私が家の中に入ると、外から何らかの声が聞こえてきた。
「ぜーはーぜーはー」
「ほら、だらしなく走らないの。あとでダッシュ10本追加するわよ」
息を切らしたような男の声と、気合の入った女性の声が聞こえてくる。この2つはどこかで聞いたことのある声だ。
気になった私は玄関近くの廊下の窓から声のした外を覗いてみる。
・・・グレーと白の入ったジャージを着た少年と、赤と白の入ったジャージを着た少女が自転車に乗っている。
あれはリアスじゃないか。この辺で特徴的なストロベリーブロンドの髪の持ち主といえば彼女しかいない。
そして息を切らせながら懸命に走っているあの男は兵藤か。リアスの下僕悪魔となった『
アイツ、こんな早朝からリアスにしごかれていたのか。彼女はご苦労なことだな。
そういえば兵藤が悪魔になってからもう一か月も経っているのか。アイツは何だかんだで悪魔として頑張っている。時々失敗することもあるが、経験の浅い新人だったら誰でも失敗するのは当たり前のことだ。なんて生温いことを思ってしまう。
悪魔は人間によって呼び出され、対価を頂く代わりに相手の願いを叶えるという生業をしている。それは『
アイツには私と違って大きな夢を持っている。いや、大きな夢というのは言い過ぎかもしれないな。そんなことをしたら数多くいる大きな夢を持っているヤツに失礼だ。
兵藤の夢、というよりも野望は『ハーレム王』だ。今はまだアイツは見習い悪魔だが、悪魔の世界で活躍して爵位を持てばリアスみたいに自分の下僕を持つことができるようになる。
それでアイツは女の悪魔をたくさん下僕にしてハーレムなるものを作り上げようとしている。
アイツの変態ぶりには呆れて果てているところだが、まあ本人が目指したいというのであれば私は止める気もない。なんせ私は面倒なことには関わりたくもない性分だからな。アイツがどうなろうが知ったことか。
それにそういうヤツってのは大抵、破滅するんだよな。まあ、もしもそうなったら私が美味しく頂いてやるさ。
それはともかく、2人が家の前を通り過ぎていなくなると私はどうしようか考える。このまま眠ってていいものか・・・? 今のアイツと一緒にいれば、面白いことが起こりそうだな。
私は台所に入ると冷蔵庫を開けて、クランベリージュースの入った容器を取り出して飲む。ん・・・甘い。
一息をついた後に、私は先程の件の答えを出す。
・・・・・・よし、行くか。
その前に私は自室へと戻るとクローゼットからピンク色の振袖を取り出し、ジャージを脱ぎ捨てると振袖に袖を通す。紺色の帯もしっかりと縛って、振袖がずれ落ちないようにする。
腰に短剣を収めると私は自室から出て、玄関へと向かい扉を開ける。使用人はいるから戸締りをする必要はない。いないと思われがちなのは、私は秋山以外の使用人とは基本的に馴れ合うことはしないからだ。その必要性もないしな。
門の扉を開けようとする私だが、ふと向けた視界にモコナがイエヤスに伸し掛かられてペロペロ舐められている様子が映った。
「ちょっ、やめて~! モコナは舐めても美味しくないってばぁ~!」
・・・全く、家の庭で騒ぐのはやめてほしい。
とはいっても私は何もしないけどな。使用人たちに黙らせておけばいいだけの話だし。
私は視線を戻して、門の扉を開けて外の世界へと飛び出す。
・・・たしかアイツらがいったのは右方向だったな。私は右へと歩き出す。
走るなんて面倒臭いにも程がある。それに、今更走ったところで追いつけるかどうかも分からないしな。
門から飛び出していった後に悲鳴らしくもない悲鳴が青空に響いたのは、また別の話だ。・・・話さないけどな。
・・・いない。どこにいったんだ? アイツら。
この周辺の公共施設で思い当る場所は一通り探してみたものの、兵藤とリアスの姿がない。
まだ走っているのだろうか。いないとなるとそう考えるのが普通だ。
全く、面倒なことになった。それなら声がしたときに追いかけていればよかったな。私はイライラしたように頭を搔く。
・・・仕方ない。もう探すのも面倒になってきたし、帰るか。
私は頭の中に黒いモヤモヤを残したまま、自分の家へと戻ることにした。あーあ、アイツ弄りたかったな・・・。
