俺たちはアーシアを救出するために教会の祭壇の地下へと降りている。
アーシアの救出に木場と小猫ちゃんも協力してくれることになった。止められるだろうという予想に反した言葉だったが、同時に俺にとっては感謝したいほどの言葉だった。
部長がわざわざ駒の特性を教えてくれたということは同時にこの教会を敵陣地として認めたということで、部長は遠回しに行ってもいいと認めてくれていたのだと木場が言っていた。
部長の懐の大きさを実感し、心の底から感謝した。だから俺はアーシアを助けなくちゃならねぇ! そしてシキにも、俺が無能じゃないということを証明して見せるんだ!
すでに辺りが暗くなっていて、俺たちはその頃に行動を開始した。三人で教会の様子を伺うが、人の気配は無い。
だが、教会に近づけば近づくほど、体に悪寒が走っていく。これがアーシアと別れたときに感じたあれ、なのかな?
「これ、図面」
木場が路面に建物の見取り図らしきものを広げた。教会の見取り図、っていうか、そんなものがあったのか・・・。
「まあ、敵陣地に忍び込むためのセオリーだよね」
にこやかに笑う木場。細かくさりげないフォローをしてくれるのが助かるぜ。
「聖堂の他にもあるのは、宿舎。そして怪しいのは聖堂の地下の祭壇だろうね」
「宿舎は無視していいってことか?」
「おそらくね。この手の『はぐれ悪魔祓い』の組織は決まって聖堂に細工を施すんだ。聖堂の地下で怪しげな儀式を行うためにね」
「どうしてだよ?」
「いままで敬っていた聖なる場所を、神を否定することによって自己満足、神への冒涜に酔いしれるのさ。愛していたからこそ、憎悪を持って聖堂の地下で邪悪な呪いをするんだよ」
神父たちがイカれているということは、ソイツらを捨てた神にも問題があるのかもしれないな。
俺は今、神さまなんか嫌いだ。あんなに優しいアーシアを救ってすらくれなかったらから。
月明かりに照らされながら、俺たちは目を合わせて頷き合った後、入り口を潜り、一気に聖堂まで走りぬく。
この時点で堕天使の陣地へと侵入したということ。つまりは敵に感付かれているということだ。でも、後戻りはできない。先に進むだけだ!
聖堂の中は普通の教会の内装だったが、中にある十字架と彫刻の頭部が壊されていた。
パチパチパチ
突然、鳴り響く拍手。その音の発生源は柱の陰からだった。
「ご対面だねぇ。再会だねぇ! 感動的だねぇ!」
そいつの顔を見て胸糞が悪くなった。現れたのは確か、フリードといったか! 白髪の外道神父だ!
相も変わらず、邪悪でふざけた笑みを浮かべながら立っている。
「俺としては二度会う悪魔はいないと思ったんだけどねぇ。ほら、俺ってメチャクチャ強いから、悪魔を見かけたら一発でチョンパなんざんすよ! 一度会ったらその場で瞬殺! 死体にキスしてグッドバイ! そのぐらい凄いわけですよ! でも、サクラたんとコロネたんとテメェらが邪魔してくれちゃったおかげで、夢と消えたわけですよぉ! 俺のスタンスを邪魔しちゃいかんよねぇ~、人の生きる道を邪魔しちゃいけないよねぇ~! だからムカつくわけで、殺したいわけよ! つーか、死ねよ! 今ここでクソになっちまえよ! このクソ悪魔がよぉぉぉぉぉぉ!!」
喜怒哀楽をいっぺんに表現した後、神父は一気に激昂する。下品な口調も支離滅裂な言動も相変わらずだ。聞くに耐えない。
ブィィン
懐から拳銃と剣を出すと、剣の刀身から光が出現する。光の剣だ。あれで斬られるとヤバいんだろうな。拳銃の弾も前に食らったことがある分、怖い。
「んんんー? サクラたんとコロネたんは一緒じゃないのぉー?」
コロネたんはおそらくリリーちゃんのことだろう。金髪ツインテールがクルクルしているから、そう呼んでいるんだろうな。
リリーちゃんはわからないけど、サクラとは、もう・・・。
俺は内心、暗い感情を抱きつつも、外道神父に向かってこう豪語してやった。
「ヘッ、お前みたいな後先も考えないようなヤツ、サクラがいなくたって十分だぜ!」
「ヒューヒュー、いってくれるねぇ~このクソ悪魔。今その喉笛をザクザクに切り刻んて、減らない口を聞けなくなるようにしてやりたいねぇ! てめぇら、アーシアたんを助けに来たんだろ? ハハハハハ。あんなシスターちゃんを助けに来るなんて悪魔たんたちはなんて心が広いんでしょうねぇ~。悪魔に魅入られてる時点であのシスターは死んだほうがいいよねぇ!」
死ぬ? どういうことだよ!?
