極悪な奴ら/THE EVIL HERO   作:早乙女

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第10話「聖女とデート」

ドゥゥゥゥン

 

「離して! 離してよッ!」

 

黒いゲートを通り、教会へと戻った私とリリー。

 

しかし私に抱きかかえられたままのリリーは手足をばたつかせながら離れようとしている。

 

「アーシアが! アーシアが! サクラ、お願い離して!」

 

尚も喚き続けるリリーに苛立った私はアーシアをレッドカーペットの上に放った。

 

「望み通り離してやったぞ。これで満足か?」

 

「そんなわけないでしょ! アーシアを助けないと!」

 

どうやらコイツ、アーシアを助けに行きたいらしいな。でもそんなの却下だ。

 

私は差し置いて駆けて行こうとするリリーの金色の髪を掴み、前へと放り飛ばした。

 

「うっ・・・・きゃあ!」

 

「少し落ち着けよ。あっちにはウィルがいるんだ。アーシアの心配はいらない」

 

「でもぉ・・・でもぉ・・・」

 

「でも、じゃない。お前は仲間の1人も信じられないほど、心が浸食されているのか?」

 

私は泣きそうになっているリリーの元に歩み寄って、心臓部分に拳を寸止めする。

 

「オレたちは――を宿している者だ。感情なんかに左右されたり、油断をしていると人の心さえも失うぞ」

 

「・・・・・・分かった」

 

私の言葉にリリーは渋々とした顔をしつつも、どうやら心は落ち着かせたようだ。

 

そうだ。私たちは、心を捨てた者だ。高ぶってはいけない。

 

しばらくすると黒いゲートを現れ、そこからウィルと肩に抱えているアーシアが現れた。

 

指一本も動かさないことから、アーシアは未だに気を失っている模様。

 

「よっ、随分と待たせちまったな」

 

「遅いわよ! 全く!」

 

リリーが泣きそうな声でつぶやき、その彼女の上にウィルがアーシアを下ろす。

 

リリーがアーシアを思いっきり抱きしめる。アーシアは気絶したままだったけど。

 

「・・・どうだった?」

 

「ああ、お前らが退散した後に堕天使が複数たむろっていることが判明した。数は4体。しかもあのイカレ神父は、その堕天使の部下らしい」

 

「フリードが? アイツ、そんなキャラだったか? 自分の悦楽のためには仲間すら手を掛けるあのクズが?」

 

「俺も正直、わかんねぇな。アイツ、不本意で一緒につるむことになったときも俺にガンとばすような奴だったからな。不都合になると途端に逃げ出す臆病者だし、堕天使が不利になりゃ逃げんだろ」

 

「・・・・・・」

 

あの神父が堕天使とグルになっていることは分かった。当然、あのクズが忠誠を誓っているとは思えない。

 

動物に例えれば、餌を貰えば働くが、無理だと分かると林や森へと逃げ出すという、そんな感じの男だ。

 

「まあ、とにかく。アーシアはボディガードしたほうがいいかもな。堕天使の野郎共はこの子の神器に目を付けていたからな」

 

「・・・分かった」

 

「・・うぅ・・・・うん」

 

話が大体まとまった後、リリーに抱きしめられているアーシアが意識を取り戻す。

 

「あ、あれ、私は一体何を? 何で私はリリーさんに抱きしめられているんですか?」

 

「アーシア! もう、心配したんだから!」

 

「リ、リリーさん、く、苦しいです・・・」

 

そのままアーシアはリリーに抱き絞められ続けた。

 

・・・・というか・・・・。

 

「お前ら、いつの間にか抱きしめあうほどに仲良くなったのか?」

 

「えっ・・・い、いや、ち、違うの・・・これは違うの・・・」

 

「そ、そうですよ・・・私たちは別に何も・・・」

 

コイツら、仲良いって聞いただけで何でこんなにも挙動不審になっているんだ?

 

しかも2人して顔を赤くしているし、絶対に何かあったな。

 

「それに関しては俺も興味あるな~。ぜひ聞かせてほしいぜ」

 

「だから、何も無いって言ってるでしょ!」

 

おどけたような口調でウィルが話に介入してくる。リリーが苛立ったような口調で叫ぶ。

 

・・・嘘をつくな。ごまかしている分、余計に怪しい。

 

「・・・話せ」

 

「いや、だから――」

 

「話せ」

 

私の低い声にリリーが軽く詰まったような声を出す。そして観念したように溜息を吐くと語り出した。

 

「私、昨日の夜。思い出したのよ。教会でアーシアとルームメイトだったって」

 

アーシアとリリーは同じ教会出身でルームメイトだったという。しかし、とある出来事でアーシアが教会から追放。リリーはそのことを深く悲しんでいたという。そして何年も経つうちにリリーはそのことに関する記憶が吹き飛んでしまったという。

 

そして久々にルームメイトに会えたことを嬉しくて教会の裏に呼び出して、思いっきり抱き着いてしまったという。

 

・・・・・・・・。

 

「ふーん、まあ別にどうでもいいけどな」

 

「なっ!?」

 

「何か面白味の欠ける話だな~。1抜けた」

 

「ちょっと、2人とも!! 言わせておいてそれはないでしょ!?」

 

「あ、あははは・・・」

 

本当にどうでもいい。話すのにも恥ずかしくない、2人の惚気話に付き合ってられるか。

 

全く面白くもなんともない空間に、アーシアはただ卑屈な笑いしかできなかった。

 