そう思いながら帰路についていると私の視界に見知った金髪の少女が歩いているのを見た。しかも何かを手に持っている。水筒だな。
シスター服を着ているところを見れば、アーシア・アルジェントであることが容易にわかる。というかこの辺で金髪の少女といえばリリー以外では、アイツしかいないもんな。
「はわう!」
突然アーシアが何もないところで転ぶ姿を目の当たりにする。水筒はひっくり返っていないようで、しっかりアーシアの手に収まっていた。
悪魔になっても変わってないな、アイツは・・・。どうせシスター服の下の裾を踏んで転んだんだろう。本当にドン臭い女だ。
そもそも普通に歩いていて、どうして転ぶことができるんだ? 私には理解できない。ある意味一つの才能と化しているのかもしれないな。
「うぅ・・・」
「おい」
私は転んで涙目になっているアーシアに話しかける。泣きそうになっている彼女の顔は何だかんだでそそる。
「サクラさん?」
「こんなところで何をしているんだ?」
まあ当然、水筒を持ち歩いている理由を問いかけるのが普通だろうな。私も何でそんなことをしているのか分からないし。
するとアーシアが道を歩きながら、詳細を話してくれた。
「ふーん。そのお茶を兵藤に持っていってやるのか」
「はい。部長さんと特訓をしているイッセーさんにお飲み物を持っていこうと思いまして・・・」
アーシア、お前は優しすぎるな。そんなんだからいつまでたってもあの莫迦が成長しないんだ。
せめて中身はハバネロソースとかにしたほうがいいと思う。辛さの上に辛さを上乗せすればより過酷な特訓になって強い男になるかもしれないな。ククク・・・。
まあそれはそうと、アーシアによれば、兵藤とリアスは今アイツの家の近くの公園にいるらしい。鉄棒と滑り台しかない殺風景なあの公園だ。
「アーシア」
「何ですか?」
そういえばつい最近、アーシアは兵藤の家にホームステイしたんだっけな。
最初は私の家に泊めていたけど、私と一緒にいたところできっと碌なことが無い。だから彼女が兵藤と一緒にいたいと言ったときに踏ん切りをつけて勝手にさせた。その結果、私は彼女を追いだしたような形になってしまったわけだ。
私たちと出会うまでは、ドン臭いだけの女だと思っていた元・シスター。でも、実は『
彼女は教会から奇跡の力による自分たちの勝手な都合で『聖者』として祭られ、悪魔を治した途端に『魔女』のレッテルを張られて追放された。本来であればここで誰かが手を差し伸べてくれるだろうと思うが、世の中そんなに甘い奴は毛ほどもいない。誰も彼女を助けようとしなかったのだ。自分がより所として信じていた神でさえも。
そんな失意のどん底の中で、誰にでも優しい清らかな心で、たった1人の孤独に震えながら、彼女は耐え抜いてきたのだ。涙を流したくなる感情を抑えながら、いつか神が自分を救済してくれると信じながら。
そんな彼女が出会ったのは、兵藤一誠という1人の悪魔だった。莫迦で変態だけど、誰よりも仲間想い。アーシアは無感情で自分のためにしか生きようとしない私よりも、兵藤一誠のことを好きになったのだ。
彼が好きだからこそ、一緒にいたいからこそ、彼女は望んで悪魔になったのだ。リアス・グレモリーの眷属として。
彼女は今、どうしている? アイツといることが幸せか? そう思って私は一つの質問をしてみた。
「・・・アイツといて、楽しいか?」
唐突に言われたアーシアが一瞬きょとんとしつつも、すぐに母親のような微笑みをしながらこう答えた。
「はい、とても。大好きなイッセーさんと一緒にいれて、私は幸せです」
「そうか・・・」
・・・そうか、幸せか。ならそれでいい。そのままでいい。
「きゃっ。え、え?」
アーシアが小さな悲鳴を上げる。私は反射的にアーシアのことを抱いてしまったようだ。
彼女の体の温もりが感じられる。私はこういうのが好きだ。これが生きているんだということを感じさせてくれるからな。
「幸せにな、アーシア・アルジェント」
「どうしたんですか? サクラさんらしくありませんよ」
「いや、なんでもない」
私は彼女に激励の言葉をボソリと言った後、彼女から体を離す。そうだ、そのままでいいんだ・・・。
「さあ、早くイッセーさんと部長さんのところに行きましょう」
「ああ、ところでさあ・・・」
「はい?」
ガシッ!!