「アーシアはどこだ!?」
「んー、アーシアたんはこの地下の祭壇にございますよぉ。そこの階段から儀式が行われている祭壇に行くことができますぞ。ついでに言えば、俺っちの親愛なるシスター様もそこにいるでございますぞ。今頃、アーシアたんはギュウギュウにされているでしょうねぇ!」
親愛なるシスター? まさか他にも新手が・・・?
それにしても、コイツ差し向けた刺客の自覚があるのか? あっさりと隠し場所をバラすなんて。妙に余裕があるというか、吐いても俺たちを殺せば問題ないと思っているのかどうか。
「セイクリッド・ギア!」
俺の叫びに呼応して、左腕に赤い籠手が装着される。
待ってろよ。アーシア! すぐに助けに行くからな!
俺たちは外道神父へと、飛び出していった。
◆◆◆
うつぶせで倒れている1人の少女にスポットライトが当たる。それは金髪でシスター服を着ている少女―――アーシア・アルジェント。
「・・・ん・・・んぅ・・・」
ライトのまぶしい光に顔を顰め、ゆっくりと瞳を開くアーシア。
「あ、あれ?」
アーシアがゆっくりと体を起こして立ち上がる。
「ここは、どこでしょうか・・・?」
前を見ると複数の座席が並んで配置されており、所々に通路がある。それにここから見ると気のせいか、自分の立っている場所が座席の位置よりも少し高いようにも感じる。
背後を見ると白い垂れ幕が下がっていている以外何もない。上を見ると何か照明のようなものが見え、その内の1つが発光していて自分に当てられているようだ。
そう、ここは劇場なのだが、何せアーシアは劇場など見たことが無いので知るはずもない。
さっきまではレイナーレという堕天使に連れ攫われたはずなのに、見覚えの無い場所へといて、おまけに堕天使たちもいない。先程までの記憶がどこか飛んでしまったかのよう。
一人になったアーシアは周囲を見渡して誰もいないことに気づき、不安を隠せなかった。
「誰かー! 誰かいませんかー!」
アーシアが舞台の上で叫ぶ。自身の中に感じる不安を消すために。しかしその声に返事が返ってくることは無い。
「誰かいないんですかー! イッセーさーん! サクラさーん! リリーさーん!」
叫んでいるうちに不安を感じてくる。それでも自分に優しくしてくれた人物の名前を呼んでみる。でも声が返ってくることはない。
「エレンさーん! ウィルさーん!」
その後も叫んでみたが、やはり返事は返ってくることはなかった。
誰もいないと錯覚すると、その場に膝を付くアーシア。目から涙がポロポロと零れてくる。
「・・・ひっく・・・ぐす・・・こんなの嫌・・・怖いぃ・・・」
1人しかいない恐怖と不安で、アーシアが泣き始める。私は・・・また1人になってしまったんでしょうか・・・?
せっかくイッセーさんとサクラさんとお友達になれたのに・・・教会にいたときに自分を支えてくれた友人とも会えたのに・・・。もう会えないの・・・?
・・・そんなの嫌・・・会いたい・・・会いたいです・・・もっと一緒にいたい・・・もう1人になるのは嫌・・・!