その後、別任務から帰ってきたエレンにことの事情を報告した。

 

「そうですか。堕天使が4人・・・」

 

エレンは顔を顰めた。それも不機嫌そうに厄介なことが起こったかのように。

 

「おまけにイカレ神父のフリードもいたわよ」

 

「あの男ですか。下賤で下品な・・・あの臆病者。関わりたくもないですね」

 

「その臆病者がオレたちの獲物を横取りしやがったんだ。本来ならオレたちが狩るはずだったのに・・・ムシャクシャして何度も叩き飛ばしてやった」

 

「またあなたは・・・まあいいでしょう・・・あの害虫なら」

 

そうそう。受け流すのが一番だ。そうすれば、私の好きにできる。

 

「サクラは引き続き、アーシアと一緒にいてください」

 

「・・・分かった」

 

「分かりました・・・」

 

「ちょ、ちょっとエレン! アタシは!?」

 

リリーのヤツ、何で騒いでいるんだ?

 

「あなたは私と一緒に来てもらいます。ウィル、あなたもですよ」

 

「へいへい」

 

「でもアーシアが・・・」

 

「黙りなさい、リリー。サクラが簡単に敵にやられるわけないでしょう」

 

「でもぉでもぉ・・・」

 

いつものように駄々をこねてはいないが、やっぱり何か納得のいかないリリー。

 

・・・私はそんなに頼りないか? 心外だぞ。

 

「諦めろよ、リリー。いくらアーシアと一緒にいたいからって、わがまま言うもんじゃないぜ」

 

「そ、そうじゃないわよ! 同じ金髪同士で不甲斐ない部分を補おうかなーって思っただけよ」

 

・・・何だよ、それ。

 

「その理屈で言うと自分の過失を認めてるっていうことになるな」

 

・・・そういうものか?

 

「う、うっさいわね! 白髪のじじいは黙ってなさいよ!」

 

・・・素直じゃないよな、リリーも。

 

「白髪になるほど老けてもいねえよ。銀髪って言うんだ、銀髪。お前こそ、そんなピンク色の派手なドレスなんか着て。妖魔を狩るならもっと黒くて地味なものにしろっての」

 

・・・銀髪って白髪と似たようなものじゃないのか?

 

「アタシが何を着ようが、アタシの勝手でしょ!! 既定の制服すら着ようとしないくせに」

 

・・・いや、さすがにその恰好は妖魔を狩るスタイルにしてはどうかと思う。ボンネット着ろよ。

 

「それはお前も同じだろうが。人のこと言うな、金髪ビッチ」

 

・・・遂にウィルが腹を立ててしまったな。

 

「何よ、でくのぼう!!」

 

「わがままビッチ」

 

「ブラ男!!」

 

・・・もう完全にただの罵り合いになっているな。

 

「いい加減にしなさい!! 2人とも!!」

 

エレンが止めようとするのだが・・・。

 

「説教メガネは黙ってろ!!」

 

「なっ、せ、説教メガネ・・・?」

 

エレンの眉がヒクヒクと動く。これは・・・。

 

「頭の中に岩でも詰まってんじゃねぇの?」

 

「石頭・・・ですって・・・!」

 

・・・そこまでは言ってない。

 

と私が思うのと同時に、エレンの目が氷のように冷たくなった。

 

「あなたたち、少し躾が必要なようですね・・・!」

 

・・・というか、お前がここで自制しないとややこしくなるだろ。

 

「やれるもんなら、やってみなさいよ!」

 

・・・戦闘態勢になるなよ。こんな狭い場所で。

 

「俺は犬じゃなくて狼だからな。お前の調教なんかクソ食らえだぜ!」

 

・・・犬も狼も大して変わらないだろ。

 

「言ったな・・・2人とも・・・!」

 

ジャキッ ブゥィィィン

 

・・・何でここで3人とも武器を構える?

 

ゴゴゴゴゴゴゴ

 

・・・そして、何で互いに黒いオーラを垂れ流している?

 

ドンッ! ドカッ! ドンッ! ビカーッ! ドンッ! ドンッ! チュドォォン!!

 

・・・何だよ、この不毛な争いは・・・。

 

3人がなにやら自らの武器を構えて、三つ巴のバトルを始めてしまった。

 

・・・うるさい雑音を避けるには、家に帰るのに限る。

 

「アーシア、帰るぞ。今日はオレの家に泊まれ」

 

「ええ!? あれ、止めなくていいんですか!? きゃあ!!」

 

アーシアが困ったような顔をしながら惨状を指さすも、爆発音に悲鳴を上げる。

 

私なら止められるかもしれないが、私はもう疲れているんだ。面倒臭い。

 

「・・・いつものことだ。どうせ明日には元に戻ってるだろ。行くぞ」

 

「あ」

 

私はアーシアの手を引きながら、騒々しいBGMを聞きながら教会を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰路、私とアーシアは無言で歩いている。

 

「あのぅ・・・サクラさん」

 

「・・・ん?」

 

不意にアーシアが話しかけてきた。

 

「みなさん、いつもあのような感じなのですか? 何か空気がピリピリしてたみたいですけど・・・」

 

「・・・・・・そうだよ」

 

・・・決して間違ってはいない。どこにでもある、ただのくだらない喧嘩だ。

 

「・・・アイツらは騒がしい。すぐにどうでもいいことで喧嘩をするんだ。無駄なことをして・・・」

 