私は先程のアーシアがさりげなく言った言葉に、怒りを覚えアーシアの顔を掴む。
「ひっ!? な、何ですか・・・!? な、何で私の顔を掴むんですか?」
アーシアが小さく悲鳴をあげるも、私にはそんなこと今はどうでもいい・・・!
「『サクラさんらしくない』ってどういう意味だ・・・?」
「ひ、ひぃ・・・!?」
アーシアの顔が青ざめる。ハハハ・・・そういう顔も素敵だぜ、アーシア。
でも今の私は苛立っているんだ。お前の腑抜けた顔の楽しみに浸っている暇はないんだよ。
「普段、お前はオレをどういうふうに見ているんだ・・・ん?」
「ち、ち、違います! い、今のは、言葉の何とかっていうもので――――」
「日本語も大して話せないくせによく使えたなぁ・・・言葉のあやって・・・」
「あ、そ、そうでふぎぃ!? い、痛い痛い痛い、痛いですぅ!」
私はアーシアのこめかみに拳を当てて、抉るように押し込む。所謂グリグリ攻撃というヤツだ。
ああ、何だかイライラが解消されてきたわ・・・。
私はこの莫迦なシスターに、数分間グリグリの洗礼を浴びせたのであった。
「うぅ・・・痛いですぅ・・・」
片手に水筒を持ちながら、アーシアが頭を抑えながら歩く。目に涙を浮かべながら。フン、いい気味だ。
私はその隣をサクサクと歩いている。正直そういうことをするのもイライラするな。
「ふん。少しは痛みで、その莫迦なことを言う頭も冴えるようになったんじゃないのか」
「うぅ・・・酷いですよ、サクラさん。何もあんなことをしなくても・・・」
「黙れ。いまだにハンバーガーも1人で買えない足りない頭にはこれぐらいがお似合いだ」
「もうそれはいいじゃないですかぁ・・・」
「いいわけあるか、莫迦」
ハンバーガーも1人で買えないなんて、莫迦にもほどがあるぞ。アーシアは教会で保護するような扱いを受けていたので、一般常識がまるでなっていないが、もうそういう問題でもな
くなっていると思う。
私も箱入り娘のような扱いを受けていたが、それでもそのぐらいの常識は知っている。リリーだって普通に物を買えるしな。
そんなくだらないことを思っていたところで、そろそろ公園が見えてくるころだと思うのだが・・・おっ、見えてきたな。
そこは砂場と滑り台、鉄棒があるだけの質素で小さな公園。そこにストロベリーブロンドの部長に背中に乗っかられている兵藤がいた。どうやら腕立て伏せをやらされている模様。
それにしても、兵藤は何と無様な格好をしているのだろうか。まるで調教を受けている馬のようだ。少なくともリアスにはそうとしか見えていないようだ。
「あっ、イッセーさんと部長さんです。すいませーん!」
アーシアが2人に気付いて駆け寄る。このドン臭い悪魔の子が走れば、まあ大方、予想が付くとは思うが・・・。
「遅れてすみませーん・・・はぅ!」
・・・何もないところで転んだ。もう、私は何も問わない。
本当に救いようのないほどのドジっぷりだ。私が働いている店のバイトで雇えば、客ウケはするんじゃないか?
