低めに速球を集めろ!」

「はいっ!」

「ゆーちゃん、逆玉が多くなってきてるよ!」

「ごめんっ!」

 

 八剣と涼子が交互に夢花に対して厳しい意見を言いつつも、根性でそれを修正しようとする夢花。

 どうやら三人は投球練習を行っているらしく、凄まじいペースで投げ込みを続けていた。

 それを遠目から見ていた隼、夢花の放つ渾身の速球を目の当たりにし思わず唸ってしまう。

 

(流石に一年生エースと自称するだけあって、女の子とは思えないかなりいい速球だ……)

 

 上手投げのフォームから放たれる夢花の速球は、小柄で華奢な少女のものとは思えない程速く、そして力強い。

 遠目から見た感想ではあるが、それは隼がテレビの画面越しに見ていた学生野球のそれと同格、またはそれ以上の物を感じさせる。

 多少制球にはばらつきがある様に見受けられるものの、いつもは画面越しにしか見れない上等な速球を目の当たりにし、隼は心が擽られる気分となっていた。

 

(早く私も野球がしたいものだな……)

 

 沸き上がる衝動を抑えながら、しばらく投球練習を続ける彼女達を見続けていた隼。

 すると、隼に気づいた他の女子部員達が来たらしく。ずっと夢花たちの様子を見ていた隼に対し、その女子部員の一人が声を掛けて来た。

 

「ねぇ君、監督に用があるの?」

「あ、はい。何か用事があるから来いって言われたので……」  

 

 隼は声を掛けられた事に動揺しながらもそう答えると、女子部員達は何やらひそひそと内緒話をしながら腰を屈ませる。

 一体何かと隼は気にしていると、しばらくして女子部員の一人が隼に聞く。

 

「もしかして……、そこにいる夢花を飛び込んで助けたっていう“勇者”って君の事かな?」

「勇者?」

 

 女性の言う“勇者”という初めての名称に対し、隼は首を傾げる。

 すると他の女子部員達がそれを補足するかのように次々と語り始めて行く。

 

「うんうん、かなり有名だよ」

「なんでも、頭から落ちそうになってた所を飛び込んでキャッチして助けたんだって」

「しかも衝突の際に夢花を庇って怪我しても尚、怒るどころか安否を心配してくれたらしいじゃない」

「もう勇者の域だよねー」

「そうね、勇者だね」

「勇者!勇者!」

 

 “勇者”という単語を連発する女子部員達に若干顔を引きつらせていた隼。

 彼女たちの言っている事は事実であり、隼も無謀な事を平気でやっていたという心当たりがある。

 しかし“勇者”と呼ばれる程大それた事をした実感は無い。

 兎に角、ここで名乗ってしまうと騒ぎが大きくなってしまいそうな気がした隼は適当にごまかし始めた。

 

「……そ、それよりも貴女達も練習しないとですよね。僕も今から監督の所に向かいますので――」

 

 隼が目を泳がせながら話していると、遠方からとても元気の良い声が届く。

 

「あぁーっ! 隼くんだーっ!」

「うっ……」

 

 どうやら、人だかりが出来た事で練習していた夢花達も隼の存在に気づいたらしい。

 隼に気づいた夢花達は練習を中断し、三人とも隼の元へと駆け寄ってきた。

 隼の元へと現れた夢花。するとそんな夢花に隼を取り巻く他の女子部員達が隼を指差して確認を取る。

 

「ねえ夢花、“勇者”ってこの子の事?」

「うん、そうだよー」

 

 毅然とした態度で答えた夢花と、表情が固くなっていく隼。

 案の定、周りの反応はすさまじかった。

 

「やっぱり!? すごーい!」

「君が“勇者”かー!」

「なんか女の子みたーい!」

 

 女子部員に囲まれたと思えば腕を掴まれ、肩を掴まれ、身動きの取れなくなってしまった隼。

 普段、学校では女性はおろか男性ともあまりしゃべる事がない為に、積極的に話しかけてくる女子部員達の態度にただただ慌てふためいていた。

 

(わわ……どうしよう、動けないっ……)

 

 しかしそこに大きな咳払いの音が響き渡る。

 

「お前達、その辺にしてやってくれ」

 