「悲しむことはありませんよ」
「えっ?」
ふとアーシアの耳に聞きなれない女性の声が聞こえてくる。
涙を拭って振り返ってみるとそこには修道女の服を着ている女性が立っていた。
更に後ろには自分とほぼ同じ年齢であろう少年少女の姿もある。それに全員が教会の服を着ている。
「悲しむことなんかありません。あなたには私たちが付いているのですから」
女性は笑顔でアーシアに歩み寄ると抱きしめる。少年少女も自分を囲むように笑顔を向ける。
この光景にアーシアは、どこか暖かいものを感じた。
「追放されて悲しかったでしょう? 1人で寂しかったでしょう? でもそんな思いをすることはもうないのです。私たちがあなたを助けてあげます」
女性は抱きしめを解除するとアーシアの両肩に手を置いて言葉を紡ぐ。アーシアはその言葉を聞いて、顔を綻ばせて口を開く。
「・・・もう私は苦しまなくてもいいのですか?」
「ええ、そうです。あなたはもう何も苦しまなくてもいいのです。試練を受ける必要もありません」
女性の言葉を聞いて笑顔になるアーシア。周囲の少年少女も笑顔になっていた。
もう自分は許されてもいいのですね・・・。
しかしその笑顔と希望は、次の出来事によって打ち砕かれることになる。
「だから――――」
「えっ?」
突然女性の顔が伏せて、ふるふると震え始める。そして先程まで優しかった声が、蛙のように気持ち悪いほどに濁ってくる。その光景に目を見開くアーシア。
女性の体がボコボコと湧きだったその直後、顔が茶色く醜悪に変化した。
ドオォォン!
更に舞台の壊れた神殿のような背景幕が落下して、ステージを惨劇の舞台へと彩ろうとする。
「だからあなたはここで神の元へと召させてあげる・・・」
「・・・ああ・・・あぁ・・・」
アーシアは恐怖に後ずさりをし始める。よく見ると少年少女も茶色く変化して、ニタリと凶悪な笑みを浮かべていた。
そう。コイツらの正体は妖魔。アーシアの神器を奪うために、人間に、シスターと教会関係者に擬態していたのだ。
「なんで逃げるのですか? 神の元へといけるのですよ?」
「い、嫌・・・助けて・・・」
アーシアは体を震わせながら、妖魔から後ずさる。しかし、もはや逃げ場などたかが知れていた。
神の元にはいけても死ぬのは嫌だ。私だって、まだ、この世界でやり残したことがたくさん・・・。
「だから、安心して逝くといいわぁ!!」
女性の妖魔がが右手を刃に変化させてアーシアに振り下ろそうとし、少年少女に化けていた複数の妖魔が一斉に襲い掛かる。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
助けて・・・誰か・・・。
恐怖で自分を防衛するかの如く、頭を抱えるアーシア。舞台上に彼女の悲鳴が響き渡る、その刹那・・・。
ズダァンッ! ズダァンッ! ズダァンッズダァンッズダァンッ!!
ギャアァァァァァァァァァァァァッ!!
ドオォォォォォン!!
突然妖魔たちから鮮血が噴きだして後ろに吹き飛んで、低い断末魔のような叫びを上げたかと思えば花畑の背景幕が下りて姿が隠れた。
「えっ?」
アーシアは突然の出来事に訳が分からないでいると、スポットライトの音が聞こえて座席側のほうを見てみる。
「おいおい。このやけに品のない舞台劇は誰の脚本だ?」
コツコツと通路の階段を降りてくる人影。
それは紺色の着物に赤い革ジャンを羽織っている男とも女とも似つかない容姿。
「サクラさん!!」
「・・・フッ」
そう。風花桜。中年の男の案内でこの劇場へと足を踏み入れたのだ。
「あ、あのぅ、サクラさん、私・・・」
アーシアはサクラに申し訳ない気持ちでたどたどしい喋り方で何かを伝えようとしていたが、背景幕を見た桜の顔が真剣になった。
「・・・舞台劇の感動のフィナーレはまだみたいだな」
「えっ?」
アーシアが疑問の声を上げると同時に、背後の花畑の背景幕がグニャリと歪み、突き破って妖魔が現れた。
ギャアオォォォォォォ!!