敢えて唯一の救いと言うのであれば、持っていた水筒をすっ飛ばさなかったことかもな。
「あら、サクラ。あなたも来たの?」
「えっ・・・サクラが・・・来たんですか・・・?」
部長が私に気付いて話しかけてくる。兵藤も私の姿に気付いたようだが、ずっと腕立て伏せをさせられていたせいか、話しているときの息が絶え絶えだ。
「・・・来ちゃ悪いのか、兵藤?」
私は転んだアーシアの手を取って立たせながら、眉を顰めながら兵藤に聞き返す。
「いや・・・そういうわけじゃ・・・ねえけど・・・」
「ならいいだろ」
何か兵藤に言われて不愉快に感じた。なので私の口調もイライラしたような感じになってしまった。
その兵藤は今、リアスに馬乗りにされている。私は兵藤とリアスを交互に見る。そして私の中の何かが沸いてきて、リアスに声をかける。
「兵藤は今、訓練中なのか?」
「ええ、そうよ。私の下僕が弱いだなんて許されないもの。そのためにこうやって日々の基礎鍛練で少しずつ強くなってもらわないといけないわ」
「ふーん」
まあ私も弱いヤツには興味ないんだけどな。そんなヤツらは面倒くさくて敵わないし、単なるただの足手まといになるだけだ。何よりもウザい。
そんなことよりも、今の兵藤を見て私の中の何かがざわついているような気がする。溜めてもムシャクシャするだけなので、ここで吐き出してみることにした。
「部長」
「どうしたの、サクラ?」
「・・・オレも兵藤の特訓に付き合ってもいいか?」
「「えっ?」」
兵藤とリアスはほぼ同時に驚きの声を上げる。何だよ。私がそういうことをするのが、そんなに珍しいのか。
「オレも友人が弱いだなんて許されないからな。何よりも女よりも、な。だから、いいだろ?」
私は首を横に倒しながら言った。リアスは一瞬きょとんとしていたが、すぐに朗らかな笑みに戻る。
「ええ、いいわ。私もしごき疲れて休憩したかったところだったもの」
「えっ、ちょっと待っ、部長!」
何やら下のうるさい馬が鳴いているみたいだが、本当にどうでもいい。
どうせ『コイツと一緒に修行するなんて死んでしまう』とでも思っているんだろ。莫迦の考えることなんかお見通しだ。
でも、そう考えると、いや別に考えなくても何だかイライラするな。よし、徹底的に苛めて解消しよう。
「アーシアとゆっくり休んでれば?」
「そうさせてもらうわ」
リアスが兵藤の背中から立ち上がって、アーシアの元に歩み寄る。そしてリアスと入れ替わりになった私は、兵藤がどさくさに紛れて立ち上がろうとしたので・・・
「ぐおっ!?」
兵藤の背中に座り込んで腕立て伏せの姿勢に戻した。体が硬いな、コイツ。これは徹底的に鍛えてやらないと。
「さあ、兵藤。特訓の続きだ。腕立て伏せをしろ」
「ちょっ、ちょっと、シキ、俺も少し・・・」
「ほう、しゃべれる余裕があるのか。だったら腕立て伏せ500回追加だな」
「500回!?」
「さっさとやれ。なんならもう100回追加してやってもいいんだぜ?」
「痛い痛い痛い!! 分かった! やるから! やりますから!」
馬を調教するかのように兵藤の尻を叩く私。ちなみに何で叩いているかというと金属バットの先だ。
次は短剣の切っ先で突いてやろうかな・・・。
そんなことを思っている間に、兵藤は腕立て伏せをやっている。結構、息も絶え絶えだろう。
でも、そんなの私の知ったことではない。この莫迦を鍛えるためなら、ボロ雑巾になろうとどうでもいい。
「なぁ・・・91・・・サクラ・・・92・・・どうして・・・93・・・ここに・・・94・・・来たんだ?・・・95」
「アーシアと一緒に来ただけだけど。それが何?」
ドカッ
「あうっ!」
「くだらないおしゃべりをしてる暇があるんだったら、腕立て伏せに集中してろよ。それとももっと尻を叩いて欲しいのか?」
「い、いえ・・・96・・・97・・・98・・・99・・・100・・・」
私は金属バットで兵藤の尻を軽く打ち据える。話すことなんか何もないし、正直言ってコイツの会話レベルに合わせて相槌を打つのごめんだしな。
ついでに言うなら甘やかすと調子に乗るのが、人間の悪い癖というものだ。まあ、コイツは悪魔だけど。
それにコイツ、なんでたかが腕立て伏せぐらいでこんなに疲労しきってるわけ? 私なんか700回ぐらいはやってるんだけど?