 隼を取り囲む女子部員を制したのは八剣、この野球部の監督で隼をここに呼び出した張本人だ。

 八剣は女子部員達を押しのけて一人の男が隼の下に歩み寄る。

 

「悪かったな、これから一週間ほど男子野球部の遠征に行くから今日以外空いてなくてな」

「いえ……、ところで今日は何を……?」

 

 先ほどまで喧騒に巻き込まれていた隼であったが、何事もなかったかのように八剣に対し用件を聞く。

 すると八剣は見覚えのあるストップウォッチを手に取りながら、隼の肩を軽く叩いた。

 

「再測定だよ、100mの」

「さ……、再測定?」

 

 状況がいまいちつかめていない隼が首を傾げていると、八剣は頷きながら答える。 

 

「そうだ、セレクションはまだ終わっちゃいねぇ」

 

 一瞬だけチラリと白い歯を輝かせながら、不敵な笑みを浮かべて見せた八剣。

 しかし、隼から視線を反らし今度は夢花と涼子に視線を合わすと、その表情は一変して強張ったものとなる。

 そして八剣が夢花と涼子を睨みつけると、二人は蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった。

 

「聞いたぜ、あいつらを庇って足を怪我したって。

 あいつらはしょっちゅうトラブルを起こすからな、……全く」

「……」

 

 その言葉を耳にし、後ろめたい気持ちを感じた隼。

 元はと言えば、隼が勝手に構内を見回り、夢花達にボールの在処を教えた事がきっかけだったからだ。

 もし大人しくしていれば三人が巡りあわなかった、もし教えなければボールが一つ紛失した程度で事件は済んだかも知れない。

 何よりも、良くしてくれた夢花達が目の前で怒られるのを見ているのは――とても辛かった。

 今にも怒号が飛び出てきそうな八剣から目を背くように俯く隼。

 しかし、八剣は小さく息をつくと再び隼に対し視線を戻す。そして無表情のまま隼を見つめる。

 

「……ありがとうな」

「え?」

 

 呟くような声の感謝の声を受け、鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべた隼。

 すると今度は八剣が遥か年下の隼に対し頭を下げながら言う。

 

「あんたの事は野咲と長瀬から聞かせてもらった。セレクション合格しないといけない理由がきちんとあった。

 それなのにあんたは野咲の為に足を犠牲にして、救ってくれた。

 野咲を含め、ここにいる全員は欠かす事が出来ない大事な仲間。……ありがとうな」

「と、とんでもない!」

 

 先ほどまで休日に急に呼び出してきて若干恨みをもっていた隼であったが、その態度で八剣への評価が変わる。

 他人への思いやりがないと思っていた男が、他人のためにはるか年下の隼に頭を下げている。その状況が隼に八剣とはどんな男かを再確認させた。

 

(この人……、やっぱいい人だな……)

「……ま、そんな訳だ。怪我させちまったのはこっちの責任だし、あんたがまだ試験を受ける気があるなら挑戦してもいいぜ」

 

 男らしい不敵な笑みを浮かべながら隼を見つめていた八剣。

 しかしそう言い放った直後、改めて隼の体をまじまじと見つめていると顎に手を当てながら小さな声で呟く。

 

「まあ俺としては怪我させたから再試験ってだけじゃなくて、単純にあんたに興味があるんだがな……」

「……え?」

 

 その言葉を耳にした隼、見つめてくる八剣の視線にいやらしいものを感じ取り寒気が走る。

 

「……な、何見てるんですか!」

「落ち着けえ! べ、別に若い女の子に興味なんて持ってない!」

「ちょ……! 僕は男ですよ!?」

「ハッ!? そうだった! ……ってかそういう意味での興味じゃねぇよ!」

 

 その後、不穏な空気のままに再試験は始まったのであった。




次回、再試験編。ございます!
“空の勇者”に一歩近づいた隼君、今はまだ駆け出し勇者でございますな!(
測定測定と言ってますが、次回なぜか初野球対決描写がありますございます!
あんまり期待せず待っててくださいございます!

1章(高校入試編)はおそらくあと3回で終わりますございます!
2章からは野球要素とパワプロ要素が増えてくる予定ございます!
前回からお気に入り登録等してくださった方、感想を下さった方ありがとうございました!
また何か感想やらあるとこのたむたむ、がんばるございますのでよろしくございます!
ではでは!
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