「!!?」
驚いて振り返るアーシアに妖魔が襲い掛かる。それを突き破った同時に飛び出した桜が妖魔を蹴り飛ばす。
舞台上に着地したと同時に背中のリベリオンを右手に構えると、左手に持っていた銃で上に向けて発砲する。
「ここから先は心臓の悪い方、悲惨な光景に精神的嫌悪を抱くものは観覧をご遠慮くださいませ」
桜が余裕たっぷりにそう言い終わると白い中幕が落ちてきて桜と妖魔を隠し、さながらシルエットのような状態になった。
その刹那・・・
ギャアオォォ ズダァンッズダァンッ ギャアオォォ ザシュッ ザシュッ ギャアオォォ ズダァンッ
ズダァンッ ギャアオォォォ ズダァンッ ザシュッ ズダァンッ ギャアオォォォ ズダァンッ ズダァンッ
シルエットが縦横無尽に動き回り、妖魔の獣のような奇声と銃声と斬り刻む音が響く。
そのシルエットを呆然と見つめるアーシアの肩に小さな白い獣が乗っかる。
「アーシア、大丈夫?」
アーシアが明るい声の獣へと視線を向ける。
「モ、モココさん。え、ええ、大丈夫です。でも、サクラさんが・・・」
「大丈夫! サクラは強いから! あんなのに負けはしないよ♪」
モココが明るい声でそういうも、シルエットのほうに視線を戻したアーシアの顔はどこか不安そうだった。
そんなアーシアの背後に暗闇からぬうっと伸びてくる茶色い手。その手は肩に乗っているモココを掴むと後ろへと放り投げた。
「うわぁ~!」
悲鳴とは思えない声を上げるモココ。そして茶色い手が再び現れるとそれはアーシアの右肩へと置かれた。
「ひぃっ!?」
置かれた瞬間に目を開いて小さな悲鳴を上げるアーシア。更に左肩にも手が置かれるとその正体を露わにした。
「お嬢さん、アンタにゃ怨みは無いけど死んでもらいますよ。何しろ、アンタの神器には妖魔や悪魔、ファントムなどのあらゆる魔を癒す力があるというもんでねぇ~。ヒッヒヒヒヒヒ」
「・・・あ・・あぁ・・・」
恐怖でアーシアの声が震える。それには構わず下品な笑い声を上げる中年の男。
ズダァンッ!!
「!!?」
舞台上のほうから男に目掛けて、銃弾が発砲される。
男は首を横に倒して銃弾を避けるも、白い幕の方を見て表情は恐怖に引き攣っていた。
「・・・いぃぃぃ・・・ああ・・・ああぁぁぁ」
白い幕の方を見て、声を震わせる男。
「・・・失せろ」
銃で突き破った穴から、銃を構えて鋭い睨みと低い声色で桜がそう言う。そこには物凄いプレッシャーと殺気を感じる。
「・・・ひ、ひぃぃぃぃ・・・う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・!!」
男は桜に恐れを成すと後ろへと後ずさり、そしてそのまま走って逃げていった。
アーシアはただ呆然と見つめるだけ。
白い幕の下から妖魔の流したであろう血が流れ込み、それはアーシアの足元まで達した。血に映っているスポットライトがまるで満月のように光っていた。
「・・・大丈夫か?」
白い幕の端から魔剣を背中に背負い、銃を消滅させた桜が姿を現し、アーシアの元へと歩み寄る。
「・・・おい、アーシア」
呆然としていたアーシアが名前を呼ばれて我に返り、そのまま桜のほうに抱き着いてきた。
「うぅぅぅぅ・・・怖かったですぅぅぅぅぅぅ・・・」
「泣くなよ、全く。お前は本当に困った女だ」
口では毒を吐きつつも、しゃくり上げているアーシアの頭を優しく撫でてあげる桜。体はよく触ってみると恐怖でまだ震えていた。
「よしよし」
モココがさりげなくアーシアの肩に乗っかると、モココはアーシアの頬を撫でてあげる。
アーシアはしばらくそのままの姿でいた。その時に桜は小さな声で「悪かったよ」とぼそりと言っていた。
さながらその舞台上の姿は周囲から見れば、感動の再会というフィナーレにも見えなくはないほどの美しい様子だった。
アーシアがようやく落ち着くと、桜は持っていたハンカチでアーシアの涙を拭ってやる。
「すみません、サクラさん。こんなに泣いてしまって・・・」
「仕方ないよ~。誰だって怪物に襲われるのは怖いからね~」
「・・・さあ、行くぞ」
桜はアーシアの手を掴んで舞台を降り、劇場の鉄扉を右手に持った魔剣で×状に切り裂いてバラバラにすると外へと出る。
「さてと・・・」
そこで手を離すと魔剣を地面に突き刺し、アーシアの前でしゃがんで身をかがめる。
「ほら、乗れよ」