とことん貧弱な男だ。本来なら私の興味にも値しない。本当にこんなヤツが堕天使を倒したというのか? 信じられない。
ハッキリ言えるのは、神器が優秀だということ。でも、それだけだ。コイツ自身は全く強くない。私の護身術だけでもいなせる。
だから私も鍛えてやるのだ。面白いけど、興味はない。これが今の私のコイツに対しての価値観だ。
回数が200を越えたところで、地面に突っ伏す兵藤。私の尻に固い地面のゴツゴツが伝わってくる。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・がっ!?」
「誰が休んでいいと言った?」
「はぁ・・・もう・・・はぁ・・・もう無理・・・はぁ・・・」
「ほう? そんなに尻を真っ赤な猿のようにしてほしいのか。いいぜ、お前がそうしてほしいなら」
私はそう言ってバットを兵藤の尻の部分に構える。
「くっ・・・ふぉおぉぉぉぉぉぉぉ!!・・・201・・・202・・・」
尻をぶたれたくないのか、兵藤は腕に力を入れて起き上がる。とはいっても、腕立て伏せの姿勢に戻っただけだが。
なんだ、まだ抵抗する気力があるのか。つまんない。
それはそうと、腕立て伏せを続ける兵藤だが、先程よりもペースが遅くなっている。体力が尽きてきているのだろう。
だが、そんなのは私の知ったことではない。体力の無いコイツが悪いんだ。
「220・・・221・・・222・・・223・・・」
「チンタラやってるんじゃないぞ」
「そ・・・224・・・そんなこと・・・225・・・言われても・・・226・・・」
「ふーん、口答えするのか」
私は腰の剣に手を伸ばして引き抜く。そして兵藤の尻と尻の間に切っ先をあてがう。
「お前にこの剣をここに捻じ込んでやろうか? なんならお前の×××を削ぎ落してやってもいいんだぜ?」
「ひぃっ!?・・・227!228!229!230!231!232!・・・」
おっ、さっきよりもペースが速くなったな。この短剣の効果は絶大だ。
「おうっ!」
「動きが雑になってるぞ。真面目にやる気があるのか、お前は?」
「う・・・く・・・345・・・346・・・」
動きが雑になっているので私が途中で尻を打ち据えてやる。
「ハーレム王になりたいんだろ? だったら強い男にならないとな。ひょろひょろな男には誰も寄ってこないぜ?」
「う、うぃっす・・・370・・・371・・・」
正直、コイツの野望には興味ないけど、それを乱用して調教するのが段々と面白くなってきた。
10分経ったころには私が目標として設定していた500に到達した。
はぁー。スッキリした。もう弄りだけでお腹一杯だわ。
「ぜーはぁ・・・ぜーはぁ・・・ぜーはぁ・・・」
情けないヤツだ。こんな程度でへばっていては、ハーレム王になどなれるものか。
兵藤は今、公園にあるベンチで喘息のように息を切らしながら、濡れタオルを顔に覆って息を整えている。
腕立て伏せの後、腹筋を500回、背筋を300回ぐらいやらせて徹底的にしごいたのだが、終わってみればこのザマだ。
本当に体力がないと見える。私でも、アイツらでもたかがこんな程度の筋力トレーニングで疲れたりしないのにな。
「イッセーさん、大丈夫ですか?」
「ぜー・・・ぜー・・・だ・・・大丈夫・・・」
アーシアが心配そうに話しかけるも、兵藤の息はまだ絶え絶えだった。