お菓子を出されれば残りの1つで奪い合いになり、物が盗難に遭えば仲間内で疑りあって争いが起こり、妖魔の戦闘中にも不謹慎な喧嘩がばかりしているし、機関の人間のくせにいろいろと問題点がありすぎなのだ。主に感情があるという部分に。

 

・・・全く、感情を捨てたというのに殺伐になりつつも愉快な状況を作り出すとは、あの3人も完全に捨て切れてはいないようだ。

 

マフィアやヤクザだったら殺し合いが起こりかねないであろう、酷く殺伐した空気になるだろう。

 

でも私たちにそんなものはない。それ以前に学生であって、子供なのだ。

 

世間では喧嘩するほど仲がいいとでも言うのだろうか。そんな言葉がよく似合うかもしれない。

 

でも、私は違う。私は感情では動かされない。感情で動かされるなんて、そんなの無駄なことだ。

 

「・・・でも」

 

「でも?」

 

「・・・その無駄も、オレは楽しいよ」

 

正直な気持ちを吐露する。嘘かと質問されれば嘘になるかもしれないけど、これは本当の気持ち。

 

「オレはアイツらを見てると楽しい。アイツらと一緒にいれば・・・」

 

もうこれ以上は何も言わなかった。今の自分を否定することになるから。

 

「着いたぞ」

 

「あ、うわぁ・・・お、大きい家ですね~」

 

やっぱり私の家は大きく見られるのか。アーシアが家を見て、感嘆している。

 

別段驚くこともないだろうに、人間というのは本当に面倒臭い。

 

「いいんでしょうか・・・私がここに泊まるなんて・・・」

 

「いいんだよ。オレがいいって言ってるんだ」

 

私は玄関の扉を開けて、家の中へと入る。

 

「で、では、お邪魔しますぅ・・・」

 

アーシアは少し緊張しているのか、そろりそろりと中に上がる。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

「ひゃう!?」

 

どこからともなく神出鬼没な執事―――秋山が現れ、アーシアがそれに驚く。

 

「・・・・・・」

 

私は秋山に無言でコクリと頷く。言葉がいらないから労費せずに済む。

 

そのぐらい、今日の私は疲れているのだ。・・・眠い。

 

「そちらのお嬢様は?」

 

「・・・客だよ。確か部屋がいくつか余ってたよな。一晩、そこに泊めてやれ」

 

「かしこまりました。それではお嬢さん」

 

「は、はい・・・」

 

秋山がアーシアを部屋に案内していく。彼に任せれば何の問題もないな。

 

とはいっても私の部屋も同じ方向にあるので、一緒に行くことになるのだが。

 

階段を使って2階へと上がり、部屋の複数ある場所へと来る。

 

「本当にいいんでしょうか・・・やっぱり厄介になるわけには・・・」

 

「くどいぞお前。もうここまで来たんだから、大人しく泊まっておけ。断るなんて主に申し訳ないだろ」

 

「・・・それもそうですね。今夜はよろしくお願いします!」

 

「・・・・・・」

 

私はアーシアの言葉にコクリと頷く。本当に無駄な労力がいらないな、これは。

 

主か・・・別に私は申し訳ないとは思わないけどな。主なんか崇めて何の意味があるんだ。

 

私は達筆で書かれた自分のネーム札のある部屋にたどり着く。ここが私の部屋だ。

 

「あの、サクラさん」

 

「・・・何?」

 

「・・・おやすみなさい」

 

「・・・・・・」

 

私はアーシアの言葉に本日何度目になるだろうという、頷きを見せた。

 

「心優しいサクラさんに神のご加護を」

 

・・・・・・・。

 

私は『神』という言葉に顰めつつ、自分の部屋に入る。

 

着ていた革ジャンをポールスタンドに放ると、ベッドの上に横になる。

 

・・・私は、何者でもない。孤高な、一人の女だ。

 

感情なんていらない。欲しいのは戦う力だ。

 

私はそう考えているうちに眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

「ふぁ~」

 

翌日、私の自宅。欠伸と眠気に頭を痛めながら、私はリビングへと行く。

 

するとその上のソファーに座っているアーシアがいた。

 

「サクラさん、おはようございます。ってもう昼でしたね」

 

私に気付いたアーシアが変わらない笑顔を見せてくれる。

 

・・・その可愛さは、よく分からん。

 

ぐぅぅぅぅぅ

 

「!!」

 

どこからか腹の鳴る音が聞こえる。ちなみに私ではない。私は小食だ。

 

アーシアをよく見ると頬を赤く染めていた。

 

・・・ああ、もしかして。

 

「・・・お腹空いたのか?」

 

「はぅぅぅ・・・あの、そのぉ・・・」

 

金髪シスターは恥ずかしそうに手をモジモジさせている。

 

私は黙ってキッチンへと行って、冷蔵庫を開けてみる。

 

・・・大した材料が入っていないな。

 

こんなときに限って秋山もいない。おそらく食料の買い出しだろう。さて、どうするか?