「えっ!?」
アーシアは桜の行動に驚いていた。だって突然こんなことをしてくるなんて思わなかったから・・・
「で、でも、それではサクラさんが・・・」
「問題ない。お前が首を絞めなければな。ほら、早く・・・」
「は、はい・・・」
両手を振る桜に急かされてアーシアが桜の背中に乗っかる。桜も背中に重みを感じると立ち上がる。これでアーシアは桜におんぶされる形になったわけだが。
そのアーシアの頭の上にモココが乗っかる。
「行こ、アーシア♪ イッセーたちの元へね」
アーシアはモココのその言葉に少し唖然したような顔をしていたが・・・
「はい!!」
すぐに笑顔になり、元気に返した。
「やっと元気になったね~」
「・・・・・・そうだな」
モココの笑顔の言葉に、無表情で返す桜。
「ちゃんと腕回して捕まってろよ」
走ろうとした桜だが、その前にアーシアが剣が置き去りになっていることに気付いて声を掛ける。
「あ、あの・・・あの剣は持っていかなくていいんですか?」
「別にいい。あれはあれで問題ない。行くぞ」
桜はそれだけ言っておくと一気に駆け出した。本当はゲートでも開きさえすれば時間がかからないのだが、桜は恐らく戻る道中に現れるだろう妖魔を狩りたいがために使わないのである。
「きゃっ!?」
「うわぁ~!」
アーシアは桜の首に手を回して落ちないようにする。モココもアーシアの頭の上で吹き飛ばされないように捕まっている。
こうして2人の珍道中(?)が始まった。
◆◆◆
俺たちは教会へ真正面から突入し、そこにいたアーシアに酷いことをしたあのイカレ神父をぶん殴ってやった後、地下の祭壇へと急いだ。
神父は逃げてしまったが、そんなことに構ってはいられない。一刻も早くアーシアを助けないと。
「たぶん、この道の奥・・・・・・!?」
小猫ちゃんが言葉の途中で顔を顰める。
「どうしたの、小猫ちゃん?」
「・・・堕天使の気配ではない、何やら物凄い量の血の臭いを感じます」
堕天使の気配じゃない・・・? でも小猫ちゃんが感じるってことは相当ヤバいヤツがいるってことだよな?
多分、この奥にアーシアがいる。血の臭いがするってことは・・・まさか・・・もしかして・・・アーシアは・・・・・・。
・・・違う! そんなことを考えるな! ここは希望を信じよう!
悪い予感がよぎる頭を叱咤して振り払う。変なことを考えちゃダメだ。
「・・・もしかしたら、この中には堕天使じゃない何かがいるのかもしれない。気を付けていこう。2人とも準備は大丈夫かい?」
俺と小猫ちゃんは木場の言葉に頷く。
「わかった。じゃあ、扉を開けるよ」
俺と木場で扉を開け放つ。そして俺は信じられない光景を目の当たりにする。
中には大量の死体があちらこちらに落ちており、一部は血を噴いた跡や血だまりを作っているものもあった。
「これは・・・」
木場が凄惨な光景に目を開きながらつぶやく。小猫ちゃんも顔を顰めながら、鼻を袖で覆っている。俺も正直、吐きそうになった。
死体はよく見ると顔や背中を無残に抉られているものや下半身・腕を引き千切られているものもあった。前者に至っては爪痕や噛み跡がそれを物語っている。
俺はこの人たちが誰なのかが、ローブを見て分かった。
――――この人たちは、悪魔祓いだ。
「ひでぇ。誰がこんな・・・」
悪魔祓いは俺たちの敵だけど、それでもこんなことをするなんて酷すぎる。
「恐らく妖魔の仕業だろうね。見れば分かるけど牙や爪の跡がある」
「妖魔がこの聖堂に来たっていうのか?」
「この跡はどう見ても人間や堕天使が付けられるものじゃない。はぐれ悪魔の姿もなかったし、妖魔がやったとしか考えられないだろうね」
木場の推測を聞いて、改めて妖魔の恐ろしさに身震いした。
「そんなことよりもアーシアさんを探そう」
俺と小猫ちゃんは木場の言葉に頷く。
・・・そうだ。彼らは可哀そうだと思うけど、今はアーシアのほうが最優先だ。
「フフフフフフフ」
そう思った俺たちの耳に響く笑い声。奥の十字架の裏から帽子を被った人影が現れる。
「よくここまで来ましたね。クソ悪魔の皆さん」
不敵に笑うその姿は、銀髪の美少女だった。しかも紺色の法衣を着ている。
あの姿はシスターか? いや、教会にいるのはおかしくないけど・・・何でこの女だけは無事なんだ?
もしかして、コイツがあの外道神父が言っていた『親愛なるシスター』か!?