アーシア、ソイツを甘やかしてはダメだぞ。この莫迦は可愛い女の子に話しかけられるとすぐに舞い上がる変態なんだからな。
まあ、とりあえず・・・。
「今日の特訓はこれで終わりだ」
「はぁ・・・はぁ・・・何で・・・お前が仕切ってんだ?・・・はぁ・・・」
「オレが仕切っちゃ悪いのか?」
「そ・・・そんなことは・・・ないけど・・・」
「さっきから文句ばかりで面倒臭いヤツだな。なんなら今度はオレが刃物を持って追いかけまわしてやろうか?」
「か・・・勘弁してください・・・」
兵藤から漏れる哀願の声。もちろん私がそんな言葉に耳を貸すわけがない。
するとアーシアが私の袖を掴んで言ってくる。
「サ、サクラさん・・・それ以上やったらイッセーさんが死んでしまいますよぅ・・・」
「お前がそういう態度だから、いつまで経ってもこの莫迦が成長しないんだ。少しは部長を見習え」
「最もらしいことを言ってるけど、お前の顔が、楽しそうに歪んでいたのは気のせいじゃないよな・・・?」
濡れタオルを取って私にツッコミを入れてくる兵藤。どうやら息は整ったようだ。
「ほう、そんな言葉を返せるほどに体力が回復したのか? じゃあ今度は鬼ごっこでもして遊ぶか? もちろん鬼はオレだけどな」
「もうやめてくれ!! 俺の体はぎしぎしと悲鳴を上げてますから!!」
弾かれたようにベンチに座るような形となって、手を前に振る兵藤。そんなことができるなら、もう少しぐらいいけるんじゃないのか?
まあ、さすがにこれ以上やるとオーバーワークになりそうだし、今日のところはこれぐらいにしてやるか。
「イッセーさん、お茶です」
「ああ、ありがとう」
水筒を持参していたアーシアが兵藤に差し出す。ちなみに中身は何の変哲もないお茶だ。
チリソースだったら面白かったのに・・・。なんか残念だ。
「そういえば、アーシアもどうしてここに?」
兵藤が問うとアーシアが頬を赤く染める。
「毎朝、ここでイッセーさんと部長さんがトレーニングをしていると聞きまして、今日はサクラさんも一緒にやりましたが・・・その、私もイッセーさんの力になりたいなーって。でも
今日はお茶ぐらいしか用意できませんでしたけど」
力になってやるならお前のその神器でコイツの体力を回復させてやってほしい・・・。とはいっても、そんなチートがアーシアにあるわけがないか。
兵藤は先程の言葉に涙を流していた。何、泣いてんだろうな、この莫迦は。
「うぅぅ、アーシア! 俺はアーシアの心意気に感動した! ああ、かわいい子にそんなことを言われるときが訪れようとは!」
涙を流しながらお茶を飲み干す兵藤。
・・・私への感謝は無いのか。私だって兵藤のために鍛えてやったっていうのに・・・!
そうかそうか。あくまでも私を怒らせたいんだな、この身の程知らずは・・・!
「・・・おい」
「はっ!?」
本日二度目となる低い声色を発する私。兵藤は何かを察したようだが、もう遅い・・・!
「オレの気遣いは迷惑だったとでも言いたいのか・・・!」
「い、いや、違う! も、もちろん、お前にも感謝してるぞ! お、お前には迷惑もかけたけど、俺を気遣ってくれるのは嬉しいことだしな!」
「ふーん・・・? ソイツはどういたしましてだ、なッ!」
「おわぁぁぁぁ!?」
ドシャアァァァァァァァン!!