 

「・・・・・・」

 

教会に行っても昨日のあの状態じゃ、聞き入ってくれそうにないしな。

 

何よりもあちらが壊れた教会を直せとでも言ってきそうで、面倒なことになりそうだ。

 

・・・仕方ない。外に出るか。

 

私はアーシアのいるリビングに戻って声を掛ける。

 

「・・・おい」

 

「どうしました?」

 

「・・・行くぞ」

 

「えっ、ど、どこに行くんですか?」

 

私はアーシアの手を取って、家を出る。

 

秋山以外にも使用人はいるし、家にカギをかける必要もない。

 

今日は紺色の着物だが、まあ外出する分には問題ない。

 

本当は今日学校だけど、面倒臭い。白けるか。

 

外を出歩く私たち。相も変わらない無言の空間が続く。

 

その空間を紛らわすために周囲を見渡して食事の場所を探す。

 

しかし、どこを見ても住宅地。レストランどころか、店1つ見当たらない。

 

・・・あの喫茶店にでも行ってみようか。

 

いや、あそこはダメだ。あそこには知り合いがいる。うるさいヤツもいるし・・・。

 

どうもこうもいい場所が見つからないとなると、私は気付いたことがあった。

 

・・・私って案外、外食したことがないんだよな。

 

食事はいつも自分で作るか、秋山が作ってくれるし、学校にいっても購買部であげパンを貰っているので何も困ることはなかった。

 

だが今日は学校もいっていないし、寄りにもよって秋山もいない。食材もないし、まさに八方ふさがりなのだ。

 

「・・・サクラさん」

 

「・・・・・・・」

 

アーシアが話しかけてきたので、歩きながら目線をアーシアのほうへと向ける。

 

「・・・あのぅ」

 

「・・・お腹空いたんだろ?」

 

「う・・・は、はいぃ・・・」

 

「食材もないし、秋山もいないし、家に行っても何もないよ。だからさ、食べれるところを探そうぜ」

 

「で、でも、ここには何も・・・」

 

アーシアが心配そうな顔をして言う。不安がりすぎだっての。

 

「歩いていればそのうち見つかるだろ」

 

「そ、そういうものなんでしょうか・・・」

 

「・・・知るか」

 

「ええぇ・・・」

 

・・・正直言って、根拠などどこにもない。ただ考えるのが面倒なだけ。

 

世間ではナンクルナイさというのだろうか。そんなところだろ。

 

こうしてあてもなく歩き続けた結果・・・・・・

 

ぎゅるるるるるるるる

 

公園に差し掛かったところで、金髪シスターのお腹の音が更に大きくなっただけ。

 

食事の店が一つも見当たらなかったのだ。・・・くそ、田舎町め。

 

「はうぅぅぅ・・・・・・」

 

そしてとうとう力無く膝を付いて、目を渦巻にし始めたアーシア。

 

「・・・お腹空きましたぁ・・・もう歩けないですぅ・・・」

 

弱音を吐き始めるアーシア。私はどうも進歩しないこの展開に頭を搔き始めていた。

 

・・・参ったな。この辺は店も無いようだし、何せ私まで面倒臭くなってきた。

 

もうこのまま公園のベンチにでも、眠ってしまおうか・・・。

 

眠ってしまえば腹が空いたことなんか虚無。忘れることができるだろう。

 

なんて思ってベンチのほうに目線を向けたとき、そこに見知った人物が立っていた。

 

「・・・兵藤?」

 

私が声をかけるとその男は私のほうに視線を向けた。

 

「・・・サクラ? アーシア?」

 

「・・・イッセーさん?」

 

アーシアも兵藤もお互いに気付いて驚いていた。

 

・・・何だよ、この空気。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あうぅぅ・・・・」

 

今、1人の金髪シスターが頭を抱えている。

 

・・・何、この光景?

 

メニューを注文するだけなのに、何でこんなおかしな時空が発生しているんだ?

 

「あ、あのお客様。ご注文は・・・?」

 

同様に店員のほうも困惑の色を隠せない。顔がどう見ても苦笑しているものになっている。

 

私たちは偶然に出会った兵藤の紹介で、繁華街のハンバーガーショップとやらに来ている。

 

そこでアーシアが店員に対して注文をしようとしているのだが、どうやら言葉が通じていないらしい。

 

真っ先に兵藤に頼んでもらえばいいのに、このドンクサシスターは・・・

 

「大丈夫です。一人で何とかしてみせます!」

 

・・・など偉そうに胸を張って宣言した直後にこの有様だ。

 

その様子を見かねて兵藤がアーシアの間に入って店員に話しかける。

 

「すいません、俺と同じメニューで」

 

「かしこまりました」

 

兵藤の注文を受けて了承する店員。その様子を見てアーシアは軽くショックを受けていた。

 

私はそんな様子を目に留めず、隣のカウンターで注文をする。

 

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

 

店員が笑顔で私に話しかけてくる。私が思うに無理して笑っているようにも見える。

 

私はカウンターに置かれているメニューを見遣る。文字がいろいろと書かれている。

 

私はこの店に入るのは始めてだ。だからどれがいいのかは分からない。

 

「・・・おすすめは?」

 

「それならこちらのスペシャルバーガーはいかがでしょうか?」

 

そう言って私に見るからにチーズやハンバーグが挟んであるサンドウィッチのようなものを指さした。

 

さすがにこんなには食えない。私は店員の後ろのパネルを見る。こちらにもメニューが写っている。

 

私はここで一つのパネルに目が付く。それは白い螺旋状に巻いてあるアイスとその上に黒いチョコの欠片がかかっているメニューだ。

 

・・・あれは甘そうだな。よし、あれにしよう。

 

「・・・・・・あれ。それとチーズバーガーとやらを」

 

さすがにハンバーガーを頼まないのはここに来てどうかと思ったので、ついでに頼んだ。

 

チーズバーガーはチーズが挟んであるから、きっと甘いのだろう。

 

「かしこまりました」

 

店員は少し訝しげな感じだったものの、私の注文を受けてくれた。

 

・・・何か、おかしなこと言ったか?