「君がこの人たちをやったのかい・・・?」
「私は食い散らかすような下品な殺し方はしませんよ。妖魔がやったことを私に言いがかりをつけるなんて、失礼なコウモリだこと」
木場が問うとシスターは顔を不機嫌そうに顰めながら言った。
やっぱりこれは妖魔がやったのか!? やっぱり木場の推測は当たっていた!
「そんなことよりも、あなた方はこんな不相応な場所に何の用? 死ににきたの? それとも誰かをお探し?」
悪魔祓いの死体にも目に留めず、逆にシスターが問い返してくる。
よく考えてみれば、ここにアーシアがいないぞ!?
「おい、アーシアはどこだ!?」
「アーシア?・・・ああ、あの金髪ノミシスターですか。あの子ならここにはいませんよ」
・・・何だと? アーシアが、いない・・・?
「あの子はこの森の奥にある劇場にいますよ」
・・・劇場? この森の奥にそんな場所があるのか?
だったらそこに行けば――――――。
「でも、あなた方はそこには行けない。何故ならここで妖魔たちの空腹を満たしてもらうのですから」
シスターが指をパチンと鳴らすと俺たちの周囲に妖魔が現れた。
何だよこの数!? シキが戦ったときの数倍はいるぞ!?
木場は剣を構え、小猫ちゃんはファイティングポーズを取る。
こうなったら、俺もやるしかねぇか!!
「セイクリッド・ギア!」
俺の叫び声に呼応して、左腕に赤い籠手が装着される。
「そうか・・・キミが妖魔を・・・!」
「これはおまけですよ。時間稼ぎをするために、ベールさんが私にくれた特別の、ね。そこのドブ男共を食い殺したのも可愛い妖魔たちですよ。ねえ、綺麗でしょう?」
木場が顔を顰めるのに対して、腕を組みながらフフフと不敵に笑うシスター。
死体なんか綺麗な訳がないだろうが・・・!この女、頭がおかしいんじゃないのか!?
俺も彼女に言いたいことを言ってやる。
「アンタ・・・コイツらの仲間じゃないのかよ!? 同じ教会出身者だろ!?」
「仲間? 違いますよ。このドブ男共は堕天使の手先、カラスの存在がなくては生きていけない脆弱な駄犬。私はコイツらとは違うの。それに同じ職種だから仲間だって、どこの誰が言ったんですか? 勘違いも甚だしい・・・」
俺の言葉を否定するとシスターはどこからか人間の頭部を取り出して、妖魔へと放る。恐らくはぐれ悪魔祓いのだろう。
狼のような姿をしている妖魔がそれを口に銜えると噛み砕いた。口元から血が飛び、脳の肉片や目玉がごろんと床に転がる。そしてそれを他の妖魔が群がって貪る。
ヤバい・・・見ているだけで吐き気がしてくる・・・!
「妖魔にとって周囲はエサに過ぎないのです。もちろんそれは私たちでも、妖魔自身であってもそれは変わりは無い。共食いだってしますよ? 生きるためにはね。でも彼らはいくら獣でも、自分より強い者に服従する頭は持っている。ほら、あんな風に私が投げた肉塊を美味しそうに食べているんですよ? フフフ、可愛いでしょう?」
・・・彼女の言っていることが分からない。ただ一言、イカれているとしか言いようがない。
人間を殺して平然としていて、しかも喜びを感じているなんて、普通の頭じゃねぇよ!!
すると木場が前に出てシスターを睨みつけながら、剣を向ける。
「キミはどうやら厄介な存在のようだ。人間にとっても僕たち悪魔にとってもね。シスターをやっていたとは思えない。あの神父と同じキミも『はぐれ』なわけだろ?」
「そんじょそこらの野良犬なんかと一緒にしないでくれます? 私は狼なのです。群れなければ自分の存在も保てないクソ犬なんかに説かれたくなんかないですねぇ」
するとシスターは左掌に右手をポンと叩くと言葉を続ける。
「ああ、そういえば野良になった悪魔ってのは狩られる運命なんでしたっけ? 本当に、犬そっくりです。笑わせるわね」
「っ・・・・・・!」
木場がシスターの更なる侮辱に怒りを露わにする。小猫ちゃんもシスターに向けて怒りの表情を浮かべている。
「どうせあのノミシスターは今頃、妖魔の餌ですよ。神器も回収していることだし、あなたたちが行ったところで負けは変わりないんですよ。駄犬共」
何だと!? アーシアが、妖魔の餌に・・・!?