私は兵藤の座るベンチを後ろから持ち上げてひっくり返した。兵藤はそのままベンチの下敷きになった。
ベンチはそんなに重いというわけでもなかったが、すでに体力が尽きている兵藤に抜け出せるわけもなく。
「お、重い・・・出してくれ・・・」
「イ、イッセーさん!? だ、大丈夫ですか!?」
「ふん。莫迦」
私は兵藤に吐き捨てるように言うと、ベンチの2人を放置してリアスの元へと歩み寄る。
「部長」
声を掛ける私だが、リアスはお茶を飲みながら何やら考えごとをしている様子だった。私にはボーっとしているように見える。
首を傾げる私。だって私は読唇術の才能を持っているわけではないので、彼女の考えていることなんかわかるわけがない。むしろ考えたくもない。
「おい、部長」
「・・・はっ! な、何かしら?」
ひとまわり大きな声で呼びかけると我に返ったように私に返答するリアス。何か、様子がおかしいな。
「どうかしたのか? さっきから呆けたりして」
「い、いえ、何でもないわ。それよりもイッセーはどうしてあんなことになっているのかしら?」
何かをごまかすかのような狼狽えた声だったが、とりあえずリアスの言葉に私は兵藤のほうに視線を向ける。そこにはベンチに下敷きになっている兵藤を出そうとアーシアが腕を引っ張っているところだった。
当然、アーシアの力で兵藤をそこから引っ張り出せるわけもなく、悪戦苦闘をしている。彼女の困っている姿を見ているのも、可愛いものだな。
「痛い痛い痛い! アーシア、痛いって! 腕が千切れるぅ!」
「うぅ~ん。ふぅ~ん。はぁはぁ・・・はぁ・・・ぬ、抜けません。どうしましょう・・・」
こうなっているのは兵藤の自業自得なわけで、私にはどうなろうと知ったことではない。私はリアスのほうに視線を戻す。
「敵に襲い掛かられたときにそこから抜け出す特訓でもしているんじゃないのか?」
「そ、そうかしら? 何だか困っているようにしか見えないのだけど・・・」
「オレは兵藤を軟弱な男に鍛えた覚えはないぞ。リアスもあまり甘やかすな」
「私は甘やかした覚えはないわ」
すると私の体にバイブの振動が響き、着物からスマートフォンを取り出す。画面を見てみると『紫藤エレン』と表示されていた。
私は画面の『応答』をタッチしながらスライドし、スマートフォンを耳に当てる。
「・・・何だ」
『サクラですか? ちょっとお話があるので教会まで来てもらえますか?』
「・・・やだと言ったら?」
『6時間の小言を聞かせます』
「・・・分かった」
私は画面をタッチして通話を切るとスマートフォンを懐に仕舞い、公園から歩き去る。
「サクラ? どこにいくの?」
「・・・エレンに呼ばれてるから行く」
「そう。また明日ね」
私はリアスに向かってコクコクと頷く。その側ではまだうるさい状況に陥っていたが・・・。
「イッセーさん、しっかりしてください!」
「ああ・・・何だか、目が霞んできた・・・」
どうやら兵藤のほうはぐったりしていて危ない状況だった。アーシアもそろそろ泣きそうになっている。
「ふん」
仕方ないので私は去り際ついでに兵藤の元に歩み寄って、ベンチを蹴り付けた。木製のベンチはヒビが入って崩れ去り、兵藤も体に掛かっていた重さからも解放されただろう。
「アーシア、コイツの家のベッドにでも運んでやれ」
「は、はい!」
アーシアは返事をするとぐったりとしている兵藤の腕を自分の首に回して担ぎ上げる。
とはいってもアーシアも力があるわけがなく、よろよろとしていて危なっかしい状態だったが、まあリアスがいるから平気か。
でも、当のリアスは何だかまた呆けている。本当に一体どうしたのだろうか。
「う・・・くっ・・・きゃあ!」
やはり力の無いアーシアでは支えきれなかったのか、兵藤の重みによろけて倒れてしまう。
全く、一人でやろうとするから、こういう目に遭うんだよ。いくら兵藤が大事だとはいえ、その辺の頭は使うべきだとは思うんだけどな。
アーシアは抜け出そうとしているが、先程の兵藤と同様に抜け出せない。可愛いな・・・。必死になっているその様子は意外とそそった。
眷属がピンチだというのに、リアスはまだボーっとしている。本当に様子がおかしいぞ。眷属がこうなっているのに耳にも視界にも入らないなんて。
「ぶ、部長さん、た、助けてくださいぃ!」
「あっ、ええ!」
兵藤の下敷きになっているアーシアがリアスに叫ぶと、彼女は我に返ってアーシアの元へと駆け寄って、兵藤を一緒に腕を貸す。
私はそんな彼女たちを見送った後に、別段行きたくもない教会へと向かった。