 

そして私はハンバーガーと妙なアイスを受け取って、同じくハンバーガーのセットを持っている兵藤とアーシアと共に席のほうへと向かう。

 

「あうぅぅ・・・情けないです。ハンバーガー1つ買えないなんて・・・」

 

「日本語も話せないくせに、意地を張るからそういうことになるんだ」

 

「う・・・」

 

「ま、まあ、まず日本語には慣れていこうぜ」

 

落ち込んでいるアーシアを兵藤が宥める。私は更に言葉を続ける。

 

「お前って前から莫迦だと思ってたけど、人に頼むという選択肢もない莫迦だとは思ってなかったな」

 

「うぅぅぅ・・・」

 

「サクラ。そのぐらいにしてやれって」

 

「ふん」

 

アーシアが更に落ち込むのを見て兵藤が諌めようとするも、私は意にも返さない。

 

悪いことは何一つ言ってないし、事実じゃないか。

 

店内を移動中、私は顔を顰める。席に座っている男性の視線を感じたからだ。

 

シスターが来るのが珍しいというのもあるかもしれないが、何よりも私のほうに嫌らしい視線を向けているのが不愉快だ。

 

私たちは食べる席には着き、アーシアは私の隣に、兵藤は私とは向かい側の席へと座る。

 

しかし、私の不愉快だというざわめきは消えなかった。ここでも野郎共の視線が気になる。

 

「―――っ」

 

耐えるに耐えきれなくなった私は席から立ち上がって、腰に提げてある短剣に手を掛けて抜こうとする。

 

「ひっ!?」

 

視線を向けていた男の人が悲鳴を上げる。

 

「うわっ!? 何しようとしてんだよ!?」

 

「サ、サクラさん!?」

 

短剣を抜こうとする音が聞こえたのか、兵藤とアーシアがハンバーガーセットを席に置いて私の邪魔をし始める。

 

「離せ。 嫌らしい視線を殺す」

 

「確かにそれは気になるけど、ここでそういうことするのはマズイから!!」

 

「だったら排除すればいいじゃないか。我慢は体に良くないって精神科医も言ってるだろ」

 

「そんな医学知識は知りません!! とにかくやめろっての!!」

 

「落ち着いてください、サクラさん!!」

 

その後、短剣を抜こうとしたが兵藤とアーシアに拒まれ続けたのであった。

 

結局私のほうが先に心が折れたが、私が落ち着かないという理由で視線が気にならない端っこの席で食べることになった。

 

・・・ちっ、殺したかったのに。

 

周囲の客は私に恐れをなしたのか、こちらに視線を向けなくなった。

 

嫌らしい視線を感じなくなったのはいいが、何か腑に落ちない。

 

「・・・食べないのか?」

 

兵藤が私たちのほうに話しかけてくる。アーシアのほうを見るとハンバーガーを見つめたまま手を付けようともしない。

 

そう言えば、私もこういうものを食べたことはなかったな。

 

すると兵藤が苦笑しながら、自分のハンバーガーに手を付ける。

 

「こうするのですよ、姫君たち」

 

兵藤はハンバーガーの包み紙を少しずらすとそのまま食いついた。

 

姫君という言葉が気になるが、なるほど・・・そうやって食べるのか。意地汚い。

 

「そ、そんな食べ方があるなんて、すごいです!」

 

・・・そうか? 別段すごくもない気がするが・・・。

 

「ポテトもこうやって手掴みです」

 

「なんと!」

 

・・・汚い食べ方だな。しかもこの金髪は面白そうに見ているし。

 

「いやいや、アーシアとサクラも食べなよ」

 

「は、はい」

 

「・・・・・・」

 

アーシアがハンバーガーに小さくかぶりつく。

 

「お、おいしいです! ハンバーガーってこんなにおいしいんですね!」

 

目を輝かせながら言うアーシア。私もそんなアーシアを見た後に、自分が注文したチーズバーガーにかぶりついてみる。

 

・・・・・・おいしい。

 

口にこそは出さなかったが、ハンバーガーがおいしいものだということは分かった。

 

中に入っていたピクルスがしょっぱいのが気になったが、そんなことはどうでもよかった。

 

「アーシアとサクラは、ハンバーガー食べたことないの?」

 

「はい。テレビでは見かけたことはあるのですが、実際に食べたのは初めてです」

 

「・・・こんなところに来たことはないから食べたことは無い」

 

「じゃあ、2人は普段は何食べてるの?」

 

「パンとスープが主体です。あとお野菜やパスタの料理も食べますよ」

 

「・・・健康を気遣った和食がほとんど。こんなものは普段食べさせてもらえない」

 

秋山によれば、ジャンクフードというものは添加物という健康の悪いものが入ってるらしく、体を壊すものだからといって作ってもくれない。

 

ハンバーガーもその一つらしい。でも食べてみたら、意外にもおいしい。体を壊すとは到底思えない。

 

今思うと秋山のヤツ、心配性すぎるな・・・。逆に嫌になる。

 

なので秋山の料理が気に入らなければ自分で何か作ってそれを食べる、という習慣も身に着いたし、料理も好きになった。

 

何せ食材も動物も斬り応えがあるし、楽しい。妖魔を狩る以外の私の趣味になった。

 

「そうかそうか、今はよーく味わいなよ」

 

「はい。おいしくいただきます」

 

「・・・・・・」

 