不味い、早く行かないとアーシアが!!
「・・・これ以上の侮辱は許さない。それに仲間を殺されるわけにはいかないんだ。だからここでキミを倒す!!」
「ハッ、堕ちた犬に私が倒せるわけないでしょう? 堕ちたものは堕ちたものらしく、肉塊に堕ちていればいいんですよ」
シスターは2人の怒りにも動じずに嘲笑すると、十字架の上に瞬間移動して座り右手を前にかざす。
その合図を始めに、構えていた妖魔が俺たちに襲いかかって来た。
「兵藤くん。キミは急いでアーシアさんの元へと行くんだ」
木場はダッシュしたかと思えばその場で消え、目で追えないほどのスピードで妖魔を少しずつ斬り捨てていく。
「・・・早く行ってください」
小猫ちゃんは向かってくる妖魔の攻撃を避けながら、拳の怪力で殴っていく。
木場と小猫ちゃんが戦っているんだ。俺は2人のフォローを無駄にしちゃならない!!
俺は聖堂の出口へと走るが、そこを複数の妖魔が道を塞ぐ。
「逃がすと思いますか? 行ってもらっては困るんですよ」
「どけ! クソ妖魔ども! お前らに構ってる暇はねぇんだよ!」
俺は左腕の籠手を構えると妖魔の顔を殴りぶっ飛ばす。
しかし次から次へと妖魔が現れてキリが無い。クソッ! このままじゃ、間に合わねぇ!!
そんな焦りが沸きだっているころ・・・俺の背中に痛みが走った。
「ぐあっ!!」
どうやら背後から妖魔の爪を受けてしまったようだ。
激痛に倒れそうになるが、こんなところで倒れるわけにはいかない!!
そう思って立っている俺の前をウシ型の妖魔が突進をしてきた。
「ぐふっ!!」
よろめいていたせいか、俺の体が突き飛ばされ仰向けに倒れる。
そこに妖魔が飛び掛かってくる。クソ・・・起き上がれねぇ・・・。
妖魔から傷を貰ったせいかな? 痛くてしょうがない・・・・。
サクラだったらこんな妖魔、あっさりと倒しているんだろうな・・・。
何がアーシアを守る、だ。こんなヤツも倒せないなんて。俺は、どうしてこんなに弱いんだ・・・。
そんなことを思っている俺に妖魔の爪が触れようとしたとき、妖魔が俺の視界から外れる。
「・・・触れないでください」
・・・小猫ちゃんだ! いつもは無表情で痛い言葉を吐くけど、俺のことを仲間だと思ってくれている。
ギャアオォォォォォォォォォォォ!!
小猫ちゃんが殴り飛ばしたものより大きな妖魔が咆哮を上げながら迫る。小猫ちゃんは爪を突き立てようとしている腕を押さえつける。
そして妖魔の後ろに木場が現れたかと思うと大きな妖魔はバラバラになった。
二人が俺の邪魔をする妖魔たちを倒してくれている。
「兵藤くん! 早く上に上がるんだ! この妖魔たちは僕たちで押さえつける! だから!」
「・・・早く行って」
「でも!」
「いいから行くんだ!」
クソ! 小猫ちゃん、木場、2人ともカッコよすぎだ!
でも今は二人に甘えないといけない。アーシアを早く助けないといけないからな!
俺は傷の痛みを感じつつも気力を振り絞って立ち上がり、一気に儀式場の入り口まで走った。
「逃がしません!」
叫んだシスターが空気を吸い込んだかと思えば、「バッ」という大声を上げて波動を放ってきた。
それは小猫ちゃんと木場が庇ってくれたおかげで喰らわずに済んだが、2人は波動に吹き飛ばされた。
「木場! 小猫ちゃん!」
俺が立ち止まって叫び声を上げるも、木場と小猫ちゃんはすぐに立ち上がって戦闘態勢に入った。
そうだよな。2人は俺の先輩悪魔。ここで死ぬはずがない!
俺は入口へと走った。そして振り返り様にこう告げた。
「木場! 小猫ちゃん! 帰ったら、絶対に俺のことはイッセーって呼べよ! 絶対だぞ! 俺たち、仲間だからな!」
この言葉に2人が微笑んでいた気がした。
俺はこの場を後にして、そのまま地下の廊下を一気に駆け抜けていく。
階段を上りきり、聖堂へと出た。
2人の好意を無駄にはできない。早くアーシアを助けに行こう!
そう思いシスターの言っていた劇場へと向かおうとしたとき、俺の前に黒い羽が舞った。
「あの子はどこにいったのよ!! 全く、私の計画が台無しだわ! 偉大なるアザゼルさま、シェムハザさまに愛される資格を得るためにあの子の神器を手に入れようとしたのに、それを下等な妖魔ごときに攫われるなんて!!」
怒りの声に見上げるとそこには俺を殺した、元カノ―――レイナーレだった。
レイナーレは俺の姿を見つけると嘲笑したような顔になる。
「あら、誰かと思えばバカでマヌケな坊やじゃない」
「くっ・・・夕麻ちゃんの姿が憎いぜ・・・」
「ふふふ、それなりに楽しかったわよあなたとの付き合いは」
「・・・初めての彼女だったんだ」
「えぇ、見ていてとても初々しかったわ。女のことを何も知らない男の子はからかいがいがあったわ」
「・・・守ってやりたいって思ったんだ」
「うふふ、大事にしてくれたわね。でもあれはわざとそうなるようにしていたのよ? あなたの慌てふためく顔が可笑しかったんですもの」
「・・・初デート、一生懸命プランを考えたんだ。彼女に喜んでもらえるようにって」
「そうね! とても王道なデートだったわ! おかげで死ぬほどつまらなかったけどね」
「・・・夕麻ちゃん」
「あなたを夕暮れに殺そうと思ったから、そういう名前にしてみたの。素敵でしょ、イッセーくん」
俺はここまで外道なヤツを知らない。コイツこそ本当の悪魔じゃないか。
俺の好意を散々踏みにじった彼女に、俺の怒りは限界を超えていた。
「・・・アタシはあなたのようなクズに構ってる暇なんてないわ。早くあの子を奪い返して、神器を頂かないとね」
背を向けて飛び去ろうとするレイナーレに向けて俺は怒りの声を張り上げる。
「レイナーレェェェェェェェェェェ!!」
「ハハハハ! 腐ったガキが気安く名前を呼ぶんじゃないわよ!! 汚れるじゃない!!」
「・・・お前、アーシアをまだ狙うつもりなのか」
「当たり前じゃない。その神器を手に入れて、アザゼルさま、シェムハザさまに認めてもらうのよ。お二方の力になるためにね」
俺はレイナーレを激しく睨みつける。
「・・・お前みたいなのがいなければ、あの子は平穏に暮らしていたはずだ! 普通に暮らせていたはずだ!」
「できないわよ。異質な神器を持っている者はどの世界や場所にいっても、その強力がゆえに他者が違うゆえに爪弾きになるのよ。人間ってのはそういうのを毛嫌いするでしょ?」
「・・・だったら、俺が。俺がアーシアを友人として守った!」
「アハハハ! 無理よ! だってあなたはあの子に庇われているじゃない! あなたは守ったんじゃなくて守られていたの! そんなことも分からないの? あなたってホントに面白いわ!」
「・・・知ってるよ。だから許せないんだよ、自分が、お前が!」
全てが許せなかった。アーシアを攫われた自分が。サクラに守られていた自分が。俺の気持ちを踏みにじったコイツが!!
そのとき部長とサクラの言葉が脳裏に過ぎる。
――――想いなさい。神器は想いの力で動き出すの。
――――そういう台詞は、ご主人様の役に立ってから吐け
「お前に・・・」
――――それはあなたが悪魔になっても消えることはないわ
――――勇敢と無謀っていうのは違うんだよ
部長、俺は友人のために想います! サクラ、でもやるしかないんだ! 勇敢だろうと無謀だろうと、俺はやる! ああ、やってやるさ!!
「お前のようなヤツに、アーシアに手出しさせるかよぉぉぉぉぉ!!」
『Dragon Booster!!』
俺の叫びに呼応するように左腕の神器が動き出す。手の甲の宝玉がまばゆい輝きを放った。
籠手に何らかの紋様らしきものが浮かんだ。同時に俺の体を力が駆け巡る。左腕から全身へ。
俺は溢れ出す力に身を委ねながら一気に駆け出し、嘲笑する敵へと拳を振るった。