パクパクと食べるアーシア。私も黙ってチーズバーガーを黙々と食べる。

 

その時の微笑む兵藤の顔を見て、軽く殺意が沸いた。

 

・・・こんな感じだったら、コイツも女にモテるのにな。

 

「アーシア、サクラ」

 

「は、はい」

 

「・・・ん?」

 

唐突に兵藤が私たちに話しかけてきた。

 

次の一言で私の今日の午後の暇が無くなることになった。

 

「今日は遊ぶぞ」

 

「え?」

 

「・・・は?」

 

「次はゲーセンだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「峠最強伝説イッセー!」

 

・・・何を言っているんだろうか、この変態は。

 

ブゥゥゥゥゥン

 

やかましいアクセルの音と共に兵藤が車を抜き去っていく。

 

「速い! 速いです! イッセーさん!」

 

アーシアがその様子を見て興奮している。それも可愛らしく。

 

別に兵藤が実際に車を運転しているわけではない。私たちはゲーセンという場所に来ているのだ。

 

今兵藤がレースゲームとやらをやっており、アーシアはそれを見物するだけ。

 

・・・馬鹿馬鹿しくて面白くもない。箱の中のレースなんか何が面白いんだ?

 

すっかり興味の失せた私はゲーセン内を徘徊する。

 

いろいろな機械があって、私にはもう訳が分からなかった。しかもうるさいし・・・。

 

つまらなそうに歩いていると1つの気になる機械を見つけた。

 

画面からは腐乱したような顔をした男たちがこちらに向かってきており、その下には銃が収められている。

 

・・・あの中のゾンビは倒せるのか? あの機械の銃で?

 

私は収めてある銃を一つ手に取るとそれを画面のゾンビに向けて撃ってみる。

 

しかし引き金を引いても弾が出る様子が無い。壊れているのか?

 

そう思って銃を放ると私は腰の短剣を抜くと、その画面に目掛けて突き刺そうとする。

 

「ちょっ、サクラ、ストップ!」

 

パシッ

 

兵藤の声が背後から響き、短剣を構えた手が止められる。背後にはアーシアもいた。

 

「何をしようとしてるんだよ、お前は・・・」

 

「何って、この中のゾンビを倒そうとしているんじゃないか」

 

私がそうつぶやくと兵藤は溜息を吐いて、呆れたように言った。

 

「この中のゾンビはコインを入れないと倒せないんだぜ」

 

「・・・何だよ、それ」

 

「・・・お前もしかして、やったことないのか?」

 

・・・・・・やったことないよ。悪かったな。

 

そもそもゲーセンなんて初めて来たし、何も分かんないよ。

 

「じゃあ、一緒にやろうぜ。コイン入れてやるからさ」

 

そう言うと兵藤は百円玉を二枚、機械へと挿入する。

 

「・・・オレは別に――」

 

「いいじゃねえかよ。画面のゾンビを倒して、スカッとしようぜ」

 

兵藤は機械に添えられていた銃を取る。私も不本意ながらも放っていた銃を拾って画面に向き直る。

 

画面から『GAME START』の文字が出てきて、家からゾンビたちが次々と現れる。

 

「ひう! あの人たち顔が腐ってます・・・」

 

アーシアが兵藤の背後に隠れながら画面を見る。

 

「大丈夫だよ、お姫様。このイッセーが君を守ってあげるぜ」

 

どこぞのヒーロー漫画のようなセリフを吐きながら、兵藤は銃を画面に構えて引き金を引く。するとロックオンされた画面の中のゾンビが撃たれて血を噴き、倒れていく。

 

・・・結構手馴れているな。兵藤はこの辺のゲームを熟知している模様。

 

私も負けてられないと兵藤のプレイを見て、画面に銃を構えてゾンビを撃っていく。

 

・・・これは、結構、快感になるかも・・・。

 

私は現れるゾンビを次々と撃っていくも、ある時に引き金を引いてもゾンビが倒れなくなってしまう。

 

・・・壊れたのか?

 

私はそう思い、銃を見遣る。コンコンと銃身を叩きつつもう一度、画面に向けて引き金を引くも、やはり出ない。

 

私が苛立っていると兵藤が私のほうを見て言った。

 

「ああ、これはこうやってリロードするんだよ」

 

兵藤は銃のグリップの部分を引いて見せる。私もそれを見て同じことをやってみて、画面を撃ってみるとゾンビが血を噴いて倒れた。

 

・・・これは結構、楽しい。

 

私は画面のゾンビが引き金を引いて、血を噴いて倒れなくなると先ほどと同じようにグリップを引いて画面を撃つ。

 

・・・楽しい、楽しい、楽しい!

 

先程から同じことの繰り返し。そして最後の部分でゾンビよりでかい化け物が現れた。

 

「出やがったな! サクラ、一緒に協力プレイだ!」

 

「・・・・・・フッ」

 

私と兵藤で銃を構え、引き金を引く。

 

銃弾が次々と敵に撃ちこまれ、画面の巨大な敵は跡形も残さず消滅した。

 

そして画面に『STAGE CLEAR』の文字が現れた。

 

「やったぜ! サク、ラ?」

 

「・・・クククク、ハハハハハ!」

 

「ひうぅぅ・・・サクラさんから邪なオーラを感じますぅ・・・」

 

「ま、まあ、楽しそうで何よりだな・・・ははは・・・」

 

私は楽しかったのだ。現実の敵とは感覚が違うが、とにかく楽しかった。

 

・・・もっともっともっともっともっと!!

 

私と兵藤はその後もプレイを続け、最終的にエンディングまで出すという快挙に至った。

 

続いて私たちが来たのは、大きな直方型の機械が並ぶブースのところ。

 

クレーンゲームというらしい。中には様々な大きさのぬいぐるみが無造作に置かれている。

 

ふとアーシアがその中の一つに張り付く。中にはネズミのようなぬいぐるみがたくさんあった。

 

「どうした?」

 

「はぅ! い、いえ・・・別になんでもないです」

 

「何か欲しいのか?」

 

兵藤が声をかけると何やらごまかすアーシア。

 

よく見ればこのネズミ。世界的に人気な『ラッチューくん』っていうんだっけ?

 

「アーシア、ラッチューくん好きなのか?」

 

「え! い、いえ、そ、その・・・」

 

アーシアは何やら顔を赤く染めて、俯きながら恥ずかしそうに言った。

 

「よし! 俺が取ってやるよ!」

 

「えっ! で、でも・・」

 

「いいから。俺が取るよ」

 

兵藤はクレーンゲームにコインを挿入して、クレーンを動かし始める。

 

一発目は取れそうだったが、寸前で落としてしまう。二発目は全く掴めず、三発目四発目と失敗し、五発目でようやく取れた。

 

「よっしゃ!」

 

思わずガッツポーズを決める兵藤。受け取り口から人形を取り出し、アーシアに手渡す。

 

アーシアは人形を手に取ると心底嬉しそうに抱きしめた。

 

「ありがとうございます、イッセーさん。この人形、大切にしますね!」

 

「いいって、人形ならいくらでも取ってあげるよ」

 

私はこの光景を見て、内心微笑ましく思っていた。

 

・・・懐かしいな。コイツとそっくりの莫迦と一緒に出掛けたときのことを思い出す。

 

『サクラ様、一緒にデートにいきましょう!』

 

『・・・デート?』

 

アイツは暇を持て余していた私をデートというものに誘ってくれて、買い物でブラブラしたり、どこかの展示会を見に行ったりしてたっけな。

 

そしてお祭りなどに建つ屋台を通りかかったときに気になるものを見つけ、私は興味深そうに見つめていると彼が取ってあげると言った。私はいらないと言ったのにアイツは勝手にゲームを始めて、何度か失敗してようやく手に入れ、私にくれたっけな。

 

・・・でも、アイツは・・・もう・・・。

 

「サクラ」

 

兵藤が不意に私に話しかけて、何かを私に差し出した。

 

それはアーシアが手に持っているのと同じ、ラッチューくんだった。

 

「これやるよ。お前も何か欲しそうにしてたからさ」

 

私は兵藤の行動に茫然としながらも、手に持っていた人形を受け取った。

 

「・・・嬉しくなかったか?」

 

私が人形を受け取っても無愛想な顔をしてみるのを見て聞いたのだろう。私は人形に顔を埋めながら言った。

 

「・・・嫌じゃない」

 

「そっか」

 

兵藤も私の言葉を聞いて安堵の表情を浮かべていた。

 

・・・このおせっかい。莫迦。

 

「よし! まだまだこれからだ! 今日は一日中遊ぶぞ! アーシア、サクラ! 俺について来い!」

 

「は、はい!」

 

「・・・ふん」

 

兵藤は私とアーシアの手を取ってゲーセンの奥へと入っていく。

 

・・・たまにはこういうのも、悪くないかもな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

「はぁー、遊びすぎたな」

 

「は、はい、少し疲れました・・・」

 

「・・・・・・」

 

兵藤とアーシアは苦笑しながら、私たちは3人で歩道を歩いている。私も疲れた・・・。

 

すでに時は夕暮れ。気が付けば、午後から夕方まで存分に遊んでいた。

 

警察に出会わなかったのが何よりも奇跡だろう。っていうか、この街は警備体制がなってなさすぎだろ。

 

「ととと。いたた」

 

突然兵藤が躓きそうになる。同時に痛みも伴っているようだ。

 

・・・まさか、昨日のケガがまだ・・・。

 

「・・・イッセーさん、怪我を? もしかして、先日の・・・」

 

ここでアーシアの表情が曇る。昨日の罪悪感があるのだろうか。

 

「ズボン、上げてもらえませんか?」

 

「あ、ああ」

 

兵藤が裾を上げてふくらはぎを見せる。狂人神父に撃たれた銃創のあとが残っている。

 

アーシアは体を屈めて、そこに手を当てる。淡くて優しい緑色の光が照らす。

 

「これでどうでしょうか?」

 

兵藤が軽く足を動かすと先程とは打って変わって、軽やかな足取りになっていた。

 

「おおぉ、すげぇよ、アーシア。違和感がない! 足も軽くなったぞ」

 

大袈裟にその辺を軽く小走りしてみせる兵藤。本当に大袈裟だ。

 

アーシアもその様子を見て微笑んでいた。

 

「すごいな、アーシアの治癒の力。これって神器(セイクリッド・ギア)だよね?」

 

「はい、そうです」

 

「実は俺も神器を持ってるんだ。大して役に立ってないけどね」

 

兵藤の告白にアーシアが目を丸くして見せる。

 

・・・役に立ってないのは事実だな。

 

「イッセーさんも持っているんですか? 全然気づきませんでした」

 

「ははは、俺なんかまだ効果が全然わからないからさ。それに比べてアーシアの力は凄いよ。これって人や動物、俺みたいな悪魔も癒せるんだね」

 

するとアーシアは複雑そうな感情を抱いた後に、顔を俯かせる。

 

そして彼女の目から少量、いや大粒の涙が流れて咽び泣き始めた。

 

その様子を見て私はアーシアを抱いて頭を撫でつつ、兵藤にジト目を向ける。

 

「・・・お前って本当に女心の分からないヤツだな」

 

「いや・・でも・・そんなんで泣くとは思わなくて・・・」

 

「そんなのとか言うな、この莫迦。とりあえず座れる場所を探そうか」

 

「・・・あ、ああ」

 

私たちは探した結果、街路樹に囲まれたベンチに3人で腰を下ろした。

 

ここでアーシアの口から自分自身の過去が語られる。

 

生まれてすぐに両親に捨てられた彼女は他のシスターと共に孤児院で育てられ、教会でもあったその場所に信仰深く育てられた。

 

そこで負傷した子犬のケガを自らの神器で癒したことから、彼女の人生が変わり始めた。

 

彼女は治癒の力を宿した奇跡の少女として噂され、人々から『聖女』と崇められ、訪れる人々の怪我を治して言った。

 

自分の意思には関係なかったが、特に不満もない。教会の人たちは優しくしてくれたし、怪我を治すのも嫌ではない。

 

でも自分を優しくしてはくれたものの、友達になってくれる人は誰1人いなかった。許せる人もいないし、支えてくれる人もいない。

 

だが、そんな彼女に話しかけてきたのは、私の幼馴染であるリリアンヌ・ダルクだった。

 

まるでそれを神が受け入れたかのように同じルームメイトになり、『悩みがあるならいつでも私のことを頼りなさい。私たちは友達でしょ?』と言ってくれたという。

 

ここで兵藤が話を止める。

 

「え、リリーちゃんとアーシアって知り合いだったのか?」

 

「はい。部屋ではいつでも一緒でした」

 

話がやや脱線したが、彼女の話は続く。

 

彼女は度々自分に話しかけてくれて、いつでも楽しくガールズトークをしたりしてくれた。いつでも彼女が心の支えだった。

 

しかし、そんな日は長くは続かなかった。

 

ある日、彼女はその放っておけない性格のために傷ついた悪魔を治癒してしまったのだ。

 

その光景を見ていた教会関係者の1人が司祭にそのことを報告すると、彼らは激怒。

 

やがて彼女は『魔女』と罵られるようになり、カトリックから捨てられてしまった。

 

はぐれとなった彼女は当てもなく何年も彷徨い、周囲から拒絶され酷い仕打ちを受け続けた挙句、『正者の教会(エデン)』に回収されたのであった。

 

そう言えばいつかのリリーも電話で言っていたな。アタシの友人がまたいなくなっちゃったと。

 

『どうしてよッ!? 何でアーシアが追い出されなきゃいけないのッ!?』

 

司祭に何度もアーシアのことを直談判したけど拒否され続け、意向に逆らうのならお前も異端者扱いすると言われたという。

 

それが原因で彼女は教会を嫌うようになってしまった。嘘吐きの神様なんていらない、って言って。こうして彼女も自分の意思で教会を出ていき、アーシアと同じ人間になった。

 

私はアーシアの話を聞いて心に教会への憎悪を募らせる。・・・全く、信者にはろくな奴らがいない。

 

使えなければすぐに追放し、意向と違ってもすぐ捨て去る。意地の悪いことだ。

 

「・・・私のお祈りが足りなかったんです。ほら、私、抜けてるところがありますから。ハンバーガーだって一つ買えないバカの子ですから」

 

―――違う。お祈りなんか、この際どうでもいいんだ。

 

―――違う。初めて来てれば、買えないのは当たり前だ。

 

「これも主の試練なんです。私はダメダメなシスターですから、こうやって修行を与えてくれているんです。今は我慢のときなんです」

 

―――違う。主の試練なんかクソ食らえだ。

 

―――違う。我慢なんかしたって、幸福なんて訪れない。

 

「リリーさんみたいなお友達もいつかは出来ると思っていますよ。私、夢があるんです。お友達ができたら、一緒に花を見て、本を買ったりして・・・おしゃべりをして・・・」

 

―――違う!! お前にはもう友達がいるじゃないか!!

 

そう言えない自分に苛立ちが募った。憎悪の感情と重なって、怒りが何倍にも膨れ上がった。

 

彼女は涙を溢れさせている。もう私の理性も限界だった・・・。

 

・・・不味いな。そろそろ感情がはち切れるかもしれない。

 

私はベンチを立ち上がって、自分でも驚くくらいの低い声でいった。

 

「・・・兵藤」

 

「な、何だよ?」

 

「・・・先に部室へ行く。お前はアーシアと一緒にいろ」

 

「ちょ、ちょっと待てよ!! アーシアはどうするんだよ!?」

 

兵藤が立ち上がって私を止めようとしたが、私は振り向いて一言だけ口にした。

 

「・・・絶対に最後まで手放すなよ」

 

「お、おい! サクラ!!」

 

何故、ここで否定しなかったのだろうか?

 

何故、ここであのことを言わなかったのだろうか?

 

何故、アイツの側を離れてしまったのだろうか?

 

何故、口が動かなかったのだろうか?

 

私は、二人っきりにしたことを・・・

 

感情で、目を逸らそうとしたことを・・・

 

無駄なプライドを持ったことを・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今思えばこのときの自分が、莫迦だと思った。

 

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